名古屋高等裁判所 平成14年(ネ)261号 判決 2002年12月11日
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求める裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人の請求を棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,第2審とも,被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
主文と同旨
第2事実関係
1 事案の概要
本件は,ゴルフ会員権を相続した被控訴人が,被相続人が入会していたゴルフクラブを経営する控訴人に対し,ゴルフ会員契約の終了に基づき,預託金(2口合計120万円)の返還及び遅延損害金(退会の意思表示が到達した日の翌日である平成12年11月11日から支払済みまで民法所定年5分の割合による)の支払いを求めた事案の控訴審である。
2 当事者の主張
(1) 請求原因(預託金返還請求権の発生)
ア 被控訴人
(ア) 控訴人は,ゴルフ場の経営を目的とする株式会社であり,滋賀県において預託金会員制ゴルフクラブ「信楽カントリー倶楽部」(以下「本件ゴルフクラブ」という。)を経営している。
(イ) 被控訴人の父であるA(以下「A」という。)は,控訴人との間で,次のとおりゴルフ会員契約を締結した(以下,次の各ゴルフ会員契約を併せて「本件ゴルフ会員契約」といい,次の各預託金を併せて「本件預託金」いう。また,本件ゴルフ会員契約に基づく会員の権利を「本件ゴルフ会員権」という。)。
① 昭和48年2月1日 預託金80万円
② 同年9月1日 預託金40万円
上記各ゴルフ会員契約において,いずれも預託金返還据置期間はゴルフ場会場後3年と定められた。
(ウ) Aは,昭和51年5月21日に死亡し,遺産分割の結果,被控訴人がAの遺産のうち本件ゴルフ会員権を取得した。
(エ) 本件ゴルフクラブのゴルフ場は,昭和53年11月2日に正式開場した。
(オ) 被控訴人は,控訴人に対し,書面で本件預託金の返還を請求し,この書面は平成12年11月10日に控訴人に到達した。
この預託金返還請求は,黙示的な退会(本件ゴルフ会員契約の解約)の意思表示を兼ねるものである。
イ 控訴人
(ア) 前記ア(ア),(イ)及び(エ)の各事実並びに(オ)のうち,被控訴人が,控訴人に対し,書面で本件預託金の返還を請求し,この書面が平成12年11月10日に控訴人に到達した事実はいずれも認める。
(イ) 同(ウ)は不知
(ウ) 控訴人の預託金返還請求については,後記のとおり抗弁事由がある。
(2) 抗弁
ア 名義書換の未了
(ア) 控訴人
本件ゴルフクラブの会則では,会員として権利を行使するためには,理事会の承認を受け,被控訴人に対し譲渡承認料を支払って,名義変更することを要する旨が規定されており,また,ゴルフ会員権の譲渡の場合においては,名義書換未了の間は,ゴルフ場運営会社に対してゴルフ場の利用や預託金返還請求その他権利行使をすることができないとするのが確定した判例(最高裁第2小法廷平成8年7月12日判決)であり,本件ゴルフクラブにおいて相続人が会員として権利を行使するためには,理事会の承認を受け,被控訴人に対し譲渡承認料を支払って,名義変更する必要があるが,被控訴人は上記名義書換の手続をとっていないから,控訴人に対し,本件預託金の返還請求権を行使することはできない。
(イ) 被控訴人
本件ゴルフクラブの会員たる資格は一身専属的な権利であり,被控訴人が相続により承継するわけではないから,被控訴人が会員資格を得るには,理事会の承認及び承認料を支払う必要があるが,預託金返還請求の前提となる退会申出は本件ゴルフ会員契約の解約権の行使であり,かかるゴルフ会員契約上の地位から生ずる権利の行使には,名義書換手続は不要であるから,被控訴人は,名義書換手続が未了でも,退会(解約)の意思表示をして本件預託金返還請求を行使することができる。
イ 消滅時効
(ア) 預託金返還請求権の消滅時効
① 控訴人
ⅰ 本件ゴルフクラブにおいてはa据置期間が経過したこと,b退会,死亡(個人会員),破産(個人会員)又は清算等(法人会員)という会員資格喪失事由があったことの2要件を満たせば,預託金返還請求権は行使できる。
