名古屋高等裁判所 平成15年(ネ)405号 判決 2003年12月18日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は,1審原告の負担とする。
事実及び理由
(以下,略語は原判決に準ずる。)
第1当事者の求めた裁判
1 1審原告
(1) 原判決を取り消す。
(2) 1審被告は,1審原告に対し,600万円及びこれに対する平成13年10月27日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも1審被告の負担とする。
(4) 仮執行宣言
2 1審被告
主文同旨
第2事案の概要
1 本件は,1審原告が,1審被告に対し,主位的に,普通預金契約に基づき,600万円の普通預金の払戻しとこれに対する本訴状送達日の翌日から支払済みまで商事法定利率による遅延損害金の支払を求め,予備的に,1審被告のした預金の払戻しが有効であるとしても,1審被告において,副印鑑制度を廃止し,安全な印鑑検索システム等の導入を怠り,少なくとも,預金契約に際してその危険性を説明すべき注意義務を怠ったとして,債務不履行に基づき,上記同額の損害賠償金の支払を求めたところ,1審被告が,主位的請求につき,債権の準占有者に対する有効な弁済により1審原告の預金債権は消滅していること,あるいは,預金取引上の免責約款により免責されることを,予備的請求につき,債務不履行を否認し,仮定的に,損害保険金の受領による損益相殺を主張して争った事案である。
原審は,1審被告の預金払戻しは,債権の準占有者に対する弁済として有効であり,また,1審被告に債務不履行はないとして,1審原告の本件請求をいずれも棄却したため,1審原告がこれを不服として控訴した。
2 争いのない事実,争点及び当事者の主張は,当審での主張を踏まえて次のとおり改めるほか,原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」の二,三のとおりであるからこれを引用する(但し,原判決「事実及び理由」の「第二 事案の概要」の「三争点」の「(一) 原告の主張」と「(二) 被告の主張」の順序を入れ替える。)。
(1) 原判決2頁5行目の「原告は,」を「1審原告は,1審被告との間で普通預金契約を締結し,」と,10行目の「窃取した。」を「窃取した(原審証人A)。」と,20行目から21行目までを「(1) 本件払戻請求書に使用された印影(以下「本件印影」という。)は偽造されたものであり,届出印鑑票による印影(以下「届出の印影」という。)とは,次のとおりの相違があり,これらの相違は,平面照合によっても,一般人が熟視すれば発見することが可能であり,ましてや印鑑照合事務に習熟している銀行員が業務上相当の注意を払って熟視するならば肉眼をもって容易に発見できたもので,これを同一の印章による印影であると判断した窓口担当者には過失がある。」とそれぞれ改める。
(2) 原判決3頁13行目の次に,以下を加える。
「⑦ 「ナショナル」の「ョ」の真ん中の横線の部分について,届出の印影は直線的であるが,本件印影は上へ曲がっている。
⑧ 「ナショナル」の「ル」の2画目の上の部分について,届出の印影は外側の円と接しているが,本件印影は接していない。
⑨ 同様に「ル」の2画目の最後の部分についても,届出の印影は内側の円と接して次の「株」の木偏の左下部分と重なるが,本件印影は内側の円と接しておらず,次の「株」の木偏の左下部分とも重なっていない。
⑩ 「株式会社」の「株」の「朱」の最後の部分が届出の印影は内側の円に接するまでとなっているが,本件印影は内側の円の中まで出てしまっている。
⑪ 「株式会社」の「式」の左上の部分について,届出の印影は外側の円と接しているが,本件印影は接していない。
⑫ 「株式会社」の「式」の上から2本目の横線の最後の部分についても,届出の印影は縦の線と接していないが,本件印影は接している。
⑬ 「株式会社」の「会」の四角い部分の大きさが届出の印影よりも本件印影の方が大きい。
