名古屋高等裁判所 平成15年(ラ)259号 決定 2003年11月14日
抗告人 X1
X2
事件本人 A
主文
1 原審判を取り消す。
2 事件本人Aを抗告人両名の特別養子とする。
理由
第1抗告の趣旨及び理由
別紙「即時抗告申立書」のとおり
第2当裁判所の判断
1 一件記録によれば、次の事実を認めることができる。
(1) 抗告人X2は、前夫B(以下「B」という。)との婚姻中に、C(以下「C」という。)の子である事件本人を懐妊し、平成8年○月○日に事件本人を出産した。抗告人X2は、それより前の同年1月9日にBと協議離婚し、同年10月18日、Bと事件本人との親子関係不存在確認の裁判が確定した。
(2) 抗告人X2と同X1とは、平成5年ころ知り合い、平成10年ころから結婚を意識して交際するようになり、平成11年10月26日に婚姻した。
抗告人X1は、事件本人に平成10年11月ころ初めて会い、その後、週末ごとに事件本人と会って良好な関係を築くに至り、抗告人X2との結婚前後には、事件本人から「パパ」と呼ばれて慕われるようになった。
抗告人らは、結婚当初、抗告人X1の仕事の都合上別居していたが、別居期間中も、抗告人X1は、事件本人を動物園やテーマパークに連れて行くなどして可愛がり、平成12年2月に名古屋市に転勤になって以後、現住所で抗告人X2及び事件本人の3人で同居し、平穏な生活を送っている。
抗告人X1は、a株式会社名古屋支社に勤務し、年収約900万円から1000万円を得ており、抗告人らの生活基盤は安定している。
(3) 抗告人らは、平成12年4月14日、名古屋家庭裁判所に事件本人との特別養子縁組成立の申立て〔平成12年(家)第○○○○号。以下「前件申立て」という。〕をしたが、同年6月27日、申立てが却下され、名古屋高等裁判所に即時抗告の申立て〔平成12年(ラ)第○○○号〕をしたものの、更に相当な同居期間を置き、実績を積んだ後に再度特別養子縁組成立の申立てを行うことにして、同年12月28日、前件申立てを取り下げた。
(4) 抗告人X2は、抗告人X1と婚姻後も、事件本人の氏について、子の氏の変更手続を採っていなかったところ、事件本人が母である抗告人X2と氏が異なることに疑問を感じてこれを指摘したため、これを切っ掛けに抗告人X2と事件本人との氏を同じにする目的と、これに加えて、将来、再度の特別養子縁組成立の申立てを行うことを視野に入れた上、同居期間の実績を積むことも考慮して、平成13年1月9日、抗告人らと事件本人は養子縁組をし、その旨の届出をした。
(5) 抗告人らと事件本人とは、既に約3年8か月にわたり同居し、良好な関係を継続しており、抗告人らの夫婦関係も円満で、経済的にも安定した家庭環境にあり、事件本人は、平成15年4月に小学校に入学し、順調に成育している。そして、事件本人は、Cの記憶は全くなく、抗告人X1を実の父と信じている。
(6) Cは、事件本人を認知していない上、出生以来事件本人とほとんど会ったことがなく、その様子を問い合わせることもなく、現在まで養育費も全く支払っていない。
なお、本件の特別養子縁組成立については、認知をしていない父の同意は要件ではないところ、Cは、抗告人ら代理人弁護士の書面による照会に対し、本件の特別養子縁組成立に同意する旨回答している。
2 そこで、本件が、民法817条の7に規定する特別養子縁組成立の要件を具備するものかどうか検討する。
民法817条の7は、「特別養子縁組は、父母による養子となる者の監護が著しく困難又は不適当であることその他特別の事情がある場合において、子の利益のため特に必要があると認めるときに、これを成立させるものとする。」と定めており、ここにいう「特別の事情がある場合」には、監護の著しい困難又は不適当な場合、又はそれに準ずる場合にとどまらず、特別養子縁組により新たな養親子関係を成立させ、父母及びその血族との親族関係を終了させることが子の利益のため特に必要と判断される事情のある場合をも含むものと解するのが相当である。
これを本件についてみると、事件本人は、出生当初から実母である抗告人X2に養育され、現在は、養親である抗告人らに養育されていることから、「父母による養子となる者の監護が著しく困難又は不適当である」とはいえないことは、原審判の説示のとおりである。
しかしながら、上記認定事実によれば、事件本人は、抗告人X2がBとの婚姻中に、夫以外の第三者(C)との間の子として懐妊し、両名の離婚後に出生した非嫡出子であり、その後にBとの親子関係不存在の裁判を経ているもので、血縁上の父とされるCから認知されておらず、同人は実親としての義務を全く怠り、事件本人の養育にも無関心で、将来ともに放置したままの状態であることが容易に推認される。そして、事件本人が、これら特異で複雑な出生の事情ないし親子関係の事情を戸籍の記載等から知り、その成育過程において、自らの責任によらない精神的苦痛や負担等を背負っていくことが予測される。そうすると、上記認定事実から明らかである、抗告人らと事件本人との良好な親子関係をそのまま特別養親子関係として成立させ、抗告人X2との非嫡出子としての親子関係を断絶させることが、事件本人の健全な育成に寄与し、その福祉及び利益の実現のため特に必要であると判断される。
なお、本件は、事件本人と普通養子縁組をしている抗告人らが特別養子縁組の成立を求めるものであるが、抗告人らが事件本人と普通養子縁組の届出をした事情は、上記認定のとおりであって、当初から事件本人との間で特別養子縁組を成立させることができるのに、普通養子縁組を選択しておきながら、その後に特別養子縁組成立を申し立てたような事案とは異なるもので、これにより上記判断を左右するものではない。
