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名古屋高等裁判所 平成15年(ラ)284号 決定 2003年9月08日

主文

原決定を取り消す。

本件本案事件を大阪地方裁判所に移送する。

理由

第1  抗告の趣旨及び理由

別紙「抗告状」(写)のとおりである。

第2  当裁判所の判断

1  民事訴訟法5条9号にいう「不法行為に関する訴え」とは、不法行為に基づく権利義務を訴訟物とする訴えをいい、民法709条ないし724条に定める不法行為に関するものに限られず、民法その他の法律の定める違法行為に基づく損害賠償の請求に関する訴えも含むものである。しかし、現行法上、不法行為の効果として現状回復請求権または差止請求権が発生することが一般に承認されていると解することは困難であり、したがって、本件のような差止請求権についても、個別的な法律の規定に基づいて物権的請求権に準ずるものとして認められているにとどまると解するのが相当である。

そうすると、本件本案事件の訴えは民事訴訟法5条9号にいう「不法行為に関する訴え」に当たるものということはできないから、本案事件について名古屋地方裁判所は管轄を有しないものといわざるをえない。

2  よって、これとは異なる原決定を取り消して、民事訴訟法16条1項を適用して本件本案事件を被告の住所地である大阪地方裁判所に移送することとして、主文のとおり決定する。

(別紙)

抗告状(写)

抗告の趣旨

1 原決定を取消す。

2 本件を大阪地方裁判所に移送する。

との裁判を求める。

抗告の理由

1 管轄違いによる大阪地方裁判所への移送

(1) 民事訴訟法5条9号にいう「不法行為ニ関スル訴」とは不法行為を請求原因とする訴をいい、本件のような不正競争行為に対する差止請求不存在確認訴訟については適用されないものというべきである。

ア この点、決定裁判所は、「不正競争行為が不法行為の性質を有し、かつ不法行為の効果として差止請求権が発生しうることは一般的に承認されている」とする。

しかし、不正競争防止法は、「不正競争によって営業上の利益を侵害され、又は侵害されるおそれのある者」に差止めを認め、不正行為に故意・過失を要件としておらず、差止めを求める訴えは、決定裁判所が言う程に不法行為の効果として一般的に承認されているとまでは言えない。

イ また、知的財産権の侵害に基づく差止請求の訴に民事訴訟法第5条9号の適用があるかに関する下級審における判断は分かれているのであり、相手方の主張するように「必然的に」成立するなどというものではない(消極に解するものとして東京地判昭和31.12.20、積極に解するものとして特許権に関する静岡地方裁判所浜松支部昭和50年6月25日がある。また、東京高判昭和32年11月28日決定は商標権に関するもので、事件の処理としては民訴法31条により移送している)。

ウ 不正競争防止法2条1項1号の商品等表示混同行為においては、他人の周知商品等表示と同一または類似の表示を商品に使用し、あるいはその商品を譲渡し、引き渡し、譲渡もしくは引き渡しのために展示し、輸出し、輸入する行為のいずれもが不正競争行為に該当するため、当該商品が日本全国に流通している場合には、日本全国のほとんど全ての裁判所が不法行為地となり、民事訴訟法第5条9号による管轄権を有することになってしまい、管轄を定めた趣旨が没却されることになってしまう。

そもそも、民事訴訟法が不法行為地に管轄を認めたのは、不法行為に関する訴えを不法行為地の裁判所で審理すれば、証拠調べが容易であり、多くの場合、被害者もその地に居住していることから審理も迅速に行われ、訴訟費用も少額ですむという事情を考慮したからであり、審理の便宜および被害者の提訴の便宜を図る趣旨で認められた選択的な特別裁判籍である。

しかるに、本案のように被害者からではなく、侵害者からの差止請求権が存在しないことの確認請求については、不法行為地の管轄をそのまま当てはめるならば、加害者が被害者の負担となる地をあえて選択するなどして、被害者の応訴を困難にすることが出来てしまい、管轄裁判所の選択を増やし、被害者の提訴の便宜を図り被害回復を容易にするという同条の趣旨が没却されてしまう。

