名古屋高等裁判所 平成16年(ネ)1128号 判決 2005年6月22日
主文
1 原判決を次のとおり変更する。
(1) 被控訴人は,控訴人に対し,1027万4190円及びこれに対する平成13年7月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 控訴人のその余の請求を棄却する。
2 訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを3分し,その2を被控訴人の負担とし,その余は控訴人の負担とする。
3 この判決は,主文1項(1)に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決中被控訴人に関する部分を取り消す。
(2) 被控訴人は,控訴人に対し,1523万0870円及びこれに対する平成13年7月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
(4) 仮執行宣言
2 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,控訴人が,被控訴人との先物取引委託契約において,被控訴人及び同社のA取締役に不法行為等があったとして,被控訴人及びA取締役に対し,不法行為あるいは使用者責任による損害賠償請求として,連帯して1523万0870円及びこれに対する不法行為の終了日である平成13年7月2日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審は,控訴人と被控訴人間の取引が違法であるとまでは認められないとして,控訴人の請求をいずれも棄却したところ,控訴人が被控訴人に対する請求を棄却した部分について不服があるとして控訴した。
2 当事者間に争いのない事実,当事者の主張及び争点は,以下のとおり原判決を付加訂正するほか,原判決の「第二 事案の概要」欄の二ないし四に記載のとおりであるから,これを引用する。
3 原判決の付加訂正
(1) 原判決3頁2行目の「甲39,」の次に「79,84,」を付加する。
(2) 原判決6頁20行目と21行目の間に以下のとおり付加する。
「(3) 控訴人には積極的な投機意思・取引参加意思はなかったし,商品先物取引のみならず株式取引の経験もなく,商品先物取引の危険性なども全く知らなかった。また,控訴人は,4年制大学の工学部卒業の経歴を有し,営業所長をしているが,営業所長とはいっても自らも営業活動を行っている状況で,相場が変動している日中は勤務時間帯で全く時間的余裕がなく,用事がなければ頻繁に電話をするなと被控訴人外務員に要望していた。そして,上記(2)のとおり,Bは,商品先物取引の内容について詳しい説明をしなかったし,控訴人が預貯金を約3000万円保有しているかのような記載をお客様カード(乙1)に勝手に記載し,実際いくらの預貯金があるかの確認をしていない。
これらの事情等によれば,控訴人を勧誘したことは適合性原則に違反する。」
(3) 原判決7頁16行目末尾の次を改行の上,以下のとおり付加する。
「 したがって,3か月が経過してからわずか2週間の間に50枚を超える80枚もの建玉を控訴人に勧めた被控訴人担当者の勧誘行為は,新規委託者保護義務に違反し,違法性が認められるべきである。」
(4) 原判決10頁4行目の「原告は,Cから」を「Cは,控訴人に対し」と改める。
(5) 原判決10頁13行目の「Dは」のあとに,「平成13年5月24日」を付加する。
(6) 原判決11頁10行目の「商品取引印の受託業務の適正履行業務」を「商品取引員の受託業務の適正履行義務」と改める。
(7) 原判決16頁6行目の「(6月12日」から同頁6行目の「である。)。」までを削除する。
(8) 原判決18頁22行目末尾を改行の上,以下のとおり付加する。
「仮に,控訴人の妻からの電話が控訴人本人の申出といえないとしても,Dは,控訴人の妻からそのような指示を受けた場合には,同女が控訴人の使者ないし代理人として仕切り指示をしてきたのではないかと控訴人に確認をとるべきである。かかる確認すら取らないでこれを放置した行為は,実質的に仕切回避に該当するというべきである。」
(9) 原判決19頁8行目及び15行目の「被告ら」を「被控訴人」とそれぞれ改める。
(10) 原判決19頁23行目の「(一) 被告会社の責任」を削除する。
(11) 原判決20頁8行目冒頭から同頁22行目末尾までを削除する。
(12) 原判決20頁23行目の「被告らの主張」を「被控訴人の主張」と改める。
(13) 原判決24頁3行目冒頭から同頁12行目末尾までを削除する。
(14) 原判決24頁14行目の「被告ら」を「被控訴人」と改める。
第3当裁判所の判断
1 最初の電話勧誘(不告知・誤認勧誘)の違法について
控訴人は,平成13年2月上旬頃にEが控訴人に最初の電話勧誘をした際,商品先物取引の勧誘であるとの説明をせず,「今,銀行の金利が低いですが,利回りのいい金融商品があります。」というような話をして,控訴人に金融商品の勧誘であると誤信させ,控訴人との面談約束を取り付けたことは,商品取引所法施行規則46条7号,受託等業務規則5条1項2号に違反するもので違法である旨主張する。
控訴人の原審における供述及び同人作成の陳述書(甲39)には,控訴人の主張に沿う部分があるが,Eが控訴人に対しとうもろこしの商品先物取引の話をした旨の記載がある乙65号証の記載内容に照らし,上記供述等は信用することはできず,他に控訴人の主張を認めるに足りる証拠はない。
したがって,控訴人の主張は理由がない。
2 最初の面談(断定的判断の提供・説明義務違反)の違法について
