名古屋高等裁判所 平成14年(ネ)527号 判決 2003年3月27日
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,1,2審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文同旨
第2事案の概要
1 本件は,A作成名義の平成10年7月30日付原判決別紙遺言書(以下「本件遺言書」という。)が自筆証書遺言として無効であると主張する被控訴人が,控訴人らに対し,本件遺言書がAの自筆証書遺言として無効であることを確認する旨の判決を求めた事案であり,原審が請求を認容する判決を言い渡したので,これに不服がある控訴人らが控訴したものである。
なお,被控訴人(Aの三男)は,原審に控訴人らの他4名の姉兄を被告として訴えを提起したものであるが,B(長女)は原審口頭弁論期日に出頭せず答弁書などの準備書面を提出しなかったので本件遺言書の有効性を主張しておらず,C(二女)とD(六女)は本件遺言書の有効性を主張せず,E(二男)は控訴人らとともに本件遺言書の有効性を主張した。原審は,遺言無効確認訴訟は固有必要的共同訴訟でも類似必要的共同訴訟でもないとして,各被告との関係で請求の当否を検討した上,いずれも原告勝訴の判決をした。控訴したのは,原審において本件遺言書の有効性を主張した控訴人ら3名(三女のF,四女のG,五女のH)のみである。
2 争いのない事実
(1) B(長女),C(二女),控訴人F(三女),控訴人G(四女),控訴人H(五女),D(六女),E(二男)及び被控訴人(三男)は,I(父)とA(母)との間の子であり,Iは昭和63年9月6日に死亡し,Aは平成12年10月2日に死亡した。
(2) A作成名義の本件遺言書が存在し,Aの自筆証書遺言として有効であるか否かについて,控訴人らと被控訴人との間で争いがある。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
A作成名義の本件遺言書は,Aの自筆証書遺言として有効であるか否か
(1) 控訴人らの主張
本件遺言書は,平成10年7月30日,Aが全文,日付及び氏名を自署し,押印したものであるから,Aの自筆証書遺言として有効である。
すなわち,本件遺言書は,控訴人Gが平成10年7月30日Aのところを訪れた際,Aの求めに応じて控訴人Gがバックの中に持参していたキャラクター便箋を渡したところ,Aが控訴人Gの面前で自ら全文を記載して自署したものであり,印鑑が見つからなかったことから,印鑑を捜して押すことにし,Aは控訴人Gに対し,同年8月10日,印鑑を押した本件遺言書を手渡した。
なお,遺言の解釈にあたっては,文言を形式的に判断するのではなく,遺言書全体の記載との関連,遺言書作成当時の事情及びAが置かれていた状況などを考慮して,Aの真意を探求し合理的に遺言を解釈すべきである。従って,遺言書の表題がなくても,内容から死亡後の財産処分等についての意思が書かれていれば,遺言書として扱われるべきであるし,Aが所有権(共有権)をもつ土地は「岐阜市a町b番宅地446.84平方メートル」しかないので,これをさすことは明らかである。また,遺言書が書かれた状況を考えると,自分の死後Bの面倒を控訴人Gと控訴人Fに頼む代償として土地を取得させる趣旨であると解するのが素直であり,Aの意思にそうものである。
(2) 被控訴人の主張
本件遺言書は,以下のとおり,Aの自筆証書遺言としては無効である。
① 本件遺言書の全文,日付及び氏名は,Aが自署したものではないし,Aは押印していない。
すなわち,Aは,平成10年7月30日当時92歳となるが,90歳ころから文字が書けず,老齢年金受取確認のはがきに記載する名前すら書けず,被控訴人の妻Jが代筆していた。
また,A名下の印影も,A所有の印鑑によるものではない。
② 本件遺言書には,遺言との表題がなく,「私のけん利の土地をゆずります」と記載されているが,「私のけん利の土地」がどの土地を示すか判然としないし,土地を譲る相手が明示されていないなど,文言自体が客観的かつ具体的に一義的に理解することができず,不明確で不特定なものであるから,遺言としての効力はない。
