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名古屋高等裁判所 平成14年(ネ)202号 判決 2002年10月08日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は補助参加により生じたものを含めて控訴人の負担とする。

事実及び理由

(以下,略語は,原判決に準ずる。)

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  甲事件

控訴人と被控訴人大成建設との間の名古屋地方裁判所平成11年(手ワ)第218号約束手形金請求事件について同裁判所が平成11年12月8日に言い渡した手形判決を認可する。

(3)  乙事件

被控訴人マツナガの請求をいずれも棄却する。

(4)  控訴人と被控訴人大成建設との間の異議申立後の訴訟費用,補助参加費用及び控訴人と被控訴人マツナガとの間の訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人らの負担とする。

2  被控訴人ら

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は,被控訴人大成建設が振出人,被控訴人マツナガが第1裏書人として記載されている約束手形(本件手形)の所持人である控訴人が,被控訴人大成建設に対し,約束手形金2000万円及び法定利息(満期日である平成11年8月31日から年6分の割合によるもの)の支払を手形訴訟として請求し,被控訴人マツナガが被控訴人大成建設に補助参加したところ,請求を認容する手形判決がなされたのに対し,被控訴人らが,異議を申し立て,被控訴人マツナガにおいて,本件手形を盗取され,その後の手形取得者には,控訴人を含め,悪意又は重過失が存し,控訴人に手形金請求権が帰属しないこと(無権利の抗弁)を主張した甲事件と,被控訴人マツナガが,控訴人に対し,本件手形上の権利が被控訴人マツナガに帰属することの確認及び本件手形の返還を請求した乙事件とが併合審理された事案である。

原審において,被控訴人らの主張が認められ,甲事件につき手形判決が取り消され,控訴人の請求が棄却され,乙事件につき被控訴人マツナガの請求がいずれも認容されたところ,控訴人がこれらを不服として控訴した。

2  争いのない事実等及び争点は,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」1及び2のとおりであるから,これを引用する。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,被控訴人マツナガが本件手形を盗取され,その後の手形取得者には,控訴人を含め,悪意又は重過失が存し,善意取得が成立しておらず,控訴人は無権利者であり,手形上の権利は被控訴人マツナガに帰属するものであって,甲事件における控訴人の手形金請求は理由がなく,乙事件における被控訴人マツナガの手形上の権利確認請求及び手形返還請求は理由があるものと判断する。その理由は,当審において控訴人の指摘する点についての判断を次項に加えるほか,原判決「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」のとおりであるから,これを引用する。

2  控訴人の当審における主張について

(1)  控訴人は,当審において,①大和コーポレーションが東海リース以外の会社から本件手形を取得した原因について,Aから受けた説明に信憑性があり,その製造するユニットハウスの建設資材の殆どを控訴人から供給を受けている大和コーポレーションが盗難手形を控訴人に割り引かせることは通常あり得ないもので,担当者BにおいてAの説明に何ら疑問を抱かず,控訴人が振出人等に照会しなかったことは非難する余地がないこと,②一流企業振出の約束手形(以下「一流企業手形」という。)が流通することが希有であるとの認識は経済界に定着していないし,経済界において裏書の個数に関心を払う素地は存在せず,遠隔地の裏書人の間に手形が転々と裏書譲渡されているように見える場合であっても,実際は譲受人に近接する支店で裏書譲渡しているケースも想定されるから,不自然ではなく,したがって,控訴人において,本件手形の流通経路が異常であると認識すべきとする原判示が,経済界において周知されておらず,控訴人が知らない事柄を前提とするもので,社会通念に反すること,③会社名のない代表者印は珍しくなく,現在の経済界においては誰しも看過するところであり,一流企業手形を取得する際には,裏書人に対し遡求する事態を想定せず,形式的に裏書人の記名捺印があれば足り,裏書に用いられた印章まで吟味することはないのが実情であること等から,本件手形取得に当たり,控訴人に特段の調査義務は生じておらず,重過失は存しない旨主張する。