⑭ 「株式会社」の「社」の示偏の左上の部分について,届出の印影は「会」の右上の部分と接していないが,本件印影は接しているばかりか交差している。
⑮ 同様に「社」の示偏の下の部分についても,届出の印影は両側の縦線が真ん中の線と離れているが,本件印影はくっついている。
⑯ 同様に「社」の「土」の上の部分について,届出の印影は外側の円と接しているが,本件印影は接していない。
⑰ 同様に「社」の「土」の下の部分について,本件印影は不鮮明である。
⑱ 内側の円の中の「銀行之印」の「銀」(左上の部分)の文字について,本件印影は明らかに不鮮明であり,判別できる部分においても届出の印影とは刻字全体の字配りの特徴,全体の字の角度及び字画の特徴等が違っている。
⑲ 内側の円の中の「銀行之印」の「行」(右上の部分)の文字についても,本件印影には不鮮明な部分があり,判別できる部分においても届出の印影とは刻字全体の字配りの特徴,全体の字の角度及び字画の特徴等が違っている。
⑳ 内側の円の中の「銀行之印」の「之」(左下の部分)の文字について,本件印影は届出の印影よりも明らかに太くなっている。
21 内側の円の中の「銀行之印」の「印」(右下の部分)の文字について,本件印影は明らかに不鮮明である。」
(3) 原判決3頁14行目から16行目までを削除し,17行目の「⑧」を「22」と,19行目の「印鑑照合について」を「平面照合について」とそれぞれ改める。
(4) 原判決3頁22行目の「本人確認をすべき」から23行目までを次のとおり改める。
「本人確認をし,印鑑を再度押捺してもらうべきであり,印鑑照合についても平面照合の方法だけでなく,折り重ねや拡大鏡を使用するなどして慎重に照合すべきであって,これらをすれば容易に本件払戻請求書が偽造であり,同請求書を持参した者に本件の預金についての受領権限がないことに気付いたはずであり,これをせず,漫然と払戻しをした窓口担当者には,重大な過失がある。」
(5) 原判決3頁24行目の「① 本件払戻金額は,」を「① 本件払戻しは,朝早い10時10分ころであり,その払戻金額も,」と改める。
(6) 原判決4頁5行目の次に,以下を加える。
「⑤ 本件印影は,朱肉ではなく,スタンプが使用されている。
⑥ 1審被告は,一般に,払戻請求書の口座番号欄を左詰めで記載するよう指導していたのに,本件払戻請求書の口座番号欄は右詰めで記載されている。
⑦ 本件払戻請求者は,本件通帳以外に個人名義の預金通帳2冊を所持し,個人の通帳からいくら払戻しができるか質問している。
(3) 以上によれば,1審被告がした本件払戻しには過失がなかったということはできないから,本件払戻しは債権の準占有者に対する有効な弁済とはいえず,また,預金取引上の免責もあり得ない。」
(7) 原判決5頁7行目の「有効である。」を「有効であり,1審原告の本件預金債権は消滅している。」と改める。
(8) 原判決5頁18行目の末尾に,以下を加える。
「また,1審被告は,払戻請求書の口座番号欄を左詰めで記載するよう指導していない。更に,小企業にあっては,資金不足の際に代表者個人の資金を法人の資金に充当することは日常行われることであり,本件払戻請求者が本件通帳以外に代表者の個人名義の預金通帳を所持し,払戻しにつき質問したことをもって,不審を抱くべき事由とはいえない。」
(9) 原判決5頁19行目の「副印鑑制度の」を「副印鑑制度の廃止ないし」と改める。
(10) 原判決5頁21ないし23行目を次のとおり改める。
「近年,技術等の進歩により,預金通帳が盗取された場合,通帳に付された副印鑑から印鑑あるいは印影を偽造して,払戻手続がなされる事件が多発するようになり,本件払戻し当時には,これらの事件が社会問題化していた状況にあり,警察等からの指導や偽造払戻しなどの事案による副印鑑制度の危険性を熟知している1審被告は,危険な副印鑑制度を廃止して新システムを導入するか,少なくとも預金者に対して,その危険性を直接説明する義務を負っていたというべきである。ところが,1審被告は,これらの義務に違反して,当時,副印鑑制度をそのまま維持し,1審原告に同制度の危険性を説明していなかったもので債務不履行責任がある。」
