大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成15年(行コ)14号 判決 2004年3月26日

控訴人ら

宮原和行

外309名

上記訴訟代理人弁護士

村田正人

石坂俊雄

福井正明

伊藤誠基

被控訴人

紀勢町長

谷口友見

同訴訟代理人弁護士

中山敬規

被控訴人

紀勢町収入役

西村賢吾

上記両名訴訟代理人弁護士

楠井嘉行

北薗太

川端康成

西澤博

主文

1  本件訴えのうち控訴人らの当審における公金支出差止請求に係る部分を却下する。

2  控訴人らの当審におけるその余の請求を棄却する。

3  新訴に関する訴訟費用は,控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求める裁判

1  控訴人ら

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人らは,紀勢町錦地区に建設中の紀勢町本庁舎の建設資金として,紀勢町庁舎建設基金から725万5357円を支出してはならない。

(3)  被控訴人紀勢町長は,訴外谷口友見に対し,7億2396万1541円及び

ア 内2648万1000円に対する平成13年12月27日から,

イ 内2億2500万円に対する平成14年4月25日から,

ウ 内1億7499万9600円に対する平成14年12月25日から,

エ 内399万円に対する平成14年12月25日から,

オ 内14万円に対する平成13年8月30日から,

カ 内6万8439円に対する平成14年3月12日から,

キ 内4万2263円に対する平成14年3月12日から,

ク 内10万0683円に対する平成14年4月17日から,

ケ 内2億8914万9556円に対する平成15年4月7日から,

コ 内399万円に対する平成15年4月15日から,

各支払済みまで年5分の割合による金員の請求をせよ。

(4)  訴訟費用は,第1,2審を通じて,被控訴人らの負担とする。

2  被控訴人ら

(1)  本案前の答弁

ア 控訴人らの当審における訴えを却下する。

イ 控訴費用は,控訴人らの負担とする。

(2)  本案の答弁

ア 控訴人らの当審における請求を棄却する。

イ 控訴費用は,控訴人らの負担とする。

第2  事実関係

1  本件は,紀勢町の住民である控訴人らが,紀勢町長,紀勢町収入役である被控訴人らに対し,紀勢町役場庁舎建設工事に関する平成13年度庁舎設計費・庁舎建設費及び平成14年度庁舎建設費の支出,並びに庁舎設置の変更条例を制定しない状況下(条件)における庁舎建設基金の取り崩しによる支出が違法であるとして,それらの公金支出の差止めを求めたところ,原審が控訴人らの訴えのうち平成13年度に係る部分については既に支出されているとし,庁舎建設基金に係る部分については条件付き訴えであるなどとして,いずれも却下し,平成14年度分に係る請求については違法性がないとしてこれを棄却したため,控訴人らが控訴したが,当審係属中に平成14年度の庁舎建設費も支出されたこと等により,被控訴人紀勢町長に対し,平成13年度及び平成14年度分について,その支出当時の町長個人に損害賠償請求することを求めるとともに,被控訴人紀勢町長,同紀勢町収入役に対し,庁舎建設基金からの無条件での支出差止めを求める訴えに変更した(なお,訴え変更の日は地方自治法が平成14年法4号により改正された後である平成15年9月24日である。)住民訴訟である。

2  事実関係は,次のとおり補正し,下記3のとおり当審における当事者の主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第2の2ないし4記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決2頁24行目と25行目を次のとおり改める。

「(4) 被控訴人らは,別紙予算・支出一覧表の支出額欄記載のとおり公金を支出した。」

(2)  同3頁9行目と10行目を削除する。

(3)  同3頁11行目の「(2)」を「(1)」と,同4頁2行目の「(3)」を「(2)」と,同9行目の「(4)」を「(3)」と,同17行目の「(5)」を「(4)」と,同5頁2行目の「(6)」を「(5)」と,9行目の「(7)」を「(6)」と,17行目の「(8)」を「(7)」と,24行目の「(10)」を「(9)」とそれぞれ改める。

