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名古屋高等裁判所 平成14年(行コ)13号 判決 2003年2月18日

主文

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が控訴人に対し平成12年1月17日付けでした平成9年分の所得税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

3  訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

主文同旨

2  被控訴人

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

(以下,略語は原判決に準ずる。)

第2事案の概要

1  本件は,被控訴人が,控訴人において平成4年に本件各土地(原判決別紙1物件目録記載の各土地)を代物弁済契約により取得して平成9年に売却した(本件売買)とし,これにより得られた短期譲渡所得の申告がなかったとして,控訴人に対し本件各処分(控訴人の平成9年分所得税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分)をしたところ,控訴人が,取得行為について代物弁済契約であることを否認し,担保目的の譲渡担保権設定契約であって,本件売買は担保権の実行であるから,控訴人に譲渡所得が発生しないと主張して,本件各処分の取消しを求めた事案である。

原審は,被控訴人の主張にかかる代物弁済契約による所有権取得の事実を認定し,本件各処分の適法性を認めて控訴人の請求を棄却したので,控訴人が事実誤認及び契約解釈の誤りを主張して控訴した。

2  前提事実(当事者間に争いのない事実及び証拠によって明らかな事実)並びに本件の争点及びこれに関する当事者の主張は,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」の1,2のとおりであるから,これを引用する。

3  当審での控訴人の主張

仮に,上記取得行為が譲渡担保権設定契約と認められないとしても,買戻特約付の代物弁済契約であって,その実質は担保契約であることに変わりがなく,この契約に伴う清算義務を実行したに過ぎない本件売買によって控訴人に譲渡益が発生することはないと解すべきである。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,控訴人がAから本件各土地の所有名義の移転を受ける際に作成された本件合意書による合意(以下「本件合意」という。)は,本件買戻特約が付された代物弁済契約の形式によってはいるが,担保を目的とするもの,すなわち譲渡担保権設定契約であって,清算義務を伴うものであった可能性が高く,完全な所有権を移転する本来的代物弁済契約であると認めることはできず,本件合意が譲渡所得につき定めた所得税法33条1項の「資産」の取得行為であることを前提とした本件各処分は違法であり,取消しを免れないものと判断する。その理由は以下のとおりである。

2  判断の基礎とする事実は,上記前提事実(原判示)及び次の認定事実であるところ,同認定事実は,次のとおり改めるほかは,原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」の1のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決9頁18行目の「前記認定事実」から19行目までを次のように改める。

「前記前提事実に証拠(甲2ないし4,8,11,12,18,乙1ないし6,8,9,当審証人A)及び弁論の全趣旨を総合すれば,以下の事実が認められ,この認定に反する部分につき乙第3,第4号証は当審証人Aの証言及びその余の上記証拠に照らして採用できない。」

(2)  原判決10頁8行目の「当時,」から17行目までを次のように改める。

「当時,A及びメイツ商事は,合計して約27億ないし28億円の債務を負担しており,その大口債務は岐阜信用金庫に対する土地・株券等を担保とした7億ないし8億円の債務,しんきんクレジットに対する控訴人の保証ほか土地・株券の担保に係る7億円の債務(本件主債務),控訴人及び斐太工務店に対する無担保の数億円の債務であったところ,岐阜信用金庫及びしんきんクレジットに差し入れていた担保土地・株式はその価格の下落により大幅な担保割れの状態にあり,Aないしメイツ商事は事実上破綻状態であったが,両名の控訴人及び斐太工務店に対する債務が無担保の状態であったので,控訴人とAは,控訴人が岐阜信用金庫及びしんきんクレジットに準じて優先的に弁済を受けられるようにする手だてを講ずることとし,平成4年1月16日に本件合意書を作成するに至った。

Aにおいては本件各土地の時価を1億円から8000万円と評価していたもので,債権額5500万円で代物弁済に供することは不利なことであったが,本件買戻特約による買戻しを容易にしたいとの思惑から,低めの金額を設定したものであり,控訴人において代物弁済の対象債権額を上記5500万円とするよう要求したものではなかった。」

