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名古屋高等裁判所 平成15年(行コ)6号 判決 2004年9月29日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決を取り消す。

(2)  被控訴人北方町長Aは,原判決別紙公共下水道事業目録記載の内容による公共下水道事業を行ってはならない。

(3)  被控訴人北方町長Aは,前項記載の公共下水道事業の実施に関し,公金を支出し,契約を締結し若しくは履行し,債務その他の義務を負担して公費を支出し,又は地方債の起債手続をとってはならない。

(4)  被控訴人Aは,北方町に対して,16億1621万8500円及びこれに対する平成15年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(5)  訴訟費用は第1,2審を通じて被控訴人らの負担とする。

2  被控訴人ら

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は,岐阜県本巣郡北方町の住民である控訴人(1審原告)が,被控訴人北方町長(1審被告。以下「被控訴人町長」という。)に対し,地方自治法(ただし,平成14年法律第4号による改正前のもの。以下同じ。)242条の2第1項1号に基づき,北方町が進める原判決別紙公共下水道事業目録記載の公共下水道事業(以下「本件公共下水道事業」という。)及びその実施に必要な公金の支出等の差止めを,また,北方町長である被控訴人A(1審被告。以下「被控訴人A」という。)に対し,同法242条の2第1項4号前段に基づき,北方町に代位して,同町が既に支出した事業費相当額についての損害賠償を求めた事案である。

2  原審は,上記控訴人の請求のうち,被控訴人町長に対し本件公共下水道事業の差止めを求める部分,並びに同被控訴人に対し原判決別紙図面の整備済区域の公共下水道事業の実施に関して,公金支出,契約締結,契約履行,債務その他の義務の負担及び起債手続の差止めを求める部分については,それぞれ,地方自治法242条の2第1項1号の規定する財務会計上の行為に該当しない行為の差止めを求める不適法な訴えである,又は本件公共下水道事業のうち既に事業が完成し供用を開始している部分に関する財務会計行為の差止めを求めるものであって差止めを求める利益がないとしていずれも却下し,控訴人の被控訴人町長に対するその余の財務会計行為の差止めを求める部分及び被控訴人Aに対して支出済みの公金の損害賠償を求める部分については,控訴人の主張するような違法は認められないとしていずれも棄却した。そこで,これを不服とする控訴人が本件控訴に及んだ。

なお,控訴人は,原審において,北方町に代位して,被控訴人Aに対し,上記損害賠償請求として,90億5300万円及びこれに対する平成10年7月8日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払いを求めていたが,当審において,上記第1の1記載のとおりこれを減縮した。

3  本件の前提となる事実(争いのない事実等),争点,争点に関する当事者双方の主張は,以下のとおり付加訂正し,また次項記載のとおり当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決「第2 事案の概要」の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,控訴人の上記請求の減縮に係る部分を除く。)。なお,以下,略称等は原判決に準じて用いることとする。

(1)  原判決3頁3行目冒頭から同4頁3行目末尾までを次のとおり改め,同4行目冒頭の「また,」を削除する。

「(2) 北方町は,平成3年10月16日,岐阜県知事の承認を受けて,都市計画法に基づく都市施設としての公共下水道の設置について都市計画決定(以下「本件都市計画決定」という。)を行い,これに基づき以下のような内容の本件公共下水道事業を推進している。

ア 概要

(ア) 都市計画決定に係る全体計画

計画目標 平成20年度

計画処理区域の面積 404ha

(なお,別に36haが整備される。)

計画人口 2万0500人(平成20年度)

排除方式 分流式

処理施設 北方町ふれあい水センター(2.9ha)

処理能力 1万0200立法メートル/日

(イ) 下水道法及び都市計画法上の認可に係る事業計画」

(2)  同7頁16行目の「原因行為となる下水道事業自体も」を「下水道事業の基となる原因行為としての本件都市計画決定も」と,同17行目末尾から18行目にかけての「事業自体の」を「本件都市計画決定自体の」とそれぞれ改める。

4  当審における当事者の補充的主張

(1)  控訴人

ア 地方自治法2条14項及び地方財政法4条1項は,地方公共団体が事務を処理するに当たり,目的達成のため必要最小限度の経費で最大の効果を生じるようにしなければならない旨を規定している。また,都市計画法13条1項6号は,市街化区域について下水道を定めるべきものとしているが,ここにいう下水道は,同規定の目的からして,下水道法上の下水道のみならず,広く合併処理浄化槽等を含む生活排水処理施設全般が含まれると解すべきであるところ,同法13条は,これら都市施設は土地の現状や将来の見通しを勘案して適切な規模で必要な位置に配置すべきものとしている。したがって,被控訴人町長は,同町の事務である生活排水処理事務を行うについてこれらの規定に覊束され,対象地域について技術的に可能な方式のうちから,経済的,財政的にもっとも適切な方式やその組み合わせを選択して,これを決定しなければならないというべきであるが,被控訴人町長は,合併処理浄化槽と公共下水道の十分な比較検討をせずに,本件公共下水道事業を行うこととして,同事業及びそのための公費支出の原因行為となっている本件都市計画決定を行った。よって,そもそも同決定は違法であり,これに基づく本件の財務会計上の行為(以下「本件公金支出等」ということがある。)も違法というべきである。

