大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成16年(ネ)185号 判決 2008年2月28日

控訴人兼附帯被控訴人

(以下「控訴人」という。)

A山松子

他1名

上記両名訴訟代理人弁護士

鈴木五十三

同上

古賀正義

同上

吉川精一

同上

海渡雄一

同上

原正治

同上

加藤高規

同上

一井泰淳

同上

山本晋平

同上

尾野恭史

同上

山口広

同上

北村明美

被控訴人兼附帯控訴人

中華航空股file_3.jpg有限公司

(以下「被控訴人中華航空」という。)

代表者代表取締役

魏幸雄

日本における代表者

何漢業

訴訟代理人弁護士

伊佐次啓二

同上

大林研二

同上

大林由美

同上

山下淳

同上

村松里実

訴訟復代理人弁護士

和田圭介

被控訴人

エアバス・エス・アー・エス

(旧商号エアバス・ジー・アイ・イー)

(以下「被控訴人エアバス」という。)

代表者取締役業務執行者

トマス・エンダース

訴訟代理人弁護士

林田謙一郎

訴訟復代理人弁護士

野田雅生

同上

成瀬圭珠子

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴人らの予備的請求に基づき、被控訴人中華航空は、各控訴人に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成六年四月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人らのその余の予備的請求をいずれも棄却する。

四  被控訴人中華航空の附帯控訴に基づき、原判決の控訴人らに関する部分のうち、被控訴人中華航空に対し各控訴人に四七九一万四四三四円に対する平成一六年二月二七日から支払済みまでの年五分の割合による金員の支払を命じた部分を取り消す。

五  上記取消しに係る控訴人らの請求をいずれも棄却する。

六  被控訴人中華航空のその余の附帯控訴を棄却する。

七  控訴人らと被控訴人中華航空との間において生じた訴訟費用は、一、二審を通じて、これを三分し、その二を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人中華航空の負担とし、控訴人らと被控訴人エアバスとの間において生じた控訴費用は、控訴人らの負担とする。

八  この判決の第二項及び第七項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求める裁判

一  控訴の趣旨

(1)  原判決中控訴人らに関する部分を次のとおり変更する。

被控訴人らは、各控訴人に対し、連帯して、七七九一万四四三四円及びこれに対する平成六年四月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  訴訟費用は、一、二審を通じて、被控訴人らの負担とする。

(3)  仮執行宣言

二  予備的請求(控訴人らの固有の慰謝料の請求)

(1)  F3の慰謝料に関する予備的請求

被控訴人らは、各控訴人に対し、連帯して、三〇〇万円及びこれに対する平成六年四月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2)  G3子の慰謝料に関する予備的請求

被控訴人らは、各控訴人に対し、連帯して、三〇〇万円及びこれに対する平成六年四月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  附帯控訴の趣旨

(1)  原判決中、控訴人らに関する被控訴人中華航空の敗訴部分を取り消す。

(2)  上記取消しに係る控訴人らの請求をいずれも棄却する。

(3)  訴訟費用は、一、二審を通じて、控訴人らの負担とする。

第二事案の概要等

一  事案の概要

本件は、被控訴人エアバスが製造し、被控訴人中華航空が所有・運行するA三〇〇B四―六二二R型B一八一六旅客機(以下「本件事故機」という。)が、一九九四年(平成六年)四月二六日、台北国際空港発名古屋空港行き中華航空一四〇便として、乗客二五六名及び乗員一五名を乗せて、目的地の名古屋空港に向けて着陸降下中、同日午後八時一五分四五秒(日本標準時。以下、同様とする。)ころ、同空港誘導路付近着陸帯内に墜落して機体が大破し、乗客二四九名及び乗員一五名が死亡し、乗客七名が負傷する等した事故(以下「本件事故」という。)について、死亡した乗客F3及び同G3子(以下「被害者F3ら」ということがある。)の相続人である控訴人らが、それぞれ、本件事故機の運行者である被控訴人中華航空に対し、国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約を改正する議定書(一九六七年(昭和四二年)条約第一一号(以下「ヘーグ議定書」という。)により改正されたものを「改正ワルソー条約」と、改正前のものを「改正前ワルソー条約」といい、これらを併せて「ワルソー条約」という。)一七条、一八条による損害賠償又は不法行為に基づく損害賠償として、本件事故機の製造者である被控訴人エアバスに対し、不法行為に基づく損害賠償として、連帯して、各一億四二一九万六七七九円及びこれに対する本件事故後である一九九四年(平成六年)四月二七日から支払済みまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

原審は、被控訴人中華航空に対し、各控訴人について、損害賠償金四七九一万四四三四円及びこれに対する一九九四年(平成六年)四月二七日から支払済みまでの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を命じ、被控訴人中華航空に対するその余の請求及び被控訴人エアバスに対する請求をいずれも棄却したことから、控訴人らが控訴の趣旨記載の限度で控訴をし、被控訴人中華航空が附帯控訴をした。なお、控訴人らは、それぞれ、当審において、予備的に固有の慰謝料合計六〇〇万円及びその遅延損害金の支払を求める請求を追加した。

二  争いのない事実等及び争点

次の三のとおり付け加えるほか、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」の「一」及び「二」記載のうち控訴人らに関する部分のとおりであるから、これを引用する。

なお、原判決書九頁一六行目の「離陸し、」の次に「愛知県西春日井郡豊山町所在の」を加える。

三  当事者が当審において追加又は敷衍した主張

(1)  被控訴人中華航空の責任について(被控訴人中華航空の主張)

ア オートパイロットを接続した者の特定について

事故調査報告書では、事故調査委員会によるCVR等の科学的な分析の結果によっても様々な可能性があるため、オートパイロットを接続した者の特定はされていない。したがって、機長が手動による着陸を意図していた、ゴーアラウンドモードの解除を指示していたとの前提に立って、あるいは、機長が副操縦士に操縦輪を押し下げることを繰り返し指示していたことから、副操縦士がオートパイロットを接続したと認定することに合理的根拠はない。

