名古屋高等裁判所 平成14年(ネ)1169号 判決 2003年9月24日
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人は,控訴人に対し,247万5545円及びこれに対する平成9年10月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 控訴人のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを16分し,その1を被控訴人の負担とし,その余を控訴人の負担とする。
5 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は,控訴人に対し,3872万2558円及びこれに対する平成9年10月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
(4) 仮執行宣言
2 被控訴人
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,被控訴人にアルバイトとして採用され1年以上従事していた控訴人が,メタルソー切断機(本件機械)で鉄パイプの切断作業をしていたところ,回転している本件機械のメタルソーで右手を負傷し,右総指伸筋腱断裂等の傷害を受けたとして,安全配慮義務違反の不法行為ないし債務不履行による損害賠償として3872万2558円及びこれに対する本件事故の日である平成9年10月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めたものである。
原審は,控訴人の請求を棄却したところ,控訴人が控訴したものである。
2 前提事実(証拠の摘示のない事実は争いがない)
(1) 当事者
ア 被控訴人は,各種産業設備機器の製造販売等を目的とする会社である。
イ 控訴人(1970年11月2日生)は,インド国籍を有する者で,平成8年来日して,同年7月1日被控訴人にアルバイトとして採用され,本件事故当時,溶接,ペンキ塗り,材料切断などの雑役に従事していた(甲10,12,13)。
現在,控訴人は,本邦における在留資格を取得していない。
(2) 本件事故の発生
ア 時期 平成9年10月29日
イ 場所 名古屋市a区b町字c,d番地所在の被控訴人工場内
ウ 態様 新品の革手袋を着用して,本件機械で鉄パイプの切断作業をしていた控訴人が,回転している本件機械のメタルソーで右手を負傷。
(3) 本件機械の構造等(乙1,原審及び当審検証の結果)
本件機械は,回転するメタルソーによって,バイスに固定したパイプ,角パイプなどの金属材料に切断あるいは切込み等の加工を行なう機械であるが,その取扱説明書には,以下の趣旨の注意書きがある。
ア 本件機械使用中には,手袋の着用は避けて下さい。手袋をして作業しますと,メタルソーに巻き込まれるおそれがあります(乙1の6頁)。
イ 1回の切断または切り込みが終わるごとに,スイッチを切ってメタルソーの回転が停止したのを確認し,切り落とした材料を取り除いてから,つぎの段取りをして下さい(乙1の26頁)。
(4) 控訴人の傷害及び後遺障害認定
控訴人は,本件事故により右第4,5中手骨開放骨折,右総指伸筋腱断裂,右尺側手根伸筋腱断裂,右手背挫滅創,右尺骨神経損傷等の傷害を受け,平成13年3月1日症状固定と診断され,障害等級9級7号の認定を受けた。
(5) 控訴人に対する労災保険給付等
本件事故に関して,控訴人は労災保険等から以下の支払を受けた。
ア 療養補償給付 705万4676円
イ 休業補償給付 615万9780円
ウ 休業特別支給金 205万2864円
エ 障害補償給付 337万9022円
オ 障害特別支給金 50万円
(合計1914万6342円)
3 争点
(1) 被控訴人の責任
(控訴人の主張)
ア 本件機械による切断作業は,左手で台上の材料を固定し,スイッチを入れてメタルソーを回転させ,右手でハンドルで下げて材料を切断し,切断後メタルソーを上げ,台上にある切断片を右手で拾って捨てるというものであるが,被控訴人工場では,材料を連続して切断するときには,電源を入れたままにしており,メタルソーは,上がったときも回転を続けていた。
