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名古屋高等裁判所 平成14年(行コ)34号 判決 2003年3月18日

主文

1  本件控訴をいずれも棄却する。

2  控訴費用及び補助参加によって生じた訴訟費用(第1,2審とも)は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

(主位的控訴の趣旨)

1  原判決を取り消す。

2  本件を原審に差し戻す。

3  訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。

(予備的控訴の趣旨)

1  原判決を取り消す。

2  原判決のうち,控訴人らの請求を不適法として却下した部分を,原審に差し戻す。

3  被控訴人は,蟹江町に対し,8611万1428円及びこれに対する平成11年11月12日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。

5  第3項につき仮執行の宣言

第2事案の概要

本件は,愛知県海部郡a町(以下「町」という。)の住民である控訴人らが,町が「総合行政情報化システム(コンピュータシステム)」の導入を図ったにもかかわらず,当初の計画と異なり,業務全体を一元化することができず,システム本来の目的を達成できなかったのは,町長である被控訴人が,競争見積りなどの随意契約の手続を履践せず,また,受注業者の能力を十分に調査せず,その上,システムの構築に失敗した際の業者の損害賠償責任について何らの約定も設けることなく契約を締結したためであるなどとして,上記システムの導入に関して締結された基本契約及び各個別契約の締結並びに各個別契約に基づく支出命令の違法を主張し,地方自治法(平成11年法律第87号による改正前のもの。以下「法」という。)242条の2第1項4号に基づき,町に代位して,被控訴人に対し,町が上記個別契約に基づき既に支払った契約代金2億3436万9770円及びこれに対する訴状送達の日の翌日からの民法所定年5分の割合による遅延損害金の賠償を求めた住民訴訟であり,原判決が訴えの一部を却下し,その余の請求を棄却したことから,控訴人らが控訴をし,主位的に,原判決を取り消して本件を原審に差し戻すことを,予備的に,原判決を取り消して,原判決が訴えを却下した部分について本件を原審に差し戻すとともに,原判決が請求を棄却した部分についての賠償を求めた事案である。

1  前提事実及び争点

原判決の事実及び理由欄の「第2 事案の概要」の「1 前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認定可能な事実)」及び「2 争点」に摘示のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決添付別表を次のとおり訂正する。

(1)  原判決25頁の番号33の契約名欄の「住民情報システム保守委託業」を「住民情報システム保守委託業務」と改める。

(2)  同30頁の番号119の契約名欄の「財務会計出先システム(保育」を「財務会計出先システム(保育3)」と改める。

(3)  同35頁の番号179の契約名欄の「財務会計出先システム(保育」を「財務会計出先システム(保育3)」と改める。

2  当審における主張

(1)  本件において法242条2項の適用があるか(控訴人らの当審における新主張)

(控訴人らの主張)

本件監査請求の対象事項は,町がNCSや被控訴人に対して有する損害賠償請求権の行使を怠る事実を含むものであり,当該損害賠償請求権は,被控訴人が十分な調査もせず作為的にNCS等と契約を締結させたため,町に損害を与えたという不法行為により発生したものである。本件監査請求を遂げるためには,監査委員は,町がNCS等と契約を締結したにもかかわらず,①統合OAシステム,②財務会計システム,③人事・給与システム,④住民情報システムの4つのシステムがなぜ十分に稼働しなかったかを検討し,これが違法な行為によるものか否かを検討せざるを得ないが,これらは,当該行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をしなければならない関係にはない場合であり,被控訴人の行為により現場の担当者が疑問視しているにもかかわらず,予め十分な調査もせずにこれら契約を締結した事実を確認することにより,これら契約締結が不法行為法上違法の評価を受け,これにより損害が発生している事実を確定すれば足りることである。控訴人らは,単に財務会計行為としてではなく,町の契約締結行為そのものが違法であると主張しているのであり,本件監査請求は,まさに怠る事実そのものを対象としているのであるから,法242条2項の適用はない。

(被控訴人の主張)

本件監査請求書,本件訴訟の第1審訴訟における控訴人らの請求及び主張等から,本件監査請求の対象事項は「財務会計上の行為」そのものであり,控訴人らはその違法性を主張し,その違法であり無効であることから発生する損害賠償請求権の代位請求をする趣旨であることは明らかである。控訴人らの主張は,自己が明確に主張している本件財務会計行為(契約締結及びこれに基づく支出)について,その違法事由を主張立証できないために形式のみを変えようとする主張であるにすぎない。