(1) 控訴人は,Eは,平成13年2月13日ころ,控訴人勤務先を訪問し,控訴人に対し,とうもろこしの商品先物取引を勧誘する際,「最近とうもろこしが値上がり傾向だから買えば儲かります。いくら上がればどのくらいの利益が出ます」などと断定的判断を提供した旨主張する。
証拠(甲48,乙65,原審における控訴人本人)によれば,Eがとうもろこしの取引を勧誘するに際しもうかった場合の話をしていたが,控訴人は相場が逆になった場合の話も聞いていることが認められる。
したがって,控訴人の上記主張は理由がない。
(2) また,控訴人は,Eは,商品先物取引の仕組み,その投機的本質,預託資金を超える損失が発生する可能性,委託追証拠金制度の概要等の重要事項に関し事実に反する説明をした旨主張する。
控訴人の原審における供述及び同人作成の陳述書(甲39)には,Eは証拠金の預託額が100万円であるとか,損をしても半分というような説明をした旨の部分がある。
しかし,Eが容易に虚偽であることが判明する上記のような説明をするとは考え難い上,その後,平成13年2月15日に控訴人がBから商品先物取引のしくみ等の説明を受けた際に,以前Eから受けた説明内容と違っている旨の抗議をしたことは窺えないことを考慮すると,控訴人の上記供述等は採用できない。
したがって,控訴人の上記主張は理由がない。
3 再度の勧誘(執拗な勧誘・説明義務違反)の違法について
(1) 控訴人は,Eは,平成13年2月14日ころ,控訴人から委託しない旨の意思を表示されたのに,あえて勧誘を継続した旨主張する。
控訴人の原審における供述及び同人作成の陳述書(甲39)には,平成13年2月14日ころにEが勤務先に来てとうもろこしの商品先物取引を勧められたが,そのときは断った旨の部分がある。
しかし,控訴人の上記供述等によれば,控訴人はその後もEやBらと面談していることが認められることを考慮すると,控訴人が断ったという上記供述等の趣旨は,その日は勧誘に応じないという趣旨に過ぎず,今後も商品先物取引に応じるつもりはないという趣旨のものであったとは認め難い。
したがって,控訴人の上記主張は理由がない。
(2) 控訴人は,Eは控訴人に電話で勧誘した際に商品先物取引の仕組み等について改めて説明をしなかったため,控訴人は商品先物取引に関し誤った認識のまま商品先物取引を始めることになった旨主張する。
しかし,上記認定のとおり,Eが商品先物取引の仕組み等について虚偽の説明をしたとは認められないし,後記4認定のとおり,Bから商品先物取引について説明を受けた上で,取引を始めているから,控訴人の上記主張は理由がない。
4 再度の面談(断定的判断の提供・説明義務違反・適合性の原則違反)の違法について
(1) 控訴人は,平成13年2月15日にBは「遺伝子組み替えのとうもろこしは日本が輸入せず,遺伝子組み替えかどうかの検査で費用がかかるので,とうもろこしは値が上がる」ととうもろこしの相場の値動きについて断定的判断を提供した旨主張する。
控訴人作成の陳述書(甲39)には,「Bから,現在の相場の動きについて,遺伝子組み替えのとうもろこしは日本が輸入せず,遺伝子組み替えかどうかの検査で費用がかかるので,とうもろこしは値が上がる,というような説明で,現状では値が上がるので,こういうことはないがと前置きした上で,予測が外れた場合の売買対処説明書(乙6号証)という書類で簡単に言葉の説明をされ,あとは読んでおいて下さいという感じでした。」との記載部分がある。
また,B作成の陳述書(乙61)には,「2月9日,私は,米国農務省発表の穀物需給統計が値下がりの要因であったにもかかわらず,東京市場のとうもろこし期先限月が値上がりしたことから「これからは値上がり」するのではないかと思い,同日午後5時30分頃原告に電話を取りました。」という記載部分がある。
上記Bの陳述書の記載部分からすると,2月15日にBが控訴人に対しとうもろこしの動向につき控訴人の上記陳述書記載のような説明をしたことが認められるが,上記説明は,その内容からして,とうもろこしの値が上がるというBの見込みないし推測を述べたものにとどまり,断定的判断の提供に該当するものであるとまではいえない。そして,他に控訴人の上記主張を認めるに足りる証拠はない。
したがって,控訴人の上記主張は理由がない。
(2) 控訴人は,平成13年2月15日にBは商品先物取引についての説明をしなかった旨主張する。
しかし,証拠(乙2の1・2,4ないし6,原審証人B)によれば,Bは商品先物取引委託のガイド(乙2の1・2)を使って商品先物取引の説明等をしていることが認められ,商品先物取引委託のガイド(乙2の1・2)を使っての説明は特になかった旨の控訴人の陳述書(甲39)の記載部分及び同人の原審供述部分は採用できない。
したがって,控訴人の上記主張は理由がない。
(3)ア 控訴人は,①控訴人には積極的な投機意思・取引参加意思はなかった,②商品先物取引のみならず株式取引の経験もない,③控訴人は,4年制大学の工学部卒業の経歴を有し,営業所長をしているが,営業所長とはいっても自らも営業活動を行っている状況で,相場が変動している日中は勤務時間帯で全く時間的余裕がない,④Bは商品先物取引の内容について詳しい説明をしなかったし,控訴人が預貯金を約3000万円保有しているかのような記載をお客様カード(乙1)に勝手に記載し,実際いくらの預貯金があるかの確認をしていないこと等によれば,控訴人を勧誘したことは適合性原則に違反する旨主張する。
