名古屋高等裁判所 平成14年(ネ)247号 判決 2003年1月24日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は,控訴人に対し,5851万9846円及びこれに対する平成11年7月25日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(控訴人は附帯請求の割合につき当審において年5分と請求の減縮をした。)
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
(4) 仮執行の宣言
2 被控訴人
主文と同旨
第2事実関係
本件は,被控訴人の発行する岐阜新聞の販売店であった岐阜新聞東部販売所(以下「本件販売店」という。)を経営するA(以下「亡A」という。)が,被控訴人から本件販売店の注文部数を超えて新聞の送付をする「押し紙」によって損害を受けたとして,不法行為に基づく損害賠償として5851万9846円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成11年7月25日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めたのに対し,被控訴人が,これを否認して,むしろ亡Aは実販売部数に一定の予備紙等を加えた部数を超えて注文することにより利益を上げる「積み紙」をしていたものである等と争った事案である。
原判決は,被控訴人の行為が「押し紙」であっても,直ちに不法行為となるわけではなく,亡Aは,本件販売店が受取る奨励金や折込広告料等も考慮した上で,利害得失を自ら決断して,異議を述べず,代金を支払っていたから不法行為とはならない旨など判断して,請求を棄却した。
これに対し,亡Aから本件控訴がなされ,同人の死亡により妻である控訴人が訴訟承継したものである。
1 証拠(甲1及び2,72,乙1,3ないし5,13,証人B,同C,同D,A本人)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実
(1) 亡Aの父Eは,昭和33年ころ,被控訴人(当時の商号は株式会社岐阜日日新聞社)との間において,一定地域内で被控訴人の発行する新聞を専属的に販売する新聞販売店契約を締結した。
亡Aは父の死亡後,昭和60年4月1日,それまでの契約を引き継ぐ形で,被控訴人と新聞販売店契約(以下「本件販売店契約」という。)を締結し,以来,同人は,本件販売店を経営して,被控訴人からその発行の新聞を購入し,これを戸別配達の方法で販売してきた。
(2) 亡Aは,平成9年4月ころから,アルコール中毒及び精神病により入退院を繰り返すようになり,その間,本件販売店の経営は実質上同人の妻である控訴人が行ったものの,購読者の一部から,新聞の不配,遅配,雨天時の新聞の濡れ,集金の誤り等の苦情が被控訴人や他の被控訴人の新聞販売店にあり,本件販売店の経営改善や亡Aに代わる後継者問題について,被控訴人担当者と控訴人間の話合いが持たれた。しかし,これらの話が進展しないうちの平成11年2月か3月ころ,亡Aから被控訴人取締役Fに対して,「アダルトの裏ビデオをあげるから,紙を切ってくれ。」との旨の電話がなされた。被控訴人は,このような,異常ともいえる申出をして減紙を要請する電話を受けて亡Aに対する不信感を募らせ,同年4月,控訴人や同人と亡Aの長男Dと本件販売店の経営改善,後継者問題について話をしたが,結局,被控訴人が望むDは後継者となることを辞退し,控訴人が後継者となる意向を示した。被控訴人は,控訴人が亡Aに代わって実質的に本件販売店の経営をしている間にも上記のごとき苦情があること等から,控訴人が後継者となることは困難であるとして,亡Aに対し,同年5月7日付け内容証明郵便で,同年6月10日をもって本件販売店契約を解除する旨の通知をなした。
