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名古屋高等裁判所 平成14年(ネ)436号 判決 2003年7月31日

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人らに対し,60万円及びこれに対する平成13年9月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。

4  訴訟費用は,1,2審とも,これを3分し,その2を被控訴人の負担とし,その余を控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  主文第1項と同旨

2  被控訴人は控訴人らに対し,95万円及びこれに対する平成13年9月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は,1,2審とも,被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,控訴人ら及びAが,平成14年法律第4号による改正前の地方自治法(以下「法」という。)242条の2第1項4号に基づき,被控訴人に代位して損害賠償金を求める住民訴訟(以下「前訴」という。)を提起したところ,前訴の被告の1人が控訴人らの主張する損害額につき,弁護士費用相当額を除く全額を被控訴人に支払ったので,前訴を取り下げたが,これは同条第7項が規定する「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」(同条7項)に該当するなどと主張して,前訴追行のために委任した弁護士費用相当額の支払を求めたところ,原審が請求を棄却する旨の判決を言い渡したので,これに不服がある控訴人らが控訴した事案である。

なお,原審で原告であったAも,控訴したが,口頭弁論終結後に控訴を取り下げた。

2  前提事実(証拠を掲げた事項以外は当事者間に争いがない。)

(1)  控訴人ら及びAは,弁護士Bに委任して,平成12年,C及びDを被告として,法242条の2第1項4号に基づく住民訴訟である前訴(津地方裁判所平成12年(行ウ)第11号)を提起した。前訴において訴状に記載した請求の趣旨及び請求の原因は,原判決別紙記載のとおりであり,要するに阿児町の住民である控訴人ら及びAが,阿児町の町長であったC及び企画課長であったDに対し,阿児町史印刷製本費の増加による損害452万5500円と控訴人ら及びAの弁護士費用95万円との合計547万5500円及びこれに対する平成12年4月1日以降支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を被控訴人に支払うよう求める内容のものであった(甲1)。

(2)  前訴において,当事者間で和解の協議がなされたが,結局,和解は成立しなかった。

(3)  前訴被告Dは,平成13年8月16日,被控訴人に対し,前訴において控訴人ら及びAが阿児町史印刷製本費の増加による損害額と主張する金額(452万5500円)及びこれに対する(前訴の訴状における遅延損害金の起算日である平成12年4月1日より前の)平成12年3月31日から平成13年8月16日まで年5分の割合による金員の合計額483万7478円(1円未満切り上げ)を,「町史印刷製本費戻し入れ金」として納入し,被控訴人は同金員を「町史印刷製本費戻し入れ金」として受け入れたが,その収入受入科目は「(款)諸収入(項)雑入(目)雑入(節)町史印刷製本費戻し入れ金」である(甲3,4)。

(4)  控訴人ら及びAは,平成13年8月30日,前訴を取り下げ,前訴被告らは,同日,これに同意した(乙2)。

(5)  控訴人ら及びAは,平成13年9月20日付け書面で,被控訴人に対し,前訴の弁護士費用の請求をしたが,被控訴人はこれに応じなかった(甲6,7)。

3  争点

(1)  控訴人らの前訴における訴訟活動は,法242条の2第7項が規定する「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」に該当するか。

(2)  相当と認められる弁護士報酬の額はいくらか。

4  争点に関する当事者の主張

(控訴人らの主張)

(1) 法242条の2第7項が「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」に原告住民に弁護士費用を支払うことにしたのは,原告住民が弁護士費用を負担して当該地方公共団体の損害を填補できた場合に,これにより原告住民には何らの利益もないし,当該自治体には利益をもたらしたのであるから,その弁護士費用をそのまま原告住民に負担させるのは相当ではないし,住民訴訟を起こす負担を軽くするためである。