(2)  そこで検討する。まず,原判決の認定事実に照らし,大和コーポレーションは,過去に会社を倒産させた経歴のあるAが経営し,地元金融機関等から手形割引を受けられない立場にあり,業績も思わしくなかったところ,そのような会社が,割引の可否につき控訴人に事前に相談することもなく,現金・小切手ではなく,短期間のうちに名古屋(被控訴人マツナガ),東京(日制),金沢(孝栄建設)と,地域の異なる3業者の裏書がなされた額面2000万円もの一流企業手形を,回し手形として,東海リース以外の会社から取得したということ自体,不自然である。しかも,控訴人は,担当者Bにおいて,本件手形が,東海リース以外の会社から大和コーポレーションが取得した手形としては,これまで控訴人に持ち込まれたことのない高額の手形であることを認識していたのであるから,通常の商品取引関係とは別個にその割引依頼を受けた際には,相応の注意をしてしかるべき状況にあったということができる。

この点,控訴人は,Aにおいて,上場企業若しくはそれに準ずる会社の振り出した手形であれば控訴人から割引が受けられると見込んで,本件手形を取得しても奇異ではないと主張する。しかし,控訴人は,倒産した大和交易の大口債権者であり,大和交易の事業を承継した大和コーポレーションの主な事業であるユニットハウス建設の資材の殆どを供給する立場にあって,Bにおいて定期的に訪問して事業内容を把握し,これを監視できる立場にあったものである(弁論の全趣旨)から,従前大和コーポレーションにおいて控訴人に持ち込んでいた東海リース以外の会社の高額面の手形を割引依頼するのであれば,事前に控訴人に割引意思を確認することが通常であると考えられるところ,Bの原審証言や供述記載(甲2の1,30)に照らしても,控訴人側がAに対し上場企業若しくはそれに準ずる会社の振り出した手形を割り引くことを事前に表明していたといった事実は窺われず,Aが控訴人側の確約を取らないまま,控訴人から割引を受けられると見込んで,2000万円もの本件手形を取得することは,依然として不自然である。

また,控訴人は,上記のとおり,本件手形が短期間のうちに地域の異なる3業者の裏書がなされた一流企業手形であって,その流通経過等が不自然である点につき,経済界において周知されておらず,控訴人の知らない事柄を前提とするもので,社会通念に反する等と主張するが,本件手形は,信用力が高く割引の容易な一流企業手形としては,明らかに希有な流通経過をたどった手形と認められるものであって,社会通念に照らし上記の不自然さは否定できない。

(3)  次に,控訴人は,本件手形を取得する際,Bが疑問を抱かなかった理由として,BがAから,本件手形が孝栄建設の大和コーポレーションに対する仮設ハウス建設取引(志賀原子力発電所建設や能登空港建設における作業員宿舎・事務所として用いる仮設ハウス建設取引)の発注に伴う受取手形である旨の具体的説明を受け,注文書等を見せられ,大和コーポレーション志賀工場内での仮設ハウス建設状況を確認したこと等を主張する。

しかし,Aの説明内容は,結局,人夫を提供する業務をしている小規模な有限会社に過ぎない孝栄建設が,合計9000万円もの上記取引を発注し,また,額面2000万円もの一流企業手形を大和コーポレーションに譲渡し得たことをいうものであって,既に判示の事実に鑑みれば,その信憑性につきなお疑念を残す内容であったと認めることができる(控訴人は,Bにおいて,孝栄建設が人夫を提供した報酬としてゼネコン等から本件手形を取得したと予想した旨主張するが,人夫提供の代金として受け取った手形であるなら,通常は,人夫の労賃や経費等の支払に充てるため割引等する必要がある筈で,小規模な会社である孝栄建設において,実需の取引に基づき2000万円もの多額の支払手形を受け取りながら,これを割引等せずにそのまま手形取得の取引関係とは関連しない支払先に回すことには大いに疑念が残る。)。

そして,控訴人は,商社として,取引の実態を判断することにつき相応の知識・能力を有していた筈であるから,控訴人の担当者Bにおいて,Aによる上記の説明等に何の疑いも持たず,これをそのまま信用するのが当然であるとは認め難い。

また,控訴人は,大和コーポレーションにおいて,製造するユニットハウスの建設資材の殆どを控訴人から供給を受けている実情からも,控訴人に盗難手形を割り引かせることは通常あり得ない旨主張するが,原判示の,大和コーポレーションの実質的な経営者であるAは,かつて自己の経営する会社を再三倒産させた経歴を有するもので,地元金融機関からは取引の相手方とされない者であったことなどを考慮すれば,控訴人主張の上記事実も既に判示の判断を妨げるものではない。

