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名古屋高等裁判所 平成14年(行コ)50号 判決 2003年8月07日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。

第2事案の概要

1  本件訴訟の経緯

本件は,出入国管理及び難民認定法(以下「法」という。)別表第2に定める「日本人の配偶者等」の在留資格をもって本邦に在留していた外国人である控訴人が,上記在留資格による在留期間の更新を申請したところ,法務大臣から平成13年12月3日付けで在留期間の更新を許可しない旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けたことから,その取消しを求めた行政訴訟である。

控訴人は,本件処分は,控訴人が平成12年1月15日に犯した窃盗の事実により,豊橋簡易裁判所において,窃盗罪により懲役1年,執行猶予3年の判決を受けたことを理由とするものであるが,同事案は,スーパーマーケットで米4袋を盗取したというものであって,被害は軽微であるうえ直ちに回復されており,前科前歴のない控訴人に対する量刑としてはもともと過重であり,しかも,控訴人が帰国すれば,その後控訴人を頼って来日した控訴人の実子の生活の基盤が失われ父子の別離を強いる結果となるなど,本件処分には裁量権を逸脱した違法事由があるとして,本件処分の取消しを求めた。

これに対し,原審は,控訴人に本件処分の取消しを求める訴えの利益があるかどうかの点について限定して審理をし,控訴人には上記訴えの利益がないとして,控訴人の訴えを却下したため,これに不服である控訴人が控訴をした。

2  争いのない事実等

次のとおり付加訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「1」に摘示のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決3頁5行目の「本件申請に対し」から7行目の「同日」までを「控訴人の在留状況が好ましいものとは認められず,在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるとは認められないとして本件処分をし」と改める。

(2)  同10行目の「申請をした」の後に「(以下「本件変更申請」という。)」を,12行目の「在留資格変更許可処分をした」の後に「(以下「本件変更処分」という。)をそれぞれ加える。

(3)  同16行目末尾に改行のうえ,次のとおり加える。

「(6) 出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律(平成13年法律136号,平成14年3月1日施行)により,法に規定する法務大臣の権限は,法務省令で定めるところにより,地方入国管理局長に委任することができることとされ(法69条の2),出入国管理及び難民認定法施行規則の一部を改正する省令(平成14年法務省令13号,平成14年4月1日施行)により法施行規則(昭和56年法務省令54号,以下「規則」という。)が改正されて,法務大臣から地方入国管理局長に委任される権限は,法施行規則61条の2各号の定めるところとなった。その結果,本件訴訟にかかる法21条3項の法務大臣の権限は,名古屋入国管理局長に委任され(規則61条の2第7号),被控訴人が本件訴訟を承継した(弁論の全趣旨)。」

3  争点

(1)  控訴人のした本件変更申請は錯誤または通謀虚偽表示により無効であり,控訴人には本件処分の効力を争う法的な利益があるといえるか。

(控訴人の主張)

控訴人は,平成13年12月3日「日本人の配偶者等」の資格での在留期間の更新を不許可とする本件処分を受けたが,その時点では従前得ていた在留期間更新許可の在留期限が経過していたため,不法残留にならずに上記在留資格での在留期間更新申請を再度行うために,同月10日,再申請時点までの期間をつなぐための「短期滞在」への変更申請書類及びその更新書類2通並びに「日本人配偶者等」への変更申請書類1通を名古屋入管に提出した。ところが,上記各書類はいずれも受付を拒絶され,その際,控訴人は,名古屋入管の担当者から,航空券の予約をしてくれば「短期滞在」資格の在留を許可する,事情が変われば再度の申請の受付もあり得るとの指示,示唆を受けた。そこで,控訴人は,これに従い,本件変更申請と2回の在留期間更新許可申請を同時に行ったのである。控訴人が本件変更申請を行わなければ,いずれ強制退去処分を受けることは明白であり,控訴人はこれを避けるために,名古屋入管側に強制されて本件変更申請を行ったものである。したがって,本件変更申請は,控訴人の真意に基づくものではなく,錯誤または通謀虚偽表示により無効である。

以上のとおりであるから,控訴人が引き続き本邦に在留するためには,本件訴訟において本件処分の効力を争うほかなく,本件訴えには訴えの利益が認められる。

(被控訴人の主張)

本件変更申請は,控訴人が自らの意思に基づいて行ったものであり,名古屋入管の担当者がこれを強制したなどいうことはない。また,名古屋入管の担当者は,控訴人に対し,いったん「短期滞在」在留資格への変更許可を受けた後に,再度「日本人の配偶者等」在留資格への変更を申請し,あるいは不法残留を理由とする退去強制手続の中で,法務大臣に対して残留を認めるようアピールする途があることを説明している。そうであるから,控訴人のした本件変更申請が錯誤または通謀虚偽表示により無効であるなどということはない。