本件事故は,控訴人が,上記手順で切断した角パイプの切断片を右手で拾おうとした際,革手袋の開口部の縁の部分(以下単に「縁の部分」という。)が回転しているメタルソーに引っ掛かり,巻き込まれて発生したものである。
イ 本件機械は,前記取扱説明書の記載のとおり,手袋をつけて作業すると巻き込まれるおそれがあり,革手袋でも縁の部分がメタルソーに引っ掛かって手が巻き込まれるおそれがあった。一方,控訴人は,主として溶接作業に従事しており,本件機械での切断作業は月に1,2回しかなく慣れていなかった。
しかるに,被控訴人は,本件機械に安全装置を備えず,また控訴人に本件機械の安全な操作方法を教育するなどの措置を取らなかったから,安全配慮義務違反ないし不法行為法上の過失がある。
ウ (原判決の誤り)
原判決は,「作業台という低い位置にある切断片のような小さい物体をつまむ場合の一般的な人体の運動は,肘関節の床からの高さを比較的一定に保ったまま,同関節の屈曲により前腕部を上下左右に動かす」とか,あるいは「低い位置の物体をつまむために,前腕を下げる場合には,手のひらをほぼ水平に保とうと,手首関節を背屈させる」などとして,人間の動作を直線的,固定的に捉えたうえ,そのような直線的,固定的な動作ではない動作は「結果を意図してするのでなければ容易に起こり得ない」として,意図的,意識的なものであると決めつけている。
しかしながら,人間の関節は,原判決の判示するように,ロボットのように固定的,直線的に動くわけではなく,柔軟に様々な形をとるものである。また,人間は,ロボットのように,常に同じ動作を繰り返し行うことはできず,自らの意図しない動作を行ってしまうことがあるのは,誰しも経験するところである。
したがって,原判決の判示は経験則に反する不合理なものである。
すなわち,「作業台という低い位置にある切断片のような小さい物体をつまむ場合」でも,「肘関節の床からの高さを比較的一定に保ったまま,同関節の屈曲により前腕部を上下左右に動かし,手首関節が背屈になる」とは限らず,切断片をうまくつまむことができずに肘関節の位置が高くなってしまったり,手首が掌屈になってしまうことはある。
また,「手の甲部分が接触した後,更に手をメタルソーに押し付ければ,縁がソーにかかるが,これが意図的な動作になることは明らかである」とはいえず,手の甲部分がメタルソーに接触しても,動転してすぐに手を引き抜くことができずに革手袋の縁がメタルソーにかかってしまうことはある。
さらに,「革手袋をつけた手をメタルソーの直下のかなり奥まで入れるのは,意識的に手をメタルソーの奥まで入れる等した場合しか生ずる余地がない」とはいえず,意図しなくても何かの拍子に手がメタルソーの奥まで入ってしまうことはあり得るのである。
しかも,甲10及び原審での控訴人本人尋問の結果にあるとおり,控訴人は何十本もの角パイプを切断するため,本件の切断作業を繰り返し,かつ,急いでしていたのであるから,上記のような革手袋の縁がメタルソーにかかってしまう動作をする可能性は一層高まるものである。
(被控訴人の主張)
控訴人の主張は不知ないし争う。
本件事故は,控訴人の自損行為であり,被控訴人に過失はない。
本件機械による切断作業では,材料を切断し,ハンドルでメタルソーを上げてから,電源スイッチを切り,ソーの回転が止まってから,切断片を拾うもので,控訴人主張のような事故が発生することは到底考えられない。控訴人が従事していたのは,平鋼パイプを切断するつど,もとのパイプを裏返しておき直して,次の切断を行なうという作業であり,このような場合メタルソーを回転させたまま作業することは,無謀極まりない非常識な行動である。
控訴人が本件事故時にしていた革手袋は,硬い革でできており,メタルソーの刃は表面を滑ってしまい,巻き込まれることはない。また,革手袋をしたまま,上に上げたメタルソーに手を入れようとしても,手袋が大きいため,容易にメタルソーとその下の台との間に入らず,本件事故後の実験でも,メタルソーの刃は革手袋の縁の部分まで届かなかった(乙4③④)。
