大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成14年(行コ)61号 判決 2005年1月27日

主文

1  原判決主文第1項を次のように変更する。

2  被控訴人の請求を棄却する。

ただし,控訴人が,被控訴人に対し,平成10年7月6日付け換地処分通知書(賀農第659号)でした換地処分は,違法である。

3  訴訟費用は,第1,2審を通じて控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決中,控訴人の敗訴部分を取り消す。

(2)ア  本案前の答弁

上記取消しにかかる被控訴人の訴え〔原審平成10年(行ウ)第24号事件(換地処分取消し)の訴え〕を却下する。

イ  請求の趣旨に対する答弁

上記取消しにかかる被控訴人の請求〔同事件(同上)の請求〕を棄却する。

(3)  訴訟費用は,第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は,控訴人の負担とする。

第2事案の概要

1  本件の事案の概要は,以下のとおりである。

(1)  三重県が事業主体として行った県営ほ場整備事業α地区第1換地区(本件換地区)の換地業務(以下「本件事業」という。)に関する平成8年3月5日公告の換地計画(当初換地計画)について,本件換地区内に農地を所有していた被控訴人が,①本件換地区の権利者らで構成するα土地改良区(本件土地改良区)が,換地計画対象地の一部について,事業主体でもないのに土地改良法の認めない競争入札(以下「本件競争入札」という。)を実施し,当初換地計画はこれを是認している,②従前地を有しない権利能力なき社団である三重県上野市(現在の伊賀市,以下,便宜上「上野市」という。)依那具区が,対象地の一部を取得し,A名義で換地を受けることとされている,③上記計画では,上野市は,本件換地区の対象地内に新都市進入道路及び歩道用地を機能交換によって取得することになっているのに,控訴人は,これらをBに換地配分し,同人から上野市が売買により取得しており,その売却代金は本件土地改良区が本件換地区の権利者に分配している,④死者名義で不換地申出書が提出されており,当初換地計画はこれを是認しているなどとして,控訴人に対し,法に基づき,異議申立てをしたところ,控訴人は,上記③及び④について,異議を認めて,これを是正し,①及び②について,これを棄却した(本件棄却決定①)ので,被控訴人が,そのうち,棄却部分の取消しを求める抗告訴訟を提起した(第1事件)。

(2)  本件換地区内に農地を所有していたC(原審第2事件原告)は,当初換地計画について,上記異議事由①及び②に加え,③他県居住者であったため,土地改良法に基づく権利者会議(以下「権利者会議」という。)が開催されるまで控訴人及び本件土地改良区から土地改良が実施されていることすら知らされておらず,手続的保障が考慮されていなかったなどとして,控訴人に対し,法に基づき,異議申立てをしたところ,控訴人は,上記①ないし③をすべて棄却した(本件棄却決定②)ため,同人が,その取消しを求める抗告訴訟を提起した(第2事件)。

(3)  被控訴人は,平成8年9月1日開催の権利者会議において,当初換地計画を変更した換地計画(第1変更換地計画)につき,①土地改良法52条の5(平成11年法律第160号による改正前のもの)に定める各筆換地明細書等の提出がなく,決議対象が存在しないから,上記権利者会議は無効である,②上記権利者会議に提出された書面議決書の中には死者が署名,押印したことになっているものがある,③本件土地改良区の理事長であるBに対して新たに行われる増歩換地(676㎡)は,同人が上野市に対し,売買契約に基づき道路用地の引渡しの履行をするためのものであるから,当該売買代金は権利者全員に公平に配分される必要があるのに,清算金の定めがなく不明朗である,④当初換地計画と比べて,全体の換地地積は増大しているのに,換地交付基準地積が減歩して表示されており,この矛盾が合理的に説明されていない,⑤記念碑用地は,農業従事者の便益に資する施設ではないのに,これを本来の換地対象地内に設け,かつ,換地から除外するのは不当であるとして,控訴人に対し,法に基づき,異議申立てをしたところ,控訴人は,②については是正し,そのほかはすべて棄却した(本件棄却決定③)ため,被控訴人が,そのうち棄却部分の取消しを求めて抗告訴訟を提起した(第3事件)。

