名古屋高等裁判所 平成15年(ネ)555号 判決 2004年3月10日
控訴人
株式会社損害保険ジャパン
上記代表者代表取締役
平野浩志
上記訴訟代理人弁護士
石上日出男
同
服部恭子
被控訴人
甲野太郎
上記訴訟代理人弁護士
福島啓氏
同
鈴木良明
同
加島光
主文
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
主文と同旨
2 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
本件は,被控訴人が,自己が使用していた自家用普通乗用自動車が盗難に遭ったとして,損害保険会社である控訴人に対し,控訴人との間で締結していた損害保険契約(車両保険)に基づいて保険金801万8000円及びこれに対する平成13年3月9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,日本興亜損害保険株式会社に対し,同社との間で締結していた損害保険契約に基づいて119万8000円及びこれに対する平成13年3月9日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審は,控訴人に対し,660万円及びこれに対する平成13年3月9日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を,日本興亜損害保険株式会社に対し,14万1000円及びこれに対する平成13年3月9日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を命じ,その余の請求は棄却したところ,控訴人のみが控訴した。
1 前提事実
(1) 被控訴人は,普通乗用自動車(BMW740i。登録番号:名古屋303と○○○○。以下「本件車両」という。)を使用している(所有者は国内信販株式会社。乙1)。
(2) 被控訴人は,平成12年2月29日,控訴人(当時の商号は安田火災海上保険株式会社)との間で,以下の内容の損害保険契約(以下「旧保険」という。)を締結した(争いがない)。
ア 保険の種類 自動車総合保険(PAP)
イ 証券番号 <省略>
ウ 保険期間 平成12年3月15日午後4時から平成13年3月15日午後4時まで。
エ 車名・仕様 BMW740i
オ 登録番号 名古屋303と○○○○
(3) 被控訴人は,平成12年4月13日,控訴人との間で,以下の内容の損害保険契約(以下「本件車両保険」という。)を締結し,これにより,旧保険は,車両保険を含むSAPとして変更され,解約された(争いがない)。
ア 保険の種類 車両保険を含むSAP(自家用自動車総合保険)
イ 証券番号 <省略>
ウ 保険期間 平成12年4月13日から平成13年4月13日まで。
エ 対象車 名古屋303と○○○○
オ 車両保険価額(金額) 660万円
カ その他 自動車積載中の身の回り品担保特約
(4) 被控訴人は,平成13年3月8日,控訴人に対し,本件車両保険に基づく保険金の支払を書面にて請求し,同書面は,同月9日に控訴人に到達した(争いがない)。
2 本件の争点
被控訴人は,本件訴訟において,本件車両は何者かによって盗まれた(以下「本件被害」という。)ものであるから,本件被害は偶然の事故によって生じたものであるとして,本件車両の保険価額660万円と本件車両に積載していた動産の価額141万8000円の合計801万8000円(及び遅延損害金)を請求しているところ,控訴人は,本件被害の偶然性を否認するとともに,本件車両保険において動産は盗難の場合には不担保となっているとして請求額についても争っている。
したがって,本件の争点は,本件被害は偶然の事故によるものといえるか(争点1),本件車両保険に基づく保険金額はいくらか(争点2)である。
3 争点に対する当事者の主張
(1) 争点1(本件被害の偶然性)について
(被控訴人)
ア 被控訴人は,住所地である名古屋市南区本星崎町字西田<番地略>所在の△△(以下「本件マンション」という。)502号に居住し,本件マンションの駐車場(以下「本件駐車場」という。)に本件車両を駐車していたところ,平成12年11月1日午後1時ころから翌2日午前11時ころまでの間,本件車両を何者かによって盗まれるという被害(本件被害)に遭った。
