名古屋高等裁判所 平成14年(ネ)947号 判決 2003年4月02日
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人C株式会社は,控訴人に対し,200万円及びこれに対する平成13年11月2日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人D株式会社の請求を棄却する。
4 訴訟費用は,第1,第2審を通じ,被控訴人らの負担とする。
5 この判決第2項は仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求める裁判
1 控訴人
主文と同旨
2 被控訴人ら
(1) 本件控訴をいずれも棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第2事実関係
1 事案の概要
本件は,不動産の売買,仲介及び管理や,建築工事,土木工事の設計,企画管理及び工事請負等を目的とする株式会社で,宅地建物取引業者である被控訴人C株式会社から不動産を購入する売買契約(本件契約)を締結した控訴人が,いわゆるクーリングオフを理由とする同契約の解除を主張して,被控訴人Cに対し,契約の際授受された手付金(本件手付金)の返還を求める事件(以下「甲事件」という。)と,不動産の所有,売買,仲介及び管理業務等を目的とする株式会社被控訴人D株式会社が,控訴人との間で上記売買契約の仲介契約を締結したとして,控訴人に対し,仲介報酬を請求する事件(以下「乙事件」という。)を併合した訴訟の控訴審である。
2 当事者の主張
当事者の主張は,次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第2記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決2頁9行目の「平成13年10月15日」の次に「,控訴人宅において」を加える。
(2) 同2頁13行目の「手付金として」の次に「平成13年10月12日に30万円,同月15日に170万円,合計」を加える。
第3当裁判所の判断
1 次の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
(1) 控訴人と被控訴人Cは,平成13年10月15日,控訴人宅において,本件契約を締結した。(甲,乙事件関係)
(2) 控訴人は,被控訴人Cに対し,平成13年10月12日に30万円,同月15日に170万円,合計200万円を本件手付金として支払った。(甲事件関係)
(3) 控訴人は,被控訴人Cに対し,平成13年10月20日到達の書面で,クーリングオフを理由とする本件契約の解除(以下「本件解除」という。)の意思表示をした。(甲,乙事件関係)
(4) 控訴人は,被控訴人Cに対し,平成13年10月25日到達の書面で,同書面到達から1週間以内に本件手付金を返還するよう求めた。(甲事件関係)
2 そこで,本件解除の効力について判断する。
(1) 上記のとおり,控訴人と被控訴人Cが控訴人宅において,本件契約を締結したことは当事者間に争いがないところ,宅地建物取引業法37条の2第1項は,「宅地建物取引業者が自ら売主となる宅地又は建物の売買契約について,当該宅地建物取引業者の事務所その他国土交通省令で定める場所(以下この条において「事務所等」という。)以外の場所において,当該宅地又は建物の買受けの申込みをした者又は売買契約を締結した買主(事務所等において買受けの申込みをし,事務所等以外の場所において売買契約を締結した買主を除く。)は,次に掲げる場合を除き,書面により,当該買受けの申込みの撤回又は当該売買契約の解除(以下この条において「申込みの撤回等」という。)を行うことができる。この場合において,宅地建物取引業者は,申込みの撤回等に伴う損害賠償又は違約金の支払を請求することができない。」と定め,この規定を受けて,宅地建物取引業法施行規則16条の5第2項は,法37条の2第1項の国土交通省令で定める場所として,「当該宅地建物取引業者の相手方がその自宅又は勤務する場所において宅地又は建物の売買契約に関する説明を受ける旨を申し出た場合にあっては,その相手方の自宅又は勤務する場所」を掲げているので,本件では,控訴人が控訴人宅において本件契約に関する説明を受ける旨を申し出たものであるか否かが問題となる。
(2) そこで,この点について検討するに,甲第1,第2号証の各1,2,同第3,第4号証,同第5号証の1,2,同第6ないし第10号証,同第14号証,同第16号証,乙第2ないし第4号証,控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。
ア 控訴人は,平成13年1月31日,E農業協同組合から購入資金として5000万円を借り入れて,同年7月26日,春日井市a台b丁目c番dの土地と同地上の建物(以下「a台の土地建物」という。)を代金約6400万円で購入した。
同日,a台の土地建物に上記E農業協同組合からの借入金5000万円を被担保債権として抵当権が設定された。