イ 副操縦士に本件事故機が墜落する危険性の認識があったか否かについて

①事故調査報告書によれば、副操縦士はオートパイロットを解除した一四分三九秒にはゴーアラウンドモードに接続されていることを知ったとはいえるが、それ以前のどの段階でこれに気付いていたかは不明であること、②運行マニュアルやシュミュレーター訓練を根拠に副操縦士がオートパイロットに反して操縦輪を押す行為がアウトオブトリムを招く危険な行為であると認識していたということはできないこと、③操縦輪の重さだけではアウトオブトリムを認識することはできないこと、④アウトオブトリムの発生が即墜落の危険の発生ではないことからすれば、副操縦士に本件事故機が墜落する危険性の認識はなかったというべきである。

(2)  オーバーライドによる自動解除における危険性のトレードオフについて

ア 被控訴人エアバスの主張

(ア) 控訴人らの主張する「一定レベルの力が操縦輪に加わって初めてオートパイロットが解除される設計」には他の危険性が伴う。

すなわち、オートパイロットを解除するために必要な大きさの力で操縦輪を押していないためオートパイロットが解除できないという可能性が生じ、ハードオーバー又はオートパイロットの故障を含む緊急事態において、解除のためにより長い時間がかかる可能性が生じる。

また、解除のために必要な力を大きくすることは、解除後の過大なコントロールインプットによるPIO(pilot induced oscillation、操縦士が機体を安定させようと操縦する結果発生する操縦士の意思に反した機体の動揺)を引き起こし、コントロールを喪失する危険性を増加させる。

さらに、待ち時間(コントロールインプットに対するシステム応答の遅れ)は、PIO、操縦士エラー、インシデント及び事故と大いに関連している。

なお、自動解除の設定においてオートパイロットが解除されるために必要な力を大きく設定した場合にも、例えば、一五kgの力というのは、運航乗務員が操縦席に出入りする際に操縦輪にぶつかった場合、シートベルトをしていない運航乗務員が乱気流に遭遇して操縦輪にぶつかった場合などにも生じる程度の力であり、意図せずオートパイロットが解除される危険性がある。

したがって、いかなる設計を選択しようとも常に「危険性のトレードオフ」がある。

(イ) 具体的には、MD―一一型機においては、オートパイロットの接続中に、操縦輪に約五〇ポンド(約二二kg)の力を加えると、オートパイロットが解除される設計となっている。また、同型機においては、弱い力でも手動による機体のピッチのコントロールをすることができるようになっている。その結果、MD―一一型機の操縦士が、オートパイロットを解除するために必要な入力をすると、オートパイロットが解除されるや否や、機体をオーバーコントロールすることになってしまう。そして、実際、乱気流又は操縦士の不注意によるオートパイロットのオーバーライドによって、機体のオーバーコントロールが引き起こされ、いくつかの事故及びインシデントが発生している。

例えば、一九九七年(平成九年)六月八日、日本航空のMD―一一JA八五八〇号機が香港啓徳国際空港から名古屋空港に向けて飛行中、三重県志摩半島上空高度一万七〇〇〇フィートで、機体の急激な動揺により、客室乗員一名が死亡し、他の一三名が負傷する事故(以下「一九九七年の事故」という。)が発生した。これは、操縦士が、MD―一一型機のオートパイロットを不注意なオーバーライドにより解除したことによるものである。

上記事故及びその他のインシデントからすれば、MD―一一型機の設計は、他の複雑な「人間―機械システム」の設計と同様に、矛盾する安全のニーズ間でのトレードオフの例を示すものといえる。

なお、MD―一一型機のピッチが他の航空機よりも不安定であるために、上記のような問題を発生しやすくし、問題発生時の混乱をより重大なものとする可能性があるかもしれないが、そのことは、本件設計とは別の設計を採用した場合における「危険性のトレードオフ」の例としてMD―一一型機を挙げることの妥当性を失わせるものではない。

本件事故において、また、他の多くの事故やインシデントにおいてもそうであったが、操縦士は、困難な状況においてはオートパイロットに大幅に依存しているものである。したがって、操縦士の明示的な命令なくしてオートパイロットが解除される設計を採用することには、注意が必要である。

(ウ) 操縦輪に対する手動入力がある程度(例えば、一秒以上)の時間継続したときに、オートパイロットが解除されるような設計は、被控訴人エアバスの知る限りでは存在しない。

一秒の待ち時間(入力の実行の遅れ)は、重大な危険性を伴い、的確な操縦を妨げる可能性がある。また、一般的に、コントロールの待ち時間は、操縦士に機体より「遅れて」いることを強いることになり、結果として不正確な埋め合わせの行動(例えば、オーバーコントロール)を生じさせてしまう可能性がある。一九九七年の事故は、そのような「遅れの危険性」を示す事故でもある。

イ 控訴人らの主張

(ア) MD―一一型機の一九九七年の事故に関して、被控訴人エアバスは、「危険性のトレードオフ」、あるいは、手動操作による入力によってオートパイロットが自動的に解除される設計に本質的に伴う特定の危険性を例証するものと主張する。

しかし、一九九七年の事故の原因は、オートパイロット解除時のオーバーコントロールによる機体の乱高下にあり、これはMD―一一型機が縦安定性を欠いているという同型機の設計固有の問題であり、被控訴人エアバスの主張するような本質的な「危険性のトレードオフ」の問題ではない。このような縦安定性の欠如は、水平尾翼の小型化、後方CGコントロール(燃料を移送して、機体の重心を後方に保つ機能)によって飛行性能の改善が図られたが、その反面、高空における縦安定が弱くなるという弱点を抱えるに至ったMD―一一型機固有の問題である。その根拠として、同種事故がMD―一一型機だけに集中して発生しており、他の機種には発生していないことが挙げられる。

MD―一一型機の場合、オーバーライドによってオートパイロットが自動的に解除されるのではなく、オーバーライドの結果、「自動操縦装置の指示する昇降舵の舵角から、実際の舵角が許容量を超えて変位したことにより」、オートパイロットが解除される設計となっており、必然的に、解除が相対的に遅れる構造になっている。そして、そのために機体のバランスが崩れてからオートパイロットが解除されるという危険な事態となる。解除が相対的に遅れるという意味で、MD―一一型機とエアバスA三〇〇系列機は、同様の特徴を持っており、一九九七年の事故は、むしろ、本件事故と類似性を持っているといえる。

