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名古屋高等裁判所 平成15年(ネ)17号 判決 2004年3月18日

主文

1  1審原告の控訴に基づき,原判決中1審被告会社及び1審被告Aに係る部分を次のとおり変更する。

(1)  1審被告会社及び1審被告Aは,1審原告に対し,連帯して,6300万円及びこれに対する平成10年12月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  1審原告の1審被告会社及び1審被告Aに対するその余の請求をいずれも棄却する。

2  1審原告の1審被告監査法人に対する控訴を棄却する。

3  1審被告会社及び1審被告Aの各控訴をいずれも棄却する。

4  訴訟費用中,1審原告と1審被告会社及び1審被告Aとの間に生じたものは,1,2審を通じて10分し,その3を1審原告の負担とし,その余は1審被告会社及び1審被告Aの負担とし,1審原告と1審被告監査法人との間で生じた控訴費用は1審原告の負担とする。

5  この判決の主文1(1)は,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  1審原告

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  1審被告らは,1審原告に対し,連帯して9000万円及びこれに対する平成10年12月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は1,2審とも1審被告らの負担とする。

(4)  (2)につき仮執行宣言

2  1審被告会社,1審被告A

(1)  原判決中1審被告会社及び1審被告Aの各敗訴部分を取り消す。

(2)  上記部分にかかる1審原告の請求をいずれも棄却する。

(3)  訴訟費用は1,2審とも1審原告の負担とする。

第2事案の概要

本件は,1審原告がベンチャー企業である株式会社オズパイオニアコーポレーション(以下「オズ」という。)に対して9000万円の出資をしたことに関し,1審被告監査法人の社員であり公認会計士である1審被告Aが,故意または過失により,真実は無価値に等しいオズの株価が1株当り7万5000円である旨の株価算定書を提出するなどして,1審原告をして,オズが優良な企業であり,かつその株価が真実1株当り7万5000円の価値のある会社であると誤信させて上記出資をさせ,1審原告に出資額相当の損害を与えたとして,不法行為に基づき,また,1審被告監査法人,1審被告会社に対しても,それぞれ不法行為または使用者責任に基づき,連帯して損害賠償(不法行為の日の後の日より支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を含む。)を求めたところ,原審が1審被告会社及び1審被告Aに対する請求の一部を認容し,1審被告監査法人に対する請求を棄却したことから,これに不服である1審原告並びに1審被告会社及び1審被告Aがそれぞれ控訴した事案である。

以下,略語は原判決のものに準ずる。

1  争いのない事実等

次のとおり付加訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「2」に摘示のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決3頁7行目の「(以下「B」という。)」を「ことB(以下「B」という。)」と改める。

(2)  同8行目の「Bは,」の後に「1審原告名古屋支店の担当者に対し,オズの」を加える。

(3)  同26行目の「オズの」を「『オズの」と,4頁4行目の「除いた」を「除いた。』」と改める。

2  争点

(1)  本件株価算定書作成当時のオズの財務内容

当事者の主張は,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「4 争点に対する当事者の主張」の「(1) 争点(1)(本件株価算定書作成当時のオズの財務内容)について」の「(原告の主張)」及び「(被告らの主張)」に摘示のとおりであるから,これを引用する。

(2)  1審被告Aの加害行為の有無

(1審原告の主張)

1審被告Aは終始1審被告監査法人の東海地区担当統括社員としてオズの店頭登録のために活動していた者であり,1審原告が本件出資の可否を検討するに当たって提出を求めた資料については,1審原告は,すべて1審被告監査法人の名古屋事務所あるいは1審原告名古屋支社で,1審被告Aの関与のもとに受領しており,1審原告の本件出資についての最終的な意思決定において重要な要素となった本件株価算定書も1審被告Aが作成したものである。

