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名古屋高等裁判所 平成15年(ラ)32号 決定 2006年5月31日

抗告人(原審申立人)

A

相手方(原審相手方)

B

主文

原審判を次のとおり変更する。

1  抗告人は,相手方に対し,原審判別紙物件目録記載1,2の各土地及び同3の建物について,同目録記載の共有持分全部(上記各土地につき20万分の345,同建物につき6分の1の各共有持分)を財産分与する。

2  抗告人は,相手方に対し,平成19年3月31日を経過したときは,原審判別紙物件目録記載1,2の各土地及び同3の建物について,前項の財産分与を原因とする各共有持分全部移転登記手続をせよ。

3  抗告人と相手方との間において,原審判別紙物件目録記載1,2の土地及び同3の建物について,次の内容の使用貸借権を設定する。

(1)  借主 抗告人

(2)  貸主 相手方

(3)  期間 平成11年6月4日から平成19年3月31日まで

(4)  借主の負担する費用 水道料金を含む共益費,駐車場使用料及び光熱費

4  相手方は,抗告人に対し,105万9132円を支払え。

理由

第1抗告の趣旨及び理由

別紙「即時抗告申立書」及び「準備書面」(平成15年2月26日付け)のとおり。

第2事案の概要

本件は,抗告人(原審申立人)が,離婚した元夫である相手方(原審相手方)に対し,離婚後の財産分与として,1900万円〔2000万円(清算的財産分与1000万円及び慰謝料的財産分与1000万円の合計額)から既払額(100万円)を差し引いた残額)の支払い並びに共有名義の原審判別紙物件目録記載1,2の土地並びに同3の建物(本件マンション)について,長男(第3子)が成人するまで(15年間)の使用借権の設定を申し立てた事案である。

原審は,財産分与として,抗告人への慰謝料的(財産)分与を考慮するのは相当でないとし,扶養的財産分与として,抗告人と相手方との間に,平成16年3月31日まで本件マンションに対する抗告人の使用借権を設定し,さらに相手方に対して同マンションからの抗告人の転居費用等100万円の支払を命じたところ,抗告人がこれを不服として抗告した。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,財産分与として,抗告人から相手方に対し,本件マンションの共有持分を分与する(ただし,共有持分全部移転登記は,後記使用貸借期間終了時とする。)とともに,離婚時から平成19年3月末まで,貸主を相手方,借主を抗告人とする使用借権を設定し,相手方から抗告人に対し,財産分与として105万9132円を分与するのが相当であると判断する。その理由は,以下のとおりである。

2  離婚に至る経過等について

(1)  次項で原審判の訂正をするほかは,原審判「理由」の「2 経緯」のとおりであるから,これを引用する。

(2)  原審判の訂正

ア 原審判3頁中の記載を次のとおり変更する。

(ア) 8行目から9行目にかけての「(土地について,申立人の共有持分20万分の1725,相手方の共有持分20万分の345,」を「〔土地について,抗告人の共有持分20万分の345,相手方の共有持分20万分の1725(両者の相対的比率は6分の1対6分の5)〕,」に改める。

(イ) 18行目の「1100万円」を「1110万円」に改める。

(ウ) 19行目の「その返済月額」から24行目までを次のように改める。「その月額返済額(ただし,平成10年9月以降)は,11万4159円(5万3075円+6万1084円),平成15年9月以降は11万4637円(5万3553円+6万1084円),ボーナス時返済額は,41万0986円(18万0450円+23万0536円),平成15年9月以降は41万2721円〔18万2185円(ただし,平成16年1月分のみ18万1700円)+23万0536円〕である。また,○○からの3口(1110万円,1300万円,150万円)のローン(本件住宅ローン)のうち,150万円の返済額は月額9619円,ボーナス時2万9018円であったが,平成15年8月をもって完済している。(なお,△△からの特別住宅貸付は平成11年4月に既に完済している。)。」

イ 原審判4頁7行目の「協議婚届」を「協議離婚届」に改め,21行目の「単身で出て,」の次に「平成11年8月にはCと男女関係を持ち,同年12月には一緒に海外旅行に行く関係になり,平成12年3月から同棲するようになった。他方,」を加える。

ウ 原審判5頁13行目の「上記審判は確定した。」を「上記審判は確定したので,相手方はそれに従い,月額合計18万9000円の養育費の支払を現在まで履行している。」に改める。

