名古屋高等裁判所 平成14年(ネ)852号 判決 2003年9月02日
主文
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は各自の負担とする。
事実及び理由
(以下,略語は原判決に準ずる。)
第1当事者の求めた裁判
1 1審原告
(1) 原判決中1審原告敗訴部分を取り消す。
(2) 1審被告は,1審原告に対し,8190万円及びこれに対する平成10年11月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(3) 上記(1)で取消しに係る部分の1審被告の請求を棄却する。
(4) 1審被告の本件控訴を棄却する。
(5) 訴訟費用は,第1,2審とも,1審被告の負担とする。
(6) 仮執行宣言
2 1審被告
(1) 原判決中1審被告敗訴部分を取り消す。
(2) 1審原告は,1審被告に対し,8026万4746円及びこれに対する平成11年4月18日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(3) 1審原告の本件控訴を棄却する。
(4) 訴訟費用は,第1,2審とも,1審原告の負担とする。
(5) 仮執行宣言
第2事案の概要
1 本件の第1事件は,昭和53年から平成10年11月4日まで1審被告の取締役であった1審原告が,1審被告に対し,①1審被告においては親会社であるB木材(株式会社)の役員退職慰労金規定に準じて退職慰労金を支払う慣行が存在すること,②1審被告の80%の株式を保有するB木材(代表者は1審被告と同じA)が1審原告に対し退職慰労金支払義務を認めたこと,又は③株主総会決議の不存在を理由に退職慰労金の支払を拒絶することが信義則・禁反言により許されないことにより退職慰労金請求権が発生したとして,退職慰労金8190万円及び遅延損害金(支払催告後の平成10年11月19日から年6分)の支払を求めたのに対し,1審被告が,上記①ないし③を否認して争った事案である。
本件の第2事件は,1審被告が,1審原告に対し,④不当利得に基づく仮払金120万円の返還と遅延損害金(第2事件訴状送達日の翌日から年6分)の支払,及び⑤1審原告の支出,工事受注及び債権管理等により1審被告が8026万円余の損害を被ったとして,取締役の善管注意義務違反・忠実義務違反に基づく損害賠償と遅延損害金(前同)の支払を求めたのに対し,1審原告が,1審被告による第2事件の提訴は第1事件の請求を免れる目的で提起したもので訴権の濫用に当たるとして訴えの却下を求め,主に⑤の善管注意義務違反・忠実義務違反及び損害の発生を否認して争った事案である。
原審は,第1事件につき,1審原告主張の①,②は認められず,③は退職金請求の根拠となり得ないとして,その請求を全部棄却し,第2事件につき,④を認容したが,⑤については1審被告主張の損害の発生を認めるに足りないとして,その請求を棄却したので,双方がこれを不服として控訴した。
2 争いのない事実等及び争点は,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の1,2のとおりであるからこれを引用する(ただし,原判決4頁6行目の「その返還義務がある。」を「不当利得に基づき返還すべき義務がある。」と改める。また,当審での主張については,争点に対する判断の中で摘示し,あるいは主張を踏まえた判断を示すこととする。)。
第3争点に対する判断
1 当裁判所も,第1事件については,1審原告につき退職慰労金の発生(上記①ないし③)を認められず,その請求は理由がなく,第2事件については,不当利得120万円の返還とこれに対する遅延損害金請求(上記④)は理由があるが,損害賠償請求(上記⑤)は理由がないと判断する。その理由は,双方の当審における主張を踏まえて,2,3項のとおり改めるほかは,原判決「事実及び理由」の「第3 争点に対する判断」のとおりであるからこれを引用する。
2 第1事件関係
(1) 原判決23頁2行目の「原告が」から4行目までを次のとおり改める。
「そのような事実についての主張,立証はない。なお,1審原告は,(80%の株式を保有する)B木材が(20%の株式を保有する)1審原告に対して退職慰労金支払義務を認めた旨を主張するところ,同事実を認めることのできないことは後記(原判示)のとおりである。」
(2) 原判決23頁8行目の「そもそも,」から10行目の「上記慣行の存否についても,」までを次のとおり改める。
「その趣旨は必ずしも明らかでないところ,その主張を善解すれば,①1審原告主張の慣行が事実たる慣習として存在したのでそれによるべきである,或いは②1審原告主張の慣行により同慣行どおりに退職慰労金を支払うとの株主総会の決議があったものと同視できる等の趣旨であると解する余地がある。まず,上記①については,商法269条の上記立法趣旨(原判示)を勘案すれば,同条は公の秩序に関する規定であると考えられるから,上記慣行が事実たる慣習として存在していたとしてもこれによることはできない。また,上記②については,1審原告主張のような前例があったとしても,これにより株主総会の決議があったものと同視できるということも困難である。その他1審原告の上記主張のように,過去に株主総会の決議なくして退職慰労金を支払ってきた慣行があることのみを理由として,退職慰労金の支払には株主総会の決議を要しないものとすることは,商法269条の上記趣旨(原判示)に照らして是認することができない。
