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名古屋高等裁判所 平成16年(ネ)528号 判決 2005年3月17日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決中、控訴人敗訴部分を取り消す。

(2)  被控訴人の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は、被控訴人が、株式会社A銀行a支店(仕向銀行)に対し、B株式会社の控訴人の当座預金口座(本件口座)に現金66万8780円の振込み(本件振込み、以下、本件振込みにより送金された金員を「本件振込金」という。)を委任したが、振込先を間違ったことに気付き、上記委任を解除して、振込依頼前の状態に戻す、いわゆる組戻しの手続をしたところ、被仕向銀行である控訴人(b支店)が、既に本件振込金が本件口座に入金記帳されていることを理由に組戻しに応じられないとしたため、被控訴人が、被控訴人とBとの間には送金のための原因関係を欠き、本件振込みは錯誤による誤振込みであり、Bの控訴人に対する預金債権は成立しておらず、被控訴人の損失により、控訴人が不当に利得を得ているなどとして、控訴人に対し、不当利得返還請求権に基づき、本件振込金相当額の66万8780円及びこれに対する遅延損害金(返還を請求した日の翌日である平成15年1月11日から支払済みまで商事法定利率年6分)の支払を求めた事案である。

これに対し、控訴人は、仮に、誤振込みであっても、Bの本件口座に振込みがあったときは、同社の控訴人に対する預金債権は有効に成立しており、控訴人には利得が存しない〔なお、控訴人は、Bに対する貸付金債権と同社の控訴人に対する預金債権(本件振込金を含む。)とを対当額で相殺済みである。〕などと主張して争った。

原審は、本件振込みが誤振込みであっても、Bの控訴人に対する預金債権は有効に成立するが、控訴人は、本件振込みが誤振込みであり、被控訴人に返還されるべき不当利得金であることを認識できたことなどから、控訴人のした相殺は、正義、公平の観念に照らして、本件振込金相当額の限度で無効であり、被控訴人の損失により控訴人の利得が生じたとして、被控訴人の本件請求を認容した(なお、遅延損害金については、控訴人が相殺した日に利得が発生したとして、同日以降の部分のみを認容した。)ため、控訴人がこれを不服として控訴した。

2  前提事実は、次のとおり訂正するほか、原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」2のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決2頁16行目の「仕向銀行」から17行目の「得たため」を「いわゆる組戻しの手続の説明を受けたため」に改める。

(2)  原判決2頁17行目の「依頼したが、」を「依頼し、仕向銀行が組戻しの手続をとったが、」に改める。

(3)  原判決2頁21行目の「5月25日」を「2月25日」に改める。

3  争点

控訴人は、法律上の原因なく、本件振込金を利得したものといえるか否か。

4  争点に対する当事者の主張は、次のとおり訂正し、次項において当審における追加主張を付加するほか、原判決「事実及び理由」の「第2 事案の概要」3及び4のとおりであるから、これを引用する。

(1)  原判決3頁23行目の「不当利得の日」を「返還を請求した日の翌日」に改める。

(2)  原判決4頁5行目から6行目にかけて、7行目から8行目にかけての各「電信被向センター」を「電信被仕向センター」にそれぞれ改める。

5  当審における追加主張

(1)  被控訴人

Bは、控訴人に対し、本件振込金について自分のものではないから被控訴人に返還してもらいたい旨の意思表示をしているところ、仮に、控訴人には、上記振込金相当額について、被控訴人に対して返還義務がないとした場合、本件振込金は宙に浮いてしまうことになり、この金員に対する支払請求権はいずれ時効消滅し、控訴人が取得することになる。このような事情の下では、通常の場合、組戻しの手続により本件振込金を被控訴人に返還すべきところ、控訴人がその手続を行おうとすれば行えるのにもかかわらず、これをしないのであるから、他人の金員を保管している者が、理由なく返還しないのと同様の評価がなされるべきであり、少なくとも信義則上控訴人が被控訴人に対して本件振込金相当額を返還すべきである。

(2)  控訴人

争う。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も、控訴人は、被控訴人の誤振込みにより、本件振込金を法律上の原因なく利得しているものであり、被控訴人に対して本件振込金相当額の返還義務を負うものと判断する。その理由は、以下のとおりである。

