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名古屋高等裁判所 平成16年(ネ)191号 判決 2004年10月28日

控訴人兼附帯被控訴人(1審被告)

株式会社ジップベイツ(以下「控訴人」という。)

同代表者清算人

同訴訟代理人弁護士

柴田肇

大塚公美子

被控訴人兼附帯控訴人(1審原告)

X(以下「被控訴人」という。)

同訴訟代理人弁護士

後藤潤一郎

西野泰夫

小林明博

北折大地

主文

1  本件控訴及び本件附帯控訴(請求の拡張部分を含む。)をいずれも棄却する。

2  控訴費用は,控訴人の負担とし,附帯控訴費用は,被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  控訴の趣旨

ア 原判決中,控訴人の敗訴部分を取り消す。

イ 被控訴人の請求を棄却する。

ウ 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

(2)  附帯控訴に対する答弁

ア 本件附帯控訴を棄却する。

イ 附帯控訴費用は,被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

(1)  控訴の趣旨に対する答弁

ア 本件控訴を棄却する。

イ 控訴費用は,控訴人の負担とする。

(2)  附帯控訴の趣旨

ア 原判決主文第3項を次のとおり変更する。

イ 控訴人は,被控訴人に対し,500万円及びこれに対する平成16年1月23日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

ウ 訴訟費用は,第1,2審とも控訴人の負担とする。

エ この判決は,原判決主文第1項及び上記イに限り,仮に執行することができる。

第2事案の概要

1  本件は,控訴人との間で労働契約を締結した被控訴人が,控訴人及びバスデイ株式会社(代表取締役A,以下「バスデイ」という。)に対し,<1> 労働契約上の地位の確認を求めるとともに,<2> 平成13年3月以降の賃金(毎月翌月1日を支払期限とする。)の支払,<3> 本件紛争をめぐる控訴人(代表者)の行動が違法であり,不法行為に当たるとして,不法行為に基づき,慰謝料300万円及びこれに対する遅延損害金(平成13年3月21日から民法所定の年5分)の支払を求めた(なお,被控訴人は,控訴人とバスデイとは,役員の構成が同一であり,控訴人は,バスデイの販売子会社として設立され,事務所所在地も同一で,両者の従業員が渾然一体となっているため,バスデイと控訴人がともに雇用責任を負うべきであるとして,上記両名に対して上記金額を請求した。)ところ,控訴人が,被控訴人の解雇〔平成13年2月20日の即時解雇(本件即時解雇),本件訴訟係属中の(懲戒)解雇等〕を主張し,これに対し,被控訴人が,上記解雇は解雇権の濫用であると主張して争った事案である

原審は,控訴人との関係で,控訴人による解雇が無効であるとして,<1> 労働契約上の地位を確認するとともに,<2> 平成13年7月1日以降の未払給与月額51万8625円の限度で被控訴人の請求を認容したが,その余の給与請求(上記<2>の残部)及び不法行為に基づく損害賠償請求(上記<3>)をいずれも棄却し,バスデイとの関係では,被控訴人の雇用者と同視することはできないとして,その請求を棄却したため,控訴人がこれを不服として控訴し,被控訴人が附帯控訴して,慰謝料金額を500万円及びこれに対する遅延損害金(不法行為後の平成16年1月23日から商事法定利率年6分)に拡張した(なお,被控訴人のバスデイに対する請求は当審における審理の対象とならない。)。

2  争いのない事実,争点及びこれに対する当事者の主張は,次項において原判決を訂正し,4項において当審における主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」2,3(1)ないし(4),4(1)ないし(4)のとおりであるから,これを引用する。

3  原判決の訂正

(1)  原判決2頁24行目(労判本号<以下同じ>46頁右段19行目)の「解雇の意思表示」を「本件即時解雇以外の解雇の意思表示」と改める。

(2)  原判決3頁1行目(46頁右段24行目)の「被告らの行為により」を「控訴人の行為は不法行為といえるか。その結果」と改める。

(3)  原判決4頁25行目(47頁左段38行目)の後に行を改めて,次を加える。

「 被控訴人には,以下の解雇事由が認められるのであり,控訴人のした解雇は,権利の濫用とはいえない。」

(4)  原判決6頁6行目(47頁右段32行目)の後に行を改めて,次を加える。

「 被控訴人には,以下のとおり,解雇事由は認められず,控訴人がした本件即時解雇は,権利の濫用である。」

(5)  原判決4頁25行目(47頁左段38行目)から6頁5行目(47頁右段31行目)までの「被告らの主張」と6頁6行目(47頁右段32行目)から7頁20行目(48頁左段39行目)までの「原告の主張」の順序を入れ替える。