なお,1審原告主張の慣行の存否自体についても,」
(3) 原判決23頁14行目から15行目にかけての「株主総会議事録が作成されていることからすれば(乙16,17,19),」を削り,19行目の「B木材及び原告と上記3名との間で,」から21行目までを次のとおり改める。
「1審被告の全株主であるB木材及び1審原告の両名が,退職慰労金を支払うことについて,少なくとも黙示に合意したものと見られるのであるから,それぞれの支払につき株主総会の決議があったものと同視できる場合に当たるということができるのであって,株主総会の決議なしに退職慰労金を支払う慣行が存在したことの根拠となるものではなく,同慣行の存在も認めることができない。」
(4) 原判決23頁24行目から24頁1行目までを次のとおり改める。
「上記のように,1審原告主張の慣行により退職慰労金請求権の発生することを認めることはできず,同事実は主要事実ではなく,重要な間接事実にも当たらないから,これについて自白の拘束力を問題とする余地はない。」
(5) 原判決24頁5行目から6行目にかけての「本件通知書は,結論として,被告が,退職慰労金の支払を拒否する意思を表明したものであると認められる」を次のとおり改める。
「本件通知書は,B木材の役員退職慰労金規定によった場合の1審原告の退職慰労金を2730万円と試算したうえで,1審被告が第2事件で主張している1審原告に関する取締役の善管注意義務違反等の事実(C邸の工事代金の件を除き,外の1件を加える。),及び過去5年の経営実績が赤字基調であって,平成10年9月期決算では1億5800万円の債務超過になる見込みであることを示し,これらを総合して1審被告としては1審原告に対し退職慰労金を支払わない旨を通告した文書であると認められる」
(6) 原判決24頁7行目の末尾に次を加える。
「1審原告は,1審被告が第2事件で主張する1審原告の善管注意義務違反等又はこれによる損害発生の事実が否定されれば,本件通知書は,1審原告の退職慰労金を2730万円とすることを承認した文書といえると主張するもののようであるが,本件通知書は,1審原告へ退職慰労金を支払わない理由として,1審原告の善管注意義務違反等による損害発生の事実だけを指摘しているものではないから,1審原告の上記主張は肯認できないものである。」
(7) 原判決24頁17行目の末尾に次を加える。
「1審原告は,信義則・禁反言を根拠として,株主総会決議の不存在を理由とする退職慰労金の支払拒絶を許されないものとした裁判例(東京高裁平成7年5月25日判決等)を指摘するが,これらの裁判例も,退職慰労金についての株主総会の決議の存在と同視できる事情を認定したうえで,株主総会決議不存在の主張を排斥する理由として信義則・禁反言を用いているに過ぎないのであり,信義則・禁反言が権利発生要件となることを認めたものではない。
なお,1審原告は,取締役の退職慰労金には賃金の後払い要素が含まれるとも主張するが,約21年間代表取締役の地位にあった1審原告の報酬について,賃金部分が含まれるとは解することができない。」
3 第2事件関係
(1) 原判決26頁2行目の末尾に改行して次を加える。
「1審被告は,1審原告による本件(ア)ないし(ウ)の架空支払につき,代表取締役といえども単独で決裁しないで他の役員と協議するという1審被告の社内申し合わせに反していると主張するが,そのような申し合わせに反する事実があったとしても,上記事実によれば,1審被告に損害が発生したということはできない。」
(2) 原判決30頁7行目から8行目にかけての「これらについてCに支払義務がなかったと認めるに足りる証拠はない。」を次のとおり改める。
「1審原告が1審被告を代表してCとの間で,追加変更工事代金を発生させない合意をした,あるいは発生した追加変更工事代金を放棄あるいは免除した等上記債権の発生障害又は消滅に関する事実についての主張,立証はない。」
(3) 原判決31頁17行目の「他方で,」から20行目の「推認でき」までを次のとおり改める。
「他方で,その後1審被告内において,これらの回収不能に関する1審原告の責任が問題とはされなかったうえに(1審被告は,1審原告がその事実を隠したからであると主張するが,上記債権の回収不能をいつわって記載した会計帳簿類が存在する等というものではなく,1審被告の上記主張は採用できない。),回収不能工事の元請との取引がその後も継続したことからすると,1審原告の主張するように,他の工事の受注により埋合せがされたものと考えられ」
第4結論
よって,第1事件の1審原告の請求を全部棄却し,第2事件の1審被告の請求については,不当利得返還と遅延損害金の請求を認容し,その余を棄却した原判決は相当であって,本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し,控訴費用は各自に負担させることとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田村洋三 裁判官 小林克美 裁判官 佐藤真弘)