ⅱ そこで,被控訴人は,Aから,a理事会及び控訴人の承認を得ることを条件として会員となることができる権利とb据置期間経過後の預託金返還請求権を選択的に行使できる権利を相続したことになる。
したがって,本件預託金返還請求権の行使可能時期は,据置期間経過後については会員の死亡時であり,据置期間経過前に会員が死亡した場合においては据置期間経過時となる。
ⅲ 被控訴人は,本件ゴルフ場の正式開場の3年後である昭和56年11月2日以降は本件預託金の返還請求が可能であったのであるから,遅くともその時点から消滅時効が進行を開始した。
ⅳ 預託金返還請求権は商事債権であり,その時効期間5年は満了した。なお,仮にこれが民事債権としても,その時効期間10年も既に満了している。
ⅴ 控訴人は,平成13年5月21日の原審第1回弁論準備手続期日において上記各消滅時効を援用した。
② 被控訴人
ⅰ 預託金会員制ゴルフクラブの会員権の相続性については,相続人がゴルフクラブの会員たる資格を取得しうるかという問題と,相続人が会員契約上の地位(理事会の入会承認を得ることを条件として会員となることのできる地位)を承継しうるかという問題とを区別することが必要である。
ⅱ 本件ゴルフクラブの会則では,個人会員の死亡の場合には会員資格を喪失する旨定められているが,これは,ゴルフクラブの会員たる資格は,入会資格審査を経て初めて付与されるものであり,一身専属的な性質を有するため,相続の対象とならないことを注意的に定めたにすぎない。
そして,本件ゴルフクラブの会則においては,会員たる地位の相続性が否定されておらず,むしろ会員権の譲渡が認められていることからすれば,ゴルフクラブ会員権(会員契約上の地位)の相続性が認められているというべきである。
ⅲ このようにゴルフクラブの会員権の相続性が認められている場合,会則上,特に預託金の返還を求めることができる旨が規定されている場合を除き,相続人が会員の死亡を理由に預託金返還請求権を行使することはできない。なぜなら,ゴルフクラブの会員たる地位は,ゴルフ場施設の優先的利用権,預託した保証金返還請求権,年会費納入等の義務を内容とする債権的法律関係であって,その相続性が認められる場合には相続人はかかる包括的な債権的法律関係を一体として承継するものと解される。そして,預託金返還請求権は,このような会員たる地位を失って初めて行使できる権利であり,相続人は,かかる債権的法律関係の中から,預託金返還請求権だけを相続するものではないからである。
ⅳ したがって,本件において預託金返還請求権の消滅時効期間が開始するのは,被控訴人が本件ゴルフ会員契約を解約し,本件預託金の返還を請求する意思表示をし,これが控訴人に到達した平成12年11月10日である。
(イ) 契約上の地位の消滅時効
① 控訴人
ⅰ 仮に,会員が死亡し,かつ,据置期間が経過している場合にも,当然には預託金返還請求権が発生しないとしても,相続人は,退会(ゴルフ会員契約の解約)をすれば,預託金返還請求権を行使することが可能なのであるから,ゴルフ会員契約を解約して預託金返還請求権を行使することができるという契約上の地位は,会員死亡までに既に据置期間を経過していれば会員の死亡時から,これが未だ経過していなければ据置期間経過時から,消滅時効の進行を開始するものと解すべきである。
このように解さなければ,相続人が何ら手続をとらず,会員としての権利行使が全くないにもかかわらず,預託金返還請求権は消滅時効にかからないことになってしまい,権利の上に眠る者は保護しないという消滅時効制度の意義が失われてしまう。
ⅱ 被控訴人は,本件ゴルフ場の正式開場の3年後である昭和56年11月2日以降は,本件ゴルフクラブから退会して,預託金返還請求権を行使することが可能だったのであるから,遅くともその時点から被控訴人の本件ゴルフ会員契約上の地位の消滅時効が進行を開始した。
ⅲ したがって,上記契約上の地位が商事消滅時効にかかるとすれば,その時効期間5年は満了した。仮にこれが民事消滅時効にかかるとしても,本件ではその時効期間10年も既に満了している。
ⅳ 控訴人は,平成14年5月24日の本件控訴審第1回口頭弁論期日において,上記消滅時効を援用した。
② 被控訴人
ⅰ ゴルフクラブの会員たる地位は,ゴルフクラブ施設の優先的利用権,預託金返還請求権,年会費納入義務等といった債権債務を包摂する契約上の地位であるが,ゴルフクラブの会員たる地位を取得した者がその地位を維持する限り預託金返還請求権は具体化せず,その者が理事会の承認を得て名義変更手続をとり優先的利用権を求めるも,ゴルフクラブの会員契約を消滅させて預託金返還請求をするも,全く自由である。
