名古屋高等裁判所 平成14年(ネ)599号 判決 2002年12月25日
主文
1 原判決主文2項及び同3項中控訴人会社東京海上火災保険株式会社(以下「控訴人会社」という。)に関する部分を次のとおり変更する。
(1) 控訴人会社は,被控訴人に対し,控訴人Aまたは控訴人Bに対し原判決主文1項の支払を命ずる部分のうち人的損害に関する3819万9978円及びこれに対する平成10年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を命ずる部分が確定したときは,819万9978円及びこれに対する上記判決部分確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 被控訴人の控訴人会社に対するその余の請求を棄却する。
2 控訴人A及び控訴人Bの本件各控訴をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを10分し,その3を被控訴人の負担とし,その1を控訴人会社の負担とし,その余を控訴人A及び控訴人Bの負担とする。
4 この判決は,主文1の(1)につき,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人ら
(1) 原判決中,控訴人らの敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
(1) 本件控訴をいずれも棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人らの負担とする。
第2事案の概要等
1 事案の概要,争いのない事実等,争点及び争点についての当事者双方の主張は,以下において当事者双方の当審における主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」欄に記載のとおりであるから,これを引用する。
2 控訴人会社の当審主張
(1) 自動車総合保険普通保険約款の解釈適用について
ア 原判決のいう争点(3)に関し,控訴人会社は,原判決の摘示するような主張をしていない。
控訴人会社の主張は,「自賠責保険から支払われる額が不確定であり,その金額が確定しないと任意自動車保険の支払額が確定しないのであるから,自賠責保険から支払われるべき金額についての裁判所の判断を求める。」ものである。
イ 原判決が,「自賠責保険等によって支払われる金額」を自賠責保険査定額と判断したことは,自動車総合保険普通保険約款の解釈を誤ったものであり,直ちに是正されるべきである。以下,理由を述べる。
① 自賠責保険と任意自動車保険の特徴について
そもそもわが国における自動車保険(広義)は,自動車損害賠償責任保険(自賠責保険)と,自動車保険(狭義。任意自動車保険)に分けられる。
前者の自賠責保険は,強行法規である自動車損害賠償保障法(自賠法)の適用を受け,自動車の保有者に契約加入が強制されていること(違反者には刑罰が科される。),それゆえに保険者(自賠責保険引受会社)の引受義務が強制され,保険金額も法定されていること(被害者死亡については3000万円を上限とする。),保険料の算定において適正原価主義をとり,営利の介入を認めないこと(ノーロス・ノープロフィットの原則),自動車の運行による人身事故のみを担保する対人賠償保険である等の特徴を持つ。
これに対し,後者の任意自動車保険は,加入が自動車保有者の任意に委ねられ,保険契約法理に服すること,対人賠償保険の他,対物賠償保険,自損事故保険,無保険車傷害保険,搭乗者傷害保険,車両保険等から構成される複合保険である(本件の自動車総合保険(PAP)は任意自動車保険である。)。
② 自賠責保険と任意自動車保険との関係について
自賠責保険と任意自動車保険との関係について,自動車総合保険普通保険約款(第1章 賠償責任条項 第1条(当会社の支払責任ー対人賠償)第2項)は,
「当会社は,1回の対人事故による前項の損害の額が自動車損害賠償保障法に基づく責任保険または責任共済(以下「自賠責保険等」という。)によって支払われる金額(被保険自動車に自賠責保険等の契約が締結されていない場合は,自賠責保険等によって支払われる金額に相当する金額。以下同様とする。)を超過する場合にかぎり,その超過額に対してのみ保険金を支払います。」と定めている。