さらに,控訴人の右手の切創は,中指の先端から約20センチメートルもあり,台上の切断片をつまみ出す際,通常の姿勢では,メタルソーが右手甲部にかかることはあり得ない。
(2) 過失相殺の有無
(被控訴人の主張)
被控訴人では,新入社員が初めて機械を扱う場合には,上司や熟練した先輩従業員が作業手順をやってみせた後に,当人に反復操作させる等の指導をし,また控訴人ら従業員に対しては,軍手など巻き込まれる危険性のある手袋をつけて作業をしないよう注意を与えていた。しかるに,控訴人は,神経質な性格からか常時新しい革手袋をつけて作業し,本件事故に遇ったものである。
したがって,そのほか前記(1)主張の事情も考慮すれば,仮に被控訴人の責任が認められるとしても,大幅な過失相殺をすべきであり,被控訴人の負担すべき損害は全体の10パーセントを超えることはあり得ない。
そして,仮に控訴人主張の損害(弁護士費用を除く)をそのまま認めても,これに前記労災保険等からの填補額を加えて計算すれば,控訴人の損害は,全額填補済である。
(控訴人の主張)
被控訴人の主張は争う。
複数のパイプを切断する場合,一々スイッチを切るのは相当効率が悪く,また手袋をしている作業者が1回毎に2回もスイッチを操作するのはかなり面倒なことである。下記のとおり安全教育をしていない被控訴人工場で,1回毎にスイッチを切るというような作業をしているとは考えられない。
控訴人は,被控訴人から本件機械の場合を含め,作業の安全に関して注意,指導を受けたことはない。被控訴人が新入社員にしたというのは,機械の操作方法を教えたにすぎない。平成13年10月12日の被控訴人工場における原審進行協議期日の際,被控訴人代表者は,鉄パイプの切断作業を実演したとき,軍手をつけて作業しており,被控訴人がその主張するような安全上の注意を与えていたとは考えられない。
(3) 損害額
(控訴人の主張)
以下のとおり合計3872万2558円である。
ア 症状固定後の治療費 1万1055円(甲6)
イ 通院交通費 25万1520円
(ア) A整形外科(合計328日通院)
(平成10年2月25日から平成12年7月3日まで,甲4)
当時の居住地一宮市eからA整形外科の同市fまでバス代往復500円
(イ) B医学部付属病院(平成11年5月17日以降,計98回,甲5)
内22回は前記居住地から電車代往復800円,内76回は名古屋市g区からバス代及び電車代合計往復920円
ウ 文書料 4725円(甲7)
エ 入院雑費 26万7000円
C病院(甲3)で95日,B病院で83日入院した。
入院雑費を1日1500円とする。
オ 休業損害 438万3460円
(但し,前記労災保険からの休業補償給付615万9780円を控除後の金額)
平成9年10月29日から平成13年3月1日まで
本件事故前の収入は日額8642円である。
カ 後遺障害逸失利益 1948万4798円
(但し,前記労災保険からの障害補償給付337万9022円を控除後の金額)
なお,控訴人は,インドで大学を卒業し,自動車中古部品の販売会社に勤務するほか,ケーブルテレビの会社を設立するなどして1か月13万ルピー(1ルピー2.6円として年収405万6000円に相当)の収入があり,日本における本件事故前の年収は315万4330円であった。
したがって,その逸失利益は,症状固定後3年間は上記日本の,その後は上記インドの収入を基礎に計算するのが妥当である。
キ 傷害(入通院)慰謝料 402万円
ク 後遺障害慰謝料 680万円
ケ 弁護士費用 350万円
(被控訴人の主張)
控訴人主張の事実は否認ないし争う。
特に,インドでの収入については,ケーブルテレビ会社に対する多額の投資自体信用できず,これにより安定した収入があったとすれば,日本語もできない控訴人がミシンのセールスのために来日する理由もないなど疑義があり,主張の逸失利益は到底認められない。
第3争点に対する判断
1 本件事故に対する被控訴人の責任について(争点(1))
(1) 判断の前提となる事実
ア 本件機械の構造及びこれによる切断作業の内容等について,証拠(甲10,乙1ないし5,原審における控訴人本人尋問の結果,原審及び当審検証の結果)によれば,以下の事実が認められる。