1審被告Aは,1審被告監査法人の業務契約の担当者としてBと月に1回程度面談していたことから,本件株価算定書作成当時,富士銀行のオズに対する融資拒否,同銀行に対するオズの支払遅滞,同銀行のオズに対する相殺事由の発生の各事実を知っていたはずであるが,その原因を求めればオズの債務超過が直ちに判明するのであるから,オズが債務超過で事実上倒産状態にあったことを認識しつつ,1審原告をしてオズが1株当たり7万5000円の価値を有する会社であると誤信させるために,本件株価算定書を作成,提出したものと考えられる。

仮にそうでないとしても,1審被告Aは,本件株価算定書の作成にあたっては,公認会計士として相当な注意を尽くしてオズの財務書類を調査し,適正な数値に基づいて株価を算定すべきであったのにこれを怠り,財務書類を調査せず,オズの債務超過を看過し,粉飾された数値を基礎に株価を過大に算定した本件株価算定書を作成,提出した。

以上のとおり,1審被告Aは,1審原告に対し,オズへの出資を働きかけ,故意または過失により,真実に合致しない内容の本件株価算定書を作成して1審原告に提出し,1審原告をしてオズが優良な企業であり,かつその株式も1株当り7万5000円の価値のあるものであると誤信させたものである。

(1審被告らの主張)

原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「4 争点に対する当事者の主張」の「(3) 争点(3)(被告Aには本件株価算定書の作成・提出に過失が認められるか)について」の「(被告らの主張)」に摘示のとおりであるから,これを引用する。

(3)  1審被告Aの加害行為と本件出資との因果関係の有無

(1審原告の主張)

1審原告は,オズから出資の要請を受け,同社の決算報告書,税務申告書等から1株10万円の提示額は高すぎ,せいぜい6万5000円と判断していたところ,1審被告Aは,1株7万5000円が下限であると主張したため,同人に対し,公認会計士として責任を持って株価7万5000円が妥当である旨明記した株価算定書を提出するよう求め,これに応じて本件株価算定書が交付された。1審原告は,当時,オズから「会計監査1審被告監査法人」と記載されたオズの会社案内を受け取っており,1審原告としては,1審被告Aはオズの代理人であるとの認識であったし,また,オズが1審被告監査法人と顧問契約を締結したのは店頭公開を目指しているためであると聞いていたことから,当然1審被告監査法人がオズの監査をしていると信じていた。しかも,本件株価算定書は,公認会計士であり,1審被告監査法人の担当責任者である1審被告Aが提出したのであるから,1審原告が本件株価算定書の内容を信用することは当然であり,1審原告は,これらの1審被告Aの行為により,オズが1株当たり7万5000円の価値を有する優良な企業であると誤信し,本件出資をすることを決定したのである。

(1審被告らの主張)

もともとベンチャー企業に対する投資は「ハイリスク・ハイリターン」の性質を有する。1審原告もその必要があれば自ら決算書レビュー(簡易監査)を行えばよかっただけのことである。

1審原告は,オズの資金繰りが厳しいこと,決算内容が未監査であることを承知のうえで,1審原告の製造販売するビール等の専売取引の確保を主たる目的とし,Bの人柄,オズの将来性,オズに対する他のベンチャーキャピタルによる投資実績等を判断資料として,ある程度のリスクを念頭におきながらも,オズの成長性に賭けてハイリターンをあてにして本件出資を行ったのである。本件株価算定書は,1審原告名古屋支社とオズとの間で本件出資の合意に達した後,1審原告本社の稟議を通すための形式的な資料として要求されたもので,本件出資との間に因果関係はない。本件株価算定書は,形式・内容ともに簡易であり,一見して信用性が高くないことのわかるものであって,本件株価算定書が1審原告の出資決定を左右するほどに高い信用性を有するものではないことは明らかである。

(4)  1審被告監査法人の責任の有無

(1審原告の主張)

1審被告Aは少くとも東海地区においては1審被告監査法人を代表して業務を行っている者であり,そうでないとしても実質的に本件オズに関する業務については一切の権限を委任されて執り行っていたとみることができ,実質的にみて「理事その他の代理人」にあたるというべきであり,1審被告Aによる本件株価算定書の作成,提出等は,1審被告監査法人の職務を行うにつきなされたものであるから,1審被告監査法人は,公認会計士法34条の22第3項,商法78条2項,民法44条1項に基づき,1審原告に対して損害賠償責任を負う。