すなわち,任意自動車保険は,自賠責保険と競合的支払をするのではなく,被保険者が負担する法律上の(対人)損害賠償責任額から「自賠責保険等によって支払われる金額」を差し引いた残額を支払うものとされており,約款上,上積み保険であることが明記されている。
保険契約者,被保険者及び保険会社(任意保険引受会社)は,普通保険約款に拘束されるから,任意保険引受会社が保険金支払義務を負うのは,自賠責保険の上積み部分に限定されることはいうまでもない。
したがって,本件においても,被控訴人(原告)が自賠責保険への請求をするか否かにかかわらず,任意保険引受会社としての控訴人会社の任意保険の支払義務が発生するか否か,発生するとしてその額がいくらになるかは,自賠責保険の有無責,及びその金額にかかわる。
よって,控訴人会社は,自賠責保険の有無責に関し,自賠法の「他人性」の有無についての裁判所の判断を求めるものである。
③ 被控訴人の主張に対する反論について
この点,被控訴人は,自賠責保険と任意自動車保険との関係は内部調整すべき問題であり,査定の危険負担等を被控訴人に負わせるべきではないと主張する。
しかし,自賠責保険は自賠法に基づく準公的保険であり,保険金額をはじめその保険内容が全て法令に依拠しているのに対し,任意自動車保険は商法を前提とする損害保険であり,保険金額をはじめその保険内容が保険会社の約款に依拠しており,両者の担保範囲,免責の範囲も異なっているから,内部調整の問題として処理できるものではないことは明らかである。
殊に,本件では自賠法の「他人性」について解釈上の疑義があり,自賠責保険の有無責について争いがある事案であることから,裁判所による「他人性」の判断が不可欠である。
したがって,原判決が,本件で他人性が認められず自賠責保険が無責であることを理由として,総対人賠償損害額の支払を任意保険引受会社としての控訴人会社に命じるのであれば格別,自賠責保険の査定額が示されていないことを理由に任意保険引受会社に総対人賠償損害額の支払を命じるのは,任意保険引受会社に,法令ないし約款上規定のない自賠責保険の立替払義務を認めるに等しいものであり,到底容認できない。
④ 自賠責保険の査定の拘束力について
自賠責保険の査定は,被害者,被保険者,及び裁判所に対して拘束力を持たないことは学説,判例上異論のないところである。
すなわち,自賠責保険における損害査定は,被害者間における公平確保,地域較差の発生を防止するため,各保険会社(自賠責保険引受会社)が,自動車保険料率算定会(自算会)(なお,平成14年7月1日より,自算会と損害保険料率算定会(損算会)が統合され,損害保険料率算出機構(通称「損保料率機構」)に名称が変更された。)が全国各地に設けている自賠責保険調査事務所(平成14年7月1日より,「自賠責損害調査事務所」)に対して,損害調査を委託する方法によって行われる。同事務所は,「自賠責保険損害査定要綱」,「自賠責保険損害査定要綱実施要領」及び関連諸通達という,統一された基準によって具体的な損害の算出を行っているのであり,大量の事案を迅速かつ合理的に処理するのに資する。
しかし,自算会には損害調査及び填補額の決定について裁判所のような法的権限が与えられているわけではないことから,自算会の査定は,被害者,被保険者,及び裁判所に対して拘束力を持つものではない。
よって,自算会の査定に拘束力が認められず,「自賠責保険等によって支払われる金額」の判断・決定権が自算会に専属するものではない以上,「自賠責保険等によって支払われる金額」を「自賠責保険査定額」と解することはできない。とすると,「自賠責保険等によって支払われる金額」とは,(自賠責保険の保険金額の限度内で)被保険者が負担する法律上の妥当な損害賠償額という他なく,最終的には裁判所が法令に基づき判断すべき金額と解するべきである。したがって,理論的な法律上の損害賠償額が,自賠責保険金額の限度内であれば同賠償額がそのまま「自賠責保険等によって支払われる金額」となるが,同賠償額が自賠責保険金の限度額を超過する場合には,「自賠責保険等によって支払われる金額」は,自賠責保険金限度額ということになる。よって,理論的な法律上の損害賠償額が「自賠責保険等によって支払われる金額」を超過する場合には,任意保険引受会社の支払義務が発生することになる。
本件では,「被告A車に付されている自賠責保険の査定額は未だ示されていない」のであり(なお仮に自賠責保険の査定額が示された場合でも,裁判所はそれに拘束されることなく独自の判断をなしうることは,上記のとおりである。),裁判所が自賠責保険の有無責を判断し,自動車総合保険普通保険約款第1章第1条第2項の「自賠責保険等によって支払われる金額」を決定すべきである。
