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名古屋高等裁判所 平成14年(ネ)111号 判決 2002年11月29日

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  差戻し前及び後の控訴審並びに上告審における訴訟費用は控訴人らの負担とし,参加費用は参加人らの負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  控訴人ら及び参加人ら

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人は,A株式会社に対し,1億5350万円を支払え。

(3)  被控訴人は,A株式会社に対し,6000万円を支払え。

(4)  訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人の負担とする。

(5)  仮執行の宣言(なお,参加人らは,上記(2)(3)につき,仮執行の宣言を申し立てた。)

2  被控訴人

(1)  主文第1項と同旨

(2)  控訴費用及び参加費用は,控訴人ら及び参加人らの負担とする。

第2事実関係

1  事案の概要

本件は,A株式会社(資本金1000万円,以下「本件会社」という。)の株主である控訴人らが,同社の代表取締役であった亡C(以下「C」という。)及びその子である被控訴人において株主総会の決議を経ることなく役員報酬等を支払ったことにより,被控訴人はCから相続したものを含め同社に対する損害賠償義務を負ったなどと主張して,商法267条に基づき,被控訴人に対し,上記役員報酬等相当額の損害賠償を本件会社に支払うことを求めた株主代表訴訟であり,同訴訟について,差戻し前の控訴審において,参加人Bが共同訴訟参加したところ,同人の参加申立が訴訟を不当に遅延させるものであるから不適法であるとして,同参加申出を却下し,控訴人らの控訴を棄却したため,控訴人ら及び参加人Bが上告し,上告審において,参加人Bの参加申出は不適法とはいえないとして,参加人Bの参加の要件及び当事者双方の主張のいずれに理由があるかについてさらに審理させるとして,原判決を破棄,差し戻しし,当審においてさらに参加人D及び同Eが共同訴訟参加した事件である。

2  当事者の主張

(1)  控訴人ら(請求原因)

ア 控訴人らは,本件会社の株式を6か月以上前から継続して保有する株主である。

イ 被控訴人は,平成5年11月15日から本件会社の代表取締役に選任されたとしてその旨の登記を了し,現在に至るまで代表取締役の権限を行使しているものである。

商法267条の株主代表訴訟にいう取締役は,その立法趣旨を考えれば,適法に選任された取締役に限る必然性はなく,選任手続を経ずに事実上表見的に取締役の権限を行使し又は行使している取締役に対して,会社が責任を追及するのは困難であるから,それらの取締役を含むものとしなければならない。

ウ Cは,本件会社の創立以来平成5年11月16日の死亡時まで本件会社の代表取締役であったが,被控訴人は,同人の子であり同人の債務全部を相続により承継した。

エ Cは,本件会社の代表取締役在任中の昭和60年3月期から平成6年3月期にかけて,同人及び他の取締役の役員報酬及び役員賞与として合計1億5350万円(以下「本件役員報酬等」という。)を自己及び他の取締役に支払った。

オ 被控訴人は,平成6年6月ころ,本件会社の代表取締役として,Cの相続人らに対し,同人の代表取締役退職慰労金名目に6000万円(以下「本件退職慰労金」という。)を支払った(以下,本件役員報酬等及び本件退職慰労金の各支出を「本件各支出」という。)。

カ(ア) 役員報酬及び役員賞与並びに退職慰労金の支払は,商法269条により,定款又は株主総会の決議によるべきところ,本件会社の定款にはその旨何らの定めがなく,かつ,株主総会の決議もないにもかかわらず,上記エ及びオのとおり,本件役員報酬等及び本件退職慰労金の支払がなされたものである。

(イ) 本件役員報酬等及び本件退職慰労金の不当性

民間賃金調査機関(株式会社政経研究所)の調査によると,昭和61年から平成6年において,調査対象となった営業中会社の非常勤取締役1人当たりの平均年収額は219万円に過ぎないが,本件会社は,昭和39年以来今日に至るまで事実上営業休止の状態にあって利益がないにもかかわらず,右平均年収の約7ないし9倍もの本件役員報酬等の支払いをなすことは極めて不当である。また,本件退職慰労金についても,上記本件役員報酬等の支払に照らせば,同じく不当である。

