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名古屋高等裁判所 平成15年(ネ)919号 判決 2004年1月28日

主文

1  1審被告の控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。

2  1審被告は,1審原告に対し,295万5445円及びこれに対する平成14年3月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3  1審原告のその余の請求を棄却する。

4  1審原告の控訴を棄却する。

5  訴訟費用は,第1,2審を通じて,これを5分し,その2を1審被告の負担とし,その余を1審原告の負担とする。

6  この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求める裁判

1  1審原告

(1)  原判決を次のとおり変更する。

(2)  1審被告は,1審原告に対し,500万円及びこれに対する平成14年3月14日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は,第1,2審を通じて1審被告の負担とする。

(4)  仮執行の宣言

2  1審被告

(1)  原判決中1審被告敗訴部分を取り消す。

(2)  1審原告の上記取消しにかかる部分の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は,第1,2審を通じて1審原告の負担とする。

第2事実関係

1  本件は,貸室賃貸借契約を締結する上で,借主となるべき1審原告が貸主となるべき1審被告に対し,保証金内金500万円を預託したところ,上記賃貸借契約の締結に至らなかったとして,不当利得に基づきその返還を求めたところ,原審が370万円の限度で1審原告の請求を認容したため,双方が控訴した事案である。

2  事実関係は,下記3及び4のとおり当審における当事者の補足的主張を付加するほか,原判決の「事実」欄の第2記載のとおりであるから(ただし,原判決2頁6行目の「との間で」を「に対し」と改める。),これを引用する。

3  当審における1審原告の補足的主張

(1)  1審原告が,本件賃貸借契約を締結しなかった理由は,契約締結に向けた1審被告との協議の中で,本件賃貸借契約を締結するか否かで極めて重要な要素である「リース設定金額」と店舗の「内装工事全体の見積金額」の提示予定日が平成14年9月14日であったのに,1審被告が内装業者として指定したAからすみやかに提示されず,再三その提示を求めたにもかかわらず,同月17日に遅れたため,1審原告が1審被告に不信感を抱き,本件賃貸借契約を締結しなかったものであって,1審原告に何ら過失はない。したがって,1審原告は損害賠償責任を負わない。

(2)  1審被告の損害について

内装工事着手による130万円の出来高の根拠がない。

仮に,内装工事のため,資材の搬入が行われていたとしても,搬入した資材を他に転用することが可能であれば,内装工事の出来高分を損害と認めることはできない。

さらに,有限会社ベルティーチェが130万円を振り込んだとすれば,同社が金銭支出したものであって,1審被告の損害とはいえない。

また,有限会社ベルティーチェが1審被告の指定業者であることは,マリオット錦ビル館内規則に記載されているだけであり,1審原告はこの規則を受領しておらず,有限会社ベルティーチェが130万円を振り込んだという特別事情を予測することができないので,このような特別損害は,本件と相当因果関係が存在しないこととなる。

4  当審における1審被告の補足的主張

(1)  保証金内金不返還の合意について

ア 1審原告は1審被告に対し,本件店舗を借りたい旨強く申し入れてきたため,1審被告は本件店舗について,その後の賃貸借の申込みを断り,1審被告のために本件店舗を空けておいたのであり,借主から一方的にキャンセルされた場合には,次の借り手が決まるまでの間賃料収入が見込めないまま,借入金の返済を続けなければならなくなることから,保証金もしくはその内金については返還しない旨の特約をするものであり,上記合意は本件賃貸借契約が成立する以前から効力を発生しているというべきである。

イ 1審被告は,平成13年9月6日,保証金内金不返還の旨が記載された契約書を不動産業者であるBに交付しているところ,次の事実によれば,同人は,1審原告の代理人として,保証金内金不返還の合意をしたものというべきである。