(4)  同4頁1行目と2行目の間に次のとおり付加する。

「 新庁舎は,平成15年3月30日に工事請負業者の鴻の池組から紀勢町が引渡しを受けており,平成15年10月末に新庁舎落成式が予定されており,同年11月初旬から供用が開始されるばかりとなっているから,位置変更条例案を上程できるのは,同年6月と9月の2回の議会しかないが,この間には,紀勢町議会の選挙はなく,控訴人ら5名は違法な新庁舎建設にあくまで反対であるから,仮に,被控訴人紀勢町長が6月議会において位置変更条例案を上程したとしても,否決されるのは明らかであり,9月議会においても同様である。本件新庁舎の建設は,地方自治法4条2項の位置変更条例の決議もされないまま,また,今後も同決議がされる見込みもないままにされた違法なものであり,本件新庁舎の建設に係る支出は,使用目的の実現性のない無駄な公金支出である。」

(5)  同4頁8行目と9行目の間に次のとおり付加する。

「 すなわち,紀勢町,大宮町,大内山村の2町1村は平成15年8月7日に町村合併を申請し,同年9月1日にはその2町1村の町村合併に関する任意協議会が開催されることになっており,三重県は町村合併の重点指定地域として紀勢町の上記合併につき支援することを決めている。予定どおり進行すると,同年12月には法定協議会が開催される見込みであり,町村合併のタイムリミットが平成17年3月31日までとなっていることから,紀勢町は同日までには消滅してしまうことになるので,新庁舎を新たな場所に建設することは無駄な公金支出であり,違法である。」

(6)  同5頁6行目と7行目の間に次のとおり付加する。

「 すなわち,発注者である紀勢町側で決裁権を有しているのは訴外谷口友見であるところ,同人は受注業者である谷口組の代表取締役とは兄弟の関係にある。しかも,訴外谷口友見は,谷口組の株式の95パーセント以上を保有し,株主総会で代表取締役の地位を意のままにでき,谷口組の利益は配当を通じて訴外谷口友見に直結している。このような谷口組が紀勢町の公共工事のかなりの部分を受注し,その平均落札率(入札予定価格に対する決定入札価格の率)は,99.4パーセントの高率である。

紀勢町側から入札価格の情報漏れなくしては,これほどの近接した価格での入札は不可能であることからすれば,官製談合は明らかである。

99パーセント内外の異常な落札率は,官が予定価格を民間に情報漏洩し,この情報をもとに民間業者が談合をして,特定の1業者が入札,落札をする結果でしか起こりえないのであるから,立証責任を転換して,談合の事実がなかったことを被控訴人側が立証しない限り,談合があったものと認定すべきである。

紀勢町では,一般競争入札を実施せず,紀勢町が予め指定した業者にだけ入札させる指名競争入札が固定化しているが,指名競争入札を実施することにつき格別の事情はなく,本件新庁舎建設は,谷口組に利益をもたらすために不要不急で違法な新庁舎建設を強行しているものである。

よって,談合の結果としての落札率であることが明らかな請負価格で発注した新庁舎建設工事に関する建設費等は,談合による公金の支出であるから違法である。」

(7)  同5頁17行目の「平成13年度庁舎設計費」から19行目の「生ずるおそれがある。」までを次のとおり改める。

「 別紙予算・支出一覧表のとおり,平成13年度から平成14年度にかけて合計7億2396万1541円が支出され,訴外谷口友見は,紀勢町に対し,上記違法な支出行為により,同額の損害を与えた。」と改める。

(8)  同5頁24行目の「よって,」から同6頁4行目の「求める。」までを次のとおり改める。

「 よって,控訴人らは,被控訴人らに対し,地方自治法242条の2第1項1号に基づき,紀勢町錦地区に建設中の新庁舎の建設資金として,紀勢町庁舎建設基金から725万5357円を支出することの差止め,被控訴人紀勢町長に対し,地方自治法242条の2第1項4号に基づき,同被控訴人において訴外谷口友見に対し,7億2396万1541円及び内2648万1000円に対する平成13年12月27日から,内2億2500万円に対する平成14年4月25日から,内1億7499万9600円に対する平成14年12月25日から,内399万円に対する平成14年12月25日から,内14万円に対する平成13年8月30日から,内6万8439円に対する平成14年3月12日から,内4万2263円に対する平成14年3月12日から,内10万0683円に対する平成14年4月17日から,内2億8914万9556円に対する平成15年4月7日から,内399万円に対する平成15年4月15日から,各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請求することを求める。」

3  当審における当事者の主張

(1)  控訴人ら

ア 被控訴人紀勢町長は,新庁舎の供用開始までに,庁舎位置変更条例案を議会に上程できない対処方法として,新庁舎を錦支所として供用を開始するとするが,新庁舎には,町長室や助役室も設置され,紀勢町議会の建物も,新庁舎に移転することになり,紀勢町役場の機能の90パーセント以上が移ることになっており,このような新庁舎をもって,位置変更条例案の上程もなく,錦支所として供用開始するのは,地方自治法4条1項の潜脱であり,脱法行為であるから,新庁舎建設にかかる公金支出も違法である。