(6)  原判決7頁1行目(48頁左段12行目)の「社会相当性」を「社会的相当性」と,17行目(48頁左段33行目)の「事されに」を「ことさらに」とそれぞれ改める。

(7)  原判決8頁1行目(48頁左段48行目)の「300万円」を「500万円」に改める。

(8)  原判決8頁2行目(48頁右段1行目)の後に行を改めて,次を加える。

「(控訴人の主張)

争う。」

4  当審における主張

(1)  従前から控訴人が主張する解雇事由等について

ア 控訴人

(ア) 控訴人は,平成14年5月24日付け準備書面により「平成13年7月24日付け準備書面の解雇事由を補充する」旨記載し,また,平成15年4月4日付け準備書面では,上記解雇事由を補充,整理して主張しているものであるが,これらは,いずれも,控訴人が,平成13年2月20日の解雇(本件即時解雇)とは別の独立した解雇の意思表示をしたものである。

(イ) 控訴人は,本件の各解雇事由について,次のとおり補充する。

a 詐欺について

被控訴人の詐欺行為の中には,自己の散髪代を出張旅費とした上,領収証の金額を「3,360円」から「13,360円」に改ざんしたもの(<証拠省略>)まであり,詐欺罪及び私文書変造罪を構成する可能性が極めて強く,労働者としては到底許されない悪質な行為であって,解雇を正当化するに十分である。

b 労務提供義務違反について

被控訴人は,遅くとも平成13年6月1日以降現在に至るまで2年10か月の長きにわたって出勤せず,控訴人に対し,全く労務を提供していないが,被控訴人の申請にかかる仮処分によって,控訴人に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることが仮に定められ,かつ,毎月51万8625円もの多額の金員の支払を仮に受け得ることとなったのであるから,被控訴人の労務の不提供に合理的な理由が何ら存在しないことは疑問の余地がない。したがって,被控訴人には,労務提供義務違反があるというべきである。

c 欠勤事由等の報告義務違反について

被控訴人の欠勤は,上記のとおり,2年10か月の長きに及んでおり,かつ,控訴人が被控訴人の欠勤事由に疑問を呈していたのであるから,被控訴人は,労働者として,しかるべき回数と方法により欠勤事由を控訴人に報告すべき義務があるというべきであり,被控訴人は,これを全く怠っているもので上記報告義務違反があることが明らかである。

d 傷害について

被控訴人が,平成13年6月21日に行った控訴人代表者に対する傷害行為は,いわば労使交渉の中で敢行されたものであって極めて悪質である。

e 体調不良又は疾病について

紛争の一方当事者である控訴人が,労働契約上の地位確認等仮処分命令に不服を申し立て,被控訴人の雇用契約上の地位を争うことと被控訴人の体調不良又は疾病とは無関係であり,仮に関係があるとすれば,控訴人が同仮処分命令に対する抗告を取り下げた後の欠勤は,被控訴人の体調不調又は疾病が重いとの推認を受けることになる。

イ 被控訴人

いずれも争う。

(2)  新たな解雇について

ア 控訴人

控訴人は,累積赤字が増大し,営業を継続することが困難になったため,平成16年3月31日開催の株主総会決議により解散し(<証拠省略>),同日,被控訴人を含む従業員3名全員に対し,上記解散に伴って解雇する旨の意思表示をし,同意思表示は,同年4月1日,被控訴人に到達した(<証拠省略>)。

したがって,控訴人と被控訴人との間の労働契約は,上記同日終了した。

なお,控訴人が,現在,清算中であり,いまだ清算を結了していないこと,控訴人の従業員3名のうち被控訴人以外の2名の者が,上記解散後に,バスデイに雇用され,就労していることは認める。

イ 被控訴人

控訴人は,平成16年3月31日に控訴人(会社)を解散したと主張するが,控訴人が被控訴人を職場から排除したいとの意思は,平成13年2月以降連綿として存在し,控訴人のその姿勢は完全に一貫している。

ところで,会社の解散と解雇とはもともと別個の問題であり,解散が有効であるからといって解雇が当然有効になるものではない。すなわち,会社の解散の場合であっても,その解雇の当否についてはいわゆる権利濫用法理の適用が認められるべきである。

