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名古屋高等裁判所 平成16年(ネ)1102号 判決 2006年6月06日

主文

1  1審被告C代及び1審被告A子の控訴に基づき、原判決中、第1事件の遺留分減殺請求にかかる部分を次のとおり変更する。

(1)  1審被告A子は、1審原告B美に対し、1762万3727円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  1審被告C代は、1審原告B美に対し、334万7145円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  1審被告A子は、1審原告D夫に対し、1732万6915円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(4)  1審被告C代は、1審原告D夫に対し、329万0774円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(5)  1審原告B美及び1審原告D夫のその余の各請求をいずれも棄却する。

2  1審原告B美の控訴に基づき、1審原告B美の第2事件の請求中、1審被告会社に関する部分を取り消す。

3  1審被告会社は、1審原告B美に対し、原判決別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

4  1審被告会社は、1審原告B美に対し、平成8年1月1日から上記建物の明渡済みまで1か月当たり5万円を支払え。

5  1審原告B美の1審被告A子に対する控訴を棄却する。

6  第1事件にかかる訴訟費用は、1、2審ともこれを2分し、その1を1審原告B美及び1審原告D夫の負担とし、その余を1審被告A子及び1審被告C代の負担とし、第2事件にかかる訴訟費用は、1審原告B美と1審被告会社との間で生じた訴訟費用は、1、2審とも1審被告会社の負担とし、1審原告B美と1審被告A子との間に生じた控訴費用は1審原告B美の負担とする。

7  この判決の主文第3、第4項は仮に執行することができる。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  1審原告B美

(1)  原判決中、1審原告B美の第2事件の請求にかかる部分を取り消す。

(2)  1審被告会社及び1審被告A子は、1審原告B美に対し、原判決別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

(3)  1審被告会社は、1審原告B美に対し、平成8年1月1日から上記建物の明渡済みまで1か月当たり5万円の金員を支払え。

(4)  訴訟費用は1、2審とも1審被告会社及び1審被告A子の負担とする。

(5)  仮執行宣言

2  1審被告C代及び1審被告A子

(1)  原判決中、1審被告C代及び1審被告A子の各敗訴部分を取り消す。

(2)  上記部分にかかる1審原告らの各請求をいずれも棄却する。

(3)  訴訟費用は1、2審とも1審原告らの負担とする。

第2事案の概要

1  審理の経過

(1)  本件は、次のとおりの訴訟が併合されて審理された事案である。

ア 遺留分減殺請求(第1事件)

1審原告B美及び1審原告D夫(以下「1審原告ら」という。)が、1審被告C代及び1審被告A子(以下「第1事件1審被告ら」という。)に対し、亡甲山E雄(以下「E雄」という。)の相続に関し、同人の公正証書遺言に基づき、甲山F江(以下「F江」という。)及び第1事件1審被告らが遺産を取得したことについて、遺留分減殺請求権に基づき、不動産の持分移転登記手続をすること等を求めたところ、第1事件1審被告らから価額弁償の抗弁が提出されたことに伴い、請求の変更をし、第1事件1審被告らに対し、遺留分減殺に基づく価額弁償請求として、①1審原告B美が、1審被告A子に対し、2847万3070円及びこれに対する相続開始時である平成8年2月9日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の、また、1審被告C代に対し、1034万9406円及びこれに対する相続開始時である平成8年2月9日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の、②1審原告D夫が、1審被告A子に対し、2889万8452円及びこれに対する相続開始時である平成8年2月9日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の、1審被告C代に対し、1050万4024円及びこれに対する相続開始時である平成8年2月9日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めた。

イ 不当利得返還請求(第1事件)

1審原告らが、E雄の遺産に対する1審原告らの寄与分が存在するとして、第1事件1審被告らに対し、不当利得返還請求権に基づく寄与分相当額の返還請求として、①1審原告B美が、1審被告A子に対し、235万5804円及びこれに対する請求の日の翌日である平成16年7月13日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の、1審被告C代に対し、67万1102円及びこれに対する請求の日の翌日である平成16年7月13日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の、②1審原告D夫が、1審被告A子に対し、303万1577円及びこれに対する請求の日の翌日である平成16年7月13日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の、1審被告C代に対し、86万3610円及びこれに対する請求の日の翌日である平成16年7月13日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めた。

ウ 建物明渡等請求(第2事件)

1審原告B美が、祖母である甲山G子(以下「G子」という。)から原判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)の贈与を受けたが、1審被告A子及び1審被告会社(以下「第2事件1審被告ら」という。)が本件建物を占有しているとして、①第2事件1審被告らに対し、所有権に基づき、本件建物の明渡を、②1審被告会社に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、不法行為の開始の日である平成8年1月1日から本件建物の明渡済みまで1か月当たり5万円の賃料相当損害金の支払を求めた。