イ 当時,被控訴人は,勤めていた不動産会社を辞めて自ら新しい会社を設立する準備をし,平成12年11月1日と2日は仕事を休んで本件マンションに居た。被控訴人が本件車両を最後に確認したのは,11月1日の午後1時ころで,翌2日,当時同居していた乙山花子(以下「乙山」という。)と買い物に行くため本件駐車場に行ったところ,本件車両がなくなっているのに気付き,すぐに近くの交番に行ったが,誰もいなかったので,愛知県南警察署に被害届を提出し,被害事実を申告した。
ウ その後,平成13年2月26日,自動車窃盗容疑で逮捕された被疑者のうちの1人から,処分を頼まれた車両(トヨタハイエース三河33す×××)が愛知県丹羽郡扶桑町大字南山名字<番地略>所在の顕宝寺北側路上に放置してある旨の供述がなされ,警察が,上記車両を調べたところ,車両の中に,ナンバープレート39組(78枚),テレビ及び工具などがあり,その中から本件車両のナンバープレート1組(2枚)が発見された。
エ したがって,本件被害は,偶然の事故によって生じたものである。
オ 控訴人の主張に対する反論
(ア) 控訴人の主張アについて
イモビライザー装着車が非装着車に比べて盗難されにくいという事実はあるが,100パーセント盗難されないというものではない。
そして,①本件駐車場はマンションの駐車場であり,人通り,交通量は少ない,②本件車両のナンバープレートの発見は,別の自動車窃盗事件の被疑者の供述からなされた捜索によるものであって,発見状況に不自然な点はない,③被控訴人の盗難前の行動に不自然な点はない,④被控訴人は経済的に困窮しているわけではなく,保険金の不正請求をする動機がない,⑤被控訴人及びその親族にも保険事故は発生していない,⑥関与した代理店にも不審な点はない,というように,本件車両が盗難されたと推認するに十分な間接事実がある。
(イ) 控訴人の主張イについて
本件車両の鍵は,1本しかなく,本件被害時,被控訴人は本件車両の鍵を所持していた。
なお,控訴人は,株式会社A工業(以下「A工業」という。)の回答から本件車両の鍵は2本あったと主張するが,A工業の回答は売却先すら確定的に答えられないもので信用できないし,A工業が売却した際には2本あったとしても,その中間者が所有していた間に鍵が1本になってしまった可能性が十分ある。
(ウ) 控訴人の主張オについて
a 同オの(ウ)について
被控訴人がすぐに警察に連絡しようとしたことは不自然ではなく,特に逸脱した行動であるとはいえない。
b 同オの(エ)について
乙山との同棲(交際)を解消しているのであるから,過去のことについて詳細な部分にわたってまで答えられなくともやむを得ないし,そもそも乙山の仕事は,水泳のインストラクターであり,授業のコマごとに仕事があり,不規則だったものであるから,被控訴人が乙山の休日や勤務時間について答えられないことをもって不自然であるとはいえない。
c 同オの(オ)について
乙2号証には,名鉄オートにおいてエンジン交換を勧めたことが窺えるが,乗れない状態ではない。また,エンジン交換が必要な車両であることは,本件被害が盗難によるものではないことを裏付ける事実にはならない。
d 同オの(カ)について
丙川春男(以下「丙川」という。)の自動車盗難事故と本件被害は何ら関連性はない。また,被控訴人と丙川の関係は,行きつけの店の店主と客であり,本件車両の入手を依頼したという関係にすぎない。
(控訴人)
ア 盗難防止装置(イモビライザー)について
本件車両は,盗難防止装置(イモビライザー)付きで,本件車両専用の正規キー(以下「本件鍵」という。)なくして解除されることはない。
乙12号証によれば,セルシオの盗難件数は,平成12年度から平成13年度は138件から78件と減少しているが,セルシオについては平成9年からイモビライザーが装着されており,盗難の多くは平成9年以前の車であり,平成9年以降の年式の車については盗難は激減している。