また,オズは平成13年の店頭登録を目指し,その目的達成のために1審被告監査法人と業務契約をしたのであり,1審被告Aはこの契約に基づいて1審被告監査法人の東海地区担当統括社員として当該業務に従事することとなり,その業務として1審原告からの出資を得るべく活動していたのである。1審被告Aは,1審被告監査法人の業務として自ら本件株価算定書を作成したことにほかならないから,1審被告監査法人は,民法715条に基づき,1審原告に対して損害賠償責任を負う。

(1審被告監査法人の主張)

1審被告Aは,1審被告監査法人の代表社員ではないので,民法44条1項の準用はない。仮にそうでないとしても,1審被告監査法人は,財務書類の監査又は証明の業務を目的とする監査法人であるから,1審被告Aによる本件株価算定書の作成,提出は,1審被告監査法人の職務を行うにつきされたものとはいえない。仮に上記行為が1審被告監査法人の職務を行うにつきなされたものであるとしても,1審原告には上記行為が1審被告A個人の行為であることについて悪意・重過失がある。

(5)  1審被告会社の責任の有無

(1審原告の主張)

1審被告会社は,本件株価算定書の作成名義人であることから民法709条に基づき,また,1審被告Aによる本件株価算定書の作成,提出は,被告会社の事業の執行につきなされたものであることから民法715条に基づき,1審原告に対して損害賠償責任を負う。

(1審被告会社の主張)

本件株価算定書の作成,提出は1審被告Aの行為であって,1審被告会社が法人活動として行ったものではないから,1審被告会社は民法709条に基づく責任を負うものではない。また,株価算定書の作成は,1審被告会社の業務ではないから,1審被告Aの行為は,事業の執行につきなされたものでなく,1審被告会社は民法715条に基づく責任を負うものでもない。仮に上記行為が1審被告会社の職務を行うにつきなされたものであるとしても,1審原告には上記行為が1審被告A個人の行為であることについて悪意・重過失がある。

(6)  1審原告の損害の有無及び額

当事者の主張は,次のとおり付加訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「4 争点に対する当事者の主張」の「(4) 争点(4)(原告の損害の有無及び額)について」の「(原告の主張)」及び「(被告らの主張)」に摘示のとおりであるから,これを引用する。

ア 原判決7頁24行目の「,社債の振込金」から26行目の「また,」までを「新株引受権付社債の振込金であり,株式投資はわずかに1500万円であるにすぎない。しかも,新株引受権の大半(8割)については新株発行直後に発行前からの約束に基づいてオズの代表者であるBに低額で譲渡されているのである。そうすると,1審原告は社債のうち新株引受権部分については当初から全く関心がなかったのであり,本件出資のうち新株引受権付社債分の7500万円については株式投資とは全く関係ないといわざるを得ない。また,1審原告の行った株式投資についてみても,」と改める。

イ 同8頁2行目の「本件出資額のうち,」の後に「株式投資に相当する部分について」を加える。

(7)  過失相殺の可否及び割合

当事者の主張は,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「4 争点に対する当事者の主張」の「(5) 争点(5)(過失相殺の可否及び割合)について」の「(被告らの主張)」及び「(原告の主張)」に摘示のとおりであるから,これを引用する。

第3当裁判所の判断

1  争点(1)(本件株価算定書作成当時のオズの財務内容)について

(1)  甲第4ないし第6,第13,第23,第27ないし第32,第59号証,乙第1号証の1ないし3,第4号証,証人Bの証言及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