(3)  原判決10頁21行目の「その際,」から22行目の「原告の意向で,」までを「その際,Aの筆頭債権者であった岐阜信用金庫からAの債権に対する追加担保の提供を要求された控訴人は,自らも同信用金庫の債務者であってこれを拒否できない立場にあったため,同要求を断れず,」と,11頁11行目の「記載している」から12行目までを次のように改める。

「記載している(乙3の別添4)。上記申告につき,税務署が,バブル経済期に入る前の昭和56年に5420万円で取得した本件各土地を,バブル崩壊直後の平成4年に時価の半値に近い5500万円で処分したという申告内容を受け入れたため,譲渡所得が特別控除額内に収まってAの所得税負担がないこととなり,税務署において本件買戻合意や本件根抵当権1設定の事情等の調査・検討をするには至らなかった。」

(4)  原判決11頁25行目の次に改行して次を加える。

「 なお,本件合意書において本件各土地の次に掲げられているヘリコプター2機についても,本件合意書に基づいて本件各土地につき本件登記がなされた日の前日である平成4年3月3日付けで,本件各土地と同様に期間5年の買戻合意書が交わされ(甲15),同ヘリコプター2機の次に掲げられていたエアースパンの株式1318株についても,同年4月16日付けで,同様の買戻合意書が交わされた(甲16)。」

(5)  原判決12頁5行目の「原告は,」から8行目までを次のように改める。

「控訴人は,担保に取ったヘリコプター2機が買い戻された代金の一部約850万円をAが支払っていなかったので,Aの上記要求に難色を示したが,長時間にわたる交渉の結果,予め合意のなかった利息等も考慮して,控訴人がAに680万円を支払うことで合意され,同金額が控訴人よりAに支払われた。」

3  以上の事実に基づいて検討する。

(1)  本件合意に関しては,これに関する書面として本件合意書(甲1)及び本件買戻特約に関する書類(甲2)等が存するが,これらにより本件合意の法的性質が一義的に明白であるということはできない。また,本件合意の当事者である控訴人とメイツ商事の代表者Aの供述及び供述記載も複数存するが(甲12,13,14の2,18,乙2ないし4,当審証人A),これらも本件合意の法的性質につき明確に供述等しているものでもないし,また,その供述内容等が一致しているわけでもない。してみれば,これらの上記法的性質付けに関する部分の証拠価値が高いものということはできず,これらによりそれを確定することはできない。したがって,上記法的性質については,これを根拠付けあるいは障害する間接事実等を検討して決するほかない。

(2)  まず,被控訴人の主張する本件合意が完全な所有権を移転する本来的な代物弁済契約であることに沿うものとして,次の点が指摘できる。

ア 本件合意書には,「2 その他担保物件」の標題の下に,本件各土地,ヘリコプター2機,エアースパンの株式などを掲げているが,文末に「その他担保物件の処理に付いて」と題して,本件各土地は斐太工務店へ仮登記済みだが,平成4年に控訴人個人からの借入金に対し「代物弁済に充当する。」旨記載されている。本件合意書の作成に関与したBは以前銀行に勤務していた者,控訴人及びAも不動産取引を業として行っていた者であるから,本来の代物弁済契約が,元々の給付に代えて他の給付をすることによって既存の債務を消滅させる要物契約であることを理解した上で,本件合意書を作成したものとも考えられる。

イ 本件合意書では,「1 担保物件」欄にだけ「譲渡」との手書きの文字が挿入されており,本件各土地を含む「2 その他担保物件」欄には何らの書込みもされていないから,このような表示上の区別が設けられていることは,当事者が本件各土地について譲渡担保権を設定する意思を有していなかったのではないかと窺わせる。

ウ 本件各土地には本件合意書作成時点で斐太工務店を権利者とする条件付所有権移転仮登記が経由されていたのに,これを抹消した上で代物弁済を原因とする本件登記をしている点も,本件合意書が本件各土地の完全な所有権の移転を目的として作成されたものであることを窺わせる。

