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名古屋高等裁判所 平成14年(ネ)338号 判決 2002年8月08日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  原判決別紙物件目録記載5の土地の所在及び地番を「岡崎市a町bc番d」と更正する。

3  控訴費用は控訴人(選定当事者)の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決中,別紙選定者目録記載の選定者らに関する部分を取り消す。

(2)  上記取消しに係る被控訴人の請求をいずれも棄却する。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文第1,3項同旨

第2事案の概要

(以下,略語は,原判決に準ずる。)

1  本件は,本件e番f土地(地目畑)につき,被控訴人が,亡Aから購入し(本件条件付売買契約),後に非農地化して所有権を取得したとして,亡Aの相続人ら(選定者B,1審被告C及び同D,以下,上記3名を「1審被告Eら3名」という。)に対し,売買契約に基づく所有権移転登記手続請求をし,また,同土地につき,控訴人兼選定者F,選定者G及び同H(以下,上記3名を「1審選定者ら」という。)が所有権移転登記を経由していたところ,被控訴人が,所有権に基づく妨害排除請求として,1審選定者らの所有権移転登記の抹消登記手続を請求したのに対し,1審選定者ら及び1審被告Eら3名が,本件e番f土地が売買対象地外であった等として被控訴人の所有権取得を否認し,また,農地法の適用が排除されない特段の事情,本件条件付売買契約の履行不能解除,1審選定者らが二重譲渡を受けたこと等を主張して争い,さらに被控訴人が,1審選定者らの背信的悪意を主張した事案である。

原審において,被控訴人の請求が全部認容されたところ,1審選定者ら及び選定者B(以下,上記4名を「当審選定者ら」という。)が控訴人を選定当事者として選定し,控訴人において控訴した(なお,原判決中,1審被告C及び同Dに関する部分は確定した。)。

2  当事者の主張は,次に改め,後記第3の2において摘示し判断を加えるもののほか,原判決「事実及び理由」の「第2 当事者の主張」のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決3頁26行目の「同Dに対し,」の次に「売買契約に基づき,」を加え,4頁10行目から11行目のかけての「g」を「b」と,6頁9行目から10行目までを「 アの事実は認める。」と,14行目の「損害賠償等請求事件」を「損害賠償等反訴請求事件」とそれぞれ改める。

(2)  原判決物件目録記載3,4及び5の各土地の所在中,「g」とあるのをいずれも「b」と改める(なお,他の土地の表示も同様とも思われるが,確たる証拠がないので,上記の限度で改める。)。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,被控訴人の当審選定者らに対する請求はいずれも理由があるものと判断する。その理由は,次に改め,次項に控訴人の当審における主張に対する判断を加えるほか,原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決7頁24行目の「h番土地とする旨合意し,」を「売買の対象であるh番土地として,引き渡す旨合意し,」と,25行目を「設置し,売買代金額を892万5000円として,本件条件付売買契約を締結し,仮登記のなされた昭和43年12月18日までに,上記代金の支払及び土地の引渡がなされたものと認められる(乙ロ第14号証の6条1項3号)。」と改め,8頁1行目の「同契約締結前」から6行目までを削る。

(2)  原判決9頁10行目末尾に「また,証拠(甲15の1ないし3)及び弁論の全趣旨によれば,上記開発工事後,本件e番f土地を含むその周辺一帯の現況は,道路,宅地などとなり,農地ではなくなったものと認めることができる。」を加え,11行目から12行目までを次のとおり改める。

「本件e番f土地の現地における位置・形状については,被控訴人の主張(甲18の1)と控訴人の主張(乙ロ25,29)とが異なるものの,以上の認定事実によれば,いずれの位置・形状であったとしても,本件e番f土地は,昭和49年8月25日には,その現況が農地ではなくなったものと認められる。」

(3)  原判決9頁14行目から16行目までを次のとおり改める。

「抗弁(1)(農地法の適用が排除されない特段の事情)について,本件条件付売買契約は農地転用許可が得られないことを解除事由としているものであり(乙ロ第14号証の8条1項1号),また,被控訴人は農作業を行うことを目的としない法人であって,このような法人に対し農地の転用を目的とする本件条件付売買契約をした以上,亡Aにおいて,本件e番f土地が将来非農地化することを当然の前提として売却したと認められることに加えて,既に非農地化して長期間が経過していること等を考慮すると,開発行為に対する亡Aの反対や開発行為の手続上の瑕疵の存否に拘らず,本件e番f土地が非農地化し,農地法の適用が排除されることを否定すべき特段の事情があるということはできず,現時点においては,本件条件付売買契約は,農地法所定の許可を経ることなく完全に効力を生じているものと解される。」

