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名古屋高等裁判所 平成16年(ネ)763号 判決 2005年3月30日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は,控訴人に対し,220万円及びこれに対する平成14年12月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2事実関係

事実関係は,原判決「事実及び理由」欄の第2記載のとおりであるから,これを引用する。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,控訴人の請求は理由がないものと判断するが,その理由は,次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第3記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決14頁14行目と15行目の間に次のとおり付加する。

「 なお,控訴人は,次のような理由を挙げて,本件コンビニにおける防犯ビデオカメラによる撮影,録画は違法であると指摘する。

ア いわゆるプライバシー権は憲法13条の個人の尊厳の一環として十分に尊重されなければならず,とりわけ情報管理技術の発展に伴い官公庁のみならず民間企業や民間団体にまで大量の個人情報が集収・蓄積されている現状では,個人情報の保護を図ることの重要性は国民一般のコンセンサスとなっており,このような社会的状況の下においては,プライバシーの権利を侵害した場合は違法性が阻却されない限り不法行為が成立すると解すべきである。

イ コンビニエンスストアーの店内にいる客の行動を撮影・録画することは,単にその客の肖像権を侵害するというに留まらず,その人がどのような商品に関心を持ち,どのような商品を購入したかということまで記録するという深刻なプライバシー侵害をもたらすものであるから,その違法性が阻却されるか否かは厳密に吟味されなければならない。

ウ コンビニエンスストアーの店内は経営者が不特定多数の客が出入りすることを許容している場所であって,利用客はそこでプライバシー権が侵害されることを甘受しておらず,しかも現代のコンビニエンスストアーは商品の販売に留まらず,公共料金の支払や宅配便の取り次ぎ,銀行のATMの設置等,生活のあらゆるニーズに応える機能を有しており,また24時間営業が常態化していて一種公共的空間を形成しているのであるから,コンビニエンスストアーは顧客が他人に干渉を受けないとの客観的期待を抱いている場所というべきであり,そこにおいてプライバシー権が制限されるいわれはない。

エ 公権力が人の容貌・姿態をその人の承諾なしにテレビカメラで録画することは,たとえそれが犯罪捜査のためであっても,現に犯罪が行われもしくは行われた後間がないと認められる場合ないし当該現場において犯罪が発生する相当高度の蓋然性が認められる場合であり,あらかじめ証拠保全の手段,方法をとっておく必要性及び緊急性があり,かつ,その録画が社会通念に照らして相当と認められる方法で行われるときなど正当な理由がない限り,憲法13条の趣旨に反し許されない(最高裁昭和44年12月24日大法廷判決)のであるから,公権力による犯罪予防目的でのテレビカメラによる録画は特段の事情のない限り許されないことになるが,この法理は私人間のテレビカメラによる録画についても妥当する。

オ 本件コンビニにおいては,防犯ビデオカメラによる常時撮影,録画の違法性が阻却される上記要件が存在しないばかりか,被控訴人は本件コンビニの入り口に,店舗内で強盗等の非常事態が発生した場合(すなわち,現行犯性ないし犯罪発生の高度の蓋然性と撮影,録画の必要性及び緊急性という要件を備える場合)の電送システムであることを示す「特別警戒中 ビデオ画像電送システム稼働中」との掲示を行いつつ常時撮影,録画を行っていたものである上,録画したビデオテープの管理保管について,規定も置かず,ただビデオの近くに置いていただけであり,目的外使用をしないという意識も持っていなかったものであって,客の肖像権及びプライバシー権をあまりに軽視するものである。

しかしながら,憲法の基本的人権規定は私人相互の関係を直接規律するものではなく,私的自治に関する一般的制限規定である民法1条,90条や不法行為に関する諸規定等の適用によって間接的に私人間にその趣旨を及ぼすものと解するのが相当であるから,憲法13条による肖像権やプライバシーの保護とコンビニエンスストアーにおける防犯ビデオカメラの撮影,録画との関係も,上記のような私的自治に関する一般的制限規定の問題として考えるべきである。

そこで,コンビニエンスストアーにおける防犯ビデオカメラの撮影,録画の違法性を上記のような私的自治に関する一般的制限規定の問題として考えると,まず,客の側についていえば,コンビニエンスストアー内で客がとる通常の行動は商品を選んで購入することとそれに付随する行動であって,さほど秘密性の高いものとはいえないし,店員が配備され不特定多数の客が出入りするコンビニエンスストアーにおいては個々の客の容貌や行動は既に人目に触れる状態に置かれているのであるから,そのような場所での肖像権やプライバシー権の保護が住居等の個人的領域における肖像権やプライバシー権の保護よりも相対的に薄くなることもやむを得ないことであり,他方,コンビニエンスストアーの側についていえば,コンビニエンスストアーの経営者は前記(原判決「事実及び理由」欄第3の1(2))のような状況の下で,来店した客や従業員等の生命,身体の安全を確保し,また,自らの財産を守らなければならないのであるから,それ相当の措置を講ずる必要があるものというべきであり,このような双方の利益状況に加えて,コンビニエンスストアーへの来店は任意になされるものであって,店内に設置された防犯ビデオカメラによる撮影,録画には強制的な要素が存在しないことも考え併せれば,コンビニエンスストアーにおける防犯ビデオカメラの撮影,録画の違法性は,前記(原判決11頁24行目から26行目まで)のとおり目的の相当性,必要性,方法の相当性等を考慮して判断するのが相当と解すべきであり,控訴人のいうように,コンビニエンスストアーにおける防犯ビデオカメラの撮影,録画はプライバシーの権利を侵害するものであって,その違法性が阻却されるか否かは厳密に吟味されなければならないとして,予防目的でのテレビカメラによる録画は特段の事情のない限り許されないと解さなければならない理由はない。