(4)  被控訴人は,控訴人が,上記第1ないし第3事件の係属中に平成10年7月6日付け換地処分通知書により被控訴人に対し換地処分(本件換地処分。なお,本件換地区全体の換地処分についても,同様に以下「本件換地処分」という。)を行ったことについて,本件換地処分における換地計画〔本件換地計画。当初換地計画,第1変更換地計画,さらに変更された換地計画(第2変更換地計画)の区別をしない。〕及びそれに基づく本件換地処分は,その内容及び手続において違法があるから,取消しを免れないとして,控訴人に対し,被控訴人に対する本件換地処分の取消しを求めて抗告訴訟を提起した(第4事件)。

(5)  原審において,第1ないし第4事件は併合審理され,被控訴人は,本件棄却決定①ないし③の取消事由並びに本件換地計画及びそれに基づく本件換地処分の違法事由として,次のとおり主張した。

①本件土地改良区が事業主体でもないのに実施した土地改良法の認めない競争入札を是認するものである,②従前地を有しない依那具区が,A名義により(名義貸し),対象地の一部の換地(ないし売却)を受けている,③Bから上野市に売却された道路用地は,当初換地計画では上野市が機能交換により取得するものとされていたところ,Bに異種目換地がなされて上野市に売却されることになったもので,全体的,実質的に見れば,共同減歩により上野市の道路用地が創設されたものと同視できるのに,控訴人において清算金の定めがない,④Dに対し,従前地の3.5倍に達する490㎡の換地配分がなされており,土地改良法53条1項3号(平成11年法律第160号による改正前のもの)に違反している,⑤権利者会議(平成7年8月30日,平成8年9月1日及び平成9年11月16日各開催,なお,権利者会議は以上の3回開催された。)には,換地設計総括表,各筆換地等明細書の配布がなされていないから,重大な瑕疵があり無効である,⑥同一換地区域内にない土地(上野市β940番2畑6.23㎡)を従前地として換地がなされているものがある,⑦合理的な理由なしに本件換地区の換地交付基準地積が減少している。

これに対し,控訴人は,①本件換地処分が実施された以上,本件棄却決定①ないし③の取消請求は訴えの利益がない,②<ア>本件競争入札は控訴人が行ったものではなく,受益者総会において,換地配分のためのやむを得ない手法として行われたものであり,本件土地改良区の構成員あるいはその親族において落札され,本件土地改良区の構成員に換地配分がなされるなどしているから違法ではない,<イ>換地を受けたのは依那具区ではなくAである,<ウ>上野市が道路用地を取得したのはBとの売買契約によるものであり,換地計画上,売買代金を清算金として計上できず,同用地について通常の清算はなされているから違法ではない,<エ>Dとの間には特別換地の合意が存在するから,増歩に違法はない,<オ>権利者会議に先立って権利者会議通知書が配布された上,同会議当日の席上には換地設計総括表,各筆換地等明細書,清算金明細書等が置かれていて自由に閲覧できたから,同会議に瑕疵はない,<カ>被控訴人が同一換地区内にない土地であると指摘する土地は,本件土地改良事業計画当初から本件土地改良区域内に存した,<キ>換地交付基準地積の減少は,換地の重複による削除,記念碑用地を換地するための減歩等の合理的な理由があるから,本件換地計画及びこれに基づく本件換地処分に違法はないとして争った。

(6)  原審は,①控訴人の本案前の主張について,被控訴人は,端的に換地処分の取消しを求めるべきであり,本件棄却決定①ないし③に対する取消請求の訴えの利益は消滅すると解するのが相当であるとして,本件第1ないし第3事件の訴えの利益は消滅したものというべきであり,同訴えはいずれも却下を免れないとし,②本件換地計画は,a競争入札等による売却を前提として換地配分がなされた,b名義貸しによって換地配分がなされた,c特定の者に多額の利益を与える内容の換地配分を行ったとの各違法があり,その余の争点を判断するまでもなく,本件換地計画に基づき実施された本件換地処分は違法であるとし,また,本件においては,行政事件訴訟法31条に定める特別の事情による請求の棄却(いわゆる事情判決,以下「事情判決」という。)をすることが相当であるとはいえないとして,本件換地処分の取消請求を認容した。そこで,控訴人は第4事件について,これを不服として控訴した。なお,被控訴人及びCは,控訴をしていないから,当審での審理の対象は,本件換地処分の取消請求のみである。

