大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成14年(ネ)24号 判決 2003年9月17日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人らは,控訴人に対し,1740万6300円及びこれに対する平成11年6月1日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

2  被控訴人ら

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は,不動産賃貸業を営む控訴人が,税理士であった亡Aの相続人である被控訴人らに対し,税務顧問契約等の債務不履行に基づく損害賠償として,1740万6300円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成11年6月1日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原審は,控訴人の請求をいずれも棄却した。そこで,これを不服とする控訴人(1審原告)が,本件控訴に及んだ。

2  本件に関する当事者双方の主張は,次項に控訴人の当審における補充主張を付加するほかは,原判決事実摘示のとおりであるから,これを引用する。

3  控訴人の当審における補充主張

(1)  被控訴人らは,Aの事務員であるBは,控訴人名義の第三銀行の預金通帳を見せてもらえなかったと主張する。しかし,総勘定元帳(甲10)をみると,8月以降毎月第三カード,住友クレジットのクレジットカードによる控訴人預金口座からの自動引落分の記帳が見受けられるのであり,これらの取引は預金通帳を見なければわからないはずである。しかも,クレジットカード使用による引落分には,営業に関係なく経費として計上し得ないものも含まれていたにもかかわらず,一括して交際費として計上している例が多く,極めて杜撰な処理が行われている。また,同じく総勘定元帳(甲10)の11月12日の欄には,第三銀行からの借入に対する支払利息の自動引落2件の記帳があるが,支払利息に関する取引こそ,まさに預金通帳を見なければ知り得ない性質のものである。

したがって,原審におけるAの供述の信用性は根底から覆されるといわざるを得ない。

(2)  控訴人の賃料はほとんど全て普通預金への振込の形をとっていたのであり,控訴人は,賃料収入一覧表(甲2の1ないし3)を作成し,Bは,これをもとにして総勘定元帳の現金勘定に売上高として記帳していた。ところが,この記帳は極めて杜撰な計算によって行われている。一例を挙げると,平成4年1月分の賃料収入一覧表の合計額は911万6220円(甲2の1の1,2の1の2)となるが,これに対応する総勘定元帳(甲10)の1月31日の売上高(店舗No1~3,アパートNo1~3,Eプラザの7件)の合計額は875万8730円となり,金額が一致しない。同様に,平成4年2月分も甲2の1の1及び2の1の2の合計額は906万5820円であるのに,これに対応する甲10の合計額は874万1220円となっており,やはり一致しない。つまり,単純な集計さえ正確に行われていないのである。また,総勘定元帳(甲12)の現金勘定の期首における店主貸7000万円という実態とかけ離れた記帳がされていることや,同元帳の現金勘定において,1月24日から同月28日にかけて現金勘定ではあり得ない多額のマイナス残高が発生していたりすることなど,およそ常識では考えられない会計処理が行われており,全く総勘定元帳の態をなしていない。これらの事実も税務調査時に調査担当者は当然把握していたものと考えられる。そうすると,専従者給与の否認の直接の理由が現金出納帳を備えていなかったことにあるとしても,現金出納帳に代わる総勘定元帳の記帳が著しく信頼性を欠いていたことも重視されたものと考えられる。言い換えれば,総勘定元帳さえ正確に作成されていれば,たとえ現金出納帳がなくても否認という事態を招くことはなかったとも考えられる。その意味でAの責任は重大であり,債務不履行責任を免れない。

(3)  原判決は,請求原因(原判決引用)(4)①の固定資産税の計上ミス,③の建物の取得価額の誤算による減価償却費の過小算定等に基づく修正申告に関する損害は,控訴人が必要な資料をAに提出しなかったことによるものと推測されると認定しているが,事実に反する。

平成7年の修正申告の内容は,控訴人の個人用不動産と事業用不動産とを区別せずに合算したか,あるいは課税時期,支払時期を区別せず必要な決算修正をしなかったことによる固定資産税の過大計上分を修正したもので,Aらの初歩的ミスによるものである。

また,平成9年の修正申告のうち,加算税4万4000円の分は,平成7年と同様固定資産税の過大計上分から,これもAらの単純ミスによる減価償却費の過少計上分を控除した差額の過大計上分に基づくものであり,これもAらの初歩的ミスによるものである。平成9年の修正申告のうち,加算税27万円の分は,交際費,旅費交通費の二重計上に基づくものであり,これもAらの単純ミスによるものである。

原判決は,これらのミスについて,過誤が訂正又は修正されたことによって税額が増加したときは,税法上正当な結果が回復されたにすぎないから損害はないと認定しているが,これは全くの誤解である。控訴人は,これらの修正申告に基づいて増額された本税たる追加納税分に加えて,国税通則法65条による10パーセントの過少申告加算税及び延滞税の支払を余儀なくされたものである。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,原判決と同様に,控訴人の請求をいずれも棄却すべきであると判断するが,その理由は,以下のとおり付加・訂正するほかは,原判決理由説示のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決6頁4行目末尾に,次のとおり付加する。