そして,都市計画は,おおむね5年毎に都市計画に関する基礎調査を行い,計画変更の必要が生じたときは,都市計画を変更しなければならないものとされている(都市計画法6条,同21条1項)ところ,本件都市計画が決定された5年後である平成8年度までには,下記のとおり,特定地域生活排水処理事業が制度化され,平成7年12月には厚生省,建設省(いずれも当時。以下同じ。)及び農林水産省によって「汚水処理施設の整備に関する構想策定の基本方針について」が発出されて,国の制度として,汚水処理施設の整備については,公共下水道,合併処理浄化槽,集落排水処理の3種の方式の中から,効率的かつ適正な汚水処理方式を選択すべき状況となっていたのであるから,これに応じて,少なくとも平成8年度には,北方町にとって最適な汚水処理方式についての検討を行い,必要な本件都市計画の変更が行われなければならなかったのであり,同時点においては,投資額を基準としてみても,本件公共下水道事業全体において計画されている管渠建設の3分の2が未整備の状態にあったのであるから,そのような再検討が十分可能な状況であったし,その時点でもなお合併処理浄化槽の採用が遙かに経済的な状況(本件公共下水道事業の残存分についての町費負担の61パーセント相当額で整備が可能。)であった。したがって,このような是正措置を行わず本件公共下水道事業をそのまま継続していることは違法というべきであり,少なくとも同時点以後の本件公金の支出が違法であることは明らかというべきである。この点,被控訴人らは,専門家とも協議の上再検討を行った旨主張するが,被控訴人らの主張する専門家は,下水道事業の計画,設計その他のコンサルティング,すなわち下水道事業を業とする者であるから,汚水処理手法の選定を含む汚水処理計画の策定を専門とする者でもないし,そのような観点から公正な検討を行い得る者でもない。したがって,この時点で実情に応じた適正な再検討が行われたということはできない。

イ 合併処理浄化槽の開発以降,各戸合併処理浄化槽(個人下水道)も公共下水道も,生活排水処理機能の点では性能・方式ともにほとんど差異はなく,公共下水道は工場排水を受け入れる点で他に劣後する面があるに過ぎない。汚水処理システムとしての違いは管渠の有無のみであり,管渠費用は大きくとも大量処理による規模の利益で処理施設費単価を低く抑えることができる場合には,公共下水道が費用的に引き合うということになるのであるから,特定の地域にいずれの生活排水処理方式が適切かは,対象地域における費用比較により定められるべきである。

国の政策においても,昭和62年度には合併処理浄化槽に対する合併浄化槽設置整備事業費国庫補助金制度が導入され,平成6年度には特定地域生活排水処理事業として国庫補助金に加え下水道事業債の財源使用が制度化され,平成7年12月19日に出された厚生省・農林水産省・建設省3省連名による通知「汚水処理施設の整備に関する構想策定の基本方針について」においても,このような費用,財政比較をした上で効率的で適正な汚水処理施設の整備を図るべきものとされている。ところが,従前,公共下水道は国土交通省の,合併処理浄化槽は環境省の,集落排水処理施設は農林水産省の所管下に置かれ,各省が既得省益に拘泥し,殊に都市計画法の市街化区域については,これを所管する国土交通省が汚水処理施設としては公共下水道を所与の前提とするような運用を行ってきていたため,このような通知が出されてもなかなか各都道府県における見直しは進まなかった。このため平成14年12月4日には,さらに農林水産省・国土交通省・環境省の3省が「都道府県構想の見直しの推進について」と題する通知を発出して,その再検討を促しているのであり,そのことからしても,この点に係る国の政策は明らかである。

北方町は,公共下水道事業計画区域外とされれば,水質汚濁防止法14条の7に規定する生活排水対策重点地域として,特定地域生活排水処理事業の対象となるところ,北方町においては,前記(原判決第2の2(4)(原告の主張)イ)のとおり,費用面でも町の財政負担の点でも,圧倒的に合併処理浄化槽の利用が勝っていることは明らかである。特に,町の財政負担については,北方町の財政力指数0.65を前提とすると,本件公共下水道事業における汚水処理施設建設費の起債償還費のうち,地方交付税措置によりまかなわれるのは0.35にとどまるから,これに基づき改めて比較検討すると,本件公共下水道事業において町の一般会計により負担すべき建設費は,総額で前記(原判決第2の2(4)(原告の主張)イ)試算の1.75倍になり,これは北方町の平成6年度の一般会計予算の総歳出額の3.8倍,同4年度分の徴税収入の7倍にものぼるものである。この場合の世帯当たりの負担は,154万3000円となるが,合併処理浄化槽を利用した場合には,いずれの方式をとるにせよ,その3割ないし4割強にとどまるから,その不合理性は一層明らかである。

被控訴人は,本件公共下水道事業の採用については,地域住民の意向が反映されているとするが,その前提となった北方町の町民に対する説明は,専らくみ取り式や単独処理浄化槽との比較の観点から行われているのみで,合併処理浄化槽との対比はまったく行われていないから,十分な情報が提供された上で適切に町民の意識調査が行われたとはいえない。