(ウ) 本件役員報酬等及び本件退職慰労金は,本件会社には営業上の利益が全くないにもかかわらず,株主総会の決議を得ずに積立金及び準備金を取り崩し,あるいは重要な会社財産たる不動産を処分して,利益があるかのごとく装い,しかも株主への配当を無視して支払われたものである。また,役員賞与の支払は,配当可能利益が存在するときに限り,その一部によりなされるべきものであるが,上記のようにして,配当可能利益があるかのごとく装って支払われた。

(エ) 本件会社は,昭和39年7月,本来の営業を閉止して以降,会社社宅7か所及び土地を管理する不動産賃貸業となったが,収入が僅かであり,会社所有の不動産,ゴルフ会員権の資産を処分したとき以外は毎期赤字決算を続けていた。しかるに,この間毎期役員報酬840万円,時には4800万円以上を支出し,また,株主配当をせずに役員賞与を400万円以上支出し,その合計金額は昭和60年以降に限定しても巨額に上っている。本件会社は,その当時,不動産賃貸業として,Cに対して貸している社宅の毎月3万円の家賃収入しかないのに,管理費として毎月150万円ないし300万円を支出し,赤字が毎月100万円以上になるという状態で,上記報酬,賞与を支払うのは著しく過大である。Cは,代表取締役であった間,その地位を利用して5億9000万円余の主要な会社財産を処分したり,6900万円余の積立金を取り崩して利益を装ったりして,多額の役員報酬,賞与を支出したが,F,D,G3名に6300万円を支払った以外は,大半は自分自身に支払ったものである。その結果,本件会社は,53期の平成6年度末には,資産として繰越金6800万円余及び社宅1か所を残すだけとなった。Cは,30年近い在職中,既に会社財産から多額の金員を手中にし,退職金相当分を取得していたとみられるから,同人の死亡後に,功績に報いると称して退職金を支払うのは,前記他の創業以来の3役員へ支払った退職金合計金額6300万円余に比して,故なく金額を倍加する結果となって著しく不当である。上記各支出行為は,取締役がその義務に違反し,配当もしくは速やかな解散清算により残余財産として株主に配分すべき会社財産を自己の利益のために蚕食したものである。

キ C及び被控訴人の上記各行為は,商法の諸規定,諸原則及びその法理に著しく違反することは明らかであるから,被控訴人は,上記エについてはCの相続人として,その余については表見取締役として,いずれも商法266条1項5号に基づき,本件会社が上記各違法行為によって被った本件役員報酬等及び本件退職慰労金の合計2億1350万円の損害を,本件会社に対し賠償する責任がある。

ク 控訴人らは,本件会社に対して,書面をもって取締役たる被控訴人の責任を追及することを求め,上記書面は平成6年9月4日ころ本件会社に到達したが,本件会社は30日を経過しても被控訴人に対する損害賠償請求の訴訟を提起しなかった。

ケ よって,控訴人らは,商法267条に基づき,本件会社のため被控訴人に対し,本件会社に同法266条1項5号に基づく損害金として合計2億1350万円の支払いを求める。

(2)  被控訴人の本案前の抗弁

原判決8頁10行目から同10頁1行目までを引用する。

(3)  控訴人らの本案前の抗弁に対する反論

原判決10頁3行目から同11頁7行目までを引用する。

(4)  請求原因に対する認否

ア 請求原因アの事実は認める。

イ 同イの事実は認め,主張は争う。

ウ 同ウの事実は認める。

エ 同エ,オの事実は認める。

オ 同カ(ア)の事実は認め,カ(イ)ないし(エ),キの主張は争う。

カ 同クの事実は認める。

(5)  参加人らの主張

ア 参加人B及び同Dは,いずれも本件会社の株式4000株を,参加人Eは同2000株を,それぞれ保有する株主である。

イ その他の請求原因は,控訴人らの上記(1)アないしケに同じ。

ウ 参加人らは控訴人らと被控訴人との間の本件訴訟の判決の効力を受けるので,控訴人らの共同訴訟人として旧民事訴訟法75条,民事訴訟法52条により参加の申し出をしたものである。

