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名古屋高等裁判所 平成15年(ネ)142号 判決 2003年9月24日

主文

1  原判決主文第1項を次のとおり変更する。

被控訴人が控訴人に対し賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は,平成11年7月1日以降1か月6万円であることを確認する。

被控訴人のその余の賃料確認請求を棄却する。

2  控訴人のその余の控訴を棄却する。

3  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  控訴人

(1)  原判決主文第1項を取り消す。

被控訴人の賃料確認請求を棄却する。

(2)  原判決主文第2項及び第3項を次のとおり変更する。

ア 被控訴人が控訴人に対し賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は,平成12年9月30日(反訴状送達の日の翌日)以降1か月4万円であることを確認する。

イ 被控訴人は控訴人に対し,別紙物件目録記載の建物について,被控訴人の費用をもって,別紙修繕目録Ⅱ記載の修繕箇所に,同目録修繕項目記載の修繕をせよ。

(3)  訴訟費用は第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(1)  本件控訴を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第2事実関係

1  本件は,被控訴人を賃貸人とし司法書士事務所を営む控訴人を賃借人とする建物賃貸借契約に関し,被控訴人が本訴として控訴人に対し,賃料増額請求をしてその賃料額の確認を求め,これに対し,控訴人が反訴として,賃料減額請求をしてその確認を求めるとともに瑕疵修補請求をしたところ,原審は,被控訴人の賃料増額請求を全部認容するとともに,控訴人の賃料減額請求を棄却し,瑕疵修補請求の一部を棄却したため,控訴人が控訴した事案である。

2  事実関係は,次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第2の1及び2記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決2頁18行目から19行目かけての「これを」の次に「昭和44年に新築して」を付加する。

(2)  同2頁21行目と22行目の間に次のとおり付加する。

「(3) 控訴人は,昭和44年から本件建物において司法書士事務所を営んでいる。」

(3)  同2頁22行目の「(3)」を「(4)」と改める。

(4)  同2頁23行目の「改定された」を「改定されて以来約10年間増額されなかった」と改める。

(5)  同2頁24行目の「(4)」を「(5)」と改める。

(6)  同2頁26行目の次に次のとおり付加する。

「(6) 控訴人は被控訴人に対し,平成12年9月29日送達の反訴状をもって,本件賃料を同年9月30日から月額4万円に減額する旨の意思表示をした。」

(7)  4頁5行目の「修繕がさなれるべきである」を「修繕がされるべきである」と改める。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,本件建物の賃料は平成11年7月1日以降1か月6万円であり,控訴人の被控訴人に対する修繕請求は別紙修繕目録Ⅰ記載の修繕箇所に同目録修繕項目記載の修繕を求める限度で理由があり,その余は理由がないものと判断するが,その理由は次のとおりである。

2  本件建物の賃料増額,減額請求について

(1)  本件建物についての賃料増額事由の存否について

ア 控訴人が本件建物において司法書士事務所を営んでいること,本件建物の賃料が平成元年4月1日に1か月5万5000円に改定されて以来約10年間増額されなかったことは当事者間に争いがない。

イ 証拠(甲1ないし10(枝番号を含む。),乙6,証人A,控訴人本人,鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(ア) 本件建物は,JR中央線a駅から北西方へ直線距離で約1.4キロメートルに位置し,a市の中央部に位置し,低層及び中層の店舗,事務所,共同住宅等が混在するa市の商業中心部であるB地区周辺に位置し,市役所等の施設へのアクセスに恵まれたところにある。

(イ) 本件建物が位置する地域は,市街化区域,近隣商業地域である。

(ウ) 本件建物の賃料は,昭和44年当時1か月3万6000円であり,同48年には4万円,同51年には4万6000円,同54年には5万円,同58年には5万3000円,平成元年には5万5000円となったものの,その後賃料の増額はなされていない。

(エ) 消費者物価指数は,昭和45年から平成9年までの間に3.15倍,平成元年から平成9年までの間は,1.123倍,家賃は,昭和43年から平成5年までの間に8.3倍,昭和63年から平成5年までの間は1.338倍,市街地(6大都市を除く)の地価は,全国平均で昭和44年から平成10年までの間に4.27倍に高騰しており,平成元年から平成3年までの間は1.25倍であり,平成9年の地価は平成元年とほぼ同率である。

