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名古屋高等裁判所 平成14年(ネ)389号 判決 2002年9月04日

主文

1  原判決を取り消す。

2  本件訴えを却下する。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  本案前の申立て

主文と同旨

(2)  本案についての申立て

ア 原判決を取り消す。

イ 被控訴人の請求を棄却する。

ウ 訴訟費用は,第1,2審を通じて,被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

適式な呼び出しを受けたが,当審口頭弁論期日に出頭しないし答弁書その他準備書面を提出しない。

第2本案前の申立てについて

1  本件は,被控訴人(原告)Aが大阪弁護士会所属弁護士B,同C,同D,同E,同Fを訴訟代理人に選任し,同代理人らにより名古屋地方裁判所に訴えの提起(平成13年(ワ)第4606号預託金返還請求事件)及び訴訟追行がなされ,平成14年3月29日,原告の請求を認めるとの判決がなされた。

2  平成14年6月6日,被控訴人Aから控訴人代理人事務所に,架電があり,被控訴人Aは,「訴訟は知らない」「弁護士は知らない」とのことであった。

そこで,控訴人従業員が平成14年6月13日名張市内で被控訴人Aと面談し,原審の委任状をみせたところ,偽造であることが判明した。

被控訴人Aによれば,控訴人に対する預託金返還請求訴訟を提起する意思はないとのことであった。

なお,被控訴人Aは,平成13年9月ころ,本件ゴルフ会員権を第三者に売却しているとのことであった。

3  以上の次第で原判決は偽造の委任状により訴えが提起され,無権代理人により訴訟追行がなされたものであるから,本件訴えは却下されるべきである。

第3本案について

1  事案の概要

事案の概要,争いのない事実等(証拠により認められる事実を含む。)及び争点(当事者の主張を含む。)は,以下において当審における主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」欄に記載のとおりであるから,これを引用する。

2  控訴人の当審主張

(1)  原審判決に対する不服の理由

ア 原判決は,被控訴人の請求に対する控訴人の据置期間延長の抗弁について,本件にはその適用を認めがたいとしてこれを採用せず,被控訴人の請求を認容した。

イ 会則解釈について

原判決は,預託金会員制のゴルフクラブの会則は,これを承認して入会した会員とゴルフ場を経営する会社との間の契約上の権利義務の内容を構成するものということができ,会員は入会の際に預託した預託金を,会則の定めるところに従って返還請求することができるものというべきであり,これを会則の変更決議等により奪いあるいは制限することは,会員の契約上の権利を変更することにほかならないから,会員の個別的な承諾を得ることが必要であり,承諾をしていない会員に対しては会則の改定の効力を主張することができないものと解すべきである。これを本件についてみるに,本件規約には,会員資格保証金の据置期間を延長することができる場合として,天災地変の場合と並んで「社会情勢・経済状況の著しい変化,あるいは控訴人の経営を円滑に遂行するため必要のあるとき,その他やむを得ないとき」に入会保証金据置期間を延長できる旨の規定があるが,上述のような預託金返還請求権の権利としての重要性に照らすと,後段の要件も前段の要件(天災地変の場合)と同等程度の重大なものであることを要すると解すべく,控訴人主張のような,いわゆるバブルの崩壊後のゴルフ会員権価格の下落等の経済的要因の変動等により,すべての会員からの入会保証金の返還請求に応じていてはゴルフ場の存続が不可能にならざるを得ない等の諸事情があるとしても,上記規定に該当すると解するのは相当でない。したがって,本件延長決定によって据置期間が延長されたとする控訴人の主張は理由がないとした。

しかし,原判決の理解は,そもそもゴルフ会員契約の解釈において誤りがある。

ウ 据置期間延長の合理性を基礎づける事実について

すなわち,据置期間延長規定については,その趣旨に対する十分な理解が必要であるのみならず,その適用の要件の解釈に当たって一定の合理的要件を立てた上,当該ゴルフクラブにおける要件該当性の有無を具体的事実に基づいて検討しなければならないところ,原判決は,かかる事実認定を一切行うことなく前記結論を導いているのであるから,審理不尽の謗りを免れない。

(2)  原判決の問題点の整理

ア 控訴人が原審において主張した前提事実

(ア) 被控訴人が入会した当時の本件ゴルフ場の会則第17条第2項には「入会保証金は,天災地変または社会情勢・経済状況の著しい変化,あるいは会社の経営を円滑に遂行するため必要のあるとき,その他やむを得ないときに限り理事会の承認後会員に通知のうえ,10年間を限度として会社は据置期間を延長し,もしくは償還の支払を停止することがある」との規定が存在する。

この規定は,被控訴人が入会に際して個別的に承諾した会則という約款の一部を構成するものであり,その意味で据置期間延長条項にかかる被控訴人の「個別的な承諾」は存在するというべきである。

控訴人は,この延長条項に基づいて被控訴人の預託金返還請求権据置期間を延長したものであるから,被控訴人の「個別的な承諾」に基づいて留保された契約改訂権を行使して,控訴人の据置期間を延長したものである。