(ア) 本件機械は,電気モーターで回転するメタルソーによって,作業台の上にバイスで固定したパイプ,角パイプなどの金属材料を切断し,あるいはこれらに切込み等の加工を行なう機械である。
同機械のメタルソーは,直径25センチメートルの円盤状で,周囲に金属切断用の刃がついており,回転速度は,毎分53ないし63回と(それぞれ50ないし60ヘルツの交流電流使用の場合),比較的低速である。同メタルソーは,材料を加工し,切断片を除去するため,付属のハンドルにより人力で上下させるようになっており,またメタルソーを取り付けたターンテーブルを水平面内で動かせば,材料の切断角度を左右45度までの範囲で変更できるようになっている。
本件機械での加工の対象には,パイプ,角パイプ,アングル,丸棒など各種の金属材料が含まれるが,その直径ないし横断径は,最大80ないし115ミリメートルまでで,比較的小型の材料が加工対象である。
本件機械の取扱説明書には,1回の切断または切り込みが終わるごとに,スイッチを切ってメタルソーの回転が停止したのを確認し,切り落とした材料を取り除いてから,つぎの段取りをして下さいとの記載があり,正面から向かって右側(以下,本件機械に関して前後左右をいうときは,原則として本件機械の作業者側を本件機械の正面とし,これを基準に各方向を表示する。)にスイッチが付いていた。
(イ) 本件事故当時,本件機械は,角パイプを斜めに切断する作業に使用中で,メタルソーは,機械正面からみて右45度にセットされていた。
この状態で,角パイプの切断加工を行なう場合,作業台上の左手にセットした未切断の角パイプの位置を所定の加工ポイント(以下,下降したメタルソーが台上で材料を切断等する位置を,このように称する。)に合わせ,バイスで固定し,次いでハンドルでメタルソーを降ろして切断し,今度はメタルソーを上げて切断片を除去するという手順になる。
上記右45度にセットされた状態でハンドルを上げると,メタルソーを取り付けたピボット部が比較的後方の低い位置にあるため,メタルソーは,作業者からみて斜め前上方に遠ざかりながら引き上げられる形となる。その結果,メタルソーの円盤の最下部は,加工ポイントから約5センチメートル程度の高さの位置にくるとともに,メタルソーが加工ポイントの手前に出ている部分は数センチであり,かつ,その刃体の長さも大きくはない。
(ウ) 被控訴人工場では,本件機械は,立ったまま操作するようになっていたが,これに付属する作業台は床から約77センチメートルの位置にあり,身長約173ないし174センチメートルの控訴人が,加工ポイントにある切断片をつまむ場合には,その腕を斜め下方に降ろす形にしなければならない。
本件事故発生当時,メタルソーは,上に上げられた位置にあり,スイッチは切られていなかった。
イ 控訴人の傷害及び事故時に使用していた革手袋の形状,性質等について,証拠(甲3,11の1・2,乙5,6,原審における控訴人及び被控訴人代表者の各本人尋問の結果)によれば,次の事実を認めることができる。
(ア) 控訴人は,本件事故で,回転しているメタルソーによって,右手甲部に,手首の小指側から前方親指側に向かって斜めに走る切創を被り,右第4,5中手骨開放骨折,右総指伸筋腱断裂,右尺側手根伸筋腱断裂,右手背挫滅創,右尺骨神経損傷等の傷害を受けた。
(イ) 控訴人が本件事故後に使用していた革手袋は,被控訴人工場で使用している通常のものであり,開口部の縁から手指部の最先端まで約24ないし25センチメートル程度の革製の新品であり,滑らかな表面だったと推認される。
原審における検証時に,同様の革手袋を使用して実験したところ,縁の部分以外の各部を回転しているメタルソーの刃体に当てても滑ってしまい,本件機械に巻き込まれることはないが,これに対し革手袋の縁の部分は,メタルソーの刃に引っ掛かり得る状態で,仮に引っ掛かれば,その中に手を入れたままメタルソーに巻き込まれる可能性があるものと考えられる。
(2) 前項認定の事実に基づき,判断する。
ア 同事実によれば,本件事故は,革手袋の縁の部分がメタルソーの刃に当たり,これに巻き込まれて生じたものと認められる。