エ Aは,本件合意書作成後の平成4年の所得税確定申告において,本件各土地を代物弁済により譲渡した旨の明細書を添付し,本件各処分に関する国税不服審判に際してなされた大蔵事務官の質問に対し,同旨の答弁をし(乙4),控訴人も,Aの上記確定申告に際してなされた岐阜北税務署からの照会に対し,本件各土地を代物弁済で取得した旨回答し(乙1),その後の税務調査においても,譲渡担保権設定契約であることを表明することがなかったことは,代物弁済契約であることを推認させるものである。

オ 控訴人は,本件合意後に,Aの消極的意向にかかわらず,本件登記に先んじてAの債務を被担保債権とする本件根抵当権1の設定登記を経由し,更に,本件登記の後にAに無断で斐太工務店を債務者とする本件根抵当権2の設定登記を経由している。

カ 本件合意においては利子の定めがなく,Aも利子についての認識はなかったし(乙3),控訴人において上記買戻期間中被担保債権の弁済請求をしたことが窺われない。

(3)  しかし,他方,上記被控訴人の主張と矛盾し,本件合意が担保目的のものであって完全な所有権は移転しておらず,平成9年の本件売買は担保権の実行であったとの控訴人の主張に沿うものとして次の諸点を指摘できる。

ア Aと控訴人は,本件合意書作成と同時に,代物弁済額と同一の金額で5年以内に買い戻すことを認める本件買戻特約を書面により交わしており,この買戻特約は登記されていないために,買戻権利者であるAの権利保全が第三者に対抗できないという面では不十分なものであるが,当事者間では買戻特約の存在に何らの異論はなく,上記書面の成立を疑わせる証拠もない。

イ 本件合意書において「2 その他担保物件」として掲示され,代物弁済とする約定がないヘリコプター2機についても,買戻特約が交わされ,買戻しが実行された経緯に鑑みると,本件各土地について代物弁済とする旨の本件合意書の記載には,担保であることを否定する格別の意味はなく,斐太工務店から控訴人個人へ担保の付替えをするための方法として記載されたものに過ぎないとも解される。

ウ 本件各土地の平成4年当時の時価と代物弁済によって消滅させる債権額との間に2倍に近い乖離があるが,そのような差が生じた原因が控訴人の要求ではなく,買戻しを容易にしたいとのAの希望によるものであったのであるから,両者間においては,本件各土地の所有権を控訴人へ移転することにより5500万円の債権を確定的に消滅させ,将来上記乖離を清算する必要のないものと考えていたとは解しにくい。

エ Aは,本件合意書作成後も,平成5年まではヘリコプター格納庫を所有して,その後は中古自動車置き場として,本件各土地の無償での使用収益を継続していたものであり,控訴人とAとが個人的に親密であったとはいえ,Aが破綻状態に達した後にも控訴人がAの無償使用を受忍したのは,本件合意が担保目的であったことを推認させる。

オ 控訴人は,本件買戻特約に定められた買戻期間経過後にその旨をAに通知し,Aにおいても処分に努力したものの,控訴人より先により高い金額で売却することができず,結局控訴人において本件各土地を処分したものであるが,処分を知ったAは控訴人に1000万円の支払を要求し,結局680万円とすることに合意してこれが支払われた。控訴人が本件売買代金からAに対し支払った上記680万円は,Aがより高額に売却する機会を逸したことを口実に要求したことに起因して支払われた金員であって,具体的な金額算出の根拠は明確ではないが,控訴人が本件各土地を本来的な代物弁済契約で取得したものであれば,Aに通知したり,Aの上記要求に屈する理由は何らないのであり,これらの行為に出たのは本件買戻特約付代物弁済契約の担保としての効力を受け入れざるを得なかったためであるとも考えられる。

(4)  そこで判断する。

ア まず,上記(2)の被控訴人の主張に沿う諸点について検討する。

(ア) 上記(2)ア及びイについて

本件土地を表示している本件合意書の2項には「譲渡」の文字が付加されていないが,「担保物件」であることは明示されていること,代物弁済とする旨の記載がないヘリコプター及び株式等も本件各土地と同様の買戻特約が付加されているものであること,本件合意書を作成したBや控訴人らは担保について知りうる職業に従事していたものではあるが,法律の専門家ではなかったこと等に鑑みれば,上記(2)ア及びイを重視することはできない。