上記借入金5000万円の返済は,平成33年6月30日まで毎月26万1312円の均等払とされた。
イ 一方,被控訴人Cは,肩書住所の控訴人宅であるA寺に隣接する本件土地を2区画に分け,建売住宅を建てて販売することを計画し,平成13年10月13日と同月14日に売り出す予定とし,これに先立つ同年9月ころ,「隣地の土地の件でご挨拶に参りました」と記載のある「C株式会社代表取締役B」名義の名刺を上記控訴人宅の郵便受けに投函した。
ウ その後,上記売出予定日の前日である同年10月12日,被控訴人Cの代表取締役Bが控訴人宅を訪れ,同人と控訴人との間で控訴人による本件土地の購入について話し合われ,同月15日に仮契約を締結することになり,その手付金として控訴人から被控訴人Cに200万円が支払われることになったが,上記話し合いの際には,上記手付金の内金30万円だけが支払われ,同月15日に残額170万円が支払われることとなった。
なお,上記話し合いの中で,本件土地とa台の土地建物を等価交換するという話になったが,その具体的条件については,Bから控訴人に本件土地の坪単価が21万円であることが示されただけで,a台の土地建物の価額さえ査定されておらず,全く定まっていない状態であった。ただ,Bは,その取引条件に関し,「1案 土地のみ全部買入する,2案 a台(195坪)と等価交換してeの土地建物との等価交換する,3案 等価交換でなく精算する方法,4案 造成工事(宅造)を含め精算,5案 その他」とのメモを作成して,控訴人に交付しており,他方,控訴人においては,a台の土地建物を提供すれば,新たな支出をせずに本件土地を取得できるものと考えていた。
エ 同年10月15日,Bは,不動産売買契約書(乙第2号証),重要事項説明書(乙第4号証)及び専任媒介契約書(乙第3号証)の各書式を準備して再び控訴人宅を訪れ,不動産売買契約書及び重要事項説明書にはいずれも売主被控訴人C代表取締役として,専任媒介契約書には宅地建物取引業者被控訴人D代表取締役として,それぞれ記名押印し,控訴人は,不動産売買契約書及び重要事項説明書にはいずれも買主として,専任媒介契約書には依頼者として,それぞれ署名押印し,ここに本件契約が締結された。
なお,控訴人としては,同月12日の話し合いでなされた同月15日に結ぶという仮契約について,これをさらに後日正式な契約の締結が予定されているものと理解していたため,上記不動産売買契約書はそのような仮の契約の契約書であるものと思っていた。
そして,上記不動産売買契約書には,被控訴人Cは本件土地を代金2980万3200円で控訴人に売却し,代金は,同日控訴人が被控訴人Cに手付金200万円を支払い,同被控訴人はこれを受領し,残金は所有権移転登記手続に必要な一切の書類及び物件引渡と引き換えに同年11月末日までに支払う旨が定められた上,特約事項として,被控訴人Cは,a台の土地建物を下取りして等価交換方式で,住宅1棟又は擁壁工事等を含む駐車場の一式工事を行い,できるだけ清算金の出ないようにする旨が定められていたが,これについても,同年10月12日に控訴人がBから交付された前記ウ記載のメモに記載された取引内容には含まれていない態様のものであったため,控訴人がBにそのことを問い質すと,同人は,流動的なことであるから,また後で話し合いをしようと言って,そのままになった。
オ 控訴人は,本件契約が締結された翌日である平成10年10月16日にE農業協同組合に赴いて,a台の土地建物を交換する場合に必要となる同不動産の抵当権の付け替えについて相談したところ,担当者から,そのような抵当権の付け替えはできないと言われ,また,上記不動産売買契約書に記載された取引方法では,まず控訴人において本件土地を買い取り,建築・造成工事についてa台の土地建物との等価交換方式で行うというものであって,まず本件土地の売買代金2980万3200円の支払をしなければならないことになってしまうため,本件解除の意思表示をするに至った。
(3) 以上のとおり,本件土地の売買は,被控訴人Cが,控訴人に対し,a台の土地建物の下取価格や本件土地の造成・住宅の建築に関する費用等につきその概要さえ示さず,またa台の土地建物に設定されている抵当権の処理について見通しもないまま,控訴人の資金繰りに全く目途の立っていない状態で,交渉に入ってからほんの数日間のうちに,仮契約と称して売買契約書に署名押印させることによって,被控訴人Cが一方的に定めたともいえる条件で締結されているものであって,その販売方法は極めて強引といわざるを得ない。
(4) そして,被控訴人らは,次のような経過を主張して,控訴人が控訴人宅において本件契約に関する説明を受ける旨を申し出たものであると主張している。