したがって,住民訴訟を提起したことによって,訴訟の目的の金員を支払い,訴えの提起と住民訴訟の被告による支払との間に相当因果関係がある場合は,上記「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」に該当し,地方自治体に弁護士費用相当額を請求できると解すべきである。訴訟上の和解の場合に「勝訴した場合」に該当し,弁護士費用を請求できるとした裁判例もあるところ,本件では,和解の話し合いが行われ,話し合いにおける金額より高額を被告であったDが支払ったのであるから,この裁判例に近い事例であり,「勝訴した場合」に該当すると解すべきである。けだし,そのように解さないと弁護士費用を支払って住民訴訟を提起した場合,被告が(原告住民に弁護士費用を支払わないようにするために)敗訴を避けて任意に支払った場合,当該自治体は損害が填補され,勝訴以上に良い結果となって住民訴訟の目的が達せられたのに,原告住民は自ら弁護士費用を負担せざるを得なくなり,自治体は弁護士費用を負担しないという不平等で不当な結果となって,法の目的に反することになり,ひいては,住民が住民訴訟を提起することを難しくすることとなる。

なお,原審が判示するような「勝訴の見込みがあったかどうか」を判断する必要はなく,「実質的に勝訴と同じ効果があったか」「住民訴訟と相当因果関係のある支払かどうか」を判断すれば足りる。

前訴については,前訴被告Dは,弁護士費用を除く請求額と遅延損害金を阿児町史関連の損害額を填補するために支払ったのであるから,実質的には認諾と変わらず,「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」に当たるというべきである。

また,被控訴人は,取り下げの場合は認諾や和解とは異なると主張するが,認諾や和解でも支払義務につき公的判断がなされる訳ではなく,被告が訴訟に耐えられないから認諾や和解をするとか,損害賠償義務がないのに支払うということはあり得ることである。本件では,前訴被告Dは,認諾することもできたし,和解することもできたのである。認諾でも,和解でも,支払後の取り下げでも,裁判所の勝訴の見込みについての判断はなく,同じレベルであって,弁護士費用を支払うべきであるかどうか,「勝訴した場合」に当たるか否かの判断に違いはない。

(2) 控訴人ら及びAは,前訴を委任するに当たり,弁護士Bとの間で,日弁連報酬基準により着手金と報酬を支払う旨約束した。

Dから被控訴人が支払を受けた483万7478円に対する平均的弁護士報酬は,以下のとおり,着手金と報酬金の合計は99万5620円となる。

着手金 483万7478円×5%+9万円=33万1873円

報酬金 483万7478円×10%+18万円=66万3747円

合計 33万1873円+66万3747円=99万5620円

よって,控訴人らは被控訴人に対し,前訴の弁護士費用として少なくとも95万円を請求することができる。

なお,被控訴人は,前訴原告訴訟代理人の訴訟活動を非難するが,ニュージーランドの行政改革を調査して日本の行政改革に生かすため,英会話学校へ通うことを含めニュージーランドへ2か月半出張したことは,前訴の訴訟進行にほとんど影響はない。

(被控訴人の主張)

(1) 勝訴判決の確定によって,はじめて当該事件原告の費用負担のもとで判決による利益が普通地方公共団体の上に現実化したといえるのであるから,その時点で当該事件原告住民の支出した弁護士報酬のうち相当と認める額を普通地方公共団体から当該事件原告住民に支払わせるのが衡平の理念に合致する。したがって,法242条の2第7項にいう「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」とは,「勝訴判決の確定」を意味するものと解すべきである。

控訴人らは,「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」には,確定判決だけでなく,実質的に勝訴したのと同一の経済的利益を地方公共団体にもたらす場合も含まれる旨主張するが,訴えの取り下げも「勝訴した場合」に含まれるとするのは,条文の文理から著しくかけ離れた解釈であるし,「実質的勝訴」とはいかなる場合であるかその判断基準が不明確であって,失当である。また,請求の認諾の場合が「勝訴した(一部勝訴を含む。)場合」に含まれるとしても,請求の認諾は当該事件被告が当該事件原告の請求に理由があることを認めて争わないという点にその本質がある。すなわち,住民訴訟の本質は,違法な財務会計行為の是正に眼目があり,単に被告側から金銭が振り込まれたからといって,住民訴訟の目的は達成されていない。適法な財務会計行為に関する住民訴訟において,被告が,違法性や賠償義務の存在を否定していても,訴訟負担の重圧に耐えかねて金銭を支払うことで訴訟を終了させる場合もあり,本件もまさにこのような事案である。本件では,前訴の請求が不当なもので被告職員の行為には違法性がないことが明白であったが,被告職員は,判決が出るまで精神的に耐えきれず,町政のこれ以上の混乱を避けるため職員個人の判断で金員を支払ったにすぎない。