2  前提となる事実

(1)  次項で原判決の訂正をするほかは,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」1のとおりであるから,これを引用する。

(2)  原判決の訂正

ア 原判決4頁10行目の「原告らは,いずれも」を「被控訴人は,」に改める。

イ 原判決6頁14行目から7頁9行目までを削除し,同頁10行目の「エ」を「ウ」に,22行目の「オ」を「エ」に改める。

ウ 原判決10頁14行目の「原告Cに対しても,このころ換地処分がなされた。」を削除し,15行目の「換地処分」を「本件換地処分」に改める。

3  争点

(1)  本件訴えに訴えの利益はあるか(当審)。

(2)  本件事業における本件競争入札による売却は違法であるか。

(3)  従前地を有しない依那具区が,いわゆる名義貸しによって換地を受けたか。

(4)  Bに対する異種目(道路用地等)換地は違法であるか。

(5)  Dに対する従前地の3.5倍に及ぶ換地は違法か。

(6)  本件換地計画において開催された権利者会議(合計3回)は,手続に瑕疵があり無効か。

(7)  本件換地処分には,同一換地区内にない土地を従前地として換地がなされたものがあるか。

(8)  換地交付地積の減少に合理的理由はあるか。

(9)  行政事件訴訟法31条に基づく事情判決の是非(当審)

4  争点に対する当事者の主張

(1)  争点に関する当事者の主張は,次項で原判決の訂正をし,3項で,当審における当事者の追加主張を加えるほかは,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」4のとおりであるから,これを引用する。

(2)  原判決の訂正

ア 原判決13頁2行目,6行目の各「原告ら」をいずれも「被控訴人」に改め,3行目から4行目にかけての「本件各処分も違法であり,」及び25行目の「原告C」から同行目から26行目にかけての「与えられなかった。」までをいずれも削除する。

イ 原判決17頁21行目の「(原告間の主張)」を削除し,25行目の「原告ら」を「被控訴人」に改める。

ウ 原判決23頁16行目の「(原告間の主張)」を削除し,26行目の「原告ら」を「被控訴人」に改める。

エ 原判決24頁13行目,17行目及び20行目の各「原告ら」をいずれも「被控訴人」に改める。

オ 原判決25頁7行目,10行目,13行目,14行目,21行目,22行目,25行目及び26行目の各「原告ら」をいずれも「被控訴人」に改め,16行目の「原告C」から17行目の「換地地積7962㎡)だけ,」までを削除する。

カ 原判決26頁3行目,11行目及び13行目,27頁4行目,6行目,22行目,23行目及び25行目,28頁13行目及び15行目,29頁4行目及び12行目,30頁20行目及び22行目の各「原告ら」をいずれも「被控訴人」に改める。

キ 原判決33頁4行目から5行目にかけての「入金されているところであり,」から11行目の「見込みである。」までを「入金され,平成15年4月11日をもって清算事務を完了し,平成5年8月の本件土地改良区の清算と本件換地処分に基づく清算との差異は解消された。」に,12行目の「(エ)」を「(ウ)」にそれぞれ改め,13行目の「原告C」から15行目の「相殺した。」までを削除し,同行目の「原告ら」を「被控訴人」に改める。

(3)  当審における当事者の追加主張

ア 本案前の抗弁

(控訴人の主張)

本件換地処分に関しては,被控訴人以外の者に対する換地処分は既に確定し,控訴人もその処分の公定力によりこれを変更することができないから,仮に,本件換地処分が取り消され,改めて被控訴人に対する換地を行おうとしても,被控訴人に対し交付する換地対象地が確保できないし,換地を増加できないことは明らかである。そうすると,被控訴人の請求は,本件換地処分の取消しによっては,その目的を達し得ないので,本件訴えは,訴えの利益を欠いており却下を免れない。

(被控訴人の主張)

換地処分の取消判決は,第三者に対しても効力を有するのであり(行政事件訴訟法32条),これは,被控訴人に対する換地処分が取り消されることにより,当初から換地処分がなされなかったのと同様に従前の土地が復活した状態になる結果,換地計画は全体として修正の必要が生じるのであって,被控訴人以外の者に対する換地処分について,公定力により変更することができないというのは,控訴人の独自の見解である。したがって,被控訴人の請求が,本件換地処分の取消しにより目的を達し得ないことはない。