さらに,乙13号証によればイモビライザーが装着された車の盗難は全盗難件数1183件のうち53件である。そして,53件のうち,鍵を付けたままにしたもの(12件),スペアキーを車両内においていたもの(5件)を除外すると,36件にすぎない。しかも,36件の中には,被害者の記憶違い,偽装盗難,積載車による盗難があることも考えれば,それ以外の事例は,全国で年間11台から20台程度,割合にして全体の1〜2パーセント程度にしかすぎず,愛知県において年間1件あるかないかの確率でしかない。
したがって,客観的には,イモビライザーが装着されている車の盗難は,不可能な状態というべきである。
イ 鍵の本数について
本件車両の前所有者であるA工業が本件車両を売却した時に本件鍵は2本存在していた。
もっとも,原審証人丙川や被控訴人は,原審において本件車両を被控訴人に引き渡したときに本件鍵は1本しかなかったと供述している。しかし,スペアキーがない場合には,本件鍵を紛失した場合,大変面倒な事態に陥ることは,被控訴人も認識していたし,本件車両は高級車であることも考慮すると,スペアキーを作成しないということは極めて不自然な行動である。
これらの事情を考慮すると,本件鍵は,1本ではなく,スペアキーも含め2本存在したと考えるのが自然である。
ウ イモビライザーの解除(解読)について
イモビライザー装着車を正規キーなしに作動させるためには,IDコードをロムライターで読み取った上,暗号を解読する必要がある。
しかし,その場合には,エンジンコントロールコンピュータ自体を自動車から外した上,コンピュータからロムを取り出す必要があり,この作業だけで60分ないし70分程度要する。しかも,ロムライターで読み取る作業も数時間はかかる上,暗号化されているから,その解読には年単位の時間を要する。仮に解読できたとしても,そのデータを一般には入手不可能あるいは製造困難なトランスポンダーチップという通信チップに登録した上,本件車両の鍵と鍵溝が同じ鍵を作り,本件車両のエンジンが始動するか否かを確認する必要がある。
以上の作業を,原審において被控訴人本人が供述するように平成10年10月15日午後11時30分ころから翌日の午前4時30分ころまでの5時間余りの間に行うことは不可能である。
したがって,本件車両のエンジンを本件鍵を使わない方法により始動させることは不可能である。
エ 搬出の可能性について
本件駐車場の出入口の高さは2.23メートルであるところ,積載車により本件車両を搬出する場合には,3メートルの高さが必要であるから,積載車による方法で本件車両を搬出することは不可能である(乙28の2)。
また,レッカー車によって本件車両を牽引の方法により搬出する場合には,2.5メートルの高さが必要であるから,レッカー車によって本件車両を牽引の方法により搬出することは不可能である(乙28の2)。
もっとも,レッカー車によって本件車両を牽引するという方法ではなく,本件車両が自走できる場合には,本件車両をレッカー車のT字アームに載せる方法により搬出することは可能である(乙28の2)。しかしながら,本件車両は,本件鍵を使用するかイモビライザーを解除するのでない限り,自走することは不可能である。
しかし,イモビライザーを解除(解読)することが不可能なことは,上記のとおりである。
したがって,本件車両は,本件鍵を用いてエンジンを始動させて移動したとしか考えられない。
オ その他
(ア) 被控訴人が本件車両を購入したのは,平成11年4月ころで,その時点で被控訴人は,車両保険に加入していなかったし,本件車両は,平成12年3月30日に車検切れになっている。
(イ) 被控訴人は,本件車両保険の保険料を口座引き落としにより支払っていたが,平成12年8月分及び同年9月分について,口座に保険料の入金がなく,口座から保険料の引き落としができなかった。
(ウ) 本件被害の発見状況や被害時刻について被控訴人の主張は具体性に乏しく,本件被害を発見した後の状況も,警察への届出ばかりを急いでいる。
(エ) 被控訴人は,原審において,本件被害当時,被控訴人は乙山と同居していたと供述するが,同人の休日や同棲の解消時期等に関する被控訴人の供述は曖昧であり,信用できない。供述が曖昧なのは,本件被害当時,乙山と同居していなかったためであると考えるのが自然である。