(6)  被控訴人の抗弁

ア 株主総会による承認

(ア) 本件会社の株主総会決議については,名古屋地方裁判所平成9年(ワ)第4651号事件の判決で,平成6年10月23日開催の株主総会決議,同7年5月27日開催の株主総会決議,同8年5月25日開催の株主総会決議,同9年5月31日開催の株主総会決議の各不存在が確認され,平成5年11月15日開催の株主総会決議,同6年5月20日開催の株主総会決議については,本件会社がその不存在を認めたため,確認の利益がないとして却下され,この判決は確定した。

(イ) この判決により,昭和55年9月26日に開催された株主総会以後,取締役選任のため適法に開催された株主総会は存在しないこととなった。

同社の取締役は,商法258条1項により,後任取締役が選任されるまでC(代表取締役),G,Hであったところ,Cは,平成5年11月16日死亡した。

そこで,法定の取締役の員数を欠き,かつ代表取締役を欠く状態となったため,平成11年5月14日,取締役兼代表取締役一時職務代行者として弁護士Iが選任された。

(ウ) 平成11年7月17日,同社の取締役会が開催され,仮代表取締役I,取締役Hが出席し,下記議題につき,下記のとおり株主総会を招集することが決定された。

日時 平成11年9月16日午後1時から

場所 名古屋市中区ab丁目c番d号

名古屋弁護士会館

議題 a 取締役3名選任の件

b 監査役1名選任の件

c 利益配当の件(株主G提案)

(エ) 上記株主総会において,本件会社の取締役として,被控訴人,J,Kが,監査役にLがそれぞれ選任された。

同日,同所において全員出席の取締役会が開催され,被控訴人が代表取締役に選任され,その旨登記がなされた。

(オ) 平成11年11月13日,本件会社の取締役会が開催され,下記議題につき,下記のとおり臨時株主総会を招集することが決定された。

日時 平成11年12月18日午前11時から

場所 名古屋市中区ef丁目g番h号

マルジュウビル6階 M法律事務所

議題 a 第26期から59期(昭和41年4月1日から平成11年3月31日まで)までの決算に関する貸借対照表,損益計算書及び利益処分案の承認の件

b 退職役員

C(の遺族)に6000万円

Gに50万円

Hに50万円

の(退職)慰労金支払(第55決算期中に支払済)承認の件

(カ) 平成11年12月18開催の臨時株主総会で,上記議題はいずれも可決承認された(以下「本件株主総会決議」という。)。

以上のとおり,本件会社は,商法で定められたとおりの方法で後任の取締役が選任され,そのもとで適法な株主総会において本件各支出が決議承認されたのであるから,控訴人らが主張する本件各支出の違法性はすでに治癒されている。

(キ) さらに,本件会社は,平成14年5月31日開催の定時株主総会において,第45期から第54期までの各期の役員報酬及び役員賞与の支払承認を求める議案が改めて審議され,この議案も可決承認された。

よって,本件役員報酬等の支払についてもその違法性は治癒された。

イ 株主の権利放棄ないし包括的委任

本件会社においては,これまで2,3の例外を除き,株主総会を開催してこなかったが,Cの所持する株式は,その親族名義の株式も合わせると,発行済株式総数の圧倒的多数を占めていたこともあり,本件会社の株主は,このことにつき何らの異議も述べることなく,Cの会社運営に了解,同意してきたのである。そして,Cが本件会社の全株券を所持していたことからも明らかなとおり,本件会社の株主は,株主としての権利を放棄していたか,あるいはCに対し,その運営等を包括的に委任していたと言うことができる。