ア オズは,ベンチャーキャピタル各社から投資を受け,また,サントリー株式会社(以下「サントリー」という。)との間で,ビール等の飲料は同社のもののみを専売するとの合意のもとに,平成10年の2月,3月に同社から合計5000万円の包括専売契約料の支払を受けていた。オズは,更に富士銀行から6か月単位の短期貸付として5000万円を借り受け,毎月500万円ずつこれを返済しており,その完済後は5年間の長期貸付を受けられる見込みであった。

ところが,平成10年7月ころ,富士銀行から上記短期貸付金の返済後の貸付を拒否され,同年9月から同銀行に対する債務返済が遅滞に陥り,同銀行との間に相殺事由が発生していた。また,オズは,他の金融機関からも新たな貸付を受けることの困難な状況となり,既にオズに出資していたベンチャーキャピタル各社からの新たな融資も望めない状況となった。

イ オズの平成10年5月決算期(平成9年5月1日から平成10年4月30日まで)の決算報告書は,貸借対照表上の資本の部合計額として6521万0156円が計上されているが,約1億3800万円の損失を計上せず,また,各種の償却を計上しないことによるもので,実際には既に大幅な資本欠損状態であった。

また,平成10年5月1日から同年12月末日までの間における財務内容は,経常損失が約1億8000万円(営業損失は約1億7000万円)であったが,更に特別損失として,上記約1億3800万円の損失を前期損益修正損として計上したほか,固定資産売却損,貸倒損失,営業権償却,開発費償却,ソフト開発費償却を計上し,特別損失は約2億5385万円であったから,当期損失は約4億2698万円となり,資本の欠損が約3億4600万円となっていた。

ウ オズは,平成11年1月以降,東洋信託,三菱信託,第一勧業,中央信託等に対する返済も遅滞に陥るようになった。

エ オズの債権者である丸紅食料株式会社は,平成11年7月18日,同日現在でオズに対し約4500万円の売掛金債権を有しているのにオズはこれを支払わず,オズは債務超過の状態であるとして,名古屋地方裁判所一宮支部に対し,オズの破産申立てをし,同支部は,同年10月22日午前10時,オズを破産者とする破産決定をした。同破産手続において,平成12年1月25日までに届出のあった債権は118件で,届出債権額は約1億6280万円であった。

(2)  上記認定によれば,本件株価算定書の作成された平成10年10月27日当時,オズは大幅な債務超過に陥り,資金繰りも極めて悪化しており,その財務内容は極めて悪い状態であったものと認められる。

2  争点(2)(1審被告Aの加害行為の有無),争点(3)(1審被告Aの加害行為と本件出資との因果関係の有無)について

(1)  甲第1,第12,第40,第45,第51,第52号証,第54号証の2,第56号証,乙第2,第4号証,第8号証の2,3,第11号証の1ないし3,第15ないし第17号証,証人B,同C,同Dの各証言,1審被告A本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。

ア オズは,平成9年9月当時,平成13年における株式の店頭登録を目指しており,同年10月30日,1審被告監査法人との間で,関係会社取引整備,資本政策及び経営全般に関する助言・指導を目的とする業務契約を締結し,1審被告監査法人の東海地区担当統括社員である1審被告Aがその担当者となった。しかし,オズは,本件出資がされるまでの間,1審被告監査法人,1審被告Aその他の公認会計士または監査法人との間で監査契約を締結したことはなかった。

イ Bは,平成10年7月ころオズが富士銀行から貸付けを受けられなくなったことから,ビール会社への資金援助の要請も検討し,サントリーに投資を打診したが断られていたところ,平成10年の8月ころ,富士銀キャピタル株式会社のEの助言もあって,同人を通じて1審原告に投資を依頼することになった。

これを受けて,Eは,1審原告名古屋東支店長のFに対しオズへの出資を要請したが,その際,FがEから交付を受けた資料には,オズが新株引受権付社債(総額1億0500万円,権利行使価格は1株当たり15万円)及び第三者割当増資(最大200株,1株当たり15万円)を予定している旨の記載があったが,Eの話では,1審原告に対しては上記のうち新株引受権付社債の引受を要請するとのことであった。