⑤ 結語
以上述べたとおり,自動車総合保険普通保険約款第1章第1条第2項の「自賠責保険等によって支払われる金額」を自賠責保険査定額と認定した原判決は,任意自動車保険の約款解釈を誤ったものであり,直ちに破棄されなければならない。
(2) 自賠法の「他人性」の有無について
ア 運行供用者について
被害者Cが乗車中事故に遭遇した本件車両は,Cの父親である被控訴人の所有車両であり(甲46・自動車検査証,原審における被控訴人本人調書17),被控訴人がCに貸し与えたものである。
この点,控訴人Aは,Cが本件車両購入費用を少しずつ被控訴人に返していくと言っていた旨供述するが(原審における控訴人A本人調書7),本件車両を注文して売買契約を締結し(甲45の4・自動車注文書並びに売買契約書),購入費用を支出したのは被控訴人であり(原審における被控訴人本人調書16),自動車検査証上の名義も被控訴人であることや(甲46,同被控訴人本人調書17),自賠責保険及び任意保険の契約者も被控訴人であり(甲31,29,同被控訴人本人調書18),その保険料も被控訴人が負担していること(同被控訴人本人調書19),Cのみならず被控訴人の次女の明美も本件車両を使用しており,被控訴人がCから車両購入費用を返していくというような約束はなく,実際にもCから被控訴人に金銭が支払われたことはなかったこと(同被控訴人本人調書68)などからみて,被控訴人の所有と認められる。
とすると,本件では,事故当時本件車両を運転していた控訴人A,本件車両所有者である被控訴人及び被控訴人から車両を借りていたCの3名が共同運行供用者である。
イ 本件事故発生状況について
① 控訴人AとCは,本件事故の前日,2人でドライブに行くことを約束した。但し,この時は行き先は未定であった(原審における控訴人A本人調書15)。
② 平成10年10月19日,控訴人AとCは,行く先を名古屋と決め,仕事を終えてから,午前1時30分頃,Cが本件車両を運転して2人でドライブに出発した(同控訴人A本人調書16,17,23,24,64)。但し,仕事を終えてからのドライブであり疲れたので,出発後,途中で滋賀に戻ることになった(同控訴人A本人調書17)。
③ Cが運転を開始して1時間少し経った頃,交代して,控訴人Aが運転を開始した(同控訴人A本人調書26)。運転交代の際,両名は1時間くらいファミリーレストランで食事をしながら休憩した(同控訴人A本人調書66)。
よって,本件事故当時は,控訴人Aが本件車両を運転していた(同控訴人A本人調書18)。控訴人Aが交代して運転を開始したのは,本件事故の1,2時間前と考えられる(同控訴人A本人調書18,55)。
④ 運転を交代したのは,Cが疲れたからであった(同控訴人A本人調書18)。なお,交代時,控訴人Aも眠気と疲れがあり,そのことをCに伝えたが,結局運転を交代することになった(同控訴人A本人調書25)。
⑤ また,両名は,控訴人Aの車両で出かけることもあったが,その際には控訴人Aが運転することが多かったが,Cに運転を代わって貰うこともあった(同控訴人A本人調書19,54)。
⑥ 控訴人Aが本件車両を運転するのはこの日が初めてであったが,Cも本件車両を運転する回数はそれ程多くはなかったと考えられる(同控訴人A本人調書20)。
⑦ 控訴人Aが運転を交代してから,しばらくの間,Cとの会話があったが(同控訴人A本人調書28),控訴人Aは,本件事故の約10分前に,Cが助手席のシートを少し倒し,眠っている様子を見た(同控訴人A本人調書27)。
⑧ 控訴人Aは,眠気と疲れのために,交差点及び赤色点滅している信号機を見落とし,減速せずに交差点に侵入したため,左方から進行してきた控訴人B運転の車両と衝突した(同控訴人A本人調書31,43,44,45)。
ウ 本件事案の「他人性」について
① 上記のとおり,本件事案においては,深夜の長距離のドライブを予定して出発したものであるから,運転者以外の同乗者は睡眠(仮眠)をとることが自然であり,睡眠をとる可能性があることも当然の前提となっていたと考えられる。
② また,Cから控訴人Aに運転を交代したのは,「Cが疲れた」ためであるから,交代後は,深夜でもあり,Cが睡眠をとる可能性のあることが当然予定されていたと考えられる。
③ 控訴人AとCは,2人で度々車で出かけていたが,両名いずれの車であるかに関わりなく,運転を交代することがあったものであり,一方が運転する場合には,他方の運転をしてない者は,運転者に車両の運行を任せていたと考えられる。