(イ) 控訴人は,いわゆるバブルの崩壊後の価格破壊と,これによる会員権の相場価格の下落と預託金の返還問題等ゴルフ場業界を取り巻く環境は大変厳しいものがあること,なかんずく預託金の返還問題はこれまでにないほど厳しい状況にあること,しかしながら,会員から納入を受けた預託金はゴルフ場の建設資金に投下され,資産化されて流動資金として残っていないこと,また,ゴルフ場の収益は前記のような厳しい経営状況の下で返還原資を捻出することは不可能であること,従って,会員平等の原則の下にゴルフ場を存続させることにより全会員の権利を保全することが肝要との判断の下,前記事情は会則17条2項(延長条項)の定める各要件に合致すると判断した。そこで,控訴人は,平成11年6月30日理事会の承認を得たうえ,前記会則17条2項に基づき,被控訴人を含む各会員の据置期間を10年間延長する旨決議して,これを全会員に通知した。

イ 原判決の延長条項の存在理由に対する理解と要件解釈にかかる誤りについて

(ア) 原判決は,上述のとおり,会則における据置期間延長条項の「趣旨」を一切理解することなく,「預託金返還請求権が基本的権利である」という趣旨の結論を導いている。しかし,このような形式的な解釈手法は,そもそも延長条項の存在意義を何ら省みないものであり,不当である。

(イ) 原審でも詳しく述べたところであるが,延長条項の存在意義について再論すると,以下のとおりである。

預託金制のゴルフ場組織には,通常,事業者と通常は1000人を超す会員の集団が存在する。事業者はゴルフ場を建設・開設するにあたり,会員との間でゴルフ場の継続的な利用に関する契約(会員契約)を締結し,入会金と預託金(拠出金)の納入を受ける。この契約は個々の会員との間で締結されるが,個々独立したものではない。同一の会則を承認し,一人の事業者を通じて同一のゴルフ場を利用する契約であるからである。このようにして,個々の会員契約は,いわば事業者を扇の要としてこれを通じて互いに牽連している関係にある。預託金制のゴルフ場組織には会員間に団体結成契約もなく正確な意味での団体としての会員のクラブは存在しないが,すべての会員は事業者あるいはゴルフ場を通じて集団的に密接な利害関係の下にあるということができる。このようなゴルフ場組織に極めて特徴的なことは,ゴルフ場が競売等により第三者の所有に帰すれば,物権ならぬゴルフ会員権の債権としての脆弱性の故にすべての会員の権利が無価値同然になることである。このような事態は,全会員の立場からみて可能な限り防止しなければならない。この場合,個々の会員の利益と全会員の利益が相反する場合には,全会員の利益を優先することになるのは当然である。

ゴルフ場あるいは事業者の破綻により全会員の会員契約の「基本的部分」を構成するゴルフ場施設の利用権のみならず,預託金返還請求権までもが破綻に瀕し(倒産法の適用になれば9割以上のカットは必至である),その直接の原因が個々の会員の据置期間経過後の退会(会員契約の解除)に基づく預託金返還請求の殺到によるものである場合に,全会員の利益を保全するために一定の期間,据置期間を延長することにより全会員の施設利用権を保全することを目的として規定されたのが,据置期間の延長条項なのである。

(ウ) 要件解釈論

以上のような据置期間延長条項の趣旨に帰り鑑みれば,その要件の該当性についても,上述のような延長条項の趣旨を反映した解釈論がなされなければならない。

具体的に「天災地変に匹敵する事由」というものを,「天災地変」以外に考えるのは極めて困難である。

なお,原判決は,少なくともバブル崩壊後の会員権相場の急落という事情は,「天災地変に匹敵する事由」に当たらないとするようであるが,上述のとおり,そもそも具体的に要件に該当するケースが何ら例示されていないから,要件該当性の有無についての検証を行うこともできず,したがって,その判断の当否を論ずることも不可能である。このような判示の方法自体に,極めて問題があると言わなければならない。

また,近時の地裁判決などにおいて示されている具体的な要件についても何ら論及することなく,専ら自己の見解に拠るだけで近時の預託金問題にかかる趨勢の変化に何ら意を払おうとしない点においても,問題があろう。

(エ) 「基本的権利」論について

まず,預託金返還請求権は,据置期間経過後の会員からの退会請求権行使を前提として発生する権利であって,「ゴルフ場の会員契約」に基づいて退会後の元会員に発生する権利ではあっても,「会員」の権利とは言えない。

そして,ゴルフ場の会員契約において,会員に認められる基本的権利とは,「施設利用権」に他ならない。この理は,著名な最高裁平成7年9月5日判決においても示されている。この判決においては,ゴルフ会員権が消滅時効にかかることを承認し,「会員のゴルフ場施設利用権がその基本的権利を構成するものである」と述べ,通行地役権に関する291条を援用して,会員の施設利用権が事実上行使できなくなった時点をもってその時効起算点と解釈しているのである。この判決は,近時の破産法59条1項に関する最高裁判決(平成12年2月29日)にも引用されており,以上の理がもはや最高裁の判例として確立したものであることを示すものであろう。

