名古屋高等裁判所 平成16年(う)151号 判決 2004年6月29日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中80日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人細井土夫作成の控訴趣意書並びに被告人作成の控訴趣意書及び「控訴主旨(趣意書に対して)についての補足申立書」と題する書面(弁護人は、被告人の控訴趣意は、弁護人が主張するものと実質的には同じである旨釈明した。)各記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官〓隆二作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。
そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果も併せて検討する。
1 審判の公開規定違反(刑訴法377条3号)及び訴訟手続の法令違反の主張について
所論は、原審が被害者を証人尋問する際、ビデオリンク方式に加え、証人と被告人、証人と傍聴人との間に遮蔽措置を採ったことは、(1)刑訴法377条3号の「審判の公開に関する規定に違反したこと」に該当するとともに、(2)被告人の反対尋問権を侵害する違法なものであるから、これによって得られた供述は証拠能力がないのに、そのような証拠から罪となるべき事実を認定した原審には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、という。
原審における被害者の取調べが、ビデオリンク方式と遮蔽措置が併用された方法で実施されたことは、原審公判調書上明らかである。
ところで、本件は、被告人が、かつて自分と交際していた女性と駆け落ちをした友人への恨みを晴らそうとして、刑務所を満期出所してまもなく、その友人を尋ねた際、初対面であるその妻に暴行を加えて傷害を負わせ、さらに強姦に及んだとされる事案であること、被告人は、捜査段階から、傷害及び強姦の事実を争っており、証人には、被害を受けた際の具体的状況はもとより、被害を受けるに至った経緯、事情等について、詳細な供述が求められるものと予測されたこと、証人は本件の被害者であり、被告人からの報復を恐れていることなどを併せ考えると、証人にとっては、被告人の面前で供述することや、被告人や傍聴人から見られた状態で供述することは、心理的圧迫を受け、精神の平穏を著しく害されるおそれがあるというべきである。そうだとすると、ビデオリンク方式に加え、証人像が映し出されたモニターと被告人、同モニターと傍聴人との間に遮蔽措置を施す方法により証人尋問を行った原審の措置は正当であって、審判の公開規定に反する余地はない。また、本件証人尋問には、被告人の弁護人も立ち会っていたことも併せ考えると、なんら被告人の証人尋問権を侵害するような事情はないというべきである。証人尋問手続が違法であるとして、その供述を事実認定に用いたことを論難する所論は、前提を欠くものであって、採用できない。
2 事実誤認の主張について
(1) 所論は、原判示第1の傷害について、被害者の負った傷害が、被告人の当初の暴行により生じたものと認定するには無理があるのに、これを認めた原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、という。
診断書(原審検甲4)によれば、被害者は、全治約7日間を要する顔面擦過傷及び頚椎捻挫の傷害を負った旨記載されているところ、被害者は傷害を負った際の状況について、出勤のため自宅玄関から出ようとした際、玄関先に立っていた被告人と対面する格好となり、被告人からその左手で口や鼻をわしづかみにされ、体を玄関内に向けられ、背後から両手で口や鼻を押さえられた、その際、被告人の手を払いのけようとしてもみ合いになった、その後、被告人に玄関から四畳半の間まで押されて、同所に敷かれたままになっていた布団の上に、うつ伏せの状態で、その首筋の後ろを持たれて強く押しつけられた、その後、被害者の顔を見た被告人が「傷がついちゃったね。」と言った旨供述しており、その供述内容には、特段疑いを差し挟む余地はないばかりか、上記診断結果とも整合しており、十分に信用することができる。そして、こうした経緯にかんがみれば、顔面擦過傷は、被告人が被害者の顔面をわしづかみにした際に生じたものであり、頚椎捻挫は、被告人が被害者の体を四畳半の間の布団の上に押しつけた際に生じたものであることも優に推認できる。そうすると、被害者の受けた上記傷害の結果が、被告人が被害者を強姦する前の段階で加えた当初の暴行によって生じたものであることは明らかである。
所論は、原判決が傷害を認定した点について、その他るる論難するが、いずれも採用できない。
(2) 所論は、原判示第2の強姦について、本件は和姦であって、被告人が被害者の反抗を著しく困難にする程度の暴行を加えたと認定するには合理的な疑いを差し挟む余地があるにもかかわらず、強姦罪の成立を認めた原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、という。
被害者は、原審公判において、上記暴行を受けた後、布団が敷かれた四畳半の間に被告人といると強姦されるおそれがあると思い、二人で六畳の居間に移動した、六畳の間で被害者と対座した被告人は、被害者の夫が、かつて被告人と交際していた女性と駆け落ちしたことなどの恨みつらみを述べ立て、さらには、「夫婦仲をぶち壊す。あんたが一番かわいそうだ。」などと暗に不満の矛先を被害者に向けるかのような態度を示した、当日昼ごろになって、被告人は、被害者の肩を手で押してその場に押し倒した、被害者が「ごめんなさい。やめてください。」と懇願しても、これを無視し、服を脱がされまいと体を左右に揺する被害者の体から、衣服を順次脱がせていった、被告人は、全裸になった被害者を抱きかかえ、そのまま四畳半の間に移動し、布団の上に被害者を置き、その後、被害者の体の上に覆い被さるようにして性行為に及んだ、行為後、被告人は、服を着た被害者を後ろ手にして手錠をかけ、両足を紐で縛った、さらに、被告人は、「夫が帰ってきたら目の前で犯してやる。」などと言った、同日午後2時ころ被害者の夫が帰宅すると、被告人は、二人に自殺を勧め、遺書を書かせた旨供述する。被害者の供述内容には、ことさら不自然不合理な点はうかがえず、他に関係証拠と矛盾するところもなく、十分に信用することができる。
なお、所論は、被害者が住むアパートは、本件当時、塗装修繕工事中であったから、やめて欲しいと大声で言った旨の被害者の供述が本当だとすれば、これを聞き及んだ工事作業員らによって助けられた可能性は高いのに、そうした事実はなかったことからすると、被害者の供述は信用できない、という。しかしながら、本件犯行現場は、密室ともいうべき団地の一室であること等、原判決が(事実認定の補足説明)において正当に説示するところにかんがみると、所論指摘の事情は、被害者の供述の信用性に疑問を抱かせるに足りるものではないというべきである。
また、所論は、被害者が着用していたストッキングには若干の損傷がみられるものの、他の衣服や被害者の身体にはこれといった損傷がないことから、被害者に加えられた暴行が、その反抗を著しく困難にする程度には至っていなかった疑いが残るという。しかしながら、前記認定にかかる暴行内容や本件犯行現場の状況等にかんがみると、被告人が被害者に加えた暴行は、所論指摘の点を考慮しても、被害者の反抗を著しく困難にするものであったというべきである。さらに、被害者と被告人との関係、犯行に至る経緯、前記暴行態様、犯行後の被告人の行動などにかんがみれば、被告人が被害者をその意思に反して姦淫したことは明白である。
その他所論がるる述べるところにかんがみつつ検討しても、原判決には、所論がいうような事実の誤認は認められない。
論旨はいずれも理由がない。
よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却し、刑法21条を適用して当審における未決勾留日数中80日を原判決の刑に算入し、当審における訴訟費用は、刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。