イ 原判決は,庁舎の位置変更の場合の利便性について判断することなく,地震や津波の防災拠点として有効であると判示するが,新庁舎の第1義的目的は行政サービスの提供の場所の整備であって,避難場所の確保ではない。津波に備えるという目的であれば海岸部の錦地区よりも内陸部の柏崎地区が優れているし,また,錦地区の避難場所としては,錦地区の防災タワーや避難通路があり,あえて新庁舎に避難しなければならないものではない。

さらに,本件新庁舎の建設された錦地区は,現在の庁舎が建っている柏崎地区と比較して,国道42号線から遠く離れているうえに,JR線の各駅からも遠く離れており,人口分布の中心からも,地理的利便性からも,新しい町の新庁舎とはなり得ない場所である。

ウ 新庁舎の建設と位置は,紀勢町民全員の利便性にかかわる重大問題であるから,住民投票の実施などにより,議会だけではなく,町民の総意をもって決定すべきである。

エ 地方財政法4条の4第3号では,財政調整基金は,「緊急に実施することが必要となった大規模な土木その他の建設事業の経費その他必要やむを得ない理由により生じた経費の財源に充てるとき」に該当する事由があると認められるときに支出できると定めているが,これは,本来大災害などが起きたときに緊急に適用されるものであって,2ないし3年後の町村合併をひかえ,庁舎建設が無駄となってしまう本件の場合には,合理的な緊急性も必要性や相当性もなく,その適用の余地がないから,庁舎建設基金からの支出は違法な公金の支出である。

(2)  被控訴人らの主張

ア 本案前の主張

(ア) 損害賠償請求することを求める請求(平成14年法4号による改正後の地方自治法242条の2第1項4号の請求)について

控訴人らは,庁舎建設費等の公金支出差止訴訟係属中に,その公金支出が現実にされたことを理由として損害賠償請求することを求める請求に訴えを変更しているが,公金の支出は,平成13年12月27日から平成15年4月15日までの間にされており,訴えを変更するについて,新たな監査請求を要しないとしても,地方自治法が住民訴訟について出訴期間を定めた趣旨から,本件のような事案の出訴期間は,住民が当該公金の支出があったことを知り得た日から30日とするのが相当である。

そして,公金支出があったことを住民が知り得たときには,監査の手続も終了していることになるから,公金支出にかかる損害賠償請求することを求める請求の訴えは,そのときから30日以内に提起すべきものとするのが地方自治法242条の2第2項1号の趣旨に適うというべきである。

本件においては,最終の公金支出がされたのが平成15年4月15日であるところ,公金支出は情報公開請求の対象である上,建物が完成している以上,公金支出がされたことはすぐ容易に察しのつくことであるにもかかわらず,訴え変更がされたのはそれから5か月以上経過した平成15年9月24日である。

しかも,被控訴人らは,平成15年6月25日の本件口頭弁論期日において公金支出済みであることを述べており,その旨の書証も同年7月15日に控訴人ら代理人に直送しているのに,訴えの変更はその時点からでも2か月以上経過しているのである。

したがって,本件訴えは出訴期間を経過するものであって不適法である。

(イ) 庁舎建設基金の取り崩しによる支出について

a 基金の取り崩しは,財務会計行為に該当せず,取り崩しによって何ら紀勢町に損害が生ずるものではないから,取り崩しの差止めを求める訴えは不適法である。

b また,平成15年度の庁舎建設関係の予算案には当初予算,補正予算ともに,基金繰入金が計上されておらず,平成14年度繰越計算書にも新庁舎整備事業としては基金繰入金が計上されていない。平成15年11月17日現在で庁舎建設基金が455万4599円残っているが,今後も庁舎建設のために取り崩して支出する予定はない。

地方自治法242条の2第1項1号の請求は,「当該行為が行われることが相当の確実さをもって予測される場合」であることが訴訟要件である。

しかるに,庁舎建設予算の執行は,平成15年度が最終であり,平成16年度以降は執行する予定はない。平成15年度予算は,これ以上庁舎建設基金を取り崩して支出する予定はないので,上記訴訟要件を充たさない。