ⅱ 昭和46年改正の本件ゴルフクラブの会則の「退会等の場合は請求により(預託金を)返還する」との規約は,退会又は除名によりゴルフクラブ会員契約が終了した場合に,はじめて具体的な預託金返還請求権が発生する旨を注意的に定めたものである。
ⅲ したがって,ゴルフクラブの会員たる地位を維持している限りは,預託金返還請求権は顕在化しておらず,消滅時効が進行する余地はない。
(ウ) 相殺
① 控訴人
ⅰ 被控訴人が,Aから本件会員権の会員契約上の地位相続したのであれば,被控訴人は,控訴人に対し,Aを相続した昭和52年度分から預託金返還請求権を行使した平成12年度分までの年会費合計60万円(昭和52年度から平成10年度まで年額2万4000円の22年分52万8000円と平成11年から平成12年まで年額3万6000円の2年分7万2000の合計)の支払義務を負う。
ⅱ 控訴人は,平成14年7月5日の本件控訴審第2回期日において,控訴人の被控訴人に対する上記年会費支払請求権と被控訴人の控訴人に対する本件預託金返還請求権を対等額で相殺した。
② 被控訴人
後記のとおり,A死亡後,本件ゴルフ会員権は休会とされており,被控訴人の年会費支払義務は発生していない
(2) 再抗弁
ア 時効の中断
(ア) 被控訴人
ⅰ Aが死亡した際,同人の妻B(以下「B」という。)は,本件ゴルフクラブの会員権を被控訴人に相続させる手続について控訴人に相談した。すると,控訴人からは,30歳未満の者は会員になることができないこと,年会費等が発生するため一旦休会とし,被控訴人に名義変更ができるようになった時点で名義変更をすればよいこと等を助言された。そのため,被控訴人は名義変更手続をとらずにいた。
ⅱ その後,控訴人は,現在まで,Bに対し,「信楽カントリー倶楽部会報」や連絡文書を送付しているのであるから,控訴人は,現在もAの相続人が本件ゴルフクラブの会員権を所有していることを承認しているということができる。
ⅲ 預託金会員制ゴルフクラブのゴルフ会員権は預託金返還請求権を当然に包摂する権利であるから,控訴人は,ゴルフ会員権の存在を承認している以上,預託金返還債務を負うことも当然に承認しているとみるべきである。
(イ) 控訴人
ⅰ 上記会報や連絡書類の送付は,ゴルフ場の利用促進のためになされたものであって,被控訴人が本件預託金返還請求権や本件ゴルフ会員契約の契約上の地位を有することの承認にはならない。
ⅱ 控訴人が会報等を送付していたのは,B宛である。債務の承認は,債権者に対してされることを要すると解すべきであるから,上記送付の事実をもって債務の承認に該当するとはいえない。
また,控訴人はBからA死亡の連絡を受けたが,誰が本件会員権を相続したかは聞いておらず,被控訴人から本件会員権の預託金返還請求を受けるまで,被控訴人が本件会員権を相続したことは知らなかったのであるから,Bに対する会報や連絡文書の送付が,被控訴人の預託金返還請求返還請求権や本件ゴルフ会員契約の契約上の地位の消滅時効の中断事由たる承認になる余地はない。
イ 休会による年会費支払義務の不発生
(ア) 被控訴人
上記のとおり,Aが死亡した際,Bは,本件ゴルフクラブの会員権を被控訴人に相続させる手続について控訴人に相談し,控訴人から一旦休会とし,被控訴人に名義変更ができるようになった時点で名義変更をすればよい旨を助言されたため,被控訴人は名義変更手続をとらずにいたのであるから,控訴人とBは,Bを被控訴人の代理人として,被控訴人を休会扱とすることに合意したのであり,A死亡後,今日まで年会費は発生していない。現に,これまで,被控訴人が控訴人から年会費の請求は一度もない。
(イ) 控訴人
被控訴人の休会手続はとられていない。控訴人が被控訴人に年会費の請求をしなかったのは,名義書換が未了で,年会費の請求先が不明であったためである。
第2判断
1 請求原因について
(1) 控訴人がゴルフ場の経営を目的とする株式会社であり,滋賀県において預託金会員制ゴルフクラブである本件ゴルフクラブを経営していること,Aと控訴人が本件ゴルフ会員契約を締結したことはいずれも当事者間に争いがない。
