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名古屋高等裁判所 平成14年(ネ)719号 判決 2003年5月15日

主文

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  上記取消し部分にかかる被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は1,2審とも被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文同旨

第2事案の概要

1  争いのない事実等

(1)  原審被告A(以下「A」という。)は,平成12年4月22日午前1時45分ころ,原審被告B(以下「B」という。)の所有する普通乗用自動車(以下「本件車両」という。)を運転して愛知県安城市a町b番c号先路上を進行中,ハンドル操作を誤って本件車両をセンターラインを越えて反対車線に進出させ,反対車線を対向走行してきたCの運転する普通乗用自動車に本件車両を衝突させる事故を発生させた(以下「本件事故」という。)(甲第1号証,第3号証,第9ないし第12号証,乙ハ第2号証,第5号証)。

(2)  Cは,本件事故により外傷性脳挫傷及び肺挫傷の傷害を負い,平成12年4月22日午前2時15分死亡した(甲第8号証)。

(3)  被控訴人DはCの妻であり,被控訴人E,被控訴人F,被控訴人GはいずれもCの子であり,Cの相続人は被控訴人ら4名である(甲第2号証の1ないし4)。

(4)  被控訴人らは,自動車損害賠償責任保険から合計3000万円の支払を受けたほか,Aからも合計86万円の支払を受けた(争いがない。)。

(5)  本件事故当時,Aの夫であるHは,控訴人との間で,Hの所有する自動車(以下「H所有車両」という。)を被保険自動車とする自家用自動車総合保険契約を締結しており(以下「本件保険契約」という。),同保険には,他車運転危険担保特約が付されていた。同保険約款の特約条項「⑥他車運転危険担保特約」には,「この特約において,他の自動車とは,記名被保険者,その配偶者または記名被保険者もしくはその配偶者の同居の親族が所有する自動車(所有権留保条項付売買契約により購入した自動車,及び1年以上を期間とする貸借契約により借り入れた自動車を含む)以外の自動車であって,記名被保険者,その配偶者または記名被保険者もしくはその配偶者の同居の親族が常時使用する自動車を除きます(2条)」,「当会社は,記名被保険者,その配偶者または記名被保険者もしくはその配偶者の同居の親族が,自ら運転者として運転中の他の自動車を被保険自動車とみなして,被保険自動車の保険契約の条件に従い,普通保険約款賠償責任条項を適用します(3条1項本文)」との条項がある(争いがない。)。

2  本件訴訟の経緯

(1)  上記事情のもとで,被控訴人らは,A,B,控訴人に対して本件訴訟を提起し,次のとおりの請求をした。

ア Aに対しては民法709条に基づく,Bに対しては自動車損害賠償保障法3条に基づく,各自,被控訴人Dに対する835万8750円,被控訴人E,被控訴人F,被控訴人Gのそれぞれに対する418万6251円及びこれらに対する本件事故の日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払

イ 控訴人に対し,本件保険契約に基づく,被控訴人DのAに対する判決の確定を条件とする,被控訴人Dに対する835万8750円及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払

ウ 控訴人に対し,本件保険契約に基づく,被控訴人E,被控訴人F,被控訴人GのAに対する判決の確定を条件とする,同被控訴人らのそれぞれに対する418万6251円及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払

(2)  これに対し,原審は,次のとおり,被控訴人らの請求を一部認める判決をした。

ア A及びBは,各自,被控訴人Dに対し662万8751円及びこれに対する平成12年4月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を,被控訴人E,被控訴人F,被控訴人Gのそれぞれに対し364万2917円及びこれに対する平成12年4月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

イ 控訴人は,被控訴人DのAに対する判決が確定したときは,被控訴人Dに対し662万8751円及びこれに対する上記判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

ウ 控訴人は,被控訴人E,被控訴人F,被控訴人GのAに対する判決が確定したときは,同被控訴人らのそれぞれに対し364万2917円及びこれに対する上記判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  上記原審判決に対し不服のある控訴人のみが本件控訴をした。

3  争 点

(1)  本件保険契約において,Aが運転していた本件車両が他車運転危険担保特約にいう「常時使用する自動車」に該当するか。

(控訴人の主張)