2  金融機関を利用した振込みは、一般に、銀行(仕向銀行)が振込依頼人から資金を受け取り、その依頼に基づき、受取人の取引銀行(被仕向銀行)の預金口座に資金を入金するよう依頼し、被仕向銀行がこれを受けて受取人の預金口座に入金するものであるところ、振込依頼人から受取人の取引銀行の普通預金口座に振込みがあったときは、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係が存在するか否かにかかわらず、受取人と取引銀行との間に振込金額相当の普通預金契約が成立し、受取人が取引銀行に対して上記金額相当の普通預金債権を取得するものと解するのが相当であり(最高裁平成8年4月26日第二小法廷判決・民集50巻5号1267頁)、この点は、当座預金口座に振込みがあった場合においても同様に解することができる。

他方、上記振込みは、振込依頼人が、仕向銀行に対して仕向銀行と被仕向銀行との間の(受取人の預金口座に入金するための)為替取引を委任する契約であり、振込依頼人は、上記準委任契約を解除し、被仕向銀行から仕向銀行に振込金の送金(返還)手続(いわゆる組戻し)をすることができる。この組戻しについては、振込みの場合には、振込金が受取人の預金口座に入金記帳されるまでは、委任事務が終了しておらず、いつでも組戻しをすることができるが、既に受取人の預金口座に振込金が入金記帳されている場合には、委任事務が終了しているので、原則として組戻しができないものの、受取人がこれを承諾するときには組戻しができるとするのが銀行実務であり、控訴人も同様の取扱いをしている(原審証人甲)。

そして、普通預金は、預金者がいつでも、またいくらでも自由に出し入れをすることができる預金であるのに対し、当座預金は、預金者が銀行に手形・小切手等の支払を委託し、その支払の資金として預け入れる預金であり、当座預金口座に入金された場合には、銀行が手形・小切手等の決済資金として使用できるが、当座取引を終了しない限り、預金者は現金の払戻しを請求することができないものである。

そうすると、振込依頼人が受取人との間の振込みの原因となる法律関係を欠くにもかかわらず、誤って受取人の預金口座に振込みを仕向銀行に依頼し、いわゆる誤振込みにより受取人の被仕向銀行の当座預金口座に入金記帳された場合、原則として、受取人の被仕向銀行の当座預金口座に入金記帳されることにより、振込依頼人と受取人との間の振込みの原因となる法律関係の存否とは関係なく、受取人と被仕向銀行との間に当座預金契約が成立することになり、振込依頼人の誤振込みにより、直ちに被仕向銀行に振込金額相当の利得が生じたものとはいえない。しかしながら、振込依頼人が、誤振込みを理由に、仕向銀行に組戻しを依頼し、受取人も、振込依頼人の誤振込みによる入金であることを認めて、被仕向銀行による返還を承諾している場合には、受取人において、振込依頼人の誤振込みによる入金を拒否(あるいは、上記当座預金口座に記帳された振込金額相当の預金を事実上放棄)する意思表示をするものと解することができ、他方で、被仕向銀行においても、受取人が当該振込金額相当の預金債権を権利行使することは考えられず〔なお、誤った振込みがあることを知った受取人が、その情を秘して預金の払戻しを請求することは、詐欺罪の欺罔行為に当たり、また、誤った振込みの有無に関する錯誤に当たるというべきであるから、錯誤に陥った銀行窓口係員から受取人が預金の払戻しを受けた場合には、詐欺罪が成立する(最高裁平成15年3月12日第二小法廷決定・金融法務事情1697号49頁)。〕、このままの状態では振込金の返還先が存在しないことになり、同銀行に利得が生じたのと同様の結果になること、さらに、被仕向銀行が、誤振込みであることを知っている場合には、銀行間及び銀行店舗間の多数かつ多額の資金移動の円滑な処理の面からの保護を考慮することは必ずしも必要でなく、かつ、振込依頼人と受取人間の原因関係をめぐる紛争に被仕向銀行を巻き込み、対応困難な立場に置くこともなく(なお、受取人、被仕向銀行共に誤振込みであることを知っている場合には、間違って振込みをした者に不利益を負わせるのが公平であるともいえない。)、個別的な組戻し手続をとることを妨げるものではないことからすれば、以上のような場合にあっては、上記のとおり、受取人と被仕向銀行との間に振込金額相当の(当座)預金契約が成立したとしても、正義、公平の観念に照らし、その法的処理において、実質はこれが成立していないのと同様に構成し、振込依頼人が誤振込みを理由とする振込金相当額の返還を求める不当利得返還請求においては、振込依頼人の損失によって被仕向銀行に当該振込金相当額の利得が生じたものとして、組戻しの方法をとるまでもなく、振込依頼人への直接の返還義務を認めるのが相当である。けだし、受取人が、振込金について預金債権を有しないことを認めており、被仕向銀行には組戻しを拒む正当な理由がないのに、誤振込みをした振込依頼人は、受取人に対する不当利得返還請求権(受取人に上記預金債権が成立し、他方、振込依頼人と受取人との間に振込みの原因となる法律関係を欠くことから、受取人に法律上の原因なく利得が生じることになる。)の行使しかできないとすると、受取人としては、常に被仕向銀行に対する預金債権を行使せざるを得なくなり(しかも、当座預金口座の場合には当座取引の終了が必要となる。)、いたずらに紛争の解決を迂遠なものとし、実質的に保護すべき関係にないものを保護する結果となり、無用な混乱を招くものといえる。