(オ) 本件被害当時,本件車両のエンジンには不良があり,被控訴人は,本件車両に乗れない状態であったのに,被控訴人は,この点を秘匿している。
(カ) 丙川は,自動車(ベンツ)が盗難事故に遭ったとして保険金を請求したが,事故性に疑義があるとして保険金の支払を拒否された経歴がある。そして,本件被害発生前に,丙川と被控訴人が会っていないとは言い切れないことは,両人が自認するところである。そして,ベンツの納車時期に関する丙川の原審における供述態度がいかがわしいことは歴然としている。
被控訴人は,原審において,本件被害の件で丙川に迷惑をかけているからという理由でアウディ購入時には丙川の世話にならなかったと供述するが,迷惑をかけたのであれば,アウディも丙川から購入して,儲けさせるはずである。
被控訴人は,当初丙川の名を明かさなかったことを考慮すると,被控訴人には,丙川との関係を薄めたい何かがあったと見るのが自然である。
(キ) これらの事情からすれば,本件被害が偶然の事故によるものであるかどうかは疑わしい。
カ 以上のとおり,本件車両のイモビライザーが解除されたとか,レッカー車等により搬出されたという可能性はなく,その他の事情も考慮すると,本件被害の偶然性はなお立証されていないというべきである。
(2) 争点2(本件車両保険に基づく保険金額はいくらか)について
(被控訴人)
本件車両の価格は,660万円を下らず,また,本件被害当時,本件車両内には,以下の物(以下「本件積載物」という。)が置かれ,その合計金額は141万8000円となる。
① ルイヴィトンのセカンドバッグ 17万円
② シャネルの財布 9万6000円
③ 現金 27万円
④ 18Kのネックレス(200gのもの) 28万円
⑤ 18Kのネックレス(50gのもの) 16万円
⑥ ゴルフクラブのセット 25万円
⑦ ジャンパー 1万2000円
⑧ 18Kのブレスレット(8面100gのもの)
18万円
したがって,被控訴人は,本件車両保険に基づき,控訴人に対し,本件車両の価格(660万円)及び本件積載物の価格(合計141万8000円)の合計である801万8000円について保険金の支払請求権を有する。
(控訴人)
本件車両保険には,自動車積載中の身の回り品担保特約が存在するが,この特約は,盗難について不担保となっているから,本件被害が偶然の事故によるものであるとしても,被控訴人は,本件積載物について保険金を請求することはできない。
第3 当裁判所の判断
1 本件の経緯等
(1) 本件車両について
上記前提事実及び証拠(甲27,28,乙1〜3,原審証人丙川,原審における被控訴人本人)によれば,以下の事実が認められる。
ア 被控訴人は,平成10年ころ,丙川の経営する飲食店で飲食したことで丙川と知り合うようになり,丙川がオークションを通じて自動車を購入していることを知った。
オークションによる自動車の購入は,市場価格よりも安く入手でき,丙川は,オレッソコーポレーションの大島を通じてオークションに参加し,これまでに約5台の自動車を購入していた。
イ 被控訴人は,これまでトヨタマークⅡやシボレーカマロを購入し,平成10年4月ころシボレーカマロを後輩に売却した後,自動車を所有していなかった。また,被控訴人は,この間,物損事故で保険金を請求したことが1回あるが,これ以外に自動車に関して保険金を請求したことはなかった。
ウ 被控訴人は,丙川からオークションによる自動車の購入を聞いて,丙川に中古車の入手を依頼し,その際,BMW社の7シリーズを希望する旨を伝えた。
丙川は,被控訴人の依頼を受けて,被控訴人の希望する車の入手に努めたが,なかなか被控訴人の希望に沿う車を見つけることができなかった。そして,被控訴人から依頼を受けて半年ほど経過した平成11年5月ころ,愛知県東海市のUSS名古屋オークションで本件車両を約350万円で落札した(落札したのは,オレッソコーポレーション)。当時,本件車両であるBMW704iの中古車の価格は500万円程度であった。
被控訴人は,丙川が本件車両を落札したことから,車両の落札価格や諸経費などを含めて約380万円のローンを国内信販株式会社で組み(ローンの返済は月8万5000円),丙川に本件車両の代金を支払った。
