大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成14年(行コ)16号 判決 2002年9月20日

控訴人

同訴訟代理人弁護士

木村良夫

被控訴人

昭和税務署長

植村公順

同指定代理人

平野朝子

羽土征治

真野重信

松田清志

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を取消す。

(2)  被控訴人が控訴人に対して平成8年6月25日付けでした、控訴人の平成4年分及び平成5年分の所得税に係る各更正処分及び重加算税の各賦課決定処分をいずれも取消す。

(3)  訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文同旨

第2事実関係

1  事実関係は、次のとおり補正し、下記2のとおり当審における当事者の主張を付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄の第2記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決2頁1行目の「したところから」を「したことから」と改める。

(2)  同3頁9行目の「乙」を「乙」と改める。

2  当審における当事者の主張

(1)  控訴人の主張

ア 原判決は、控訴人が平成11年9月20日当時、森下の住所地に居住していたと認定しているが、事実誤認である。

控訴人は、平成9年秋ころ以降、同人の債権者の関係者である暴力団関係者(以下「暴力団関係者」という。)から、いわゆる「追込み」を受けて、控訴人の森下の住所地の自宅や勤務先に昼夜を分かたぬ強引な取立てや脅迫を受け、生命の危険を感じるようになった。控訴人は、警察に相談したが、事件性を欠くとして取合ってもらえなかった。そこで、控訴人は、自分と家族及び勤務先関係者を守るため、同年年末ころ、誰にも行く先を知らせずに、上記自宅を出て、友人宅に身を寄せて匿って貰い、勤務先に出勤しなくなった。そのころ、控訴人は、携帯電話等を持っていなかったので、同人の家族や勤務先関係者から控訴人への連絡は全くとれなくなり、このような状態は平成13年1月ころまで続いた。控訴人の家族や勤務先関係者は、国税不服審判所の担当者に、控訴人と連絡がとれない状態であることを再三説明したが、同審判所の担当者は、とにかく受取ってくれればいいと言って、本件裁決書を送達してきたので、困惑した控訴人の家族は、本件裁決書を返送している。したがって、控訴人が平成11年9月20日当時、森下の住所地に居住した事実はない。

イ 原判決は、債務の取立てを免れるために自ら行方をくらましていた場合は、行政事件訴訟法14条3項但書の正当事由に該当しないとしている。

しかし、控訴人が主張しているのは、たんに債務の取立てを免れるために自ら行方をくらましていた場合が、一般的に同項但書の正当事由に該当するというのではない。控訴人のように、暴力団関係者による現実かつ具体的な危害が及ぶことを怖れて、その家族や勤務先関係者に対して、一切その所在を知らせなかったという場合は、やむ得ない事情があるものとして同項但書の正当事由があると主張しているものであり、原判決は、法令の解釈を誤ったものである。

ウ なお、原審は、控訴人の控訴人本人及び証人戊、同Aの各尋問申請をいずれも採用せず、これらの尋問を経ることなく結審し、判決をしているので、審理不尽の違法がある。

(2)  控訴人の主張に対する被控訴人の反論

ア 控訴人の主張アについて

控訴人は、平成9年末ころ、森下の住所地の自宅を出て、家族や勤務先関係者と全く連絡をとっていなかった旨主張するが、原審第1回口頭弁論期日において、森下の上記自宅を出た時期は、「平成11年中頃」と述べており、控訴人の上記主張は信用できるものではないから、原判決に何ら事実誤認はない。

イ 控訴人の主張イについて

行政事件訴訟法14条3項但書の正当事由の有無について、「たんに行方をくらましていた場合」と、「暴力団関係者による危害が及ぶことを怖れてその所在を知らせなかった場合」とを、区別して扱う必要はない。

控訴人は、交通が途絶され音信も不通の状態であったとか、身体が拘束されていたという状態にあったわけではなく、仮に、家族の方からの連絡が不可能であったとしても、控訴人の方から電話等によって何時でも家族に連絡をとり、本件裁決書が送付された事実を知ることが可能な状態であったからである。

同法14条3項但書の正当事由は、民事訴訟法97条1項の責めに帰することができない事由や国税通則法77条3項の天災その他のやむを得ない理由よりは、緩やかに解されているものの、本人の出張、病気、事務の繁忙等はこれに当らないのであって、このことに照らしても、控訴人主張の「行方をくらましていた」との事情が、上記正当事由に該当しないことは明らかである。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も、控訴人の被控訴人に対する本件各処分の取消を求める本件訴訟は、行政事件訴訟法14条3項の出訴期間を徒過したものであると判断するが、その理由は、次のとおり補正し、下記2のとおり当審における当事者の主張に対する判断を付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄の第3記載のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決4頁25行目の「8及び17」を「8、17及び弁論の全趣旨」と改める。