3  そこで、本件振込みについて、被控訴人の控訴人に対する不当利得返還請求権が認められるか否かについて検討する。

(1)  前記前提事実(原判示)のほか、証拠(甲1、4、5、乙1ないし3、7、原審証人甲、原審被控訴人代表者)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

ア Bは、平成15年1月6日及び同月7日の2回にわたり手形の不渡りを起こし、控訴人は、同月6日、本件口座を受払停止(口座への電算処理による自動入出金を停止し、個別に手動で入出金を行うための措置)とした。

イ 被控訴人は、同月9日、毎月末締め翌月10日払いの約定による取引先への支払をするための振込みを、インターネットによりA銀行(a支店)に依頼した。その際、被控訴人は、振込先を株式会社C(取引先)と入力すべきところ、誤ってBの本件口座と入力した。

ウ 控訴人は、同月10日午前10時22分ころ、Bが銀行取引停止処分を受けた旨の通知をファックスで受信した。

エ 控訴人は、同日午前11時42分ころ、被控訴人からの上記振込みを個別に手動で本件口座に入金記帳した。

オ 被控訴人は、これより先、同日午前11時過ぎころ、A銀行の通帳で上記振込みを確認したところ、Bへの誤振込みに気付き、同日午後零時ころ、控訴人(b支店)に電話をして、Bの本件口座に誤振込みしたことを話し、どうしたらよいか確認した。そして、被控訴人の上記電話をとった控訴人のロビー営業課課長甲から、誤振込みをした場合には、仕向銀行から組戻しの手続をとることができる旨の説明を受けた。その際、甲は、被控訴人からBの本件口座に振込みがあったか否かの事実関係を調査、確認することはなかった。

なお、甲は、上記確認を受けた際に、被控訴人からその振込先の口座については聞いていない旨供述する(乙4、原審証人甲)。しかしながら、他方で同人は、被控訴人代表者と5分ほど話していたとも供述(原審証人甲)し、また、被控訴人代表者が控訴人に電話した目的は、一般的な誤振込みの場合の事後処理を尋ねるものではなく、A銀行の通帳でBへの誤振込みをしたことに気付き、まさに、誤振込みにより本件口座に入金されたものか否かを確認したかった(原審被控訴人代表者)のであるから、何よりもまず本件口座に入金されたか否かを確認したいと考えるのが自然である。そうすると、単に手続だけを問い合わせたものとは考えにくく(なお、被控訴人が取引のない控訴人に誤振込みの際の一般的な銀行振込みの実務について、相談し、問い合わせるとは通常考えられず、手続だけの問い合わせであれば、仕向銀行に確認すれば足りる。)、上記甲の供述部分はにわかに信用できず、採用できない。

カ 控訴人は、同日午後1時11分ころ、Bの本件口座を強制解約するための手続をとり、当座預金残高を別段預金に振り替えた。控訴人は、同日、Bに対し、本件口座を強制解約する旨の通知を発し、この通知は、翌日、Bに到達した〔なお、手形交換所の取引停止処分を受けたために、控訴人が当座勘定取引を解約する場合には、その通知を発信した時に解約されたものとみなされている(当座勘定規定23条3項)。〕。