(オ) 公租公課(固定資産税,都市計画税)は,平成元年から平成11年までの間に,土地については1.76倍,建物については0.97倍となっている。

ウ 以上の各事実を総合すると,昭和44年当時から平成11年までの間に賃料増加額に比して,物価,地価,賃料,公租公課等が高騰し,平成元年4月に本件建物の賃料が改定された以降も物価,地価,賃料,土地の公租公課が増加し,付近の地域性から考慮して,本件建物の上記賃料は平成11年7月1日現在不当に低額となるに至ったものと認められ,上記時点において被控訴人からその増額請求をすべき事由が存在したものというべきである。

(2)  相当な賃料額の算定について

ア 賃料額の算定方式としては,利回り法,差額配分法,スライド法等が存在するが,適正賃料額の算定にあたっては,上記方法の1つのみが本則であるということはできず,各種の方式を併用し,それを比較考量したうえ,借家法7条所定の諸契機に賃貸借当事者間の個別的事情を考慮して総合的に判断すべきこととなる。

(ア) 利回り法

C鑑定によれば,平成元年4月賃料改定時の基礎価格に対する純賃料利回りをもとに利回りの推移,基礎価格の変動等を勘案して継続純賃料利回りを査定し,これを価格時点の基礎価格に乗じ,必要諸経費を加算して試算月額支払賃料を次のように査定している。

a 平成11年7月1日時点における本件建物の近隣地域の状況は,上記(1)イ(ア)(イ)のとおりであり,これらの地域的要因を備えている幅員6メートルの舗装市道沿いで,一画地の規模が300平方メートル程度の低層店舗事務所地の標準価格は15万円/平方メートルであり,本件建物の敷地(以下「本件土地」という。)は,価格修正を生ずる個別的要因がないので標準価格を採用し,これに評価数量119.2平方メートルを乗ずると,同時点における本件土地の価格はほぼ1790万円となる。また,前回賃料改定時である平成元年4月1日時点の本件土地の価格は,類似地域内の公示地,基準地の変動率,取引事例価格の変動率をもとに,地域的特性を考慮した遡及時点修正率を125パーセントとし,これに上記標準価格,個性率100パーセント,地積119.2平方メートルを乗ずると,2240万円となる。(乙9のD鑑定では,平成元年4月1日当時の更地価格は2200万円であり,上記C鑑定の価格とほぼ同額である。)

本件建物の価格については,原価法を採用し,本件建物と類似の建物の建築費を参考とし,新規に再調整する場合の再調達原価を査定し,建物の現況及び地域的特性の推移,動向を考慮して,経済的残存耐用年数を査定し,耐用年数に基づく方法と観察減価法とにより,経年変化相応の老朽化,陳腐化等の減価要因を加味して,平成元年4月1日時点において,再調達原価が900万円,現価率が34パーセントとすると,積算価格は306万円となり,平成11年7月1日時点において,再調達原価が1000万円,現価率が10パーセントとすると,積算価格は100万円となる。(乙9のD鑑定では,平成元年4月1日時点では220万円,平成12年8月1日時点では,40万円とするが,再調達原価を810万円とし,現価率を5パーセントとしているところ,その根拠は主に控訴人提出の資料のみに基づくものであることが窺われるので採用しない。)

以上によれば,平成元年4月1日時点の本件土地建物の価格は,合計ほぼ2550万円,平成11年7月1日時点の同価格は,合計ほぼ1890万円となる。

従前の実績純賃料利回りの査定については,従前賃料改定時点の年額支払地代から当時の必要経費(公租公課)を控除して純賃料を求め,これを上記価格で除することにより求めると,平成元年4月1日時点における実績純賃料利回りは,1.0155パーセントとなる。

算式:{66万円(年額支払賃料)-40万1037円(必要経費)}÷2550万円≒1.0155パーセント

なお,D鑑定では,必要経費を31万2700円としているが,その根拠を控訴人の提示資料のみに基づくものであることが窺われるので採用しない。

継続賃料利回りの査定については,本件土地建物の価格の変動,地域的特性,周辺地域の賃料動向を勘案して,1.0155パーセントとした。

b 以上をもとに,価格時点の本件土地建物の価格に継続純賃料利回りを乗じて純賃料を求め,これに必要経費等を加算して利回り法による試算月額支払賃料を求めると,次のとおり,4万7504円となる。