(2) 不法行為地の管轄

ア 「不法行為があった地」(民事訴訟法5条9号)とは、不法行為を組成する要件事実の発生した土地をいい、実行行為の行われた土地と損害の発生した土地の双方を含むとされる。

同条同号は証拠収集等の便宜、不法行為により損害を受けた被害者の提訴の便宜などの観点から、不法行為地を管轄する裁判所に管轄権を認めたものであるところ、本件では名古屋港は単に輸出を行ったことがある地にすぎず、本件不法行為において名古屋港は中心的な役割を有していない。

本件の不法行為となる販売活動を現実に行っているのは、全て原告の本社のある岐阜市である。外国向けの原告製品のカタログや外国雑誌への原告製品の広告に掲載の連絡先は岐阜本社の所在地になっており、中国への取引先への見積り発送などは、原告の岐阜本社から指示が出されている。また、原告の代表者が役員となっている関係会社であり、原告製品を販売しているドイツのNHE社あるいは米国のHPI社とのやりとりも原告の岐阜本社で行われているのである。

このように不正競争行為や不法行為の実態は、岐阜にあり、名古屋にはない。

イ 「輸出」とは、国内において生産された商品を外国に向けて搬出する行為であるところ、輸出は、本社の指示あるいは取引先の要望あわせて行われるものであり、どの製品をどの国へ、いかなる値段で、いかなる数量を販売するか、いつ契約を行い、いつどこの港で積み込み、いつどこの国のどの港で荷を降ろすかなどは相手方または取引先の都合による。港での行為は、単純に積み込む作業にすぎず、相手方又は取引先の指示で行われるので、証拠等の収集につき時間の点からも実効性の点からも何ら便宜な点はない。

やはり、本社所在地を不法行為地とすべきである。

(3) 管轄権の存在は訴訟要件であるので、相手方は訴え提起の際に名古屋港が不法行為地であることを立証すべきである。

ところが、本件においては、疎明資料として甲5を提出するが、相手方提出の資料では十分とはいえない。

この点については、次項2(2)をあわせて参照されたい。

2 訴訟の遅滞を避け、当事者の衡平を図る必要(民訴法17条)に基づく移送申立

仮に本件訴訟の管轄権が御庁にあるとしても、証拠調べが必要になると予想される関係者は、主として大阪府又はその近辺に居住しているのであるから、本件訴訟について著しい損害又は遅滞を避けるため、民事訴訟法17条により、本件を大阪地方裁判所に移送することが相当であると思料する。

(1) 民事訴訟法第17条の新設

民事訴訟法17条は、旧民訴法31条の要件を緩和し、「訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者間の衡平を図るため必要があると認めるとき」に移送ができるとしたもので、被告の住所地を普通裁判籍としながら多数の特別裁判籍が認められることから、当事者間の実質的な対等関係に配慮して、適切な裁判所が受訴裁判所として選択するため新設された規定である。

上記1において、不正競争行為の差止請求を不法行為に関する訴と解する見解も、同条の要件が柔軟化されたことから移送により妥当な解決が図れることを理由に挙げる。

(2) 名古屋港における輸出行為

相手方は、「本件チャック1及び同2が輸出されているのは、単に名古屋港のみであり、この点は、将来においても基本的に変わりはない。」(移送の申立に対する答弁4頁12行目~13行目)というが、同港から輸出されたものは、平成14年9月24日付INVOICE状により輸出手続が行われた1回分が判明しているに過ぎない(本案証拠甲5号証)。相手方も「本件チャック1及び同2は、甲第5号証の1、2に示す場合だけでなく、他にも少なからず輸出手続が行われている。」(平成15年7月24日付証拠説明書)と認めるように、甲5号証で示された輸出行為は相手方の輸出行為のほんの一部にすぎない。また、同INVOICE状においては、相手方が侵害品とする本件チャック1及び2は一部にすぎないのであり(相手方提出の頁においてもその数量は43/304である)、他の多数回の輸出入行為が真に名古屋港においてのみ行われているとは限らない。全国各地にある港から多数回に渡り、多数の製品を輸出している可能性があり、名古屋港は、他にも多数ある不法行為地の一つに過ぎず、本件との関連には疑問がある。