したがって,基金からの支出の差止めの訴えは,訴訟要件を具備していないので不適法である。

c よって,基金からの取り崩しによる支出の差止めの訴えは却下すべきである。

イ 本案についての主張

(ア) 新庁舎の利便性について

新庁舎は,JR伊勢柏崎駅からタクシーで20分程度の距離(約8.5キロメートル)であり,また,紀勢インターチェンジ予定地から直線距離で約7.5キロメートル,錦船付バス停から徒歩数分であって,庁舎所在地の交通条件としては決して悪くない。

また,紀勢町では,過去,大津波で多数の人命を犠牲にしたつらい経験があり,町民においても防災に対する関心が極めて高く,近年の車社会による交通網の発達や情報システムの発達及び住民の生命財産を守るべき機能を果たせる場所として総合的に判断した結果が新庁舎の所在地である。

(イ) 談合について

新庁舎の建設工事に関する契約の代金が株式会社谷口組とその他の業者との談合によって不当につり上げられたとの事実はない。

また,訴外谷口友見は,株式会社谷口組の取締役等役員ではなく,株式会社谷口組の経営には一切関与しておらず癒着はない。

第3  当裁判所の判断

当裁判所は,控訴人らの当審における被控訴人らに対する公金支出差止請求に係る訴えは不適法であり,被控訴人紀勢町長に対して訴外谷口友見に損害賠償請求することを求める請求は理由がないものと判断するが,その理由は,次のとおりである。

1  控訴人らの被控訴人らに対する庁舎建設基金の取り崩しによる公金支出差止請求について

庁舎建設基金の取り崩しが,財務会計行為であるか否かは別として,証拠(乙43ないし46)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人紀勢町長において,平成15年度の庁舎建設関係の予算案には当初予算,補正予算ともに,基金繰入金が計上されておらず,平成14度繰越計算書にも新庁舎整備事業としては基金繰入金が計上されていないこと,平成15年11月17日現在で庁舎建設基金が455万4599円残っているが,今後も庁舎建設のためにこれを取り崩して支出する予定はないことが認められ,これらの事実に照らすと,控訴人らの被控訴人らに対する公金支出差止請求に係る訴えは,地方自治法242条の2第1項1号の請求の要件というべき「当該行為が行われることが相当の確実さをもって予測される場合」に該当するとは認められないので,不適法といわざるを得ない。

2  控訴人らの被控訴人紀勢町長に対する訴外谷口友見に損害賠償請求することを求める請求について

(1)  被控訴人紀勢町長の本案前の主張について

被控訴人紀勢町長は,被控訴人らが公金支出差止訴訟係属中に公金支出が現実にされたことを理由として損害賠償請求することを求める請求に訴えを変更する場合,その変更は新たな訴えの提起であるから,出訴期間を住民が当該公金の支出があったことを知り得た日から30日とし,それ以内に提起すべき旨主張する。

なるほど,訴えの交換的変更による変更後の新請求は新たな訴えの提起であるが,新請求に関する出訴期間が遵守されているかどうかは,変更後の新請求と変更前の旧請求との間に訴訟物の同一性が認められる場合,又は両者の間に存する関係から,出訴期間の遵守の点において,新請求に係る訴えを当初の提起の時に提起されたものと同視しうる特段の事情があるときには,例外的に新請求について旧請求の提訴の時に訴えの提起があったものとみなすことにより,出訴期間の遵守に欠ける点がないと認めるのが相当である。

この観点から本件についてみるに,公金の支出を違法として事前にその差止めを求める請求と事後的に同じ違法を主張して損害賠償請求することを求める請求とは,その中心的争点を共通するものであるだけでなく,公金の支出の事前差止請求とその公金の支出後の段階での損害賠償請求することを求める請求は,控訴人ら住民が追行する訴訟として密接不可分の関係にあり,公金の支出が行われた後は,これに対する損害賠償請求することを求める請求がされることは当然予測され,また,相手方についてみても,旧請求の相手方が町長,収入役であるのに対し,新請求の相手方が町長のみであり,両者は相手方が町長である点において同一であり,新訴の提起について,相手方の防御権を著しく害することもないから,本件において,変更後の新請求に係る訴えを旧訴の提起の時に提起されたものと同視し,新訴につき,出訴期間の遵守において欠けるところがないと解すべき特段の事情があるものというべきである。