(2)  以上の各請求に対し、原審は、遺留分減殺請求については、1審原告B美の請求は、1審被告A子に対し、1762万3727円及びこれに対する平成8年8月19日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の、1審被告C代に対し、334万7145円及びこれに対する平成8年8月19日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で、また、1審原告D夫の請求は、1審被告A子に対し、1732万6915円及びこれに対する平成8年8月19日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の、1審被告C代に対し、329万0774円及びこれに対する平成8年8月19日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で認容し、1審原告らのその余の請求をいずれも棄却し、不当利得返還請求については、1審原告らの請求をいずれも棄却し、建物明渡等請求については、1審原告B美の請求をいずれも棄却した。

(3)  原判決中、1審原告らの第1事件1審被告らに対する遺留分減殺請求を一部認容した部分について、これに不服のある第1事件1審被告らが控訴し、また、1審原告B美の第2事件1審被告らに対する建物明渡等請求を棄却した部分について、これに不服のある1審原告B美が控訴した。

なお、1審原告らの第1事件1審被告らに対する不当利得返還請求を棄却した部分については、1審原告らから控訴がないため、当該部分は当審における審理の対象とはならないものである。

2  争いのない事実並びに争点及び争点に対する当事者の主張は、次のとおり加除訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の「2」ないし「4」に摘示のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決6頁11行目を削除する。

(2)  同7頁1行目の「G子から」から2行目の「あるから、」までを「E雄がG子から相続により取得した後、本件公正証書遺言によって、1審被告A子が取得したものである。このことは、本件公正証書遺言において、個別表示されていない財産はすべて1審被告A子に相続されるとされていることから明らかである。したがって、」と改める。

(3)  同11頁3行目末尾に改行の上、次のとおり加える。

「 なお、1審原告らは、遺留分減殺を理由として、F江から、F江がE雄から相続した不動産の一部を取得しており、その額は各自につき964万0908円である。したがって、1審原告らの遺留分額からこれらが控除されるべきである。」

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は、1審原告らの請求は、第1事件について、1審原告B美が、1審被告A子に対し、1762万3727円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員の、1審被告C代に対し、334万7145円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員の、また、1審原告D夫が、1審被告A子に対し、1732万6915円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員の、1審被告C代に対し、329万0774円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員の各支払を求める限度で理由があるから認容し、第2事件について、1審原告B美が、1審被告会社に対し、本件建物の明渡し及び平成8年1月1日から明渡済みまで1か月当たり5万円の支払を求める限度で理由があるから認容すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第3 争点に対する判断」に説示のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決17頁6行目冒頭から14行目末尾までを次のとおり改める。

「 前記(1)に認定したとおり、1審被告会社が本件建物を現実に事務所として使用していたとまでは認められないものの、本件建物には『a社』の看板があったことや、内部にもスチール机が置いてあったことからすれば、1審被告会社は、1審原告B美との賃貸借契約に基づいてこれらを本件建物に設置していたものというべきであり、1審被告会社が本件建物において実質的な営業を行っていたかどうかにかかわらず、本件建物を占有していたものというべきである。そして、証拠(甲93、94の各1・2)及び弁論の全趣旨によれば、1審被告会社の本店所在地は本件建物の所在する愛知県西春日井郡<以下省略>であったが、H郎が1審被告会社の代表取締役に就任した後の平成9年8月19日付けで同郡<以下省略>に移転されるとともに、そのころ、旧本店所在地に支店を設置する旨の登記が経由され、本件が原審に係属中であった平成15年10月31日に同月25日付でこの支店を廃止した旨の登記が経由されたこと、上記スチール机は現在においても本件建物内に放置されたままであることが認められるから、1審被告会社は、平成8年1月当時はもとより、その後も引き続き同様に本件建物を占有し続けているものというべきである。

(3) 以上によれば、本件建物についての1審原告B美の所有権が認められ、1審被告A子については、現在本件建物を占有しているものとは認められないが、1審被告会社については、平成8年1月1日から現在に至るまで本件建物を占有しているものと認められる。そして、前記認定によれば、本件建物の占有による賃料相当損害金は1か月当たり5万円を下回らないものと認められるから、結局、1審被告A子に対する本件建物の明渡請求は理由がないが、1審被告会社に対する明渡請求及び平成8年1月1日から本件建物の明渡済みまで1か月当たり5万円の損害金の請求は理由があるというべきである。」