(2) 甲第4号証の1ないし4,甲第5号証,当審における証人Bの証言によれば,Aは,昭和51年5月21日に死亡し,遺産分割の結果,被控訴人がAの遺産のうち本件ゴルフ会員契約を取得した事実が認められる。
(3) 本件ゴルフクラブのゴルフ場が昭和53年11月2日に正式開場したこと,被控訴人が,控訴人に対し,書面で本件預託金の返還を請求し,この書面は平成12年11月10日に控訴人に到達したことは,いずれも当事者間に争いがない。
この預託金返還請求は,黙示的な退会(本件ゴルフ会員契約の解約)の意思表示を兼ねるものであることは,弁論の全趣旨により認められる。
2 抗弁について
(1) 名義書換未了の抗弁について
控訴人は,本件ゴルフクラブの会則では,会員として権利を行使するためには,理事会の承認を受け,被控訴人に対し譲渡承認料を支払って,名義変更することを要する旨が規定されていると主張する。
確かに,乙第1号証によれば,被控訴人が,控訴人に対し,本件預託金返還請求をした平成12年11月10日当時の本件ゴルフクラブの会則(平成11年1月6日改訂のもの)には,「個人会員が死亡した場合,相続人は理事会及び会社の承認を得て,その資格を承継することができる。この場合相続人は所定の手続を経て,会社の定める相続承認料を会社に納入するものとする。」との規定があることが認められる。
しかしながら,上記会則の規定は,ゴルフクラブの会員たる資格は一身専属的な権利であり,相続により当然に相続人が承継するわけではなく,理事会の承認を得て相続人に会員資格が付与されるのであるから,「相続人は理事会及び会社の承認を得て,その資格を承継することができる」ものとし,その相続人に対する会員資格付与の手続として「相続人は所定の手続を経て,会社の定める相続承認料を会社に納入するものとする。」と定めているのであり,したがって,ゴルフ会員権の相続人が,ゴルフクラブやその運営会社に対し,ゴルフクラブの会員たる地位を主張するには,名義書換を了していることを要することになる。
これに対して,預託金返還請求権の行使は,相続人が,死亡した会員から承継したゴルフ会員契約上の地位(後記(2)のとおり,ゴルフクラブ運営会社との間における①理事会の承認を得ることを条件として本件ゴルフクラブの会員となることができる地位,②預託金返還請求権,③年会費納入の義務を内容とする債権的法律関係)に基づき,そのゴルフ会員契約を解約し,その契約の終了により生ずる預託金返還請求権を行使するものであって,上記のようなゴルフクラブの会員たる地位を主張するものではないから,かかるゴルフ会員契約上の地位から生ずる権利の行使には,上記会則の適用はないというべきである。
また,控訴人は,ゴルフ会員権の譲渡の場合においては,名義書換未了の間は,ゴルフ場運営会社に対してゴルフ場の利用や預託金返還請求その他権利行使をすることができないとするのが確定した判例である旨主張する。しかしながら,控訴人が指摘する最高裁第2小法廷平成8年7月12日判決は,預託金会員制ゴルフクラブの会員権の譲渡をゴルフ場運営会社以外の第三者に対抗するには,指名債権の譲渡の場合に準じて,確定日付のある証書による通知又は承諾があることを要するとする判例であって,ゴルフ会員権の譲受人は,名義書換未了の間は,ゴルフ場運営会社に対してゴルフ場の利用や預託金返還請求その他権利行使をすることができないことを直接判示するものではないし,仮に,会則等で,会員権譲渡を主張するには名義書換が必要とされている場合でも(ただし,現在の本件ゴルフクラブの会則《乙第1号証》6条1項では,会員の控訴人に対する預託金返還請求は,据置期間経過後,「預かり金証書」を添えて退会の申出を行ってすべき旨が定められているのみである。),ゴルフ会員権を相続した者が理事会に承認請求をして拒否された場合にこそ,相続人には預託金が返還される必要があるのであって,相続の場合に,名義変更をしていなければ,契約を解約して預託金返還請求権を行使することができないとすることは,背理というべきである。
したがって,控訴人の名義書換未了の抗弁は採用できない。
(2) 預託金返還請求権の消滅時効について
ア 本件ゴルフクラブの会員権は,預託金会員制ゴルフクラブの会員権であり,その関係は,会員と本件ゴルフクラブを経営する控訴人との間におけるゴルフ場施設の優先的利用権,預託金返還請求権,年会費納入の義務等を内容とする債権的法律関係であると解される。