(2)  本件において控訴人らに法242条ただし書の「正当な理由」が存するか(争点(1)についての補足的主張)

(控訴人らの主張)

本件議会だよりの該当部分は,全部で16頁あるうちの1頁分(14頁目)に過ぎず扱いは極めて小さい。その記載内容も,A町会議員及びB町会議員の各質問とそれに対する町の回答で構成されてはいるが,いずれも本件システムに関する一般的・総論的な質問に過きず,基本契約ないし個別契約の締結及び支出命令に何らかの違法な事実が介在したのではないかということに関連する質問ではなく,町の回答も上記質問の範囲を超えるものではない。控訴人ら町民に対し,上記本件議会だよりの記載に基づいて,基本契約ないし個別契約の締結及び支出命令に何らかの違法な事実が介在したのではないかという疑念を持つよう要求することは不可能である。

本件議会だよりが発行された平成9年8月当時は,町には情報公開制度すら存在せず,また,本件事案につき一般紙にも全く報道がなされていない時期であって,住民が「相当な注意力をもって調査しても客観的に知り得ない」時期というべきであり,控訴人ら町の住民が,知り得たと解されるのは,平成11年6月4日の新聞報道の後というべきである。平成11年8月4日になした本件監査請求は,当該行為の事実及びその違法性を知り得たと解される時から相当な期間内になされたものであり,被控訴人主張にかかる各財務会計行為についての本件監査請求が同会計行為を1年経過した後にされたことについては,正当な理由があったというべきである。

(被控訴人の主張)

町は,平成8年3月以降に,町議会の全員協議会に対して積極的に情報を開示してきており,そのころから町議会内で本件システム導入の当否やその契約締結についての議論がされ,また,予算・決算を通じてその内容の審理・承認がされてきたのであって,控訴人らにおいて,平成11年6月4日の新聞報道に接するまではその相当な注意力をもって調査しても基本契約ないし個別契約の違法性を示す事実を客観的に知り得なかったということはできない。

(3)  基本契約と個別契約の関係(争点(2)についての補足的主張)

(控訴人らの主張)

町がNCSと基本契約を締結した目的は,町が総合行政情報システム化を進めるにあたって,NEC及びNCSをソフトウェア及びハード機器等の専属的な供給先として決定し,他の業者を指名先・供給先として排斥することにあり,基本契約において個別契約の締結が相互に確約されたものと評価するべきである。基本契約は,被控訴人の誤った主導によって締結された違法なものであり,個別契約はこのような基本契約に拘束された状態で締結されているものであって,個別契約は基本契約から独立したものではなく,基本契約における違法状態がそのまま継続しているものである。

(被控訴人の主張)

控訴人らの主張は,基本契約と個別契約との間には事実上の先後関係があり,基本契約が違法であるから個別契約も当然違法であるという主張に終始するものであって,個別契約固有の違法性をなんら主張するものではない。

本件システムの導入に関する契約が被控訴人の主導によりなされたという事実はなく,業者の債務不履行については,町において業者に対し損害賠償請求訴訟を適切に提起しており,本件システムの導入に関する契約の締結,支出,具体的な債務履行に係る法的対応等については,全て適法,適切に処理している。

第3当裁判所の判断

1  控訴人らの当審における新主張(本件において法242条2項の適用があるか)について

法242条の2第1項4号の規定による怠る事実に係る請求については法242条2項の規定の適用はないものと解すべきであり,また,監査委員が怠る事実の監査を遂げるために,特定の財務会計上の行為の存否,内容等について検討する必要がある場合であっても,当該行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をしなければならない関係にない場合には,同様に法242条2項の規定の適用はないものと解すべきであるが,怠る事実を含む事実を対象としてされた監査請求であっても,特定の財務会計上の行為が財務会計法規に違反して違法であるか又はこれが違法であって無効であるからこそ発生する実体法上の請求権の行使を怠る事実を対象とするものである場合には,当該行為が違法とされて初めて当該請求権が発生するのであるから,監査委員は当該行為が違法であるか否かを判断しなければ当該怠る事実の監査を遂げることができないという関係にあり,これを客観的,実質的にみれば,当該行為を対象とする監査を求める趣旨をも含むものとみざるを得ず,当該行為のあった日又は終わった日を基準として法242条2項を適用すべきものである(最高裁昭和57年(行ツ)第164号同62年2月20日第二小法廷判決・民集41巻1号122頁,最高裁平成10年(行ヒ)第51号同14年7月2日第三小法廷判決・民集56巻6号1049頁参照)。