イ 一般に商品先物取引は,少額の証拠金で差金決済による多額の取引を可能にする極めて投機性の高い取引であり,商品市場が経済状況の変化等によって短期間に激しい動きをすることがあることも相まって,当該取引に参入する者に予期しない多額の損失を被らせるおそれがあるから,その売買の決定には相当程度の知識,経験が必要となり,一般投資家は取引の参入,実行について商品取引員に依存せざるを得ない部分がある。そして,商品取引所法の規定及びその趣旨によって定められた受託契約準則等が種々の法的規制等を加えているのは,こうした観点から一般投資家の保護を図ったものと認められる。
このような商品先物取引の特質,商品取引所法等の規制の趣旨からすれば,委託者の資産,経験,意向等に照らし,当該顧客が商品先物取引の仕組みを理解し,自己の損益を計算できるだけの能力が欠如していると評価できる場合には,当該委託者に対する勧誘は不適格者に対する勧誘として違法なものと解するのが相当である。
ウ 本件の場合,上記(引用にかかる原判決の第二の二の1)認定のとおり,控訴人は,本件取引を開始した当時47歳で,大学卒業の学歴を有し,G(非上場企業)の名古屋営業所(従業員は控訴人を含め6名程度)の所長という地位にあった(甲39,原審における控訴人本人)のであるから,通常の社会人としての判断能力を十分有していると考えられる。また,上記(引用にかかる原判決の第二の二の1)認定のとおり,資産は2000万円以上あり,先物取引を行う資金はある程度十分だったといえるし,上記認定のとおり,商品先物取引の勧誘を拒絶することなく,被控訴人担当者の説明を複数回受け,最初の勧誘から2週間以内に取引を開始していることが認められるから,投資意欲に乏しかったとはいえない。
したがって,控訴人は商品先物取引を行う適格性を欠く者ということはできず,また,資金や投資意欲に欠けていたということもできないから,控訴人が商品先物取引を行うのに相応しくない者に該当するということはできない。
エ なお,控訴人は上記①ないし④のとおり主張して,適格性を欠く旨主張する。
まず,上記①については,商品先物取引をする意思があれば適合性を有するというべきであって,その意思が積極的なものであることまでは必要ないというべきである。
また,上記②については,控訴人は株式取引の経験がなかった(甲39)と認められるが,上記認定の控訴人の経歴,地位等に鑑みれば,商品先物取引を理解できる判断能力を有していたと考えられる。
また,上記③についても,上記認定のとおり,適合性がないという事情とはいえない。
また,上記④のうち,説明義務違反については上記(2)のとおり理由がなく,資産の確認については,証拠(原審証人B)によれば,十分な確認をしていないものの控訴人には2000万円を超える資産があったことを考慮すると,資産の確認が十分でなかったことをもって適合性を有しないということはできない。なお,上記(引用にかかる原判決の第二の二の1)認定のとおり,預金の一部は控訴人の妻が管理しているが,控訴人の判断で使用することができないというものではないから,預金の一部を妻が管理していることは,上記結論を左右するものではない。
カ したがって,控訴人の上記主張は理由がない。
5 新規委託者保護義務違反の違法について
(1) 控訴人は,新規に商品先物取引を開始した委託者については,3か月間は習熟期間中として厚く保護され,3か月後からその保護の対象から外されることとなっているが,本件取引の場合には控訴人の取引状況からすると3か月取引を経験したというに値しないのに,3か月が経過してからわずか2週間の間に50枚を超える80枚もの建玉を控訴人に勧めた被控訴人担当者の勧誘行為は,新規委託者保護義務に違反し,違法性が認められるべきである旨主張する。
(2) 上記争いのない事実及び証拠(甲39,84,乙61,62,原審証人B,同D,原審における控訴人本人)によれば,以下の事実が認められ,上記証拠中以下の認定事実に反する部分は採用しない。
ア 控訴人は,平成13年2月16日,とうもろこしを5枚買玉(限月は平成14年3月)したが,その後しばらくは取引をしないでいた。
イ 控訴人は,同年5月23日にCから追証がかかって20万円必要である旨言われたため,翌24日,被控訴人に赴いてDに対し20万円を交付した。その際,Dから,とうもろこしは上がるかどうかはっきりしない状況であるが,ガソリン,灯油の方が値上がり傾向にあるので利益を取りやすいのではないかという旨の説明を受けた。
ウ 控訴人は,同年5月28日,とうもろこしを5枚売玉(限月は平成14年5月)した。
エ 控訴人は,同年5月29日,とうもろこしの売玉分の資金20万円とガソリンを5枚買玉するための資金52万5000円を被控訴人に持参し,Dに交付した。Dは,当日,ガソリンの動きが強く出ていて,モニターを見ながらできるのであれば,枚数を増やしてはどうかという旨の話をしたところ,控訴人は200万円くらいならと話した上,15枚買玉を追加することにした。同日に取り引きされたガソリン買玉合計20枚のうち同年10月限月のものが15枚,同年12月限月のものが5枚であった。
オ 控訴人は,同年5月30日,先日の買玉分を含む預託金として220万円を被控訴人に持参しDに交付した。Dは,29日に預かった200万円の預託金の余りが42万5000円あったこと等から控訴人にガソリン,灯油の取引を勧誘し,午前中にガソリンについては15枚(限月は同年10月),灯油については10枚それぞれ買玉し,さらに午後にガソリンを30枚買玉(限月は同年12月)した。
カ 控訴人は,同年6月1日,とうもろこしを10枚売玉した。また,控訴人は,同年5月31日及び6月1日の両日にかけて預託金として合計395万円を被控訴人に交付した。
キ 控訴人は,同年6月4日灯油を10枚買玉した。
ク 控訴人は,同年6月6日にガソリンを65枚売玉(限月は同年12月)し,同年5月30日取引の灯油の買玉10枚と,同年6月4日取引の灯油の買玉10枚をそれぞれ仕切った。