ウ 生活排水処理手段としての公共下水道による集合処理と合併処理浄化槽による個別処理の優劣の対比について,被控訴人らの主張等を踏まえ,さらに敷衍すると以下のとおりである。

(ア) 被控訴人らは,公共下水道の場合,雨水や工場排水が排除対象として含まれる点をもって,公共下水道が合併処理浄化槽に勝るかの如く主張するが,本件公共下水道事業は,分流式下水道(汚水)の整備を目的とするものであって,雨水排除はそもそも整備対象とされていないから,両者の優劣比較において問題とすることはできない。また,工場排水についてみれば,公共下水道では暗渠構造がとられること等のため,各工場で行われるべき重金属等有害物質の適正な処理の監視がかえって困難になる上,工場排水の方が生活排水よりBOD(生物化学的酸素要求量)は低いのが通常であるため,大量の工場排水で希釈され,汚水のBODは低下するものの,全体としてみれば,公共水域に排出される負荷は大きくなることになるのであり,個別処理の徹底を前提とする合併処理浄化槽に比べ劣後するというべきである。

公共下水道の放流水について,水質汚濁防止法等により法定有害物質や重金属類その他に関する厳しい水質基準が要求されるのは,むしろ工場排水を受け入れるという上記のような特性によるものであって,それが公共下水道の長所として勘案されるべきではない。合併処理浄化槽については,その処理対象が家庭汚水であって,上記のような法定有害物質等は含有されないために,基準が設定されていないのみであり,BODに関しては,浄化槽法によってBOD除去率90%,処理水質BOD20㎎/L以下という構造基準が定められているから,処理能力上一定の水質基準が担保されている。維持管理についても,控訴人が主張するように,北方町が公営企業として合併処理浄化槽を整備する事業を行う方式によれば,その維持管理は北方町が行うことになるから,浄化槽がその性能を十全に発揮することができるよう適正な維持管理を期待することができ,公共下水道の場合と異なるところはない。

また,合併処理浄化槽では,利用者の中に抗生物質服用者が混在する等,使用状況によって処理の不調が生じやすいかのような指摘があるが,そのような不調が生じるのはごく極端な例に過ぎず,その他の大多数の浄化槽では正常な処理が行われるから,一定区域全体の汚水処理状況としてみれば,特段の不都合はない。

(イ) 被控訴人らは,控訴人の合併処理浄化槽の費用負担計算は,控訴人が汚泥処理の負担を考慮していない旨論難する。

しかし,汚泥処理については,下水終末処理場の場合,大量の汚泥が発生するため,脱水処理を行った上で処分を行う汚泥処理施設の建設が必須であるが,合併処理浄化槽の場合,汚泥のままの状態で抜き取り,既存のし尿処理施設で,最終処分及びその前提としての濃縮,脱水処理を行うことが可能である。そのため汚泥処理施設の新規建設のための費用は算入していないが,最終処分のための費用は,維持管理費の中に含まれている。また,仮にし尿処理施設が廃止され,汚泥処理施設の新設が必要になるとしても,そのための費用負担は,約1億7000万円で,1世帯当たりの負担額は2万9000円にとどまるから,公共下水道と合併処理浄化槽の経済性の比較においては大きな差異をもたらすものではない。

(ウ) 被控訴人らは,耐用年数の差が考慮されていない旨批判する。

しかし,被控訴人らが合併処理浄化槽の耐用年数を7年とするのは誤解であり,正確には30年以上で,公共下水道の土木施設(鉄筋コンクリート)とほとんど同じである。被控訴人らが引用する通達(国土交通省,環境省,農林水産省の3省による平成13年12月20日通達「統一的な経済比較を行うための建設費等の統一の修正について」)には,被控訴人ら主張のような定めはない。

エ 控訴人が,北方町に代位して,被控訴人Aに対し求める本件損害賠償請求は,以上から違法な公金の支出であることが明らかな平成8年度以降で,本件に係る監査請求の日である平成10年3月30日から1年以内である,平成9年度以降平成14年度末までの北方町の一般会計負担額41億4415万円のうち,本件公共下水道方式を選択したことによって生じたものと考えられる同負担額の39パーセントに相当する16億1621万8500円の賠償を求めるものである。

(2)  被控訴人ら

ア 被控訴人らが,本件公共下水道事業の方式を選択したことについて,著しく合理性を欠いたと認められる重大かつ明白な瑕疵はないから,この点について裁量権を逸脱した違法は認められない。

イ そもそも控訴人が主張する合併処理浄化槽の設置主体は個人であり,市町村は,事業主体としてこれを管理することはできても,自ら設置主体となってこれを設置すべき法律上の権限も義務もない。

都市計画法11条1項3号は,都市計画区域においては,下水道施設を造らねばならないと定めており,北方町は,公共下水道の敷設義務を負っているというべきであるから,これを中途で変更することは,かえって法令に違反する行為というべきであり,また一旦なされた都市計画を撤回することも困難である。