また,控訴人は,被控訴人が提起した異議棄却決定取消訴訟の係属中に換地処分を強行したものであるから,換地処分の公定力を主張すること自体信義則に反する。

イ 事情判決の是非

(控訴人の主張)

本件換地処分は,平成10年7月21日に公告され,翌22日にその効力が生じているところ,これに先立ち土地改良事業にかかる「面工事」等の工事は既に終了しており,同換地処分の登記を前提にして,売買等の取引がなされたり,担保権の設定登記等も行われている。ところが,本件換地処分が取り消されると,それにとどまらず,本件換地処分全体の取消しを行わなければならず,同換地処分登記の抹消,従前地の回復登記,新たな換地計画書の作成,権利者会議の開催,換地処分の公告,新たな換地処分登記手続等を行う必要があるとともに,競争入札増歩分の処理のための測量図の作成等も必要となる可能性があるなど,大混乱が生じ,社会経済的にみて,著しく困難ないし不可能な状態が発生することは明白であって公の利益に著しい障害を生じる。他方,本件換地処分において,競争入札の方法によった土地の面積は1万2379.50㎡であり,これは,本件換地区の地区面積77.8haの1.6%にすぎない。また,被控訴人が,平均的な換地に比べて,本件換地処分によって少なく換地された土地の面積は,換地交付基準地積5403㎡から現実に交付された換地地積5294㎡の差である109㎡(不足分の地積)だけであり,本件土地改良区は,平成5年8月ころに行った清算(第1時改良区清算)と,本件換地処分との差額の清算を平成15年4月11日に完了しており,被控訴人には現実の損害はない。

したがって,仮に,本件換地処分が違法であるとしても,行政事件訴訟法31条1項の事情判決がなされるべきである。

(被控訴人の主張)

行政事件訴訟法31条1項が定める事情判決制度は,行政処分又は裁決が違法ではあるが,これが取り消されるなどした場合に生ずる重大な事態を避けるための例外的制度であるから,事案に即して事情判決制度によらないと収拾できないような具体的混乱が生ずる場合に限定されるべきである。そして,本件換地処分が取り消されると,本件換地処分全体の取消しを行わなければならない結果,換地処分登記の抹消等の種々の対応が必要とされて混乱が生じるなどの事情は,この種の事案では常に生じる可能性のある一般的かつ抽象的な懸念にすぎない。他方で,被控訴人は,競争入札によって具体的不利益を被っており,また,清算とはいっても,違法な競争入札で得た売買代金が,不明朗な計算方法により換地手続とは別個に私的に分配されるなど顕著な違法が存在しているのであるから,本件において,事情判決をなすのは相当でない。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,被控訴人に本件の訴えの利益があり,また,本件換地処分には,土地改良法の認めていない競争入札による売却がなされた点,本件換地区に従前地を有しない依那具区が,いわゆる名義貸しにより換地を受けた点及びBに対して異種目換地を行った点にいずれも違法が認められ,その余の点について違法は認められないものと判断するが,上記違法は,本件換地処分の手続において,必ずしも重大なものとまではいえず,本件換地処分が取り消されることにより,公の利益に著しい障害を生じさせ,公共の福祉に適合しないと認められるから,本件換地処分が違法であることを宣言した上,本件請求を棄却するのが相当であると判断する。その理由は,次項以下のとおりである。

2  本案前の答弁〔訴えの利益の有無。争点(1)〕について

本件において,被控訴人は,被控訴人に対する本件換地処分の取消しを求めているところ,これが取り消された場合には,同処分は処分時に遡って効果を失い,その効力は,控訴人以外の第三者にも及ぶものである(行政事件訴訟法32条)。そうすると,換地計画全体は修正を余儀なくされることになり,また,控訴人は,本件換地処分取消しの判決に従って行動することを義務づけられる(同法33条1項)から,控訴人は,本件換地処分を,再び換地計画の策定から行うことにならざるを得ない。もっとも,その場合は,改めて権利者会議の議決を経ることになるから,結果として本件換地処分のやり直しをすることになるか否かは必ずしも明らかではなく,被控訴人に対し,最終的に新たに換地がなされるか,清算金等の処置がなされるかどうかも明らかではない。しかしながら,いずれにしても,上記のとおり,本件換地処分について,取消しの効果は生じるのであるから,訴えの利益があることは明らかである。