ウ 信義則違反

控訴人ら及び参加人らも他の株主と同様,これまで上記イのような本件会社運営の実態を容認してきたにもかかわらず,今になって商法の規定によってこれを非難することは,信義則に著しく反し,権利の濫用である。

エ 過失相殺法理の類推適用

本件会社の運営実態に対する責任は,上記イのとおり,全株主がその運営実態を容認してきたものであり,C一人の責任ではなく,他の取締役及び全株主の責任を不問に付したまま被控訴人のみ責任を負担せしめるのは公平の原則に反するものであり,過失相殺の法理を類推適用して,その損害を相当程度減額すべきである。

(7)  控訴人ら及び参加人らの反論

ア 被控訴人の抗弁はいずれも争う。

イ 本件各支出及びその支出を承認する本件株主総会決議は,会社法に内在する株主出資原理及び株主委任原理に反し違法であるから,以下のとおり,本件株主総会決議の内容は無効である。

(ア) 商法は,株主総会及び取締役会の決議について,原則的に単純な多数決を採用し,重要な事項については特別決議によらしめている。

しかしながら,多数決は多数であればどのような内容のことでも議決できるというものではなく,当然内在的な限界がある。強行法規に違反する事項や公序良俗に反する事項を内容とする決議はできないし,同様に,会社法に内在する基本的な原理,原則に違反する事項を内容とする決議はなすことを得ない。

(イ) 会社法に内在する根幹的な基本原理,基本原則は,株主出資原理と株主委任原理というべきものがある。

株式会社は,多数の出資者たる株主が集まり,株主は他の株主または第三者の管理者,取締役を選定しその者にその会社の運営を委任するという構造になっている。株主の出資の目的は利潤の追求であり,その委任の目的は,最小費用による最大利潤の獲得であって,獲得利潤の株主自身への配当,還元である。株主は,この配当,還元を,管理者,取締役に委任するのであり,この株主原理は,株式会社制度の根幹原理である。

この原理に反することを許容するときは,会社法の認める株式会社制度そのものを足元より崩壊させることとなる。

(ウ) 会社法は,一方,株主総会の意思実現の方法として,多数決を採用するが,株主原理は会社法の目標であり,多数決はその目標を達成するための形式,方法原理であるから,実質である株主原理は多数決に優先する原理であり,多数決に内在する制限原理である。

したがって,多数決といえども株主原理を侵すことはできない。

(エ) 本件株主総会決議は,基本的株主権を侵害して不法に利潤を社外へ流出させるものであるから,同株主総会決議は無効である。

ウ(ア) 本件株主総会決議は,単に,貸借対照表,損益計算書及び利益処分案を議題にするものであって,取締役に対する報酬を定めるものではなく,商法269条は,取締役のお手盛りを防止し,株式会社の財産が不当に流出するのを防ぎ,株主の利益を保護するための規定であるから,厳格に運営されなければならず,貸借対照表の承認だけでは株主総会で取締役の報酬を定めたことにはならない。

(イ) また,本件株主総会において,取締役に対する報酬及び賞与の総額を決議しても,これをどのように配分するかを取締役会に一任する旨の決議がなされていないから,どの取締役にいくら支払われるか全く不明であり,この決議は,商法269条に違反する。

(ウ) 本件株主総会決議において,議決権を行使した株主C,J,K,Lは,いずれもCの相続人であり,また,本件退職慰労金6000万円の支払を受けた者であるから,決議につき特別の利害関係を有する株主(商法247条1項3号)にあたる。

