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名古屋高等裁判所 平成14年(ネ)142号 判決 2003年5月29日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人に対し,被控訴人設立時から平成12年5月31日に至るまでの間定められていた被控訴人の規約ないし規約に相当する文書を開示せよ。

3(1)  被控訴人は,控訴人に対し,昭和53年ないし平成11年までの財産目録を閲覧及び謄写させよ。

(2)  被控訴人は,控訴人に対し,昭和53年9月22日以降平成12年4月30日までの間の現金出納帳及び普通預金出納帳を閲覧及び謄写させよ。

4  被控訴人は,控訴人に対し,被控訴人が名古屋国税局の税務調査を受け,平成10年4月15日ころまでに約200億円の申告漏れを指摘され,約60億円の贈与税の追徴課税を納付したこと,及び平成9年ないし平成11年分につき申告納付した贈与税に関し,原判決添付別紙説明要求事項目録記載の事項に回答せよ。

5  被控訴人は,控訴人に対し,昭和53年分ないし平成11年分(平成5年分は除く。)の実質生活費支出額(参画者1か月1人当たりの平均値)を開示せよ。

6  訴訟費用は1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

本件は,権利能力なき社団である被控訴人の構成員である控訴人が,被控訴人に対し,共益権としての閲覧謄写請求権,説明要求権,情報開示請求権を有しているとして,文書や情報の開示,閲覧謄写,説明を求めたところ,原審が控訴人の請求をいずれも棄却したことから,控訴人から控訴のあった事案である。

1  争いのない事実等

原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「1」に摘示のとおりであるから,これを引用する。

2  争点及び当事者の主張

原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「2」及び「3」に摘示のとおりであるから,これを引用する。

3  当審における補足的主張

(控訴人の主張)

被控訴人とその構成員との間には,法律行為の委任及び事実行為の準委任の関係が存在するものというべきであるから,民法643条から656条までの規定が本件につき適用もしくは類推適用されるべきことは当然である。そうであれば,被控訴人には,受任者として善良なる管理者の注意義務(民法644条)があり,委任者の請求があるときは,いつでも委任事務処理の情況報告をすべき義務(民法645条)があるというべきである。権利能力なき社団において,構成員からの説明請求権や情報開示請求権につき,当該権利能力なき社団の運営原則としての明文の定めがないとしても,また,従来の運営過程において,構成員によって上記権利が行使されたことがなかったとしても,それらによって委任の規定に基づく委任者の権利の発生・存在までが否定されることにはならない。被控訴人においては,特定の複数の人物らが幹部として長年にわたり支配しているものであり,構成員に対する財産管理,処分行為についての報告義務・情報開示義務等を否定することは,機関の秘密運営権を認めることに帰着するが,機関にこのような秘密運営権を認めることは公序良俗に違反する。

また,参画予定者が参画申込書,出資明細申込書,誓約書にサインをしたからといって,構成員権としての共益権・自益権を放棄したことにはならない。従来からの「研鑽方式」や「運営の原則」が被控訴人において運用されていたとしても,騙されて錯誤により参画した者が本件権利を行使した場合,従来の慣行を根拠として情報開示請求権等を抑止制圧することはできない。自己の置かれた地位,状況を知りたいという基本的人権の権利行使を制限する契約は,憲法違反ないし公序良俗違反であって無効である。

(被控訴人の主張)

被控訴人は,「ヤマギシズム生活実顕地調正機関本庁」を代表機関とする権利能力なき社団である。被控訴人には成文の規約や会則といったものは存在しないが,ヤマギシズム理念に基づく「運営の方式」や「運営の原則」が発足当初から存在し,現在もそれらに則して被控訴人としての意思決定がされ,運営されている。被控訴人と構成員との間には,民法634条の委任契約が存在しないことは明らかであるから,民法645条が適用されることはない。

