大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成14年(ネ)924号 判決 2003年3月18日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  控訴人は,被控訴人に対し,248万6745円及びこれに対する平成11年1月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  被控訴人のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを6分し,その1を控訴人の,その余を被控訴人の負担とする。

5  この判決は,主文第2項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  上記取消し部分にかかる被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

第2事案の概要

本件は,歩道上を歩行中に控訴人の運転する自動車に衝突されて負傷したAの相続人である被控訴人が,控訴人に対し,民法709条に基づき,これによってAの受けた損害の一部の賠償として1500万円及びこれに対する不法行為の日である平成11年1月19日から支払済みまで民法所定年5分の遅延損害金の支払を求めたところ,原判決がその一部を認容したので,控訴人から控訴のあった事案である。

1  争いのない事実

(1)  控訴人は,平成11年1月19日午前10時5分ころ,津市a町b番c号において,普通自動車を運転して駐車場から後退して道路上に進出するに際し,歩道を歩行中のAに同車を衝突させた(以下「本件事故」という。)。

(2)  本件事故の発生につき,控訴人に過失があった。

(3)  Aは,平成14年1月22日に死亡し,夫である被控訴人がAの唯一の相続人である。

2  争点

(1)  Aが受けた治療のうち,本件事故と相当因果関係があるのはどの部分か。

(被控訴人の主張)

Aは本件事故により腰部等を受傷し,次のとおり入院,通院治療した。

ア 永井病院に,平成11年1月20日から23日まで通院した(実日数4日)。

イ ヤナセクリニックに平成11年1月24日から25日まで,同年2月16日から同年7月17日まで,同年8月14日から同月16日まで,同月31日から同年12月31日まで入院した(合計280日)。

ウ フェニックス整形クリニックに,平成12年1月1日から同年4月19日まで通院した(実日数86日)。

(控訴人の主張)

Aが平成11年7月17日より後に受けた治療は,主として子宮膣部びらん,自律神経失調症,神経性胃炎の治療であり,本件事故とは相当因果関係がない。また,それ以前の部分についても,ヤナセクリニックにおける入院治療と本件事故との因果関係は乏しい。

(2)  Aに本件事故による後遺障害が残ったか否か。

(被控訴人の主張)

Aは,本件事故により,腰痛などに悩まされ,左下肢にしびれが残り,長距離歩行困難,立位保持に困難を生じ,少なくとも自動車損害賠償保障法施行令2条別表12級12号に該当する後遺障害を残した。

(控訴人の主張)

Aの症状は自覚症状に基づくものにすぎず,医学的にみて本件事故によりAに後遺障害が残ったものとは認められない。

(3)  Aが本件事故によって受けた損害額はいくらか。

(被控訴人の主張)

Aは,本件事故によって次のとおりの損害を受けた。なお,Aは,自動車損害賠償責任保険から55万0350円の支払を受けた。

ア 治療費 140万9901円

Aは,本件事故によりヤナセクリニックに入通院し,平成11年2月16日から同年12月31日までの入院費用及び同年8月18日から平成12年1月15日までの通院費用として合計140万3071円を負担し,また,渡部クリニックに通院し,平成11年6月7日から同年11月4日までの治療費として合計6830円を負担した。

イ 通院費 4万8730円

Aは,本件事故により,平成11年1月20日から同月23日まで永井病院に通院するため毎日タクシーを利用して,1日当たり4000円,合計1万6000円を支出した。また,Aは,同年3月5日,16日,26日,30日,同年4月4日,5日,9日,11日,26日,同年5月6日,19日,25日,28日,同年6月3日,8日,10日,同年7月5日,8日,同年12月6日,31日,平成12年1月4日にヤナセクリニック,フェニックス整形クリニックにタクシーで通院したが,その費用として3万2730円を支出した。

ウ 入院雑費 42万円

入院雑費は,1日当たり1500円として280日で,42万円となる。

エ 休業損害 427万5000円

Aは,主婦で月額28万5000円に相当する家事労働に従事していたが,15か月間にわたり休業せざるを得なかったから,427万5000円の休業損害を被った。

オ 後遺障害よる逸失利益 645万8533円

Aは症状固定時から23年間にわたり年間342万円の収入を得ることができたが,前記後遺障害によりその間労働能力の14パーセントのを喪失したから,ライプニッツ方式により中間利息を控除すると,Aの後遺障害による逸失利益は645万8533円となる。

カ 慰謝料 567万円

傷害慰謝料は297万円,後遺障害慰謝料は270万円が相当である。

キ 弁護士費用 170万円

(控訴人の主張)