エ 本件車両は,シュニッツァー社製のバンパー,サイドステップ,アルミホイールなどのエアロパーツが装備された特別仕様車であり,盗難防止装置(イモビライザー)も装備されていた。
オ 被控訴人は,平成12年10月17日,本件車両のエンジンの異音及びヘッドライトのバルブ交換のため,株式会社名鉄オート鳴海営業所に赴いた。被控訴人は,同営業所の担当者から,エンジンの焼き付きがあり,エンジンを交換することを勧められたが,これを断りバルブの交換のみをしてもらった。
(2) イモビライザーについて
証拠(乙8,15)によれば,イモビライザー(Im-mobilizer)の仕組みは以下のとおりであると認められる。
ア 小型の電子通信チップ(トランスポンダ)が鍵のグリップ部分に埋め込まれている。
イ その鍵を自動車のキーシリンダーに差し込むと,トランスポンダに予め記録されている固有のIDコードがキーシリンダーに巻かれているアンテナコイルに送信され読み取られる。
ウ アンテナコイルが読み取ったデータは,アンプを介して車両側コントローラー・ECU(エンジン・コンピュータ・ユニット)に送信され,ECUに予め記録されているIDコードと電子的に照合が行われる。
エ 照合したIDコードが一致した場合のみエンジンが点火,燃料噴射可能状態となる。
IDコードが合致しない場合は,エンジンは点火せず,燃料噴射も禁止されて始動できない。
オ 1台の車両の鍵とECUに割り当てられるIDコードは,1車種で100万〜200万通りあるといわれ,同車種の異なる車の鍵でエンジンが始動する確率は限りなくゼロに近い。
カ 鍵の鍵山を物理的に複製した合い鍵でドアを開けて車内に入っても,トランスポンダが内蔵されていないため,エンジンは始動しないし,配線を直結して始動させることもできない。
(3) 本件駐車場の状況について
証拠(甲8,27,乙2,27,原審における被控訴人本人)によれば,以下の事実が認められる。
ア 被控訴人は,本件被害当時,本件駐車場のうち,15番と9番の駐車場を使用していて,本件車両を15番の駐車場に止めていた。
イ 本件駐車場は,本件マンションの裏側にあり,昼夜を問わず人の出入りは自由であるものの,深夜になると,駐車場の利用者以外人通りがほとんどなく,照明灯や防犯カメラも設置されていなかった。
ウ また,本件駐車場への出入口の高さは2.23メートルで(幅は3.9メートル),本件車両が駐車されていた15番の駐車場は,北側のはずれにあり,一方が外壁になっていた。
(4) 本件車両保険について
前提事実及び証拠(甲3〜5,27,乙2,5の1・2,原審における被控訴人本人)によれば,以下の事実が認められる。
ア 被控訴人は,本件車両を購入した当初,車両保険に加入していなかったが,平成12年2月29日,控訴人の代理店である昭和損保株式会社(以下「昭和損保」という。)を通じて旧保険に加入し,同年4月13日,旧保険を前提として本件車両保険に加入した。
イ 被控訴人は,本件車両保険に加入する際,保険金額をいくらにするかについて昭和損保の担当者に相談したところ,本件車両に掛けられる一番高い金額と一番低い金額とを比較しても,月々に支払う保険料に大差がないといわれたことから,一番高い金額にすることにし,その担当者に本件車両を査定してもらった上で,保険金額を660万円とした。
なお,被控訴人は,本件車両保険に加入した直後,当時勤務していた会社の取引先の人から,本件車両の車検が平成12年3月30日までであるとの指摘を受け,車検の手続をとった。
ウ 被控訴人は,本件車両保険の保険料を口座引き落としにより支払っていたが,平成12年8月分及び同年9月分の保険料について,口座から引き落としがなされなかった。なお,被控訴人は,その後残高不足の通知を受けて,2か月分の保険料を支払った。
(5) 被控訴人の収入等について
証拠(甲13,14の1・2,15,16,17の1・2,18,19,20の1・2,21,27,乙2,10の1・3,原審における被控訴人本人)によれば,以下の事実が認められる。
ア 被控訴人は,昭和61年4月からB運輸株式会社に,平成11年9月から平成12年9月まで株式会社C(不動産業)に勤務した。