④ 本件事故当時は,Cは睡眠中であったと考えられ,本件事故の約10分前には,控訴人AはCがシートを少し倒して眠っている状況を確認している。
⑤ このような運行状況下における当事者の意思は,運転者は全面的に自動車の運行について任されたとの認識を有し,運転者以外の同乗者は当該運転者に全面的に自動車の運行を任せたとの認識を有しており,それぞれがその意思に基づいて行動することになる。
そして,睡眠中の同乗者は,運転から生じる危険を防止すべく期待され,またそれが可能な地位にあったとすることはできないのであり,睡眠をとることにより事物の判断能力や実際の行動能力を欠く状態になることが当然の同乗者について,自動車の運行について指示・制御をなしうべき地位を有した者,すなわち運行支配を有した者と評価することは適当でないし,そのように評価する考え方は極めて不自然な観念論的な解釈である。
このような深夜の長距離交替運転のケースでは,「運転を交替する」行為をもって,その時点から運行支配そのものが新たな運転者に移行すると考えるべきで,運転者以外の同乗者の「他人性」を認めることが,至極,自然な考え方である。
⑥ 規範的に考えても,深夜の長距離行程で運転者の交替が予定され,運転者以外の同乗者は睡眠をとることが前提となっていた本件事故においては,当該運行全般にわたって危険を防止すべき地位にあったのはその時々の運転者以外にはおらず,本件事故時においては,運転者である控訴人Aがその運行についての危険を防止すべき唯一の地位を有していたのである。
以上のように,事故当時の運転者控訴人Aは,運転者として具体的危険を回避する第一義的な責任を負うのであって,睡眠中であった同乗者Cと比較して,その運行支配が直接的,顕在的,具体的であったと評価される。
⑦ よって,事故時の運転者控訴人Aより運行支配が間接的,潜在的,抽象的な同乗者Cは,控訴人Aに対し,自賠法3条の「他人」であることを主張できると解するのが相当である。
(3) 損害額について
シートベルト不装着による減額,好意同乗減額,及び損害額の評価について,控訴人A及び控訴人B主張の各抗弁を,控訴人会社に有利に援用する。
3 控訴人Bの当審主張
(1) 好意同乗減額について
原判決は,Cは,その乗車車両の運転者である控訴人Aが,過労運転であり危険であることをある程度予測し得たとして,控訴人らの責任額を1割減ずるのが相当と判示した。
このように,過労運転の危険が予測可能であったことを根拠に減額を行ったこと自体は妥当である。しかし,本件において,Cは,控訴人Aが過労・眠気を伴って運転していたことを熟知しており,危険性の認識程度は大きかったと言えるから,原判決が減額率を1割に止めた点は,少なきに失するものである。
(2) シートベルト不装着による責任減額について
原判決は,控訴人が損害賠償責任減額(過失相殺)事由であると主張していた,事故当時Cがシートベルト不装着であった事実について,「Cの致命傷は控訴人B車が控訴人A車に衝突したことにより直接もたらされたものとみるべきで,Cが本件事故時にシートベルトを着用していれば,その負傷の内容・程度において異なった結果が生じたであろうとまでは認められない」として,シートベルト不装着を根拠とした控訴人Bの責任減額を認めなかった。
しかし,事故直後に控訴人Aが事故の衝撃により前方ハンドル付近で顎を打ち付けたことからも分かるように,Cの身体は,事故の衝撃により前方へ移動しており,フロントガラス等で頭部を激突させたものと推測される。
よって,Cのシートベルト不装着の事実が,本件C死亡の事実に影響を与えたものと考えることこそ合理的であり,シートベルト不装着の事実をCの帰責事由(控訴人Bの責任減額事由)と捉えて,控訴人の責任を2割程度減額すべきであった。
にもかかわらず,シートベルト装着の有無によって結果が異なるとは認められないとし,当該事由に基づく減額を行わなかった原判決の認定は,経験則違反の違法がある。
(3) 損害額について
また,原判決は,入院付添費に含まれるべき付添交通費を認容したり,女子の生活費控除を30%とするなど,損害額の認定が全体的に高きに失しており,不相当である。
4 控訴人Aの当審主張
(1) 好意同乗減額等の抗弁事由について
確かに,好意同乗減額については,好意同乗であったという事由だけでは,好意同乗減額は認容されず,同乗者自身が危険増大に寄与したか,既に存する客観的な危険性の存在を予見しつつ同乗したかのいずれかがある場合に減額を認容するというのが判例の主流となりつつある。