(2)  同6頁18行目から20行目までを削除する。

2  当審における当事者の主張に対する判断

(1)  控訴人は、原判決は、控訴人が平成11年9月20日当時、森下の住所地に居住していたと認定しているが、事実誤認であり、控訴人が平成11年9月20日当時、森下の住所地に居住した事実はない、控訴人は、平成9年秋ころから、同人の債権者の関係者である暴力団関係者から、いわゆる「追込み」を受けて、控訴人の森下の住所地の自宅や勤務先に、昼夜を分かたぬ強引な取立てや脅迫を受け、生命の危険を感じるようになったので、控訴人は、警察に相談したが、事件性を欠くとして、取合ってもらえなかった、そこで、控訴人は、自分と家族及び勤務先関係者を守るため、同年年末ころ、誰にも行く先を知らせずに、上記自宅を出て、友人宅に身を寄せて匿って貰い、勤務先に出勤しなくなった、そのころ、控訴人は、携帯電話等を持っていなかったので、同人の家族や勤務先関係者から、控訴人への連絡は全くとれなくなり、このような状態は、平成13年1月ころまで続いた、控訴人の家族や勤務先関係者は、国税不服審判所の担当者に、控訴人と連絡がとれない状態であることを再三説明したが、同審判所の担当者は、とにかく受取ってくれればいいと言って、本件裁決書を送達してきたので、困惑した控訴人の家族は、本件裁決書を返送している旨主張する。

しかしながら、控訴人が平成11年9月20日当時、森下の住所地に居住していたと認められ、平成9年末ころに森下の住所地を出て、以降、控訴人は家族等と音信不通であった旨の同人の供述が容易に信用できないことは、上記第3、1、2において説示したとおりであり、当審における甲第8、9号証を検討しても、なお控訴人の上記主張は採用できない。

(2)  控訴人は、原判決は、債務の取立てを免れるために自ら行方をくらましていた場合は、行政事件訴訟法14条3項但書の正当事由に該当しないと解しているが、控訴人が主張しているのは、たんに債務の取立てを免れるために自ら行方をくらましていた場合が一般的に同項但書の正当事由に該当するというのではなく、控訴人の場合のように、暴力団関係者による現実かつ具体的な危害が及ぶことを怖れて、その家族や勤務先関係者に対して一切その所在を知らせなかったという場合は、やむ得ない事情があるものとして同項但書の正当事由があるものというべきであり、原判決は、法令の解釈を誤ったものである旨主張する。

しかしながら、上記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、控訴人は、交通が途絶され音信不通であったとか、身体が拘束されていたという状態にあったわけではなく、仮に、家族の方からの連絡が不可能であったとしても、控訴人が名古屋国税不服審判所に対し郵便物送付先を森下の住所地と指定していたのであるから、控訴人の方から電話等によって何時でも家族に連絡をとり、本件裁決書が送付された事実を知ることが充分可能な状態であったと考えられ、同法14条3項但書の正当事由は、本人の出張、病気、事務の繁忙等はこれに当らないこと等に照らしても、控訴人が主張する「行方をくらましていた」との事情が、上記正当事由に該当しないことは明らかである。

したがって、控訴人の上記主張も採用できない。

(3)  なお、控訴人は、原審は、控訴人の控訴人本人及び証人戊、同Aの尋問申請をいずれも採用せず、これらの尋問を経ることなく結審して判決しているので、審理不尽の違法がある旨主張する。

しかしながら、原審において本件についての控訴人の陳述書(甲2)が提出されており、同陳述書において控訴人の述べるべき事柄は充分証拠として審理に上程されていると考えられること、弁論の全趣旨によれば、証人2名について、尋問事項すら明らかにしなかった上、原審裁判所が、原審第4回口頭弁論期日において、尋問の必要性を検討するため控訴人に対して、申請証人の陳述書を次回期日までに提出するように求めたにもかかわらず、控訴人がこれを提出しなかったものであることが窺えること等にかんがみると、原審において必要な審理を尽くしているものということができる。そして、当審においても、出訴期間の徒過が唯一の争点であることを考え合わせると、必要な証拠調べは尽くされているものである。

3  以上のとおりであるから、控訴人の被控訴人に対する、本件各処分の取消を求める本件訴えは、本件裁決が控訴人に送達された平成11年9月22日から1年を経過した平成13年4月26日に提起されたものであり、行政事件訴訟法14条3項に規定する出訴期間を徒過した不適法なものとして、却下されるべきものである。

第3結論

よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担について民事訴訟法67条、61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大内捷司 裁判官 島田周平 裁判官 玉越義雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例