イ その後,被控訴人は,平成12年10月から同年11月まで有限会社D(不動産業)に契約社員として勤務しながら,自営業のための準備をし,同年12月以降,有限会社E不動産(なお,平成14年4月から株式会社になる。)を経営している。
ウ 被控訴人の収入は,平成12年2月が15万6276円,3月が88万4496円(賞与込み),4月が37万9796円,5月が32万3504円,6月が107万1028円(賞与込み),7月が28万1516円,8月が35万9256円,9月が121万2556円(賞与込み)であった。
(6) 本件被害について
証拠(甲10,22,27,乙2,原審における被控訴人本人)によれば,以下の事実が認められる。
ア 被控訴人は,平成12年11月2日午前11時ころ,本件車両が盗難に遭ったと申告するために近くの交番に行ったが,誰もいなかったことから,愛知県南警察署に行き,本件車両が盗難に遭った旨の被害届を提出した。
イ その後,被控訴人は,本件被害について,控訴人に伝えるとともに,本件損害保険の担当者である伊藤恒朋(以下「伊藤」という。)にも伝えたところ,伊藤から,本件積載物についても被害届を警察に提出するよう指示されたため,同月9日,同警察署に追加被害届を提出した。
ウ 平成13年2月26日,自動車窃盗容疑で逮捕された被疑者のうちの1人が,警察での取り調べの中で,処分を頼まれた車両(トヨタハイエース三河33す×××)が愛知県丹羽郡扶桑町大字南山名字<番地略>所在の顕宝寺北側路上に放置してある旨の供述をしたことから,警察が,上記車両を調べたところ,車両の中から,ナンバープレート39組(78枚),テレビ及び工具などを発見し,その中に,本件車両のナンバープレート1組(2枚)があった。なお,本件車両は,現在に至るも発見されていない。
(7) 本件被害に関する被控訴人の供述について
証拠(甲27,乙2,4,原審における被控訴人本人)によれば,本件被害に関し,被控訴人は概ね以下のとおり供述していることが認められる。
ア 被控訴人は,平成12年11月1日午後1時ころ,本件車両を本件駐車場に駐車し,本件車両に施錠して,鍵を持参して本件マンションの502号室に戻った。なお,本件車両の鍵は,購入した時から1本しかなかった。
イ 当時,被控訴人は,勤務していた有限会社Dを辞め,自ら新しい会社を設立する準備をしていて,同月1日と2日の両日は,仕事を休んで自宅に居た。
ウ 被控訴人は,平成12年11月2日午前11時ころ,当時本件マンションで同居していた乙山とともに,乙山の車で買い物に行こうと本件駐車場に赴いたところ,本件車両がなくなっているのに気付いた。
エ 被控訴人は,本件車両が盗難に遭ったと考え,近くの交番に行ったが,誰もいなかったことから,愛知県南警察署に行き,本件車両が盗難に遭った旨の被害届を提出した。
オ なお,帰宅時間について,被控訴人は,警察署に対する被害届には午前9時と記載し,控訴人から調査の依頼を受けた有限会社損害保険アシストサービスに対しては,午前11時ころ帰宅したと説明している。
2 争点1(本件被害の偶然性)について
(1) 被控訴人は,上記1(7)のとおり,平成12年11月1日午後1時ころ,本件車両を本件駐車場に駐車したが,翌2日午前11時に本件車両がなくなっているのに気付き,本件車両が盗難に遭ったと考えた旨供述しているところ,上記1(6)ウのとおり本件車両のナンバープレートが,窃盗容疑で逮捕された被疑者の供述した車両の中から発見されたという事実は,被控訴人の上記供述に沿うものである。
(2) しかしながら,以下のとおり,本件車両の盗難の事実については疑いが残り,本件被害が偶然に発生したと認めるに足りる証拠がないというべきである。
ア 本件車両には,上記1の(1),(2)のとおり,イモビライザーが装着されていたから,本件車両のエンジンを始動させるためには,本件車両専用の鍵(本件鍵)を用いる必要があり,本件鍵以外では,本件車両のエンジンを始動させることはできない。また,いわゆる直結の方法により本件車両のエンジンを始動させることもできない。