被控訴人は,ヤマギシズム生活を実践する人々の集合体であり,同時に,ヤマギシズム生活を行うための社会的仕組みを備えた共同生活体である。被控訴人では,構成員となることを「参画」といい,構成員のことを「参画者」と呼んでいる。このような共同生活体を構成する目的は「無所有共用一体の理想社会の実現」である。そのためには,みんなとともに社会を経営・運営していこうとする精神に沿った機構,所有しなくても誰もが必要に応じて必要なものを自由に使えるような物的基盤,さまざまな意見を互いに腹蔵なく話し合ってどれが真実だろうかと探求し合っていける仲間がなければヤマギシズム生活は成り立たないから,ヤマギシズム生活を実践するための社会的仕組みが必要となる。このような社会的仕組み(機構)として調正機関という生活共同体が構成されたのである。

参画契約は,「われ,ひとと共に繁栄せん」という会旨にそって「一体理念」,「無所有理念」,「無我執理念」を現実のものとして実践しようとする者が,ヤマギシズム生活(無所有共用の一体生活)の実践・顕現を目的とする団体である被控訴人の構成員の一員として加入することを目的とする契約であり,出資と出資に伴う権利放棄は参画契約の構成要素となっている。出資の目的は,無所有と無我執の理念を現実化する目的,被控訴人の財産的基礎を形成する目的,参画者同士の完全対等性をもたらすという目的である。参画者は,出資明細申込書によって出資をし,そのうえで,誓約書によって出資者としての権利主張,返還要求をしない旨誓約することとしているのであり,この「誓約」は出資に伴い発生する可能性のある一切の権利の放棄であることは明らかである。控訴人が,参画申込書,出資明細申込書,誓約書にサインをしたことは,控訴人主張の構成員権の権利放棄を意味するものである。

第3当裁判所の判断

1  甲第2号証,第5号証の1ないし3,第8号証,第15号証,第17号証,第20号証,第23ないし第26号証,第32号証の1,2,第34号証,第38号証,乙第1,第2号証,第13ないし第18号証及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

(1)  被控訴人は,ヤマギシズム社会を実践する人々を構成員とする権利能力なき社団であり,全国39か所,海外7か所に「ヤマギシズム社会実顕地」と呼ばれる施設(以下「実顕地」という。)を有している。ヤマギシズムとは,昭和28年にAが提唱した理想社会の思想であり,ヤマギシズムの目的とするところは,現在及び将来にわたるすべての人々が人間らしく生きられ,戦争も諍いもなく,物の欠乏や心の貧しさで苦しむ人もいない幸福な社会を実現することにあるとされ,そのためには「無所有共用一体社会」を実現することが必要であると説かれている。すなわち,幸福な社会を実現するためには,すべての存在・自他が時間的・空間的につながっていて一体であると認識し,それを前提として行動することが必要であるが,所有の観念は,物が必要な人によって合理的に使用されることを阻み,物の争奪を理由とした紛争の原因となって自他が一体となることを妨げ,また,自分の持っている観念への執着である我執も,人間同士が互いに仲良く生活することを妨げているとして,この所有の観念と我執をなくすこと,すなわち,「無所有」と「無我執」こそが一体の理念を実現するために必要であると説き,「無所有」及び「無我執」を実践しようというものである。

(2)  被控訴人においては,被控訴人の一員として新たに加入することを「参画」と呼んでおり,被控訴人に参画するためには,被控訴人の開催する7泊8日のヤマギシズム特別講習研鑽会(以下「特講」という。)を受講し,更に,ヤマギシズム研鑽学校(以下「研鑽学校」という。)に15日間入校する必要がある。

これらを経たうえ参画を希望する者に対しては,参画説明会が行われる。参画説明会においては,全参画者を代表する「参画受付世話係」が参画希望者に対して,ヤマギシズム生活の目的,被控訴人に参画する意味,参画するための資格等について説明を行う。参画説明会における「参画」についての説明は次のような内容である。

