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名古屋高等裁判所 平成15年(ネ)245号 判決 2003年12月26日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  控訴人と被控訴人学校法人桜花学園との間で,控訴人が被控訴人学校法人桜花学園に対し,労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

(3)  被控訴人学校法人桜花学園は,控訴人に対し,200万円及びこれに対する平成10年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)  被控訴人学校法人桜花学園は,控訴人に対し,平成10年4月以降毎月21日限り,月額14万1100円の割合による金員及びこれに対する上記各支払期日の翌日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(5)  被控訴人aは,控訴人に対し,10万円及びこれに対する平成11年12月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(6)  訴訟費用は,第1,第2審とも,被控訴人らの負担とする。

(7)  仮執行宣言

2  被控訴人ら

主文と同旨

第2事実関係

事実関係は,原判決「事実及び理由」欄第2記載のとおりであるから,これを引用する。

第3争点に対する判断

1  本件労働関係

(1)  被控訴人学園の本案前の主張(原判決「事実及び理由」欄第2の2(2)①)に対する判断

被控訴人学園の本案前の主張(原判決「事実及び理由」欄第2の2(2)①)に対する判断は,原判決「事実及び理由」欄第3の1(1)記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)  控訴人と被控訴人学園との労働契約(以下「本件労働契約」という。)に解雇権濫用法理が適用ないし類推適用されるか(原判決「事実及び理由」欄第2の2(1)①の争点)について

ア 甲6,甲7,甲65,乙6ないし9,乙36,乙38,乙45,乙47,乙49,証人b,同cの各証言,被控訴人a及び原審原告dの各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 控訴人は,昭和53年9月22日付けで,被控訴人学園から委嘱期間を昭和53年10月1日より昭和54年3月31日までとして本件短大保育科の音楽の非常勤講師の委嘱を受け,以後控訴人に対する本件委嘱停止(以下「本件委嘱停止」の文言は,控訴人に対する委嘱停止の意味で使う。)に至るまで毎年反復して1年以内の期間で委嘱を更新してきたものであるが,本件保育科の他の音楽の非常勤講師にも長期間にわたって同様に反復して委嘱を受けてきた者が多かった。

(イ) 控訴人は,本件委嘱停止まで,途中1,2年間特Ⅰを担当したほかは,音楽Ⅰを担当していた。なお,従前の音楽Ⅰは後記のとおりバイエル教則本修了を目的とするピアノ実技指導の授業であり(ただし,昭和54年に1学年度だけ音楽Ⅰの授業としてミュージックラボラトリーという電子オルガンを使った集団授業を担当したことがあった。),特Ⅰは,音楽Ⅰの単位未取得の学生に対する補習授業であった。

そして,このように控訴人が担当してきた音楽Ⅰという科目は,専任教員と非常勤講師が各人で数名の学生を担当して行っていたものであるが,この授業が非常勤講師に委嘱されるのは,少人数教育でなされるピアノ実技指導の教員を全て専任教員で賄うことができないためであって,授業内容に専任教員か非常勤講師かによる差異があった訳ではなかった。

(ウ) ところで,本件短大では,非常勤講師の採用は,各学科の専任教員で構成される学科会議の推薦に基づき,教授会の機関で非常勤講師人事を所掌する教務委員会において短期大学設置基準所定の講師の資格等を審査した上,全学の審議機関である教授会で決定されるが,その委嘱期間は1年以内とされており,次年度も当該非常勤講師に対する委嘱を継続しようとする場合には,次年度の教育課程の編成に伴う人事として毎年9月から12月ころにかけて行われる学科会議で審議され,同会議で出席者の過半数の信任投票によって可決された後,順次教務委員会と教授会の議を経て最終的に決定されるものとされており,それ以降の更新についても1年毎に同様の手続が履践されていた。

そして,控訴人に対する委嘱の更新もこの手続に則って行われていた。

(エ) その間,被控訴人学園では,昭和56年か昭和57年ころまでは,非常勤講師に対する委嘱の更新の際に当該非常勤講師との間で特に契約書を取り交わしてはいなかったが,昭和56年か昭和57年ころ以降,毎年「非常勤講師契約書」と題する契約書を取り交わすようになった。この契約書には,委嘱する授業科目や総時限数,報酬等のほかに,委嘱期間を当該委嘱年度の4月14日ころから翌年3月31日までとすることが明記されており,この書面が,毎年2月ころ非常勤講師に送付され,非常勤講師がこれに押印して返送するという方法で取り交わされていた。