(ア) 1審被告は,Bに仲介を依頼した事実はなく,1審原告は自らBに交渉を依頼している。

(イ) Bが1審原告の依頼を受けて賃借の申込み,契約書案の授受,契約案の修正の申入れ,キャンセルの告知等の行為を現実に行っている。

(ウ) 1審被告もBに対して契約内容を説明したり契約書案を交付するなど,賃貸借契約に関する交渉について全てBに告知している。

(エ) 1審原告も交渉について依頼した不動産業者を通じて交渉していたことを自認している。

ウ 仮に,Bに全面的な代理権限がなかったとしても,1審被告との折衝を1審原告がBに一任していたことから,同人には少なくとも意思表示に関する受領の権限はあったというべきである。

(2)  1審被告の損害について

ア 本件店舗に関しては,1審原告から1審被告に対して賃借の申込みをする際に,1審原告から開店希望日まで指定した申込みがされたが,その内装については賃借人が行うことが前提とされているものの,1審原告においてこの工事を実施する時間的余裕はなかったため,1審被告が店舗分割工事の発注をし,また,1審原告が使用することを前提として,その時点で届いていた他の賃借申入れを断っている。

イ このような実態であるから,賃貸借契約の締結が未了であっても,事実上1審原告が占有しているに等しい状況にあったものであり,新たなテナントが入居するまで1審被告の本件貸室の使用収益は不可能な状態にあった。

ウ したがって,新たなテナントが入居するまでの2か月分の賃料相当分については1審被告の損害とすべきである。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,1審原告の本訴請求は295万5445円及びこれに対する平成14年3月14日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があり,その余は理由がないものと判断するが,その理由は,下記2のとおり,当審における当事者の補足的主張に対する判断を付加するほか,原判決の「理由」欄記載のとおり(ただし,原判決7頁25行目から8頁7行目までを除く。)であるからこれを引用する。

2  当審における当事者の補足的主張に対する判断

(1)  1審被告は,上記第2の4(1)のとおり,保証金不返還の合意があった旨主張し,原審における1審被告代表者もその旨供述する。

しかしながら,証拠(甲4,原審における証人B,1審原告本人)によれば,平成13年8月29日,1審原告とBが,1審被告の名古屋事務所を訪れ,保証金内金500万円を支払ったが,その際,1審被告から1審原告に対し,キャンセルした場合に保証金の内金を返却できないと話したことはなく,これを記載した書面の交付も受けなかったこと,Bは,同年9月6日,一部手書きで書込みされた契約書用紙(甲4)を1審被告から受け取り,同年9月17日,1審原告に交付し,同書面には,借主側の都合により契約を解約した場合には1審被告は1審原告に保証金の内金を返却しないものとする旨の上記書込みによる記載があったが,同月20日,1審原告がBを通じて1審被告に本件賃貸借契約を締結しない旨伝えて,結局,本件賃貸借契約は成立に至らなかったことが認められ,これらの事実に照らせば,1審被告代表者本人尋問の結果をもって,保証金内金不返還の合意があったものと認めることはできない。

また,1審被告は,上記第2の4(1)イ(ア)ないし(エ)の事実を根拠として,Bは1審原告の代理人であるとし,Bが1審原告を代理して保証金不返還の合意をした旨主張する。

しかしながら,1審被告主張の上記事実はいずれもBが仲介業者としてした行為と評価できる事実であって,1審原告がBに対して本件賃貸借契約の内容に関する交渉について具体的な裁量権を与えた事実とまではいえないものであり,他にBに上記裁量権を与えたことを認めるに足りる証拠はないから,Bが1審原告の代理人であるとはいえない。

したがって,1審被告の上記主張は採用できない。

(2)  1審原告は,上記第2の3(1)のとおり,1審原告が本件賃貸借契約を締結しなかったことについて,何ら過失がない旨主張する。

しかしながら,前記(原判決7頁1行目から7頁15行目まで)のとおり,1審原告が実施しようとした工事の見積金額と1審被告のリース設定金額を比較して,自己の都合により本件賃貸借契約の締結を拒否したものと認められるのであって,1審原告は,1審被告に対し,これにより1審被告に不測の損害を被らせたことによる損害賠償責任があることとなるので,上記主張は採用できない。