控訴人が指摘する特定地域生活排水処理事業は,市町村が設置主体となって合併処理浄化槽を活用して面整備を行う事業として平成6年度に創設されたものであるが,これは,水道原水水質保全事業の実施促進に基づく都道府県の計画に定められた水道水源地域や過疎地域,振興山村地域等が対象とされているものであり,北方町のような都市計画区域内の市街化区域を対象とする制度ではないから,本件公共下水道事業の採用に際し考慮され得る選択肢ではない。

したがって,被控訴人町長には,本件公共下水道事業の採用に当たり,控訴人の主張するような合併処理浄化槽の採用を検討する余地はないし,平成8年度以降,これを再検討して本件公共下水道事業を変更しないことが裁量権の逸脱に当たることもあり得ない。

ウ 控訴人は,地方財政法4条違反を主張するが,同条は,訓示的色彩の強いものであって,直接に政策の適否の判断基準となるものではない。また,同法2条は,国の施策に反してはならない旨定めている。

エ 控訴人は,平成8年度以降に適切に見直しが行われていないとして,平成7年12月19日に発出された通達「汚水処理施設の整備に関する構想策定の基本方針について」違反を主張するが,同通達は,そもそも,既に着手済みの公共下水道事業についてまで見直しを求めるものではなく,法令に基づいて進められている本件公共下水道事業について,その執行の見直しを強制する法的効果を有するものでもない。内容的にみても,下水道事業の主体である市町村の自主性を尊重しようとするものであるから,同通達を踏まえた変更が行われないからといって事業の継続が違法となる余地はないというべきであるし,実際,既に工事が進捗している場合に既設の部分を廃して合併処理浄化槽に切り替えることは到底合理的とはいえず,上記通達がそのような不合理な対応を求めるものでないことは明らかである。また,同通達は,各都道府県に対し汚水処理施設の整備に関する総合的な都道府県構想を策定し,その合理的整備を促しているが,北方町が属する岐阜県では,先行して既に平成6年3月に全県域下水道化構想を策定していたところ,本件公共下水道事業は,全町一処理区の公共下水道として同構想に合致するものであった。また,平成8年度に上記通達が発出された後にも,北方町では,専門家(コンサルタント)とも協議の上,本件公共下水道事業の順調な進捗状況等も勘案の上,当初の計画を維持することとしたものであり,控訴人の主張するような違法はない。

なお,控訴人主張の農林水産省・国土交通省・環境省の3省による平成14年12月4日通達「都道府県構想の見直しの推進について」を受けて,岐阜県では平成15年,16年度の2年間で同構想の見直しが行われているが,北方町においては,既に本件公共下水道事業がほぼ完了に至っている状態であり,今後についても見直しの余地はない。

オ 確かに,汚水処理方式としていずれの方法を選択するかについて,経済性の比較が重要な要素であることは間違いないが,北方町では,以下のような事情を総合考慮の上で上記選択を行ったもので,実質的にみても本件公共下水道の採用は合理的な選択であった。

a 全町が都市計画区域に指定されており,その大部分は市街化区域であること。

b 町の半分以上が人口集中地区であり,名古屋,岐阜地区のベッドタウンとして人口はなお増加傾向にあること。

c 従前から既に町民の70パーセントがし尿の処理のみを対象とする単独処理浄化槽の使用経験を有していたが,意向調査の結果,これら町民は集合処理方式による公共下水道の整備を希望したこと。

d 合併処理浄化槽は,単独処理浄化槽に比べて1.3倍の敷設用地を要し,その確保が困難な住宅もあること。

e 浄化槽の管理は各世帯の負担であること。

f 衛生的にみても,合併処理浄化槽より公共下水道の方が優位にあること。

g 公共下水道は,し尿及び生活雑排水のほか,雨水やその他の特殊な排水についても排除可能であるが,合併処理浄化槽は,後者を処理することができないとされている点で制約があること。北方町は,都市化区域であるため,大量の排水の処理を要する事業所(飲食店,クリーニング店,自動車洗浄所等)が多数存在する。

h 平成8年度以降についても,控訴人の主張するように,町の一部を公共下水道の処理区域とし,残部を合併浄化槽整備区域として分断することは,住民の意思に反し,これらの地域が同様に家屋が密集連たんする平坦な地域というほぼ同一の条件下にあることに鑑みれば,これを分断することは公平に悖るというべきであって,合理的な説明が困難であること。

また,そもそも合併処理浄化槽は,公共下水道の補完的役割を果たすにとどまることは,下水道法や浄化槽法の制定経緯,浄化槽法における浄化槽の定義(便所と連結してし尿及びこれと併せて雑排水を処理し,終末処理場を有する公共下水道以外に放流するための設備又は施設であって,公共下水道及び流域並びに廃棄物の処理及び清掃に関する法律第6条第1項の規定により定められた計画に従って市町村においたし尿処理施設以外のもの)や,政府の関連通達等,例えば平成3年6月12日建設省の訓令(都下企発第30号,31号)の規定(「3 合併浄化槽設置整備事業により設置される合併浄化槽は,下水道の整備が見込まれない区域及び下水道整備に相当の期間を要する区域において設置されるものであること。4 下水道の処理区域においては,合併浄化槽は遅滞なく下水道に接続されるものであること。」)や厚生省の部長通達等をみても明らかである。