算式:{1890万円(本件土地建物の平成11年7月1日時点の価格)×1.0155パーセント(継続賃料利回り)+37万8113円(必要経費)}÷12≒4万7504円

なお,D鑑定(乙9)では,必要経費を28万9700円としているが,これは控訴人の提示資料のみを根拠にしているから採用しない。

(イ) 差額配分法

対象不動産の経済価値に即応した適正な純賃料と価格時点での実際純賃料との差額を求め,このうち賃貸人に帰属する部分を求め,これと必要経費等を価格時点での実際純賃料に加算して,試算月額純賃料を査定する。

まず,差額純賃料(年額)は,次のとおり47万4113円となる。

算式:1890万円(本件土地建物の平成11年7月1日時点の価格)×4.0パーセント(期待利回り)-{66万円(平成11年7月当時の年額支払賃料)-37万8113円(必要経費)}≒47万4113円

次いで,実際純賃料(年額)は,次のとおり28万1887円となる。

算式:66万円(平成11年7月当時の年額支払賃料)-37万8113円(必要経費)=28万1887円

そこで,この実際純賃料に差額純賃料のうち賃貸人に帰属する部分を2分の1と査定して加算し,必要経費を加算して差額配分法による月額実質賃料を算定すると,次のとおり7万4755円となる。

算式:{28万1887円(実際純賃料)+23万7057円(賃貸人に帰属する差額純賃料)+37万8113円(必要経費)}÷12≒7万4755円

なお,D鑑定では,土地建物の基礎価格が異なり,必要経費,期待利回りがいずれも低めに設定されているが,その根拠が明らかでないので採用しない。

(ウ) スライド法

前回賃料改定時点における実際純賃料に前回賃料改定時から価格時点までのスライド指数を乗じて,必要経費等を加算してスライド法による賃料を査定すると,次のとおり5万7406円となる。

算式:{25万8963円(実際純賃料)×120パーセント(変動率)+37万8113円(必要経費)}÷12≒5万7406円

変動率は,名古屋市の平成元年4月と平成11年7月の家賃指数及び平成元年3月と平成11年9月の全国木造建築費指数を考慮して,120パーセントとしたものである。

なお,D鑑定では名古屋市の家賃指数122.0を参考に留め,愛知県の消費者物価指数112.8及び全国木造建築費指数112.7のみを考慮してスライド指数を113パーセントとしているが,その根拠が明らかでないので採用しない。

イ 試算賃料の調整

以上のとおり,利回り法では4万7504円,差額配分法では7万4755円,スライド法では5万7406円となるところ,C鑑定では,各手法のもつ特徴,精度を点検のうえ,差額配分法,スライド法による試算賃料にやや重点をおいて調整した結果,月額賃料を6万2000円としているが,その根拠が必ずしも明確ではない。そこで,いずれの手法も長短所があることを考慮すると,これらを単純平均し端数処理することが相当であり,その結果,月額賃料は6万円となる。

算式:(4万7504円+7万4755円+5万7406円)÷3≒5万9888円

なお,本件建物の賃料は,昭和44年から昭和58年まで3年ないし4年毎に改定されていたが,昭和58年から平成元年まで6年間は増額されず,さらに,平成元年4月以降5万5000円に増額されたとはいえ,その後本件の増額請求にいたるまで約10年間据え置かれているが,これは,物価,地価,公租公課の上昇があったものの補修工事をしなかったことが原因であった等の経過があることをも考慮すると,各手法で算出した額について単純平均した賃料額1か月6万円を修正すべき特段の事情が存するとはいえない。

したがって,本件建物の賃料は平成11年7月1日以降1か月6万円とするのが相当というべきである。

ウ これに対し,控訴人は,C鑑定は,一時金の授受はないことを前提に評価している点において不当である旨指摘するが,一時金の授受の存在に関する証拠は,控訴人の原審における供述及び同人の陳述書(乙6)のみであるところ,被控訴人がその存在を争っており,控訴人の上記供述を裏付ける領収書等がないことを考慮すると,上記供述及び乙6の存在のみでは一時金の授受の存在を認めるに足りないので,控訴人の上記指摘は採用できない。