したがって,被控訴人紀勢町長の上記主張は採用できない。

(2)  本案について

ア 本件公金が別紙予算・支出一覧表の支出額欄記載のとおり支出されていることは当事者間に争いがない。

イ 控訴人らは,現庁舎は柏崎地区にあるが,これを錦地区に移転するについては控訴人らをはじめとする住民の反対が強く,庁舎位置変更条例案の上程が未だされておらず,仮に上程されたとしても,紀勢町議会は総数14名であるので,地方自治法4条3項に定める条例の制定又は改廃について出席議員の3分の2以上の同意を必要とする要件は全員が出席したとして10名であるところ,反対の態度を表明している議員は5名いるから,庁舎位置変更条例が制定される見込みが全くないのであって,それにもかかわらず新庁舎建設のため予算が執行されたのは違法である旨主張する(当審で補正後の原判決第2の3(1)の主張)。

そこで,検討するに,証拠(乙14,15,16の1,2,乙17の1ないし7,乙18,乙19,乙20の1ないし8,23の1ないし27,乙43ないし46)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

(ア) 紀勢町の沿革について

錦地区は,古くから漁村として栄えた集落で,昭和15年町制施行により北牟婁郡錦町となり,柏崎地区は,山間部の集落として栄え,昭和22年の町村制実施の際,柏野村と崎村が合併し,度会郡柏崎村となった。

昭和28年の町村合併促進法の制定施行により,度会郡柏崎村と北牟婁郡錦町の合併運動が展開され,その結果,昭和32年2月1日,柏崎村と錦町が合併し,紀勢町が誕生した。

(イ) 昭和32年2月の合併当初は,本庁を錦205番地,支所を崎260番地に設けていたが,その後,柏崎支所が増改築された。昭和33年3月24日の町議会定例会において,紀勢町長から庁舎位置指定条例変更議案が提出され,本庁を崎260番地とし,支所を錦205番地とすることに全会一致で可決され,以後,長年使用されてきた。本庁舎は,平成6年度には1100万円の費用をかけて増大する事務量に対応するための増築工事もされたが,本庁舎の一部は,明治36年4月に建設されたものであり,老朽化が著しく進み,雨漏りが激しく事務に支障を来すようになり,災害対策本部としての機能も十分に果たし得ないとして,平成8年9月の定例会において,町長が新庁舎建設のための検討委員会を設立したい旨答弁し,被控訴人紀勢町長は新庁舎建設の具体化に向けて検討,準備に入った。平成11年2月23日の議員懇談会において,町長が,平成11年度に庁舎建設審議会等を設置して場所を選定し,平成12年度に用地買収を実施したい旨表明し,平成11年3月の定例会において,町長が議会に対し,新庁舎のおおよそのスケジュールを提案し,同年6月の議員懇談会において,町長は,庁舎の移転先について,錦林道叶越線に建設したい旨の見解を述べた。同年6月の定例会において,町長は,発言の影響の大きさを考慮して,議会で新庁舎の建設場所について議会で十分な審議を尽くした上で場所の決定をするよう答弁した。同年9月の定例会において,新庁舎位置検討特別委員会の設置が決定され,同年11月には,新庁舎問題について町民との対話集会も開催された。平成12年2月の臨時会において,新庁舎位置検討特別委員長から,7回の討議と1回の住民対話集会を経て,採決(賛成9名,反対4名)の結果,新庁舎建設地は錦叶越を適当とする旨の報告があった。また,少数意見も紹介され,土地取得費用,造成費用,位置の利便性,広域合併の問題,財源問題,学校統合を視野に入れた跡地利用等が挙げられたものの,同議会において,上記報告をもとに測量試験費290万円の補正予算が可決された。同年3月の定例会において,建設場所について,町長は,議員の質問に対し,「前回の議会で大多数をもって,ここ(錦叶越)を予定地にすると決まった時点で最終的に役場を建てる場所が決定されたという判断をしている。」旨答弁し,4名の議員から造成工事費用及び用地補償費を削減する予算修正案が提出されたが,否決され,当初予算は,原案(庁舎敷地造成工事費,用地補償費1億5950万円)どおり可決された。同年7月9日,紀勢町議会議員選挙の結果,庁舎移転に賛成の議員9名,反対の議員5名が当選した。同年12月の定例会においては,新庁舎敷地造成工事費の増額(3520万円)と設計費(3500万円)の予算案が可決され,平成13年3月の定例会において,新庁舎建設費として建設監理費4億0450万円の予算案を可決した。平成14年3月の定例会において,平成14年度当初予算に新庁舎建設費4億0441万円を計上する予算案が賛成8,反対5で可決された。同年9月25日の定例会において,新庁舎建設費2200万円の追加予算が可決され,全額削除を求める修正動議が提出されたものの8対5で否決された。同年12月の定例会において,平成13年度決算認定について新庁舎建設費が含まれているとして反対する意見もあったが,8対5で可決された。平成15年3月の定例会において,平成15年度予算に新庁舎建設費9961万円が計上され,全額削除を求める修正動議が提出されたものの8対5で予算案は可決され,修正動議は否決された。同年9月24日の定例会において,平成15年度補正予算に新庁舎建設費300万円が計上され,全額削除を求める修正動議が提出されたものの8対5で補正予算案は可決され,修正動議は否決された。