エ 原審判5頁17行目の「同民事調停は,」から6頁3行目までを次のように改める。

「同民事調停は,不成立に終わった。

(13) 相手方は,平成13年12月にCと婚姻し,○○市△△区の賃借住宅で生活するようになった。その後,相手方は,平成15年3月に○大学を退職し,妻Cと共に△○県○△市内の肩書住所地に転居し,△大学教授として勤務し,現在に至っている。

他方,申立人は,離婚後,長女(昭和61年×月×日生),二女(昭和63年×月×日生)及び長男(平成6年×月×日生)(未成年者ら)とともに,本件マンションに引き続き居住し,近所のケーキ店,飲食店でアルバイトとして働いたが,平成14年6月末ころ,勤務先の飲食店が閉店することになり,失職した。そして,翌7月から,準社員としてフルタイムで会社勤務をするようになり,現在に至っている。なお,平成14年12月27日には名古屋家庭裁判所において,未成年者らの親権者をいずれも相手方から申立人に変更する旨の審判がされた。現在,長女は平成18年×月×日をもって成人に達し,二女は高校3年生,長男は小学校6年生である。

(14) 申立人と相手方は,原審の第1回審判期日において,財産分与における財産の清算時期について,離婚をした日(平成11年6月4日)とする旨の,同第5回審判期日において,本件マンションの評価を固定資産税評価額に基づいて評価する旨の各合意をした。」

3  財産分与について

(1)  清算的財産分与について

ア 清算の時期について

原審判「理由」中「3 清算的財産分与について」(1)のとおりであるから,これを引用する。

イ 清算対象財産について

(ア) 本件マンション

抗告人と相手方は,本件マンションの評価について,固定資産税の評価額による旨合意している。そして,本件各記録によれば,原審判別紙「マンションの評価」のとおり,本件マンションの平成12年度の固定資産評価額〔上記(原審判)夫婦財産の清算時期(平成11年6月4日)からすると,上記年度の評価額によるのが相当である。〕は,土地建物の合計で2090万8143円であり,上記清算時点における本件住宅ローンの残債務の額は,合計2383万4453円〔うち1口1110万円のものが1063万8747円,1口1300万円のものが1249万1390円,1口150万円のものが70万4316円(平成11年11月22日現在の残高61万7584円に,同年6月から11月まで毎月16日に支払われた各9619円の6か月分合計5万7714円と同年7月のボーナス時支払額2万9018円の合計8万6732円を加えた額)〕であったと認められる。

前記(原審判)のとおり,本件マンションは婚姻中に購入されたものであるから夫婦共有財産といえるが,本件マンションには,本件住宅ローンを被担保債務とする抵当権が設定されており,上記のとおり,清算時点における本件住宅ローンの残債務額は本件マンションの平成12年度の固定資産評価額を上回っており,結局,上記マンションの財産価値はないことになる。そして,前記(原審判)のとおり,本件マンションは,抗告人と相手方との共有であるところ,これをそのままにした場合には,将来,共有物分割の手続を残すことになることから,抗告人と相手方のいずれかに帰属させるのが相当であるところ,上記マンションについての本件住宅ローンがいずれも相手方名義であり,相手方が支払続けていること,その財産価値が上記のとおりであること,その他,抗告人の持分割分(6分の1)等を考慮すると,抗告人の上記共有持分全部を相手方に分与し,相手方に本件マンションの所有権全部を帰属させるのが相当である(もっとも,扶養的財産分与として,相手方に使用借権の設定をするのが相当であり,この点は後述する。)。

なお,抗告人が,本件マンションの購入にあたってその両親から援助を受けた固有の資産である300万円を拠出していること,本件マンションは,この300万円のほか,本件住宅ローン2560万円,△△からの特別住宅貸付145万6000円の融資(いずれも相手方名義)により購入された(したがって,代金は約3000万円であると推認できる。)ことは前記(原審判)のとおりである。しかし,抗告人の上記固有資産の提供は,上記のとおり本件マンションに実質的な財産価値がない以上,清算的財産分与としては,これを考慮することはできないというべきである。

(イ) 相手方の取得した社会的地位,所得能力

a 次項で原審判の訂正をするほかは,原審判「理由」中「3 清算的財産分与について」(2)②のとおりであるから,これを引用する。

b 原審判の訂正

① 原審判7頁5行目の「約1000万円」を「約1000万円,婚姻時の資料が現存しているだけでも679万4732円」に,8行目から9行目の「上記預貯金相当額1000万円」を「上記預貯金相当額1000万円,少なくとも上記約680万円を消費者物価指数により離婚時の金額として算定した811万円」にそれぞれ改める。