また,控訴人は,本件建物はかつて名古屋法務局a支局の玄関入口が近接していたが,平成元年に同支局の建物が増築され,同年4月に玄関入口が正反対の位置に移設したため,同支局の裏側に位置することとなったとし,その出入口が変更となった後は,控訴人の事務所を訪れるフリーの顧客が激減したことを考慮すべきである旨指摘する。しかし,顧客が激減したというもののその程度が明らかではなく,本件建物が法務局に近接している以上,その出入口の変更があったからといって賃料の増減額の事情として重視すべきものではないので,上記指摘は採用できない。

3  本件建物につき,被控訴人が負担すべき修繕義務の範囲について

(1)  賃貸人の修繕義務は,賃借人の賃料支払義務に対応するものであり,経済的には,賃借物の修繕費用を賃貸人が賃料の収取によってまかなうことを前提としており,賃料額に比較して不相当に過大な費用を要する修繕もすべて賃貸人の義務とすることは,当事者間の経済的公平に反することになるので,賃料の額と賃借物の欠陥によって賃借人が被る不便の程度との比較衡量によって決すべきこととなり,賃料額に照らして採算のとれないような費用の支出を要する場合には,賃貸人は修繕義務を負わないものと解するのが相当である。

(2)  そこで,上記観点から本件建物について,被控訴人が負担すべき修繕義務の範囲について検討する。

乙5,乙10ないし乙13,乙17には,控訴人主張の別紙修繕目録Ⅱ記載の修繕箇所を修繕すべきであり,その費用は376万0754円を要する旨の記載がある。しかしながら,その修繕箇所(別紙修繕目録Ⅰ記載部分を除く。)の大半は,外壁修繕,建具の取替等,司法書士事務所としての外観あるいは使い勝手を問題としているものであり,また,土台等建物の基礎部分にかかわる部分の修繕については本件建物が老朽化していることを考慮すると根本的には大修繕を要するものであって,上記記載部分の修繕では根本的な修繕とはならないと考えられる。そして,控訴人主張の修繕を要するとなると,本件建物の賃料が昭和44年において4万円であり,その後賃料増額が4回ほどあったものの,平成元年以降5万5000円で現在まで賃料の増額がされておらず,昭和44年から現在までの賃料の増額率はわずか約3割8分であること,この間(昭和45年から平成9年まで)の物価指数の増加率は,約3.1倍となっていることを考慮すると,これらの修繕をすることまで被控訴人の義務とすることは相当ではない。また,前掲各証拠によれば,本件建物が事務所として使用する目的で賃貸されたこと,控訴人が昭和44年に賃借して以来,被控訴人によって本件建物の出窓と出入口の修理がされたほか修繕がされていないことが認められるものの,他方,証拠(甲11の1,2,甲12,甲13)によれば,本件建物全体に経年による老朽化が進んでおり,そのまま放置しておけない修繕箇所は,谷樋からの雨漏りと畳敷き3畳の部屋の床と,動かない北面東側シャッターの3点であり,その修繕のために要する費用は,26万2500円であって,この程度の修理によっても控訴人の業務に支障が生ずるものではないことが認められ,控訴人の修繕の必要性と賃料額とを比較衡量すると,被控訴人に対し別紙修繕目録Ⅰ記載の各箇所の修繕義務を認めるのが相当である。

第4結論

以上のとおり,本件建物の賃料は平成11年7月1日以降1か月6万円と認めるのが相当であり,被控訴人のその余の賃料確認請求は理由がないから,その旨原判決を変更することとし,控訴人の被控訴人に対する賃料確認反訴請求は理由がなく,控訴人の被控訴人に対する修繕請求は,別紙修繕目録Ⅰ記載の修繕箇所について同目録修繕項目記載の修繕を求める限度で理由があり,その余は理由がないので控訴人のその余の控訴は理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 熊田士朗 裁判官 川添利賢 裁判官 玉越義雄)

(別紙添付省略)

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