(ウ)  ところで,地方自治法4条1項は,「地方公共団体は,その事務所の位置を定め又はこれを変更しようとするときは,条例でこれを定めなければならない。」と規定しているものの,条例を定める時期について何ら定めていないから,建設着工後において条例を定めても,同法違反とはならず,庁舎位置指定条例案の上程の時期は市町村長の裁量に委ねられているものと解される。そして,被控訴人紀勢町長は新庁舎着工前に紀勢町議会に庁舎の位置変更条例案を上程していないが,上記(イ)のとおり新庁舎については,既に建築着工についての予算の議決を得ているというものであり,被控訴人紀勢町長が未だ紀勢町議会に新庁舎の位置変更条例案を上程していないとしてもその裁量の範囲内というべきであるから,被控訴人紀勢町長の政治責任は別として,これを違法な行為であるということはできない。

(エ) 控訴人らは,現在も反対の態度を表明しこの態度を変えない議員は5名いるから,庁舎位置変更条例が制定される見込が全くなく,それにもかかわらず新庁舎建設のための予算が執行されたのは違法である旨主張する。

しかしながら,上記(イ)のとおり,本件各予算が執行された当時において,紀勢町議会の議員が総数14名であるところ,そのうち3分の1を超える5名が庁舎移転に反対であったことが認められるものの,このことからただちに将来にわたって上記条例制定の可能性が全くないと断ずることはできないから,本件各予算の執行が違法であるとまではいえない。

したがって,控訴人らの上記主張は採用できない。

ウ 控訴人らは,紀勢町,大宮町,大内山村の2町1村において町村合併の協議が進められているが,町村合併のタイムリミットは平成17年3月31日までとなっているから,紀勢町は同日までには消滅してしまうことになるとし,多額の費用をかけて新庁舎を新たな場所に建設することは無駄な公金支出であり,違法である旨主張する(本判決による補正後の原判決第2の3の(2)の主張)。

しかしながら,控訴人ら主張の経緯があり,紀勢町,大宮町,大内山村の2町1村の広域合併がされる可能性があるとしても,それが確実にされるものと認めるに足る証拠はなく,新庁舎を新たな場所に建設することが無駄な公金支出であると断定することはできないので,控訴人らの主張は採用できない。

エ 控訴人らは,新庁舎の建設は,地方自治法2条14項(「地方自治体は,……最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。」と規定する。),地方財政法4条1項(「地方公共団体の経費は,その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて,これを支出してはならない。」と規定する。)に反する旨主張する(本判決による補正後の原判決第2の3の(3)の主張)。

しかしながら,上記主張の理由がないことは,原判決11頁19行目から同12頁7行目までのとおりであるから,これを引用する。すなわち,現庁舎は,明治36年に建築された建物が基礎となっており,その余も昭和32年頃に建築された木造の建物であって,老朽化が進んでおり,平成3年度から平成11年度までに総額3842万3000円の増改築費用が費やされている上に,今後多額の補修費用を費やすとしても,投資効率が悪いと推測され,さらに,30年内に発生が予想されるマグニチュード8級の巨大地震に襲われる可能性が高く,その耐震対策も考慮する必要があることからすれば,新庁舎建設の必要性が高いものと認められ,本件各支出が地方自治法2条14項,地方財政法4条1項の規定に反するものとはいえないので,控訴人らの上記主張は採用できない。