「控訴人は,Aが受け取っていた平成7年分の決算書類作成報酬の48万円という金額は,個人営業者の決算料としてはかなり高額であるし,平成5年分,6年分の30万円が平成7年に大幅に増額されていることは,Aの報酬に実質的には顧問報酬,記帳代行報酬も含まれていることを強く窺わせるものである旨主張するが,弁論の全趣旨によれば,控訴人の平成7年度の所得金額は3666万3637円であり,税理士会の顧問報酬等早見表(乙6)によれば,依頼者の所得金額が3000万円以上5000万円未満で税務顧問を依頼されている場合における決算書類作成報酬の最高額は76万円であるから,Aが受け取っていた平成7年分の決算書類作成報酬48万円が,個人営業者の決算料としては高額であるとはいえず,実質的に顧問報酬,記帳代行報酬を含んでいるとみることはできない。また,控訴人の所得金額からすれば,平成7年に報酬額が増額されたことも不思議ではなく,そのことが直ちにAの報酬が実質的に顧問報酬,記帳代行報酬を含んでいることを意味するものでもない。」

(2)  原判決6頁13行目に「現金出納手帳」とあるのを,「現金出納帳」と改める。

(3)  原判決6頁18行目末尾に,次のとおり付加する。

「控訴人は,平成4年以前から控訴人の白色申告に関わっていて控訴人の会計処理について熟知していたBは,白色申告時には現金出納帳なしで決算を行っていたのであるから青色申告となってからも現金出納帳なしで決算を行うことが可能であり,それ故Bは控訴人に対して強く現金出納帳の作成を求めなかった旨主張するが,A及びBは,それぞれ原審及び当審において,現金出納帳を記載するよう控訴人に指導したことを明確に供述している。そして,青色申告は法律に基づいて帳簿を作成するところに白色申告との最大の違いがあるのであり,白色申告から青色申告への切替にあたって税理士がその説明をしないことは通常考えがたいことである(原審証人C)ことからすると,その指導を受けなかったという控訴人の供述(甲3,控訴人本人)は直ちに信用できず,ほかに上記認定(原判決引用)を左右する証拠もない。」

(4)  原判決6頁25行目に「総勘定元帳」とあるのを,「集計表(ただし,A会計事務所で作成され,「総勘定元帳」と表紙に記載されているもの。以下「集計表」という。)」と改める。

(5)  原判決7頁1行目の「これを作成した」から同頁2行目末尾までを,次のとおり改める。

「決算書類や申告書を作成するために必要な集計表をBに作成させ,これに基づいて申告書を作成したにすぎないのであり,Aに総勘定元帳や集計表を作成すべき義務があったというわけではない。」

(6)  原判決7頁16行目冒頭から23行目までを削除する。

(7)  原判決8頁6行目,7行目に「総勘定元帳」とあるのを,「集計表」と各改める。

(8)  原判決8頁18行目冒頭から9頁3行目末尾までを,次のとおり改める。

「(3) なるほどBが作成した集計表(甲4ないし6)には,控訴人が当審における補充主張(2),(3)も含め縷々主張するように,①固定資産税の計上ミス,②旅費,交通費及び交際費の重複計上,③建物の取得価額の誤算による減価償却費の過小算定など,単純ミスといわれてもやむを得ない誤りがあることは認められる。しかしながら,上記(原判決引用)のごとく,Aは控訴人から決算書類の代行等を受任していたにすぎず,本来は控訴人が作成した総勘定元帳に基づいて決算書類を作成すれば足りるところ,控訴人が総勘定元帳を作成しないために,義務なくして,上記集計表を特別に作成したものである。

もっとも,義務なくして集計表を作成したとしても,同行為は一種の事務管理といえるのであるから,善良なる管理者の注意義務をもって,集計表を作成しなければならない。しかし,控訴人は,AやBが求める預金通帳をすべて提示することすらしなかったことから,Aの事務員であるBが,控訴人から提示を受けた不十分な資料をもとに上記集計表を作成せざるを得ない状況であったし,提出された資料の正確性についても立証がない以上,上記控訴人が指摘する誤りは控訴人がBに提供した一覧表等の基礎資料自体の誤りによるものである可能性を否定できない。したがって,上記の状況の下では,Bは控訴人から提供される資料を基に細心の注意を払って集計表を作成していたと推認することができ,上記集計表の作成についてBあるいはAに善良なる管理者の注意義務違反はないものと認められる。

したがって,平成7年ないし9年の修正申告について,Aに債務不履行があるとは認められないから,これに関する控訴人の請求は理由がない。

(4) なお,控訴人は,控訴人はAに必要な預金通帳は見せていた旨を主張する(控訴人の当審における補充主張(1))が,Bが作成した集計表は,振り込まれる賃料等明らかに現金勘定科目に記載されるはずがないものについても現金勘定科目に記載されているものであり,ベテラン事務員であるBが,控訴人から預金通帳の提示を受けながらこれを作成したとはにわかに信じがたいものである。そして,A及びBは,それぞれ原審及び当審において,控訴人から預金通帳全部の提示を受けていない旨を明確に供述しているところ,控訴人が指摘するクレジットカードや支払利息の自動引落については,Bが述べるように,控訴人から提供される一覧表により記載することも可能である(当審証人B)から,控訴人がAに必要な預金通帳をすべて見せてはいなかったものと推認することができるものである。控訴人の事務員であるDは,カード支払表等の一覧表を作成したことはない旨の陳述書(甲14)を提出しているが,控訴人が,預金通帳を提示しさえすれば足りる賃料の入金状況について,入金日の記載すらされていない一覧表(甲2の1の1,2の1の2,2の2,2の3)を税務申告のためにわざわざ作成していることからすると,控訴人としては預金通帳をすべて提示したくなかった事情があることが窺われるのであり,上記Dの供述を信用することはできない。」

2  よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青山邦夫 裁判官 藤田敏 裁判官 榊原信次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例