第3当裁判所の判断
当裁判所も,以下に述べるとおり,1審被告の本件払戻しは,債権の準占有者に対する弁済として有効であって,本件請求になる預金債権は弁済により消滅しており,1審被告には,本件当時,副印鑑制度を廃止し,安全な新システムを導入すべき義務,ないしは,同制度の危険性を説明すべき義務があったと認められず,1審原告の本件請求は,いずれも理由がないものと判断する。
1 争点1(債権の準占有者に対する弁済)について
(1) 本件において,1審被告の本件払戻し担当者は,本件印影と届出の印影とを同一の印鑑によるものと判断して本件払戻しをしたものである。そこでまず,上記各印影(以下「両印影」という。)が同一か否かについてみるに,甲1号証,乙1,2号証によれば,両印影は,ともに円形で,その外側の円の直径はいずれも約18㎜,内側の円の直径はいずれも約10㎜であり,外側の円と内側の円との間の空間部分に円を一周する形で「B株式会社」と,内側の円の中に「銀行之印」とそれぞれ配列されており,1審原告も自認しているとおり,その印影の大きさ,形態はほぼ同じであり,書体,字の大きさ,配列及び全体の字の角度や刻字された字と余白の割合等もほとんど同じであって,外形上,両印影は酷似しているといえる。
ところが,上記各号証によって,両印影を仔細に検討すると(なお,以下,①,②などの数字は,1審原告の主張(1)の数字に対応するものである。),①届出の印影では「インター」の「ン」の字の2画目が,横の部分と縦の部分では縦の部分が長いが,本件印影は,横の部分と縦の部分の割合がほとんど同じであること,②本件印影の「インター」の「タ」の字の縦線の最下部が,届出の印影に比べてやや丸くカーブしていること,③「ナショナル」の2つ目の「ナ」の2画目の下の部分が,届出の印影では内側の円に接しているのに,本件印影は接していないこと,⑤「株式会社」の「株」の木偏部分が,届出の印影では内側の円に接するまで延びているのに,本件印影では,接していないこと,また,「株」の「朱」の下の部分は,本件印影では不鮮明となっていること,⑥「株式会社」の「会」の真ん中の四角い部分について,届出の印影は右の線に接していないが,本件印影は,右の線と接していること,⑦「ナショナル」の「ョ」の真ん中の横線の部分が,届出の印影では直線的であるが,本件印影は上へわずかに曲がっていること,⑧「ナショナル」の「ル」の2画目の上の部分が,届出の印影は外側の円と接しているが,本件印影は接していないこと,⑨同様に「ル」の2画目の最後の部分が,届出の印影は内側の円と接して次の「株」の木偏の左下部分と重なるが,本件印影は内側の円と接しておらず,次の「株」の木偏の左下部分とも重なっていないこと,⑪「株式会社」の「式」の左上の部分が,届出の印影は外側の円と接しているが,本件印影は接していないこと,⑫「株式会社」の「式」の届出の印影は,上から2本目の横線の最後の部分は次の「会」の縦の線と接しておらず,また,上から3本目の横線の中間の部分が離れているが,本件印影は2本目の横線が「会」の縦の線と接し,また,上から3本目の横線が中間の部分で離れていないこと,⑬「株式会社」の「会」の四角い部分の大きさが,届出の印影よりも本件印影の方が少し横に大きいこと,⑭「株式会社」の「社」の示偏の左上の部分が,届出の印影は「会」の右上の部分と接していないが,本件印影は交差していること,⑮同様に「社」の示偏の下の部分が,届出の印影は両側の縦線が真ん中の線と離れているが,本件印影はくっついていること,⑯同様に「社」の「土」の上の部分が,届出の印影は外側の円と接しているが,本件印影は接していないこと,⑰同様に「社」の「土」の下の部分が本件印影は不鮮明であること,⑱,⑲,21内側の円の中の「銀行之印」の各文字が本件印影は一部不鮮明であること,⑳内側の円の中の「銀行之印」の「之」(左下の部分)の文字について,本件印影は届出の印影よりもやや太くなっていることがそれぞれ認められる。