MD―一一型機の設計自体に問題があるという議論は、一九九七年の事故の事故調査報告書にもないし、その刑事事件においても誰からもされていない。事故調査委員会は、一九九七年の事故に関して「自動操縦をオーバーライドした結果ディスコネクトしても、急激な機体の姿勢変化をもたらさないよう、自動操縦装置を設計変更すること」やオートパイロットが解除されたことを乗員に知らせる警報装置の搭載は勧告したが、オートパイロットの解除そのものを見直すべき旨の勧告はしていない。

一九九七年の事故においては、操縦士は、オーバーライド後には自らが航空機を操縦している、すなわち、オートパイロットが解除されたことを認識していた。したがって、被控訴人エアバスが、オーバーライドによってオートパイロットが解除される設計の危険性として指摘してきた「操縦者が意図しないで操縦輪に接触し、誤ってオートパイロットが解除された場合の事故」でないことは明らかである。

また、このようなオートパイロットを解除された場合に急激な機体の姿勢変化が生じるというMD―一一型機の問題は、オーバーライドにより解除された場合だけでなく、操縦士がスイッチによって解除したときにも起こり得る問題である。現に、類似事故は、オーバーライドによる解除の場合だけでなく、スイッチによる解除の場合にも発生している(一九九六(平成八年)年七月一三日)。この点においても、被控訴人エアバスの主張する「オートパイロットの操縦輪の操作による解除にはスイッチによる解除にはない危険性がある」という議論を裏付ける事故でないことは明白である。

よって、一九九七年の事故は、手動操作による入力によってオートパイロットが自動的に解除される設計の安全性について問題を提起したものではないし、控訴人らが提案する代替的設計(オーバーライドによってオートパイロットが解除される設計)に何らかの危険性があることを示唆したものでもない。むしろ、オーバーライドしても、その操作の結果としてオートパイロット装置の指示する昇降舵の舵角から実際の舵角が許容量を超えるまでオートパイロットが解除されない設計(ある意味で、このような設計は、オーバーライドしてもオートパイロットが解除されないA三〇〇―六〇〇型機の本件設計と類似しているともいえる。)の問題といえる。

したがって、被控訴人エアバスの主張は、失当である。

(イ) 自動解除の設計において、オートパイロットが解除されるために必要な力を強く設定した場合にも、意図せずオートパイロットが解除されてしまう危険性があるとしても、手動入力がある程度の時間(例えば、一秒以上)持続した場合に初めてオートパイロットが解除されるという設計を選択することによって、上記危険性と本件設計の内包する「機体がアウトオブトリムに至る危険性」の両方の危険性をなくすことができる。

(3)  技術通報による改修の義務付け

ア 控訴人らの主張

航空機製造会社には航空機の安全確保の第一次的な責任があり、各国の航空安全当局の規制は、航空機製造会社や航空会社の情報を集めて、後見的、二次的に行われるものであるから、被控訴人エアバスは、本件設計の改修を記載した技術通報を発行するに当たっては、緊急性が最も高い「Mandatory」にするなど確実に改修がされるように措置すべきであったし、そうすることは極めて容易であった。

被控訴人エアバスは、一九九三年(平成五年)六月の技術通報六〇二一によって、飛行制御コンピューターの改修の適用が、「Mandatory」でされても、改修には一定の時間がかかるので、本件事故を未然に防ぐことはできなかった可能性があるなどと主張する。しかし、耐空性改善命令はきわめて重大な命令であり、このような命令を受ければ、多くの航空会社は直ちに対応するのが通常である。上記改修はほとんど手間のかからないコンピュータープログラムのロジックの変更に過ぎず、改修に時間を要するものではない。さらに、仮に改修が遅れたとしても、耐空性改善命令が出されておれば、操縦士は、機体の問題点をより深く知ることができたはずである。

イ 被控訴人エアバスの主張

本件事故に先行する三件のインシデントを回避するために必要であったのは適切なエアマンシップのみであったから、飛行制御コンピューターの改修に関する技術通報が「Mandatory」でされる必要はなかった。そして、被控訴人エアバスは、技術通報を「Mandatory」に区分してこれを強制する権限を有する耐空性当局より改善命令を受けなかったことから、一九九三年(平成五年)六月の技術通報六〇二一を「Recommended」として発行したものである。また、仮に、上記技術通報によって、飛行制御コンピューターの改修の適用が、緊急性が高い「Mandatory」としてされたとしても、通常、改修期間は二年間あり、改修には一定の時間がかかるので、本件事故を未然に防ぐことはできなかった可能性がある。

(4)  損害

ア 控訴人ら

(固有の慰謝料)

控訴人らは、名古屋空港において、異常かつ悲惨な被害者F3らの死体に対面したが、この時、被害者F3の体躯は「燻製」状態となっており、その子である控訴人らにも、これが被害者F3の遺体であると判別することができない状態であった。そのため、死体の心臓から僅かな血液を採取し血液型で被害者F3と死体の同一性を確認するなどして、両親と対面したのである。このような控訴人らの精神的苦痛は、誠に甚大かつ深刻なものであったというべきである。

したがって、控訴人らは、それぞれ、民法七一一条に基づき、被害者F3らの死亡について、肉親としての固有の慰謝料請求権を有しており、その慰謝料額は、各被害者につき三〇〇万円が相当である。

よって、被害者F3らの慰謝料として認定される額が少なく、認容額が本件控訴において求める額に達しない場合には、その限度で、控訴人らは、予備的に、被控訴人らに対し、上記固有の慰謝料の支払(遅延損害金の支払を含む。)を求める。