すなわち,被控訴人Cが控訴人宅に名刺を入れた後,控訴人側から被控訴人Cに,4,5回,電話で,何とか本件土地を建売りではなく土地だけで売ってもらえないかと依頼があったが,被控訴人Cは,同社は建売業者であるので土地だけでは売れないと断っていた。ところが,売出日の前日である平成13年10月11日にも控訴人側から被控訴人Cに電話があり,建売りで購入することを検討したいので控訴人宅に来て欲しいと懇願するため,Bが控訴人宅を訪ねると,控訴人は,a台の土地建物と交換するような方法で,何とか本件土地が欲しい,同月15日に契約するからと言って,売出しを中止するよう求めてきた。そこで,Bは,とりあえず手付金200万円の内金として30万円の交付を受けて,同月12日からの売出しを中止することとし,同月15日に契約を締結することとして,同日,本件契約を締結したものである。
そして,上記主張に沿うB作成にかかる乙第1号証及び同第9号証の1の各陳述記載並びに同人の代表者尋問における供述がある。
しかしながら,甲第10号証,同第13号証,同第14号証及び同第16号証には,平成13年9月ころ,前記のとおりBの名刺が控訴人宅の郵便受けに投函されていたため,同月15日ころ,控訴人の妻が被控訴人Cに電話して,来訪の趣旨を尋ねたところ,控訴人に対する本件土地の売買について話はされなかったが,同年10月11日,Bから控訴人宅に電話があり,応対した控訴人の妻に対し,A寺の隣地の件で明日話をしたいとの申し入れがあったため,控訴人の妻はBの来訪を承諾し,同日控訴人はBの来訪を受けたものである旨,上記乙第1号証及び同第9号証の1の各記載や被控訴人ら代表者の代表者尋問における供述と相反する控訴人作成にかかる各陳述記載があり,控訴人は本人尋問においても,同趣旨の供述をしている。
そして,上記控訴人の供述等に加え,控訴人は,同年7月にa台の土地建物を購入したばかりで,その購入資金としてE農業協同組合から借り入れた5000万円を毎月約26万円ずつ返済しており,このような状態で,控訴人が積極的に本件土地の取得を望んでいたものとは考え難いこと,しかも,控訴人において真にa台の土地建物との等価交換で本件土地を取得したいと思ったのであれば,予め上記抵当権を本件土地に付け替えることができるかどうか同農業組合に確認している筈であると考えられるところ,前記のとおり,控訴人は,本件契約が締結された翌日である平成10年10月16月に同農業協同組合に相談に行って,a台の土地建物に設定された抵当権の付け替えができないことを聞いているのであり,このことからすれば,a台の土地建物との等価交換は,控訴人の発案ではなく,Bの側から提案されたものであると考える方が自然であること,さらに,前記認定のとおり,本件土地の売買は,控訴人においてはほとんど契約内容を理解せず,専らBの意向だけで進められて契約締結に至っていることからすれば,その発端となる経緯だけが,被控訴人らにおいて主張するように,控訴人が本件土地を建売りでもよいとしてBに来訪を求め,来訪したBに本件土地の譲渡を懇請して翌日からの売出しの中止を求めたというものであったと考えることには疑問があることなどの諸点も合わせ鑑みれば,上記B作成にかかる乙第1号証及び同第9号証の1の各陳述記載並びに同人の代表者尋問における供述をそのまま信用することはできず,被控訴人らの上記主張もただちに採用することはできない。
(5) 仮に,Bが供述するように,被控訴人Cが控訴人宅に名刺を入れた後,控訴人の妻から被控訴人Cに,4,5回,電話があり,また,売出日の前日である平成13年10月11日にも控訴人の妻から被控訴人Cに電話があって,翌12日にBが控訴人宅に赴くことになったのが事実であるとしても,前記の経過からすれば,Bにおいて,控訴人宅へ名刺を投函してその機縁を作り,電話を通して本件土地の売買を巧みに勧誘することによってそのような成り行きになったことが推察されるのであって,実質的にはBの方から本件土地の売込みのために控訴人宅を訪問したものということもできる。
(6) そうすると,本件は,控訴人が控訴人宅において本件契約に関する説明を受ける旨を申し出た場合に当たるものと認めることはできないから,控訴人が被控訴人Cに対してしたクーリングオフを理由とする本件契約の解除の意思表示は有効というべきである。
3 また,控訴人と被控訴人Dとの間において,同被控訴人主張のような仲介契約が締結されたとしても,前記2の(2)で認定の本件契約締結に至るまでの経過に照らすと,そもそも本件契約が実際に被控訴人Dの仲介により締結されたものとは認め難い上,上記のとおり本件契約はクーリングオフを理由として解除されたのであるから,いずれにしても被控訴人Dの控訴人に対する報酬請求権が発生する余地はないというべきである。
4 結論
以上のとおりであるから,控訴人の被控訴人Cに対する本件契約の手付金200万円の返還請求及びこれに対する催告の後である平成13年11月2日から支払済みまで商事法定利率の年6分の割合による遅延損害金の支払請求は理由があり,被控訴人Dの控訴人に対する仲介報酬請求権は理由がなく,上記控訴人の被控訴人Cに対する請求を棄却し,被控訴人Dの控訴人に対する請求を認容した原判決は失当であるから,これを取り消し,前者の請求を認容し,後者の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 熊田士朗 裁判官 川添利賢 裁判官 玉越義雄)