(3) 上記認定のとおり,控訴人は初めての取引である平成13年2月16日から3か月の間は全く取引をしていないところ,2回目の取引である同年5月28日からわずか10日間の間に,とうもろこしについては合計15枚,ガソリンについては合計130枚,灯油については合計20枚(以上合計165枚)の新規建玉をしていることが認められる。
被控訴人においては,新規に商品先物取引を開始した委託者については,3か月間は習熟期間を置いている(争いがない)が,これは商品取引の特殊性に鑑み,商品取引の経験を十分有しない委託者が,経験不足により多額の損失を被ることがないようにするためのものであると解される。
上記認定のとおり,控訴人は,平成13年2月16日にとうもろこしを5枚買玉したものの,その後3か月の間は全く取引をしていなかったこと,その間,とうもろこしの値段は変動し,追証が必要な状態になっていたところ,控訴人は自ら被控訴人に対し値段を問い合わせたことはなく,決済の有無や時期などについての相談もしていないことが認められる。そして,2回目の取引である同年5月28日において,Dは控訴人の上記取引状況を十分認識していたにもかかわらず,控訴人に対し3か月の間取引をしなかった理由について特に確認したことは窺えないから,Dとしては,控訴人の商品取引に関する知識は,追証が現実に必要な事態が生じるということを認識した以外は,約3か月前の同年2月16日の時点とほとんど変わらないということも十分認識できたものと認められる。
そして,控訴人の最初の取引はとうもろこしであり,これとは全く別個の商品であるガソリンや灯油の値段の動向について控訴人が知識を有するとは限らないにもかかわらず,ガソリンや灯油の値動きの動向・要因等に関する知識の有無を確認することなく,わずか9日の間にガソリンについては130枚,灯油については20枚の合計150枚の新規建玉をさせたのは,新規取引者保護の規定に実質的に違反するものであって,違法であるというべきである(なお,後記7認定のとおり,証拠金規制に関する申出書を形式的に処理したことが,上記のような取引をすることになった原因の一つでもあり,取引経験を十分有しない控訴人につき証拠金規制につき形式的処理をしたことも,新規取引者保護の規定に反する処理であったと認められる。)。
また,平成13年6月1日のとうもろこしの取引(売玉10枚)についても,5月29日,30日の2日間の間にガソリン・灯油につき50枚以上の新規建玉をしていたのに,更に取引をしたという点,また,異限月の両建となっているとうもろこしの買玉を仕切らないまま新たに売玉の取引を勧めるものであったという点を考慮すると,Dがかかる取引を勧めたことは新規取引者保護の観点からしても違法なものであるというべきである。
したがって,控訴人の上記主張は理由がある。
6 誠実公正義務違反・仕切回避の違法について
(1) 控訴人は,平成13年2月16日のとうもろこしの買玉5枚は取引開始から2か月余りの間は値洗い益を計上しているのに,被控訴人担当者は仕切るようにとのアドバイスを全くしなかったにもかかわらず,その後値下がりを始めて控訴人が仕切りたいと申し出るや,今度は損失発生・拡大の危険性を何ら説明せずに断定的判断を提供して仕切らないようにアドバイスをするという被控訴人担当者の対応は,誠実公正義務違反・仕切回避に該当する違法なものである旨主張する。
証拠(乙11及び12の各1ないし3)によれば,被控訴人は,平成13年2月16日のとうもろこしの買玉5枚について,平成13年2月26日,同年3月22日及び同年4月24日の各時点における値洗い差損益金を記載した残高照合通知書を,上記各時点ころに控訴人宛に送付し,控訴人はそのころに同通知に対する回答葉書を被控訴人に送付していること,上記買玉5枚は同年3月22日及び同年4月24日の時点では利益が出ていたことが認められる。
上記認定のとおり,平成13年2月16日に控訴人が取引をした建玉は同年3月から4月ころには利益が出ていたことが認められ,その間被控訴人担当者が建玉を仕切ることを控訴人に勧めたことは窺えない。しかし,建玉をいつ仕切るかは,本来委託者本人が判断すべきものであるから,被控訴人の担当者が控訴人に対し,利益が出ている上記建玉を仕切るように勧めなかったことが,直ちに誠実公正義務に違反する違法なものであるとはいえないというべきである。
また,控訴人は,上記とうもろこしの買玉5枚について控訴人が仕切りたいと述べたところ,今度は損失発生・拡大の危険性を何ら説明せずに断定的判断を提供して仕切らないようにアドバイスした旨主張し,控訴人作成の陳述書(甲39)には,5月中旬ころ,損が少ないうちに取引を終わらせようと思って被控訴人に一度電話をしたが,電話に出た人に「まだ大丈夫です。値を戻します。」と言われ,しばらく様子をみることにした旨の記載部分がある。
しかし,上記認定のとおり,平成13年2月に控訴人が取引をした建玉については同年3月から4月ころには利益が出ていたことを考慮すると,上記発言は被控訴人の担当者の応答もとうもろこしの値が回復するのではないかという推測を述べるものであったと認めるのが相当である。そして,それ以上に被控訴人の担当者が断定的判断に該当するような趣旨の発言をしたと認めるに足りる具体的な証拠はない。
したがって,控訴人の上記主張はいずれも理由がない。
(2) 控訴人は,被控訴人は控訴人がへそくりしか自由に動かせないことや40万円で取引を始めることになったのは控訴人にとって一番都合のいい金額であったためであるということを認識していたのであるから,控訴人に対し,追証を預託して取引を継続することの危険性をきちんと説明すべき義務があったのに,被控訴人担当者はとうもろこしの相場が値を下げ,逆に損失が拡大する可能性があることについて全く説明しなかったことは,誠実公正義務違反に該当する旨主張する。