他車運転危険担保特約は,被保険自動車以外の自動車を臨時に運転している際に起こした事故を対象とするものである。本件事故は,被保険自動車を保険契約者であるHが恒常的に運転している状態で,Aが自動車保険に付されていない本件車両を運転していたものであり,Aには本件車両の使用について広汎な裁量が与えられ,BとAとの間には返還期限の定めもなかったものであり,本件車両は,Aにとって他車運転危険担保特約にいう「常時使用する自動車」に該当する。

(被控訴人らの主張)

本件事故当時,Aは,Bから本件車両の保管を依頼されていたにすぎず,保管中に自己使用する場合は,その都度Bより許可を受けることになっており,使用範囲も限定されていた。そして,保管期間はBが駐車場を借りるまでという一時的なものであって,Aが本件車両を使用した期間は約8日間でしかない。このように,本件車両は,Aにとって他車運転危険担保特約にいう「常時使用する自動車」とはいえないものである。

(2)  本件事故による損害額

(被控訴人らの主張)

被控訴人らは,本件事故によってCが受けた下記アの損害を相続分に応じて相続したほか,それぞれ下記イの固有の損害を受け,これらの合計は,被控訴人Dにつき2335万8750円,その余の被控訴人につき各918万6251円となる。

ア Cの損害

(ア) 逸失利益  1771万7503円

(イ) 慰謝料  2000万円

イ 被控訴人らの損害

(ア) 慰謝料  各250万円

(イ) 葬儀費用  被控訴人Dにつき120万円

(ウ) 弁護士費用  被控訴人Dにつき80万円,その他の被控訴人につき各40万円

(3)  過失相殺

(控訴人の主張)

Cは,平成12年4月21日午後7時ころから同月22日午前1時ころまで飲酒し,少なくとも酒気帯びの状態で自動車を運転中本件事故に遭っており,本件事故の発生にはCにも過失があるから,過失相殺がされるべきである。

(被控訴人らの主張)

仮に本件事故当時Cが酒気帯びの状態であったとしても,控訴人においてCの飲酒と本件事故との間の因果関係を主張しないから,控訴人の過失相殺の主張は失当である。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)について

(1)  他車運転危険担保特約の趣旨は,被保険自動車を運転する被保険者が,たまたまこれに代えて他の自動車を運転した場合,その使用が,被保険自動車の使用と同一視し得るようなもので,事故発生の危険性が被保険自動車について想定された危険性の範囲内にとどまるものと評価される場合には,被保険自動車についての保険料でその危険をまかなう経済的合理性が認められることから,その限度で,他の自動車の使用による危険をも担保しようとするものであると解される。

したがって,被保険自動車以外の自動車が,他車運転危険担保特約における「他の自動車」から除外されることとなる「常時使用する自動車」に該当するかどうかは,当該自動車の使用期間,使用目的,使用頻度,使用についての裁量権の有無等に照らし,当該自動車の使用が,被保険自動車の使用について予測される危険の範囲を逸脱したものと評価されるものか否かによって判断すべきものである。

(2)  これを本件についてみるに,甲第12号証の1ないし3,第17号証,乙ハ第5ないし第7号証,第10号証,第12号証及び当審証人Iの証言,原審におけるA,Bの各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば以下の事実を認めることができる。

ア Hは,日常H所有車両を通勤に使用していた。

イ Aは,岡崎市内のスナック「T」に勤務していて,「T」の客であるBと知り合った。Aは,Bに対しては,自分には子供がいるが,離婚して独身である旨偽っていた。

ウ Bは,Aに対し,自動車を2台所有しているが,そのうちの1台である本件車両については,使用頻度が少なくバッテリーも頻繁にあがってしまうためときどき使用して欲しいと誘いかけたが,Aがこれを断ったということがあった。しかし,Aは,平成12年4月上旬ころ再度Bから同様の話をされ,H所有車両以外には自動車がなく,子供もいて自動車があれば便利であると考え,本件車両を借り受けることに決めた。このとき,BとAとの間で特に返還期限についての定めはなかった。