第3当裁判所の判断
1 本件遺言書は,遺言書の表題はないものの,その記載内容から遺言書であると認められるので,その作成者を検討するに,Aには,平成2年4月20日作成の公正証書遺言(甲20)があり,全財産を三男Kに相続させ,祖先の祭祀の主宰も三男Kに指定する旨の内容であるところ,これと内容が同一である平成5年3月18日付自筆証書遺言(甲21。以下「平成5年遺言書」という。)の作成者はAであると推認することができる。
平成10年7月30日当時Aが字を書くことができない状態であったと認めるに足りる証拠はないので,本件遺言書(甲22,乙1)と平成5年遺言書(甲21)の筆跡を対比して検討するに,以下の①ないし⑤の点によれば,両者は同一人の筆跡によるものであると判断され,控訴人Gの当審における本人尋問の結果及び陳述書(乙4)の内容を勘案すると,本件遺言書はAが,全文,日付,署名のすべてを自署した上,名下に押印したものであると認められる。
① 本件遺言書の署名の「A」の文字と,平成5年遺言書の本文末尾にある署名及び封筒裏面の署名の「A」の文字とは,「吉」の字が右上がりである点などを含め,全体が酷似している。
② 本件遺言書の「私のけん利の土地」の「地」の字と,平成5年遺言書の右の頁の9行目から10行目の「先祖の土地ホトケ守る土地」の2か所の「地」の字は,いずれも,「地」の字の3画目の左下から右上への線と,4画目の左下から右上への線が,つながって一画で表示されており,類似する特徴である。
③ 本件遺言書の日付の「平成10年」の「年」の字と,平成五年遺言書の本文末尾及び封筒裏面に記載された「平成五年」の「年」の字は,いずれも本来4画目が上から下への縦の線であるのに,3画目の横の線と平行に横の線となっており,この点も,類似が特徴的である。
④ 本件遺言書の1行目の「Kでは」の「で」の字と,平成5年遺言書の本文左側の頁の2行目の「いわないで」の「で」や4行目の「何とぞ先々身内で」の「で」の字とは,いずれも「て」の部分が「乙」に似ていて,しかも下に降りてくる線がほぼ真下に向かっているという特徴が,類似している。
⑤ このほか,「ゆ」の字(平成5年遺言書の本文右の頁の1行目,3行目,5行目及び6行目や封筒の表の「ゆ」と,本件遺言書の「土地をゆずります」の「ゆ」)や,「あ」の字(平成5年遺言書の本文左の頁の4行目の「あらそうこと」の「あ」と,本件遺言書の「B」の「あ」)なども,特色があって文字が似ている。
2 以上のとおり,本件遺言書はAが,全文,日付,署名のすべてを自署した上,名下に押印したものであると認められるところ,甲第22号証,乙第1号証,第4号証,控訴人Gの当審における本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,Aは本件遺言書作成当時遺言能力を有していたこと,本件遺言書は,共同遺言の禁止など法の定める遺言の方式に違背してはいないことが認められる。
また,遺言の解釈にあたってはAの真意を探求すべきところ,前掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件遺言書の「G FにBの面倒をたのみます 私のけん利の土地をゆずります」との記載は,控訴人G及び控訴人FにAの死亡後Bの世話をすることを依頼するとともに,両控訴人に対し,Aが所有する土地(正確には,Aの夫Iが所有していたもので,同人が昭和63年9月6日死亡したことに伴って相続した分。甲5,23)である「岐阜市a町b番宅地446.84平方メートル」を2分の1宛の持分割合で死因贈与をする趣旨であると解することができる。
3 すると,本件遺言書は,Aが作成した有効な自筆証書遺言であると認められるから,被控訴人の本件請求はいずれも理由がないので棄却すべきところ,これと結論を異にする原判決を取り消した上,被控訴人の本件請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小川克介 裁判官 鬼頭清貴 裁判官 濱口浩)