イ 被控訴人中華航空の主張

否認ないし争う。

ウ 被控訴人エアバスの主張

不知ないし争う。

(5)  弁済の提供

ア 被控訴人中華航空

(ア) 被控訴人中華航空は、原判決後、一審原告らから、原判決において認容された金員全額の支払を求められた。そして、被控訴人中華航空と二〇〇四年(平成一六年)一月一六日当時の本件の全控訴人は、同日、被控訴人中華航空において原判決の確定前に原判決により支払を命じられた金員全額を支払う旨の合意をし、被控訴人中華航空は、その支払をすべく準備をしていたが、控訴人A山松子及び同B川太郎を含む数名から、同年二月一三日になって、上記合意に基づく金員の受領を拒否する旨の通知があった。そこで、被控訴人中華航空は、同月二六日、やむなく、当時の控訴人のうち、上記拒絶通知をしなかった者にのみ、上記合意どおりの支払をした。

(イ) したがって、被控訴人中華航空は、控訴人らに対し、同月二七日以降の履行遅滞の責めを負わず、遅延損害金の支払義務を免れる。

イ 控訴人ら

上記アを明らかには争わない。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所は、控訴人らの請求は、(1)被控訴人中華航空に対し、被害者F3らの相続人として、損害賠償金、各四七九一万四四三四円及びこれに対する一九九四年(平成六年)四月二七日から二〇〇四年(平成一六年)二月二六日までの民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、(2)被控訴人中華航空に対し、固有の慰謝料として各一〇〇万円及びこれに対する一九九四年(平成六年)四月二七日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、次の二ないし五のとおり付け加えるほか、原判決「事実及び理由」中の「第三 争点に対する判断」の「一」ないし「六」記載のうち控訴人らに関する部分のとおりであるから、これを引用する。

二  争点(2)(被控訴人エアバスに対する訴えの国際裁判管轄の有無)について

(1)  原判決書二〇四頁一八行目及び同頁一九行目の「名古屋」をいずれも「愛知県西春日井郡豊山町」と改める。

(2)  同二〇六頁二一行目の「一私人たる」の次に「被害者F3らの相続人である」を加える。

(3)  同二〇九頁四行目の末尾の次に、行を改め、次のとおり加える。

「 そして、法例(平成一一年法律第一五一号による改正前のもの。)一一条一項の「その原因たる事実の発生したる地」には、当該不法行為による損害の発生地も含まれると解すべきであるから、本件には日本法が適用されることになる。」

三  争点(3)(被控訴人中華航空のワルソー条約一七、一八条に基づく責任)について

(1)  原判決書二一八頁六行目の「後方乱気流が気になったため、」を削る。

(2)  同二一九頁六行目の末尾の次に「副操縦士は、スラストレバーの前方への動きを抑えながら、オートスロットル解除ボタンを押したもので、一四分一二秒の時点では、既に、オートスロットルは解除されていた。」を加える。

(3)  同二二二頁二二行目の「このとき」から同頁二五行目の末尾までを「このとき、本件事故機の出力は、アルファフロア機能により最大出力に達しつつあり、水平安定板は―一二・三度、昇降舵は一四・一度で、深刻なアウトオブトリムの状態であった。」と改める。

(4)  同二二五頁一行目の「難い。」の次に、次のとおり加える。「このことは、機長が、副操縦士に対し、午後七時五一分ころから、外を見て、(計器は)スピードメータだけ見て着陸すればよい旨述べ、一四分二〇秒に「君見て、外を見て外を。」と指示し、その後、一四分二三秒、一四分四一秒及び一四分四三秒に繰り返し操縦輪を押すように指示していること、当時は天候が良く視程も十分であり、滑走路も視認できていたことからして手動での着陸が可能な状況にあり、機長が一四分一六秒以降も手動による着陸を意図していたと推認されることからも裏付けられる。なお、機長は、ゴーアラウンドモードを解除してランドモードに切り替え、フライトディレクターのILSの指針等を参考に進入を続けることを意図していたものと推認できる。」

(5)  同頁一五行目の「極めて不自然であって、この点からも」を「極めて不自然であり、上記のとおり、その前後の言動から、機長は手動による着陸を意図していたと考えられること、オートパイロットを接続するに先立ち、モードの確認・指定をするのが通常の操作手順であることからも」と改める。

(6)  同頁二二行目の末尾の次に、次のとおり加える。

「なお、一四分一二秒から一八秒前後のDFDRにおけるスラストレバーの位置がわずかではあるが移動していることから、一四分一二秒の機長の指示から一四分一八秒にオートパイロットを接続するまでの時間的余裕を考えれば、副操縦士は、まず、ランドモードを選択するためランドモードのスイッチを押した後、一旦、手をスラストレバーに戻し、さらに、オートパイロットを接続した可能性が考えられるので、副操縦士がオートパイロットの接続をすることは可能であった。

機長は、目視による外の確認に気を奪われ、あるいは手動による着陸に固執していたためか、副操縦士の操縦の結果隆下経路に戻りつつあったためか、副操縦士に対する指示によってゴーアラウンドモードが確実に解除されたか否かを確認することを怠り、また、後にフライトモード表示器の表示によってゴーアラウンドモードになっていることについては認識したものの、オートパイロットが接続されていることについては認識できておらず、さらには、副操縦士において腕が伸びきった状態で操縦輪を押し続けているという、その操縦姿勢の意味するところを理解していなかったものであり、操縦状況及び機体の状態を正確に把握することなく、副操縦士に対し操縦輪を押すよう指示し続けていたものと推認される。」

(7)  同二二六頁一五行目の末尾の次に、次のとおり加える。

「なお、副操縦士がゴーアラウンドモードでオートパイロットを接続した後に、操縦輪を押し続けるとの矛盾した、不合理な操作をしているのは、副操縦士が上記のとおりゴーレバーを作動させた上、ゴーアラウンドモードを解除することができず、降下経路をはずれてしまい動揺していたこと、副操縦士は、当時、PF(Pilot Flying、操縦を担当している操縦士)であったが、ゴーレバーを作動させた一四分五秒以降、PNF(Pilot Non Flying、操縦を担当していない操縦士)である機長から次々と操縦・操作に関する指示・指摘を受けていたため、操縦に関する業務分担が不明確になり、PFとしての主体性を失い、機長の指示するまま操縦していたことによるものと認められる。」