また,本件株主総会決議において,慰労に値する取締役の功績のなかったCに対して,僅差の多数株主が賛成して金員の支払を承認したものであり,さらに,上記決議のうち,6000万円の支払決議は,少数派株主に不当な不利益となる決議であって多数決の濫用であり,著しく不当な決議であるから,決議取消事由がある。したがって,これに基づく本件退職慰労金の支払は違法である。

エ 被控訴人は,平成14年5月31日に開催された定時株主総会において,控訴人らが本件訴訟で問題としている第45期から第54期までの各期の役員報酬及び役員賞与の支払は可決承認され,支払の違法性は治癒された旨主張する。

しかしながら,上記株主総会で承認可決されたとする2号議案(第45期ないし第54期の役員報酬及び役員賞与の支払承認の件)は,以下に述べるように,法令に違反し無効であるから,本件役員報酬等の支払の違法性は治癒されていない。

すなわち,第45期から第54期までの各期の役員報酬及び役員賞与の支払は,過去のそれぞれの期における株主総会の承認を経ていない。

治癒されるべき瑕疵のある株主総会決議がもともと存在しないのであるから,過去に存在しない決議をそのままの形で再び決議する方法で,瑕疵を治癒することはできない。また,昭和59年当時とは株主の構成も異なるところ,18年も経った今頃になって,過去の各期の役員報酬及び役員賞与の支払承認決議を異なる構成の株主のもとで,瑕疵を治癒させる再議決ができるはずもない。

役員報酬及び役員賞与は,現在の時点での役員の功績を評価するものであり,過去の期の報酬賞与を現在承認可決することはできないのである。これを承認可決できるというならば,僅差で多数の地位を占める株主の恣意で会社財産の不当な流出を許し,僅差で少数の地位に甘んじる株主の権利を侵害するものである。

また,上記決議は,役員報酬あるいは役員賞与としか区分されず,このような決議では取締役の報酬及び監査役の報酬の額を株主総会決議をもって定めたことにはならず,またどの取締役にどれだけ支払われるのか不明であるから,商法269条に違反する。

第3当裁判所の判断

1  被控訴人の本案前の抗弁について

原判決19頁6行目から同23頁2行目までを引用する。

2  控訴人ら及び参加人らの請求原因アないしカ(ア)の各事実は当事者間に争いがない。

3  そこで,抗弁について判断する。

証拠(乙42ないし51)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(1)  本件会社の株主総会決議については,名古屋地方裁判所平成9年(ワ)第4651号事件の判決で,平成6年10月23日開催の株主総会決議,同7年5月27日開催の株主総会決議,同8年5月25日開催の株主総会決議,同9年5月31日開催の株主総会決議の各不存在が確認され,平成5年11月15日開催の株主総会決議,同6年5月20日開催の株主総会決議については,本件会社がその不存在を認めたため,確認の利益がないとして却下され,この判決は確定した。

(2)  この判決により,昭和55年9月26日に開催された株主総会以後,取締役選任のため適法に開催された株主総会は存在しないこととなった。そのため,本件会社の取締役は,商法258条1項により,後任取締役が選任されるまでC(代表取締役),G,Hであったところ,Cは,平成5年11月16日死亡した。そこで,法定の取締役の員数を欠き,かつ代表取締役を欠く状態となったため,平成11年5月14日,取締役兼代表取締役一時職務代行者として弁護士Iが選任された。

(3)  平成11年7月17日,本件会社の取締役会が開催され,仮代表取締役I,取締役Hが出席し,下記議題につき,下記のとおり株主総会を招集することが決定された。

日時 平成11年9月16日午後1時から

場所 名古屋市中区ab丁目c番d号

名古屋弁護士会館

議題 a 取締役3名選任の件

b 監査役1名選任の件

c 利益配当の件(株主G提案)