そして,前記(原判決「事実及び理由」欄第3の1(2)ないし(7))のとおり,本件コンビニにおける防犯ビデオカメラによる店内の撮影,録画には,目的の相当性,必要性,方法の相当性が認められるのであるから,控訴人の前記指摘は採用できない(なお,控訴人の「特別警戒中 ビデオ画像電送システム稼働中」との掲示についての解釈は独自の解釈であって採用できないし,目的外使用をしないという意識も持っていない等の被控訴人の態度は,仮にそのような面があったとしても,それがただちに防犯ビデオカメラの撮影,録画の違法性に結びつくものではない。)」

(2)  同14頁17行目から16頁8行目までを次のとおり改める。

「(1) 前記(原判決3頁16行目から18行目まで)のとおり,被控訴人は,撮影後1週間,来店した客の容貌や行動が録画されたビデオテープを保管しているのであるから,その間,ビデオテープに写っている客に対して,その肖像権やプライバシー権が侵害されることのないよう当該ビデオテープを管理する義務を負うものというべきであり,したがって,上記ビデオテープを第三者に提供したときには,そのことによって当該ビデオテープに写っている客に対する上記管理義務違反の不法行為が成立する可能性はある。

ただ,本件コンビニにおける防犯ビデオカメラによる店内の撮影,録画は,本件コンビニ内で発生する可能性のある万引き及び強盗等の犯罪並びに事故に対処する目的で行われるものであって,その目的が相当である以上,店内で発生した万引き,強盗等の犯罪や事故の捜査のために上記保管にかかるビデオテープを警察に提供することは,上記目的に含まれた行為の一環と見ることができ,特段の事情がない限り,当該犯罪を行った者や事故の当事者となった者に対する関係では勿論のこと,当該ビデオテープに写っているその他の客に対する関係でも違法となるものではない。

これに対して,同じく警察に対するビデオテープの提供であっても,本件コンビニ内で発生した万引き,強盗等の犯罪や事故の捜査とは別の犯罪や事故の捜査のためにこれが提供された場合には,もはやその行為を本件コンビニにおける防犯ビデオカメラによる店内の撮影,録画の目的に含まれるものと見ることはできず,当該ビデオテープに写っている客の肖像権やプライバシー権に対する侵害の違法性が問題になってくる。

そして,この場合,上記防犯ビデオカメラの撮影,録画の目的は,それに含まれる行為の適法性は推定させるが,それから外れる行為を違法とするまでの積極的効力を持つものではないというべきであるから,そのビデオテープの提供行為が当該ビデオテープに写っている客の肖像権やプライバシー権を侵害する違法なものとされるかどうかは,これが警察に提供されることになった経緯や当該ビデオテープに録画された客の行動等の具体的事情から個別的に判断されることになる。

なお,控訴人は,防犯ビデオカメラで店内を撮影,録画したビデオテープに個人を識別できる画像が写っていれば,それは個人情報の保護に関する法律の「個人情報データベース」に該当し,これを保管するコンビニエンスストアーの経営者は「個人情報取扱事業者」に該当するから,当該ビデオテープの目的外の使用は禁止されることになると指摘するが,そもそも,同法は,被控訴人が本件ビデオテープを公安三課に提出した平成13年8月20日の後である平成15年5月30日に公布された法律であって(しかも,同法第4章から第6章までの規定の施行期日は平成17年4月1日である。),本件について同法の上記規定が適用されるものではないので,控訴人の上記指摘は採用できない。

(2)  そこで,本件について見るに,本件において被控訴人は前記(原判決「事実及び理由」欄第2の2(4))のとおり本件コンビニ内で発生したものではない有印私文書偽造・同行使・旅館業法違反の犯罪捜査のために本件ビデオテープを公安三課に提供しているのであるが,その提供の経緯は前記(原判決「事実及び理由」欄第2の2(4))のとおりであって,捜査機関の適法な任意捜査に対する私人の協力行為として公益目的を有するものであり,他方,本件ビデオテープに録画されているのは前記(原判決「事実及び理由」欄第2の2(3))のとおり控訴人がFAX用紙及び菓子パンを購入している姿にすぎないものであることを考慮すると,被控訴人が本件ビデオテープを公安三課に提供したことに違法性はないというべきである。

なお,乙第15号証(被控訴人の陳述書)の記載や被控訴人の本人尋問における供述からすると,被控訴人は公安三課の捜査を本件コンビニに関係のある捜査と考えていた節があるが,そのことは上記判断を左右するものではない。

(3)  したがって,被控訴人が本件ビデオテープを公安三課に提供したことは違法なものとは認められない。」

2  控訴人は,他にもるる指摘するが,いずれも以上の判断を左右するものではないから,採用することができない。

3  結論

よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 熊田士朗 裁判官 川添利賢 裁判官 多見谷寿郎)

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