そうすると、本件は、特別養子縁組を成立させ、従来の親子関係を断絶させることを必要とする特別の事情があり、それが子の利益のため特に必要があるというべきである。
そして、本件においては、抗告人らの養親としての適格性及び事件本人との適合性に何ら問題のないことは、上記認定事実から明らかであるので、本件特別養子縁組を成立させるべき要件を満たしていることが認められ、事件本人を抗告人らの特別養子とするのが相当である。
第3結論
よって、本件即時抗告は理由があるので原審判を取り消し、本件申立てを認容することとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 田中由子 裁判官 小林克美 佐藤真弘)
(別紙) 即時抗告申立書
第1原審判の表示
本件申立を却下する。
第2抗告の趣旨
1 原審判を取り消す
2 本件を名古屋家庭裁判所に差し戻す。
との裁判を求める。
第3抗告の理由
1 原審判は、民法第817条の7に定める「要保護性」の要件を非常に形式的に検討し、その結果、同条に定める要件を欠くものとして、本件申立を却下している。
しかし、抗告人らが原審において、その申立書や平成15年6月12日付準備書面において詳細に論じたとおり、<1>事件本人A(以下「A」とする)が抗告人ら夫婦のもとで抗告人X1(以下「抗告人X1」とする)のことを実父と信じて健全に育ってきており、抗告人らの特別養子となり名実ともに抗告人らの「実子」として育てられることが、Aの心理的な安定をはかる上で極めて重要であること<2>Aに何らの関心を示さず、認知もせず、養育費も送らず、ずっとネグレクトしてきたC(以下「C」とする)との実親子関係にAを縛りつけることは極めて酷であること<3>Aが十分な精神的成長を遂げる前に自分の特異な出生の経緯を知ることは、その健全な生育に悪い影響を与えるおそれがあること、等を全く看過している。Aについて特別養子縁組が認められるべき事情については、上記申立書、準備書面、及び原審にて提出した書証を参照されたい。
2 また、昨今の生殖医療の進歩に伴い、親子関係についての法制度が改正されようとしているが、ここでは、血縁関係ではなく、「何がその子の生育にとって最善か」という観点が親子関係を決する基準となっている。
とりわけ、妻あるいは夫が配偶者の同意を得て、非配偶者間生殖補助医療により子を出産した場合、その子の実親を誰と認定するかという問題は、夫婦のいずれかの非嫡出子について特別養子縁組を認めるか否かという問題に酷似している。その際、生殖医療を用いた場合には、一方の親との血縁関係がなくても子の利益のために簡単に実親子関係を認めるのに対し、非嫡出子の特別養子縁組の場合のみ、その成立要件(要保護性)を厳しくすることは、一国の法体系としていかにもアンバランスで不適当である。
3 Aが抗告人ら夫婦のもとで既に十分な養育、監護がなされているから、といった理由によって要保護性なしと判断することは、形式的にすぎる判断である。原審は、「現実にCがAを認知した上でAにとって害になるような行為をすることは考えられない。そうすると、Cとの関係がAの養育、監護にとって重大な障害になっているとは認められない。」と判断している。しかし、問題は、CがAに害を与えるか否かのみではない。Cとの親子関係を断絶できないがために、Aをこの上なく慈しみ育ててくれている抗告人X1のほかに、ネグレクトし続けてきたCという実父が存在するという事実自体が、Aにとって複雑で悩ましく、その養育、監護にとって望ましいことではないのである。
申立人らは、単に、戸籍からCとの関係を抹消すること自体に意義を見いだしているのではない。「Cとは親子ではなく、抗告人X1が唯一の父親」となることこそが、Aの生育にとって極めて重要なのである。Cとの親子関係を断絶することによって、Aは精神的な負担や悩みを最小限にして生きていけるのである。
4 なお、仮に原審が、既にAが普通養子縁組をして嫡出子の地位を得ていることをもって「既に十分に監護養育されこれ以上に特別養子縁組を成立させなければならない事情は認められない」というのであれば、それも形式的にすぎる判断である。そうであるならば、抗告人らは、一旦行った養子縁組を解消することも厭わない。しかし、かかる行為を行うことは、非常に無駄である。抗告人らは過渡的な措置として普通養子縁組をおこなったにすぎず、本来の意図は特別養子縁組を行うことにあったのであるから、要保護性の要件の検討に際し、不利に判断すべきではない。
普通養子は、あくまでも「養子」にすぎず、実親と養親の二人の親との関係が生涯続く。本件では、「特別養子縁組」によって、ネグレクトしてきた実父との関係を絶ち、父親が抗告人X1一人になることによって、Aは、精神的な負担を軽減され、複雑な人間関係に悩まされずに、家族としての一体感を持って生きていくことができる。もとより事実を消すことはできず、いつかAも真実を知る日は来る。しかし、抗告人らが特別養子縁組をしてくれたということは、一生涯Aの精神的な支えとなるはずである。
5 以上のように、本件申立においては、民法817条の7に定める要保護事情を欠くものではないので、その申立を却下した原審判は違法である。よって抗告の趣旨どおりの裁判を求めるため、即時抗告の申立をする。
以上