大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成15年(ネ)270号 判決 2004年3月23日

主文

1  原判決中,控訴人の敗訴部分を取り消す。

2  控訴人と被控訴人とを離婚する。

3  控訴人・被控訴人間の未成年者A(1992年9月17日生)及びB(1995年4月23日生)の親権者をいずれも控訴人と定める。

4  訴訟費用は,1,2審とも,被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は,控訴人が被控訴人に対し,離婚と2人の子供の親権者を控訴人と指定することを求めて本訴を提起したところ,被控訴人が控訴人に対し,離婚と2人の子供の親権者を被控訴人と指定することを求めて反訴を提起した事案であり,原審が,当事者間の婚姻関係は完全に破綻していると認められるが,ブラジル連邦共和国の民法(1977年12月27日施行の同国の「夫婦関係及び婚姻の解消,その効果,手続その他の措置に関する法律」)によれば,夫婦が離婚するには,必ず裁判上の離別の決定を得て,更に3年間経過しなければならないところ,この要件を満たしていないとして,当事者双方の請求をいずれも棄却する旨の判決を言い渡したので,これに不服がある控訴人が控訴したものである。

2  前提事実(甲3及び5の各1・2,弁論の全趣旨)

控訴人と被控訴人は,1991年11月16日,ブラジル連邦共和国サンパウロ市で婚姻の手続をした夫婦であり,両者の間には,A(1992年9月17日生)及びB(1995年4月23日生)の2人の女子(以下「2人の子供」という。)がある。

3  控訴人の主張

(1)  離婚原因について

控訴人と被控訴人の父親との不和に端を発して,控訴人と被控訴人の夫婦関係は悪化し,互いに会話もせず,家庭内別居の状態が継続していたところ,平成13年9月13日,被控訴人は2人の子供を連れて家を出た。同月24日以降,控訴人は交際中であったCと同居し,平成14年4月2日には,控訴人とCの間には男児が出生しており,他方,被控訴人にも交際している男性がいる。したがって,控訴人及び被控訴人の婚姻関係は,完全に破綻しており,回復の見込みはなく,「婚姻を継続し難い重大な事由」が存する。

(2)  ブラジル民法における離婚の要件について

原審の口頭弁論終結の日の翌日である平成15年(2003年)1月10日,1988年10月5日付ブラジル連邦共和国憲法の憲法改正に伴う改正ブラジル民法が施行された。新民法1580条補項によれば,裁判上の離別の1年後または2年の事実上の離別が証明される場合,離婚は成立するものと定めている。控訴人と被控訴人とは,平成13年9月13日から別居しており,控訴人と被控訴人との間の事実上の離別は,2年以上にわたるのであるから,ブラジル法上の離婚原因が存在するというべきである。

(3)  親権者の指定について

控訴人と被控訴人の間の2人の子供は,現在控訴人と生活を共にしており,いずれも,控訴人との生活を希望していて,母親である被控訴人の下で生活したくないと述べているが,これは,被控訴人と男性との交際が原因となっている。2人の子供の健全な養育のためには,父親である控訴人との同居が適切である。

控訴人は,本件離婚訴訟に伴うトラブルのため,在留資格を喪失しているが,本件離婚が成立すれば,日系ブラジル人女性と結婚の約束をしており,現在の入国管理の実務では,別の日系人との再婚を前提とした在留特別資格(出入国管理及び難民認定法50条)によって控訴人が在留資格を回復することができることが確実である。控訴人は,現在は在留資格を失い,一時的に就労を自粛しているが,在留資格を回復すれば,就職して収入を得ることができ,2人の子供の生活を保障する生活能力を回復することは明らかである。

別居後2年間,2人の子供は被控訴人による養育を望まず,被控訴人も2人の子供に対する養育を放棄し,養育のための金銭や物資による援助すら行っていない。

ブラジル新民法第1584条は,「子どもの親権は,双方の合意が図れない場合,生活能力において優位と判断される側にもたらされる」と規定するものの,第1586条によれば,「重大な諸問題及び事情が存在する場合において,子どもの親権は判事の判断により,両親の経歴をも考慮し,その判定により決定する」ことになっているのであって,控訴人が2人の子供に対して愛情をもって養育を継続しており,2人の子供も控訴人を慕って控訴人に養育されることを望んでいるなどの状況に照らせば,控訴人が2人の子供の親権者と指定されるべきである。

4  被控訴人の主張

(1)  離婚原因について

控訴人は,被控訴人との婚姻中に愛人(C)を作り,その間に子供も出生し,被控訴人を家から追い出して愛人と同居した。したがって,控訴人及び被控訴人の婚姻関係は,完全に破綻しており,回復の見込みはない。

(2)  親権者の指定について

被控訴人は,日系3世であり,在留資格は定住者であるから,日本での永続的な生活が可能であるところ,現在定職を有し,経済的にも安定している。他方,控訴人は,短期滞在の資格であり,在留資格を失う可能性も高いうえ,現在失業しており,経済的に安定した生活は期待できないし,被控訴人との婚姻中に交際していた愛人と同居しているのであって,幼い2人の子供がこのような女性とともに暮らすことが適当でないことは明らかである。被控訴人は,2人の子供と暮らすことを強く希望しており,2人の子供の福祉のためには,いずれも親権者を母親である被控訴人と定めるのが相当である。