カ さらに,控訴人は合併処理浄化槽の方が,公共下水道に比してはるかに経済的である旨主張するが,その比較検討については,以下のような疑問がある。

a 住民らが主体となって行う合併処理浄化槽の設置についての補助金支出等と,上記公共下水道設置のための費用とは,まったく次元の異なる問題であって,両者を比較することは適切ではない。

b 合併処理浄化槽では,事業所系排水(工場排水及び営業用事業所排水)についての対処が考慮されていない。

c 合併処理浄化槽についての汚泥の抜き取り,運搬及び汚泥処理施設の建設費が考慮されていない。

d 公共下水道の耐用年数は,管渠部分で一般に50年,処理場の設備は23年であるのに対し,合併処理浄化槽は7年(国土交通省,環境省,農林水産省の3省による平成13年12月20日通達「統一的な経済比較を行うための建設費等の統一の修正について」)であるから,建設コストという観点からの単純な比較は困難である。控訴人の主張では,この点が考慮されておらず,長期的にみれば,公共下水道の方がむしろ経済的と言うべきである。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,原判決と同様に,控訴人の請求を棄却又は却下すべきであると判断するが,その理由は,以下のとおり付加訂正し,次項に当審における当事者の補充的主張についての判断を付加するほか,原判決「第3 争点に対する判断」記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決15頁10行目冒頭から同16頁4行目末尾までを次のとおり改める。

「もっとも,本件公共下水道事業は,北方町が決定した本件都市計画や下水道法及び都市計画法に基づいて認可された事業計画に基づいて行われているものであり,被控訴人町長は,同計画に基づいて,上記各請求に係る公金支出等を含め,本件事業を誠実に執行する義務を負うことは明らかである。上記各請求における控訴人の主張は,実質的には,これらの公金支出等の原因行為である本件都市計画決定自体又はこれを変更しないことの違法をいうものであるが,都市計画決定やその変更の主体は北方町であるから(都市計画法15条,19条,21条),本件各財務会計上の行為とはその主体を異にすることになる。しかし,被控訴人町長は,前提たる都市計画に違法ないし不当な点があると考える場合には,同町長自らが主導して北方町としての合意を形成した上で,計画を変更し,瑕疵の程度が著しいときはこれを取り消すことも可能であり,またそのような是正措置を講ずるべき職務関係にあると解することができるから,被控訴人町長がかかる是正措置を講じるべき場合にそれをすることなく財務会計上の行為に及んだ場合には,被控訴人町長が本件都市計画等を前提として行った各財務会計上の行為自体,財務会計法規上の義務に違反する違法なものとして,地方自治法242条の2第1項1号に基づく差止め等を求め得るというべきである。よって,このような訴えはおよそ同条に基づく住民訴訟に当たらないとして却下を求める被控訴人の主張は理由がない。」

(2)  同16頁18行目「したがって」から同17頁2行目末尾までを以下のとおり改める。

「なお,いったん決定された都市計画や事業計画がその後の政策の変更等で不当とされるに至った場合でも,その計画等を変更等すべきか否かは,その計画の実施状況,住民及び各関係機関の意向やその変化等様々な事情を考慮しなければならないし,また,とるべき変更等の内容も,それらの状況等に応じ多岐にわたり得るものであるから,その事業の継続と変更等の判断は,原則的に当該地方公共団体の専門的,技術的裁量に委ねられているとものと解するのが相当である。

このような事情に鑑みると,公共下水道事業を行うに当たって必要な法的,行政的な諸手続が,前記(引用に係る原判決)「争いのない事実等」記載のとおりすべて適法に行われている場合,本件都市計画等を直接の原因行為としている本件各財務会計上の行為が違法の評価を受けることになるのは,合併処理浄化槽を採用せずに公共下水道を採用した本件都市計画等について,予算執行の適正確保の見地からして,看過できない瑕疵が存在し,あるいは事後の事情の変更に照らし,このような瑕疵が存在することとなるに至り,同計画等を変更ないし取り消さないことが著しく合理性を欠くと認められるような場合に限られるというべきである。」

(3)  同18頁4行目冒頭から末尾までを「建設単価のみで直接的な比較はできない面もある。」と改める。

(4)  同21頁8行目冒頭から同11行目の「検討するに,」までを次のとおり改める。

「(3) そこで,北方町が,本件公共下水道事業において公共下水道の整備を予定している地域における生活排水処理の方法として本件公共下水道事業を選択してその旨の都市計画を決定したことについて,予算執行の適正確保の見地から看過できない瑕疵が存在し,あるいは事後の事情の変更に照らし,そのような瑕疵が存在することとなるに至ったというべきか否かについて検討するに,」

(5)  同21頁16行目「総建設費は」から21行目末尾までを次のとおり改める。

「総建設費はさらに低くなる可能性もある。本件公共下水道事業に要する上記建設費は,工場排水や営業用事業所排水の処理など合併処理浄化槽にはない機能に必要な費用を含むことになる上,耐用年数の差や維持管理の在り方及びこれに要する経費等様々な面で異なる要素を有することから,建設費自体についても,またその後の維持・管理を含めた全体的・長期的費用負担という面でも,単純な比較をすることは極めて困難といわざるを得ないが,それにしても,本件公共下水道整備には,合併処理浄化槽を整備する場合に比して相当に多額な事業費用を要することは否定できない。しかし,本件全証拠に照らしても,本件公共下水道事業費用の負担が北方町の財政を破綻させるおそれがある等,同町における予算執行の適正確保上看過できない問題を現に生じ,または今後生じさせることをうかがわせるような事情は見当たらないといわざるを得ない。」