(4)  上記株主総会において,本件会社の取締役として,被控訴人,J,Kが,監査役にLがそれぞれ選任された。

同日,同所において全員出席の取締役会が開催され,被控訴人が代表取締役に選任され,その旨登記がなされた。

(5)  平成11年11月13日,本件会社の取締役会が開催され,下記議題につき,下記のとおり臨時株主総会を招集することが決定された。

日時 平成11年12月18日午前11時から

場所 名古屋市中区ef丁目g番h号

マルジュウビル6階 M法律事務所

議題 a 第26期から59期(昭和41年4月1日から平成11年3月31日まで)までの決算に関する貸借対照表,損益計算書及び利益処分案の承認の件

b 退職役員

C(の遺族)に6000万円

Gに50万円

Hに50万円

の(退職)慰労金支払(第55決算期中に支払済)承認の件

(6)  上記臨時株主総会で,上記議題はいずれも可決承認された。

4  控訴人ら及び参加人らの反論について

(1)  控訴人ら及び参加人らは,本件各支出及びその支出を承認する本件株主総会決議は,会社法に内在する株主出資原理及び株主委任原理に反し違法であるから,以下のとおり,本件株主総会決議の内容は無効である旨主張する。

ア しかしながら,株主は,自己の経済的利得を目的として会社企業に参加しているのであって,株主の権利は自益権であれ,共益権であれ,この目的の追求あるいは保護のために与えられているので,株主はこの議決権を行使するに当たっては,自己の株主としての利益判断に従って自由にこれを行使することができる。株主総会における多数決原理は,株主が株主としての立場に立っての利益判断に従って議決権を行使する場合に,意見の対立が生じても,会社参加目的である経済的利益獲得のための意見の相違にすぎず,理念的にはその共同目的に一致し,会社の繁栄は株主自身の利益となることを前提に,何が株主にとって最も利益であるかは株式の多数を有する者の判断するところに委ね,その決議から生ずる利害は各株主にその所有株式数に応じて平等に帰属するとしているのである。

一方,株主が株主総会の決議について株主たる地位と関係のない純個人的利害関係を有し,他の株主の株主としての利益を犠牲にして,これを行使することは許されないと解されるところ,この場合の規定として,商法247条1項3号が定められているのである。

以上の観点から,本件株主総会決議に控訴人らの株主権の侵害があるか否かを検討する。

イ 当事者間に争いのない事実,前掲各証拠及び証拠(乙3ないし12の各1ないし3,16,22,28,甲3の1ないし6,4,6,10ないし12,原審における被控訴人本人尋問の結果)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められ,他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

本件株主総会決議は,第26期から第59期(昭和41年4月1日から平成11年3月31日)の決算に関する貸借対照表,損益計算書及び利益処分案の承認(このうちには,Cが,本件会社の代表取締役在任中の昭和60年3月期から平成6年3月期にかけて,同人及び他の取締役の役員報酬,役員賞与として合計1億5350万円を支払った本件役員報酬等の支出を含む。)及び平成6年5月20日支払われた退職慰労金のうちCの相続人らに支払われた本件退職慰労金6000万円を事後的に追認するものである。

本件会社は,昭和23年2月C,Nらによって鉄鋼取引等を目的として設立され,以降順調な経営を続けていたが,昭和38年度には売上高約30億円,税引き前純益約3000万円を挙げるに至り,株主に対しては年2割の配当をした。その後,商社企業の大型化,系列化が時代の要請となり,本件会社は,昭和39年7月鉄鋼部門を大同興業株式会社に営業譲渡をし,同月25日会社の目的を不動産賃貸業に変更した。その後,本件会社は,その所有の不動産等の資産を管理運営するだけとなったが,資本(金額1000万円),負債の合計額に比して多くの資産を有し,土地等の資産を処分すれば多額の利益を得ることができた。控訴人らが問題とする昭和59年度(昭和59年4月1日から昭和60年3月末まで)から平成5年度までの間においても,本件会社は,平成2年度に土地を処分し,役員報酬として4840万円を支払った後,なお当期利益金約5825万円を計上した。退職慰労金支払の例として,昭和55年前記Nが退職する際に3000万円が支払われたこともある。また,昭和62年度から平成4年度まで役員賞与として毎年400万円が支払われているが,これは,CとGの2名に対する各200万円ずつの支払である。そして,本件会社には,平成6年3月末現在で繰越利益が約6801万円,資産が約8423万円(土地については簿価(取得原価)で計算)存在する。