控訴人の解散は,原審判決(平成16年1月23日言い渡し)を受けて,同年3月1日に過去の未払分給与等の精算(約400万円)を求めて上記判決に基づく強制執行(仮執行)した直後(同月31日)になされたものであり,被控訴人を会社から放逐して金銭負担から逃れるための究極の手段として選択されたことが明らかである。そして,控訴人の従業員3名のうち,被控訴人のみがバスデイに雇用されていないこと(被控訴人を排除する意思と容易に推認される。),控訴人とバスデイとはもともと緊密な親子会社であり,控訴人は,解散後もバスデイの「事業部」として,対外的にはジップベイツ製品の販売元を変更したという以外何ら変動がないこと,被控訴人は,労働組合名古屋管理職ユニオンの組合員であり,当初から当該組合と控訴人の解雇問題について団体交渉ないし接触の実績があり,労働組合の存在を了解しているところ,今般の解雇については,労働組合名古屋管理職ユニオンに対し,一切事前協議もなければ,事後の接触もないことから,控訴人の解散を理由とする解雇の意思表示は,被控訴人を排除するために,あるいはそれを主たる動機としてなされたものと考えられ,かかる事情でなされた解雇は,権利の濫用であって違法,無効というほかない。

(3)  控訴人(代表者)の不法行為による被控訴人の損害について

ア 被控訴人

控訴人は,速やかな紛争解決を求めている被控訴人に対し,数多くの意味不明な主張や請求を繰り返し,しかも,明らかに違法な「懲戒解雇」との主張や請求を持ち出しており,これらの控訴人の姿勢は,訴訟における主張の自由の範囲を故意に逸脱したものである。加えて,「懲戒解雇」の事由として主張された事実は,被控訴人の犯罪行為の嫌疑を内容としたものであり,被控訴人を刑事告訴しないことと引換えに被控訴人に対し降伏を迫るなど,主張事実の行使方法においても適切さを欠いており,これら控訴人の一連の行為は,被控訴人に対する(懲戒)解雇の無効の判断によっては救済されない権利の侵害を目的としたものであり,独立の不法行為になるというべきである。

そして,被控訴人は,控訴人に雇用されてわずか1年程度で解雇処分を受けるという不利益の下で,世帯主として家族内の不安を一手に受け止める立場に置かれ,自らも抑うつ病に罹患し,この苦痛や苦悩,怒り,そして絶望感と隣り合わせの生活を余儀なくされたもので,この被控訴人の精神的苦痛を慰謝するには,500万円が相当である。

イ 控訴人

争う。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,控訴人が原審において主張した解雇は,解雇権の濫用であり,また,当審において新たに主張した解散を理由とする解雇も,解雇権の濫用であり,無効であるが,解雇をめぐる一連の控訴人の行動等が不法行為を成立させるものとまではいえないと判断する。その理由は,次項において原判決を訂正し,3項において当審における主張に対する判断を付加するほか,原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」1ないし4のとおりであるから,これを引用する。

2  原判決の訂正

(1)  原判決8頁17行目(48頁右段22行目)の「本件訴訟後」を「本件訴訟提起後」と改める。

(2)  原判決9頁1行目(48頁右段36行目)の「<証拠省略>」を「<証拠省略>」と,7行目(48頁右段43行目)の「名古屋屋管理職ユニオン」を「名古屋管理職ユニオン」とそれぞれ改める。

(3)  原判決11頁2行目(49頁右段13行目)の末尾に次を加える。

「すなわち,使用者の解雇権の行使も,それが客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められない場合には,解雇権の濫用として無効となるものであり(なお,平成15年法律第104号による改正後の労働基準法18条の2参照),被控訴人は,上記解雇権の濫用を主張するので判断する。」

(4)  原判決13頁10行目(50頁左段44行目)の「管理職ユニオンのa」を「管理職ユニオンa」と,12行目(50頁左段47行目)の「診断書の通」を「診断書のとおり」と,13行目(50頁左段48行目)の「貰いた旨」を「もらいたい旨」とそれぞれ改める。

