名古屋高等裁判所 平成15年(行コ)16号 判決 2003年11月13日
主文
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は1,2審とも被控訴人の負担とする。
第1控訴の趣旨
主文同旨
第2事案の概要
1 本件は,被控訴人が,控訴人に対し,愛知県情報公開条例(平成12年愛知県条例第19号。以下「本件条例」という。)に基づき,博覧会国際事務局(以下「BIE」という。)のa議長(当時。以下「BIE議長」という。)らが平成11年11月16日に来日した際に,控訴人宛てに提出した,訪日目的が記載された英文の文書(以下「本件文書」という。)について開示請求をし,これに対し控訴人が不開示決定(以下「本件処分」という。)をしたので,被控訴人がその取消しを求めた事案であり,原審が請求を認容したことから,これに不服である控訴人が控訴したものである。
2 前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり付加訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「1」ないし「3」に摘示のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決6頁10行目の「本件文書」を「本件文書と同一内容の文書」と改める。
(2) 同22行目の「当裁判所」を「原審」と改める。
(3) 同7頁11行目の「ものではないから,」の後に「上記開示請求権は」を加える。
(4) 同8頁21行目から22行目までの「その内容は,」の後に次のとおり加える。
「必ずしも本件要請事項と一致するものではない。すなわち,第1に,『①会場計画の明確な説明』については,『会場計画』と『明確な説明』という言葉は記載されているが,その2つの言葉の間に4行にわたる文章が記載されており,単に『会場計画の明確な説明』に関する説明を簡潔に記載したものではないうえ,なぜ『明確な説明』をしなければならないかという理由も記載されており,その理由中には,BIEの率直な意見表明がみられ,その率直な文書表現からしてBIEにとっては公開を憚る内容である。第2に,『②世界自然保護基金(WWF)など,国際的な現境保護団体への対応の重要性』については,当該部分は6行にわたる文章であり,『世界自然保護基金(WWF)』,『国際的な団体』という言葉は記載されてはいるが,単に『世界自然保護基金(WWF)など,国際的な環境保護団体への対応の重要性』に関する説明を簡潔に記載したものではなく,当該6行にわたる文章の中には,BIE自身が明らかにしていない事項が含まれており,BIEにとっても公開を憚る内容である。第3に,『③跡地利用計画は登録時にきちんと説明し,(環境をテーマにした)愛知万博の理念を継承したものにすること』については,それに相当すると考えられる部分は2行にわたる文章であり,『跡地利用計画』及び『登録』という言葉は記載されているが,『愛知万博の理念を継承したものにすること』というようなことは記載されていないし,要約しても『跡地利用計画は登録時にきちんと説明』という表現にはならない。第4に,『④愛知万博が祝福されて開けるよう,市民から十分な支援や支持を受けられるようにし,反対派に対する取り組みをBIEに説明すること』については,それに相当すると考えられる部分は3行にわたる文章であり,『国際博』という言葉は記載されているが,『愛知万博が祝福されて開けるよう,市民から十分な支援や支持を受けられるようにし,反対派に対する取り組みをBIEに説明すること』という箇所とはほとんど一致していない。更に,本件文書は,A4判1枚ではあるものの,上記のとおり,本件要請事項に対応する部分は合計15行にわたり,箇条書の形式によっているものでもなく,そのほかにも,日付,表題,作成名義の部分を除いて,13行の文章が存在するものである。したがって,本件文書は,」
(5) 同9頁16行目及び23行目の各「同一の文書」をいずれも「同一内容の文書」と改める。
(6) 同10頁22行目末尾に改行のうえ,次のとおり加える。
「⑤ 原審が行った調査嘱託に対し,原判決言渡後,他の事件(名古屋地方裁判所平成14年(行ウ)第20号,同第21号行政文書不開示処分取消請求事件)におけるBIEに対する調査嘱託の回答と併せて,BIEからの回答書(以下「本件回答書」という)が名古屋地方裁判所に到達した。それによれば,本件文書については公表しないように要請しているというのがBIEの意向であると解することができる。」
(7) 同12頁22行目末尾に次のとおり加える。
「なお,本件回答書は,『BIE事務局長b』が『日本大使館BIE日本代表c』宛てに回答した書面であって,その内容も,BIEの情報及び文書の公開に関する基本原則を述べるだけのものであるにすぎず,文書の形式から見ても記載内容から見ても,本件調査囑託に対する回答というに値しない。BIEが本件調査嘱託に対して回答することをあえて避け,文書公開に関する基本原則を述べるにとどまっていることからすれば,BIEは,本件文書に関し,現在においても積極的に非公開に固執する意思ではないものと推認できる。」
第3当裁判所の判断
