大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成15年(ネ)492号 判決 2004年4月16日

主文

1  原判決を次のとおり変更する。

2  被控訴人は控訴人に対し,150万1179円及びこれに対する平成10年9月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  控訴人のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを100分し,その3を被控訴人の負担とし,その余を控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  控訴人

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  被控訴人は控訴人に対し,5202万5706円及びこれに対する平成10年9月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(なお,遅延損害金に関する部分は,当審において請求を拡張した。)

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(1)  本件控訴(当審で拡張した請求を含めて)を棄却する。

(2)  控訴費用は控訴人の負担とする。

第2事実関係

1  本件は,控訴人が被控訴人に対し,交通事故によって頚椎捻挫等の傷害を受け,これが原因となって脳梗塞による左上肢機能障害の後遺障害が生じたとして,逸失利益,慰謝料等及びこれに対する訴状送達の日の翌日からの遅延損害金の支払いを求めたところ,原審は本件交通事故と脳梗塞の発症との因果関係を認めず,同発症までの損害賠償請求の一部のみを認容し,その余の損害賠償請求を棄却したため,控訴人が控訴するとともに,控訴審において遅延損害金請求に関する起算日を交通事故発生時としてその請求を拡張した事案である。

2  事実関係は,原判決の「事実及び理由」欄の第2記載のとおりであるから,これを引用する。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,控訴人の請求は150万1179円及びこれに対する平成10年9月14日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があり,その余は理由がないものと判断するが,その理由は次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第3記載のとおりであるからこれを引用する。

(1)  原判決6頁21行目と22行目の間に次のとおり付加する。

「 この点,控訴人は,脳梗塞の受傷機転として頚部の直接打撲や過伸展が考えられるが,強烈なむち打ちによって頚部が損傷し,その後の牽引療法を誘因として過伸展が発生することは十分考えられる旨指摘する。

しかしながら,前記(原判決6頁13行目の「原告が受けた」から21行目の「考えにくい。」まで)のとおり,A鑑定によれば,控訴人が受けたと推定される頚部の過伸展により頚部の総頚・内頚動脈,椎骨動脈が損傷を受けたと考えられる所見が脳血管撮影上ないこと,さらに通常の牽引方法では,頚部の過伸展,過回旋が発生しないことが認められ,他方,本件において控訴人の指摘するような過伸展が発生することを認めるに足りる的確な証拠がないことに照らすと,控訴人の上記指摘は採用できない。」

(2)  同7頁10行目と11行目の間に次のとおり付加する。

「 この点,控訴人は,従前から高血圧が原因で体調不良になったことは全くないのに,控訴人が受傷前から高血圧症を患っていたことを前提として,B医師の意見を否定することはできない旨指摘する。

しかしながら,C内科消化器科に受診した際の血圧測定結果は,平成5年3月5日時点で110/76㎜Hgであったものの,平成10年4月4日では152/90㎜Hg,同年6月22日では148/90㎜Hgで感冒等であったとはいえ,上記数値は高めで境界領域であったというべきであり(A鑑定),この点を無視することはできないので,控訴人の上記主張は採用できない。」

(3)  同7頁21行目と22行目の間に次のとおり付加する。

「 この点,控訴人は,B医師は控訴人を実際に診察し,過去の控訴人の定期検診における資料を精査した上で,本件交通事故前に症状がなく,事故後に発症したことをもって,事故と脳梗塞発症との因果関係を肯定しているのであって,B医師の意見は,信用性が高い旨指摘する。

しかしながら,前記(原判決5頁8行目から17行目まで,同7頁6行目から10行目まで)のとおり,B医師は,脳梗塞を発症した後に実際に診察したものの,事故前に控訴人の血圧が高めであったことを前提としておらず,また,事故前に症状がなく,事故の約4か月後に発症したことをもって因果関係が否定できないとするものであって,積極的に因果関係を肯定したものではないばかりか,その科学的な実証のための平衡神経学的諸検査ないし神経学的及び理学的検査を行った上での意見ではないから,証拠として十分であるとはいえないので,上記指摘は採用できない。

また,控訴人は,過去の症例に照らせば,事故から1年8か月後に脳梗塞に至った実例(甲49,50)がある旨指摘する。

しかしながら,控訴人指摘の実例は,症状の内容,程度やその変移,症状発生の原因についての医師の意見等に照らして本件とは事案が異なるものであるので,上記指摘は採用できない。

なお,甲52(「損害賠償の立場から見た交通事故医療の問題点」と題する文献)中には,肺動脈血栓症よりは稀な合併症ではあるが,頭頚部の外傷により血管壁の損傷を生じ,2次的に血管閉塞や動脈瘤,動静脈瘻などを生ずることがあり,頻度は低いものの,時間を経て発症するために因果関係の判断にとりわけ注意を要するとし,また,頚部内頚動脈閉塞症の発症は,交通事故が原因となることが最も多く,非開放性頚動脈損傷により生じ,頚部に所見のないものが75パーセントとされ,内膜損傷による血栓形成での閉塞や,内・中膜の断裂による動脈壁解離で血管が徐々に閉塞される場合があり,内頚動脈閉塞による症状は受傷12ないし48時間後に出現することが多いが,遅いものでは75日後との報告もあり,さらに,残存する解離性動脈瘤の血栓が剥離して前大脳動脈や中大脳動脈を閉塞し,数か月ないし数年後に発症を見ることもあるとの記載部分がある。

しかしながら,上記記載もA鑑定と矛盾するものではなく,A鑑定によれば,甲22(松阪中央総合病院のカルテ等)は,動脈硬化性変化により通常みられる内頚動脈の壁不整と椎骨動脈の狭窄を示すものであって,控訴人が受けたと推定される頚部の過伸展により総頚・内頚動脈,椎骨動脈が損傷を受けたと考えられる所見は,脳血管撮影でもみられず,控訴人の上記症状の原因は,外傷性と考えにくいものであることが認められるから,上記記載部分を本件に当てはめることはできない。」

(4)  同8頁8行目と9行目を次のとおり改める。

「 本件交通事故による控訴人の傷害の内容・程度,治療経過(通院期間は129日で,通院実日数が82日である。)のほか,前記(本判決による補正後の原判決第3の1)のとおり,事故と脳梗塞発症に因果関係は認められないものの,鑑定の結果によれば,外傷による精神的負担が血圧の変動もしくは高血圧症の発生を助長したと考えられ,この点で外傷が脳梗塞の発症に関して間接的な原因(誘因)であることが否定できないものと認められることをも慰謝料額算定の事情として斟酌することとし,慰謝料額は135万円とするのが相当である。」

(5)  同8頁23行目の「85万円」を「135万円」と改める。

(6)  同8頁25行目の「246万4127円」を「296万4127円」と改める。

(7)  同9頁2行目の「86万1179円」を「136万1179円」と改める。

(8)  同9頁4行目の「9万円」を「14万円」と改める。

(9)  同9頁5行目の「95万1179円」を「150万1179円」と改める。

2  結論

以上のとおり,控訴人の請求は本件事故による損害賠償金150万1179円及びこれに対する同事故の日である平成10年9月14日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり,その余は理由がないから,その旨原判決を変更することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 熊田士朗 裁判官 川添利賢)

裁判官 玉越義雄は,転官のため署名押印することができない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例