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名古屋高等裁判所 平成16年(ネ)790号 判決 2004年12月22日

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人

(1)  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

(2)  被控訴人らの請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

2  被控訴人ら

主文同旨

第2事案の概要

1  本件は,平成11年12月17日午後9時35分ころ,控訴人が,勤務先会社の忘年会の会場から,別途手配の送迎バスに乗り切れない部下ら6名を同乗させて控訴人所有の自家用普通乗用自動車(以下「控訴人車」という。)を運転中,湾曲する見通しの悪い道路で運転操作を誤り,カーブを曲がり切れずに同車両を横転させ,路上を滑走させた上,対向車の前部及び道路右手の土手等に激突させる事故を起こし(以下「本件事故」という。),同乗者の一人であったAを死亡させたとして,Aの夫である被控訴人B並びにAの父である被控訴人C及び母である被控訴人Dが控訴人に対し,それぞれ不法行為に基づく損害賠償請求として,以下のとおりの損害の賠償を求めた事案である。

(1)  被控訴人B

ア及びイの合計4648万7698円及びこれに対する不法行為の日である平成11年12月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金

ア (ア)から(エ)の合計9373万1547円から既払額3000万円を控除した残額6373万1547円のうち,被控訴人Bの法定相続分(3分の2)に相当する金額4248万7698円

(ア) Aの逸失利益 6193万1547円

(イ) 同人の慰謝料 2400万円

(ウ) 葬儀費用 150万円

(エ) 弁護士費用 630万円

イ 被控訴人B固有の慰謝料 400万円

(2)  被控訴人C及び同D(各自)

ア及びイの合計1162万1924円及びこれに対する不法行為の日である平成11年12月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金

ア 上記(1)ア記載の残額6373万1547円のうち,被控訴人C及び同Dの各法定相続分(各6分の1)に相当する金額1062万1924円

イ 被控訴人C及び同D固有の慰謝料 各100万円

2  原審は,次の限度で各被控訴人の請求を認容し,その余の各請求を棄却したところ,これを不服とする控訴人が本件控訴に及んだ。

(1)  被控訴人B

ア及びイの合計2943万8512円及びこれに対する平成11年12月17日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金

ア (ア)から(エ)の合計6965万7768円から既払額3000万円を控除した残額3965万7768円のうち,被控訴人Bの法定相続分(3分の2)に相当する金額2643万8512円

(ア) Aの逸失利益 4395万7768円

(イ) 同人の慰謝料 2000万円

(ウ) 葬儀費用 150万円

(エ) 弁護士費用 420万円

イ 被控訴人B固有の慰謝料 300万円

(2)  被控訴人C及び同D(各自)

ア及びイの合計760万9628円及びこれに対する不法行為の日である平成11年12月17日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金

ア 上記(1)ア記載の残額3965万7768円のうち,被控訴人C及び同Dの各法定相続分(各6分の1)に相当する金額660万9628円

イ 被控訴人C及び同D固有の慰謝料 各100万円

3  本件についての当事者双方の主張及び当事者間に争いのない事実等は,次のとおり原判決を付加訂正するほか,原判決「第2 主張」に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決2頁14行目冒頭から16行目末尾までを次のとおり改める。

「(オ) 事故態様 控訴人は,a郡b村方面からc市d町方面に向かって,走行速度が時速50キロメートルに制限されている道路を時速約80キロメートルで走行中,左に湾曲する見通しの悪い道路で運転を誤り,カーブを曲がりきれずに控訴人車を対向車線に進出させ,進路を元に戻そうと急ハンドルを切ったところ同車両を横転させ,路面を滑走させた上,対向車の前部及び道路右側の土手等に衝突させた。

この事故により,控訴人が,勤務先会社の忘年会の会場から同乗させていた,別途手配の送迎バスに乗り切れなかった部下ら6名のうち2名が死亡,控訴人,自車の同乗者及び対向車の運転者等5名が重軽傷を負った。