控訴人の原審における供述及び同人作成の陳述書(甲39)には,控訴人の上記主張に沿う部分があるが,「予測が外れた場合の売買対処説明書」(乙6)には,追証拠金に関する説明があり,控訴人は同書面に署名していることを考慮すると,上記供述等は採用できない。
したがって,控訴人の上記主張は理由がない。
7 証拠金規制の潜脱の違法について
控訴人は,被控訴人は証拠金規制の潜脱を図るため,申出書(乙16)を未だ商品先物取引の経験を有しない控訴人に予め署名捺印させた旨主張する。
委託証拠金預託に関する上記申出書には,控訴人による署名押印のほか,平成13年5月16日の日付と,同日付けで被控訴人が同申出を認める旨の処理がなされた記載となっていることが認められる。
上記申出書の作成経緯について,控訴人は原審において,平成13年5月16日に被控訴人の担当者と面会したことはなく,上記申出書に署名したのは,最初の契約かガソリン等の取引を始めたときではないかという旨を供述している。上記認定のとおり,控訴人は,同年2月16日にとうもろこし5枚の買玉取引を行った以降,同年5月28日まで商品先物取引を行っていないこと,B及びDが作成した陳述書や同人らの原審における供述によっても,同年5月16日に控訴人と面会して上記申出書を作成してもらったという事実は窺えないことを考慮すると,上記申出書は,最初の契約の際に事前に控訴人に署名押印してもらい,最初の取引から3か月経過した同年5月16日に被控訴人において形式的に処理されたものと推認するのが相当である。
しかし,上記認定の被控訴人の処理はやや形式的にすぎるとはいえるが,被控訴人において証拠金規制を潜脱するために行われたとまでは認めることはできない。
したがって,控訴人の上記主張は理由がない。なお,上記処理が新規取引者保護の趣旨に照らし違法であることは上記5のとおりである。
8 断定的判断の提供の違法について
(1) 控訴人は,平成13年5月23日にCが「追証がかかりました。今は下がっていますが,再度値は上がりますので,追証を入れてください」「遺伝子組み替えとうもろこしの検査費用が上がって再度相場が上がる」などと断定的判断を提供した旨主張する。
控訴人は原審において,Cからまだ値が下がるほどじゃなく,上がるので,まだ待った方がいいという話があった,上がる傾向にあるからやめないでという話があった旨供述するが,Cの上記供述自体直ちに断定的判断の提供にあたるとは認め難いし,控訴人はCの上記説明は遺伝子組み替えとうもろこしの検査費用がかかるということを前提としていたと供述していることに照らすと,Cの上記説明は推測を述べたものにとどまると認めるのが相当である。
(2) また,控訴人は,Dは,①平成13年5月24日に「需要が増えるから値が上がります。確実です。」,「とうもろこしは動きが遅い。ガソリンは動きがいいです。今はガソリンです。」「とうもろこしの損なんかすぐに取り戻せますよ。1週間くらいで。」などと断定的判断を提供した,②同年5月29日に「今もガソリンの値段があがっています。」と言ってさらにガソリンの値が上がるとの断定的判断を提供した,③同年5月30日には「今ガソリンが上がっています。灯油もあがっています。」などとガソリンと灯油の値が上がるとの断定的判断を提供した旨主張し,原審における控訴人の供述には,同主張に沿う部分がある。
しかし,Dは原審において,ガソリンや灯油の値動きの状況からガソリンや灯油の値段が上昇する傾向にあると考えられたことから,控訴人に対しガソリンの方が利益が得られるのではないかということや,とうもろこしの損をガソリンで挽回することを考えてはどうかというような説明をした旨供述している。
当時のガソリンや灯油の値動きの動向が上げ材料にあったことからすると,Dが同人が供述するようにガソリンや灯油が値上がりするであろうという推測を述べて控訴人に取引を勧めたということは容易にうかがえるところではあるが,それ以上に断定的判断の提供にあたるような説明をDがしたと認めるに足りる具体的な証拠がないことを考慮すると,控訴人の上記供述は採用できない。
そして,他に控訴人の主張を認めるに足りる証拠はない。
(3) したがって,控訴人の上記主張はいずれも理由がない。
9 両建勧誘の違法について
(1) 控訴人は,平成13年5月28日のとうもろこしの売玉5枚及び同年6月6日のガソリンの売玉65枚の各取引(両建)は,違法である旨主張する。
(2) 両建は,既存の建玉に値洗い損が生じた場合において,決済するか相場の好転を期待して建玉を維持するかどうかの判断に迷うときに,反対の建玉を行うことにより,損失を一時的に固定し,しばらくの間相場の動向を見守り,相場の見通しが立つようになったときに一方の建玉を決済し,他方の有利と考える玉によって投機を行う目的で行われるものであって,また,損失の清算を先送りにし,両建玉をそれぞれ適時に決済することによって,上記損失の清算金額を減少させることも期待できるため,商品先物取引において時に応じて取られる手法の一つであり,両建それ自体は,委託者にとって全く益のない取引方法であるとまでは認められない。
しかし,両建をするには,これをせずに既存の建玉を決済した場合と比べて,既存建玉と新規建玉の双方に委託証拠金を必要とする上,新規建玉分の手数料が必要となる。また,両建をして,両建時の損失を減少させるには,相場の変動を見極め,それぞれの玉を各限月までに適時に決済しなければならず,これを誤ると損失を拡大しかねないものであって,先物取引に関する高度の知識,相場観が要求される。さらに,このような両建の機能及び不利益を十分に理解していない委託者に両建をさせると,委託者の損勘定を誤らせるおそれがあり,また,取引を手仕舞いして損の拡大を防ぐ機会を奪うことにもなりやすい。