ア 被控訴人に参画する目的は,「最も正しくヤマギシズム生活をする」ことであり,それには「私意尊重公意行」の生き方ができることが絶対的な資格要件であること。

イ ヤマギシズム生活とは,「自然と人為,すなわち天・地・人の調和をはかり,豊富な物資と,健康と,親愛の情に充つる,安定した,快適な生活を,人類に齎すこと」とのヤマギシ会趣旨に即した,無所有,共用・一体の生活であること。

ウ したがって,参画とは,既に被控訴人に参画している人々に加わって,被控訴人の一員となり,無所有・共用・一体の生活を実践するということ,したがって,自分で左右できる有形・無形の財産を「放す」必要のあること。

上記のような説明がされた後,「参画受付世話係」が参画希望者に質問をしたり,逆に参画希望者から質問を受けたりして,互いの理解度をはかり,参画説明会終了時点で,改めて参画希望者の一人一人に参画の意思があるかを確認する。特講や研鑽学校を終了して参画を希望していても,被控訴人から見て,参画希望が本人の一時的な気分の高揚によるもので熟慮が足りないと判断されたり,ヤマギシズムの理解度が足りないと判断される場合には,参画を認められないこともある。

(3)  参画を認められた者は,その全財産を「出資」と称して被控訴人に引き渡し,実顕地に身を寄せて参画者となる。被控訴人は,この「出資」をヤマギシズムの基本理念である「無所有」実践の一つであるととらえている。

参画希望者が,被控訴人に対して出資し参画するためには,ヤマギシズム社会豊里実顕地内の被控訴人の本庁事務所において,被控訴人に対し,参画申込書,出資明細申込書及び誓約書を提出し,被控訴人に参画することを申し込む必要がある。上記の参画申込書,出資明細申込書及び誓約書には,次のとおりの記載がある。

ア 参画申込書

「私及び私の家族は,最も正しいヤマギシズム生活を希望致しますので,ヤマギシズム生活実顕地調正機関に参画申込み致します。」

イ 出資明細申込書

「私は終生ヤマギシズム生活を希望致しますので,下記の通りいっさいの人財・雑財を出資いたします。」

ウ 誓約書

「私は,此の度,最も正しくヤマギシズム生活を営むため,本調正機関に参画致します。ついては,左記物件,有形,無形材及び権益の一切を,権利書,証書,添附の上,ヤマギシズム生活実頭地調正機関に無条件委任致します。

本財 身・命・知・能・力・技・実験資料の一切

雑財 田畑・山林・家・屋敷・不動産の一切

現金・預金・借入金・有価証券・及び権益・位階・役職・職権等の一切

しかる上は,権利主張・返還要求等,一切申しません。以後,私は調正機関の公意により行動し,物財は如何様に使用されても結構です。

調正機関の指定する研鑽学校へは何時でも無期限入学致します。」

(4)  被控訴人においては,物事の決定の方法として多数決原理ではなく「研鑽方式」(決めつけをもたないで徹底的に検討し,全員の一致点を見出してそれを一応の結論と措定してそれを実行し,さらに実行の結果を判断材料にしつつ検討と実行を繰り返し,その繰返しの中で真理を検討しようとする方法)を採用し,ヤマギシズムに適合した「運営の原則」(その中には「世話係制」,「自動解任制」等がある。)に則り,6か月毎に選任される複数の世話係が,世話係間の研鑽により担当事務を処理することとなっている。

研鑽による一致点を「公意」といい,生活上のあらゆる事柄が「公意」によって決定され実行されるが,ただ,すべてのことについて全員が検討を加えるために話し合うというのは現実的に不可能であり,合理的でもないので,全員が所属している「仲良し班」において,「仲良し班世話係」を選び,「仲良し班世話係」の研鑽会において,「調正世話係」を選び,「調正世話係」が複数人の「各部門世話係」を選ぶ。そして,その世話係間の研鑽会において,その部門に関わることを「公意」として決める。そして,このような「研鑽方式」に適合した「運営の原則」として,次のようなものがある。

