大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成14年(行コ)35号 判決 2002年10月23日

主文

1  本件控訴及び本件附帯控訴をいずれも棄却する。

2  控訴によって生じた費用は控訴人らの,附帯控訴によって生じた費用は被控訴人の各負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

(控訴について)

1  控訴人ら

(1) 原判決を次のとおり変更する。

(2) 被控訴人の請求をいずれも棄却する。

(3) 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(1) 本件控訴を棄却する。

(2) 控訴費用は控訴人らの負担とする。

(附帯控訴について)

1  被控訴人

(1) 原判決主文2,3項を次のとおり変更する。

(2) 控訴人古川町は,被控訴人に対し,被控訴人及び選定者らのために,一人当たり30万円及びこれに対する平成14年2月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3) 附帯控訴費用は控訴人古川町の負担とする。

(4) 仮執行の宣言

2  控訴人古川町

(1) 本件附帯控訴を棄却する。

(2) 附帯控訴費用は被控訴人の負担とする。

第2事実関係

1  事実関係は,次のとおり補正し,下記2のとおり当審における当事者の主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第2記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決2頁21行目の「支払を求めた事案」の次に「の控訴事件」を付加する。

(2)  同3頁15行目の「本件口頭弁論終結日」を「原審口頭弁論終結日」と改め,16行目の「時点において,」の次に「その後審査請求をした日から3か月が経過した時点において,」を付加する。

(3)  同4頁9行目の「経過すれば」を「経過したのであるから」と,「治癒されるから」を「治癒されたから」とそれぞれ改め,同行目の「訴訟経済の面からも」を削除する。

2  当審における当事者の主張

(控訴事件について)

(1) 控訴人らの主張

オウム真理教(現アレフ)が,現在に至るまでに行ってきた数々の犯罪は,極めて悪質であり,少なくとも一時期一種の内戦を想定した活動を行ったことがあることからして,そのような団体の性質に変化はなく,同団体に批判的な勢力や住民を敵視し,その活動の障害となる者だけでなく,場合によっては無差別に住民に危害を加える危険性の高い存在であることからすれば,控訴人らには,これから住民の生命,身体等の安全を守るべき義務があるというべきである。

オウム真理教(現アレフ)に所属していた被控訴人及び選定者らは,同団体を脱会していると述べるが,その裏付けは甲15号証の他になく,信用できない。また,被控訴人及び選定者らが同団体の教義から抜け切れていない可能性も否定できない。

したがって,住民基本台帳法等に,居住の実態に関する事項以外の公共秩序の維持その他の事項を考慮して市町村長が転入届出の受理,不受理を決することができる旨の規定は存在しないものの,本件においては,地域の秩序が破壊され,住民の生命や身体の安全が害される高度の危険性が認められる特段の事情があるから,これを考慮して行った本件各不受理処分は,裁量権を逸脱しておらず,何ら違法性はないとともに,これに関して,控訴人古川町長に過失はないから,控訴人古川町は,国家賠償法1条に基づく損害賠償責任はない。

(2) 被控訴人の主張

争う。

(附帯控訴について)

(1) 被控訴人の主張

被控訴人及び選定者らは,本件各不受理処分当時には,既にオウム真理教(現アレフ)を脱会しており,脱会以来3ないし5年にわたり,同団体の活動には参加せず,その施設に立ち寄ったこともない。被控訴人及び選定者らは,同団体と関係なく,自分たちで互いに助け合って生計を維持してきたが,その間,元信者というだけで,地域社会からいわれのない差別を受け,堪え忍んできた。同団体に加入し続けている信者であればともかくとして,被控訴人及び選定者らは,オウム真理教と袂を分かって,日々社会復帰に努めてきたにもかかわらず,さらに本件各不受理処分を受けたものであり,これによる精神的苦痛は著しく甚大である。したがって,少なくとも,一人当たり30万円の慰謝料が認められるべきである。

(2) 控訴人古川町の主張

争う。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,被控訴人の控訴人古川町長に対する本件各不受理処分の取消請求は理由があり,控訴人古川町に対する被控訴人及び選定者らについての損害賠償請求は,原判決が認容した限度で理由があり,その余の請求は失当であるから,本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも理由がないものと判断するが,その理由は,次のとおり補正し,下記2の当審における当事者の主張に対する判断を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第3記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決6頁10行目から22行目までを次のとおり改める。