イ 本件ゴルフクラブの会則は,これを承認して入会した会員と控訴人との間の上記の債権的法律関係の内容を構成するものであるところ,甲第6号証によれば,昭和46年に定められた本件ゴルフクラブの会則には,「理事は会員又は会社役員中より控訴人が委嘱する。理事は理事会を構成し,会員総会の決議事項の執行並びにクラブ管理上必要な事項を決議する……(第14条)。」,「入会預り金は会員資格保証金として控訴人が無利息にて預かり正式開場後3カ年間据置き,その後退会等の場合は請求により返還する。ただし,既納の年会費,その他は返還せず又未納金のある場合入会金と相殺する(第7条)」,「会員は次の場合資格を失う。①退会 ②除名 ③死亡(第8条)」,「入会預り金は理事会の承認を得て譲渡することができる。但し別に定める名義書換料を支払うものとする(第11条)。」との規定があったことが認められる。
ウ なお,乙第1号証によれば,本件ゴルフクラブの会則は現在までに改訂を経ていることが認められるが,Aの会員契約締結時の会則は上記昭和46年のものであると考えられること,また,会則のうち会員の基本的な権利に関しない部分については改訂後のものが妥当する余地があるとしても,本件で問題となっているA死亡時までに上記昭和46年の会則が改訂されていたと認めるに足りる証拠がないことからすれば,Aが保有していた本件ゴルフクラブの会員権の権利内容に関しては,上記昭和46年の会則に基づいて判断するのが相当である(なお,前記(1)のような相続人の会員資格の取得に関しては,その当時の会則が適用される。)。
エ ゴルフ場施設を利用することのできるゴルフクラブの会員たる資格は,一身専属的な性質を有しているから,Aの本件ゴルフクラブの会員たる資格自体は,相続の対象となるものではない。
しかし,上記認定の本件ゴルフクラブの会則には,会員はその地位を理事会の承認を得て他人に譲渡し得る旨が定められており(なお,上記認定のとおり,文言上は「入会預り金」の譲渡についての定めであるが,認定した会則全体をみれば,これは,具体化した預託金返還請求権の譲渡をいうのではなく,入会保証金を預託した地位すなわち理事会の承認を条件として本件ゴルフクラブの会員となり得る地位の譲渡について定めたものと解するのが相当である。),これに照らせば,本件ゴルフクラブにおいては会員の固定性は放棄されていると解され,会員契約上の地位の変動という面では譲渡による場合と相続による場合とで実質的に異なることがないと考えられる以上,本件ゴルフクラブの会員契約上の地位には相続性が認められているということができる。そうすると,会員が死亡した場合には,預託金返還請求権を含む上記の債権的法律関係が一体としてその相続人に承継され,相続人は入会承認を得ることを条件として本件ゴルフクラブの会員となることのできる地位を取得するものと解される。
したがって,本件ゴルフクラブの会員が死亡した場合には,会則上,特に預託金の返還を求めることができる旨が規定されていない限り,その相続人は,会員の死亡を理由に直ちに上記の債権的法律関係の中から預託金返還請求権だけを行使することはできないものというべきである(最高裁第3小法廷平成9年12月16日判決)。
オ そこで,本件ゴルフクラブの会則上,会員の死亡により預託金の返還を求めることができる旨規定されているかどうかを検討する。本件ゴルフクラブの会則は上記認定のとおりであり,第8条において会員の資格喪失事由として退会のほか死亡を挙げ,第7条において入会預り金は据置期間経過後退会等の場合に請求により返還する旨定められており,この「退会等」に会員の死亡が含まれると考えれば,相続人は,据置期間経過後であれば会員の死亡により当然に預託金の返還を求めることができる旨を定めたものと解する余地が全くないではない。
しかし,上記のとおり会則には預託金返還事由として「退会等」と定められているのみで会員の死亡は明示されていないところ,会員の死亡が資格喪失事由となっているのは,前記のとおりゴルフクラブの会員たる資格自体がその一身専属性から相続の対象となるものでないことを注意的に規定したものと解するのが相当であり,この資格喪失事由がそのまま預託金返還事由たる「退会等」に該当すると解する理由は見出しがたい。会員の死亡によって生じるのは前示のとおり会員契約上の地位の承継であり,これはゴルフ会員権が譲渡された場合と類似する(会員の死亡の場合は資格が一旦消滅するのに対して,会員権譲渡の場合は前主の会員資格が存続したまま譲受人に承継されるという法形式上の違いはあるものの,契約関係は存続したまま,理事会の承認を停止条件として主体が交替するという点では,会員の死亡と会員権譲渡は共通性を有する。)