そして,この理を貫けば,施設利用権が時効消滅することによって,遡及的に会員契約締結時に遡って会員たる地位がその包括性を失い,(施設利用権が消滅した時点でその行使が可能となる)預託金返還請求権についても会員契約締結時点を起算日とした消滅時効が進行することとなって,結局,施設利用権の時効消滅と同時に,預託金返還請求権も時効消滅することとなる。ここにおいて,預託金返還請求権の消長は,施設利用権の消長にかかってくるという関係が成立するのである。どちらが会員契約において基本的かつ重要な権利であるかは明白であろう。しかも,預託金返還請求権の据置期間が延長されたとしても,施設利用権は残存し,従前どおりにゴルフ場を利用することができるのであるし,また,市場で売却することもできるのである。原判決は預託金返還請求権の制約の重大性をことさらに強調しているが,これらのことを看過したものであって,全く妥当とは言えない。

第4当裁判所の判断

1  本案前の主張について

(1)  本件記録及び本件口頭弁論の経過によれば,以下の事実が認められる。

ア 本件訴訟は,三重県名張市ab番地に住所を有するAを原告とし,その訴訟代理人を大阪弁護士会所属弁護士B,同C,同D,同E,同Fとして,名古屋地方裁判所に訴え提起された(同裁判所平成13年(ワ)第4606号・預託金返還請求事件)ものであるが,同事件は,一貫して上記代理人らにより訴訟追行がなされ,3回の口頭弁論期日における審理を経て,平成14年3月29日,原告の請求を認容する旨の判決が言い渡された。そして,同年4月1日同判決書正本は控訴人に送達された。

イ これに対し控訴人が,平成14年4月12日,控訴提起し(当裁判所平成14年(ネ)389号事件),同年6月1日,控訴状副本と控訴理由書副本が被控訴人A(以下「被控訴人」という。)に送達されたところ,同月6日,被控訴人から控訴代理人事務所に電話があった。その内容は,「本件訴訟のことも,選任されている弁護士のことも全く知らない。」というものであった。

ウ そこで,控訴人従業員が,平成14年6月13日に,名張市内において被控訴人と面談し,原審に提出されている原告A作成名義の委任状の写しを見せたところ,被控訴人は,上記委任状の署名,押印は自分ものではない旨を述べ,同委任状は偽造文書であると明言した。

なお,被控訴人は,平成13年9月ころ,本件ゴルフ会員権は第三者に売却しているとのことであった。

エ その際,控訴人従業員が被控訴人に対し,上記イ,ウの内容を上申書にして,名古屋高等裁判所に提出するように依頼したところ,被控訴人は,同年6月21日,上記イ,ウ記載の事実及び「上記弁護士らに訴訟を依頼する意思もないし,また,控訴人に対し,本件預託金返還請求訴訟を提起する意思も訴訟を継続する意思もない。」旨を記載した上申書(平成14年6月13日付け)と上記委任状の写しを当裁判所に提出した(乙5)。

(2)  ところで,訴訟における当事者の確定は,訴状に表示された当事者の氏名(補充的資料として住所等)によって客観的に定めるべきが原則であるが,当該訴訟について,一審判決がなされ,控訴審の第1回口頭弁論期日に至って,これがいわゆる氏名冒用訴訟でないかといった疑いが生じたような場合は,これまでになされた手続・判決の効果を誰に及ぼすのが適当か,氏名被冒用者の訴訟からの可及的解放を図るべきか等の視点を考慮してこれを定めるのが相当と解される。

これを本件についてみるに,上記認定の事実によれば,本件訴訟は,訴え提起から一審判決と控訴提起に至るまでの間,終始一貫して被控訴人と同じ氏名のAを,当事者・原告として追行されてきたこと,その後当審において,原告Aと表示された人物と被控訴人とは別人であって,本件訴訟は被控訴人を詐称する被控訴人以外の第三者が訴え提起しこれを追行したものであることが明らかになったことが認められ,これら事実経過に照らすと,本件訴えにおける当事者・原告は,これを客観的に見る限り,被控訴人と解するよりほかはないこと,しかるに,本件訴えは,被控訴人の意思に基づき訴訟代理人に委任され,提起,追行されたものでないことが,前記のとおり明らかであるから,無権代理人による不適法なものといわなければならない。

また,被控訴人は上記無権代理による訴訟行為を追認する意思のないことを明らかにしており,ほかに本件訴えを適法と認めるべき資料も存しない。

2  以上によれば,本件訴えを適法としてその請求を認容した原判決は失当であるから,これを取り消し,本件訴えを却下することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 福田晧一 裁判官 安間雅夫 裁判官 倉田慎也)

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