エ Aは,平成12年4月14日に本件車両及びキー1本をBから引き取ったが,自宅には本件車両を駐車させるスペースはないため,自宅近くの路上に本件車両を駐車させていた。Aは,本件車両を借り受けてからは,近所への買い物に3回程度使用したほか,自宅から7,8キロメートル離れた「T」への出勤に使用したこともあった。なお,Bは,同月16日に,本件車両を使用するため,いったんAの自宅まで本件車両を取りに行ったが,同日中にガソリンを満タンにし洗車をしたうえ,本件車両を再びAに引き渡した。

オ Aは,同月21日午後9時半ころ,「T」で働くJに頼まれ,本件車両に同人を同乗させて「T」へ行き,翌22日午前1時ころまで「T」にいた後,同人を乗せて帰宅する途中,本件事故を発生させた。

(3)  上記認定について,Aは,本件車両はBが本件車両の駐車場所を確保したときには返還する約束であり,実際にも,本件事故当日又はその前日に,Bから駐車場が確保できたので本件車両を取りに行くと言われたと供述する。しかし,乙ハ第5,第6号証,第8号証,第11,第12号証及び当審証人Iの証言によれば,Bは,平成9年5月28日ころ本件車両を購入し,また,同年12月12日ころトラックを購入して本件事故当時は2台の自動車を保有していたが,駐車場所は1台分しかなく,普段は正規の駐車場所には本件車両を駐車させ,上記トラックは自宅近くの路上に駐車させていたこと,控訴人から本件事故について調査の依頼を受けたIは,平成12年5月18日にAと面談した際には,Aから本件車両の貸借については期限はなかったと聞かされたが,Bの駐車場の件については話はなく,また,同月21日にBと面談した際にも同様であったが,控訴人がH宛に保険金の支払はできないとの通知をした後の同年7月15日ころA側から面談を求められ,その際,はじめて,Aから「本件車両を借りたのはBが駐車場を確保できるまでの間だけだった」旨の説明を受けたことが認められ,これらによれば,Aの上記供述は採用できない。

また,Aは,本件車両を運転する際には,あらかじめBに電話等で許可を得ることになっていたと供述する。しかし,乙ハ第6号証及び原審におけるA,Bの各本人尋問の結果によれば,「T」でAとBが本件車両の貸借の話をしていた際,これを聞いていた「T」の経営者であるKが,Aに対し,「客の車なので黙って乗らないように。承諾を得てから乗るように」と言ったため,AもBもこれを了解したこと,しかし,Aは本件車両のキーを渡されており,実際にもBに承諾を得ることなく本件車両を運転したことがあり,本件事故当日もBの事前の承諾を得ることなく本件車両を運転して「T」へ行ったことが認められ,これらに照らすと,BがAの事前の申し出なしには本件車両の使用を許さないという意思であったとは認められない。

(4)  以上によれば,AがBから本件車両を借りて本件事故を起こすまでの期間は1週間であって実際の使用期間は長いとはいえないが,この間,Aは少なくとも4,5回程度は本件車両を運転しており,その使用頻度は上記使用期間に照らすと必ずしも低いものでもない。また,Aは本件事故を起こさなければその後も相当期間本件車両の使用を継続したものと予想されるうえ,必ずしも近距離とはいえない「T」への通勤にも使用したことがあることなどからすれば,Aによる本件車両の使用は,一時的・臨時的なものとはいえない。しかも,本件保険契約における被保険自動車であるH所有車両(8人乗りのステーションワゴン)は日常Hが使用していて,Aには自由に使用できる自動車はなかったのであるから,本件車両とH所有車両とは,Aが被保険自動車に代えて本件車両を使用していたという関係にはなく,HによるH所有車両の使用とAによる本件車両の使用とは完全に併存し得たのであるから,もはや,Aによる本件車両の使用は,H所有車両の使用について予測される危険の範囲を逸脱したものと評価せざるをえない。

したがって,本件車両は,他車運転危険担保特約にいう「常時使用する自動車」に該当し,被控訴人らは,控訴人に対し,本件車両によって生じた本件事故による損害について賠償を求めることはできないというべきである。

2  以上の次第で,被控訴人らの控訴人に対する請求は理由がないから,これを一部認容した原判決は失当であり,控訴人の本件控訴は理由がある。

よって,原判決中控訴人敗訴部分を取り消したうえ,取消し部分にかかる被控訴人らの請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川克介 裁判官 鬼頭清貴 裁判官 濱口浩)

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