そこで,革手袋の縁の部分がメタルソーの刃に当たり,これに巻き込まれるのは,いかなる状況で起こりうるかを検討する。
イ メタルソーがハンドルで上に上げられた状態では,前記のとおり,メタルソーの刃体は,加工ポイントの手前にはわずか数センチメートルしか出ない状態であり,しかもメタルソーの最下部は作業台から約5センチメートル上方にあるから,作業台の上方・メタルソーの前方にかなりの空間が生ずることになる。
上記のようなメタルソーの状態で,低い位置にある作業台上の切断片をつまむためには,前腕を下げる際,手のひらをほぼ水平に保つことになるから,手首の部分は指先部分よりも作業者側にあり,通常,手首の上部にある革手袋の縁の部分がメタルソーに当たるような位置に来ることはない。
また,切断片をつまみ上げる場合も,手首が指先よりもメタルソー側に出るような姿勢は通常あり得ないことであり,手首の上部にある革手袋の縁の部分がメタルソーに当たるような位置に来ることはない。
ウ しかしながら,上記は作業者が本件機械に正対している場合にいえることであるところ,作業者が常に本件機械に正対しているとはかぎらないのであって,作業者は状況に応じて種々の姿勢,動作を取ることはあり得ることである。そして,作業者の位置,動作によっては,作業者の手首の上部,革手袋の縁の部分がメタルソーに当たる可能性も否定できない。必ずしも意識的に手をメタルソーの奥まで入れる等しなければ,革手袋の縁の部分がメタルソーに当たることはあり得ないと言うことはできない。
控訴人の受傷時の姿勢,動作は明らかではないが,作業中に,不注意によって革手袋の縁の部分をメタルソーに当てこれに巻き込まれて受傷したものと認めるのが相当である。
エ 以上によれば,控訴人の受傷は,後記のとおり控訴人の過失によるものであるが,控訴人の意図的な行為によって生じたものとは認めることはできない。
そして,本件全証拠によっても,被控訴人において控訴人に本件機械の安全な操作方法を教えるなどの措置をとったことを認めることができず,被控訴人には安全配慮義務違反を認めざるを得ない。
2 過失相殺について(争点(2))
前記のとおり,メタルソーがハンドルで上に上げられた状態では,メタルソーの刃体は,加工ポイントの手前にはわずか数センチメートルしか出ない状態であり,しかもメタルソーの最下部は作業台から約5センチメートル上方にあるから,作業台の上方・メタルソーの前方にかなりの空間が生ずることになり,低い位置にある作業台にある切断片をつまむ場合,手首の上部にある革手袋の縁の部分がメタルソーに当たるような位置に来るようなことは通常はあり得ないことである。もちろん,革手袋の縁の部分がメタルソーに当たるような姿勢,動作となることはあり得ないとはいえないことは上記のとおりであるが,そのような姿勢,動作を取ったことは,本件作業の危険性を考えると,安全性に対する配慮を著しく欠いた,極めて不注意なものであり,控訴人の過失は大きいと言わざるを得ない。
よって,本件事故については控訴人の過失を65パーセントとして過失相殺するのが相当である。
3 損害額について(争点(3))
(1) 症状固定後の治療費
甲6の1ないし6によれば,上記治療費1万1055円が認められる。なお,同書証によれば症状固定後の治療の必要性を推認することができ,これを覆すに足りる証拠はない。
(2) 通院交通費
甲4,5及び弁論の全趣旨によれば,上記交通費計25万1520円を認めることができる。
(3) 文書料
甲7の1ないし3によれば,上記文書料4725円を認める。
(4) 入院雑費
甲3,5によれば,C病院で95日,B病院で83日,計178日入院したことを認める。
入院雑費を1日1300円として,23万1400円となる。
(5) 休業損害
甲2によれば,控訴人の本件事故前の収入は1日当たり8642円と認める。
控訴人は,本件事故の日である平成9年10月29日から症状固定日である平成13年3月1日まで1220日休業したものと認める。
したがって,休業損害として1054万3240円を認める。
(6) 後遺障害による逸失利益