(3) 亡Aは,本訴に先立ち,本件販売店について地位保全,新聞の供給,被控訴人による同販売店の営業の妨害禁止を内容とする仮処分命令の申立てをしたが,却下されたことから,即時抗告を申立てた。そして,同抗告審において,平成11年10月1日,同年6月10日をもって本件販売店契約が解除されたことを確認し,この契約に付随して差し入れられた預託金を被控訴人は亡Aに返還するとともに解決金436万2500円を支払い,亡Aが本件訴状請求の趣旨第1項(亡Aが被控訴人に対し本件販売店契約上の地位があることの確認請求)を取り下げる内容の和解が成立し,実行された。
(4) 亡Aは,本件訴訟を提起し,また,本件控訴をしたが,平成14年4月4日死亡し,妻である控訴人が同人の本訴における地位を単独相続した。
2 争点1(「押し紙」の有無)
(1) 控訴人
ア 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独禁法」という。)2条9項に基づく公正取引委員会昭和39年告示14号(新聞業における特定の不公正な取引方法,以下「本件告示」という。)は,新聞の発行を業とするものが,新聞の販売を業とするものに対し,その注文部数(新聞購読部数に予備紙等を加えたもの)を超えて新聞を送付する「押し紙」を禁止している。
イ 被控訴人は,亡Aに対し,平成6年から平成11年に亘って,同人が注文している部数を超えて新聞を本件販売店に送付する「押し紙」を行った。その内容は,別紙岐阜新聞割当購入一覧表(以下「別紙一覧表」という。)のとおりであり,同一覧表の「残紙」欄部分が「押し紙」である。
(2) 控訴人
ア 被控訴人は亡Aに対し,「押し紙」をしたことはない。
イ 亡Aは,「積み紙」を行っていたと考えられる。「積み紙」をすれば,被控訴人に支払う代金は高くなっても,折込広告料及び奨励金が高くなり,また,配達しないため配達費用が安くなり,亡Aが利得するものである。
3 争点2(不法行為に該当するか否か)
(1) 控訴人
ア 「押し紙」は,独禁法及び関係規定に違反するものであるから,私法上直ちに違法とはならないものの,特段の事情がない限り違法性が認められるものである。
すなわち,「押し紙」が禁止されているのは,新聞発行を業とする新聞社と新聞販売を業とする新聞販売店との契約上の地位が対等でなく,優越的地位にある新聞社が注文部数を超えて新聞を送付し,販売店が不当な処遇を受けやすいことからであるから,私法上も,原則として違法となり,不法行為に該当するものである。
イ 亡Aは,被控訴人販売部長Bに「押し紙」を止めてくれるよう何度も要望しており,平成11年の,上記アダルトの裏ビデオをあげるから紙を切ってくれとの被控訴人取締役への電話も,言葉として適当でない部分があるものの「押し紙」を止めてくれとの趣旨である。
ウ 亡Aが,「押し紙」分の代金を被控訴人に支払っていたことは,これを承諾していたものではなく,「押し紙」を断ったりその分の代金を支払わないようなことをすれば,被控訴人から本件販売店契約を解除されることになるからである。実際,亡Aが「押し紙」を止めてくれと上記電話等で述べたことにより,被控訴人から同年6月10日をもって本件販売店契約を解除する通知を受けた。また,被控訴人から本件販売店への請求書(乙8)に,「貴店が新聞部数を注文する際は,購買部数(有代)に規定の予備紙等(有代)を加えたものを超えて注文しないでください。本社は,貴店の注文部数を超えて新聞を供給することはいたしません。また,貴店において本社の請求部数に疑義のある場合は,書面をもって翌月定数日までに本社に申し出てください。」との記載がされているが,これをもって亡Aが「押し紙」を承諾していたものと捉えることは誤りである。
さらに,「押し紙」による本件販売店の被控訴人に対する支払増加分は,折込広告料及び奨励金によって補填されるようなものではなく,かなりの負担部分が残る。
エ 以上のとおり,本件において,違法性を阻却するような特段の事情はないから,被控訴人の上記「押し紙」は,不法行為に該当する。
(2) 被控訴人
ア 「押し紙」が独禁法及び関係規定において禁止されていることをもって,直ちに私法上違法として不法行為となるものではない。具体的事実関係に基づいて,損害賠償が認められるに至る程度の違法性が必要である。