(6)  同23頁1行目冒頭から同10行目までを次のとおり改める。

「③ 北方町においては,従前から家屋の新築・改築・改造等に併せて随時単独処理浄化槽の設置が進み,昭和63年には水洗化率は79パーセントに達していた。しかし,し尿以外の生活雑排水は未処理のまま公共用水域に排出されていたため,公共用水域の水質や環境の保全,生活環境の改善が重要課題となっていた。

北方町では,昭和60年代初頭に町議会に下水道問題特別委員会が設置され,同委員会を中心に下水道の整備問題の検討が進められ,同町は行政区全域が岐阜都市計画区域に指定されていることや,人口集中地区であること等を考慮して,公共下水道整備を想定した基礎調査を外部コンサルティング会社に委託した。その結果,同町域のうち農業振興地域を除いた市街化区域及び市街化調整区域のうち将来宅地化が予想される区域404haを対象とし,また同処理区域面積や地勢等を勘案すると複数の処理区域に分割する下水道事業としては国の認可が得られないこと等を考慮して,町全体を単一処理区域として公共下水道を整備する方向での基礎調査報告書が作成,提出された。同報告書等も踏まえ,北方町は,平成3年には前記(前記のとおり付加訂正後の引用にかかる原判決)「争いのない事実等」(4)記載のとおり都市計画決定等を行い,これに基づいて本件公共下水道事業を推進中であるところ,この間,町民に対しては,公共下水道事業に関する広報資料の配布や説明会の開催,賛否の聴取等を行い,また工事の開始や供用開始等事業の進行に合わせて随時広報資料への掲載やパンフレットの配布,各種説明会等を行って町民への周知を図ってきており,町議会はもとより,町民の意向も本件公共下水道事業の策定,推進に賛成する者が大勢と把握されていた(乙2,17の1及び2,20の1ないし15,21,27)。」

2  当審における当事者の補充的主張について

(1)  汚水処理施設の整備に関する法令・通達及び国の政策等における取扱状況

ア 今日,生活排水処理施設の整備に係る事業の方式は極めて多種多様で,関係する法律も多岐にわたっているが,このうち本件に関連するものをあげると以下のとおりである。

(ア) 下水道関係(乙38ほか)

下水道法は,明治33年制定の旧下水道法以来,都市の健全な発達と公衆衛生の向上という都市内の環境整備改善を企図した下水道の整備推進を主たる目的としてきたものであるが,その後昭和33年の現下水道法の制定,昭和42年の同法改正等を通じて,当時高度経済成長下で深刻な問題となりつつあった公共用水域の水質保全を同法の重要な目的に加え,現在に至っている。

同法上,下水道とは,下水を排除するために設けられる配水管,排水渠その他の排水施設(かんがい排水施設を除く。),これに接続して下水を処理するために設けられる処理施設(し尿浄化槽を除く。)又はこれらの施設として規定され(同法2条2号),このうち公共下水道は,主として市街地における下水を排除・処理するために地方公共団体が管理する下水道で,終末処理場を有するもの又は流域下水道に接続するものであり,かつ,汚水を排除すべき排水施設の相当部分が暗渠構造のものをいうとされ(同法2条3号),公共下水道の供用が開始された場合には,当該公共下水道の排水区域内の土地所有者,使用者又は占有者は,遅滞なくその土地の下水を公共下水道に流入させなければならないとしてその利用を強制している(同法10条ほか)。

昭和42年には,下水道整備緊急措置法が制定され,地方公共団体が,下水道整備7箇年計画に即して下水道の緊急かつ計画的な整備を行う努力義務が定められたが,ここにいう下水道は,下水道法2条3号に定める公共下水道ほかをいい,浄化槽はこれに該当しないこととされていた。

(イ) 浄化槽関係(乙28ほか)

昭和25年制定の建築基準法が,下水道法の処理区域外における水洗化に関し,し尿を公共下水道以外に放流する場合のし尿浄化槽(単独処理浄化槽)の設置義務を定めたことに端を発し,その品質や性能の水準維持等を目的として,昭和58年に浄化槽法が制定された。この間,公共用水域の水質保全の観点から,生活雑排水を含めた生活排水全般の処理を目的とする合併処理浄化槽の開発も進められたが,平成12年に同法及び建築基準法等が改正されて,両法における「浄化槽」から単独処理浄化槽が除外され,合併処理浄化槽のみを指すものとされるまでは,両法における浄化槽は,単独処理浄化槽と合併処理浄化槽の両者を含むものであった。

また,現時点においても,浄化槽法上,浄化槽は,公共下水道等以外のし尿及び生活雑排水処理施設という形で定義されており,終末処理下水道以外にし尿等を放流する設備としては浄化槽以外の使用を禁じるという位置づけがなされている一方,上記のとおり,浄化槽設置後に公共下水道の排水区域内に入るに至った場合には,公共下水道の使用が強制されることとなっている。