したがって,控訴人の上記主張は採用できない。

3  本案の各争点について

(1)  本件換地処分の経過等について

ア 次項で原判決の訂正をするほかは,原判決「事実及び理由」の「第3当裁判所の判断」2(1)のとおりであるから,これを引用する。

イ 原判決の訂正

(ア) 原判決35頁9行目の「78,」の次に「98,106,」を加え,17行目の「原告ら」を「被控訴人」に改める。

(イ) 原判決39頁14行目から15行目にかけての「上記第2,4(被告の主張)(7)ア」を「前記(原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」4(控訴人の主張)(7)ア)」に,23行目から24行目の「新たな清算作業を行っている(以下「第2次改良区清算」という。)を「新たな清算作業(以下「第2次改良区清算」という。)を行い,平成15年4月11日をもって清算事務を完了した。」に改める。

(2)  競争入札による売却は違法であるか〔争点(2)〕について

ア 次項で原判決の訂正をするほかは,原判決「事実及び理由」の「第3当裁判所の判断」2(2)アのとおりであるから,これを引用する。

イ 原判決の訂正

原判決40頁2行目から19行目までを次のように改める。

「(ア) 土地改良法に基づく換地処分手続においては,換地を選定するにあたり,各権利者に対し,換地交付率による配分をした場合,配分する面積と換地する区画が必ずしも合致せず,配分地が不足することがあることから,その過不足を調整するなどのために,調整地及び残地等のいわば「余裕地」を設定する必要があることは否定できず,一般にそれは許容されているというべきである。しかしながら,①土地区画整理法においては,上記「余裕地」を保留地として事業施行者が取得して第三者に売却することが認められ(同法96条,104条,108条),土地改良法の前身ともいうべき耕地整理法の20条2項では替費地としてこれが是認されていたが,現在の土地改良法では替費地に関する規定はないこと,②土地改良法は,従前地に対する換地としてではなく,対象地内の土地を第三者に取得させることができる場合としては,一定の条件の下で土地改良施設用地や道路用地等の公共用地として,土地改良区等が当該土地を取得する創設換地制度〔同法53条の3(平成11年法律第160号による改正前のもの),53条の3の2〔平成13年法律第82号による改正前のもの)〕を規定しているにすぎないこと,③農用地を第三者に処分することは,土地改良事業が農用地の造成及び集団化を目的とすることに反する上,農用地の処分についての農業委員会の許可等の規制の潜脱のおそれがあることなどを考慮すると,当該「余裕地」は,最終的には換地として配分され,換地処分がなされなければならず,これを売却処分することは許されないというべきである。

(イ) これを本件について見ると,前記認定のとおり(原判決35頁12行目から37頁9行目まで),本件土地改良区は,上記調整地及び残地等を競争入札の方法により売却しており,最終的にはこれらの土地を,落札者あるいはその家族に換地配分の形式で換地処分をしたものである。そして,落札者から支払われた売却代金は,落札価格であるから,当然に換地計画における清算金の額とは異なるものであり,また,その処理についても,前記認定(原判決37頁17行目から18頁20行目)のとおり,本件土地改良区が,上野市への道路用地の売却代金や,一時利用地指定前の小作料とともに,土地改良法の規定に基づかない独自の清算表を作成し,換地計画で定められた清算とは別個の方法により同改良区構成員に分配している(第1次改良区清算)。そうすると,本件においては,上記調整地及び残地等が本件換地計画に組み込まれていることを考慮しても,本件土地改良区のした上記調整地及び残地等についての処分は,換地の体裁を取った「売却」であると評価せざるを得ず,土地改良法に認められていない違法な処分であるというべきである。