したがって,商品取引員が,委託者に対して両建を勧誘することが許されるのは,委託者が取引経験を相当程度有している場合であって,かつ委託者に対し,その習熟度や理解度に応じて,両建の意味や機能,必要証拠金等の差異等の不利益,他に取りうる対処方法を十分に説明することが必要であるというべきである。そして,取引経験を相当程度有する委託者が,これらの説明を受け,その不利益を承知しながら,あえて自ら両建を選択した場合には,両建を違法とすることはできないが,商品取引員が,取引経験に乏しい委託者に対し両建を勧誘し,それについて合理性が認められない場合はもちろんのこと,取引経験を相当程度有する委託者についても,これらの説明を尽くさずに両建を勧め,委託者が両建の意味や機能,必要証拠金等の不利益を十分に理解しないままこれを行わさせたという場合には,違法となるというべきである。
(3)ア まず,平成13年5月28日のとうもろこしの5枚の売玉について,Dは,原審において,控訴人はちょっと決済をしたくないという感じだったので,方向性がはっきりするまで相場を静観するための方法として両建という方法もあることを説明したところ,控訴人は両建を選択した旨供述する。
しかし,上記5の(2)認定のとおり,控訴人は,同年2月16日のとうもろこし5枚(買玉)の取引経験しか有しないのであるから,控訴人の商品先物取引の経験はほとんどないに等しく,確たる相場観も判断力もなかったと認められる(このことは,上記6認定のとおり,同5枚の買玉につき利益が出ていたのに,仕切らなかったことからも明らかである。)。したがって,商品先物取引の経験がほとんどなく,確たる相場観も判断力もない控訴人について,新たな資金や手数料を必要とし,また,どの段階でいずれの建玉を仕切って両建を解消するかという複雑で困難な判断を重ねて強いられる両建をしてまで,建玉を維持する合理性があったとは認めることはできない。
上記同年5月28日の上記取引は,取引経験が乏しい控訴人がDの示唆ないし勧めに不用意に応じてしまったことによるものと認めるのが相当である。
イ また,平成13年6月6日のガソリンの売玉65枚の両建についても,上記5の(2)認定のとおり,控訴人は同日までにとうもろこし10枚の建玉の取引の他,ガソリンの買玉65枚の取引経験を有しているものの,実質的には同年5月28日に取引を始めたのと同様であって,いまだ取引経験が乏しく,相場観や判断力も未だ乏しい状態であったと認められる。
したがって,取引経験が十分とはいえない控訴人にとっては,65枚という少なからぬ数の建玉(両建)をしてまで,建玉を維持する合理性があったと認めることはできない。
上記取引は,Dに勧められて合計65枚のガソリンの買玉をした控訴人が,相場が予想と違う動きを見せて損失が発生していることに動揺し,Dの示唆ないし勧めに不用意に応じてしまったことによるものと認めるのが相当である。
ウ 以上のとおり,被控訴人の上記各行為はいずれも違法というべきである。
したがって,控訴人の上記主張は理由がある。
10 無敷の違法について
控訴人は,申出書(乙16)は証拠金規制を潜脱する目的で作成されたものであるということを前提に,平成13年5月28日,同年5月30日,同年6月4日,同年6月6日の各取引はいずれも無敷で違法である旨主張する。
しかし,上記のとおり控訴人の主張はその前提を欠くから,控訴人の上記主張は理由がない。
なお,無敷が禁止されるのは,第1次的には商品取引員の委託者に対する債権を担保するためであり,これにより委託者の過大な取引を防止させるという機能を有することになることは否定できないが,それはあくまで副次的な効果に止まるから,委託証拠金の徴収なく,あるいは不足のまま行った取引が直ちに委託者との関係で違法なものとなるとはいえない。
そして,本件において,結果として無敷となった取引(平成13年6月6日)が委託者の過大な取引を防止させるという無敷の禁止の副次的な趣旨を逸脱するようなものであるとまではいえないから,結局,控訴人の上記主張は理由がない。なお,控訴人が支払った預金を同人の妻が管理していたということは,控訴人の判断で使用することができないというものではないから,上記結論を左右するものではない。
11 適合性の原則違反・無意味な反復売買の違法について
(1) 控訴人は,平成13年6月6日の取引(灯油買玉20枚の仕切り,ガソリン売玉65枚の建て)につき,Dは控訴人から300万円くらいなら用意できるがそれ以上は用意できない旨聞いたにもかかわらず,証拠金不足額が470万ないし550万円になる上記取引を勧誘したことは適合性の原則に違反する旨主張する。
控訴人の原審供述及び同人作成の陳述書(甲39,84)には,控訴人の上記主張に沿う部分があるが,Dが証拠金が入金できないことを認識しながら,証拠金不足になるような取引をあえて勧めるということはにわかに考え難いし,控訴人はその後も証拠金の入金を行っているということを考慮すると,上記供述等は採用できない。
したがって,控訴人の主張は理由がない。
(2) 控訴人は,平成13年6月13日の取引(ガソリン売玉55枚仕切り,買玉55枚の建て)は,買玉の多額の値洗い損をカバーしていた売玉がすべてなくなることで,値洗い損が一気に拡大し,多額の追証が発生する可能性が高かったから,Dが上記取引を勧めたのは,適合性の原則に反する旨主張する。
しかし,証拠(乙62,原審証人D)によれば,Dは,当日まで外電でガソリンが4日連続して値上がりしていることから国内もガソリンが値上がりするのではないかと考えて,上記取引を勧誘したことが認められるし,翌14日には約140万円の預託金を入金して取引を継続できる状況にあったということを考慮すると,上記勧誘が直ちに適合性の原則に反するものであるとはいえない。