本件事故から2時間後に実施された飲酒検知検査の結果,控訴人の呼気1リットル中0.15ミリグラムのアルコールが顕出された。」

(2)  同3頁23行目末尾に,行を改め,次のとおり付加する。

「(エ) これに対し,控訴人は,Aが定年まで死亡当時の勤務先会社とどまるか否かは不確実であること,被害者が男性の場合に実収入が男子労働者の平均賃金に達していない場合にも,全労働者の賃金センサスではなく,男子賃金センサスを使用していることとの権衡等に鑑み,Aの逸失利益の算定については,平成11年の女性労働者全年齢平均賃金を用いるのが相当である旨主張して,被控訴人らの主張を争う。」

(3)  同5頁8行目末尾に次のとおり付加する。

「上記のとおり,本件事故から2時間経過後の時点で,控訴人の呼気1リットル中に0.15ミリグラムのアルコール分が検出されたことからすると,本件事故直前の呼気中のアルコール濃度はさらに高い数値であったはずであり,飲酒は控訴人の言動・顔色等身体に外形的な影響を及ぼしていたはずである。だからこそ,警察も本件事故後に控訴人について飲酒検知を行っているのである。また,一般的に言っても,忘年会において飲酒を切り離すことは考え難い。したがって,Aは,控訴人が飲酒していた上で控訴人車を運転すること,すなわち事故発生の危険性が高いことを認識しながら,または少なくとも認識し得る状況で,控訴人車に同乗したと考えるべきである。」

第3当裁判所の判断

1  当裁判所も,控訴人の請求は原判決が認容した限度で認容すべきものと判断するが,その理由は,以下のとおり原判決を付加訂正するほかは,原判決「理由」に記載のとおりであるから,これを引用する。

(1)  原判決6頁6行目冒頭から19行目末尾までを次のとおり改める。

「(1) Aの逸失利益

ア 前記(引用に係る原判決(付加訂正後のもの))「主張」(1)エないしカの事実及び先に認定した事実に弁論の全趣旨を総合すると,次のとおり認められる。

Aは,本件事故当時22歳の健康な女子で,高校卒業後,E株式会社に就職し,結婚後も同社において勤務を継続していた。本件事故当時,Aは,上記会社において男性と区別のない賃金を得ていたところ,平成11年の給与所得は,302万2416円であり,これは,賃金センサス平成11年第1巻第1表(以下「平成11年の賃金センサス」という。)中,産業計・企業規模計・全労働者の年齢別(満20歳から24歳)の平均賃金(年収)303万8700円にはわずかに及ばないものの,その差はわずか1万6284円にとどまり,同女性労働者の年齢別(満20歳から24歳)平均賃金(年収)284万4100円をはるかに上回っている。なお,同全労働者・全年齢の平均賃金(年収),同女性労働者・全年齢の平均賃金(年収)は,それぞれ496万7100円,345万3500円である。

イ 被控訴人は,Aの逸失利益の算定に当たり,男女を併せた全労働者の平均賃金を基礎収入とすべきである旨主張し,これに対し,控訴人は,女性労働者の平均賃金をその基礎とすべきである旨主張して争うので,以下この点について判断する。

有職者の逸失利益は,従前,死亡前の現実の収入を基礎として算定することを原則とし,その現実の収入が死亡当時における男女別の学歴計・全年齢平均賃金を下回るときは,同平均賃金を得る蓋然性が認められる場合,同平均賃金を基礎収入として推計する例が多い。特におおむね30歳未満の若年者については,年齢,職歴,実収入額と平均賃金との乖離の程度・原因等を考慮の上,後者が採用される例が多かったということができる。そして,後者において,男女別の平均賃金が採用されてきた理由は,現に男女間の賃金格差が存在し,その格差が容易に解消ないし縮小しない以上,これが逸失利益に反映すること自体はやむを得ないとの考え方に基づくものと考えられる。