1 当裁判所も,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の「1 不開示事由の解釈について」及び「2 事務・事業に支障を来すおそれについて」についての原審の判断は正当であると判断するが,その理由は当該箇所(原判決12頁24行目から同15頁13行目まで)に説示のとおりであるから,これを引用する。
2 開示により信頼関係を損なう可能性について
(1) 控訴人は,本件文書には,BIEの愛知県に対する心構えや本件会談の内容が判明する部分が含まれ,情報管理を必要とする国際機関との外交に係わる情報に属するものであるから,開示・不開示の判断には高度の政策的配慮が伴う旨主張するので,まず,この点について検討する。
ア 本件文書は本件要請事項とこれに関する説明を簡潔に記述したものではないとする控訴人の主張は具体的であり,本件文書の内容が,本件要請事項と完全に一致するものではないことを予想させるものということができる(乙第20号証,弁論の全趣旨)。
イ しかも,前記前提事実(6),(7)(原判決5頁20行目から同6頁21行目まで)及び甲第6号証,乙第1,第2,第4,第5,第9,第21号証を総合すれば,次の事実が認められる。
(ア) 本件文書は,BIE議長が,本件会談の際,今回の訪日目的,BIEの現状認識,考えられる問題点,BIEとしての希望及び今後の予定などを詳しく述べた後,現時点のこれらの課題等を事前に英文の文書に整理してきたとして,控訴人に手渡したものである。
(イ) 愛知県情報公開審査会は,本件処分に対する異議申立てを棄却するに当たり,本件文書を実際に見分したうえ,「情報管理が必要となることもある国際機関との外交に関わる情報に属するものと考えられることから,開示・不開示の判断には高度の政策的配慮が伴うものであり,国や国際機関の意向を踏まえ,慎重に対応する必要がある側面も認められる」としたうえ,「愛知万博は県民と県が協働して推進していくものであり,BIE並びに関係機関との検討や協議に関する情報は,広く県民に説明していくことが望ましいところであることからすれば,その公益的な開示の必要性は相当程度高いものであったということができるが,そのことを考慮してもなお,本件行政文書を不開示とすることはやむをえないものと言わざるを得ない」と判断している。
(ウ) 経済産業大臣が平成13年5月31日付でした不開示決定には,本件文書と同一内容の文書を不開示とする理由として,「BIEとの非公開会議に関する情報であって,当該会議の内容は非公開にすべきとのBIEからの要請もあることから,公開することによりBIE等との信頼関係が損なわれるおそれがある」旨記載されている。また,情報公開審査会も,上記不開示決定に対する異議申立てに関し,上記文書を実際に見分したうえ,不開示としたことは妥当であるとの答申をしたが,その答申書には,上記文書について,「BIEが訪日する目的等を説明したもの」や「BIE議長等が来日するに当たっての目的や関心事項」が記載され,情報公開法5条3号の不開示情報に該当する情報が文章の全般にわたって記載されていて,容易に区分することはできないものであるとの記載がある。
ウ 上記によれば,本件文書の記載内容は,本件要請事項と同一であるということはできず,BIE議長の訪日目的,BIEの現状認識,考えられる問題点,BIEとしての希望及び今後の予定などが整理されて記載されているものであって,BIE議長らの訪問に当たっての訪問先に対する心構えが読み取れる性質のものであり,また,BIE議長らと愛知県知事との間の非公開の本件会談の場での会談内容の一部が判明するものであると推認される。したがって,本件文書は,いまだ公開されていない部分を含むものであり,かつ,当該部分は国際機関との外交に関わる情報に属するものであって,その開示・不開示の判断には一定の政策的配慮が伴うものであると認めることができる。
(2) 次に,控訴人は,BIEが本件文書の非公開を望んでいるので,これを公開することにより,信頼関係が損なわれる可能性がある旨主張するので,この点について判断する。
ア 前記前提事実(2)ないし(4)(原判決2頁11行目から3頁20行目まで)に甲第4号証,乙第3号証の1,2の1ないし3,第5号証,第6号証の1,2及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
(ア) BIE議長及びBIE事務局長は,平成11年11月来日し,同月16日午前9時から9時35分まで,愛知県公館の応接室において,控訴人を始めとする愛知県関係者8名と会談した。その会談は,BIEとマスメディア関係者との会見を別の機会に設定したうえ,冒頭の写真撮影が許可された以外は,非公開で行われた。その際,BIE議長は,訪日目的,BIEの現状認識,問題点,希望,予定などを説明した後,これらの課題等を整理してきたと述べて,本件文書を取り出し,控訴人に交付した。
(イ) BIE議長らは,本件会談後,現地視察を経て,博覧会協会や愛知県担当者らと実務協議を行ったが,同月17日,記者会見し,愛知万博の準備状況について,特に問題点はなく,順調に進展しているとの認識を口頭で述べた。