(5)  原判決14頁11行目(50頁右段33行目)の「原告の」から14行目(50頁右段36行目)の「いうことはできない」までを「被(ママ)控訴人に対しては,上記のとおり,抑うつ神経症の診断書(<証拠省略>)が提出されており,控訴人からの一方的な出勤命令も被控訴人の復帰後の勤務条件等につき交渉中であって,かかる交渉が誠実に行われずに,一方的な出勤命令に応じずに職場復帰しなかったことをもって,直ちに労務提供義務違反としての解雇につき,客観的に合理的な理由があるとはいえず,社会通念上相当であると認められない。」と改める。

(6)  原判決14頁17行目から18行目(50頁右段41行目)の「解雇を正当化するに足りる事由とは認められない。」を「上記傷害を理由に解雇することにつき,合理的な理由があるとはいえず,社会通念上相当であると認められない。」と改める。

(7)  原判決14頁25行目(51頁左段1~2行目)の「検討する。」を「,これが客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないかどうか検討する。」と改める。

(8)  原判決15頁12行目(51頁左段18行目)の「<証拠省略>」を「<証拠省略>」と,19行目(51頁左段26~27行目)の「取締役(被告ら代表者の妻)」を「取締役(B常務,なお,平成12年8月以降は控訴人代表者の妻)」とそれぞれ改める。

(9)  原判決16頁4行目(51頁左段42~43行目)の「原告が本来」から6行目(51頁左段45行目)までを「被控訴人の提出した領収書に本来個人で負担すべき性質のものが存在しているとしても,出張中にかかった費用のなかには領収書等の存在しないものがあり,上記領収書の存在のみをもって,これに記載された金額を出張費の名目で詐取したものと直ちに断定することはできず,さらにこれを理由に解雇することは,客観的に合理的な理由があるとまではいえず,社会通念上相当であると認められない。」と改める。

(10)  原判決17頁4行目から5行目(51頁右段28行目)の「不自然な点はなく,」の次に「また,Cも同旨の陳述をしていること(<証拠省略>)に照らしても,」を加える。

(11)  原判決17頁23行目(52頁左段4行目)の「3360個」を「3660個」と改める。

(12)  原判決18頁15行目(52頁左段29行目)の後に,行を改めて,次を加える。

「(エ) 以上によれば,控訴人の主張する上記解雇事由を検討するも,控訴人の解雇権の行使については,客観的に合理的な理由を欠き,社会通念上相当であると認められないといわざるを得ず,控訴人による本件即時解雇は無効である。」

(13)  原判決18頁25行目(52頁左段43行目)から19頁1行目(52頁左段46行目)までを削除する。

3  当審における主張に対する判断

(1)  従前から控訴人が主張する解雇事由等について

ア 控訴人は,平成14年5月24日付け及び平成15年4月4日付け各準備書面の解雇事由の記載により,本件即時解雇とは別の独立した解雇の意思表示をしたものであると主張する。

一般に,当事者は,準備書面において,訴訟行為(攻撃防御方法)としての事実上若しくは法律上の主張を行うとともに,訴訟の相手方当事者に対して実体法上の意思表示を行うことは可能であるというべきである。しかしながら,実体法上の意思表示は,これにより単に当該訴訟手続内において,攻撃防御方法としての一定の法的効果を生じさせるものにとどまらず,その訴訟手続を離れても,実体法上の法的効果を生じさせ得るものであるから,その意思表示は明確になされる必要があり,訴訟行為としての事実上若しくは法律上の主張とは区別して,実体法上の意思表示を行うことを明確に記載する必要があるというべきである。

これを本件についてみると,控訴人の主張する上記各準備書面においては,「被告ら(控訴人及びバスデイ)は,原告(被控訴人)についての本件訴訟前の懲戒解雇事由を次のとおり補充して主張する」あるいは,「被告(控訴人)の主張」として,詳細な解雇事由及び解雇事由の合理性を記載するものであって,解雇の意思表示を行う旨の記載はない(裁判所に顕著である。)。そうすると,上記記載は,単に,攻撃防御方法として解雇事由の主張をするものと認められ,実体法上の解雇の意思表示もしたものとは解されない。したがって,控訴人の上記主張は採用できない。