また,控訴人は,上記取引は無意味な反復売買であり,Dは手数料を稼ぐ目的で行わせた旨主張するが,上記認定の経緯によれば,無意味な反復売買に該当するとはいえない。
したがって,控訴人の上記主張は理由がない。
(3) 控訴人は,①平成13年6月14日の取引(ガソリン買玉60枚仕切り,ガソリン売玉60枚建て)は,前日とは逆に買玉を仕切って売玉を建てたが,これは前日の時点で値が上がっていくと予想していたのに,わずか1日で今後は逆に値が下がっていくと予想を変えるものであるが,このような過大な途転売りをするような状況にはなかった,②控訴人が買玉を仕切ったことにより合計494万3800円もの帳尻損金が発生したが,控訴人は親や知人から借金をしなければならない状況に追い込まれていた,として,Dが上記取引を勧めたのは,適合性の原則に反する旨主張する。
しかし,証拠(乙62,原審証人D)によれば,Dは,当日のガソリンがストップ安となり追証が必要となったため,控訴人に対し,その対処をどういうふうにするか,仕切るという方法の他,追証,両建をするという対応もあることを説明したところ,控訴人からちょっと考えてみたいと言われ,その後控訴人から電話があり,控訴人の判断で上記取引を選択したことが認められる。
したがって,上記取引は,相応の能力のある控訴人が自己の選択に基づき行ったものであり,同取引が適合性の原則に反するものということはできない。
また,控訴人は,上記取引は無意味な反復売買であり,Dは手数料を稼ぐ目的で行わせた旨主張する。
しかし,上記認定の経緯によれば,上記取引が無意味な反復売買に該当するとはいえない。
したがって,控訴人の上記主張は理由がない。
12 仕切拒否・回避,無意味な反復売買の違法について
(1)ア 控訴人は,①平成13年6月18日にDが控訴人の妻から取引を止めさせてくださいという旨の電話を受け,控訴人からも「それなら私ももうできません。」と伝えたにもかかわらず,Dはこれを無視したことは,仕切りの拒否あるいは回避に該当する,②平成13年6月29日に控訴人の妻が被控訴人に電話をし,取引を止める旨伝えたが,Dが電話に出て「取引を止めるには1か月くらいかかります。」などと虚偽の事実を伝えたことは,仕切り指示を回避する違法なものである旨主張する。
イ 証拠(甲39,乙62,原審証人D,原審における控訴人本人)によれば,以下の事実が認められ,上記証拠のうち以下の認定に反する部分は採用しない。
(ア) 平成13年6月18日に控訴人の妻FがDに電話をし,500万円近い請求はどういうことなのか聞いてきた。
(イ) Dは控訴人が商品先物取引をしていることを説明したところ,Fは「取引を止めさせたい」「止めた場合に残金はいくらあるのか」と話した。そこで,Dは,おおよそ200万円くらいと伝えたところ,Fから早急に元金近くに戻すことができるようにして欲しい旨言われたので,Dは控訴人と相談する旨話した。
(ウ) その後,Dは,控訴人に対し,取引をどうするのか確認するために電話をしたところ,控訴人は,妻に取引がばれたため不足証拠金の預託はできないこと,不足証拠金については一部建玉を仕切ることにより不足を埋めていくこと,その過程で少しずつ挽回したいという旨を話した。
(エ) そして,平成13年6月18日には,同年5月28日取引のとうもろこし売玉5枚を仕切り(4万円の利益),同年5月29日取引のガソリン買玉15枚を仕切り(354万円の損失),同年5月30日取引のガソリン買玉15枚を仕切った(363万円の損失)上,ガソリン売玉30枚を建て,その後,同年6月14日取引のガソリン売玉60枚を仕切った(252万円の利益)。
(オ) 平成13年6月20日には,同年2月16日のとうもろこし買玉5枚を仕切り(31万円の損失),同年6月1日取引のとうもろこし売玉10万を仕切った(48万円の損失)。
(カ) 平成13年6月21日には,同年6月18日取引のガソリン売玉を仕切り(366万円の利益),同年5月30日取引のガソリン買玉30枚のうち20枚を仕切った(682万円の損失)上,ガソリン売玉10枚を建てた。
(キ) 平成13年6月29日にFが被控訴人に電話をかけて取引を止めると伝えたところ,Dは「取引をやめるには1か月くらいかかる」旨を話した。そこで,Fは消費生活センターに相談し,紹介してもらった日本商品先物取引協会中部支部に電話をしたところ,控訴人本人からの電話でないとだめだと言われた。そこで,控訴人が同支部に電話をしたところ,同支部の担当者が被控訴人に電話で話をしてくれた。その後,被控訴人の本社管理部の担当者から控訴人に電話があり,同担当者は控訴人に「今日の取引は終わっていますので,週明けにすぐに処理させますから。」と話した。
(ク) 平成13年7月2日には,同年5月30日取引のガソリン買玉30枚のうち残りの10枚を仕切り(247万円の損失),同年6月21日取引のガソリン売玉10枚を仕切り(93万円の損失),控訴人は手仕舞いをした。
(ケ) 控訴人は,平成13年7月5日,被控訴人から297万6600円の返戻金の支払を受けた。
ウ 上記認定事実によれば,平成13年6月18日に控訴人が手仕舞いをしたい旨の意向を示したということや,Dが手仕舞いの意向を無視したとは認められない。
しかしながら,同年6月29日のFからの電話の内容は,従前の経緯に照らすと控訴人の意思を改めて確認する必要があるようなものであったのに,これに対しDが「取引をやめるには1か月くらいかかる」という偽りの説明をし,控訴人の意思も確認しなかったことは,仕切りを回避するためであったと認めるのが相当である。