もっとも,原審証人Eは,本件換地計画の中で増歩換地として清算金が支払われていると証言するが,現実にそれが徴収されたか否かについてあいまいな証言をするにとどまっている上,仮に,現実に清算金が徴収されているとしても,落札者は,落札価格での売却代金と清算金を二重に支払うことになるのであるから,実体として土地改良法に基づく清算金の支払及び徴収がなされているとはいえず,本件換地処分に対する上記評価を覆すものではない。また,前記認定のとおり,本件土地改良区は,その後,本件換地処分に基づく清算(換地清算)と,第1次改良区清算との差異を解消するため,新たな清算作業を行い,平成15年4月11日をもって清算事務を完了している。しかし,それは,本件換地計画において,競争入札で落札された土地が増歩として扱われているのに,入札における代金を除外して清算をしている(乙106,原審証人F)点において,なお不十分なものといわざるを得ず,これをもって上記評価に影響を及ぼすものではない。

なお,以上のとおり,本件競争入札による売却は違法であるというべきであるが,上記のとおり,その売却代金は,本件土地改良区の構成員に分配され,それも,共同減歩であるとの認識の下で,従前地の面積に按分してなされており(原審証人G),その方法は公平なものであるといえること,競争入札に付された土地は,本件換地区の地区面積のわずか1.6%にとどまることなどの事情を併せて考えると,その違法性の程度は必ずしも高いものとはいえないというべきである。」

(3)  従前地を有しない依那具区が,いわゆる名義貸しによって換地を受けたか〔争点(3)〕について

従前地を有しない依那具区が,いわゆる名義貸しによって換地を受けたかについては,原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」2(2)イのとおりであるから,これを引用する。

(4)  Bに対する異種目換地は違法であるか〔争点(4)〕について

本件において,上野市に売却された道路用地(上野市γ3408番田490㎡,同3406番田186㎡)については,前記認定(原判決37頁10行目から16行目まで)の売買契約の締結及び当初換地計画において上野市が機能交換により取得するものとされていたことなどの事情を踏まえると,形式的にはBへの異種目換地がなされているものの,かかる処理と,同人から上野市への売却という本件における処理は,これらを全体として実質的にみれば,共同減歩により上野市の道路用地が創設された,あるいは,上野市に売却されたものと同視し得る。そして,本件においては,上野市が上記処理(売却)によりBに対して支払った売買代金は,第1次改良区清算により地権者に配分されているものの,それは,何らの法的規制を受けることなく,私的に行われたものである。そうすると,実質的には,共同減歩による地権者の不利益の下でBに多額の利益を得させるものではなく,かつ,売却代金が配分されていることにより,地権者には,現実の損害はほとんどないに等しいとはいえ,上記のような本件改良区の処理には,法に従った清算をしなかった違法があるといわざるを得ない。

(5)  Dに対する従前地の3.5倍の換地は違法か〔争点(5)〕について

被控訴人は,Dは,上野市δ438番1田138㎡を従前地として,同所3289番田490㎡の換地を受けており,土地改良法53条1項3号の2割の許容範囲を超えた違法な換地であると主張する。

確かに,Dは,上記の内容の換地を受けているが(乙10),その経緯は,次のとおりである。すなわち,本件土地改良区は,上記上野市δ地区の換地について,水利権等の関係から,同所に従前地を有する者に対して換地を行うものとし,D外2名に換地をすることとしたが,同人の従前地の公簿面積が小さかったため,同法89条の2第3項において準用する同法53条1項ただし書にかかる同意書を作成し,特別換地を行ったものである(乙44,原審証人A)。そうすると,Dに対する換地に違法はないというべきである。

もっとも,被控訴人は,上記のとおりの増歩の場合,上記同法89条の2第3項が準用する同法53条1項の「権利者」は,所有者ではなく,本件換地計画の権利者全員と解すべきであるから,Dの同意では,上記法条を充足することにならないと主張する。しかしながら,上記法条の文言からしても,そのように解する理由はなく,実質的にも,増歩の場合,清算金による処理がなされることから,権利者全員の同意が必要であるとはいえない(なお,上記特別換地の内容は,権利者会議で議決を得ている。)。

したがって,被控訴人の上記主張は採用できない。

(6)  権利者会議は,手続に瑕疵があり無効か〔争点(6)〕について

被控訴人は,(平成7年8月30日,平成8年9月1日及び同年11月16日にそれぞれ開催された)換地計画を定める権利者会議において,権利者には,事前に「換地計画確認書」という法令に根拠のない文書が配布されたのみであり,本来配布されるべき換地設計総括表,各筆換地等明細書が配布されず,権利者にとって換地計画の適正さを判定し,意見を出す機会を奪われたに等しく,上記各権利者会議には重大な瑕疵があり無効であり,これを前提とした本件換地処分は違法であると主張する。