したがって,前訴については「勝訴(一部勝訴を含む。)した場合」に当たらない。

(2) 前訴の訴訟内容自体はさして複雑ではなく,証人尋問にまで至らず,訴えの取り下げで終了している事案であり,原告訴訟代理人は,口頭弁論期日に5回出頭したが,途中長期間にわたり海外に外遊して訴訟を空転させて訴訟進行を遅延させており,控訴人ら請求の弁護士費用は極めて高額で不当な金額である。

第3当裁判所の判断

1  住民訴訟は,当該地方公共団体の執行機関又は職員による違法な財務会計行為が住民全体の利益を害するのを防止するため,地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として,住民に対しその予防又は是正するため訴え提起の権限を与え,もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としたものであるから,その住民訴訟の原告は,自己の個人的利益のためや地方公共団体そのものの利益のためにではなく,専ら原告を含む住民全体の利益のために,地方財務行政の適正化を主張して提起するものである。そして,法242条の2第1項4号に基づく訴訟(以下「4号訴訟」という。)は,違法な財務会計行為にかかる職員等に対し,損害の補填を要求することが訴訟の中心的目的となっているのであり,この目的を達成するための手段として,訴訟技術的配慮から,地方公共団体の有する損害賠償請求権を代位行使する形式によるものと定められている。そして,4号訴訟を提起・追行した原告が勝訴した場合に,訴訟に要した費用の全部を原告が負担する一方で,勝訴により損害の補填という経済的利益を受ける地方公共団体がその費用を何ら負担しなくてよいとすることは衡平の理念に反することになるから,法242条の2第7項は勝訴した原告に地方公共団体に対する相当と認められる弁護士報酬相当額の支払請求権を認めたものであると解される。このような法242条の2第7項の立法趣旨からすると,「勝訴した場合」とは,公権的判断たる裁判所の勝訴判決に限定すべき理由はなく,4号訴訟の提起・追行によって,地方公共団体が実質的に勝訴判決を得た場合と同視できる当該財務会計行為により生じた損害の補填という経済的利益を受けた場合をも含むと解するのが相当である。

2  このような見地から前訴について検討するに,前提事実によると,阿児町の住民である控訴人ら及びAは,阿児町の町長であったC及び企画課長であったDに対し,阿児町史印刷製本費の増加に関する財務会計行為の違法性を巡って,損害額と弁護士費用との合計547万5500円及び遅延損害金を被控訴人に支払うことを求めたこと,前訴において指摘された財務会計行為は,一度完成した町史には2500か所の誤字,方言,差別用語などがあることが判明して印刷製本をやり直したことから,印刷製本を行った業者との請負契約の変更契約によって請負代金が452万5500円増加したが,これに関して企画課長で阿児町史編纂の責任者でもあったDには,印刷製本に回す前に点検すべきであったのに,これを怠ったことから,町長であったCには,Dを監督する地位にあったけれども監督が不十分で,違法であることを知りながら変更契約を締結したことから,いずれも責任があると指摘するものであること,前訴被告Dは,前訴係属中の平成13年8月16日,被控訴人に対し,控訴人らが阿児町史印刷製本費の増加による損害額と主張する金額(452万5500円)及びこれに対する(前訴の訴状における遅延損害金の起算日である平成12年4月1日より前の)平成12年3月31日から平成13年8月16日まで年5分の割合による金員の合計額483万7478円(1円未満切り上げ)を,「町史印刷製本費戻し入れ金」として納入し,被控訴人は同金員を「町史印刷製本費戻し入れ金」として受け入れたこと,これを受けて控訴人ら及びAは,平成13年8月30日,前訴を取り下げ,前訴被告らは,同日,これに同意したことが認められる。