(8)  同頁一七行目の末尾の次に、行を改め、次のとおり加える。

「 事故調査報告書の作成に関わった元調査官吉川壽一は、その作成した陳述書(乙二八、二九)において、オートパイロットを接続したのは機長であるとし、その前提となる事実について、事故調査報告書とは異なり、①一四分一八秒に機長が「おれ、LAND MODE押したよな?」という発言をした、②一一分二六秒に副操縦士は「インタラブション」と発言しており、ILSがpopoise(計器着陸の電波障害)を起こしてILSに従ってオートパイロットで着陸するのが適当な状況ではなかった、③一四分四九秒の副操縦士の「教官、Auto Pilot Disengageしました」との発言が、正確には「教官、Auto Pilot Disengageしますよ」であるとしている。しかし、副操縦士の「インタラブション」との発言を除き、上記発言や電波障害を裏付ける適切な証拠がないこと、上記発言に係るCVRの翻訳・解釈について台湾当局等が異議を述べていないことを考慮すると、上記陳述書の記載は採用できない。」

(9)  同二三〇頁一七行目の末尾の次に、次のとおり加える。

「なお、副操縦士は機長の指摘を受けて、一四分三四秒にランドモードに変更しようと、ランドモードスイッチを操作しているが、既に一四分一八秒ころにランドモードスイッチを操作してもゴーアラウンドモードを解除できなかったのであるから、上記操作によってもゴーアラウンドモードを解除できなかったことを認識していたものと推認できる。したがって、副操縦士が一四分三〇秒ころ以降、ランドモードになっていると誤って認識していたということはできない。」

(10)  同頁二〇行目の末尾の次に、次のとおり加える。

「なお、シミュレーションの結果によれば、一五分二〇秒ころまで、的確にトリム操作をすることなどにより、リカヴァリーは可能であった。」

(11)  同二三一頁六行目の「事項である」の次に、次のとおり加える。

「(操縦士が絶え間なく力を加えなければならないことは、航空機がアウトオブトリムの状態にあることを示しており、これは望ましくない状態であるので即刻是正されなければならない。したがって、操縦士は、力がなくなるまでトリムを動かすことになる。正確にトリムすることは正確な飛行の鍵である。したがって、アウトオブトリムの状況及びトリムの技術は、操縦レッスンの正に第一課から教えられ、操縦資格を有する者であれば当然に体得している。)」

(12)  同頁一六行目の「本件事故前に」を「本件事故前の一九九一年(平成三年)六月に」と改める。

(13)  同二三四頁末行の「(前記a(b))、」の次に「仮に、運航マニュアルの記載ではどのような場面でオーバーライドすべきかの判断に迷うことがあるとしても、オーバーライドをするとアウトオブトリムになることは明らかであり、その点では」を加える。

(14)  同二三五頁六行目の末尾の次に、次のとおり加える。

「この点、被控訴人中華航空は、上記シミュレーター訓練の際に交付されたチェックシートは一九九一年のインシデントに関する追加項目が入っていない改訂前のものであるから、同シミュレーター訓練では上記インシデントを考慮した訓練はされていない旨主張する。しかし、上記シミュレーター訓練は一九九一年のインシデントにも対応したものであり、訓練を請け負っていたアエロフォーメーション社の教官が使用したチェックシートには、ゴーアラウンド時のオートパイロットの使用に関連して「ゴーアラウンドにおけるオートパイロットの誤用」の項目が設けられ、実施欄に「+」マークが記入されていることからすれば、副操縦士は上記インシデントを考慮した訓練を受けていたものと認められる。」

(15)  同二三五頁一〇行目の末尾の次に、行を改め、次のとおり加える。

「 また、被控訴人中華航空は、アウトオブトリムの発生が即墜落の危険の発生ではないことからすれば、副操縦士に本件事故機が墜落する危険性の認識はなかった旨主張する。しかし、副操縦士は、着陸のための進入時においてオートパイロットに対する指示と矛盾し、かつ、操縦輪が異常に重い状態で、約三〇秒間にわたりこれを押し続けたのであるから、深刻なアウトオブトリムになること、その場合に墜落の危険のある状態に至ることを十分認識していたというべきである。トリム操作などによりリカヴァリーの余地があったからといって、副操縦士の発生させた本件事故機の状態に墜落の危険がなかったとはいえない。」

(16)  同二三六頁二行目の「挽回しようと、」の次に「自らがPF(操縦担当操縦士)であるのにPNF(操縦を担当しない方の操縦士)である機長(本来、PFの行動のクロスチェックを確実に行い、機体の状態、PFの操縦状況を正確に把握しておくべき立場にあったが、本件事故当時は、これを怠り、正確に把握していなかった。)の指示するままに」を加える。

四  争点(5)(被控訴人エアバスの責任)について

(1)  原判決書二三九頁八行目の「とっさの行使」の次に「(あるいは、その後のオートパイロットを解除すべきか否かを判断するのに必要な短い時間)」を加える。

(2)  同二四一頁二行目の「判断すべきである」の次に、次のとおり加える。

「(なお、機長はもちろん、副操縦士も、訓練された資格のある操縦士であり、機長及び副操縦士は、操縦士の資格のほか、特定の型式の商業用航空機を運航するための訓練を受けた後に当該型式の航空機の機長、副操縦士となる。したがって、本件の機長及び副操縦士も、A三〇〇―六〇〇型機の機長、副操縦士として訓練を受けた後、同型機の機長、副操縦士として、その運行に従事していたものである。)」

(3)  同二四三頁一一行目の末尾の次に、行を改めて、次のとおり加える。

「 さらに、A三〇〇―六〇〇の運航マニュアルには、「異常時及び緊急時における操作」の章において、機体姿勢に関して異常な反応がある場合には、直ちに、「操縦輪を持ち、トリムホイールをしっかり持ち、トリムホイールを用いて必用なトリムを行い、両方のピッチトリムレバーが作動したことを確認すること」と記載されており、この操作により、オートパイロットは解除されて水平安定板の変位の原因が除去されるとともに、アウトオブトリムの状況が修正されることが期待されている。」