したがって,本件処分後,控訴人の在留資格が,本件変更申請に基づいて「短期滞在」に変更された以上,現時点で本件処分が取り消されたとしても,控訴人に対してそれ以前の在留資格である「日本人の配偶者等」の資格で在留期間の更新の許可を受ける余地はなく,控訴人には,もはや本件処分の取消しを求める訴えの利益はない。

(2)  控訴人は,本件処分を取り消す判決により,改めて「日本人の配偶者等」の在留資格の期間更新申請を審査される権利を取得し,配偶者等の在留資格の期間更新許可処分(及びその更新許可処分)を受ける可能性を有するといえるか。

(控訴人の主張)

取消判決は,行政庁その他の関係行政庁を拘束し,処分庁は改めて判決の趣旨に従った処分をすることになる(行政事件訴訟法33条1項,2項)。本件においては,本件処分が違法として取り消された場合,申請に対して許可も不許可もしていない状態になり再審査が行われるが,判決で指摘された違法を犯さないように配慮すれば許可以外の選択肢がないという場合には,当初の更新申請を許可することになる。そうすると,一時的に,「日本人の配偶者等」の在留資格と「短期滞在」の在留資格とが併存することになるが,取消判決の拘束力は,判決の趣旨に従いこれを実現すべく行動すべき義務を行政庁に課す制度であるから,両立しない処分が存在する場合には,行政庁は,職権でそのいずれかを取り消すべきである。これは一在留一資格の原則違反を理由とする是正措置であるから,取り消されるべき処分に違法性があることを要しない。そして,両在留資格を比較対照すると,「日本人の配偶者等」の在留資格の方が被処分者に利益であることは明らかであるから,「短期滞在」の在留資格を取り消すのが妥当である。

また,上記変更許可申請は控訴人にとって利益処分を求めるものである以上,これを取り下げることは控訴人の自由であるから,裁判所は,弁論の全趣旨によりまたは控訴人の意思を確認したうえで,控訴人が本件変更申請を取り下げるのと引き替えに,本件処分を取り消す旨の判決をすることが可能であり,そうすれば,職権による取消しを論ずるまでもなく,被控訴人の所謂一在留一資格の原則との抵触を回避することが可能となる。

以上のとおりであるから,控訴人は,本件処分の取消しにより「日本人の配偶者等」として本邦に適法に在留する資格を回復しうる地位を取得するので,本件訴訟によって,本件処分の取消しを求める法的利益があり,本件訴えには訴えの利益が認められる。

(被控訴人の主張)

取消判決の拘束力に基づいて行われる再度の行政処分は,当該処分を行う際の事情に基づいて行われるべきものであり,本件処分が取り消されたとしても,再度の処分は有効な在留資格変更許可処分が行われている状態を前提として行わざるを得ない。しかし,ある在留資格に基づいて在留期間更新の申請をした者が,その不許可処分を受けた後,他の在留資格の変更許可申請をし,その変更許可処分を受けたときには,一在留一資格の原則から,その者には変更許可処分と抵触するような二重の在留資格を与えることはできない。短期滞在への資格変更許可処分と在留期間更新不許可処分とは,別個独立の処分というべきであるから,仮に,在留期間更新不許可処分の取消判決が確定したとしても,その判決の効力によって,資格変更許可処分が当然に失効したり,是正義務が発生するとの法的根拠はないと言わざるを得ない。もし仮に,上記の状況の下で在留期間更新許可処分を行うべきものとすれば,再度の行政処分が一在留一資格の原則に抵触する原始的瑕疵を帯びた処分となってしまい不合理である。

なお,許認可のような申請に基づく行政行為については,当該行政行為が行われるまでの間であれば随時意思表示を撤回することができるものの,行政行為が発効した後は申請を撤回する余地はない。

以上を前提とすれば,仮に本件処分の取消判決があったとしても,判決の理由に沿った新たな在留期間更新許可処分をすることはできず,したがって,本件処分の取消しにより保護されるべき権利ないし利益を回復することはできないのであるから,結局,本件処分の取消しを求める訴えは,訴えの利益を欠くと言わざるを得ない。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)について

(1)  甲第22号証,乙第3ないし第6号証,第19ないし第21号証及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