その後,Fは,オズ側からオズの平成9年度(平成10年4月決算期)の決算報告書の交付を受け,1審原告名古屋支社の経理部部長であったDがこれを検討したところ,同報告書の貸借対照表上の資本の部合計額は6521万0156円,発行済み株式総数は1200株で,1株当たり純資産額は約5万4000円となり,Eから交付された資料に記載された1株当たりの株価を遙かに下回るものであることが判明した。

ウ 一方,Bは,同月下旬ころ,1審被告Aに対し,富士銀行が融資を断ったことや運転資金が足りないなどの事情を話し,支援者を探して欲しいと頼んだところ,1審被告Aは努力すると言った。

エ Eは,同年9月18日に1審原告を訪ね,オズに対する出資の要請をした。

同日,1審原告の名古屋支社長であったC,Fの後任となっていたG支店長,東支店営業担当者のHがオズを訪ね,Bと面談したところ,Bから出資の要請を受けた。そこで,Cらは,Bに対し,出資の可否について検討判断するための関係資料の提出を求めた。

また,このころ,1審原告は,オズ側から「会計監査1審被告監査法人」との記載のある会社案内のパンフレットの交付も受けた。

オ G支店長とDは,同年10月2日,Bから事前に1審被告監査法人の事務所で面談をしたいとの希望があったことから,同所を訪問した。

このときG支店長らがオズ側から渡された資料では,従前とは異なり,第三者割当増資については最大300株,1株当たり10万円と,新株引受権付社債については権利行使価格が1株当たり10万円と変更されており,第三者割当新株300株(1株当たり10万円)及び新株引受権付社債7000万円(権利行使価格は1株当たり10万円)の引受けの合計1億円の出資を要請され,G支店長らは,オズの平成6年4月期から同10年4月期の5期分の決算報告書及び税務申告書,資本政策案,事業計画,中期資金繰計画表を受け取った。

このとき,オズ側には1審被告Aが初めて出席し,Bは,この出資の件については今後すべて1審被告Aを通して欲しいと言って,1審被告AをG支店長らに紹介し,G支店長らは,1審被告Aから「監査法人東海地区担当統括社員,公認会計士」との肩書きのある同人の名刺を受け取った。

Eは,同日の面談を境にオズへの出資の件には関与しなくなった。

カ 1審原告は,上記面談でオズ側から受領した資料を検討したが,決算報告書には監査人による適正意見の付記はなく,また,資本政策案,事業計画,中期資金繰計画表は,いずれも作成名義,日付の記載がないもので,事業計画と中期資金繰計画表は,業績が上がることを予想した内容のものであったが,両者間には,同じ項目の数値であるのに一致していない等,明らかな不整合が認められた。そして,1審原告は,これらの書類を検討した結果,オズの株価としては1株当たり10万円では高すぎると判断した。

キ G支店長,D,Hは,同月26日,1審被告監査法人の事務所で1審被告Aが面談し,1審被告Aがオズの株価として,1株当たり7万5000円で,プレミアム付きで10万円が相当であると述べたのに対し,1審原告側は,これまでに受け取った資料等から判断すれば,せいぜい1株6万5000円が妥当ではないかとの意見を述べた。これに対し,1審被告Aは7万5000円が下限であると断言したことから,Dは,1審被告Aに対し,7万5000円の計算根拠を明らかにする公認会計士の作成した株価算定書を提出するよう求め,1審被告Aはこれを了解し,1審原告側は,翌日,1審被告Aから本件株価算定書を受け取った。

ク 同年11月上旬,1審原告本社において,オズ及び1審被告Aから交付を受けた資料等をもとに本件出資の可否が審議され,積極・消極の両意見が出たが,結局本件出資が承認された。

ケ 1審原告は,同月26日,オズとの間で,オズが現在及び将来開業する飲食店舗において,1審原告の取り扱うビール等の拡売に積極的に努める旨の記載のある確約書を取り交わし,同月27日,1審原告とオズとの間で本件出資の合意がされ,オズは,その店舗で取り扱うビール等の飲料につき,購入先を従前のサントリーから1審原告へ切り替えた。