これを本件についてみるに,控訴人らは,本件監査請求を遂げるためには,監査委員は,町がNCS等と契約を締結したにもかかわらず,①統合OAシステム,②財務会計システム,③人事・給与システム,④住民情報システムの4つのシステムがなぜ十分に稼働しなかったかを検討し,これが違法な行為によるものか否かを検討せざるを得ないが,これらは,当該行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をしなければならない関係にはない場合であると主張するが,これらの事実は町と契約を締結したとされるNCS等に債務不履行があったかどうかという問題であるにすぎず,結局のところ,控訴人らの主張は,被控訴人が十分な調査もせず作為的にNCS等と契約を締結したことが不法行為であるというに尽きるものと解される(なお,本件監査請求においては,本件システムの導入は被控訴人のトップダウンで始まったものである旨が述べられている(甲1)。)。そうすると,控訴人らの主張は,町の契約締結方法に違法があったかどうかという問題に帰するから,まさに財務会計上の行為が財務会計法規に違反して違法であるか否かの判断をすべき場合に当たるというべきである。

そうすると,本件においても,基本契約ないし個別契約が締結された日を基準として法242条2項の適用があるものというべきである。

2  争点(1)(正当な理由の有無)について

次のとおり付加訂正するほかは,原判決事実及び理由欄の「第3 当裁判所の判断」の「1 争点(1)(正当な理由の有無)について」の説示のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決16頁17行目の「上記の」から22行目末尾までを次のとおり改める。

「上記正当な理由の有無は,特段の事情のない限り,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか,また,当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたかどうかによって判断すべきものである(最高裁平成10年(行ツ)第69号,第70号同14年9月12日第一小法廷判決・民集56巻7号1481頁参照)。」

(2)  同17頁5行目の「丙10の1ないし3」の後に「,11の2」を加える。

(3)  同12行目の「説明がなされるなど」から18行目末尾までを次のとおり改める。

「説明をするなどしており,更に,平成9年8月1日に発行された『議会だより』(丙11の2)には,標準型ソフトのみで複雑な課税計算ができるのかどうか,導入時期が時間的に間に合うかなど,税関連システムが予定どおりに機能するかについて危惧する質疑が掲載されたことが認められるところ,これらの経過に照らせば,町の住民は,遅くとも上記『議会だより』の発行された平成9年8月1日には,相当の注意力をもって調査すれば,客観的にみて,上記各契約の締結及び支出命令がされた事実(将来分については,これらが行われる蓋然性)並びにその違法性等を知ることができる状態にあったと解すべきである。」

3  争点(2)(基本契約及び個別契約の締結等の違法性及び損害)について

次のとおり加除訂正するほかは,原判決事実及び理由欄の「第3 当裁判所の判断」の「2 争点(2)(基本契約及び個別契約の締結等の違法性及び損害)について」の説示のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決18頁1行目の「このように」から26行目の「これを本件について」までを次のとおり改める。

「個別契約はこのような基本契約に拘束された状態で締結されているものであって,個別契約は基本契約から独立したものではなく,基本契約における違法状態がそのまま継続しているものであると主張する。

そこで」

(2)  同19頁25行目の「というものであり,」を次のとおり改める。

「というものであることが認められ,基本契約がこれとは異なる内容のものであることの主張立証はない。

基本契約の内容が上記のようなものであるとすると,基本契約においては,」

(3)  同20頁19行目の「仮に個別契約が」から26行目の「支出命令についての」までを次のとおり改める。

「基本契約が個別契約に先行しているとはいっても,基本契約と個別契約とは一応独立したものであって,両者の間には,基本契約の履行として又は基本契約の締結を要件として個別契約が締結されるという関係があることは認められないから,仮に,基本契約の締結に違法事由が存していたとしても,そのことによっては,個別契約の締結及びその支出命令が当然に違法になるということはできない。

(2)  そうすると,控訴人らは,本件監査請求から1年前以降にされた契約締結及び支出命令について,」

4  結論

以上のとおりであるから,控訴人らの本件訴えのうち,適法な住民監査請求を経ていないとした部分を不適法として却下し,その余の請求を理由がないとして棄却した原判決は正当であり,本件控訴をいずれも棄却することとする

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川克介 裁判官 鬼頭清貴 裁判官 濱口浩)

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