ア 名古屋入管は,平成13年12月3日,控訴人が同年5月21日にした「日本人の配偶者等」の在留期間更新申請に関し,控訴人の出頭を求め,控訴人に対し,在留期間更新不許可を内容とする通知書を交付し告知した。

イ 控訴人は,同年12月6日,行政書士であるAを通じて,スペイン語の通訳も業とする行政書士であるBに連絡を取り,A及びBに相談のうえ,同月10日,Bとともに名古星入管に出頭した。

名古屋入管の統括審査官であるCは,控訴人及びBに対し,控訴人が本国への帰国意思を有し,帰国のための航空券又は予約証明書を準備するのであれば,出国準備期間として必要な在留期間を付与することができること,引き続き日本への滞在を希望するのであれば,退去強制手続が執られるが,その手続の中で法務大臣に本邦で在留ができるようアピールし,法務大臣から特別に在留を認められる場合もあることなどを説明した。

ウ 控訴人は,Bから説明を受け,同日まで適法に在留してきた経緯から超過滞在の状況を回避したいと考え,名古屋入管の指導に従った手続を行うほかに方法はないと考え,Bに依頼して航空券を予約した。

エ 控訴人とBは,同月20日,再度名古屋入管に出頭し,名古屋空港発ロサンゼルス経由リマ向け予約証明書を添付のうえ,本件変更申請及び2回分の期間更新申請を行い,これらの申請は受理され,いずれも許可された。

オ 控訴人は,上記許可後,上記航空券の予約をキャンセルした。

(2)  上記認定によれば,控訴人は,本件変更申請時において,有効に本件変更申請を行う意思を有していたものと認められ,その効果意思と申請行為との間に不一致があったということはできないから,本件変更申請を行うについて控訴人に錯誤があったということはできない。また,仮に,控訴人において本件変更申請当時,真実は出国の意思がなかったとしても,名古屋入管担当者がこれを知っていたと認めるに足りる証拠はないから,本件変更申請が通謀虚偽表示によって行われたものであるとも認められない。

なお,控訴人は,名古屋入管側に強制されて本件変更申請を行ったものであるとも主張する。しかし,控訴人は,Bとともに名古屋入管においてCから説明を受けたうえ,その10日後に本件変更申請を行っているのであって,本件変更申請をするについて控訴人の自由な意思決定を妨げるような状況があったとは到底認められない。

(3)  よって,争点(1)に関する控訴人の主張は採用できない。

2  争点(2)について

(1)  一般に,行政処分の取消しの訴えは,当該処分により権利又は法律上保護された利益の侵害を受けた者が,その処分の取消しにより上記権利ないし利益を回復することを目的とするものである。したがって,判決によって当該処分が取り消されることにより,権利ないし法律上保護された利益の回復の可能性がある場合に限り,当該処分の取消しを求める訴えの利益が認められるものであり,権利ないし法律上保護された利益の回復の可能性が皆無となった場合には,当該処分が取り消されたとしても,もはや権利ないし法律上保護された利益を回復することができないのであるから,当該処分が違法であるか否かを問わず,当該処分の取消しを求める訴えは,その利益を欠くものというべきである。

ところで,法及び規則によれば,本邦に上陸しようとする外国人は,一定の在留資格を有することの審査を受けなければならず(法7条1項2号),本邦に在留する外国人は,特別の規定がある場合を除き,当該外国人に対する上陸許可若しくは当該外国人が取得し又は変更に係る一定の在留資格をもって本邦に在留するものとされている(法2条の2第1項)。そして,在留資格を決定する場合には,必ずその在留資格に対応する在留期間が定められることとなっていること(法2条の2第1項及び第3項,規則3条,同別表第2,法9条1項及び3項,20条4項,21条4項),上陸,在留資格変更,在留期間の更新のいずれの許可においても,在留資格,在留期間は,1個のみ記載することとされていること(法69条,規則7条1項,20条6項,21条4項),既に在留資格(及びこれに対応する在留期間)を有する外国人が,在留期間経過後も適法に在留するためには,現に有する在留資格を変更することなく在留期間の更新を受けるか(法21条),又は在留資格の変更を受ける(法20条)ことを必要とすることなどに照らすと,在留資格は,これに対応する在留期間と常に一体不可分に観念されるべきものであることが明らかである。

そうすると,法及び規則は,外国人が上陸許可又は在留資格の変更若しくは在留期間の更新許可を受けて本邦に適法に在留するためには,1個の在留資格と,それに対応する1個の在留期間が決定されることを必要としており(一在留一資格の原則),同時に複数の在留資格を有したり,終期の異なる数個の在留期間を有することは許容していないものと解すべきである。