② 原審判7頁10行目の「申立人は」から12行目末尾までを以下のとおりに改める。

「抗告人は,婚姻の際,その父母の出損による抗告人名義の定期預金,普通預金(いずれも△銀行○支店)及び定額郵便貯金の合計残高約584万円並びに抗告人の貯蓄による普通預金(□銀行△支店)約26万円の合計約610万円を持参したこと(以下「本件持参金」という。なお,抗告人は,□銀行の上記普通預金については55万円を,さらに△銀行□支店総合口座(口座番号××-××)の定期預金30万円をそれぞれ持参したと主張するが,前者は開設当時の金額にすぎず,後者は婚姻後に預金されたものでその原資は不明であるから,抗告人の主張はいずれも採用できない。),」

③ 原審判7頁21行目の「婚姻の際に」の次に「婚姻費用として提供されて」を加え,23行目の「あたこと」を「あたること」に改める。

④ 原審判8頁7行目の「費消されたもの」から8行目末尾までを「費消されたものというべきである。」に改める。

(ウ) 出版物の著作権,印税収入

本件各記録によれば,相手方は,平成5年から平成11年までの間6冊の著作物を出版しており,その印税として少なくとも月額2万円程度の収入を得ていたこと,抗告人は,上記各書物の出版にあたり,語句の訂正等の作業を手伝うなどしたことが認められる。

上記各書物の出版は,婚姻中に相手方の執筆によってされたものであるから,離婚時までに婚姻費用として費消された分はともかく,離婚後の印税収入は,婚姻中の労働による収入として本来財産分与の対象となるとするのが相当である。そして,相手方が将来にわたってどの程度の印税収入を得るのかは不明であることを考慮し,抗告人の寄与割合を2分の1として,上記印税額を前提とした離婚後5年間の印税収入120万円の半額である60万円を相手方から抗告人に分与するのが相当である。

(エ) △銀行(現株式会社○○銀行)○○支店の相手方名義の預金

原審判「理由」中「3 清算的財産分与について」(2)④のとおりであるから,これを引用する。

(オ) 相手方の□大学の退職金

原審判「理由」中「3 清算的財産分与について」(2)⑤のとおりであるから,これを引用する。

(カ) 未成年者ら名義の預金

本件各記録によれば,平成11年6月4日当時,△銀行(当時)○○支店の長女名義の定期預金口座に34万円,二女名義の普通預金口座に3万2517円,定期預金口座に17万円,長男名義の普通預金口座に2万7582円,定期預金口座に14万0166円合計71万0265円の預金があったこと,これらはいずれも平成6年ころ以降に預金されたものであり,相手方が占有していることが認められる。

これらの原資は必ずしも明確ではないが(抗告人代理人作成の平成12年12月20日付け陳述書によれば,その一部は抗告人の両親が保険料を負担していた生命保険の解約返戻金が原資である可能性があるが,これを裏付ける資料はない。),上記預金をした期間が婚姻期間中であることからすると,その間の抗告人ないし相手方の収入から形成されたものと推認するのが相当であり,そうとすれば,これらは財産分与の対象となるというべきである。

(キ) ○□の株式

本件各記録によれば,相手方は,昭和63年ころまでの間に,○□の株式を購入し,平成11年6月4日当時相手方名義で保有していたこと,上記株式は,抗告人と相手方との夫婦共有財産にあたり,清算的分与の対象としての財産にあたること,上記株式の時価は,上記同日時点において約130万円であったが,平成18年5月1日の終値では50万8000円であること(公知の事実)が認められ,公平の観点からすれば,現在の時価(便宜上,決定時の直近である平成18年5月1日とする。)をもって分与の対象額とするのが相当である。

これに対し,抗告人は,上記株式の評価について,離婚時(平成11年6月4日)の時価である130万円と評価すべきであると主張する。確かに,夫婦財産関係の清算を離婚時とするのが相当であることは前記(原審判)のとおりである。しかしながら,それは分与対象財産の範囲を確定する時点を離婚時とする趣旨であって,分与対象財産の評価が常時変動するものである場合は,分与者が分与の実行を不当に遅延させたり,分与者の不注意により換価時期を失したなどの特段の事情のない限り,むしろ現実の分与時点の評価によるのが公平というべきである。そして,本件各記録によっても上記特段の事情は認められないから,抗告人の上記主張は採用できない。」