コ 1審原告は,同月30日,第三者割当増資払込金1500万円,新株引受権付社債払込金7500万円を三菱信託銀行名古屋支店,東海銀行一宮支店のオズの口座に振り込んだ。この際,オズの取引銀行のひとつである富士銀行を振込先としなかったのは,当時富士銀行のオズに対する相殺事由が発生していたことから,富士銀行による相殺を回避するためであった。

サ 1審被告Aは,同年12月ころ,Bから依頼を受け,オズの財務内容の調査を開始したところ,オズは大幅な債務超過の状態であることを知った。

1審被告Aは,本件株価算定書を作成するにあたり,オズの財務書類を全く調査せず,Bから平成11年4月決算期の予想経常利益が約2000万円であると口頭で聴取し,これに依拠して同決算期の予測税引後利益を1000万円と計上し,また,前期(平成10年4月決算期)におけるオズの未監査の決算報告書の貸借対照表上の資本の部合計額である6521万0156円に上記予測税引後利益1000万円を加算して予測純資産を7521万0156円と計上したが,オズが未監査であることは記載しなかった。

シ 1審原告は,本件出資当時,オズが株式未公開のベンチャー企業であることを知っていたが,オズが監査を受けているか否かについてB又は1審被告Aに尋ねたことはなかった。また,B又は1審被告Aが1審原告側に対し,オズが未監査であることを伝えたこともなかった。更に,1審被告Aは,オズが富士銀行に融資を拒否されて資金難に直面しており,富士銀行との間で相殺事由が発生していたことや,富士銀行からの相殺を回避するため,払込金の振込先を富士銀行とはしなかったことを知っていたが,これらの事実を1審原告側に伝えたことはなかった。

ス 株式公開を目指したベンチャー企業は,監査法人などによるショートレビュー(簡易短期監査)を受ける場合が多く,また,株式公開のためには,財務書類につき監査人の適正意見が必要であり,株式公開のための監査を受けてから,適正意見が出されるまでには通常3年から4年かかるといわれている。

(2)  上記認定によれば,1審被告Aは,本件株価算定書作成当時,オズが富士銀行から融資を拒否され,相殺事由が発生していたことを知っており,また,1審被告監査法人がオズと締結した業務契約の担当者であったことから,オズの財務内容にもある程度関与していたものと認められるものの,1審被告Aが,オズが大幅な債務超過にあり,1審原告がオズに投資した後オズが倒産することを予見したうえで,あえて本件投資に関与したとまでは認められず,1審被告Aに故意による不法行為が成立するとする1審原告の主張は採用できない。

しかし,1審被告Aは,平成10年10月2日に1審原告側とオズとの間で行われた面談に出席したのをはじめとして,本件出資に関しオズ側の関係者としてその後の面談に出席し,ことに,本件株価算定書が提出される契機となった同月26日の面談において,オズ側の関係者としてただ1名のみ出席したうえ,Dから株価算定書の作成提出を求められるとその場でこれを了解しているのであって,さらにその際に,オズの株価としては1株当たり7万5000円でプレミアム付きで10万円が相当であると述べるなど,本件出資がオズ側により有利になるよう発言していること,逆に,当時オズが富士銀行から融資を断られていること,オズは未監査であることなど,オズが1審原告から出資を受けるのに不利となる事情についてはなんら説明していないことなどからすれば,1審被告Aが,1審原告に本件出資をさせるために積極的に行動していたことは明らかである。