3  以上の事実によると,前訴原告らが違法な財務会計行為であると主張した町史印刷製本費の増加については,財務会計行為の適法性に問題があることが充分窺われるところ,前訴被告の1人が被控訴人に対し,前訴原告らが主張した町史印刷製本費の増加分の出費を返還し,被控訴人が弁償金としてではなかったものの,雑入「町史印刷製本費戻し入れ金」として,前訴原告らが主張していた損害額に対応する金額の納入を受け入れたことによって,前訴の訴え自体が訴えの取り下げによって終了したものと認めることができ,控訴人らが前訴において勝訴し,勝訴判決に基づいて被控訴人が損害を補填しえたのと同様の効果が生じているのであるから,前訴において勝訴にまでは至っていなくとも,実質的に勝訴判決を得た場合と同視できる損害の補填という経済的利益を受けたものというべきである。

よって,控訴人らが提起した前訴における訴訟活動は,法242条の2第7項の「勝訴した場合」に当たると解するのが相当であり,被控訴人は控訴人らに対し,相当と認められる弁護士費用を支払うべきである。

なお,被控訴人は前訴において問題とされた財務会計行為は違法性がないことが明白であった旨主張するが,前訴において原告が訴状で指摘した問題点の内容や被控訴人へ納入した金額に照らせば,被控訴人の上記主張は採用できない。

また,原審が指摘する最高裁判所の裁判例(最高裁判所平成9年(行ツ)第247号同11年2月9日第3小法廷判決。判例地方自治191号21ページ参照)は,事案を異にし,本件に影響を及ぼすものではない。

4  次に,被控訴人が控訴人らに支払うべき弁護士費用の金額について検討するに,前記前提事実及び弁論の全趣旨によれば,控訴人ら及びAは,前訴を委任するに当たり,弁護士Bとの間で,日弁連報酬基準により着手金と報酬を支払う旨約束したこと,前訴において原告訴訟代理人は,口頭弁論期日に5回出頭し,証人尋問は行われておらず,当事者間で和解の協議がなされたものの,結局,和解は成立しなかったが,前訴被告の1人であるDが被控訴人に対し,控訴人らが阿児町史印刷製本費の増加による損害額と主張する金額(452万5500円)及びこれに対する遅延損害金に対応する金員483万7478円を,「町史印刷製本費戻し入れ金」として納入したことから,前訴を取り下げたこと,上記納入金額を経済的利益として日弁連の報酬基準を適用すると,着手金,報酬金は一審原告の主張するとおり合計99万5620円となるけれども,他方,住民訴訟は住民たる原告が住民全体の利益のために,地方財務行政の適正化を主張して提起するものであり,訴訟物の価額の算定にあたりその経済的利益は請求額ではなく算定不能の場合に準じて取り扱われている上,日弁連の報酬基準によると,弁護士報酬の算定基準となる経済的利益の額が算定不能の場合には800万円とされているから,これによると,着手金は49万円,報酬金は98万円で合計147万円と算定されることが認められ,これらの諸事情を勘案すれば,被控訴人が控訴人らに支払うべき弁護士費用は90万円が相当である。

ところで,前訴の原告は控訴人ら及びAの3名であったところ,Aが控訴を取り下げたことから,控訴人ら2名が弁護士費用を請求しているところ,本件においては前訴において原告となった控訴人ら及びAの3名の間での弁護士に対する弁護士費用の負担につき主張立証がなされていない以上,3名の前訴原告は被控訴人が負担すべき弁護士費用の3分の1宛の弁護士費用請求権を有するものと解すべきであるから,本件においては,控訴人らは60万円の限度で被控訴人に対して弁護士費用を請求できるというべきであり,これを超える請求は理由がないので棄却するほかない。

5  以上の次第で,被控訴人は控訴人らに対し,前訴の弁護士費用として60万円及びこれに対する本件弁護士費用の請求書が被控訴人に到達した日の翌日である平成13年9月22日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を支払うべきところ,これと結論を異にする原判決を取り消した上,被控訴人に対し控訴人らに上記金額の限度で支払を命ずるとともに,控訴人らのその余の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川克介 裁判官 鬼頭清貴 裁判官 濱口浩)

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