(ウ) BIE議長らは,同月18日,博覧会協会東京事務所における実務協議や通商産業省幹部への訪問及び会談を行ったが,これらはいずれも非公開で行われた。この際,BIE側は,通商産業省幹部らに対し,愛知万博の跡地利用計画について,愛知万博を利用した自然破壊の土地開発事業であるとの厳しい批判を行った。
(エ) 中日新聞は,平成12年1月14日,この会談の模様を記録した協会職員作成に係る文書(A4判12枚のメモ)の存在及び内容を報じたが,通商産業省幹部は,ニュアンスが異なるなどと釈明する一方,愛知県幹部は,「公の場での発言は好意的だっただけに,伝え聞いたときはやはりショックだった。」と述べて戸惑いの表情を見せた。BIE事務局長は,この件に関する中日新聞の取材に対し,発言内容についてコメントを拒否し,その理由として,「外部に伝えることを想定したやりとりではないので,内容を明らかにすべきではないと考えている。これは,モラルの問題だ。」と述べた。
以上の事実が認められ,BIE議長と控訴人との会談やその他の会談は,すべて非公開であり,BIE議長は,記者会見において,訪日目的につき,本件文書を提示することなく,口頭でコメントしており,BIE事務局長も,報道機関の取材に対し,通商産業省幹部との会談の内容について,公にすべきでないと発言していることからすれば,BIEは,本件文書の公開を望んではいないことが窺われる。
イ また,前記前提事実(8)(原判決6頁22行目から7頁2行目まで)のとおり,原審が,外務省を通じ,2度にわたって,BIEに対し,本件文書は公開を前提としたものであるか,公開された場合に支障を感ずるかについて調査嘱託書を送付して行った照会に対して回答期限までに回答はなかったが,上記嘱託書の末尾に「御回答がない場合には,当裁判所は,他の訴訟資料により,貴局が文書公開を望んでいないか否かについて,判断することになります」との記載があることが認められるから,BIEが上記期限内に回答をしなかったことをもって,BIEが本件文書の公開に反対していないと解することはできない。
かえって,乙第11号証の1,2及び弁論の全趣旨によれば,名古屋地方裁判所に平成15年4月21日に本件回答書が到着したこと,本件回答書は,平成15年4月7日付けの「調査嘱託書及び質問事項に対する回答」と題する書面で,作成者はBIE事務局長であり,宛先はBIE政府代表c(日本大使館)であること,本件回答書には,日本の関係当局が事務を円滑に進めることができるよう,BIEの情報及び文書の公開に関する基本原則を説明し,それをもって名古屋地方裁判所により行われる全ての調査活動及び愛知万博に関連する全ての調査活動に対する唯一の回答とすること,BIE内部における相談や会議に使用される事務文書は加盟国の事務作業過程の一時的な状況を反映するものであり,厳に内部使用のためにのみ存在するものであること,そもそも事務文書は本質的に公開の対象たり得ず,事務文書を公的なものとするには,BIE総会における加盟国の議決を要すること,加盟国の法的利益が損なわれないことを保証することはBIE事務局長の責務であり義務であって,内部の事務文書が公の場における議論に付されるようなことがあれば,その責務及び義務を全うすることができないことなどの記載があることが認められるところ,本件回答書を原審が行った調査嘱託書による照会に対する回答そのものとみてよいかについては疑問も残るところであるが,その記載内容に照らせば,上記調査嘱託書による照会があったことを契機にBIEによって作成され,名古屋地方裁判所に送付されたものであることが明らかであるばかりでなく,本件文書についても,本件回答書において示された原則に従った処理をするよう希望しているものと理解でき,本件文書が交付された経緯や,控訴人が主張しているその記載内容に照らすと,BIEは,本件文書が「BIE内部における相談や会議に使用される事務文書」に当たると認識していると解することができ,それを理由に,BIEは,本件回答書において,本件文書が公開されないことを要望しているものと解することができる。
ウ 以上を総合すれば,BIEは本件文書を非公開とすることを望んでいるものと認めるのが相当であり,これが公開された場合,BIEとの信頼関係が損なわれ,愛知万博推進事業など国際博覧会推進事業の適正な遂行に支障を生じる可能性があることは否定できないというべきである。
(3) さらに,控訴人は,本件文書を公開することによって国との信頼関係が損なわれる可能性がある旨主張するところ,前記認定事実のとおり,経済産業大臣は,本件文書と同一内容の文書について不開示決定を行っていることからすれば,愛知県が本件文書の公開に踏み切ることは,国の意向に反すると考えられる。
(4) 以上によれば,本件文書を公開することによって,国際機関との信頼関係が損なわれるなど事務事業の適正な執行に支障を生ずるおそれがあることは否定できないというべきであり,本件文書については本件条例7条6号に該当する事由があるというべきである。
3 以上の次第で,本件処分は相当というべきであるから,被控訴人の請求は理由がない。よって,これとは異なる原判決を取り消して,被控訴人の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 小川克介 裁判官 鬼頭清貴 裁判官 濱口浩)