「しかしながら,被控訴人及び選定者らが,平成14年2月21日,岐阜県知事に対して本件各不受理処分の取消を求める審査請求をしてから,既に3か月が経過していることは当裁判所に顕著であるところ,本件訴え提起後,上記採決がなされないままに審査請求から3か月が経過した場合は,行政事件訴訟法8条2項1号が期間経過後の訴え提起を認めていることに照らし,本件訴えが裁決を経ていない瑕疵は治癒されると解されるから,その余について判断するまでもなく,本件各不受理処分取消の訴えは適法である。」

(2)  同7頁23行目から24行目にかけての「公共秩序の維持その他の居住の実態に関する事項以外の事項を考慮して」を「居住の実態に関する事項以外に公共秩序の維持その他の事項を考慮して」と改める。

2  当審における当事者の主張に対する判断

(1)  控訴人らは,オウム真理教(現アレフ)が,現在に至るまでに行ってきた数々の犯罪は,極めて悪質であり,少なくとも一時期一種の内戦を想定した活動を行ったことがあることからして,そのような団体の性質に変化はなく,同団体に批判的な勢力や住民を敵視し,その活動の障害となる者だけでなく,場合によっては無差別に住民に危害を加える危険性の高い存在であることからすれば,控訴人らには,これから住民の生命,身体等の安全を守るべき義務があるというべきである,オウム真理教(現アレフ)に所属していた被控訴人及び選定者らは,同団体を脱会していると述べるが,その裏付けは甲15号証の他になく,信用できない,また,被控訴人及び選定者らが同団体の教義から抜け切れていない可能性も否定できない,したがって,住民基本台帳法等に,居住の実態に関する事項以外の公共秩序の維持その他の事項を考慮して市町村長が転入届出の受理,不受理を決することができる旨の規定は存在しないものの,本件においては,地域の秩序が破壊され,住民の生命や身体の安全が害される高度の危険性が認められる特段の事情があるから,これを考慮して行った本件各不受理処分は,裁量権を逸脱しておらず,何ら違法性はないとともに,これに関して,控訴人古川町長に過失はないから,控訴人古川町は,国家賠償法1条に基づく損害賠償責任はない旨主張する。

しかしながら,仮に,居住の実態に合致した転入届がなされた場合においても,市町村長が公共秩序の維持その他の特段の事情を考慮して,その受理,不受理を決する権限を有すると解する余地があるとしても,本件において,古川町における地域の秩序が破壊され,住民の生命や身体の安全が害される高度の危険性が存在することを認めるにたりる証拠はない。

また,住民基本台帳制度の趣旨によれば,居住の実態に合致した届出がなされた場合,市町村長はこれを受理し,それに応じた住民基本台帳を作成する法的義務があることは上記説示のとおりであり,本件各不受理処分が住民基本台帳法の規定に違反していることは容易に認識できたと解されるから,本件各不受理処分をしたことにつき,控訴人古川町長に過失があったものと認められる。

したがって,控訴人らの上記主張は採用できない。

(2)  被控訴人は,被控訴人及び選定者らは,本件各不受理処分当時には,既にオウム真理教(現アレフ)を脱会しており,脱会以来同団体の活動に参加せず,その施設に立ち寄ったこともない,そして,同団体と関係なく,自分たちで互いに助け合って生計を維持してきたが,その間,元信者というだけで,地域社会からいわれのない差別を受け,堪え忍んできたところ,同団体に加入し続けている信者であればともかくとして,被控訴人及び選定者らは,オウム真理教と袂を分かって,日々社会復帰に努めてきたにもかかわらず,さらに本件各不受理処分を受けたものであり,これによる精神的苦痛は著しく甚大であるから,少なくとも,一人当たり30万円の慰謝料が認められるべきであるとの旨主張する。

しかしながら,本件における諸般の事情を総合考慮すると,被控訴人及び選定者らが,本件各不受理処分によって被った精神的苦痛に対する慰謝料額は,一人当たり5万円とするのが相当であり,被控訴人の上記主張は採用できない。

3  以上のとおりであるから,被控訴人の本訴請求は,控訴人古川町長に対し,本件各不受理処分の取消しを求めること,控訴人古川町に対し,慰謝料として,被控訴人及び選定者らのために一人当り5万円及びこれに対する不法行為の日である平成14年2月19日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることの限度で理由があり,その余は理由がない。

第4結論

よって,これと同旨の原判決は相当であり,本件控訴及び本件附帯控訴はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,控訴費用及び附帯控訴費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法67条,61条,65条を適用して,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大内捷司 裁判官 島田周平 裁判官 玉越義雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例