オ 控訴人らは,新庁舎の建設場所は,住民の利便性に欠ける旨主張する(本判決による補正後の原判決第2の3の(4)の主張及び当審における控訴人らの主張イ)。

しかしながら,上記主張の理由がないことは,原判決12頁9行目から同13頁1行目までのとおりであるから,これを引用する。すなわち,新庁舎の建設場所は,防災拠点として,紀勢町に将来発生する地震及び津波に備えるため錦地区の高台にあり,現庁舎と比較すると国道42号線から離れ,JR伊勢柏崎駅から離れ,現在建設中である高速道路の紀勢インターチェンジ予定地からも離れ,交通条件の点では悪くなるが,それでも新庁舎は,JR伊勢柏崎駅からタクシーで20分程度の距離(約8.5キロメートル),紀勢インターチェンジ予定地から直線距離で約7.5キロメートル,錦船付バス停からは徒歩数分であって,必ずしも利便性に欠ける場所に所在するものとはいえず,地震及び津波に備えるための必要性にかんがみると,錦地区の高台に新庁舎を建築することが不合理であるとは認められない。

さらに,弁論の全趣旨によれば,紀勢町内での住民の移動は圧倒的に車の利用が多く,車の運転のできない老人でも家の者が車で送迎したり,バス,タクシーの利用が可能であることが認められるから,高台であることが直ちに利便性を欠くということもできない。

したがって,控訴人らの上記主張は採用できない。

カ 控訴人らは,新庁舎建設工事は,紀勢町あるいは他の業者との談合による公金の支出であるから違法である旨主張する(本判決による補正後の原判決第2の3の(5)の主張)。

しかしながら,上記主張の理由がないことは,原判決13頁4行目から14行目までのとおりであるから,これを引用する。

なお,控訴人らは,99パーセント内外の落札率がある場合には,立証責任を転換して,談合の事実がなかったことを被控訴人側が立証すべき旨主張するが,独自の見解であって採用できない。

キ 控訴人らは,新庁舎敷地造成工事のうち谷口組との第1工区の契約について増額変更したが,この増額変更については紀勢町議会の議決が必要であるのにその議決を経ていなかったことからすると,平成14年度庁舎建設費の支出に係る契約で紀勢町議会の議決を要するものについても,今後紀勢町議会の議決なくしてその契約が締結される蓋然性がある旨主張する(本判決による補正後の原判決第2の3の(6)の主張)。

しかしながら,上記主張が理由がないことは,原判決13頁16行目から26行目までのとおりであるから,これを引用する。

ク 控訴人らは,被控訴人紀勢町長は,新庁舎の供用開始までに,庁舎位置変更条例案を議会に上程できない対処方法として,新庁舎を錦支所として供用を開始するとするが,位置変更条例案の上程もなく,錦支所としながら町長室を設置するなどし,役場の機能の90パーセント以上を現庁舎から移して供用開始するのは,地方自治法4条1項の潜脱であり,脱法行為であるから,新庁舎建設に関わる公金支出も違法である旨主張する(当審における控訴人らの主張ア)。

しかしながら,被控訴人紀勢町長が,現時点において,新庁舎を錦支所として供用を開始するかどうか必ずしも明らかではない。仮に新庁舎を錦支所として供用開始するとしても,その手続は,地方自治法155条1項,2項の規定により条例で定めることとなるところ,同規定には役場(本庁)と支所の事務の分掌の程度については特に定めがないから,新庁舎に町長室も設置するなどし,これを支所として供用開始しても,直ちに違法の問題は生じない。

控訴人らは,新庁舎に紀勢町役場の機能の90パーセント以上が移る旨主張するが,現在の錦支所と柏崎地区にある紀勢町役場の機能がどの程度分担して行われているか明らかではなく,控訴人ら主張の事実を認めるに足りる証拠はない。

したがって,新庁舎を錦支所として供用開始するのは,地方自治法4条1項の潜脱であるとは直ちに認め難く,控訴人らの上記主張は採用できない。

ケ 控訴人らは,新庁舎の建設と位置は,紀勢町民全員の利便性にかかわる重大問題であるから,住民投票の実施などにより,町民の総意をもって決定すべきである旨主張する(当審における控訴人らの主張ウ)が,地方自治法にはそのような規定はないから,上記主張は失当である。

第4  結論

以上のとおり,本件訴えのうち,控訴人らの当審における公金支出差止請求に係る部分は不適法であるので,これを却下することとし,控訴人らの当審におけるその余の請求は理由がないので,これを棄却することとし主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・熊田士朗,裁判官・川添利賢,裁判官・玉越義雄)

別紙

予算・支出一覧表<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例