(ク) 動産

原審判「理由」中「3 清算的財産分与について」(2)⑧のとおりであるから,これを引用する。

ウ 財産分与の既履行について

(ア) 次項で原審判の訂正をするほかは,原審判「理由」中「3 清算的財産分与について」(3)のとおりであるから,これを引用する。

(イ) 原審判の訂正

a 原審判13頁11行目の「前記のとおり」を「本件各記録によれば」に改め,14行目の「本件各記録によれば,」の後に「相手方の母は平成12年1月に亡くなり,」を加え,15行目の「未成年者ら名義で」を「未成年者らのために同人ら名義で」に改める。

b 原審判13頁21行目から14頁3行目までを次のとおり,改める。

「上記(原審判)のとおり,相手方が抗告人に交付した未成年者ら名義の預貯金は,相手方の母の蓄えを原資とするものである。そして,相手方の母が孫の名義で預金をした趣旨は,孫である未成年者らに対し,預金債権を生前贈与したものと推認するのが相当である。したがって,相手方が抗告人に預金通帳を交付したことをもって,財産分与の一部の履行をしたものと評価することはできないというべきである。」

エ 清算的財産分与のまとめ

以上によれば,清算の対象となる財産は,①本件マンション(共有持分は抗告人6分の1,相手方6分の5),②出版物の著作権,印税収入の120万円,③△銀行(当時)○○支店の相手方名義の定期預金70万円,④未成年者ら名義の普通預金及び定期預金の合計71万0265円,⑤相手方名義の○□株式(時価50万8000円相当)となる。そして,上記のうち,①については,前記のとおり,本件マンションの抗告人の共有持分(6分の1)を相手方に分与し,また②ないし⑤は,いずれも相手方名義のものであるから,これらの合計額311万8265円の2分の1である155万9132円(1円未満切り捨て)を相手方から抗告人に分与するのが相当である。そして,上記(原審判)のとおり,相手方は抗告人に対し,既に財産分与として100万円を支払っているから,分与すべき残額は55万9132円となる。

(2)  その他財産分与にあたって考慮すべき事情について

ア 慰謝料的財産分与について

(ア) 抗告人の当審での主張を踏まえて,次のとおり原審判の訂正をするほかは,原審判の「理由」の「4 慰謝料的財産分与について」のとおりであるからこれを引用する。

(イ) 原審判の訂正

原審判16頁13行目から23行目を次のとおり改める。

「ところで,前記(原審判)のとおり,相手方は抗告人に対し,平成11年4月に離婚の意思を表明したものであるが,本件記録によっても,両者の間には,それまで離婚問題が話題になった形跡はなく,上記表明は突然のものであったといえる。そして,前記〔原審判(訂正後のもの)〕のとおり,相手方は離婚後4か月で現在の妻と男女関係を持っており,上記離婚の経過をも併せて考えると,相手方が離婚の意思を表明した理由のひとつに現在の妻の存在があった可能性も考えられなくはないが,本件各記録によるも,抗告人との婚姻中における上記妻との不貞行為については,これを認めるに足りない。また,抗告人が主張するような相手方の暴言,暴行や離婚の際の脅迫を認めるに足りる証拠はなく〔抗告人は,当審において,相手方はこれを争っていないと主張し,確かに相手方は個別具体的に反論をしていない部分もあるが,抗告人の陳述書の記載内容に対する反論(誇大な表現や事実無根の記載の指摘等)に照らすと,相手方が争っていないとはいえない。〕,仮に相手方が,抗告人との性交渉中に離婚を求めたり,長男の入院先の病室へ離婚届用紙等を持参したりしたとしても,それらをもって不法行為を構成するほどの違法性のある行為とは評価できないし,その結果,抗告人と相手方が現実に協議離婚をしたことを踏まえたとしても同様である。その他,本件各記録を総合しても,離婚に伴う慰謝料請求を基礎付けるに足りる事実は認められない。