(4)  さらに,本件手形の第1裏書人欄の被控訴人マツナガの裏書欄に押捺された「代表取締役印」と彫られた丸印の印影は,被控訴人マツナガを特定する文言がないばかりか,その文字の配列や字体が没個性的で,何の飾りもなく,自他を識別し得る特徴的形態を備えていないいわゆる三文判風のもので,一流企業が高額の手形に裏書する際に用いる印章としては甚だ不自然な形状のものである。

これに対し,控訴人は,「代表取締役印」等の没個性的な印章が約束手形に使用されることは珍しくなく,本件手形の上記丸印の印影の形状を現代風のデザインとみれば,別段奇異の印象を残すものではない等と主張し,乙第45号証,同第82号証等の手形の裏書人欄の「社長印」,「代表取締役印」等の捺印部分を援用するが,控訴人の援用する乙号証の捺印部分の印影は,いずれも装飾が施されていたり,独特な書体を用いるなど他と識別しうる特徴を備えているものであるのに比して,本件手形の上記印影部分は,その形状において,デザインに関する創意工夫が殆ど施されておらず,上記のとおり没個性的なものであって,上記の不自然さは一見して明らかであるといえる。

(5)  ところで,Bは,原審において,本件手形取得の際,第1裏書にはざっと目を通しただけであり,被控訴人マツナガの裏書欄の印影の形状の不自然さに気が付かなかった旨証言し,また,別件において,本件手形の写しの送付を受けてこれを審査した控訴人の審査部においては,振出人の信用力等の審査はするが,毎月数千通ある手形の裏書にいちいち目を通してはいられず,盗難手形かどうか確認することはやっていない旨証言したものであり(甲30),これらによれば,控訴人は,B及び審査部において,本件手形取得の際,その第1裏書の裏書人欄につき,手形面上における被控訴人マツナガ名義の記名捺印の形状を個別具体的に確認しなかったものと認めることができる。

しかし,本件手形については,上記のとおり,被控訴人マツナガの裏書欄の印影の形状の不自然さは一見して明らかで,控訴人がこれを取得するに当たり,その手形面を具体的に認識しさえすれば,上記の形状の不自然さは容易に気付き得るものであり,かつ,これに気付けば,その裏書が正常でない疑いを容易に抱き得るものというべきである。このことは,控訴人が商社であって,金融機関のように高度の注意能力を有する者ではないことを考慮しても,異なるものとは解されない。

これに対し,控訴人は,取引社会において,一流企業手形を取得する際には,取得者が,裏書の成立を個別に吟味しないことがある旨主張する。しかし,裏書の連続によってその流通を促進している手形制度に鑑み,手形取得者において,手形面上における個々の裏書人の記名捺印の形状を確認することは,手形取得者が最低限行うべき基本的な事柄というべきであるし,そのような形状の確認に過大な手間や時間がかかるものともみられず,商社が手形を取得する際,仮に控訴人主張のように裏書の形状を具体的に確認しない実情が存するとしても,これにより手形取得者において裏書人の記名捺印の形状を確認すべき必要性が減ぜられるものとは解されない。

そうすると,控訴人は,Bないし審査部において,本件手形の第1裏書につき,手形面上における裏書署名(記名捺印)の形状を確認するという基本的な事柄を怠ったものと認められるのであって,これにより上記(4)の形状の不自然さを見落とした点の落ち度は,重大であるということができる。

(6)  以上の諸点及び重過失に関する原判決認定のその余の各事実を総合考慮すれば,本件においては,大和コーポレーションが,本件手形を所持することないし手形上の権利を取得したことにつき,疑念を抱かせる特段の事情があったということができ,控訴人は,本件手形の取得に当たり,原判示のとおり,A以外の者から客観的情報を得る等の調査をすべき注意義務があり,かつ,その調査は容易であったと認められるから,これをしなかったことは重大な過失であると認めることができる。

したがって,控訴人の上記(1)の主張は採用できない。

そのほか,控訴人が当審においてるる主張する点及び当審で提出する各書証を検討しても,原判示の認定判断を左右するに足りない。

第4結論

よって,甲事件において手形判決を取り消して控訴人の請求を棄却し,乙事件において被控訴人マツナガの請求をいずれも認容した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却し,控訴費用は補助参加費用を含めて控訴人に負担させることとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田村洋三 裁判官 小林克美 裁判官 戸田久)

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