(イ) 上記(2)ウについて

控訴人は,この点について,Aが斐太工務店の将来に不安を持ち,買戻しを確実とするために控訴人名義としたものであると主張してこれに沿う供述をし(甲18),Aも一部これに沿う供述をしているところ(当審証人A),それらが信用できないものであることについての的確な立証はない。

(ウ) 上記(2)エについて

Aは,平成4年分の所得税の申告を税理士に任せたものであり(当審証人A),税理士は登記原因に従って処理し,それで所得税が発生しない見込みであったことから,詳細につきAと打合せ等をしなかった可能性もないではなく,Aにしても,課税がされなければ「代物弁済」が担保であるかどうかに関心を抱かなかったとも考えられる。また,控訴人においても同様の状況であったと思われるし(代物弁済の場合に将来自らに譲渡所得税が課税され,担保であれば課税されないことについて,素人である控訴人には認識がないのが通常であろう。),また,Aの所得税申告に際しての控訴人の回答書(乙1)は,控訴人に頼まれて専務のBが作成したもので,登記簿のままに記載したとの供述(甲11,18)も直ちに信用し難いものともいえない。これらの諸点を考慮すれば,上記(2)エも重視できない。

(エ) 上記(2)オについて

控訴人が本件根抵当権1の設定登記を経由したのは,A及び控訴人に共通の債権者である岐阜信用金庫の強い要求に屈して,本件登記に先んじて経由したものであり,本件売却後の清算では本件根抵当権1の抹消の負担はAではなく控訴人が負ったのであるから,控訴人が本件根抵当権1の設定に応じたことをもって,控訴人が本件各土地を全面的に支配していたものと認めるに至らない。

(オ) 上記(2)カについて

本件合意において利子の定めがない点については,当時,Aとメイツ商事は事実上破綻状態であったため,控訴人において債権元金の一部でも回収することができるようにすることが課題であって,利子を定めても実効性がなかったからとも解され,他方,本件各土地処分後の清算においては,利子も含めて検討されたものであるし,また,控訴人がAに対して返済請求をしなかったのは,Aが破綻状態にあって,担保物件の処分以外に返済を望めなかったためであるに過ぎないと解され,上記の各点も被控訴人の主張を裏付けるものとはいい難い。

イ 被控訴人は,控訴人において,Aの所得税申告に際し「代物弁済」と偽りの回答をし,その後に担保であると主張することは許されない旨も主張するが,上記認定の回答の経緯に鑑みれば,上記主張が信義則に反するものということはできない。

ウ また,被控訴人は,譲渡担保権設定契約に係る資産の移転についての所得税基本通達(33-2)を援用するが,これは通達であって法規ではなく,裁判所を拘束するものではないことが明らかである。

(5)  以上検討した結果によれば,上記(2)の被控訴人の主張に沿う諸点も重視できないものが多く,また,上記(4)で検討しなかった点も上記(3)の諸点と総合勘案すれば,上記(2)の事情から被控訴人主張の本件登記の原因となった本件合意が控訴人に完全な所有権を取得させる本来的代物弁済契約であったとは認めるに至らず,かえって,控訴人とAの合理的意思は,本件各土地の実質的所有権をAに留保し,代物弁済の対象額とされた5500万円についても両者間の債権債務関係を残し,買戻しあるいはその期間経過後の処分によって,債権債務関係の清算を意図したものとみることができ,買戻特約付の代物弁済契約の形式によったものの,担保目的の所有権移転,すなわち譲渡担保権設定契約であった可能性が高いというべきであるから,本来的代物弁済契約であったことを前提とする被控訴人の本件各処分は,その余の点について判断するまでもなく違法というほかなく,取消しを免れない。

第4結論

よって,控訴人の請求を棄却した原判決は相当でないからこれを取り消し,控訴人の請求を認容し,訴訟費用は第1,2審とも被控訴人に負担させることとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田村洋三 裁判官 小林克美 裁判官 戸田久)

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