(3)  1審被告の損害について

ア 1審原告は,内装工事着手による出来高の根拠がない旨主張するが,証拠(乙8,9,1審被告代表者本人)によれば,1審被告は,その指定業者である有限会社ベルティーチェを通じて,3階供用通路間仕切り工事を行った株式会社ソリッドホームに出来高130万円を支払い,1審原告の都合により,結局,同契約の締結に至らなかったため,3階供用通路間仕切り工事及びその材料が無駄となったことが認められるので,1審原告の上記主張は採用できない。

また,1審原告は,有限会社ベルティーチェが130万円を振り込んで金銭支出したものであって,1審被告の損害とはいえない旨主張するが,上記のとおり1審被告は有限会社ベルティーチェを通じて130万円を支払ったものであり,また,仮に有限会社ベルティーチェがこれを支出したとしても,1審被告は有限会社ベルティーチェに本件間仕切り工事を発注した以上,同社に対し同額の債務を負担することになるので,1審被告の損害は発生しているというべきである。

さらに,1審原告は,有限会社ベルティーチェが130万円を振り込んだということは特別事情であり,予測できない旨主張するが,本件間仕切り工事が必要であることは1審原告の要望に基づくものであり,それが1審原告の自己都合により無駄となった場合に損害が発生することは通常予測されるばかりでなく,その損害は通常損害というべきであるので,1審原告の上記主張は採用できない。

イ 賃料相当の損害金について

前記(原判決4頁16行目から6頁6行目まで)の事実及び証拠(甲4,乙42,1審被告代表者本人)によれば,1審被告は,本件建物の3階部分全部を賃貸借契約する予定で募集をしていたところ,訴外コスミックグループから3階全部の賃借の申し入れがあったこと,1審原告が,平成13年8月21日,1審被告に対し,本件建物3階の約70坪のうち,約30坪分を分割して賃借することを申し入れ,同年8月29日に500万円の保証金内金を支払ったので,1審被告は,上記3階部分の約30坪分を賃料月額63万8190円,共益費月額10万6365円で1審原告に賃貸することとし,訴外コスミックに対しては,その余を賃貸することとしたこと,同年9月20日に1審原告がBを通じて本件賃貸借契約を締結しない旨を通知し,同通知が到達したことが認められ,これらの事実によれば,1審被告は同年8月21日から同年9月20日までの1か月間,本件建物の3階部分約70坪のうち,約30坪を他に賃貸することができなくなったこととなるので,その間得られなかった賃料,共益費相当額である74万4555円が1審被告の本件信義則上の義務違反と相当因果関係のある損害と解するのが相当である。

なお,1審被告は,2か月間の本件建物3階部分全部の賃料,共益費が損害金である旨主張するが,上記のとおり,1審被告は本件建物の3階部分のうち約30坪分について,1か月間の賃料相当分の損害を被ったものと認められるので,上記主張は採用できない。

(4)  したがって,1審被告の相殺の抗弁は,内装工事着手による損害金130万円及び上記1か月間の賃料相当分74万4555円の限度で理由があるので,相殺の結果,1審原告の本訴請求は,295万5445円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成14年3月14日から支払済みまでの遅延損害金を支払う義務がある。

(5)  1審原告は,上記遅延損害金について,商事法定利率である年6分の割合による金員の請求をしているが,本件債権は賃貸借契約が成立しなかったことを原因とする不当利得返還請求であって,商行為によって生じた債権ではないから,商法514条の適用はなく,その遅延損害金は民法所定の年5分であると解するのが相当である。

第4結論

以上のとおり,1審原告の1審被告に対する請求は,295万5445円及びこれに対する平成14年3月14日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり,その余は理由がないので,その旨原判決を変更することとし,1審原告の本件控訴及びその余の請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 熊田士朗 裁判官 川添利賢 裁判官 玉越義雄)

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