確かに,通達(「換地計画実施要領について」と題する最終改訂版の平成6年9月30日付け通達)によれば,権利者会議では換地設計総括表,各筆換地等明細書を作成し,それらを権利者の数に応じ配布するとされており,配布は,議案書に添付して行われる(甲15,33)。そして,各筆換地等明細書には,大字,字,地番,用途,地目,地積,評定,換地交付基準額,換地交付基準地積,清算金等の記載欄があり,それらについて記載がなされているが,換地計画確認書には,上記と同様の記載欄はあるものの,記載がなされているのは,従前地と換地の大字,字,地番,用途,地目,地積のみであり,また,換地設計総括表には,換地設計基準,団地計画の内容,土地改良事業の工事完了時期,換地処分予定時期等の記載がある(甲29,30,51,52,乙10,32,原審証人E)。以上の通達の内容及び各筆換地等明細書の記載内容等からすると,それらを配布する目的は,権利者が,換地が従前地に照応しているか(土地改良法53条1項2号)などについて具体的に把握検討し,権利者会議において質問等をする機会を保障することにあるといえる。そして,上記各権利者会議においては,本件土地改良区は,権利者に対し,換地計画確認書を事前に送付したのみであり,当日も,換地設計総括表及び各筆換地等明細書等を個別に配布せず,これらを権利者会議の席上に置いていたにすぎなかった(原審証人Hは,平成8年9月1日の権利者会議では配布していたと証言するが,同Eの証言と対比して直ちには採用できない。)。しかし,出席者はそれらを見ることは可能であった(原審証人E,同H,同A)もので,そうすると,十分ではないにしても,権利者が,換地が従前地に照応しているかなどの検討を行う機会は与えられていたということができ,少なくとも,「これを奪われたに等しい」ということはできず,上記各権利者会議には,いずれも重大な瑕疵は認められず,無効とはいえないというべきである。

したがって,被控訴人の上記主張は採用できない。

(7)  本件換地処分には,同一換地区内にない土地を従前地として換地がなされたものがあるか〔争点(7)〕について

被控訴人は,本件換地処分には,換地区内に存しない上野市β940番2畑6.23㎡を従前地として,同市ε3770番畑26㎡を換地した違法があると主張するが,前記認定(原判決39頁12行目)のとおり,同市β940番2畑6.23㎡は本件換地区内に存するから,被控訴人の上記主張は採用できない。

(8)  換地交付地積の減少に合理的理由はあるか〔争点(8)〕について

被控訴人は,本件換地処分の換地交付地積はそれまでの換地計画よりも減少しているが,その内容が不明朗であると主張し,確かに,換地計画書の換地設計総括票の換地交付面積は61万8270.98㎡であったが,その後,1185.13㎡分減少して61万7085.85㎡に変更されている(甲21,乙10)。そして,この変更は,Iへの換地の重複分である上野市ζ3669番田1050㎡を削除したこと,記念碑用地(施設用地)の同市γ3404番畑145㎡を換地するため,Jの換地のうちの畑145㎡を減じていること,Kの換地である同市η3605番1田8.87㎡が換地から漏れていたこと,Lの換地である同市γ3535番畑369㎡を誤って368㎡としたので,1㎡追加したことなどによるものであると認められる(弁論の全趣旨)。そして,以上の事実が不合理であると認めるに足りる証拠はない。

したがって,被控訴人の上記主張は採用できない。

4  控訴理由に対する判断

(1)  競争入札による売却の違法性について

控訴人は,大規模なほ場を整備する場合,残地(地区の境界と道路,水路等の公共施設に囲まれた小規模な土地で,事業計画上は非農用地区域とし,登記地目は雑種地とされたもの)及び調整地(一次利用地指定の差異,最終的に換地が不足することのないようにするため,平均的な換地面積より少しだけ少なく指定することから,地区全体の面積が1ないし2%残ったもの)が必然的に生じるのであって,それを解消する換地の一手法として競争入札の方法によったにすぎず,違法とはいえないと主張する。