控訴人は,就労の在留資格のない外国人であり,その逸失利益を判断するに際しては,後遺症の症状固定時から少なくとも3年間は日本国内で就労する蓋然性を認め,それ以後はインドで就労し収入を得ることができたものと認めるのが相当である。
ア 日本での逸失利益
控訴人の収入は,上記のとおり1日当たり8642円と認めるから,年収は315万4330円である。控訴人の労働能力喪失率は35%であり,3年のライプニッツ係数は2.7232であるから,上記逸失利益は300万6455円である。
315万4330×0.35×2.7232=300万6455
イ インドでの逸失利益
証拠(甲10,14ないし16の各1,2)によれば,控訴人は,来日する前に,自動車部品販売会社に勤務し月額5万3475ルピー程度の給与を得ていたこと,また控訴人は,ケーブルテレビ設備会社を設立しその営業を賃貸し月額7万5000ルピーの賃料を得ていたことが認められる。
しかし,上記収入のうち営業の賃貸料は,営業を賃貸することによる収入であって,控訴人が本件事故により喪失した労働能力とは関わりのないものであると認めるのが相当であるから,控訴人の逸失利益の前提としては,月額5万3475ルピーの収入を基準とすべきである。
そして,弁論の全趣旨によれば1ルピーは2.6円であることが認められる。また,控訴人は上記ア(症状固定時から3年間)以後67歳まで34年間就労が可能であると考えられるが,同34年のライプニッツ係数は,37年のライプニッツ係数16.7112から,3年のライプニッツ係数2.7232を引いた13.988である。したがって,下記の計算式のとおり,上記逸失利益は816万8250円となる。
166万8420×0.35×(16.7112-2.7232)=816万8250
ウ 合計は1117万4705円となる。
(7) 傷害(入通院)慰謝料
甲3ないし5によれば,控訴人の受傷による入院日数は約6か月であり,通院日数は計415日であるから,傷害慰謝料として286万円を相当とする。
(8) 後遺障害慰謝料
控訴人の後遺症は9級相当であるが,前記のとおり控訴人は就労の在留資格のないインド人であるところ,弁論の全趣旨(国際連合世界統計年鑑)によれば,平成7年におけるインドと日本との国内総生産値(1人あたり)や製造業における賃金はおよそ100倍程度の相違があると考えられ,このような経済的事情の相違を加味して,後遺障害慰謝料を算定して,300万円が相当と認める。
(9) 過失相殺
以上の合計額は2807万6645円(積極損害合計49万8700円,消極損害合計2171万7945円,慰謝料合計586万円)であるから,前記のとおり65%を過失相殺すると,過失相殺後の合計額は982万6825円(積極損害17万4545円,消極損害760万1280円,慰謝料205万1000円)である。
(10) 損害の填補
前記のとおり,控訴人は,労災保険から本件事故に関して支払を受けているが,そのうち休業補償給付615万9780円,障害補償給付337万9022円は,上記損害のうち消極損害を填補するものであるから,消極損害から上記支払額を差し引くと,消極損害については被控訴人の支払義務はない。
なお,上記損害のうち積極損害及び慰謝料については,労災の保険給付が対象とする損害とは同性質であるとはいえず(最高裁第2小法廷判決昭和62年7月10日民集41巻5号1202頁参照),労災保険からの支払により填補されることはない。
(11) 弁護士費用
したがって,損害額として222万5545円を認めるから,同認容額に照らし,本件事故と相当因果関係を認める弁護士費用は25万円が相当である。
3 以上の次第であるから,控訴人の本訴請求は247万5545円及びこれに対する平成9年10月29日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり,その余の請求は理由がない。
よって,これと一部異なる原判決を変更することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 青山邦夫 裁判官 藤田敏 裁判官 田邊浩典)