そして,本件株価算定書には,表紙には1審被告会社の名前が記載されており,また,算定担当者として公認会計士の肩書き付きで1審被告Aの氏名が記載されているところ,1審被告監査法人及び1審被告Aは,本件出資がされるまでオズとの間で監査契約を締結したことはなかったとはいうものの,1審被告Aとオズとの実質的な関係は1審原告には知り得ないところであり,上記1審被告Aの言動や,オズが店頭登録を目指したベンチャー企業であったことからすれば,1審原告が,1審被告Aはオズの会計監査も担当し,オズの財務内容について熟知しているものと考えてもやむを得ないものというべきであり,1審被告Aの上記一連の言動と相俟って,1審原告が,本件株価算定書の記載内容を公認会計士の作成した信用性の高いものと判断し,オズが株価7万5000円の価値を有する優良な企業であると誤信することは当然あり得るところであり,1審被告Aにおいてもこれを当然予見し得たものであるというべきである。

そうすると,1審被告Aは,1審原告から上記のような信頼を受けつつ,オズへの出資要請に関与した者として信義則上相当な注意を尽くしてオズの財務書類を調査し,オズの財務状況を把握したうえで上記発言や資料の作成,提出をすべきであったのにこれを怠り,オズが有利に出資を受けられるよう1審原告に積極的に働きかけ,最終的には未監査の財務書類やBからの口頭での聴取の結果という正確性の裏付けを全く欠く財務情報に依拠して,本件株価算定書を作成,提出したこと(以下,1審被告Aのこれら一連の行為を「本件各行為」という。)によって,1審原告に本件出資をさせたものというべきであり,これによって1審原告に生じた損害を賠償すべき責任を負うものと認めるのが相当である。

(3)  また,上記認定によれば,1審原告は,本件各行為に基づき,オズが株価7万5000円の価値を有する優良な企業であると誤信し,本件出資をすることを決定したものと認められる。

この点,1審被告らは,もともとベンチャー企業に対する投資は「ハイリスク・ハイリターン」の性質を有し,1審原告もその必要があれば自ら決算書レビュー(簡易監査)を行えばよかっただけのことであると主張するが,ベンチャー企業に対する投資が「ハイリスク・ハイリターン」を有するということから,他人を誤信させて投資させた者には何ら不法行為責任が発生しないといい得るものではないことは明白であり,また,1審被告らの上記主張は,公認会計士である1審被告Aの言動を信頼することが誤りであると主張するものとも受け取られかねないものであるが,公認会計士に対する社会の一般的な信頼とはおよそ合致しないものであって,到底採用できない。

なお,1審被告らは,本件株価算定書は,1審原告名古屋支社とオズとの間で本件出資の合意に達した後,1審原告本社の稟議を通すための形式的な資料として要求されたものであると主張するが,上記認定に反し,採用できない。

3  争点(4)(1審被告監査法人の責任の有無)について

甲第7号証によれば,1審被告監査法人は代表社員を置いているところ,本件各行為の当時,1審被告Aは1審被告監査法人の代表社員ではなかったことが認められ,1審被告Aは,1審被告監査法人の代表機関ではないから「理事その他の代理人」にあたらず,本件において,1審被告監査法人が,公認会計士法34条の22第3項の準用する商法78条2項の準用する民法44条1項に基づく責任を負うものとはいえない。この点,1審原告は,1審被告Aは少くとも東海地区においては1審被告監査法人を代表して業務を行っている者であり,そうでないとしても実質的に本件オズに関する業務については一切の権限を委任されて執り行っていたとみることができると主張するが,これらを認めるに足りる証拠はない。

また,本件各行為が1審被告監査法人の事業として行われたものであることを認めるに足りる証拠はなく,更に,本件各行為を外形からみても,監査法人である1審被告監査法人の事業の範囲内に属するものとも認められない。なお,1審原告が平成10年9月ころオズから受け取った会社案内のパンフレットには「会計監査1審被告監査法人」との記載があるが,本件株価算定書には,1審被告監査法人とは別法人である1審被告会社の名称が記載されているのであって,上記パンフレットの記載のみからは,本件各行為が外形上1審被告監査法人の事業の範囲内に属するものと認めることはできない。したがって,1審被告監査法人は,民法715条に基く責任を負うものということもできない。

