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名古屋高等裁判所 平成16年(ラ)209号 決定 2004年8月10日

抗告人(原審相手方)

UFJストラテジックパートナー株式会社

同代表者代表取締役

吉村昇

同支配人

草野雅夫

同代理人弁護士

内藤正明

相手方(原審申立人)

A野株式会社

同代表者代表取締役

B山太郎

同代理人弁護士

川上明彦

石川恭久

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は、抗告人の負担とする。

理由

第一抗告の趣旨

一  原決定を取り消す。

二  相手方の本件担保権消滅許可申請を却下する。

第二事案の概要

本件は、相手方を再生債務者とする民事再生事件において、相手方が、原決定別紙物件目録記載の不動産(以下、「本件不動産」という。)上に存する抗告人及び株式会社名古屋銀行(以下、「名古屋銀行」という。)の同別紙担保権・被担保債権目録記載の担保権(以下、「本件担保権」という。)消滅の許可申請をしたところ、原審は、本件不動産は、申立人(相手方)の事業の継続に欠くことのできないものであるとして、上記申請を認容したため、抗告人がこれを不服として即時抗告した(なお、名古屋銀行は即時抗告していない。)。

一  前提となる事実(一件記録により容易に認定できる事実)

(1)  抗告人は、平成一四年一二月二七日、株式会社ユーエフジェイ銀行から会社分割をするため、ユーエフジェイ分割準備株式会社として設立され、平成一五年三月二四日、会社分割されて、現商号に変更され、翌二五日にその旨の登記を了した会社である。

相手方は、定款上は、都市再開発、観光開発その他土地開発に関する企画並びに建築・土木業務、宅地の造成分譲、建物建築請負業、不動産の売買、賃貸及び仲介等を目的とし、同年五月当時は、主な事業として、事業用建物の賃貸及び駐車場の運営並びに開発分譲用地の販売を行っていた会社である。

(2)  相手方は、平成一五年五月二九日、名古屋地方裁判所(以下、「裁判所」という。)に対して再生手続開始を申し立て(以下、「本件再生申立て」という。)、翌三〇日、弁済禁止等の保全処分決定がなされるとともに民事再生監督委員として弁護士織田幸二(以下、「監督委員」という。)が選任され、同年六月一三日、再生手続開始決定(以下、「本件開始決定」という。)がなされた。その後、同年一二月二二日、再生計画認可決定がなされ、同決定は、平成一六年一月三〇日、確定した。

(3)  相手方は、本件開始決定から現在まで、本件不動産を所有しており、同不動産には、原決定別紙担保権・被担保債権目録記載のとおり、本件担保権が設定されている。

(4)  本件不動産の時価は、平成一六年二月二〇日現在、八九七〇万円である。

(5)  相手方は、名古屋銀行及び抗告人に対し、本件不動産の任意売却及び別除権の受戻しを提案し、名古屋銀行の同意は得たものの、抗告人に対しては一〇〇万円を支払う代わりに担保権の抹消を依頼して交渉を重ねてきたが、抗告人からは、六年目まで別除権を行使しない代わりに年間五〇〇万円の支払と、六年目以降に六億五〇〇〇万円の半額の分割払いを要求され、相手方は、結局、その同意が得られなかったため、本件担保権消滅許可申請をした。

二  争点

本件不動産は、民事再生法一四八条一項の「当該財産が再生債務者の事業の継続に欠くことのできないものであるとき」にあたるか。

三  争点に対する当事者の主張

(1)  相手方の主張

民事再生法一四八条は、担保権の目的不動産がいわゆる担保割れをしていても、担保権不可分の原則や順位上昇の原則により、再生債務者が、後順位担保権者も含めた被担保債権全額を支払わなければ担保権を抹消できないとの不都合を回避し、担保権者が把握している目的不動産の現在価値を優先弁済することにより担保権の抹消を可能にして、担保権者の恣意により、事業の継続あるいは民事再生手続の進行が妨げられることを防止し、債権者間(一般債権者を含む)の公平を確保する制度である。本件不動産は、再生計画後の唯一の継続事業であり、かつ、相手方の事業の継続のために欠くことのできない財産である駐車場部分を含む建物(通称、C川ビル、以下「C川ビル」という。)の一部を構成するものであるが、C川ビル全体を受け戻すためには、資金的に到底不可能であるため、その一部である本件不動産と駐車場部分(C川ビルのうち本件不動産を除く部分)とを二分割して区分所有とし、本件不動産を売却して、その売却代金を、事業の継続に不可欠な財産である駐車場部分の受戻しのための資金と再生債権の弁済資金に充て、駐車場部分の賃貸事業を継続して再生を図る必要がある。また、営業譲渡等により財産が第三者に渡って再生される場合も、「再生債務者の事業の継続に欠くことのできないものであるとき」に該当するところ、本件不動産の売却により、C川ビルの事務所及び店舗、すなわち本件不動産の賃貸事業は第三者において継続して再生される。このように、本件不動産は、相手方の事業の継続にとって必要な財産である駐車場部分の受戻しのために必要な資金及び再生債権の弁済資金を捻出するために必要不可欠なものであるから、民事再生法一四八条一項の「当該財産が再生債務者の事業の継続に欠くことのできないものであるとき」に該当する。