(2)  同23頁20行目から21行目の「口頭弁論期日」の後に「(原審。以下同じ。)」を加える。

(3)  同33頁5行目冒頭から同34頁7行目末尾までを次のとおり改める。

「オ 1審原告らのF江からの財産の取得について

証拠(甲4、乙17ないし19)及び弁論の全趣旨によれば、1審原告らは、当初、第1事件においてF江に対しても遺留分減殺請求をしていたが、平成13年10月2日、F江に対する訴えを取り下げたこと、同年11月21日、いずれも遺留分減殺を原因として、本件公正証書遺言によってF江がE雄から相続した財産のうち、原判決別紙遺産目録ⅠのNo.14の土地について、1審原告らの持分を各自2分の1とする移転登記が、同ⅠのNo.29の土地について、1審原告らの持分を各自20分の1とする移転登記が、同ⅡのNo.9の建物について、1審原告らの持分を各自4分の1とする移転登記がそれぞれ経由されたこと、前記『相続税の申告書』(甲4)によれば、1審原告らが取得した上記各財産の持分の価額は、原判決別紙遺産目録ⅠのNo.14の土地については各227万9190円、同ⅠのNo.29の土地については各231万4082円、同ⅡのNo.9の建物については各504万7635円であり、これらの合計額は各自964万0907円となることが認められる。

この点について、第1事件1審被告らは、1審原告らの遺留分額から各自につき上記の964万0908円が控除されるべきであると主張する。

しかし、1審原告らがF江に対する訴えを取り下げ、その後、本件公正証書遺言によってF江がE雄から相続した財産のうちの一部をF江から取得した上記の経緯に照らせば、1審原告らとF江との間では、1審原告らの第1事件被告らに対する遺留分減殺請求訴訟の帰すうとは無関係に、E雄の遺産相続に関する紛争を解決する趣旨の合意が成立したものと認めるのが相当である。したがって、1審原告らがF江から取得した上記財産の額が、本来F江が1審原告らからの減殺請求に応じるべき額を上回るものであったとしても、その超過額を第1事件1審被告らとの関係で斟酌すべきものではない(反対に、1審原告らがF江から取得した上記財産の額が、本来F江が減殺に応じるべき額を下回るものであったとしても、1審原告らがその差額を第1事件1審被告らに請求できるものではない。)というべきである。

よって、第1事件1審被告らの上記主張は採用できない。

カ 遅延損害金について

1審原告らは、第1事件1審被告らがすべき価額弁償に対し、相続開始時である平成8年2月9日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めているので、その当否について検討する。

特定物の遺贈につき履行がされた場合に、民法1041条の規定により受遺者が遺贈の目的の返還義務を免れるためには、単に価額の弁償をすべき旨の意思表示をしただけでは足りず、価額の弁償を現実に履行するか又はその履行の提供をしなければならない(最高裁昭和53年(オ)第907号同54年7月10日第三小法廷判決・民集33巻5号562頁)。もっとも、受遺者が真に民法1041条所定の価額を現実に提供して遺留分権利者に帰属した目的物の返還を拒みたいと考えたとしても、現実には、遺留分算定の基礎となる遺産の範囲、遺留分権利者に帰属した持分割合及びその価額の算定については、関係当事者間に争いのあることも多く、これを確定するためには、裁判等の手続において厳密な検討を加えなくてはならないのが通常であることから、減殺請求をした遺留分権利者が遺贈の目的である不動産の持分移転登記手続を求める訴訟において、受遺者が、事実審口頭弁論終結前に、裁判所が定めた価額により民法1041条の規定による価額の弁償をする旨の意思表示をした場合には、裁判所は、上記訴訟の事実審口頭弁論終結時を算定の基準時として弁償すべき額を定めた上、受遺者がその額を支払わなかったことを条件として、遺留分権利者の目的物返還請求を認容すべきものである(最高裁平成6年(オ)第1746号同9年2月25日第三小法廷判決・民集51巻2号448頁)。そして、この理は、本件のように、受遺者が民法1041条所定の価額の弁償をする旨の意思表示をしたのに対し、遺留分権利者が訴えを変更してその弁償金の支払を求めるに至った場合においても異なるものではなく、遺留分権利者の訴えの変更によって受遺者のした意思表示の内容又は性質が変容するものとみることはできないから、遺留分権利者は、裁判所が受遺者に対し民法1041条の規定による価額を定めてその支払を命じることによって、はじめて受遺者に対する弁償すべき価額に相当する額の金銭の支払を求める権利を取得するものというべきである。

したがって、1審原告らの遅延損害金の請求は、本判決確定の日の翌日以降の支払を求める限度で理由があるというべきである。」

2  以上の次第で、上記とは異なる原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 野田武明 裁判官 戸田彰子 濱口浩)

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