ア Aの支払った治療費のうち,平成11年7月17日より後に受けた治療に関する部分及びそれ以前のヤナセクリニックにおける入院治療に関する部分は本件事故との間に相当因果関係はない。

イ 平成11年3月5日以降のタクシー代については,Aは同時期にはヤナセクリニックヘ入院し,同じ建物にあるフェニックス整形クリニックに通院していたものであるから,本件事故によって生じたものとは認めがたい。

ウ Aの入院は本人の希望によるものであり,婦人科的疾患の治療目的であるから,その際の入院雑費は本件事故と相当因果関係のある損害とは認められない。

エ Aが本件事故によって就労不能となったと解することができる期間はせいぜい3か月が限度であり,仮にその後3か月について認めるとしても制限的に認めるにとどめるべきである。

オ 本件事故によってAに後遺障害が残ったとする医学的な根拠はなく,Aの愁訴のみに基づいて逸失利益を認めるのは相当でない。

カ 控訴人は,Aに対し,本件事故に基づく賠償金の一部として既に65万7014円を支払済みである。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)について

(1)  甲第2号証の1,2,第3,第4号証,第7ないし第13号証,第19ないし第21号証,第22号証の1ないし10,第23号証,第27号証,第31ないし第33号証,乙第1ないし第4号証及び証人柳瀬幸子(原審)の証言並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

ア Aは,路上のバス停でバスの到着を待っていたところ,控訴人運転車両に左腰部及び臀部に衝突されて転倒し,本件事故当日の平成11年1月19日,永井病院で診察を受け,腰部打撲,左座骨神経損傷の病名で約2週間の安静加療を要するとの診断を受け,同月21日にも同病院に通院して治療を受けた。

イ Aは,同月24日,いつもと様子の違う月経痛を感じたため,ヤナセクリニックで診察を受け,同月25日まで同病院に入院した。その後,Aは,同月30日,同年2月13日に永井病院に通院して診察を受けた。また,同月16日にはヤナセクリニックで診察を受け,腰痛が改善せず自宅での生活が困難である旨述べたため,Aの希望で,同日から同病院に入院することになった。入院時,Aは,腰痛,めまい,頭痛,不眠などを訴え,帯下増量による膣外陰炎の治療と,高血圧症及び自律神経失調症の治療を受け,一方,同じ建物内に所在するフェニックス整形クリニックに通院し腰痛に対して主として理学療法を受け,同年7月17日には腰痛の症状がやや改善したため退院となった。Aは,この間,同年3月2日に腰部,骨盤レントゲン検査を受けたが,骨傷はなく外傷所見は認められなかった。しかし,Aが,めまい,胃部痛を訴えたため,同年8月14日から16日まで再びヤナセクリニックに入院となった。更に,Aは,同月31日,めまい,胃部痛,胸部痛を訴え,ヤナセクリニックに救急車で搬送され同病院に入院した。Aに意欲低下がみられ,精神的に不安定であったため,同病院では精神科の井上桂クリニックを紹介したところ,Aは,同精神科でうつ病と診断され投薬治療を受けた。腰痛,肩痛,背部痛の訴えも続いたため,フェニックス整形クリニックでの理学療法も継続し,うつ症状が改善したため,同年12月31日に退院となった。同病院では,このころAに対して症状固定の診断をしようとしたが,Aはこれに納得せず,更に平成12年1月1日から同年4月19日まで,同病院に通院し(通院実日数86日),同日,症状固定の診断を受けた。

ウ Aは,本件事故前である平成10年3月24日に子宮腫瘍,高血圧症,子宮膣部びらん,更年期障害の傷病名で,また,同年4月21日には腰痛症の傷病名で,同年8月21日には不眠症,不整脈の傷病名で,いずれもヤナセクリニックで治療を受けたことがあり,また,同年12月16日から24日まで頸肩腕症候群の傷病名でためフェニックス整形クリニックで治療を受けたことがあった。一方,Aは,本件事故後の平成11年6月7日,30日,同年7月9日,12日,15日には慢性胃炎の傷病名で渡部クリニックに通院したが,この間,抗不安剤,抗うつ剤などの投与を受ける一方,胃カメラによる検査を受けたが,胃炎の所見はなく,出血・潰瘍も認められず,胃痛は自覚症状が主体のものであった。

(2)  上記認定によれば,Aは本件事故によっても骨傷等の外傷は受けておらず,フェニックス整形クリニックでも理学療法を受けたのみであり,平成11年7月17日には腰痛の症状がやや改善されてヤナセクリニックを退院していること,Aの愁訴の内容は多岐にわたり精神的な面に起因するところが大きく,腰痛の訴えもこれと関係していることが窺われること,Aが本件事故に遭う以前にも腰痛を訴えていたことがあることに照らせば,Aが受けた治療のうち本件事故と相当因果関係が認められるのは,平成11年7月17日までの分に限られるものというべきである。