したがって,相手方の抗告人に対する慰謝料的財産分与は認められない。もっとも,本件各記録によっても,抗告人の責に帰すべき明らかな離婚原因があったとは認められず,それにもかかわらず,抗告人が経済力の豊かな相手方から突然申し出られた離婚をわずか2か月ほどで受け入れたのには,相手方の離婚の要求がそれに応ぜざるを得ないほどに強いものであるとともに,抗告人において離婚を受け入れ易い経済的条件の提示があったからであると推認される〔相手方がワープロで作成,抗告人が手書きで加筆等を加えた「BとAに関すること」で始まる文書(本件文書)中の相手方作成部分には,本件マンションについて,抗告人が子供を育てる間は家賃なしで居住し,それ以降については話し合いとする旨の提案が記載されており,生活の基本である住居が確保されることが上記のような離婚請求を受け入れたことに少なからず影響していることは容易に推認できる〕。したがって,この点は財産分与において無視できない事情というべきであるから,後述する扶養的財産分与においてこれを考慮する。」

イ 扶養的財産分与について

(ア) 抗告人は,扶養的財産分与として,長男が成人に達する月の平成26年×月×日を終期とする本件マンションの使用借権の設定(ただし,共益費,水道光熱費,駐車場使用料は抗告人が負担する。)を求めている〔なお,抗告人は,本件マンションの共有持分(6分の1)を固有の資産としてこれを保有することを前提にしているから,上記申立ては,実際上は,相手方の共有持分(6分の5)についての抗告人の使用借権の設定を求めるものと解することができる。〕。

(イ) ところで,夫婦が離婚に至った場合,離婚後においては各自の経済力に応じて生活するのが原則であり,離婚した配偶者は,他方に対し,離婚後も婚姻中と同程度の生活を保証する義務を負うものではない。しかし,婚姻における生活共同関係が解消されるにあたって,将来の生活に不安があり,困窮するおそれのある配偶者に対し,その社会経済的な自立等に配慮して,資力を有する他方配偶者は,生計の維持のための一定の援助ないし扶養をすべきであり,その具体的な内容及び程度は,当事者の資力,健康状態,就職の可能性等の事情を考慮して定めることになる。本件各記録によれば,抗告人の勤務先における給与収入は平成15年において年間約210万円であった(時給制で賞与はない。)こと,他に社会保障給付として4か月毎に,市の遺児手当が4か月に一度未成年者ら3人分で合計3万4800円(月額8700円),県の遺児手当が合計5万4000円(月額1万3500円),市の児童扶養手当が合計11万6680円(月額2万9170円)の給付を受けており,平成15年の月額収入は,給与収入,相手方からの養育費及び上記社会保障給付を合わせて平均約41万円であったこと,そして,抗告人の毎月の支出は,子供の学費等を含めて月額約37万円程度であるが,自動車税及び自動車保険料に加え,本件マンションの老朽化に伴う室内修繕費(例えば,平成16年4月にはトイレ修繕費として12万6000円を負担している。),二女の入学諸費用等の臨時出費をも踏まえると,抗告人の平成16年の年間収支は概ね同額程度であること,他方,相手方の収入は,平成15年において年間約1170万円(妻の収入も合わせた世帯収入は約1560万円,いずれも税込み)であるが,自らの生活費以外に未成年者らへの養育費,本件マンションのローン返済だけでも月額30万円以上を負担しており(ローン返済は月額返済とは別に,さらに年2回各約41万円を負担している。),大学教授としての職業上の必要経費も一定程度見込まれることが認められる。以上の事実を前提にすれば,抗告人と相手方との収入格差は依然大きいものの,抗告人は,社会経済的に一応の自立を果たしており,また,その収支の状況をみても,外形上は,一定の生活水準が保たれているかのようである。