ア 無階級,長なし

ヤマギシズム生活においては,人と人はすべて横のつながりであり,上下の関係がない。しかも自律生活である。したがって,命令する人もそれに従う人もいない。

イ 機会均等

ヤマギシズム社会では,生まれや育ちや年齢によって居住地が固定したり制限されることがなく,また,どのような係役にも就く機会が誰にもある。

ウ 専門分業

生活に必要な役割や各種の「世話係」は,みなで分担して分業体制で行う。

エ 1役3人制

世話係の選出に当たっては,1人で何役ももつのでなく,1役3人以上を基本としている。これは,独断や独走を回避する仕組みである。

オ 自動解任

本庁の「世話係」や単位実顕地の「世話係」はもちろん,どの役割に就いている人も,その「任期」はすべて6か月であり,毎年6月と12月には,例外なく,「自動的」に解任される。

カ 代表制,世話係制,委し合い

専門分業になっている係役に就いている者(すべての参画者一人一人)は,参画者みなの「代表」であって,6か月だけ,その役割を委されているにすぎず,すべての参画者の「代表」として,その「公意」によって行動する。「世話係」にしても,6か月間だけ,委された部門や事項についての世話をするという立場であり,みなの意思を汲み取って「公意」に反映させ,「公意」を執行する役割にすぎない。

キ 権利なし,義務なし

ヤマギシズム社会は,「われ,ひとと共に繁栄せん」の会旨に主体的・自律的に沿って生活することによって成り立つ社会であり,そこでは,他に対して作為又は不作為を求める権利は不要であり,その反面としての義務もない。

ク 報償なし,罪罰なし

自分の身体,生命,能力,知識,経験のどれを取っても,何一つ自分だけで生み出し,維持しているものはないのであり,ヤマギシズム社会には報償も罪罰もない。

ケ 報酬なし,分配なし

ヤマギシズム社会は無所有社会であるから報酬はなく,また,一体社会であるから分配もない。

コ 規則なし,監視なし

規則や監視とは,間違いを表面的に押さえようとする方法であるところ,ヤマギシズム社会では,もし間違いがあれば,その原因を探究して取り除くという方式をとっており,規則や監視によって行動を制限するのでなく,あくまで一人一人が自律的に行動して成り立つ社会を目指している。

サ 対立なし,一体運営

研鑽は,各人がもてる知識や経験を出し合って,何がその時点・状況から最良であるかを検討する場であるところ,多種多様な意見からよりよい結論を出すためには,各人の心の中に対立意識や対立感情のないことが肝心であり,そのためにも,一人一人が自らの我執を取り除いていくことが大切になる。また,特定の部門の「世話係」や係役の担当する役割はもともと一つのことをみなで手分けして分業で行っているのであるから,他の部門すべてに関わりがあり,独立した部門は一つもないという意識に立ち,部門の公意といえども,全体からみれば私意である場合もあり,自分の部門や自分の係役を他に優先させないで,他と同列にみて,全体を運営していこうとするのが一体運営である。

シ 自発的・自覚・納得・無妥協・任意・自律・反省・自由意思・服従なし

被控訴人においては,参画者各自が「調正」機能を有していることにより,指揮命令系統や規則や罰則がなくても,円満に運営されていく仕組みであり,個人のあり方として,自発的・自覚・納得・無妥協・任意・自律・反省・自由意思・服従なしの諸原則がある。

2  被控訴人は,上記のとおりの団体であるところ,被控訴人の採用している基本理念等は一般社会において多くの人々が有している価値観や通常みられる行動原理等とはさまざまな点において異なるものと考えられるが,少なくとも,被控訴人の目的に賛同してその構成員となった者が,構成員同士の間で実践する限りにおいては,国民の基本的人権を保障した日本国憲法下においても公序良俗に違反するということまではできない。そこで,以上を前提に,控訴人主張の権利が認めれるかどうか検討する。

(1)  規約ないし規約に相当する文書の開示請求(控訴の趣旨2)について

被控訴人は,被控訴人には成文の規約は存在しないと主張しているうえ,本件全証拠によっても,控訴人の主張するような規約ないしこれに相当する文書が存在することを認めるには足りない。