(4)  原判決9頁18行目から10頁2行目までを次のとおり改める。

「抗弁(2)(本件条件付売買契約の解除)について,上記のとおり,本件条件付売買契約は,h番土地そのものを売買対象土地とするものであって,1000坪の土地を測量しなければ契約上の売買対象土地が特定されない内容のものとは認められない(すなわち,契約の際の意思表示における売買対象土地はh番土地そのものと特定しているが,現地における境界の位置・形状に曖昧な点が存するに過ぎない。)。また,被控訴人が,売買対象土地自体を特定するために,そのような測量をすべき契約上の債務を負ったと認めるに足りる合理的証拠もなく,むしろ,上記のとおり現地における境界の位置,形状に曖昧な点が存したまま引渡のなされたことを勘案すると,そのような債務を負ったとも考えられない。したがって,測量をする債務の履行不能に基づく法定解除権の発生をいう控訴人の主張は,その余の点につき判断するまでもなく理由がない。」

(5)  原判決10頁18行目の「事実及び主張は,」を「アの事実は,」と改め,同行末尾に次のとおり加える。

「しかし,控訴人は,本件訴訟において,『些かも被控訴人の登記の欠?※は主張していない』と主張するものであって(原審控訴人平成13年7月12日付け準備書面),被控訴人の対抗要件の有無を争う旨の権利主張をしない意思であるとみられるから,抗弁(3)アの事実主張に関し対抗要件の抗弁が主張されたものと解することはできない。また,被控訴人は,1審選定者らの背信的悪意を主張しているのであるから,抗弁(3)イの主張に対し権利自白をするものでないことも明らかである。したがって,抗弁(3)ア,イの主張は,失当であると解される。もっとも,仮に,抗弁(3)に関する控訴人の主張が,対抗要件の抗弁の主張,あるいは,被控訴人の所有権喪失の抗弁の主張(抗弁(3)アの贈与に基づき請求原因(12)の所有権移転登記がなされた事実の主張)であると解されるとしても,1審選定者らの背信的悪意に関する後記認定(原判決10頁16項及び当判決後記2(3))によれば,これらの抗弁に基づく法律効果は,結局,否定されることとなる。」

2  控訴人の当審における主張について

(1)  控訴人は,本件条件付売買契約の対象地は,h番土地ではなく,1000坪の特定測量した土地であるとし,その特定測量が不能となったから,上記売買契約が失効した旨主張する。

しかし,証拠(甲1,乙ロ14)によれば,本件条件付売買契約の契約書には,「売買物件は、末尾表示の土地とする。」とし,末尾に「土地の所在町 字 地番地目 面積 単価 土地代金 摘要」と活字で印字された下部に「a g c 畑3,305m2(1000坪) 8,925,000円」なる記載がされているものであり,売買対象土地が,地番により特定されたh番土地と記載されていると理解することができ,売買対象土地をh番土地の一部分としたり,h番土地以外の土地を売買対象に含めたことを明記する部分は存しないし,実測による売買であることを示す記載も存しないところであり,また,同契約書には,上記のとおり,面積欄の3305m2という記載の下に「(1000坪)」という記載があるが,3305m2は登記簿上の地積(公簿面積)であり,「(1000坪)」も,1坪が約3.30578m2であることをふまえれば,公簿面積3305m2を坪数に換算した場合の概算値であるとみることができるから,「(1000坪)」の記載が公簿面積とは異なる面積を表示したものと認めることは困難である。さらに,本件条件付売買契約に関する登記につき,1000坪分の土地が特定されて,分筆等されることなく,h番土地の登記簿に単純に本件条件付売買契約を原因とする条件付所有権移転仮登記が経由されていることを併せ考慮すれば,本件条件付売買契約の対象地は,登記簿上の地番により特定されたh番土地であったものと認めることができる。なお,控訴人は,被控訴人において,上記売買契約の後に測量され,境界杭が設置されたと主張することを上記控訴人の主張の根拠として援用するが,同主張は,売り渡されたh番土地がその後の測量により現地で特定されたとの主張にすぎず,控訴人の上記主張を裏付けるものとは解されない。