そして,控訴人についても,昭和56年か昭和57年ころ以降同様にして契約書が取り交わされていた。

(オ) なお,本件短大の非常勤講師の職務内容は,原則として上記契約で委嘱された担当科目の授業を行うだけで,それ以外は格別拘束されることはなく,兼職も自由で,届出の必要もなかった。

そして,控訴人においても,本件委嘱停止以前から,他に日本福祉大学等で非常勤講師の職を得ている。

イ 以上の認定事実に基づき,まず,本件労働契約が期間の定めのない労働契約に転化したか否かにつき考えるに,前記のとおり本件労働契約は当初から委嘱期間を昭和53年10月1日より昭和54年3月31日と明確に定めて締結され,その後も一貫して1年以内の委嘱期間を明定して更新されているのであるから,その契約が期間の定めのない労働契約に転化したものということはできない。

ウ 次に,期間の定めのある労働契約でも,いずれかからの格別の意思表示がなければ当然更新されるべき労働契約を締結する意思であったものと認められる場合には,当然更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたものとして,いわゆる雇止めの効力を判断するのに解雇に関する法理を類推すべきものといえる。

しかるところ,本件労働契約が19回も更新されて20年近く存続してきていることや,本件保育科の他の音楽の非常勤講師にも長期間にわたって反復して委嘱を受けてきた者が多いこと,音楽Ⅰや特Ⅰの授業が非常勤講師に委嘱されるのは,少人数教育の必要なピアノ実技指導を全て専任教員で賄うことができないためであって,授業内容の点では,非常勤講師と委嘱期間の定めのない専任教員との間に特段の差異がないことからすれば,本件労働契約の雇止めの効力を判断するのに解雇に関する法理を類推すべき素地が全くないというわけではない。

しかしながら,本件短大における非常勤講師の委嘱は,1年毎に学科会議で実質的に審議され,教務委員会や教授会の議を経て更新するという手続が履践されており,対非常勤講師の関係においても,昭和56年か昭和57年ころ以降は,毎年,委嘱期間が明記された契約書が委嘱更新の内定した非常勤講師に送付され,当該非常勤講師がこれに押印して返送されるということが繰り返されているのであって,被控訴人学園と非常勤講師の労働契約が当事者双方の1学年の間の授業の委嘱という共通認識の下に更新されていたことは明らかであり,控訴人についてもその例外ではないのであるから,本件労働契約がいずれかから格別の意思表示がなければ当然更新されるべきものとして締結されていたものと解することは困難であり,当然更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたものとすることはできない。

エ さらに,期間の定めのある労働契約が,期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたものとまではいえないにしても,その労働契約に労働者がある程度の継続を期待することに合理性が認められる場合には,期間満了によって当然に終了するものとはせず,雇止めには相応の理由を要するものと考えるのが相当であるので,この点について検討する。

前記のとおり,本件労働契約の更新においては,毎回期間の定めが明記された契約書が取り交わされており,被控訴人学園において永続的な労働契約の存続を期待させるような節があったとはいえず,本件短大の非常勤講師は原則として担当科目の授業を行うことだけが職務内容であり,兼職について何の制約もなく届出さえ必要とされていないことからすれば,その労使関係はさほど密着したものともいえず,本件労働契約において,控訴人が雇用関係の継続を期待することの合理性はあまり高くないといわざるを得ない。

しかしながら,本件労働契約は更新が19回も繰り返されて20年近くも存続してきており,本件保育科の他の音楽の非常勤講師の多くも同様に長期間にわたって雇用が存続されていることからすれば,本件労働契約について,雇用継続の期待を保護する必要性を全く否定して,期間満了によって契約が当然に終了するとまで断ずることは躊躇されるのであって,本件の場合にも,雇止めには相応の理由を要するものと考えるのが相当である。