のに対し,退会及び除名は会員契約の解約(したがって,会員資格は絶対的に消滅し,会員の死亡や会員権譲渡の場合のように会員の実質的交替は生じない。)であって,両者はその性質を異にする以上,上記会則にいう「退会等」とは,退会及び除名を指すと考えるのが自然であり,本件ゴルフクラブの会則には,会員の死亡の場合に預託金の返還を求めることができる旨の特別の規定は存しないというべきである。控訴人は,被控訴人が相続したのは,承認を条件として会員となることができる権利と預託金返還請求権とを選択的に行使できる権利であると主張するが,採用することができない。
カ したがって,被控訴人は,承認を条件として本件ゴルフクラブの会員となることができる地位を相続したが,Aの死亡により当然に控訴人に対して預託金の返還を求めることができるとはいえないから,Aの死亡時である昭和51年5月21日ないし預託金の据置期間の終期である昭和56年11月2日には,いまだ預託金返還請求権の消滅時効は進行を開始しない。本件における上記消滅時効の起算点は,被控訴人が控訴人に対し,本件預託金の返還を請求して黙示的に退会(本件ゴルフ会員契約の解約)の申し出を行った平成12年11月10日というべきであるから,預託金返還請求権が時効により消滅したとの控訴人の主張は理由がない。
(3) 契約上の地位の消滅時効について
ア 前記(2)のとおり,預託金会員制ゴルフクラブの会員権の相続人は,控訴人との間における①入会承認を得ることを条件として本件ゴルフクラブの会員となることのできる地位,②預託金返還請求権,③年会費納入の義務等を内容とする債権的法律関係を承継するが,これがゴルフ会員契約上の地位として一体的に承継されるものであることから,特に会則等に預託金の返還を求めることができる旨が規定されていない限り,会員の死亡を理由に直ちに上記の債権的法律関係の中から預託金返還請求権だけを行使することはできず,したがって,据置期間経過の要件を具備しても,預託金返還請求権は発生せず,消滅時効は進行を開始しない。
イ しかしながら,そのことは,相続人が,ゴルフ会員契約上の地位を有したまま,預託金返還請求権のみを行使することは許されないということであって,この段階でも,相続人がゴルフ会員契約を解約して,同契約の終了に基づき預託金返還請求権を行使することは可能なのである。
ウ そうすると,預託金返還請求権の消滅時効とは別に,上記のような一体的な債権債務関係を内容とするゴルフ会員契約上の地位についても,消滅時効が生ずるものと考えるべきである。けだし,そのように解しなければ,ゴルフ会員権の相続人は,ゴルフ会員契約を解約して預託金返還請求権を行使することのできる地位にありながら,これを放置したまま不確定な権利関係を永続させることができることになってしまい,時効の制度趣旨に反するからである。
エ しかるところ,被控訴人は,本件預託金の据置期間の満了日である本件ゴルフ場の正式開場の3年後に当たる昭和56年11月2日以降は,本件ゴルフクラブから退会(本件ゴルフ会員契約の解約)して,預託金返還請求権を行使することが可能だったのであるから,遅くともその時点から被控訴人の本件ゴルフ会員契約上の地位の消滅時効が進行を開始したものというべきである。
オ そして,本件ゴルフクラブの入会契約は商行為に該当するから,本件ゴルフ会員権は商事債権に該当し,本件ゴルフ会員契約上の地位の消滅時効期間は5年と解すべきである。したがって,上記昭和56年11月2日から満5年目の昭和61年11月2日が,被控訴人の上記本件ゴルフ会員契約上の地位の消滅時効期間の満了日ということになる。
(4) 相殺について
乙第5号証によれば,本件ゴルフクラブの年会費は,平成10年度まで年額2万4000円,平成11年から平成12年まで年額3万6000円であることが認められ,被控訴人が,本件ゴルフクラブ会員権を相続した昭和52年度分から預託金返還請求権を行使した平成12年度分までの年会費の支払義務を負うとすれば,その額は合計60万円となる。
3 再抗弁について
(1) 消滅時効の中断について
ア 当審における証人Bの証言によれば,次の事実が認められる。