この点,控訴人は,被控訴人がヤマギシズム生活中央調正機関と称されていた当時,「性格」,「参画者資格」,「運営と機構」を文章化しており,これが規約としての役割を果たしていたと主張するところ,これにそう書面として甲第1号証があり,控訴人は,甲第1号証を研鑽学校の部外秘と言われるような部屋にあったものを見つけてとっておいたと供述する。しかし,これが被控訴人において作成された規約であることを認めるに足りる的確な証拠はなく,また,これがその後改訂されて被控訴人内に存在することを認めるに足りる証拠もない。のみならず,前記認定のとおり,被控訴人においては,各種の理念や原則が定められており,これらは,特講や研鑽学校等を通じて被控訴人の構成員に周知されているうえ,個々の構成員が日々実践に努めているものと認められるから,被控訴人において成文の規約ないしこれに相当する文書が存在しなかったとしても格別の不都合があるとも考えられず,これが存在しないことは不自然とはいえない。よって,その余の点について検討するまでもなく,控訴人の請求は認められない。

なお,被控訴人は,本件訴えのうち,控訴の趣旨2に係る部分の却下を求めるが,同訴えが不適法とはいえないことは,原判決9頁23行目の「なお,」から26行目末尾までに判示のとおりであるから,これを引用する。

(2)  財産目録の閲覧及び謄写請求(控訴の趣旨3(1))について

被控訴人は,被控訴人には財産目録は存在しないと主張しているうえ,本件全証拠によっても,控訴人の主張するような財産目録が存在することを認めるには足りない。控訴人は,被控訴人に財産目録があると考えていると供述するが,実際にその存在を見たり聞いたりしたことがあるというものではないから,これをもって被控訴人に財産目録があると認めることはできない。

また,控訴人は,財産目録は民法51条に法定されているものであり,権利能力なき社団として法律上認められるためにも,存在していない場合には過去に遡ってこれを作成すべきであると主張する。しかし,同条に違反した場合の理事等に対する罰則が定められている(民法84条2号)ことからいって,主務官庁の許可(同法34条)等の何らの法的手続を要することなく成立する権利能力なき社団には,民法51条を適用ないし準用すべき基礎が欠けるものというべきであるから,控訴人の上記主張は採用できない。更に,控訴人は,被控訴人とその構成員との間には,法律行為の委任及び事実行為の準委任の関係が存在するとも主張するが,この主張が採用できないことは後記のとおりであり,仮に,被控訴人とその構成員との間に上記関係が存在するとしても,そのことから当然に被控訴人が構成員に対して財産目録を作成してその閲覧及び謄写に供する義務があるということはできない。そのほかに,被控訴人において財産目録を作成すべきものとする法的根拠は見当たらない。

よって,控訴人の請求は認められない。

(3)  現金出納帳及び普通預金出納帳の閲覧及び謄写請求(控訴の趣旨3(2)),原判決添付別紙説明要求事項目録記載の事項についての回答請求(控訴の趣旨4),実質生活費支出額の開示請求(控訴の趣旨5)についてある団体において控訴人の主張する上記のような権利が個々の構成員に認められるかどうかは,本来,法令や当該団体の規約等の定めに従って決せられるべきものであるが,被控訴人は権利能力なき社団であって,これを規律する格別の法令は存在しないうえ,被控訴人に規約が存在するとは認められないことは前記(1)に認定のとおりであるから,結局,これらの権利が認められるかどうかは,被控訴人の採用している基本原理等がそれらの権利を認める趣旨であるかどうかによって判断するほかない。