したがって,控訴人の上記主張は,その余の点につき判断するまでもなく,採用できない。

(2)  控訴人は,被控訴人の開発行為により本件e番f土地が非農地化した点につき,被控訴人が故意に本件条件付売買契約の条件を成就させたものであって,売主側において,条件が成就していないものとみなすことができる旨主張する。

農地の所有権移転を目的とする法律行為は,都道府県知事の許可を受けない以上法律上の効力を生じないものであり,この場合の知事の許可は右法律行為の効力発生要件であるから,農地の売買契約を締結した当事者が知事の許可を得ることを条件としたとしても,それは法律上当然必要なことを約定したに止まり,売買契約にいわゆる停止条件を付したものということはできない(最高裁昭和32年(オ)第923号同36年5月26日第二小法廷判決・民集15巻5号1404頁)。上記条件は,効力発生のために法律上当然に要求されるものであって,いわゆる法定条件であり,その成就,不成就につき,民法130条を適用ないし類推適用することは相当でない。控訴人の引用する判例(最高裁平成6年5月31日第三小法廷判決)は,法定条件の事例ではなく,本件と事案を異にする。

そして,農地法所定の許可という法定条件付売買契約においては,売主も買主も売買契約の履行に向けて法定条件成就等に協力する義務を負うと解され,亡Aにおいても,農地法所定の許可を得ることに協力する義務を負っていたものであるから,同許可が非農地化されたことにより必要なくなったとしても,同人に法定条件不成就とみなす利益があるとも,また,条件成就による不利益が生ずるとも解されない。

いずれにせよ,控訴人の主張は採用できない。

(3)  控訴人は,控訴人自身の背信的悪意の不存在をるる主張する。

しかし,原判示に加えて,控訴人は,別件訴訟の亡A側に補助参加し,被控訴人が亡Aに対し,本件条件付売買契約に基づき,農地転用許可申請協力請求及び許可後の所有権移転登記手続請求をした事情を熟知しながら,これを争うことに協力した者であるから,被控訴人の対抗要件の具備を妨げる行為に協力した背信的悪意者であって,信義則上,本件訴訟において被控訴人の登記の欠?※を主張するについて正当な利益を有しないと認めることができる。

したがって,この点の控訴人の主張も採用できない。

(4)  控訴人は,被控訴人の選定者Bに対する売買契約に基づく所有権移転登記手続請求権につき,売買契約日昭和43年12月13日ないし被控訴人主張の昭和49年8月25日から20年以上が経過しており,消滅時効が完成した旨主張する。

しかし,不動産譲渡による所有権移転登記手続請求権は,所有権移転の事実が存する限り独立して消滅時効にかかるものではなく(最高裁昭和51年(オ)第727号同年11月5日第二小法廷判決・裁判集民事119号181頁),この点は,背信的悪意者である第2譲受人が登記名義を取得しているため,売主が最終登記名義人ではない事案における,第1譲受人の売主に対する売買契約に基づく所有権移転登記手続請求権についても同様に解されるところ,本件は,原判示のとおり,上記事案に該当する上,本件条件付売買契約につき,売買対象土地である本件e番f土地が非農地化したことにより,その所有権移転の事実が生じているものである〔さらに,選定者Bは,別件訴訟事件の当庁平成12年3月15日付け和解調書の和解条項第3項において,被控訴人に対し,本件e番f土地の所有権が被控訴人に帰属することを確認していると認められるところ(甲8),この点も,上記所有権移転の事実を裏付ける事情ということができる。〕。

したがって,本件条件付売買契約に基づく所有権移転登記手続請求権は,被控訴人に移転した所有権と別個に消滅時効にかかるものではないと認められるから,控訴人の主張は失当であり,採用することができない。

(5)  そのほか,当審において控訴人がるる主張する点は,上記認定判断を左右するに足りないものであって,いずれも採用できない。

第4結論

よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却し,控訴費用は控訴人に負担させることとして,主文のとおり判決する。

なお,原判決主文第1,2項に係る同別紙物件目録記載5の土地の表示に明白な誤りがあるので,主文第2項のとおり更正する。

(裁判長裁判官 田村洋三 裁判官 小林克美 裁判官 戸田久)

<編注:『※』部分は原文のとおり。>

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