ただ,このように,本件労働契約における雇用継続の期待を保護する必要性は,期間の定めのない契約に転化したり,期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在している場合と比べ,薄いものといわざるを得ないことからすれば,雇止めの理由にそれ程強いものが要求されるのではなく,一応の相当性が認められれば足りるものというべきである。

なお,上記雇止めの理由について,いわゆる整理解雇の4要件を必要とするものでないことはいうまでもない。

(3)  本件委嘱停止に相当性があるといえるか(原判決「事実及び理由」欄第2の2(1)②の争点)について

ア 甲28,甲31,甲37の2ないし4,甲46,甲52,甲56,甲57,甲61,甲73,乙15,乙17,乙19ないし21,乙36ないし38,乙41ないし46,証人b,同c,同e及び同fの各証言,被控訴人a本人尋問の結果によれば,以下の事実が認められる。

(ア) 平成3年6月3日の短期大学設置基準の改正によって,短期大学の設置基準が大幅に簡素化され,カリキュラムも従来より相当柔軟に編成できるようになったことから,本件短大は,平成7年ころから教育,授業のあり方の見直しを進め,週5日授業体制を導入しての授業内容の変更等を検討していた。

(イ) 本件保育科の音楽関係の科目には,従前音楽Ⅰ,音楽Ⅱと特Ⅰがあって,音楽Ⅰは1年時のバイエル教則本(全106曲)の修了を到達目標とするピアノ実技の科目,音楽Ⅱは2年時の幼児歌曲の伴奏法として幼児歌曲10曲の弾き歌いの修了及び歌唱法の修得を目的とする科目であった。音楽Ⅰの単位は保母資格取得の必修要件であり,幼稚園教諭2種の資格取得にも同科目か音楽Ⅱの単位が必要であったことから,音楽Ⅰの単位未取得の学生に対する授業として特Ⅰを開設しており,この科目によってバイエルを修得すれば,音楽Ⅰの単位も与えていた。

そして,音楽Ⅰは約60名の学生を10名の教師で指導し,音楽Ⅱは約50名の学生を5名の教師で指導し,特Ⅰは約30名の学生を5名の教師で指導する体制をとっていた。

(ウ) 本件カリキュラム改革では,保母の採用時に幼児歌曲の弾き語りが重視されるようになったことや,週5日授業体制によって特Ⅰの開講が困難になったこと等から,音楽Ⅰをピアノ初心者と既修者とにクラス分けし,初心者クラスを5名の,既修者クラスを2名の教員で指導することにし,音楽Ⅱを声楽コース,アンサンブルコース,ピアノコースの3コース選択制とし,特Ⅰは廃止して,バイエル教則本未修了者は,音楽Ⅱの上記ピアノコースを選択して学修できるようにした。

そして,このことと従前いずれも音楽Ⅰを週2時限だけ担当していたg専任教授とh非常勤講師が本件カリキュラム改革によってそれぞれ4時限担当することが可能になったことが相俟って,平成10年度から音楽Ⅰは2名の専任教授と7名の非常勤講師でまかなえることになった。

(エ) 本件カリキュラム改革は,保育科の学科長及び専任教員で構成する学科内将来計画委員会が検討に当たり,平成9年7月の同委員会で具体的な改革案が提案され,同年9月の学科会議で具体化されて教員減員の方向が示され,同年12月3日の学科会議で本件カリキュラム変更の原案が確定されて音楽Ⅰ担当の非常勤講師3名の減員が確定し,その会議で引き続き控訴人を含む非常勤講師3名について1名ずつ信任投票が行われ,いずれについても過半数の不信任投票がなされ,その後教務委員会と教授会の議を経て控訴人を含む上記3名の非常勤講師の委嘱停止が決定した。

なお,その際もう1名の非常勤講師の名前も一旦は挙がったが,特に不信任の対象とはならなかった。

(オ) 減員の対象となった控訴人を含む上記非常勤講師3名は平成9年12月の学科会議が行われる以前から事実上名前が挙がっていたものであるが,控訴人の名前が挙がったことには,次のような理由があった。