原判決は,かような見解を前提に,控訴人Aに運転の交替をした当時,Cにとって,控訴人Aが過労運転となり危険であったことをある程度予測し得たとし,Cの帰責事由を認め,かつ本件事故発生との因果関係も認めた。
しかも,原判決は,控訴人Aの勤務終了後に深夜のドライブを長時間続けてきた疲れによって「交差点の存在や赤色点滅の信号表示に対する意識が疎かとなり,漫然時速50kmの速度で上記交差点に進入し,」と認定し,これらの事情をCもある程度予測できたとして,その帰責の程度も低くないと指摘している。以上の事情を考慮すれば,損害額の1割を減ずるのが相当との原判決の判断は,近時の判例の主流に照らしても,減額の割合は低きに失しており,少なくとも,好意同乗減額は20%と認定すべきであった。
(2) シートベルト不着用について
Cの頭部をはじめとした身体各部の損傷状況から,シートベルト不着用と死亡との間に因果関係を認めるべき事案であった。確かに,左斜め側面からの衝突角度であった状況など減額率については問題のあったケースであることから,高い減額割合は無理だとしても,20%程度の減額割合は認められるべきケースであった。しかるに,Cの死因が控訴人B車両による左側面からの強烈な衝撃による点を重視し,シートベルト不着用と死亡との間の因果関係を全く認めないとした原判決は正しくない。特に,原判決がシートベルトの不着用との因果関係がない理由として「同様にシートベルトを着用していなかった被告Aが致命的となるほどの重傷を負っていないこと」を指摘して,Cの致命傷が控訴人B車の横からの衝突により直接もたらされたものとみるべきものと認定した点は,納得出来ない。控訴人Aは,シートベルトを着用していなかったとしても運転操作中でハンドルを握っており,自ら身体を支えている状態であった。それにひきかえ,Cの方はシートを後ろに倒して何ら支えるものもなく寝入っていたのであって,衝突に対し全く無防備な状態であったから,控訴人Aとは衝撃に対する防御姿勢は全く異なっていた。Cの様に,寝入っている者にとってこそ,正にシートベルトの効用が発揮されるのであるから,上記の様に,控訴人Aのシートベルトを着用していなかったという共通点のみをとらえて,傷害の程度と漫然と比較するのは正しい判断を導かないというべきである。
(3) 損害について
ア 付添看護費に関する交通費は,通常看護費の中に含まれており,例外的にこれを認めるときは,その必要性など具体的な理由を掲げた上で認容すべきところ,原判決は漫然と看護に関する交通費99万円を認容したのは正当でない。
イ 逸失利益の生活費控除率は40%とすべきところ30%と認定したことも正当でない。日弁連交通事故相談センター編集の交通事故損害額算定基準(いわゆる青本)が判例を整理しており,これによると,男子単身者の生活費控除は原則50%とされているのに対し,女子は30~40%とされている。そして,その理由として,「従来は男女一律50%とされていたが,賃金センサスを基礎にした場合に生ずる男女間格差を是正する意味から」女子の生活費控除を30~40%程度にとどめる傾向が顕著になってきていると指摘している(18訂版p71・17訂版p58)。30%控除を採用することになれば,男子と女子との間の逸失利益の算出額にほとんど差はなくなり,この立場は男女間の逸失利益の差を認めない考えが背景にあり妥当でない。逸失利益の範囲は,将来の得べかりし利益としての蓋然性を基礎とすべきところ,男女の平均賃金の格差が現実の労働市場として反映している以上,将来の得べかりし利益に差が生じてもやむを得ないものと解すべきである(最判昭和62年1月19日 判時1222号24頁)。もっとも,男女間の平等の趣旨に配慮するとしても,40%の生活費控除によることでこの趣旨は十分いかされていると考えられる。
5 被控訴人の認否,反論
(1) 控訴人会社,控訴人A及び控訴人Bの当審主張は,いずれも争う。
(2) 過失割合について
本件事故で,被控訴人の長女が死亡した。夢と命を奪われた被害者の損害と家族の喪失感,それを思う被控訴人の無念さは,訴訟が継続する限り,現在も続いている。
控訴人らは,シートベルトを着用していなかったことを減額事由として斟酌するよう主張した。しかし,原判決は,シートベルトを着用していれば異なった結果が生じたとまでは認められないとした。この点に関する控訴理由は,蒸し返しと原判決に対する非難にすぎない。