イ 控訴人は,新聞社と新聞販売店とが対等ではなく,新聞社が優越的地位にある旨主張するが,被控訴人と本件販売店との具体的取引関係の主張に基づかない抽象的なものであり,無意味な主張である。被控訴人は,業務区域を区分けして,本件販売店の区域内では亡Aに販売業務を独占させ,奨励金も支払っており,被控訴人が優越的地位にありこれを本件販売店に行使するような実態ではない。被控訴人は,亡Aからアダルトの裏ビデオをあげるから紙を切ってくれとの電話を受けるまで,同人から「押し紙」であることやこれを止めてくれとの指摘,要望を受けたことはない。被控訴人が亡Aとの本件販売店契約を解除することに踏み切ったのは,「押し紙」の指摘を同人から受けたことによるものではなく,購読者サービス上の問題があったからである。すなわち,本件販売店契約書(甲2)に「両者は互に新聞の公器性を尊重し新聞販売の特殊性に鑑み左の通り契約を締結する」との記載があるが,新聞社は,業務区画を分割して,その区域内につき担当販売店に業務を独占させており,岐阜新聞の購読を希望する者は,担当販売店から配達して貰うほか殆ど有効な手立てがなく,その担当販売店の購読者サービスが悪い(配達についての不配,遅配,雨天時の新聞の濡れ,集金時のトラブル等)からといって,隣接販売店のサービスを受けるわけにはいかない。また,紙面内容において,競争他社を凌駕していても,遅配が繰り返されたり,集金にトラブルがあれば,競争他社に購読者を奪われてしまうことにもなりかねない。新聞の公器性という観点から,購読者の存在を重視しなければならず,販売店が購読者サービスを疎かにすることは,新聞社との信頼関係を左右する重大な事由であり,この点について被控訴人から一定の指示,指導を受けることは,本件販売店契約締結において,亡Aも当然承知のことである。被控訴人は,亡Aが購読者サービスを疎かにしていること,その後継者として適当と思われるDが辞退したこと,控訴人では経営責任を果たせないと考えられること等から,やむなく本件販売店契約を解除したのである。
ウ なお,被控訴人は,亡Aから増紙計画を出して貰い,十分その意向を聴取して,無理のない増紙の要請をしているが,さらに販売店の意見を保障するものとして,被控訴人から本件販売店への請求書(乙8)に,「貴店が新聞部数を注文する際は,購買部数(有代)に規定の予備紙等(有代)を加えたものを超えて注文しないでください。本社は,貴店の注文部数を超えて新聞を供給することはいたしません。また,貴店において本社の請求部数に疑義のある場合は,書面をもって翌月定数日までに本社に申し出てください。」との記載をしているが,亡Aから何らの疑義や異議はなかった。したがって,仮に「押し紙」ととられるようなことがあったとしても,亡Aはこれを承諾して代金を支払っていたものである。
エ しかし,本件は実際は「積み紙」であり,亡Aは,折込広告料及び奨励金の領得を考慮して行ってきたことを,被控訴人から,本件販売店契約の解除通知を受けてから,解除の責任を転嫁するため「押し紙」の問題に帰せしめようとしているにすぎない。
4 争点3(損害額)
(1) 控訴人
別紙一覧表の「割当購入部数」から「実販」と「2.6%超過」の予備紙等を控除した「残紙」が「押し紙」であるが,これに被控訴人からの「奨励金」と調整部数である「300部返金相当部分」を控除修正した「超過支払高」に消費税を加えた,平成6年1月から平成11年4月までの合計5851万9846円が損害額である。
(2) 被控訴人
争う。
別紙一覧表の「実販」部数の数値に疑義があり,予備紙等の割合も,サービス紙や試読紙分が必要であることを考えると低すぎる。控訴人は,平成2年の実販部数が朝刊で1600部であることを認めた上で,本件販売店は被控訴人に1820部を電話で注文していたことも認めるとともに,これを「押し紙」とは言わない旨原審において証言している。
亡Aは,「割当購入部数」に基づいて株式会社岐阜折込センター及び株式会社岐阜新聞PRセンターから折込広告料の支払を得ていたのであるから,「残紙」部分については上乗せ領得をしていることになる。実販部数が2500部でなく,約4割減の1500部ということになれば,広告料収入も4割減ることになり,乙24の本件販売店折込料推移表のとおり平成6年から平成11年までの間に,亡Aは4759万円余の折込広告料の上乗せ領得をしていることになる。