(4)  同二四八頁四行目の末尾の次に、行を改め、次のとおり加える。

「 また、上記設定によって「意図せずにオートパイロットが解除されてしまう危険性」を回避しようとすることには、他の危険性が伴う。

すなわち、オートパイロットを解除するために必要な強さの力で操縦輪を押していないため解除できない危険性、ハードオーバー(故障による暴走)又はオートパイロットの故障を含む緊急の状況において解除のためにより長い時間がかかるという危険性を生じさせる。

さらに、解除のために必要な力を強くし、あるいは、解除までに一定の時間を要する設定にすることは、解除後の過大なコントロールインプットによるPIO(Pilot Induced Oscillation、操縦士が航空機を安定させようと操縦する結果発生する操縦士の意思に反した機体の動揺)を引き起こし、コントロール喪失の危険性を増加させる。

その具体的な例として、一九九七年(平成九年)六月八日、日本航空のMD―一一JA八五八〇号機が、香港啓徳国際空港から名古屋空港に向けて飛行中、三重県志摩半島上空高度一万七〇〇〇フィートでオートパイロットが解除されたことにより、機体が急激な上下動を繰り返し、その結果、客室乗務員一名が死亡し、他の一三名が負傷した事故(一九九七年の事故)がある。MD―一一型機においては、オートパイロットの接続中に、操縦輪に約五〇ポンド(約二二kg)以上の力を加えると、オートパイロットが解除される設計となっており、また、MD―一一型機では、手動による機体のピッチのコントロールを弱い力でもすることができる設計になっている。その結果、MD―一一型機の操縦士が、オートパイロットを解除するために必要な入力をすると、オートパイロットが解除されるや否や、機体をオーバーコントロールすることになる。なお、MD―一一型機のピッチが他の航空機よりも不安定であることは、上記の問題を悪化させ、また、問題を発生しやすくするというに止まり、一九九七年の事故の「危険性のトレードオフ」の事例としての妥当性に影響を及ぼすものではない。

また、MD―一一型機のオートパイロット・エレヴェーター・コマンド・リスポンス・モニター機能は、オートパイロットに指定されたピッチと実際の昇降舵の位置の不一致に応答して、差が四度の場合でそれが一秒間続くときに、オートパイロットの解除を命令するものである。そのため、操縦士が、オートパイロットと反する操縦輪の操作をし、上記機能によって、突然オートパイロットが解除されると、同時に操縦士の操縦輪の操作の効果に対する抑制もなくなり、機体の急激な上下動をもたらすことになる。したがって、この機能によって、緊急事態への対応の遅れやPIOによるコントロール喪失の危険性が増加する可能性はあり、一九九七年の事故は「危険性のトレードオフ」の事例といえる。」

(5)  同二四九頁二五行目の末尾の次に、次のとおり加える。

「さらに、解除に時間を要して、緊急事態への対応の遅れやPIOによるコントロール喪失の危険性が増加することを防止することも困難である。」

(6)  同二五〇頁六行目の末尾の次に、行を改めて、次のとおり加える。

「 なお、オートパイロットの自動解除に関連して、事故調査報告書は、日常の範囲で使用することの少ない機能については、その使用時に的確な対応がとれない可能性がある、特に緊急時・異常時のストレスの高い条件下においては人間の思考力が制限されるので、これを考慮したAFS(自動飛行システム)の在り方について検討を行うべき旨勧告しているが、勧告内容は抽象的であり、基本的なパイロット養成訓練課程に緊急時の対応の訓練を組み込むといった対応も考えられることからすれば、上記勧告の存在が本件設計の瑕疵を裏付けるものとはいえない。」

(7)  同頁二一行目末尾の次に、行を改め、次のとおり加える。

「 被控訴人エアバスが本件事故前から製造・販売していたA三二〇型機については、当初から、サイドスティックに力を加えることによりオートパイロットが解除される設計になっている。しかし、それは、A三二〇型機では、オートパイロットが解除されても機体が一定のエンベロープ(飛行包囲線、仰角、速度、高度の飛行領域)を超えないように十分プロテクトされていることから、操縦を引き継いだ際の突然の飛行姿勢や速度の変化を回復する負担や墜落等に至る危険性もコンピューターによって回避できることによる。なお、A三二〇型機は主操縦翼面にもフライバイワイヤー(操縦系統から機械的部分を取り除き、操縦をワイヤ(電線)を介しての電気信号のみで行う。)による制御がされている機体であって、コンベンショナルな制御(操縦輪等の動きをケーブル等の機構を介して油圧作動機構に伝えて操縦翼面を動かす方式)が採用されているA三〇〇―六〇〇型機とは基本設計が異なることから、本件設計について同一に論じることはできない。」

(8)  同二五二頁一四行目の「運転姿勢」を「操縦姿勢」に改め、同頁二二行目の末尾の次に、行を改め、次のとおり加える。

「 なお、控訴人らは、ビジュアルトリムインジケーター(水平安定板の位置を示す。)やトリムホイール(縞模様のマーキングが施されており、水平安定板の作動につれて回転する。)は、操縦士の視野に常時あるものではなく、特に夜間は認識し難いものであり、また、的確に水平安定板の位置を操縦士に認識させるものではないから、これらが、警告として不十分であることは、過去の三件のインシデントからも明らかであり、また、副操縦士の「教官、やっぱり押し下げられません。」との発言は、深刻なアウトオブトリムになった後のものであるから、機長が副操縦士の上記発言を聞いたとしても、その聴覚からの警告は、イントリムを回復するにはあまりにも遅く、警告として十分ではない旨主張する。

しかし、上記のとおり、操縦輪が重いということはアウトオブトリムを知らせる直截的で有効な方法であり、副操縦士の「教官、やっぱり押し下げられません。」との発言の時点では、本件事故機のトリム操作等によるリカヴァリーは可能であった。そして、ビジュアルトリムインジケーター及びトリムホイールの回転などは補助的方法であるから、視野に常時あるものではないからといって視覚上の警告として有効性が失われるわけではない。なお、トリムホイールは回転音を発するし、着陸に備えて規則的に計器のチェックをしていれば、その際にビジュアルトリムインジケーター及びトリムホイールが視野に入ることになる。