しかしながら,抗告人の上記収支の均衡は,住居費の負担がないことによって保たれているということができ〔本件各記録によれば,養育費審判においても,相手方の基礎収入において,本件ローンとして月額19万7094円,その共益費として月額1万8705円及び固定資産税として月額1万0742円などが差し引かれて計算され,その結果,未成年者3名の養育料を合計18万9000円として,相手方が本件マンションに関する費用を負担することを前提に未成年者らの養育費が算定されている。〕,抗告人及び未成年者らが居住できる住居(ある程度の広さが必要であり,そうとすれば賃料負担も少なくない。)を別途賃借するとすれば,たちまち収支の均衡が崩れて経済的に苦境に立たされるものと推認される。そうすると,本件においては,離婚後の扶養としての財産分与として,本件マンションを未成年者らと共に抗告人に住居としてある程度の期間使用させるのが相当である。加えて,前記のとおり,抗告人が相手方からの離婚要求をやむなく受け入れたのは,その要求が極めて強く,また本件文書において一定の経済的給付を示されたからこそであると推認され,上記給付には,抗告人が未成年者らを養育する間は家賃なしで本件マンションに住めることが含まれており,この事情は扶養的財産分与を検討する上で看過できないこと(もっとも,本件文書の内容からすると,相手方は,抗告人が未成年者らを養育する期間を離婚後4年間程度と想定していたものと解されるが,それは,その時点における相手方の見通しを示したものというべきであって,離婚から3年半後の平成14年12月27日に,未成年者らの親権者を相手方から抗告人へと変更する審判がなされ,これが確定したことにより,上記期間は4年を超える相当程度の長期間となったのであるから,上記離婚の経過等に照らせば,相手方においても,抗告人が4年を越える期間を家賃なしに本件マンションに居住することを受忍すべきものである。),前記のとおり,抗告人は,本件マンションの購入費用を含めて合計1000万円に近い持参金を婚姻費用として提供しており,これらは,夫婦共有財産としては残存しておらず,具体的な清算の対象とはならないものの,上記金額に照らすと,分与の有無,額及び方法を定める「一切の事情」(民法768条3項)のひとつとしてこれを考慮するのが相当であること,未成年者らの年齢(殊に,平成18年×月×日をもって長女は成人に達し,平成19年3月には二女も高校を卒業する。),その他,以上で認定した諸般の事情を総合すると,扶養的財産分与として二女が高校を,長男が小学校を卒業する時期(離婚から約8年を経過した時期)である平成19年3月31日まで本件マンションについて相手方を貸主,抗告人を借主として,期間を離婚成立日である平成11年6月4日から平成19年3月31日までとする使用貸借契約を設定するのが相当というべきである(もっとも,上記契約は使用貸借契約であり,また,それは扶養的財産分与であるから,使用が確実に確保される必要があることなどの事情を踏まえ,共有持分全部移転登記手続は,上記使用貸借期間終了時においてこれを行うとするのが相当である。)。そして,養育費申立ての審判における相手方の基礎収入の算定において,共益費の負担が考慮されているが,共益費,光熱費及び駐車場使用料を抗告人の負担とすることは,抗告人もその申立の趣旨に掲げており,上記各費用の性質に照らしても,現実に本件マンションを使用する抗告人の負担とするのが相当である。

(ウ) これに対し,相手方は,未成年者らに対し十分な養育費を支払っており,この上本件マンションに使用借権を設定することは抗告人に不当な利益を与えるものであり,離婚後における相手方の将来にわたる収入をも財産分与の対象とするものであって,不当であると主張する。

確かに,抗告人のために本件マンションの使用借権を設定することは,未成年者らの養育ないし利益の側面を否定できないが,他方で,抗告人の離婚後の生計の維持にとって必要であることは前記のとおりである(しかも,抗告人が親権者として未成年者ら3名を監護扶養する以上,そのような負担を負った抗告人の離婚時の扶養の側面と上記未成年者らの利益等は,事実上も峻別できない。)。そうすると,これをもって抗告人に不当な利益を与えるとはいえず,また,離婚後における相手方の将来にわたる収入をも財産分与の対象とするものでもない。

なお,相手方は,抗告人に対し,離婚した翌月の平成11年7月から平成16年3月までの57か月間の,本件マンションの共益費(月額1万8705円)合計106万6185円の支払を求めるところ,確かに,本件各記録によれば,相手方が上記費用を負担していることが認められるが,本件マンションに関する諸費用の処理は,本件財産分与に関する審判の確定をもって明確になるものであるから,上記は財産分与の審判中においては考慮しない。

(エ) 上記を前提とすると,抗告人は将来転居の必要が生じるところ,本来,その費用は,離婚後の自助努力によるべきところであるが,抗告人の前記生活状況等及び前記(原審判)のとおり,相手方の転居費用が婚姻費用によって賄われたことなどをも考慮し,その一部50万円を相手方から抗告人に分与させることとし,前記(第3,3(1)エ)の清算的財産分与の清算額55万9132円に加算して,合計105万9132円を分与するのが相当である。

第4結論

よって,抗告人から相手方に対する本件財産分与の申立ては,主文第1項ないし4項の限度で認容するのが相当であり,これと異なる原審判は相当でないから,これを変更することとし,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 田中由子 裁判官 林道春 山崎秀尚)

<以下省略>

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