(ア) Bは,Aが死亡した昭和51年5月21日から数か月後に控訴人にAの死亡を連絡し,当時高校生であった被控訴人に名義変更したい旨申し入れたところ,控訴人の担当者は,現在は名義変更の禁止期間内であるし,30歳未満の者は会員になれないので,被控訴人に名義変更をすることはできないと回答した。そして,その際,Bは,同担当者から本件ゴルフクラブを利用する者がいるか尋ねられて,被控訴人は未だ高校生であるし,自分もゴルフはしないので,本件ゴルフクラブを利用する者は誰もいない旨答えると,控訴人の担当者は「誰もプレーする人がいないのなら,このままでは年会費がかかるので,休会にしておいてあげましょうね。」と言い,結局,本件ゴルフ会員権に関して,特段の手続はとられなかった。
(イ) 本件ゴルフクラブの会員権の名義変更が可能になった後,被控訴人が30歳に達してから,Bは,控訴人の担当者に連絡し,控訴人が30歳に達したものの,まだ本件ゴルフクラブを利用できるゆとりがないが,会員権の名義変更をしなければならないか問い合わせたところ,控訴人の担当者は,「プレーしないのであればこのままでよい。」と回答し,この際も,本件ゴルフ会員権に関して,特段の手続はとられることはなかった。
(ウ) 今日まで,被控訴人と本件ゴルフクラブとの間で,特段の休会手続がとられた形跡はない。また,控訴人から被控訴人やBに対し,年会費の請求がなされていないが,この間,本件ゴルフクラブの会報や連絡書類が,A名義宛てで,Bに送付されてきており,時にはゴルフ場の利用料金の割引券が送られてくることもあった。
イ 控訴人は,上記会報や連絡書類の送付は,ゴルフ場の利用促進のためになされたものであって,被控訴人が本件預託金返還請求権や本件ゴルフ会員契約の契約上の地位を有することの承認にはならないと主張するが,会報や連絡書類は,ゴルフ会員権を有する者に送付されるのが通常であり,殊に本件では,前記認定のとおりゴルフ場の利用料金の割引券が送られてくることまであったのであるから,本件ゴルフ会員契約の契約上の地位を有することを承認するものということができ,その消滅時効の中断事由となり得るものというべきである。
ウ また,控訴人は,会報等は,B宛に送付されていたのであるから債務の承認にはならないとか,控訴人は被控訴人が本件会員権を相続したことは知らなかったから,被控訴人の本件ゴルフ会員契約の契約上の地位の消滅時効の中断事由たる承認にはならないと主張するが,前記アの認定事実によれば,控訴人は,被控訴人が本件会員権を相続したことを承知の上,Bを被控訴人の代理人として,これらの文書を送付していたものと認められるのであって,その行為は,被控訴人の本件ゴルフ会員契約の契約上の地位の消滅時効の中断事由たる承認に該当するものというべきである。
(2) 休会による年会費支払義務不発生について
控訴人は,被控訴人の休会手続はとられていないと主張するが,前記(4)アの認定事実によれば,Aが死亡した昭和51年5月21日から数か月後にBが控訴人にAの死亡を連絡した際,Bは,被控訴人の代理人として,控訴人との間で,本件ゴルフクラブを休会することを合意したものと認められるのであり,その後,控訴人から被控訴人やBに対し,年会費の請求もなされていないことも併せ考えれば,明確な休会手続はとられていないとしても,上記合意の効力によって,A死亡後の本件ゴルフクラブ会員権の年会費は発生していないものというべきである。
なお,控訴人は,被控訴人に年会費の請求をしなかったのは,名義書換が未了で,年会費の請求先が不明であったためであると主張するが,前記(4)アの認定事実によれば,控訴人は,被控訴人が本件ゴルフクラブ会員権を相続したことを承知していたものというべきであるし,これを承知していなかったとしても,会報等を送付していたBに請求する筈であるから,上記控訴人の主張も採用できない。
4 結論
以上のとおりであるから,被控訴人は,控訴人に対し,本件預託金120万円の返還及びこれに対する平成12年11月11日から支払済みまで商事法定利率の範囲内である年5分の遅延損害金の支払を請求し得るものであり,その旨の原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,控訴費用の負担につき民事訴訟法67条,61条を適用して,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大内捷司 裁判官 川添利賢 裁判官 玉越義雄)