これらによれば,仮に「押し紙」による過払い部分があったとしても,折込広告料の上乗せ領得分を控除すると,控訴人の損害はない。
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人の被控訴人に対する本件不法行為に基づく損害賠償請求は,以下のとおり理由がないものと判断する。
2 争点1(「押し紙」の有無について)
(1) 独禁法2条9項に基づく本件告示は,新聞の発行を業とするものが,新聞の販売を業とするものに対し,その注文部数を超えて新聞を送付する「押し紙」を禁止しており,同告示の実施要綱は,「押し紙」に関して,「注文部数」とは「新聞購読部数」に「予備紙等」を加えたもので,「予備紙等」とは予備紙,月末予約紙,月初おどり紙の合計であるとしている。予備紙は,実際に購読者に配達ないし販売するのに必要な部数のほかに,輸送中に破損したりして足りなくなった場合の予備にとっておく部数で,地区新聞公正取引協議会で新聞購読部数の2パーセントと決められている。月末予約紙は,新たに定期購読者となった者に,配達の順路を覚えるためも含めて何日間か無料で配達される新聞であり,月初おどり紙は,購読者の契約が終了月で切れるのか自動延長になるのか,月末まで分からないため引き続いて配達される新聞であり,いずれも予備紙と同様に具体的数字で決められている。「押し紙」が禁止されている理由は,新聞社が注文部数より多く販売店に送りつけると,販売店は売れない新聞の分まで原価を負担することになり,また,ひいては無代紙を配布して景品表示法違反の行為を招きかねないこととされている。(甲63及び弁論の全趣旨)
(2) 亡Aは被控訴人との本件販売店契約に基づき,戸別配達の方法で新聞を販売しており,亡Aが被控訴人に継続して注文する部数を連絡し,被控訴人が本件販売店にこれを送付することになっている。そして,注文部数を増加するときは,月末の26日ころまでに電話で亡Aが被控訴人にその旨連絡し,注文部数を減少するときは,翌月5日までに同様に電話で連絡することになっていたが,実際は必ずしも購読者数の増減に応じて,亡Aから被控訴人への連絡はなされておらず,実販売数を超えた部数の新聞の送付を亡Aは受けたまま,その都度全部数の代金を被控訴人に支払ってきた。(弁論の全趣旨)
(3) 被控訴人が本件販売店に送付した朝刊の部数につき,次のとおりの変動がみられる。すなわち,平成6年11月,1370部から1440部に増加し,これは平成7年10月まで続き,同年11月,1440部から1490部に増加し,これは平成9年10月まで続き,同年11月,1490部から1580部に増加し,これは平成10年10月まで続き,同年11月,1580部から1590部に増加し,これは平成11年4月まで続いた。(甲3ないし60「各枝番を含む」及び弁論の全趣旨)
これらの,送付部数の増加は,1,2年毎の11月に10部から90部に及んでおり,予備紙等の調整とは考え難く,また,上記のとおり亡Aから積極的に注文がなされたものとは認められない。
したがって,これら送付部数の増加は,一応上記「押し紙」であると解される。
(4) なお,被控訴人は,「押し紙」であることの認識がなかった旨主張するが,独禁法が「一般消費者の利益を確保するとともに,国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とする」経済取締り法規であり,これに基づく本件告示が特殊指定であり,もっぱら客観的要件を重視していることにかんがみると,主観的認識の有無を不法行為に関する違法性について考慮することはともかく,「押し紙」の有無について考慮することは適当ではないというべきである。
また,被控訴人は亡Aの行為は「積み紙」である旨主張するが,後記のとおり,「積み紙」的色彩がみられ不法行為の成否につき考慮されるとしても,本件は,亡Aが,もっぱら奨励金や折込広告料等の領得を目的として,積極的に被控訴人に本来必要な注文部数を超えて注文したものとまでは認め難いから,経済取締り法規上において禁止されている「押し紙」に一応該当する旨の上記認定を左右するものではない。