ところで,例えば,株式会社,有限会社においては,構成員に会計帳簿等の閲覧請求権が認められている(商法293条の6,有限会社法44条の2第1項)ところ,これらの権利は,団体の構成員がその所属する団体の財産状況,業務執行の内容等を知ることを可能にする権利であり,控訴人の主張する権利もこれと同様の性質を持つものであると解される。しかし,上記の会計帳簿の閲覧請求権は,その性質上閲覧それ自体が終局の目的となる権利ではなく,構成員が役員に対し,業務執行を是正したり責任を追及する場合にその手段となるものであるところ,株式会社及び有限会社においては,株主や社員が役員に対し,直接に業務執行を是正したり,責任を追及する権利が認められている(商法267条,272条等)ことから,一定の要件のもとで株主や社員に会計帳簿の閲覧請求権を認める必要があるのに対し,個々の構成員が代表者等に対し業務執行を是正し,責任を追及すること等が予定されていない団体においては,会計帳簿の閲覧請求権を認める前提を欠くものと解される。また,実質的にみても,株式会社及び有限会社においては,株主又は社員に閲覧請求権があることを前提に,あらかじめ法定の会計帳簿を作成することを義務づけているが,そのような会計帳簿の作成を法律上義務づけられていない団体,ことに法人格を有しない団体においては,閲覧請求があってもこれに対応できないのが通常であり,これを認めれば混乱が生じることは避けられず,その正常な活動の妨げともなり相当でないというべきである。

これを被控訴人についてみるに,被控訴人は「無所有」及び「無我執」を実践する団体であり,その「運営の原則」,特に「無階級」,「権利なし,義務なし」,「規則なし,監視なし」,「対立なし」などの原則に照らせば,被控訴人においては,一定の構成員が個人の権利として他の構成員の責任を追及するということは予定されておらず,被控訴人の財産の状況や業務執行の状況の開示を求めるということもまた想定されていないといわざるをえない。そうすると,被控訴人においては,控訴人の主張するような権利を個々の構成員には認めない趣旨であると解するほかない。

控訴人は,被控訴人とその構成員との間には,法律行為の委任及び事実行為の準委任の関係が存在するものというべきであるから,民法643条から656条までの規定が適用もしくは類推適用され,被控訴人には,受任者として善良なる管理者の注意義務(民法644条)があり,委任者の請求があるときは,いつでも委任事務処理の情況報告をすべき義務(民法645条)があると主張するが,既に認定した被控訴人における基本原理や「運営の原則」等に照らせば,被控訴人とその構成員との間に委任又は準委任の契約当事者としての関係はないものといわざるをえず,控訴人の上記主張は採用できない。

また,控訴人は,従来からの「研鑽方式」や「運営の原則」が被控訴人において運用されていたとしても,騙されて錯誤により参画した者が控訴人の主張するような権利を行使した場合,従来の慣行を根拠として情報開示請求権等を抑止制圧することはできないと主張し,会計帳簿,財産目録,規約などを見たり知ったりする権利があると思って参画契約を締結したと供述するが,甲第5号証の1ないし3,第8号証,第35号証,乙第21号証及び控訴人本人尋問の結果によれば,控訴人は,被控訴人の構成員となるにあたり,特講及び研鑽学校を経て,参画申込書,出資明細申込書,誓約書を作成提出して被控訴人に参画しており,参画前には特別講習研鑽会世話係を,参画後は特講事務局を担当した経験もあることが認められ,これらによれば,控訴人は,参画の意味を十分理解したうえ被控訴人の構成員となり,被控訴人における「運営の原則」等も熟知しているものと認められるから,控訴人が被控訴人の構成員となるにあたりなんらかの錯誤があったものとは認めがたい。のみならず,仮に,控訴人において被控訴人の構成員となるについて何らかの錯誤があったとしても,もともと被控訴人の構成員には控訴人の主張するような権利は認められていないことは既に述べたとおりであり,控訴人に上記錯誤があったからといって,そのことによって,本来被控訴人の構成員が被控訴人に対して有していない権利を控訴人が行使しうるようになるものとは到底解することができず,控訴人の上記主張も採用できない。

よって,控訴人の各請求は認められない。

3  結語

以上の次第で,控訴人の請求はいずれも理由がないから,これらを棄却した原判決は正当であり,本件控訴は理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川克介 裁判官 鬼頭清貴 裁判官 濱口浩)

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