すなわち,本件保育科の平成4年度のゼミを担当していたe教授は,ゼミの学生(以下「A」という。)が同年6月に入ってから欠席するようになったため,Aの友人に事情を尋ねてみると,Aは控訴人の担当する音楽Ⅰの授業も受けていたところ,控訴人のピアノの指導を恐れてその授業を休むようになり,そのうち他の授業やゼミも休むようになったとのことであったため,Aと2回ほど面接して控訴人の指導方法が穏当でないとの問題を感じ,他にも控訴人の指導に学生から苦情が寄せられていたため,学科会議に報告した。その結果,e教授が控訴人と面接して事情聴取することになり,同年9月に面談して学生の状況に配慮した指導をするよう申し入れたが,控訴人は心外な様子で,反省の弁はなかった。そして,Aはその後1学年後期から休学し,平成6年3月に退学している。

また,平成6年度本件保育科の学科長を勤めていた被控訴人aは,同年9月ころ,ゼミを担当しているi講師からゼミの学生(以下「B」という。)が,同人の受けている音楽Ⅰの授業が原因で退学するといって親と騒動になっているとの相談を受けた。そこで,被控訴人aとi講師がBと面談したところ,Bはピアノ実技に自信を持っていたのが,音楽Ⅰの授業で控訴人に厳しく叱責されて耐えられなかったとのことであった。そこでi講師が同年10月の学科会議でこのことを報告したところ,被控訴人aにおいて控訴人と面談することになり,後日被控訴人aが控訴人と会い,学生の指導方法には十分に留意するよう申し入れたが,この時も控訴人に特に反省の弁はなかった。

ただ,Aの音楽Ⅰの授業への出席状況については,同人が新学期の当初の授業を3回欠席した後,5月中旬から6月にかけては出席していることを示す控訴人の教務手帳(甲28)があり,また控訴人代理人がAに電話で問い合わせた際,Aがピアノの授業は苦手だったが控訴人が原因ではなく,本件短大を退学したのもピアノの授業とは無関係である旨の回答があったことを記載した同代理人の報告書(甲60)があり,さらに同様の趣旨を記載した陳述書(甲73)もある。

また,Bについては,控訴人代理人が電話で問い合わせると,控訴人のことは覚えていないとの回答があったことを記載した同代理人の報告書(甲61)がある。

イ 以上の事実によれば,本件カリキュラム改革は,平成3年の短期大学設置基準の改正等といった社会状況を背景とする教育改革動向に基づき計画されたものであって,高等教育の実施機関たる大学の専権事項の範囲に属するものであり,その授業内容の編成や授業時限の設定,担当教員数や受講学生数にも一定の合理性が認められるから,これ以外に委嘱停止となる非常勤講師を生じさせないようなカリキュラム編成の方策が仮にあったとしても,なお,その相当性が失われるものではない。

また,控訴人が減員の対象に挙がった理由ついては,e教授や被控訴人aの控訴人に対する問題認識の前提となった事実関係に必ずしも真実性を確認できない部分があるにしても,控訴人を含む3人の非常勤講師に対する不信任投票がなされた学科会議が開催された平成9年12月当時控訴人と本件保育学科の専任教員との間に教育方針をめぐる意見の食い違いが生じていたことは否定できない。

そして,他に減員の対象となる非常勤講師がいなかったことも考え併せれば,前記のとおり雇用継続の期待を保護する必要性の比較的薄い本件労働契約においては,このような理由でも一応の相当性は認められるものというべきである。

なお,大学における非常勤講師は,大学側の必要性から採用される雇用形態であり,大学の教育活動に重要な役割を果たしているものであるとしても,それをもってただちに上記判断が左右されるものではない。

(4)  以上のとおりであるから,本件委嘱停止は有効であり,本件労働契約は平成10年3月31日をもって終了したものといえる。

したがって,また,本件委嘱停止は被控訴人学園の控訴人に対する不法行為に当たるものでもない(原判決「事実及び理由」欄第2の2(1)③の争点)。

2  本件不法行為関係

本件不法行為関係(原判決「事実及び理由」欄第2の2(3)及び(4)の主張)に対する判断は,原判決「事実及び理由」欄第3の2記載のとおりであるから,これを引用する。

3  結論

したがって,控訴人の請求はいずれも理由がなく,これを棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 熊田士朗 裁判官 川添利賢 裁判官 玉越義雄)

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