しかしながら,土地改良事業において,一般的に競争入札によることが認められていないことは前記のとおりであり,しかも本件においては,競争入札によった土地が,本件換地計画の中に組み込まれ,いわば増歩として処理されていながら,その後の清算については,本件換地計画の中で行われていないのであるから(前記のとおり,新たな清算作業も十分なものであるとはいえない。),仮に,残地や調整地を解消する手段として競争入札の方法によったにすぎないとしても,上記の方法によった本件換地処分が違法でないということにはならない。

したがって,控訴人の上記主張は採用できない。

(2)  依那具区の名義貸しによる換地について

控訴人は,Aが,換地された土地について,換地の時点から一貫して上記土地の固定資産税を支払ってきており,このことからしても,依那具区が同人から名義貸しにより換地を受けたものではないと主張する。

確かに,A名義で換地されたγ3513番の土地の固定資産税は,同人名義で支払われている(乙83,84)。しかしながら,固定資産税は,登記簿上の名義人に課税されるのであるから,固定資産税が同人名義で支払われているのは,いわば当然であって,前記認定の事情の下では,そのことをもって,当然にAが換地を受けたとまでは評価できない。

したがって,控訴人の上記主張は採用できない。

(3)  Bへの異種目換地について

控訴人は,Bに道路用地を換地したのは,上野市との売買契約において,同人が名義人であり,売買代金も既に土地改良区の組合員間で公平に分配されていると確認したので,やむを得ず異種目換地の方法によったものであり,特定の者に多額の利益を与えるものではないから違法ではないと主張する。

確かに,前記のとおり,前記の異種目換地は,Bから上野市への売買代金が,私的にではあるものの地権者へ分配されている結果,実質的にはBに多額の利益を与えるものではないが,そうであるからといって,上記異種目換地及び売買を全体として実質的に見れば,それが違法でないといえないことは前記のとおりである。

したがって,控訴人の上記主張は採用できない。

(4)  そのほか,控訴人がるる主張するところは,いずれも上記の判断を左右するものではない。

5  事情判決の是非〔争点(9)〕について

以上によれば,本件換地計画及びこれに基づく本件換地処分には,取消事由となるべき実体的な違法があるというべきである。しかしながら,本件土地改良事業にかかる工事は,本件換地処分に先立ち,すべて終了している上(弁論の全趣旨),同換地処分の公告がなされてから,既に6年以上が経過しているところ,その間には,同換地処分の登記を前提にして,売買等の取引がなされたり,担保権の設定登記等がなされた物件も存在する(乙119の1ないし28)。そうすると,現時点において,本件換地処分を取り消すとなると,控訴人としては,本件換地計画の見直しを余儀なくされることになり,上記のとおり,既に数年間にわたって実施された換地処分の一連の手続のみならず,これに基づきその後に形成された法律関係ないし事実状態を覆すことになり,本件換地区の土地内の関係者等に重大な影響を及ぼしかねず,公の利益に著しい障害を生ずることは否定できないというべきである。一方で,本件換地処分等の違法は,実体的な違法というべきものではあるものの,前記のとおり,そのいずれについても,その実質はもちろん方法においても必ずしも重大なものであるとは認められず,また,被控訴人自身は,従前地に対して計算上換地で交付されるべき換地交付基準地積(5403㎡)と比較して109㎡少ない換地を受けているものの,それは,換地交付基準地積に対して約2%にとどまっており,かつ,換地清算金も供託されている(乙69)のであるから,現実の損害はほとんどないか,極めて微少なものということができる。その他,本件における違法な手続等についての防止の程度等その他一切の事情を考慮すると,(本件において,被控訴人が,当初から本件換地計画の内容に異議申立てをし,本件換地処分が本件訴訟中(原審)になされたことを考慮してもなお),本件換地処分を取り消すことは公共の福祉に適合しないというべきである。

以上によれば,本件においては,本件換地処分の違法を宣言した上で,本件の請求を棄却するのが相当である。

第4結論

よって,本件換地処分が違法であることを宣言した上で,これを棄却すべきところ,これと結論を異にする原判決は相当でないから,これを変更し,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中由子 裁判官 佐藤真弘 裁判官 山崎秀尚)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例