また、控訴人らは、A三〇〇―六〇〇型機の開発時には、水平安定板の作動警報として、オートパイロットの場合もウーラー音が鳴るように設計されていたから、水平安定板の作動を知らせるウーラー音は必要であった旨主張する。

確かに、被控訴人エアバスは、A三〇〇―六〇〇型機の開発時には、水平安定板の作動警報として、オートパイロットの場合もウーラー音が鳴るように設計していた。ところが、英国CAAは、被控訴人エアバスに対し、一九八〇年(昭和五五年)に、水平安定板の作動警報は故障の可能性があるトリムの動作を乗員に知らせるためだけに作動するようにすべきである、それがオートランドフレア(自動着陸中の機首上げ状態)中に作動し続けるのであれば故障の警告としての価値は乏しく、かえって危機状態にある乗員の行動を妨げる可能性があるとの指摘をした。すなわち、オートランドフレア中は、トリムは高い頻度で入力され、水平安定板は頻繁に作動するので、オートランドフレア中の水平安定板の作動警報は減少されるべきであると求めた。これに応じて、被控訴人エアバスは、オートパイロットのモードがCMDである時のウーラー音を完全に削除した。その理由は、①オートパイロットの場合は常にトリム操作が行われているから、通常の状態(異常でない、故障の可能性がない状態)でもウーラー音が鳴ることになり、警告音としての意味がないこと、②また、着陸又はゴーアラウンドなどにおいては一定時間継続して水平安定板が作動し、しかもその作動方向が一定しているので、閾値(threshouidvalue)を設定しても、着陸又はゴーアラウンド中にウーラー音が誤って鳴り出す可能性があること、③多数の警報音を発生させ、多数の警報装置をコックピットに設置することになると、乗員は警報装置に反応しない結果をもたらすことになることにある。したがって、水平安定板の作動を知らせるウーラー音がないことには合理性がある。また、本件においては、副操縦士の上記発言にもかかわらず、機長において的確な対応をしていないことからすると、聴覚上の警報装置があったとしても有効であったとはいえない。

警告装置に関連して、事故調査報告書は、水平安定板がアウトオブトリムになった場合における「警告・認識機能の在り方について、検討を行うこと」を勧告している。その理由は、それが本件事故の原因の一つだからというものであり、その勧告内容からしても、オートパイロット時にも作動する水平安定板の作動警報を設定していなかったことが瑕疵に当たるとまで指摘するものと解することはできない。

なお、元調査官吉川壽一の作成した陳述書(乙二九)には、英国CAAからの要請は存在しなかったとの推測が記載されているが、上記証拠に照らし、採用できない。」

(9)  同二五二頁末行の末尾の次に、行を改め、次のとおり加える。

「(7) 安全確保義務について

ア 控訴人らは、被控訴人エアバスは、航空機の設計製造において操縦士による誤った操作をも考慮に入れた上で航空機の安全を確保する義務を負っていた旨主張する。

そこで、検討するに、本件設計自体、操縦士による誤った操作も考慮した上で設計されており、これに欠陥がないことは前記(4)(5)のとおりである。

他方、本件設計を採用することによって生じる危険性、解消されない危険性や把握しきれていない危険性が存在し得るのであるから、航空機製造会社であり、前記(3)のとおり航空機の安全性確保に責任のある被控訴人エアバスには、これらの危険性に対処するため、航空会社や操縦士に危険性に関する情報を提供するなどして、残された危険性の発生を予防すべき義務があるといえる。

そして、前記三(3)イ(イ)a、五(2)カのとおり、被控訴人エアバスは、先行する三件のインシデントに対応して、その発生後に各航空会社に対してインシデントの概要を報告し、一九八八年(昭和六三年)三月に飛行制御コンピューター(FCC)の改修の提供したほか、一九九一年(平成三年)一月に本件事故機の運航マニュアルを改定し、ランドモード又はゴーアラウンドモードでオートパイロット接続中に縦方向にオーバーライドするとアウトオブトリムとなって危険な状態に至るおそれがある旨の注意書を「CAUTION」という表題の下に追加している。

また、同年六月に技術通報六〇二一とともに発行した運航マニュアル速報では、オーバーライドについての背景情報を提供した上で、ゴーアラウンドモードで操縦士が操縦輪を押せば、機体は異常なピッチアップ角に達し失速する旨、及び、オートパイロットが解除されていない状態では、制御システムを操作して機体の飛行経路を変更しようと試みないようにとの注意を記載している。

さらに、操縦士のシュミレーター訓練において、一九九一年のインシデントを考慮して、「ゴーアラウンド演習、ゴーアラウンドにおけるオートパイロットの誤用」という項目を提供して、それが訓練されるようにしている。

そうすると、被控訴人エアバスにおいて、上記予防義務を果たしたというべきである。

そうであるにもかかわらず、本件事故が発生したのは、前記三のとおりであって、本件乗員らに通常予測できないような異常で無謀な行為があったためであるから、被控訴人エアバスとしては、このような異常で無謀な行為の発生まで考慮に入れて航空機の安全を確保すべき義務を負うとはいえない。

本件事故機は副操縦士が操縦していたが、着陸時という非常に危険な場面であったにもかかわらず、機長は、副操縦士の操縦状況を適切にチェックしておらず、指示も「それ」といった不明確なものであった。他方、副操縦士は、オートパイロットを接続するに際しては、コールアウトして、その操作を機長に行わせるべきであったが、これを自ら行い、しかも、そのことを機長に告げていない。このように、本件事故は、航空機の操縦に際して不可欠な、二人の操縦士間のクロスチェック、コールアウトを欠く状態(コミュニケーションを欠く状態)の下で、操縦を担当している副操縦士が、自らは航空機を正常にコントロールできていないにもかかわらず、状況を正確に把握していない機長の指示するまま操縦輪を押し続けたことにより生じたものである。そして、このことは、航空機の操縦における最も基本的なルールに反しており、それが本件事故の最大の原因である。