キ 被控訴人は、同日午後1時30分ころ、A銀行(a支店)において、本件振込みの組戻しの手続を依頼し、同銀行は、同日午後3時ころ、控訴人に対し、組戻しの手続をしたが、控訴人は、この手続を拒否した。

ク Bは、同年6月26日、本件振込金について何らの権利もなく、控訴人から支払を受ける意思を有しておらず、これを被控訴人に返還してもらいたい旨の確認書を作成している。

(2)  以上によれば、控訴人は、本件口座を受払停止としていたところ、その後、銀行取引停止処分を受けたBの本件口座に被控訴人からの誤振込みがなされ、本件口座に個別に手動で本件振込金を入金記帳した、そして、被控訴人から控訴人に対し、誤振込みである旨の連絡があり、担当者は、本件振込金の返還を受けるための組戻しの手続を説明していたが、被控訴人の依頼による仕向銀行であるA銀行がした組戻しの手続を拒否しているもので、他方、Bは、本件振込金額相当の預金債権について何らの権利を行使する意思はなく、組戻しを承諾していることが認められる。そうすると、本件振込金は、もともと被控訴人の錯誤による振込みにより本件口座に入金記帳されたものにすぎず、控訴人は、入金記帳した直後ころにこの事実を知ったもので、一方、受取人であるBも誤振込みであることを認めて、預金債権として権利行使する意思を有せず、被控訴人に本件振込金の返還を承諾していることからすると、Bと控訴人との間に当座預金契約が成立してはいるものの、控訴人において、本件振込金を受取人の当座預金として預かっている正当な利益を有するものとはいえず、控訴人は、本件振込金相当額の利得を生じたものとして、被控訴人に対し、不当利得返還義務を負うものというべきである。

なお、前記(前提事実)のとおり、控訴人は、本件口座を強制解約し、控訴人のBに対する貸金債権と相殺するために、既に別段預金に振り替え、その後相殺していることが認められるが、上記で検討したとおり、受取人であるBの本件の預金債権は、前記事実関係の下では受働債権とはなり得ないものと解すべきで(行使できない債権である。)、これを相殺に供することはできず、控訴人のした相殺はその効力を生じないというべきである。

(3)  控訴人は、組戻しの依頼があった時点では、本件口座を既に強制解約していたため、組戻しを行うことは手続上不可能であったと主張する。

確かに、本件証拠によるも、本件口座が強制解約された時点と組戻しの手続がなされた時点との先後関係は必ずしも明確ではないが(強制解約の効力がその旨の通知の発信主義によっているとしても、同通知をいつ発信したかは判然としない。)、本件口座を強制解約したからといって、その後の組戻しの手続自体が不可能となるものとまではいえず、また、被控訴人からの不当利得返還請求を妨げる理由となるものではない。

(4)  また、控訴人は、倒産直後の時点で振込みがあった場合、それが誤振込みであるのかどうかを銀行が判断することは実際上不可能であるし、後日受取人の管財人等からその効力を否認されるおそれがあるなどと主張する。

しかしながら、振込依頼人から誤振込みによる組戻しの手続がとられている場合には、少なくとも受取人に誤振込みか否かの確認の手続をとり、受取人も誤振込みであり、これの組戻しを承諾している場合には、組戻しに応じることに何ら問題はなく(上記確認をとることができなければ、組戻しに応じる必要はない。)、さらに、管財人による否認行為の対象は、破産者自身の法律行為(破産財団を減少させる法律行為)であるところ、仮に、受取人(破産者)の上記承諾が否認できたとしても、控訴人(通常は善意である。)には現存利益は存在しないのであるから、何ら不利益な立場に置かれるものではなく、控訴人の上記主張をもっても、前記結論を左右するものではない。

4  したがって、被控訴人の控訴人に対する不当利得返還請求権に基づく本件振込金相当額の支払請求は理由がある。

なお、上記債務については、期限の定めのない債務であり、請求を受けた時より遅滞の責めを負うところ(民法412条3項)、前記前提事実(原判示)のとおり、被控訴人は、平成15年1月15日には内容証明郵便で返還を請求していたことが認められ、同月16日から遅延損害金の支払義務があるものといえるところ、被控訴人においては附帯控訴をしていないので、民訴法304条の不利益変更の禁止の原則に従って、控訴人の本件控訴を棄却することにとどめる。

第4結論

よって、本件控訴は理由がないので、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中由子 裁判官 佐藤真弘 裁判官 山崎秀尚)

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