ウ このような本件会社の資産の保有状況,利益発生状況,Cらの本件会社の発展,拡大に対する功績,不動産の管理業務等を考慮すると,上記役員報酬等の支出が著しく高額であるとはいえない。

エ この点,控訴人らは,多くの会社資産を処分することが不当である旨主張する。

しかしながら,会社の経営資源をいかなる時期にいかに活用,変更,処分するかは取締役が経済情勢,景気の状態,業界の動向,会社の当時の業績等を勘案して,経営判断に基づいて行うものであり,また,上記資産の処分自体によって,本件会社に損害が発生した事実も認められないので,上記処分が直ちに取締役の善管注意義務ないし忠実義務に反するとはいえず,他に本件役員報酬という支出が著しく不当であることを認めるに足る証拠はない。そして,本件株主総会における株主が,Cらの功績等を考慮して,当時の取締役のなした役員報酬等の支出に対して,これを追認したものであって,株主としての立場を離れて控訴人ら及び参加人らの株主権を侵害するというほどの著しく不当な決議とまではいえない。

オ したがって,控訴人ら及び参加人らの主張は採用できない。

(2)ア  控訴人ら及び参加人らは,第45期から第54期までの各期の役員報酬等の支払は,過去のそれぞれの期における株主総会の承認を経ていないので,治癒されるべき瑕疵のある株主総会決議がもともと存在しないのであるから,存在しない決議をそのままの形で再び決議する方法で,瑕疵を治癒することはできないので,同じ内容の決議を何度承認可決しても,内容が法令に反し無効であることに変わらない旨主張する。

しかしながら,上記3のとおり,本件会社は,商法で定められたとおりの方法で後任の取締役が選任され,そのもとで適法な株主総会において本件各支出が決議承認(追認)されたものであり,過去に株主総会決議が存在しないとしても,その後の株主総会において,役員報酬の支出の承認をして完全な適法化を図ることは法的に可能であるというべきである。けだし,役員報酬,退職慰労金の額は,定款の定めがない限り株主総会の決議によって定められ,役員報酬の支出は株主総会の承認を要するものとされているのであって,このように解してもお手盛りの弊害は防止することができるからである。また,株主総会が控訴人らの主張のように再議決することができないと解すると,役員報酬等の支出の完全な適法化を図ることは永久的にできなくなり,無用な混乱を生ずることとなるからである。

したがって,控訴人ら及び参加人らの主張は採用できない。

イ  さらに,上記決議は商法269条に違反する旨主張する。

しかしながら,上記決議における利益処分案には,各期の報酬総額の記載があり,会社財産から流出する額の総額が明らかであって,取締役全員に対する総額が定められている以上,お手盛り防止の弊害を防止する同法に反するとはいえないので,控訴人ら及び参加人らの主張は採用できない。

ウ  なお,控訴人ら及び参加人らは,本件株主総会決議には取消事由があることをもって,本件役員報酬等の支出が違法である旨主張するが,本件総会決議が取消されていない以上,その決議の効力はなお維持されているのであり,違法とはいえない。

(3)  以上のとおり,本件役員報酬等の支出は,著しく不当であるとはいえず,本件会社に損害が発生した事実も認められず,違法性を有するものではないので,控訴人ら及び参加人らの主張は採用できない。

第4結論

以上のとおり,本件控訴は理由がないから,これをいずれも棄却することとし,差戻し前及び後の控訴審並びに上告審における訴訟費用及び参加費用の負担について民事訴訟法67条,61条,65条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大内捷司 裁判官 島田周平 裁判官 玉越義雄)

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