イ 次に,控訴人の主張する各解雇事由について検討する。

(ア) 詐欺について

確かに,出張旅費の精算をするに当たり,本来,出張と関係のない自己の散髪代の領収書を提出したり,その金額を改ざんすることが許されるものではないことは当然である。しかしながら,控訴人においては,営業担当者が出張する際には,概算で出張に要する経費を仮払いしておき,後日,領収書等の金額とその後過不足分を精算する方法をとっていた。しかしながら,支出した金額についてすべての領収書等が揃わないことが多かったことから,不明朗な精算を行っていたために,平成12年8月以降は,控訴人代表者の妻(乙山常務)が経理を担当して管理するようになった(原審控訴人代表者,原審被控訴人本人)が,当時としては,その経費の支出が責任問題となったことなどの事情はうかがえず,本件における訴訟の経過においても,平成12年12月18日の被控訴人の退職勧奨を契機として行われた管理職ユニオンaとの交渉においても,上記の件は問題とされていなかったこと,控訴人の主張する金額も比較的少額であることなどを考慮すると,被控訴人にその弁明の機会等を与えずに直ちに解雇するのは,客観的に合理的な理由があるとはいえず,社会通念上相当であると認められない。また,仮に,上記領収書の金額の改ざんが行われたとすれば,これも許されないことは当然であるが,上記の事情を考慮すると,上記と同様に客観的に合理的な理由があるとまではいえず,社会通念上相当であると認められないといわざるを得ない。したがって,控訴人の上記主張は採用できない。

(イ) 労務提供義務違反について

原判決の認定のとおり,被控訴人は,平成13年6月1日以降出勤しておらず(現在まで出勤していないことは弁論の全趣旨により認められる。),控訴人に対し労務を提供していない。しかし,他方で,被控訴人は,本件即時解雇の通知以降,本件の一連の紛争により抑うつ神経症との診断を受け(<証拠省略>),管理者ユニオンaと控訴人との交渉も円満に進まず,仮処分や本件の訴訟経過において,控訴人から新たな解雇事由が追加主張されるとともに,懲戒解雇を主張されたことなど,本件の一連の経過(特に控訴人側の訴訟遂行の対応)に照らすと,控訴人の出勤命令に従って出勤したとしても,真に被控訴人を受け入れる勤務態勢が控訴人側にできていたものか否かは大いに疑問であり,かかる状況において,被控訴人が結果的に労務を提供していないからといって,これをもって,解雇につき客観的に合理的な理由があるとはいえず,社会通念上相当であると認められない。したがって,控訴人の上記主張は採用できない。

(ウ) 欠勤事由等の報告義務違反について

控訴人は,被控訴人の欠勤が長期間に及んでおり,労働者として欠勤事由を控訴人に報告すべき義務があると主張する。しかしながら,前記のとおり,控訴人と被控訴人との本件の訴訟における対立状況は明白であり,管理職ユニオンaとの交渉においても,被控訴人を受け入れる勤務態勢の整備を要求されていたものであって,これに対する配慮を全く行わず,形式的に欠勤事由等の報告がないことをもって,客観的に合理的な理由があるとはいえず,社会通念上相当であると認められない。したがって,控訴人の上記主張は採用できない。

(エ) 傷害について

被控訴人が控訴人代表者との労使交渉において,同人に傷害を負わせたことは,原判決の認定のとおりである。

確かに,被控訴人の上記行為は,許容できるものではないものの,控訴人代表者との交渉がはかどらず,いらいらした気持ちから出たもの(机を蹴った)であり,一方的に,被控訴人側に非があるものともいえないこと,また,ことさら控訴人代表者を傷つけることを意図して行ったものではなく,その傷害の程度も加療約7日間と比較的軽微であることなどからすれば,上記傷害行為を理由として解雇することは,客観的に合理的な理由があるとはいえず,社会通念上相当であると認められない。したがって,控訴人の上記主張は採用できない。

(オ) 体調不良又は疾病について

控訴人は,被控訴人の欠勤が被控訴人の体調不良又は疾病を推認させるものであり,解雇事由になると主張するが,これが解雇事由になるとはいえないことは,原判決の認定〔原判決「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」3(2)(ウ)〕のとおりである。

(2)  新たな解雇について

ア 控訴人と被控訴人との間の雇用契約は,法人である控訴人が会社として営業を継続していることを前提とするものであることは自明のことであり,法人としての控訴人自体が消滅する場合には,もはや雇用関係を継続する基盤がなくなるものといえるから,これが解雇事由になり得ることはいうまでもない。しかし,単に従業員を解雇するためなどの目的から濫用的に会社の解散が行われ,これを理由として解雇がなされた場合には,それらの事情が認められる限り,客観的に合理的な理由があるとはいえず,社会通念上相当であると認められないから,解雇権の濫用として,解雇の無効を主張し得るものと解される。