4  争点(5)(1審被告会社の責任の有無)について

本件株価算定書には,表紙に1審被告会社の名称の記載があり,また,算定担当者として1審被告Aの氏名の記載があるところ,これらの記載に照らせば,その作成名義人は1審被告会社であり,1審被告Aが実際の作成を担当したものとみることができる。そして,甲第8号証によれば,1審被告会社は,「企業の予算管理及び原価計算の指導,企業組織,人事,商品政策及び財務等の改善指導,各種企業の事業計画,市場調査の請負,企業間の提携及び合併に関する仲介及びコンサルタント業,前各号に付帯する一切の業務」等を目的とする会社であることが認められるところ,1審被告会社名義でオズの株価算定書を作成し提出する行為は上記業務に含まれるものと解されるから,1審被告Aが1審被告会社の作成名義で本件株価算定書を作成し,これを1審原告に提出した行為は,外形上1審被告会社の事業の範囲内に属するものと認められ,1審被告Aが1審被告会社の取締役であることからすれば,上記行為に基づく損害は1審被告会社にとって,被用者がその事業の執行に付き第三者に加えた損害にあたるというべきである。

したがって,1審被告会社は,民法715条に基づき,上記1審被告Aの行為によって1審原告に生じた損害を賠償すべき責任を負うものと認めるのが相当である。

5  争点(6)(1審原告の損害の有無及び額)について

オズが破産宣告を受けた以上,1審原告が取得したオズの株式が無価値になったことは当然であり,また,新株引受権付社債の部分についても,1審原告が破産手続においてオズから配当を受けたことの主張立証はないから,結局,1審原告は,本件出資に際して支出した9000万円の全額について損害を受けたものというべきである。

この点,1審被告らは,本件出資額のうち新株引受権付社債分7500万円は株価の算定とは因果関係がない旨主張するが,もともと本件出資は1審原告がEから新株引受権付社債の引受を要請されたことから始まったものであり,1審原告が株価算定書の提出を求めたのも,単に株式投資のための資料としてではなく,オズが9000万円の出資をするのに値する企業かどうかを見極めるためのものであったことが明らかであるから,上記部分と本件各行為との間に因果関係がないということはできない。

また,1審被告らは,1審原告は,ビールの専売取引により利益を得ており,損害を被っていないと主張するが,本件出資の対価はあくまで株式及び新株引受権付社債であり,1審原告がオズの財務内容について誤信がなければ本件出資はしなかったであろうとみられる関係にある以上,1審原告が本件出資をしたことによって生じた損失がその損害であるということができ,1審原告がオズとのビール専売取引によって利益を受けていたとしても,1審被告らの出捐によって1審原告が損害の一部を回復したという関係にはないから,これをもって本件出資による損害の損益相殺等とみることも困難であり,1審被告らの上記主張は採用できない。

6  争点(7)(過失相殺の可否及び割合)について

1審原告が1審被告Aの言動を信用した点には無理からぬ面があったとはいえるものの,ベンチャー企業であるオズに対する出資を決定するに際し,1審原告としても独自の調査をすることにより本件出資を中止する余地も十分残されていたといえる点は指摘せざるを得ない(現に,1審原告本社の審議では本件出資に対する消極意見もみられたところである。)。その他本件に顕れた一切の事情を考慮すれば,本件によって1審原告に生じた損害につき,過失相殺として3割を控除するのが相当である。

7  結語

以上のとおりであるから,1審原告の1審被告A及び1審被告会社に対する請求は,本件出資による損害額9000万円に3割の過失相殺による減額を施した6300万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成10年12月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で理由があるからこの限度で認容し,その余は理由がないから棄却することとし,1審原告の1審被告監査法人に対する請求は,理由がないから棄却すべきである。

よって,1審原告の控訴に基づき,1審被告A及び1審被告会社との関係でこれとは異なる原判決を変更し,1審原告の1審被告監査法人に対する控訴並びに1審被告A及び1審被告会社の各控訴はいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川克介 裁判官 鬼頭清貴 裁判官 濱口浩)

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