3 争点2(不法行為に該当するか否かについて)
(1) 「押し紙」は独禁法に基づく本件告示により禁止されているが,同法及び関係規定が「一般消費者の利益を確保するとともに,国民経済の民主的で健全な発達を促進することを目的とする」経済取締り法規であり,「押し紙」の違反行為がなされた場合,支部新聞公正取引協議会(以下「支部協」という。)が種々の措置を講じて対処することができるとしていること等にかんがみると,「押し紙」に該当する行為が直ちに私法上不法行為となると解することは困難であり,その具体的内容及び程度を総合的に検討して,損害賠償の対象となる程度の違法性が認められる場合に,不法行為に該当するものというべきである。(甲63,乙20及び弁論の全趣旨)
そこで,この点につき以下検討する。
(2) 亡Aは,本件販売店の購読者数の増減があっても,特に被控訴人に注文部数の増減の連絡をしないことが多くあり,平成6年11月から平成10年11月にかけての上記被控訴人からの送付部数の増加についても,特に被控訴人に対し疑義ないし異議を述べることなく,これを受領し代金を支払っていた。(乙13,17,証人B,A本人及び弁論の全趣旨)
(3) 被控訴人は,販売店からの要望でもある競合他新聞社に負けない紙面作成のために設備投資を行い,これを受けて販売店も販路拡張に精を出す共通の目標のためとの認識を持って,各販売店から増紙計画を示して貰い,販売店の要望を汲み取りながら販売店の目標数を決定の上増紙の要請をしているところ,本件販売店においても同様にして,亡Aに増紙の要請をして,平成3年,平成4年と増紙をし,その後,本件「押し紙」として問題となっている平成6年からの増紙についても,被控訴人としては,亡Aが作成提出した増紙計画を受けて,同人に増紙目標数を要請している。また,本件販売店への被控訴人の請求書(乙8)に,「貴店が新聞部数を注文する際は,購買部数(有代)に規定の予備紙等(有代)を加えたものを超えて注文しないでください。本社は,貴店の注文部数を超えて新聞を供給することはいたしません。また,貴店において本社の請求部数に疑義のある場合は,書面をもって翌月定数日までに本社に申し出てください。」との記載をして,増紙について同人から疑義の申出があれば改めるべき対応をしていた。(甲71,乙13及び14,17ないし19,証人B,A本人及び弁論の全趣旨)
(4) 亡Aは,父Eが経営していたときに,同人が被控訴人に「紙を切ってくれ。」との旨述べて,特に問題なく被控訴人から減紙して貰ったことがあることを供述しており,また,被控訴人の増紙の要請に対して,平成4年ころ,亡Aが期間の猶予を申し出て被控訴人が猶予をしたこともあったこと等に照らすと,亡Aが被控訴人に増紙について全く疑義を述べられないような状態ではなかったものと考えられる。(乙17,A本人及び弁論の全趣旨)
(5) 控訴人は,被控訴人から本件販売店への請求書(乙8)には,被控訴人の請求部数に疑義のある場合,その旨を申し出るようにとの記載があるものの,被控訴人に減紙を要請すると,本件販売店契約を解除される虞があるから,これを恐れて,承諾はしていないが「押し紙」を断れなかったのであり,実際,「紙を切ってくれ。」と亡Aが被控訴人に述べたことにより,平成11年6月10日をもって本件販売店契約を解除するとの通知を受けた旨主張する。
しかし,被控訴人が上記解除通知に踏み切ったのは,上記第2,1(2)の認定のとおりであり,亡Aから「紙を切ってくれ。」と言われたことによるものではなく,被控訴人はやむなく解除を決断したものと認められ,上記第3,3,(2)ないし(4)を考え合わせると,本件販売店契約の解除を恐れて,承諾はしていないが「押し紙」を断れなかった旨の控訴人の上記主張は採用できない。
(6) また,控訴人は,「紙を切ってくれ。」と何度も亡A及び同人が被控訴人担当者に述べたが,聞き流されたり,「いつ辞めて貰っても良い。」との旨言われたりして「押し紙」を余儀なくされたと主張するが,上記解除を恐れ「紙を切ってくれ。」と言えず「押し紙」を断れなかった旨の主張と矛盾する上に,亡Aは「いつ辞めて貰っても良い。」と言われたことを否定していること,被控訴人担当者Bは平成11年3月以前にそのようなことを亡Aから聞いたことがなく,「いつ辞めて貰っても良い。」との旨も言ったことがないと陳述していること,この点に関する亡Aの本人尋問における供述はかなり曖昧であること等に照らすと,控訴人の上記主張は採用できない。(乙13,A本人及び弁論の全趣旨)