イ 争いのない事実のほか,証拠(<証拠・人証省略>)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,バスデイの販売部門との位置づけから平成12年1月12日に設立されたこと,控訴人とバスデイとは,その所在地及び代表者(いずれもA)は同じであり,監査役を除くその他の役員構成も同一であり,また,経理関係も一体として処理されていたこと,控訴人は,平成16年1月23日に原審の判決を受け,同年2月4日に本件控訴を提起し,同年3月25日付けで控訴理由書を提出しているが,控訴人の解散(予定)については何らの記載もなかったこと(控訴人の解散については,被控訴人には一切事前に連絡などはなかった。),控訴人は,同月31日,株主総会の決議により解散し,同年4月2日にその旨の登記を了した後,同月7日に清算人Aが名古屋地方裁判所豊橋支部に対して商法418条に基づき会社解散の届出を了したこと,控訴人の従業員は,被控訴人を含めて3名であるが,被控訴人以外の2名の従業員はバスデイにそのまま雇用されていること,控訴人が行っていた販売事業はバスデイの「ジップベイツ事業部」として継続されていること(なお,住所,連絡先等には変更がない。<証拠省略>),控訴人の清算手続はいまだ結了していないこと,控訴人は,被控訴人に対し,同年4月1日,控訴人が解散したことを知らせるとともに,これを理由に解雇の意思表示を行ったことが認められる。

ウ 被控訴人は,本件の解雇をめぐるこれまでの一連の経過等から控訴人の前記解散は,被控訴人を解雇するためになされたものであって,解雇権の濫用であると主張する。

前記イの事実によれば,控訴人は,従前バスデイの販売部門として設立され,控訴人とバスデイの経理関係は一体として処理されており,その業務は,わずか3名の従業員によって遂行されていたところ,解散後は,バスデイの「ジップベイツ事業部」としてそのまま引き継がれ,被控訴人以外の2名の従業員はバスデイに解散直後から雇用されていること,被控訴人には控訴人の解散について何ら事前に連絡がなかったことがそれぞれ認められる。控訴人は,解散の理由について,控訴人の業績不振が続き,業務を継続することが不可能となったからであると主張するが,控訴人が解散した平成16年3月31日の時点において,控訴人が業務を継続することが不可能なほどに業績不振であったことを認めるに足りる証拠はなく(証拠の提出がない。),控訴人が,もともとバスデイの販売部門として設立された会社であり,控訴人の解散後も(経理関係を一体とする)バスデイが事業を承継していることからすれば,控訴人の解散の理由が控訴人の主張するとおりであるとはにわかに肯定し難い。上記で検討したところに加え,これまでの本件訴訟を含む一連の経過等からすれば,控訴人が被控訴人を解雇するための方策として,控訴人を解散したものと推認することは十分可能であるというべきである。したがって,被控訴人の上記主張には理由があり,控訴人の解散による被控訴人の解雇は,客観的に合理的な理由があるとはいえず,社会通念上相当であると認められないから,解雇権の濫用というべきであり,被控訴人に対する解雇は無効であるといえる。

(3)  慰謝料請求について

被控訴人は,本件の解雇をめぐる一連の控訴人の行為等が不法行為を構成すると主張するところ,解雇をめぐる雇用者の行為についても,明らかに解雇の事由がなく,そのことにつき雇用者に故意又は過失があるような場合には,不法行為が成立する余地があるというべきである。しかしながら,本件については,前記認定のとおり,控訴人は,本件訴訟の過程において,解雇の事由を複数挙げて主張したものであり,これらの主張が訴訟手続における攻撃防御方法としての主張の範囲を故意に逸脱したものとまで認め得る証拠はない。確かに,控訴人が解雇をめぐる対立関係にある中で,平成14年5月30日付け告訴状(<証拠省略>)を作成し,また,同年11月ころ,被控訴人が賃借している借家(社宅)の解約をする旨の通知(<証拠省略>。但し,通知人はバスデイである。)をしていることなどが認められるが,これらの事実をもって,直ちに,本件の解雇ないしはこれをめぐる一連の控訴人の行為等が不法行為を構成するものとも認められない。

したがって,被控訴人の上記主張は理由がない。

第4結論

以上によれば,控訴人の本件控訴及び被控訴人の本件附帯控訴(請求の拡張部分も含む。)は,いずれも理由がない。

よって,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中由子 裁判官 佐藤真弘 裁判官 山崎秀尚)

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