次に,被控訴人は,被害者が事故時に寝ていたことから,被害者に過失がないと主張していたので,原判決が被害者側の過失1割を認定したことには不満がある。しかし,多くとも1割を超えないという意味において,原判決は正当である。
(3) 交通費等について
被害者の入院先が被控訴人住居地から遠方であったことは,原判決上,明白である。高速道路の領収書等は,損害費目の振り分け如何にかかわらず,時間と空間を超えて,被控訴人が一生懸命に,必死になって娘の看護をした証である。そのために要した交通費は本件事故と相当因果関係のある損害である。
被控訴人は,娘の僅かな命の鼓動に希望を持ち,職を辞し,長距離を往復するなどして看護を継続したのである。
第3当裁判所の判断
1 争点(1)及び争点(2)について
(1) 争点(1)及び争点(2)についての判断は,当裁判所も,原判決のとおりであると判断するが,その理由は,次のとおり原判決を訂正し,また,当審主張に対する判断を付加するほか,原判決「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」欄の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。
(2) 原判決の訂正
原判決13頁17行目の「被控訴人の控訴人A及び控訴人Bに対する請求は,」の後に「控訴人Aについては自賠法3条及び民法709条に基づき,控訴人Bについては民法709条に基づき,」を加える。
(3) 控訴人らの当審主張について
ア 控訴人Bの当審主張(1),控訴人Aの当審主張(1)及び控訴人会社の当審主張(3)について
引用にかかる原判決の認定,判断のとおり,いわゆる好意同乗減額については,控訴人Aには本件事故につき過失があること,かかる控訴人Aの危険な運転行為の背景には,勤務終了後に深夜のドライブを長時間続けて疲労していたという事情があったこと,そして,同じ会社に勤務し,一緒にドライブをしていたCにとっては,控訴人Aがそのまま運転を続けることが過労運転となり危険であることをある程度予測し得たと言うべきであり,その限りでCにも本件事故についての帰責事由があると言わなければならないこと,さらに,被控訴人は,Cの父であり,Cら娘のために本件車両を購入し保険料も負担したうえでCにその使用を許していたことなどから,被控訴人とCは,身分上・生活関係上一体の関係にあったと言えるから,本件事故によるCないしは被控訴人自身の損害額の算定にあたってはかかる事由を斟酌して,控訴人A及び控訴人Bのいずれに対する関係でもその損害額の1割を減ずるのが相当であると認められ,以上の認定判断には何ら不合理な点は認められない。認定した好意同乗減額の率の1割についても,上記の認定事実に照らせば正当なものであって,これが低すぎて違法なものとはとうてい認められない。
したがって,控訴人B,控訴人A及び控訴人会社の上記主張はいずれも採用できない。
イ 控訴人Bの当審主張(2),控訴人Aの当審主張(2)及び控訴人会社の当審主張(3)について
引用にかかる原判決の認定,判断のとおり,いわゆるシートベルト不着用による減額については,Cは,本件事故当時,助手席のシートを半分ほど後ろに倒して寝ていたところ,本件事故により本件車両は助手席から後部にかけての左側面部が押し潰されて大破していること,本件事故時,Cの身体の左側に強い衝撃が加わったものと認められること,Cは,本件事故当時,睡眠していて衝突による衝撃に対し直ちに防御の態勢がとれなかったという事情があり,このことを踏まえて考えても,同様にシートベルトを着用していなかった控訴人Aが致命的となるほどの重傷を負ってはいないことなどからすると,Cの致命傷は控訴人B車が控訴人A車に衝突したことにより直接もたらされたものとみるべきで,Cが本件事故時にシートベルトを着用していれば,その負傷の内容・程度において異なった結果が生じたであろうとまでは認められず,以上の認定判断には何ら不合理な点は認められない。特に,上記認定の本件事故の態様によれば,その減額を認めなかった原判決の認定につき経験則の違反があって違法なものとはとうてい認められない。
したがって,控訴人B,控訴人A及び控訴人会社の上記主張はいずれも採用できない。
ウ 控訴人Bの当審主張(3),控訴人Aの当審主張(3)及び控訴人会社の当審主張(3)について