また,上記認定によれば,Aが平成11年1月16日から同年7月17日までヤナセクリニックに入院したのはAの希望によるものであり,しかも,Aはヤナセクリニックでは婦人科領域や自律神経失調症等の治療を受けていて,腰痛の治療に対してはフェニックス整形クリニックに通院していたのであるから,Aは本件事故による負傷に対する治療のための医学的な必要性があってヤナセクリニックに入院したものとは認められず,Aの上記入院治療と本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。

2  争点(2)について

前記1のとおり,Aが平成11年7月17日より後に受けた治療については本件事故との間に相当因果関係は認められないうえ,同日以前についても,Aは腰痛に対しては主として理学療法を受けたにとどまり,同年3月2日の腰部,骨盤レントゲン検査の結果でも骨傷はなく外傷所見は認められなかったことからすれば,Aが本件事故によって労働能力の制約を受けるような後遺障害を残したものと認めることはできない。

3  争点(3)について

被控訴人の主張する損害のうち,本件事故と相当因果関係のあるものは次のとおりと認められる。

(1)  治療費 0円

前記1のとおり,Aがヤナセクリニックで受けた入院治療及びAが平成11年7月17日より後に受けた治療は本件事故との間に相当因果関係を認めることはできない。

また,甲第15号証の1ないし4によれば,Aは,平成11年6月7日,12日,同年7月9日,15日に渡部クリニックで診察を受けて6480円を負担したことが認められるが,前記1(1)ウのとおり,この治療は慢性胃炎に対するものであるから,本件事故と関係があるとはいえず,この治療費の支出をもって本件事故と相当因果関係のある損害であるということはできない。

(2)  通院費 4000円

弁論の全趣旨によれば,Aは,平成11年1月21日に永井病院への通院にタクシーを利用し,4000円を支出したものと認められる。被控訴人は,Aは,平成11年1月20日から23日まで永井病院へタクシーで通院したと主張するが,同月21日以外にはAが同病院へ通院したことを認めるに足りる証拠はない。

また,被控訴人の主張するそのほかの交通費のうち,平成11年7月17日以前の分は,ヤナセクリニックに入院中のものであり,前記1(1)イのとおりフェニックス整形クリニックはヤナセクリニックと同じ建物内にあるのであるから,その通院のために交通費を要したものとは認められない。また,それより後の分は,本件事故と相当因果関係の認められない通院のためのものであるから,本件事故による損害であると認めることはできない。

(3)  入院雑費 0円

前記1のとおり,Aの入院治療と本件事故との間に相当因果関係を認めることはできないから,Aが入院に際し支出した雑費も本件事故による損害であると認めることはできない。

(4)  休業損害 170万3095円

甲第17号証及び弁論の全趣旨によれば,本件事故当時,Aは主婦として家事労働に従事する傍ら,平成9年ころから筋ジストロフィーに罹患している夫である被控訴人の介護に当たっていたことが認められるから,その休業損害は平成11年賃金センサス第1巻第1表の産業計,学歴計,女子労働者の全年齢平均の賃金の年収額345万3500円を基礎に算定するのが相当である。そして,Aは,本件事故により,平成11年1月19日から同年7月17日までの180日間は,上記家事労働及び被控訴人の介護ができなかったものと認められるから,本件事故によるAの休業損害は,次のとおり170万3095円となる(1円未満切り捨て。)。

3,453,500÷365×180=1,703,095

(5) 後遺障害よる逸失利益 0円

前記2のとおり,本件事故によってAに後遺障害が残ったものとは認められないから,本件事故によってAに逸失利益が生じたものとは認められない。

(6) 慰謝料 110万円

本件に顕れた一切の事情を考慮すれば,Aが本件事故によって受けた精神的苦痛を慰謝するためには,110万円の慰謝料の支払をもってするのが相当である。

(7) 損害の填補 55万0350円

弁論の全趣旨によれば,Aは自動車損害賠償責任保険から55万0350円の支払を受けたことが認められるが,Aまたは被控訴人がこれを超えた損害額の填補を受けたことを認めるに足りる証拠はない。

(8) 弁護士費用 23万円

本件の性格,認容額等に照らせば,本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は23万円とするのが相当である。

4  結語

以上によれば,被控訴人の請求は,248万6745円及びこれに対する本件事故の日である平成11年1月19日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これと異なる原判決を変更することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川克介 裁判官 鬼頭清貴 裁判官 濱口浩)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例