なお,その他1審原告は,⑩「株式会社」の「株」の「朱」の最後の部分が,届出の印影は内側の円に接するまでとなっているが,本件印影は不鮮明ではあるものの内側の円の中まで出ているように見えることを指摘し,本件印影の内側のの円にまたがって「ノ」印が存在するが,これが「株」の字の「朱」の最後の部分か否か不明であり,結局,これを認めることができない。なお,1審原告は,④「ナショナル」の「ル」の字の2画目の上に,届出の印影には「゛」が付いているのに,本件印影には付いていないことを指摘するが,これは,甲2号証の印影をもって届出の印影であるとするもので明らかな誤解である。また,確かに,届出の印影と本件印影とでは,その色に差がある〔本件印影(乙2)は,届出の印影が朱色に近いのに対し,やや赤味が勝っている。但し,乙2号証の「原本」は,照合によると,記録編綴の書証写しより微妙にやや朱に近い色をしている。〕と認められるものの,本件印影が朱肉によるものか,スタンプによるものかについては,印影を仔細に検討するも判然としない。
(2) ところで,一般に,金融機関としての銀行に対し,払戻請求書によって預金の払戻しが請求された場合,当該払戻請求書上の印影と届出印鑑の印影とを照合するに当たっては,特段の事情のない限り,肉眼によるいわゆる平面照合の方法をもってすれば足りるにしても,銀行の照合事務担当者に対して社会通念上一般に期待されている業務上相当の注意をもって慎重に事を行うことを要し,かかる事務に習熟している銀行員がこのような相当の注意を払って熟視すれば肉眼をもって発見し得るような印影の相違が看過されたときは,当該担当者に過失があるものというべきである(最高裁昭和46年6月10日第一小法廷判決・民集25巻4号492頁参照)。
以上の見地に立って本件についてみるに,前記認定になる届出の印影と本件印影との相違(後記部分を除く。)は,いずれも微妙な違いであって,前記(1)でみた両印影の外形上の一致とあいまって,通常人が指摘されて,相当の注意力をもってしても肉眼をもっては,両者の違いを看破することは著しく困難であり,印影の照合事務に習熟している銀行員(なお,本件払戻しを担当した1審被告の従業員Cは,本件当時,窓口業務6ないし7年の経験を有する照合事務に習熟した銀行員であった。)が,業務上相当の注意をもってしても肉眼をもって発見し得るような相違があったものとまでは認められない。確かに,本件では,前記認定のとおり,本件印影に明らかな不鮮明部分(⑤後段,⑰,⑱,⑲,21)もあるが,押捺された印影については,印鑑の使い込みによる印鑑自体の変化,押捺時の紙質,押捺時の力の強弱,押捺の仕方等の使用条件によっても多少の相違は生じるものであり(原審証人C,弁論の全趣旨),本件についても,いずれも同一印章によりながらその使用条件等の変化によって生じ得る相違の範囲内にあるものと思料でき,本件印影に不鮮明部分があることをもって,印鑑照合事務に習熟した者が,いわゆる平面照合を行い,相当の注意力をもって熟視しても肉眼をもって発見し得るような相違であるとまで認めることはできない。
(3) そこで,次に,本件払戻しにおいて,いわゆる平面照合では十分でないとすべき特段の事情があったか否かを検討するに,まず,本件では,本件払戻しを受けた人物について,当時,その風貌,態度及び挙動等において不審な点はなかったものと認められる(原審証人C,弁論の全趣旨)。次に,本件払戻請求がなされたのは,午前10時10分ころである(弁論の全趣旨)が,1審被告の窓口業務は,午前9時から開始されており(原審証人C),1時間以上経過した時間帯での払戻請求であり,その時間が特段の意味を持つような事情にはなく,また,本件払戻請求の金額は確かに多額ではあるが,これまでの1審原告の預金取引中でも多額の普通預金が出金されたことがあり(例えば,平成12年12月27日に153万9069円,同月28日に492万4461円,平成13年1月12日に200万円の約定振替がされている。