(ウ) 都市計画法

昭和43年に制定された都市計画法上,下水道は都市施設の1つとされ,市街化区域内においては,必ず下水道の都市計画を定めるものとされていた(同法11条1項3号,同13条1項11号)。

同法にいう下水道が,下水道法上の公共下水道に限るものであるか否かは,規定上明らかではないが,都市計画法の規定する都市計画が,都市の健全な発展と秩序ある整備を図るための土地利用,都市施設の整備等に関する計画として位置づけられていること(同法4条)や,上記のような浄化槽関係の規定の推移に鑑みると,少なくとも平成12年以前の時点においては,同法の規定自体は公共下水道を予定しているものと考えるのが合理的であると考えられる。

イ 他方,関係各省の通達等をみると,合併処理浄化槽の処理性能の向上を受けて,徐々に,市町村等の行う生活排水処理施設の整備に関し合併処理浄化槽の活用を図る動きが見られるようになっていったことが認められるところ,その概要は以下のとおりである。

(ア) 昭和62年度には,住民が設置する合併処理浄化槽について市町村が設置者に対し設置に要する費用を助成する場合に,その一部(合併処理浄化槽と単独処理浄化槽との差額)を国が補助する制度が創設され(合併処理浄化槽設置整備事業費国庫補助金。甲38,44ほか),平成3年6月には,厚生省所管の下に合併処理浄化槽設置整備事業が実施されることとなったが,これらはあくまで費用助成にとどまるものであった(乙38,42,46ほか)。また,建設省は,同月,上記整備事業との関係調整を図る目的で,「下水道事業と合併処理浄化槽設置整備事業との調整について」と題する通達を発出しているが,ここでは,下水道及び合併処理浄化槽は,それぞれの特性に応じ,公共用水域の水質保全並びに生活環境の改善・保全を図る上で有効な施設であるとの位置づけがなされてはいるものの,合併処理浄化槽設置整備事業により設置される合併浄化槽は,下水道の整備が見込まれない区域及び下水道整備に相当の期間を要する区域に設置されるべきものとし,下水道の処理区域においては,合併処理浄化槽は遅滞なく下水道に接続されるべきものとされている(乙46)。

なお,平成6年には,上記整備事業の実施要項が改められるとともに,その実施について,厚生省から各都道府県知事に対し「合併処理浄化槽設置整備事業の実施について」と題する通知(乙42,43)が発出されているが,そこでも,下水道事業計画区域は上記整備事業の対象地域(「雑排水対策を促進する必要がある地域」)から除外される形で規定されている。

(イ) 平成6年には,市町村自らがその設置主体となり得る事業として,厚生省所管の特定地域生活排水処理事業が導入された(甲38,44,乙47ほか)。同事業は,下水道法上の予定処理区域以外の地域で,かつ,水質汚濁防止法14条の7に基づく生活排水対策重点地域や過疎地域等を対象とし,同地域が将来的に合併処理浄化槽等の整備を妥当と判断される地域内にあること,市町村が公営企業として実施し,整備された浄化槽の維持管理について特別会計により経理すること等一定の要件の下で,国が合併処理浄化槽等の設置費用等を補助するものである。

そして,平成7年12月には,厚生省,農林水産省,建設省3省による通知「汚水処理施設の整備に関する構想策定の基本方針について」(甲49の2)が発出され,汚水処理施設の整備については,下水道事業,合併処理浄化槽整備事業等があるところ,各地方自治体に対し,各関係部局間の連絡調整に努めるとともに,①市町村の計画,構想等をもとに,広域的な観点から所要の調整・検討を行い,都道府県全域を対象に合理的な構想を策定すべきこと,②各種汚水処理施設の特性,水質保全効果,経済性,汚泥の処理等の将来の維持管理,汚水処理施設整備の緊急性等を総合的に勘案し,地域の実情に応じた効果的かつ適正な整備手法の選定を行うこと,③都道府県の関係部局が相互に十分な連絡調整を行うとともに,市町村と連携を図り市町村の意向を十分に反映すべきこと等を基本方針として,都道府県毎に汚水処理施設の整備に関する総合的な「都道府県構想」を策定の上,円滑な事業の推進を図るべきことを求めている。

(2)ア  控訴人の主張するところは,要するに,生活排水処理事業の実施については,合併処理浄化槽と公共下水道のいずれを選択すべきかを検討し,主として費用面から最善のものを選択すべきであるのに,経済的に圧倒的に優位にあることが明らかな合併処理浄化槽の整備を検討・選択せずに本件都市計画決定を行い,また平成8年度に至っても,本件都市計画を見直して残余の事業予定区域について合併処理浄化槽を整備するための本件都市計画の変更等所要の措置をとらなかったことは違法であり,これを原因行為とする本件各財務会計上の行為も違法であるというにあるものと解される。