しかしながら,確かに,賃金センサスに示されている男女間の平均賃金の格差が,ある面で,現時点における現実の労働市場の実態を反映していることは否定しがたいとしても,本来,人が有する労働能力は,個人による差はあるとしても,性別に由来する差が存在するわけではなく,現実に存在する上記のような格差は,男女間の役割分担についての従来の社会通念の下において,女性が家事労働(育児のための負担を含む。)の負担との関係で,男性に比べて相対的に就労期間や労働時間の制約を受けやすく,したがってまた就労可能な職務内容も制約される場合が多かったことに由来するものというべきである。

しかし,近時の法制度や社会環境,意識の変化等,女性の就労環境をめぐる動向に鑑みれば,通常の能力と意欲があれば,女性であっても,全労働者の平均賃金程度の収入を得ることは,さほど困難ではない環境が整いつつあり,また,そのような趨勢自体が将来変わるとも考えられない。そして,そのような状況の下では,若い女性が婚姻後も就業を継続し,実際に男女格差のない,しかも当該年齢に応じた全労働者平均賃金に近い賃金を得ておれば,将来的にも,全労働者平均賃金と同等の賃金を得,同等の就労可能年数労働を継続することについて特段の支障も認められない。それ故,様々な個体差の中で性差のみに着目して基礎収入を算定することには,もはや合理的な理由は見出しがたいというべきである。

したがって,本件においては,全労働者の平均賃金を基礎収入としてAの逸失利益を算定するのが合理的であり,損害の公平な分担という観点からみても,このように解することによって,過大な逸失利益を認定することにはならないというべきである。

ウ 以上のとおり,Aの逸失利益については平成11年の全労働者・全年齢の平均賃金(年収)496万7100円を基礎収入とすべきであり,生活費控除割合については,Aの夫控訴人Bにおいても就労していることや両者間に子がないこと等諸般の事情を考慮して50パーセントと認めるのが相当である。これに,中間利息の控除についてライプニッツ方式(同係数17.774(就労可能年数45年))を用いて算定すると,Aの逸失利益は,下記計算式のとおり,4414万2617円となる。

計算式・4,967,100×(1-0.5)×17.774=44,142,617.7」

(2)  同7頁2行目冒頭に次のとおり付加する。

「本件事故当時の飲酒量及び飲酒による影響については,控訴人自身,飲酒量は,全体としてせいぜいビールを杯5,6杯分程度であり,運転には影響なかったとしているところであって(乙3の35等),」

(3)  同7頁8行目冒頭から末尾までを次のとおり改める。

「被控訴人らが,本件事故に基づく損害に対する賠償として3000万円を受領していることは,当事者間に争いがないところ,被控訴人らは,これを相続分にしたがって受領したものと認める。したがって,被控訴人Bの受領額は2000万円,被控訴人C及び同Dの受領額は,各500万円となる。」

(4)  同7頁13行目冒頭から17行目末尾までを次のとおり改める。

「5 結論

(1)  被控訴人B 2943万8512円

以上を総合すると,以下の計算式のとおり,被控訴人Bの損害額は,2956万1744円となるが,この点について被控訴人Bから不服申立てのない本件においては,原判決の認容する2943万8512円の限度でこれを認容すべきことになる。

計算式

(44,142,617+20,000,000+4,200,000+1,500,000)×2/3+3,000,000-20,000,000=29,561,744.6

(2)  被控訴人C及び同D 各760万9628円

以上を総合すると,以下の計算式のとおり,被控訴人C及び同Dの損害額は,それぞれ764万0436円となるが,この点について被控訴人C及び同Dから不服申立てのない本件においては,原判決の認容する各760万9628円の限度でこれを認容すべきことになる。

(44,142,617+20,000,000+4,200,000+1,500,000)×1/6+1,000,000-5,000,000=7,640,436.1」

2  よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青山邦夫 裁判官 田邊浩典 裁判官 手嶋あさみ)

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