甲3),著しく不自然で不審な払戻額であるとも認められない。そして,Cは,1審原告の預金払戻手続を通常誰が行っていたかの記憶がなく,かつ,1審被告の窓口にいつも経理担当の代表者の妻が来ていた(原審証人A)としても,その認識もなかった(原審証人C)ことからすれば,仮にいつもと違う男性による払戻手続がとられたとしても,本件払戻しが不正なものであると疑わせるものではない。また,会社が普通預金口座名義人である場合に,払戻請求書の『おなまえ』欄の記載についてゴム印を使用して記名するのが一般的とまでは認められず,Cは1審原告が常にゴム印を使用していたかどうか覚えていないこと(原審証人C)からすれば,本件払戻請求書の1審原告名が手書きであったからといって,本件払戻しを不正なものと疑わせるものではない。
本件印影が朱肉によるものか,スタンプによるものかは,前記のとおり判然としておらず,Cが朱肉によるものと思った(原審証人C)としても,不自然なことではない。さらに,口座番号欄の左詰めの記載は,1審被告のコンピューター処理のため便宜上しているものにすぎず(弁論の全趣旨),本件払戻請求書の口座番号欄が右詰めで記載されても,それ自体不都合なことではなく,顧客に対し左詰めでの記載を指導していたとも認められない。本件払戻請求時,払戻請求者が「D」名義の預金通帳2冊を持っており,個人の通帳からいくら払戻しができるかをCに対して尋ねている(原審証人C)が,1審被告の代表者と同じ名字の通帳であり,これらの通帳からの払戻可能金額を確認したからといって,直ちに払戻請求者を不審な人物と窺わせるような事情とまではいえない。したがって,1審被告の窓口業務の担当者として,払戻請求者の受領権限につき疑いを差しはさむべき特段の事情があったものとは認められない。
(4) そうすると,1審被告の窓口業務担当者(C)が本件印影と届出の印影とを平面照合の方法によって同一の印鑑によるものと信じて本件払戻しをしたことについて過失を認めることはできない。
2 争点2(1審被告の債務不履行ないし説明義務違反)について
副印鑑制度については,近年,印刷技術等の進歩により,従前考えられなかった形式や方法等による印鑑ないし印影の偽造が容易になされるようになり,預金通帳が盗取された場合,通帳に付された印影(副印鑑)から印鑑あるいは印影を偽造して,預金の払戻しを受ける事件がしばしば発生しており,預金者にとって副印鑑制度が必ずしも安全なものではないといえる(弁論の全趣旨)から,一般に,金融機関としては,その危険性を十分認識して取引事務を行うことが要請されているというべきである。
しかしながら,証拠(乙5の1ないし6,原審証人C)及び弁論の全趣旨によれば,1審被告は,電子印鑑システムの開発に伴い,副印鑑制度を廃止し,同システムによる印鑑照合方式の採用を決定して,その導入の準備に取り掛かっていたが,本件払戻請求を受けた当時はまだ1審被告の四日市支店では,その実施がなされていなかったものであるところ,他の金融機関においても同様の対策が検討されつつあったこと及び他の金融機関に比べて,1審被告の同システムの導入が大幅に遅れていたことなどの事情は認められず,副印鑑制度の危険性が指摘されていた当時の状況を考慮しても,1審被告が新システムを導入すべき義務を怠っていたものとまでは認められない。また,1審被告が電子印鑑システムの導入までの過渡期において,金融機関として,副印鑑制度の危険性について,顧客に対し,説明し,周知させることが好ましいことは事実であるが,預金契約において,信義則上,その法的義務を負っているとまで認めることはできず,1審原告の上記主張は採用することができない。
第4結論
よって,1審原告の本件請求は理由がなく,これを棄却した原判決は相当であるので,本件控訴を棄却することとし,控訴費用の負担を定めて,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 田中由子 裁判官 小林克美 裁判官 佐藤真弘)