したがって,ある在留資格を有した者がこれと異なる在留資格への変更を受けたときは,以後,変更後の在留資格及びこれについて定められた在留期間をもって本邦に在留することになるから,この地位を保持したまま,変更前の在留資格の在留期間を更新する余地はないというべきである。

(2)  この点について,控訴人は,本件処分が違法として取り消された後,行政庁が当初の更新申請を許可することとした場合,一時的に「日本人の配偶者等」の在留資格と「短期滞在」の在留資格とが併存することになるが,行政庁は,一在留一資格の原則違反の是正措置として職権でそのいずれかを取り消すべきであると主張する。

しかし,短期滞在への資格変更許可処分と在留期間更新不許可処分とは別個独立の処分というべきであるから,仮に,在留期間更新不許可処分の取消判決が確定したとしても,行政事件訴訟法33条の定める取消判決の効力によって,資格変更許可処分が当然に失効したり,行政庁に是正義務が発生すると解することはできない。前記1に認定したとおり,本件変更処分は控訴人のした本件変更申請に基づいて有効に行われたものであるから,その効力を否定すべき根拠は見いだしがたいものであり,結果的にせよ,本件処分の取消判決によって本件処分とは別個独立の本件変更処分の効力までも否定できるということは,行政事件訴訟法33条の定める取消判決の効力によっては説明のできないものであるというほかない。なお,法務省入国管理局の「入国・在留審査要領」は,「在留審査関係の処分のうち,処分後に原始的瑕疵があることが判明した処分で,かつ,当該瑕疵ある処分を存続させることが在留管理上著しく不適当であると認められる場合は,当該処分を取り消す」ものとし,「二重申請で,既に先行する申請が許可されたことが判明した場合における後からなされた許可に係わる事案」については,同局の地方局等が職権で取消しうることを定めている(甲12)が,これが,取消判決に従ってされるべき新たな処分と既に適法に存在する処分とが併存することとなる場合を含むものとは到底解されず,その他に上記のとおり有効に行われた本件変更処分を職権で取り消しうるとする根拠も見当たらない。

(3)  また,控訴人は,本件変更申請は,控訴人にとって利益処分を求めるものである以上,これを取り下げることは控訴人の自由であるから,裁判所は,弁論の全趣旨によりまたは控訴人の意思を確認したうえで,控訴人が本件変更申請を取り下げるのと引き替えに,本件処分を取り消す旨の判決をすることが可能であると主張する。

しかし,申請に基づく行政行為については,申請に基づく当該行政行為が行われるまでの間であれば当該申請を撤回することができるものの,所定の手続を経ていったん行政行為が発効した後は,もはや申請を撤回することは許されないと解すべきであり(最高裁昭和33年(オ)第538号同34年6月26日第二小法廷判決・民集13巻6号846頁参照),これと前提を異にする控訴人の上記主張は,その余の点について検討するまでもなく採用できない。

(4)  以上によれば,本件処分について取消判決がされたとしても,本件変更処分が存在する以上,一在留一資格の原則によりこれと両立しない処分をすることは許されないこととなり,結局,行政庁は,判決の理由に沿った新たな在留期間更新許可処分をすることができず,したがって,控訴人は,在留期間更新不許可処分の取消しにより権利又は法律上保護されるべき利益を回復することはできないということに帰し,結局,控訴人は,本件処分を取り消すことを目的とする本件訴えにおいて訴えの利益を有しないものといわざるを得ない。

なお,甲第22号証,乙第19ないし第21号証によれば,控訴人は既に在留期間を経過し,現在は在留資格を有せずに日本国内に残留していることが認められるが,変更後の在留資格での在留期間中には変更前の在留資格についての在留期間更新不許可処分について取消しの訴えの利益を欠くのに,変更後の在留資格での在留期間を徒過しさえすれば,遡って変更前の在留資格の在留期間更新不許可処分の効力を争うことが可能になるとすることは,不自然かつ不合理な結論であり到底是認されるものではなく,控訴人が現在在留資格を有しないのは,本件処分が行われたからではなく,「短期滞在」の在留資格によって認められた在留期間が経過したものであるにすぎないから,このことが上記結論を左右するものではない。

(5)  よって,争点(2)に関する控訴人の主張も採用できない。

3  以上の次第で,控訴人の本件訴えは訴えの利益を欠くものであり,これを却下した原判決は正当である。

よって,本件控訴は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川克介 裁判官 鬼頭清貴 裁判官 濱口浩)

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