(7) 「押し紙」の違反行為がなされた場合,支部協が緊急停止命令その他種々の措置を講じて対処することができるにもかかわらず,亡Aがそのような措置を求めたことが窺えず,さらに,同人は,「押し紙」が不公正な取引方法に該当すると主張していながら,本訴提起直前になって,公正取引委員会の地方事務所に口頭で説明をしたのみであり,独禁法45条3項の書面による報告をしていない。(甲63,乙20及び弁論の全趣旨)
(8) 被控訴人から亡Aに送付部数に応じて奨励金を支払っており,それは1498部,1680部,1691部と各基数設定をして,その部数を超えるごとに奨励金を出し,さらに1844部を超えると特別奨励金を出すシステムになっているところ,同人は増紙を受け入れることによって,多額の奨励金(控訴人の主張によれば別紙一覧表「奨励金」欄の金額)を被控訴人から受領していた。また,折込広告料は本来購読者に配達された部数に応じて販売店に支払われるべきものであるところ,亡Aは,「押し紙」と主張するものを含めた部数について同広告料の支払を受けていた。したがって,亡Aの増紙を受け入れる行為は,「押し紙」部分の配達等の手間を要せずに,多額の奨励金及び折込広告料の上乗せを不正に利得するものであり,本件告示及び実施要綱において禁止されている「積み紙」的色彩を帯びるものといえる。これらが「押し紙」部分について亡Aから被控訴人に支払う金額に相当するか否かは明らかではないが,一部不足が出たとしても,亡Aは,これら多額の奨励金及び折込広告料の上乗せ利得等の事情を考慮した上で,営業全体の利益を考え,被控訴人の上記のごとき増紙の要請を疑義を述べることなく受け入れ,「押し紙」分の代金もこれを承知で支払ってきたものと認められる。(甲63,乙9及び10,12ないし15,16の1ないし9,17,21ないし24,証人G,同B,A本人及び弁論の全趣旨)
(9) 被控訴人が,上記のごとく増紙に際して,亡Aに一定の確認ないし疑義に対する対処手続をとっていたこと,同人が平成11年2月ないし3月まで「紙を切ってくれ。」との旨を被控訴人に明確に連絡していなかったこと等に照らすと,被控訴人において本件が「押し紙」に該当するまでの認識がなかったか,あったとしても特に明確なものではなかったものと推認され,亡Aが積極的に増紙に関する疑義や減紙を明確に申し立てていれば,長良北部の新聞販売店を経営するHが被控訴人に注文部数を超えていることを指摘してこれを改めさせたことからしても,被控訴人の「押し紙」は続かなかったのではないかとも考えられる。(上記関係証拠に加えて証人H及び弁論の全趣旨)
(10) 以上の諸事実を総合考慮すると,被控訴人の本件販売店に対する上記増紙及びその送付行為は,一応「押し紙」に該当するものの,不法行為として損害賠償の対象となる程度の違法性は認め難いから,不法行為には該当しないものというべきである。
(11) なお,控訴人は,被控訴人が販売店に対して優越的地位にあることから,亡Aは「押し紙」を拒否できず沈黙していた旨主張するが,違法性の有無に関して抽象的主張にとどまり,具体性を欠く上に,具体的事実関係は上記認定のとおりであるから,控訴人の上記主張は採用できない。
その他,控訴人は,本件につき縷々主張するが,いずれも上記認定を左右するものではない。
4 すると,その余について判断するまでもなく,控訴人の被控訴人に対する本件不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。
第4結論
よって,これと同旨の原判決は相当であり,本件控訴は理由がないので,これを棄却することとし,控訴費用の負担について民事訴訟法67条,61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 熊田士朗 裁判官 島田周平 裁判官 玉越義雄)
(別紙省略)