したがって,控訴人の上記主張は,上記の限度で理由がある。
(2) 控訴人は,①平成13年6月18日にガソリン売玉60枚を仕切り,改めてガソリン売玉30枚を建てたことは,いわゆる売り直しで,手数料を稼ぐ目的で行われた,②同年6月21日にガソリン売玉30枚を仕切り,改めてガソリン売玉10枚を建てたのは,いわゆる売り直しで,手数料を稼ぐことを目的に行われた旨主張する。
上記認定のとおり,控訴人主張の売り直しの事実が認められるところ,当時,控訴人は新たに証拠金を預託することができず,不足預託金は建玉を一部仕切って不足を埋めていくという状態であった。したがって,手数料のみがかかる売り直しをするのであれば,それなりに合理性のある事情が存在する必要があるが,そのような事情があったことや,Dが売り直しの必要性・合理性を控訴人に十分説明したということをうかがわせる証拠はない。
そして,上記認定のとおり,控訴人において建玉を仕切っていく方針であったという事情を考慮すると,上記売り直しは,Dにおいて控訴人の取引が縮小傾向にある中で手数料を稼ぐためにあえて行われたものと推認するのが相当である。
したがって,控訴人の上記主張は理由がある。
13 その他
(1) 控訴人は,本件取引は一任売買である旨主張する。しかし,本件取引が一任売買であると認めるに足りる証拠はない。
(2) また,控訴人は,被控訴人が取組高における委託玉の売り買いの枚数の差に対して,取組高における自己玉の売り買いの数を調整して入れることを通じて,その日の当該商品の取組高における売り買いの数をなるべく近くすることを行っていたことは違法である旨主張する。
しかし,被控訴人自身も商品先物取引を行うことができることを考慮すると,いわゆる向かい玉が直ちに違法であるということはできないのであって,それが顧客に損害を与える意図であるのにその意図を隠して向かい玉をしている場合に例外的に違法となるというべきである。
証拠(甲36~38)によれば,被控訴人の取組高における売り買いが同一に近いものになっていることが認められ,右の事実からは顧客の総体との間において対抗関係にあることは認められるが,この向かい玉の建て方自体から,被控訴人が,控訴人に対し,損害を与える意図を持って上記取引を行ったと認めることはできず,また,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
(3) したがって,控訴人の上記主張はいずれも理由がない。
14 不法行為の成否,過失相殺,損害について
(1) 不法行為の成否について
上記認定のとおり,被控訴人担当者には新規取引者保護違反,違法な両建,不合理な直し売買,仕切拒否といった行為が認められるところ,これらは一連の行為として,本件取引全体を通じて控訴人に対する不法行為を構成するというべきである。
そして,被控訴人担当者の一連の不法行為が,被控訴人の事業の執行につきされたことは明白であるから,被控訴人は民法715条に基づき,本件取引によって控訴人が被った損害を賠償する責任を負う。
(2) 過失相殺について
商品先物取引は極めて投機性の高い取引行為であるところ,上記認定のとおり,控訴人は通常の社会人としての理解力や判断能力を有していたものと認められ,適合性原則違反や説明義務違反の事実は認められないから,控訴人は商品先物取引の危険性については理解していたと考えられること,本件取引のうち控訴人の判断でなされたものも多いと認められること,控訴人は取引の状況(損益の状況)についても認識していながら取引を継続し,損害の発生及び拡大を招いたことが認められる。
これらの点を考慮すると,損害の発生及び拡大については控訴人にも過失があったものといわなければならず,当事者双方の衡平を図るためには,控訴人の過失を3割として,損害額から控除するのが相当である。
(3) 損害について
ア 取引による損害について
控訴人が,本件取引において合計1636万8300円を預託し,297万6600円の返戻を受けたことは当事者間に争いがない。
したがって,控訴人は,上記預託金額から返戻金額を控除した1339万1700円の損害を被っているところ,同損害は,被控訴人の不法行為と相当因果関係のある損害と認められる。
イ 慰謝料について
一般に財産的損害について金銭賠償により損害のてん補がされた場合には,特段の事情がない限り,損害賠償によって慰謝すべき精神的苦痛は発生しないと考えられるところ,上記のとおり控訴人にも本件取引につき慎重さを欠くところがあったと認められることを考慮すると,本件においては,控訴人の慰謝料請求を認容するまでの事情があると認めることはできない。
ウ 過失相殺後の損害額について
上記のとおり,控訴人が本件取引により被った損害は1339万1700円であるところ,同損害額から控訴人の過失3割を控除すべきものである。
したがって,控訴人が請求できる損害額は,937万4190円となる。
エ 弁護士費用について
本件事案の概要,損害認定額等諸般の事情を考慮すると,本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,90万円とするのが相当である。
オ まとめ
以上によれば,控訴人が被控訴人に対して請求できる損害額は1027万4190円及びこれに対する平成13年7月2日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金となる。
第4結論
よって,以上と結論を異にする原判決を変更することとし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 青山邦夫 裁判官 坪井宣幸 裁判官 田邊浩典)