第3当裁判所の判断

1  国際裁判管轄及び準拠法について

外国人同士の離婚訴訟については,国際裁判管轄権に関する明文の規定がないけれども,「被告の住所地を原則としたうえ,例外的に,原告が被告によって遺棄された場合,被告が行方不明となっている場合,その他これに準ずる場合には,原告の住所地に管轄権がある」(最高裁昭和39年3月25日大法廷判決・民集18巻3号486頁)とするのが相当である。本件においては,控訴人及び被控訴人の国籍はいずれもブラジル連邦共和国であって,1991年11月27日に来日して以来,1995年から1996年にかけて一時帰国した期間を除き,長年にわたって日本に居住しており,いずれも日本に住所があるから,控訴人と被控訴人との離婚訴訟については,我が国に裁判管轄権があると認められる。そして,離婚に伴う親権者の指定は,離婚の成否と一体のものとして行われるべき裁判であるから,離婚事件について裁判管轄権を有する国に裁判権があるというべきである。

本件訴訟において適用すべき準拠法について検討すると,離婚に関しては,法例16条本文により,夫婦の共通本国法であるブラジル連邦共和国の法律によることとなる。また,離婚に伴う親権者の指定については,離婚後の親子の法律関係の基本をなす問題であるから,離婚後の子の福祉を基準にして判断すべき事柄であり,法例21条によって準拠法を定めるのが相当と解され,親(父母)及び子の共通本国法であるブラジル連邦共和国の法律によることとなる。よって,本件訴訟においては,全てブラジル連邦共和国の法律を適用して判断すべきこととなる。

2  事実関係

当事者間の現在までの経緯については,原判決の「事実及び理由」欄の「第3」の「2」に説示のとおりであるから,これを引用する。

3  離婚について

ブラジル連邦共和国においては,従来離婚訴訟において,裁判上の離別が必須要件であったが,1988年10月5日付ブラジル連邦共和国憲法の施行に伴って部分的に改定され,同憲法第226条補項6は,裁判上の離別(別居)の判決後1年以上が経過した場合または2年以上の事実上の離別が証明された場合,離婚が成立し得ると規定したことを受けて,2002年1月10日付法律第10406号(新民法典,2003年1月10日施行)は,裁判上の離別の1年後(第1580条本文)または2年の事実上の離別が証明される場合(第1580条補項2),離婚は成立し得ると規定した(弁論の全趣旨)。

前記2の事実関係によれば,控訴人と被控訴人とは,平成13年(2001年)9月項から,当審における口頭弁論終結まで2年3か月以上にわたって別居状態が続いており,双方とも婚姻を継続する意思を完全に喪失していて婚姻関係は完全に破綻していると認められるから,ブラジル連邦共和国の2002年1月10日付法律第10406号の第1580条補項2により,離婚することができる。

4  親権者について

上記2002年1月10日付法律第10406号においては,離婚に伴う子供の親権者の指定について,第1584条が「子どもの親権は,双方の合意が図れない場合,生活能力において優位と判断される側にもたらされる」と規定するものの,第1586条は「重大な諸問題及び事情が存在する場合において,子どもの親権は判事の判断により,両親の経歴も考慮し,その判定により決定する」と定められている。

前記2で認定の事実,証拠(甲27の1・2,28の1・2,29)及び弁論の全趣旨によれば,平成13年9月に控訴人夫婦が別居した際には,被控訴人とともに控訴人宅を出て被控訴人の下で監護養育されていた2人の子供が,平成14年8月控訴人のところへ遊びに行った際に,被控訴人に対する不満を述べて控訴人との生活を希望したことから,以後,今日まで2人の子供は控訴人と同居していること,控訴人は2人の子供に対して愛情をもって養育を継続しており,2人の子供も控訴人の下で順調に成長していること,控訴人は,現在は永住資格を有する被控訴人と別居したことから,在留資格を失い,仕事に就けない状態にあるが,被控訴人との離婚が成立すれば,日系ブラジル人として永住資格をもつCとの再婚を予定しており,在留資格を回復して再び日本で就労することができる可能性は相当程度認められること,被控訴人は,2人の子供たちのために,金銭的な援助をしていないし,衣服やおもちゃ等の品物も援助していないこと,被控訴人は,当審において,平成15年11月21日に行われた進行協議期日及び平成16年1月20日に行われた口頭弁論期日につき,いずれもあらかじめ裁判所から出頭を求める呼出状が送達されたにもかかわらず,当裁判所に出頭しないし,全く連絡をとっていないうえ,答弁書などの書類も提出していないので,現在は2人の子供の親権者となる熱意があるか疑問であることが認められる。

すると,現在の収入から見る限り,被控訴人の方が控訴人よりも生活能力において優位であるといえるが,2人の子供は被控訴人の下での監護養育を好まず,控訴人の下での生活を続けているのであって,この事実は子供の親権者を定める上で,重要な事情であると認められる。そして,現状では,被控訴人の方が控訴人よりも生活能力において優位であるといい得るが,これは在留資格の喪失に伴う日本国内での就労制限に基づく一時的なもので,基本的には,控訴人の方が生活能力において優れていると考えられること,控訴人が2人の子供に対して愛情をもって養育を継続しており,2人の子供も控訴人に養育されることを望んでいること,現在では,被控訴人が2人の子供の親権者となって監護養育することにどれだけ意欲があるか疑問であることなどの状況を勘案すれば,子の福祉に照らし,控訴人を2人の子供の親権者と指定することが相当である。

5  以上によれば,控訴人の離婚請求は理由があるので,これを認容し,控訴人を2人の子供の親権者に指定するのが相当であるところ,これと結論を異にする原判決を取り消して,離婚及び親権者指定の判決をすることとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川克介 裁判官 鬼頭清貴 裁判官 濱口浩)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例