したがって、控訴人らの上記主張は、採用できない。

イ ところで、控訴人らは、本件事故前である一九九三年(平成五年)六月に出された技術通報六〇二一の改修(その内容は、ゴーアラウンドモードにおいても、対地高度四〇〇フィート以上で、操縦輪に縦方向へ一五kg以上の力を加えた場合、オートパイロットが解除されるようにするというものである。)の必要性を被控訴人エアバスは把握していたから、その改修が航空会社によって直ちに確実に実施されるよう「Mandatory」にするなどの措置を講ずるべきであったと主張する。

しかし、本件設計には欠陥があったといえないことは前示のとおりであり、先行する三件のインシデントにおいては基本的な操縦知識及び技能に従ってトリム操作が行われたことによって危険が回避されたこと、調査当局から被控訴人エアバスに対して一九八九年のインシデントについては、オーバーライドする危険について提供すべき情報の改善について勧告があったものの、飛行制御コンピューターの改善については何らの勧告もされていないことから、被控訴人エアバスに上記改修を直ちに確実に実施されるようにする義務があったとまで認めることはできない。

また、技術通報を「Mandatory」に区分してこれを強制する権限を有するのは耐空性当局であって被控訴人エアバスではないし、上記のとおり、被控訴人エアバスにおいて耐空性当局に対し「Mandatory」とすることを求めるべき状況にはなかった。

したがって、控訴人らの上記主張は採用できない。

ウ なお、仮に、一九九三年(平成五年)六月の技術通報六〇二一によって、飛行制御コンピューターの改修の適用が「Mandatory」でされていたとしても、その改修期間は二年間とされた可能性が高いこと(本件事故後の一九九四年(平成六年)八月に発行された改修を「Manda-tory」とする耐空性改善命令でも改修期間は二年間とされた。)、技術通報六〇二一について被控訴人中華航空には改修の対象となる機体は六機あり、被控訴人中華航空では飛行制御コンピューターを改修するためには、これをシンガポールにあるSEX-TANT AVIONIQUE ASIA PTELTD社に送付して改修を依頼することになっていたところ、同社が技術通報六〇二一の改修が可能な態勢を整えたのは一九九三年(平成五年)九月であり、実際に航空会社からの依頼で改修作業が開始されたのは同年一二月であったことからすると、技術通報六〇二一が「Mandatory」としてされていたとしても、本件事故機の改修が一九九四年(平成六年)四月までに実施され、本件事故を未然に防ぐことができたとはいえない。

また、オーバーライドするとアウトオブトリムとなる危険性については、運航マニュアルやシュミュレーター訓練等で周知されていたところであるから、技術通報が「Mandatory」としてされたからといって、操縦士の認識に特段の差異が生じたとはいえない。」

五  争点(6)(日本居住被害者の損害)について

(1)  原判決書三二五頁二行目の末尾の次に、行を改め、次のとおり加える。

「 《証拠省略》によれば、控訴人らは、名古屋空港において、被害者F3らの死体と対面したが、この時、被害者F3の体躯は「燻製」状態となっており、その子である控訴人らにも、これが被害者F3の遺体であると判別することは困難な状態であり、死体の心臓から僅かの血液を採取し血液型により被害者F3と死体の同一性を確認したこと、控訴人B川太郎は被害者F3らと同居して生活し、控訴人A山松子は近くで生活し、その経営する飲食店を手伝ってもらったり、子らの面倒をみてもらうなどして両親から援助を受けていたものであり、控訴人らは、そのような両親を一度に失ったことによる著しい喪失感にとらわれていることが認められ、その精神的苦痛の大きさが窺われる。したがって、控訴人らに対しては、両親を失ったことにより被った精神的苦痛について固有の慰謝料を認めるべきであり、その額は、各控訴人について、一〇〇万円をもって相当と判断する。」

(2)  同三三〇頁五行目の「(7)」を「(8)」と改め、同頁四行目の末尾の次に、行を改め、次のとおり加える。

「(7) 弁論の全趣旨によると、被控訴人中華航空は、原判決後、一審原告らから、原判決において認容された金員全額の支払を求められたため、被控訴人中華航空と二〇〇四年(平成一六年)一月一六日当時の本件の控訴人らは、同日、被控訴人中華航空において判決確定前に原判決で支払を命じられた金員全額の支払をする旨合意し、被控訴人中華航空においてその支払のための準備をしていたが、控訴人らを含む数名は同年二月一三日、上記合意に基づく金銭の受領を拒絶する旨被控訴人中華航空に通知したこと、そのため、被控訴人中華航空は、同月二六日、上記通知をしなかった当時の控訴人らに対しては、上記合意どおりの支払をしたこと、上記支払請求、合意及び支払は、弁護士である控訴人らの訴訟代理人が関与してされたものであり、控訴人らによる受領拒絶も控訴人ら訴訟代理人の了承の下にされたことが認められる。

そうすると、被控訴人中華航空は、同月二六日の他の控訴人らに対する支払の際に、控訴人らに対し弁済の提供をしていないが、控訴人らからあらかじめ拒絶があったことから、口頭の提供も要しなかったものと認めるのが相当であり、被控訴人中華航空は、控訴人らに対し、各四七九一万四四三四円に対する同月二七日以降の民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務を免れるというべきである。」

(3)  同頁六行目の「別紙」から同頁一〇行目の「である」までを「控訴人らに対し、各四八九一万四四三四円、うち各四七九一万四四三四円に対する不法行為の結果発生後である一九九四年(平成六年)四月二七日から二〇〇四年(平成一六年)二月二六日までの民法所定年五分の割合による遅延損害金、うち各一〇〇万円に対する」と改める。

第四結論

よって、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、控訴人らの予備的請求は一部理由があるから、その限度でこれを認容し、その余の予備的請求をいずれも棄却し、本件附帯控訴に基づき原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条、六五条一項本文、六四条本文、六一条を、仮執行の宣言につき同法三一〇条本文をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡久幸治 裁判官 戸田彰子 加島滋人)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例