また,証拠(乙27,28の1・2)によれば,本件駐車場の出入口の高さは2.23メートルであるところ,積載車により本件車両を搬出する場合には,3メートルの高さが必要であり,積載車による方法で本件車両を搬出することは不可能であること,本件車両をレッカー車のT字アームに載せる方法により搬出することは可能であるが,その場合には本件鍵が必要であることが認められる。
したがって,本件車両を本件駐車場から持ち出すためには,本件車両を自走させて動かすか,本件車両をレッカー車のT字アームに載せる方法により搬出するしかないところ,いずれの場合であっても本件鍵が必要となる。
イ 本件鍵の本数について,被控訴人は,原審において,本件車両を購入し引渡を受けたときから本件鍵は1本しかなく,予備鍵(スペアキー)はなかった旨供述し,原審証人丙川もこれに沿う供述をしている。
証拠(乙2,ビー・エム・ダブリュー株式会社に対する調査嘱託の結果)によれば,本件車両の元所有者であるA工業は本件鍵を2本所持していたところ,1本を紛失し,製造業者(BMW)に依頼して1本複製してもらったことが認められるから,A工業が本件車両を売却した際には,本件鍵は2本あったことになる。
そして,上記調査嘱託の結果によれば,他に本件鍵を複製したことはないと認められるから,被控訴人が本件車両を購入した際にも本件鍵は2本あったものと推認するのが相当である。
もっとも,A工業が本件車両を売却したのは平成9年であり(乙2),被控訴人が本件車両を購入したのは平成11年5月ころであるから,その間に第三者が本件車両を使用していたことが窺われる。しかし,イモビライザーが装着されている本件車両の場合,本件鍵が1本の場合,これを紛失すると本件車両を動かすことができなくなるから,そのような事態に陥らないよう,本件鍵が1本しかない場合には,もう1本複製するはずであり,事実A工業も1本複製していることを考慮すると,上記第三者が使用中に本件鍵を紛失した場合には,これを複製しているはずである。しかし,上記のとおり本件鍵を複製したのは1回だけであり,他に複製したことはないことからすると,上記第三者の使用期間中に本件鍵が紛失したことはないと推認するのが相当である。
また,被控訴人は平成11年5月ころに本件車両を購入し,本件被害が発生するまでの間1年半にわたって本件車両を使用していたものであるから,被控訴人の上記供述のとおり,本件鍵が1本しかなかったのであれば,予備鍵(スペアキー)として1本複製を依頼するのが自然であり,その時間も十分あったのであるから,これをしなかったという被控訴人の行動は不自然であるといわざるを得ない。なお,被控訴人は,原審において,本件車両にイモビライザーが装着されていることを知らなかった旨供述する。しかし,被控訴人の自動車保有歴,本件車両がシュニッツァー社製のバンパー,サイドステップ,アルミホイールなどのエアロパーツが装備された特別仕様車であること及びオークションによる方法で本件車両を購入したことからすると,被控訴人は自動車に関する興味・知識を相当有していたと認められるから,イモビライザーが装着されていることを知らなかったとの上記供述はにわかに措信し難い。
したがって,本件鍵の本数に関する被控訴人の供述は,にわかに採用することはできない。
ウ 上記のとおり,本件車両を本件駐車場から移動させる場合には,本件鍵が必要であるから,本件被害発生のためには,本件鍵の所有者である被控訴人が関与したのではないかとの疑いがあるところ,上記のとおりこれを否定する被控訴人の供述は,上記のとおりにわかに採用することができない。
したがって,上記1(5)のとおり,被控訴人には相当程度の収入があったこと等の事情を考慮しても,被控訴人は,上記疑いを十分否定できていないから,本件被害が偶然に発生したとは,なお認めるに足りないというべきである。
(3) 以上のとおりであるから,被控訴人の本訴請求は,争点2について判断するまでもなく理由がない。
第4 結論
よって,以上と結論を異にする原判決を取り消し,被控訴人の本訴請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官・青山邦夫,裁判官・田邊浩典,裁判官・榊原信次)