イ  確かに,合併処理浄化槽の整備費用が公共下水道の建設費用に比して相当程度優位にあること,合併処理浄化槽の汚水処理機能自体は公共下水道と遜色ない程度まで向上してきていることは前示のとおりである。また,そのような性能の向上に伴い,関係省庁においても,特に平成7年以降,下水道法上の予定処理区域以外の地域について,合併処理浄化槽の普及を図るべく一定の取り組みを行ってきており,市町村が直接設置主体となって合併処理浄化槽の整備を図ることができる枠組みも設けられていることは,先に判示したとおりである。

しかし,合併処理浄化槽については,市町村が直接その設置主体となったとしても,現実に設置されるのは各家庭等の敷地内等であり,日常的な維持管理は,基本的にこれが設置されている各家庭ないし個人に任されることにならざるを得ないこと,その規模からして浄化槽内の微生物への影響がより直接的かつ大きく表れるため,浄化槽の実際の性能は,各家庭における使用洗剤の種類や使用状況等に影響されやすいこと,したがって,各家庭等についてみれば,汚泥の処理等も含めた維持管理や使用上の制約といった点で,公共下水道に比べると相対的に負担感があることもまた否定しがたいところである。そして,この点では,計画処理区域内の各家庭等の協力が不可欠であるから,利用者たる町民の意向は相当程度重視されなければならないことになるが,先に判示したとおり,北方町においては,昭和63年当時既に水洗化率は79パーセントに達し,ほとんどがいわゆる浄化槽の使用経験を有する中で,本件公共下水道事業の実施に先駆けて行われた住民の意識調査において,公共下水道の採用が支持されたことの中には,単に生活雑排水をも処理し得る合併処理浄化槽の存在が知らされていなかったために合理的な選択がされなかったというにとどまらず,いわゆる浄化槽方式と公共下水道方式のいずれを採用すべきかについての町民の意向が相当程度反映されているものということができる。

また,上記(1)をみると,現行法律上,本件計画処理区域のような都市計画法上の市街化区域ないし将来市街化が予想される地域については,依然として公共下水道の設置が優先的に位置づけられていることがうかがわれ,関係各省庁の取扱いに鑑みても,少なくとも本件都市計画決定がなされた平成3年当時においては,国政のレベルにおいても,また当の設置主体たる市町村においても,実施すべき生活排水処理事業の内容を検討するに当たり,合併処理浄化槽の整備と公共下水道整備とを同等の選択肢として位置づけられていたものとは認めがたいし,そのように位置づけないことが著しく不合理であったと認めるべき事情も見当たらないといわざるを得ない。控訴人の指摘する厚生省,農林水産省,建設省3省による通知「汚水処理施設の整備に関する構想策定の基本方針について」をみても,結局,市町村の計画や意向が十分尊重されるべきであること,経済性のみならず,各施設の特性や将来の維持管理その他地域の実情に応じて効果的かつ適正な選択が検討されるべきであること等が基本方針として示されているにとどまるといわざるを得ないし,特に,当時既に実施に着手されている整備事業について,各市町村等に控訴人の主張するような再検討義務を課すものとは到底解し得ない。

ウ  また,本件公共下水道事業の進捗についてみると,平成10年の供用開始をめざし,まず管渠工事については,平成3年12月に第1期工区98haの工事に着手し,平成6年度末までにはその55パーセント程度の工事が完了,同工区については平成9年度中に完了した上,同年度中に第2期工区に着手しており,終末処理場については,平成6年度に終末処理場用地の買収を完了し,同年9月には同建設工事に着工していた(乙20の6ないし8,弁論の全趣旨)。

エ  以上を総合すると,本件計画処理区域のような都市計画法上の市街化区域ないし将来市街化が予想される地域について,これを管渠によって一括排除した上集中処理を行う公共下水道に一定の優位性を認め,これを採用することとした本件都市計画決定は,両方式における経済的な優劣を考慮してもなお著しく不合理と認めることはできない。したがって,平成3年当時,被控訴人町長が同計画を変更等する手続をとることなく,その後本件公共下水道事業について,本件各財務会計上の行為を行ったことについて,予算執行の適正確保の見地から看過できない瑕疵が存在したとは到底認めることはできない。

また,平成8年度以降についても,上記のとおり,①当時既に相当程度工事が進んでいる状況であり,特に本件計画処理区域全体の排水処理を予定している終末処理施設の用地買収を了し,既にその建設が着手されていること,②物理的にも既に整備済みの区域とその後に工事が予定されている区域とは互いに近接し,いずれも市街化区域として指定されているか,近い将来市街化が予定されている地域であり,上記のような町民の公共下水道への一般的志向も考え合わせると,これらの取扱いを格別にする方向で計画を変更することについては様々な困難も予想され得ること,③合併処理浄化槽による整備地域と公共下水道の整備地域が併存することになれば,かえって格別の維持管理のための人的・物的コストを要することになること等も併せ考えると,一旦全区域について都市計画決定を得て,既に整備事業にも着手している状況下において,平成8年度以降これを変更等せず本件各財務会計上の行為を行ったことが,著しく不合理であるとはいえず,本件全証拠に照らしてもそのように判断すべき事情は認められないといわざるを得ない。

控訴人がるる主張するところは,いずれも上記認定を左右するに足りない。

3  よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青山邦夫 裁判官 田邊浩典 裁判官 手嶋あさみ)

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