本件事故によるC及び被控訴人の損害については引用にかかる原判決の認定,判断のとおりであって,同認定判断には何ら不合理な点は認められない。とりわけ逸失利益の算定に当たり生活費控除率を30パーセントと認定したことは許容される範囲内のものであって,これが違法なものとはとうてい認められない。
したがって,控訴人B,控訴人A及び控訴人会社の上記主張はいずれも採用できない。
(4) まとめ
以上のとおりであるから,被控訴人の控訴人A及び控訴人Bに対する請求は,控訴人Aについては自賠法3条及び民法709条に基づき,控訴人Bについては民法709条に基づき,控訴人A及び控訴人Bに対し,各自3898万6533円及びこれに対する平成10年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。
2 争点(3)(控訴人会社の当審主張(1)及び(2))について
(1) 本件における自賠責保険と任意自動車保険の関係については,原判決14頁1行目から11行目までの認定事実を引用する。
(2) Cの他人性について
甲29,甲31,甲45の1ないし6,甲46,原審における被控訴人本人及び控訴人A本人の各供述並びに弁論の全趣旨によれば,
ア 本件事案においては,深夜の長距離のドライブを予定して出発したものであるから,運転者以外の同乗者は睡眠(仮眠)をとる可能性があることも当然の前提となっていたと考えられること,
イ また,Cから控訴人Aに運転を交代したのは,「Cが疲れた」ためであるから,交代後は,深夜でもあり,Cが睡眠をとる可能性があったこと,
ウ 控訴人AとCは,2人で度々車で出かけていたが,両名いずれの車であるかに関わりなく,運転を交代することがあったものであり,一方が運転する場合には,他方の運転をしてない者は,運転者に車両の運行を任せていたこと,
エ 本件事故当時は,Cは睡眠中であり,本件事故の約10分前には,控訴人AはCがシートを少し倒して眠っている状況を確認していること,
オ このような運行状況下における当事者の意思は,運転者は全面的に自動車の運行について任されたとの認識を有し,運転者以外の同乗者は当該運転者に全面的に自動車の運行を任せたとの認識を有しており,それぞれがその意思に基づいて行動していること,
カ 以上によれば,事故当時の運転者控訴人Aは,運転者として具体的危険を回避する第一義的な責任を負うのであって,睡眠中であった同乗者Cと比較して,その運行支配が直接的,顕在的,具体的であったこと,
の各事実が認められ,これらの事実と弁論の全趣旨を総合すれば,本件事故当時の運転者控訴人Aより運行支配が間接的,潜在的,抽象的な同乗者Cは,控訴人Aに対し,自賠法3条の「他人」に当たると認めるのが相当である。
(3) 弁論の全趣旨によれば,控訴人A車に付されている自賠責保険の査定額は未だ示されていないところであるが,上記1の(1)ないし(3)の認定判断(上記の訂正された部分を含む)並びに2の(1)及び(2)の認定判断によれば,控訴人A車の自賠責保険については,限度額の3000万円の範囲でその責任があるものと認めるのが相当であり,したがって,自動車総合保険普通保険約款第1章第1条第1項の「自賠責保険等によって支払われる金額」は3000万円であると解するのが相当である。
そうすると,控訴人会社の当審主張(1)及び(2)は,その理由がある。
(4) まとめ
以上のとおりであるから,被控訴人の控訴人会社に対する請求は,控訴人A及び控訴人Bに対し各自3898万6533円及びこれに対する平成10年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を命ずる判決のうち,人的損害に関する3819万9978円及びこれに対する平成10年10月19日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を命ずる部分が確定したとき,同金額から3000万円を控除した819万9978円及びこれに対する上記判決部分確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。
なお,控訴人会社は,仮執行免脱宣言の申立をしているが,相当でないので,これを付さないこととする。
第4結論
よって,控訴人会社の控訴に基づいて,上記と異なる原判決を変更することとし,控訴人B及び控訴人Aの本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 福田晧一 裁判官 安間雅夫 裁判官 倉田慎也)