因みに、全国に税関支署は68ヶ所、税関出張所は44ヶ所、税関支署出張所は84ヶ所存在し、甲第5号証のみの資料をもって管轄地を決するということになれば、安易なフォーラム・ショッピングを認める結果にもなりかねない。相手方は、甲第5号証で足りず、「必要ならば、さらに追加する予定である」と答弁書で述べている。

この点、決定裁判所は、名古屋港が相手方の岐阜市に近いという趣旨か「岐阜市に本店所在地を有する相手方が輸出港所在地を管轄する当裁判所に訴えを提起したことについて、その趣旨を没却することをうかがわせる事情は認め難い」としているが、わずかに1年程前の2002年9月24日の1日分のしかもページ5頁分の1頁に記載されている極く少量の製品のインボイスである甲第5号証の疎明だけで、決定裁判所のように認定することは、無理があるものと思料する。

本件では、抗告人が相手方に対し、警告書を発し訴訟の準備を進めていたところ、それを察知した相手方が先に訴訟を提起したものであり、かかる事情をも考慮するならば、相手方の行為は、名古屋地方裁判所を管轄とするためのものである可能性がある。

(3) 大阪地方裁判所の管轄

ア これに対して、大阪地方裁判所は、被告の住所地であり、差止権の不存在確認の義務履行地であり、また、損害賠償請求権についての義務履行地でもあり、同裁判所に管轄があることは間違いない。そして、被告を始めとして本件訴訟における関係者の多くは大阪府下ないしその近辺に居住しており、その被害を受けているのも大阪である。

イ さらに、本件と関連する訴訟が大阪地方裁判所の知的財産専門部(第21民事部)にすでに係属しているところ(大阪地方裁判所平成15年(ワ)第7126号)、民事訴訟法6条が新設された趣旨も考慮すると、民事訴訟法17条にいう「その他の事情」には、知的財産権に関する訴訟のように、事件の内容が極めて専門的であり、その種の事件を多く扱っている専門部を有する裁判所で処理するのが適当であるという事情も含まれると考えるのが相当であるとする決定もある(東京高裁平成10.9.17、判タ1039号268頁)。

大阪地方裁判所に知的財産権事件処理の専門部が設けられていることを考慮するならば、本案訴訟の遅滞を避けるためにも、大阪地方裁判所に移送すべきである。

ウ 当事者間の衡平を図るための移送

相手方の住所地は、岐阜市であり、相手方の営業、企画、販売にかかわる戦略は、岐阜市にある原告の本社で行われ、製品の注文等も本社において受けていると考えられ、輸出の指示をするなど製品の製造販売輸出に決定的な役割をしたのはまさに、原告本社である。

これに対し、岐阜市内で販売された本権侵害品は、一部が名古屋港から出港されたに止まっており、名古屋では本件侵害品の販売は全く行われておらず、不正競争行為に関する証人、証拠等もなく、本件訴訟との関連は薄い(名古屋地裁で行われる便宜は、名古屋港での輸出の実態がどうかという点にあるかも知れないが、これも甲第5号証などの関係書証が提出されれば足り、名古屋港で訴訟追行が為されなければならないという便宜はない)。

相手方主張のように、たまたま本権侵害品を輸出したことがあるにすぎない港を不法行為地として管轄を認めるならば、不法行為地に裁判管轄を認めた趣旨に反することになるので、本条により大阪地方裁判所に移送し、実質的な衡平を図るべきである。

以上

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