(2)  抗告人の主張

民事再生手続においては、担保権はそれに拘束されず、別除権として行使することが可能とされており、担保権消滅請求は、あくまでその例外をなすものであるから、「当該財産が再生債務者の事業の継続に欠くことのできないものであるとき」は厳格に解されるべきであるところ、民事再生法一四八条一項は、文理上、「当該財産が」と規定され、「当該財産の処分が」とは規定されておらず、当該財産自体が事業の継続に不可欠であることが要求されていることは明らかである。したがって、駐車場部分の受戻しのための資金や再生債権の弁済資金を捻出するために売却する財産は、「再生債務者の事業の継続に欠くことのできないもの」に該当しない。なお、営業譲渡等により事業が第三者に承継される場合がこれに含まれるのは、事業全体の価値が維持され、従業員の雇用維持、取引先との取引継続等の有用な結果がもたらされるとの配慮があるからであるが、本件不動産の売却は、そのようなものでもない。

第三当裁判所の判断

(1)  当裁判所も、本件不動産は、民事再生法一四八条一項の「当該財産が再生債務者の事業の継続に欠くことのできないものであるとき」に該当するものと判断する。その理由は、次のとおりである。

(2)  まず、前提となる事実に加え、一件記録によれば、本件担保権消滅許可申請に至る経緯について、次の事実が認められる。

ア  相手方の本件再生申立て当時の事業内容は、大別して①ビル、マンションの賃貸事業、②開発分譲用地の販売であったが、本件再生申立てにより、以後は、事業規模を大幅に縮小し、①については、駐車場と、事務所及び店舗とをそれぞれ賃貸し、賃料収入を得ているC川ビルのみを存続させ、かつ、そのうち、区分所有後の駐車場部分のみの管理業務とし、②については、その所有不動産を順次売却して再生債権者への弁済資金に充てるとする内容の再生計画案が作成され、監督委員は、民事再生法一七四条二項各号に定める再生計画の不認可事由は見あたらないとの意見書を裁判所に提出した。相手方所有の不動産の大部分には担保権が設定されており、C川ビルについては、名古屋銀行と抗告人の各根抵当権が設定されており(建物について、名古屋銀行が第一、二、四順位、抗告人が第三、五順位、敷地について名古屋銀行)、相手方は、再生計画案の認可決定に先立ち、平成一五年一二月四日、名古屋銀行との間で、C川ビルを、駐車場部分と本件不動産(事務所及び店舗部分)とに区分所有にする手続を速やかに行い、本件不動産については、八一二〇万円で受け戻すことに名古屋銀行は同意するとの内容を含む別除権協定(以下「本件別除権協定」という。)を締結した。これに対し、抗告人は、この再生計画案に反対したが、同月二二日、同計画案は認可された。

イ  相手方は、抗告人が、C川ビルに対し別除権を行使した場合には、上記再生計画の実現が不可能となるため、抗告人との別除権協定を締結すべく交渉を継続し、別除権を行使しても、抗告人自体は本件不動産から配当を受けられる立場にないことなどから、抗告人に対し、いわゆる「判子代」として一〇〇万円の支払を提案したが、抗告人の要求が高額であり、交渉は決裂した。

ウ  本件不動産については、平成一六年一月一六日、既に株式会社D原から八五〇〇万円で買受けの申込みがなされており、売却可能な状態にある。そして、相手方と名古屋銀行との間の本件別除権協定によれば、相手方は、名古屋銀行に対し、再生計画認可決定後、同決定の確定した日の属する月の末日に六一七三万一〇〇〇円、三か月後に一億三〇三七万八〇〇〇円、半年後に二三八五万一〇〇〇円を支払うことになっているところ、本件不動産の売却代金は、上記の二回目の支払分である一億三〇三七万八〇〇〇円に充てられることになっており、この売却代金なしでは、本件別除権協定に従った弁済は不可能な状態にある。

(3)  ところで、民事再生法は、根抵当権者等の担保権者に別除権を認め(同法五三条一項)、担保権者は再生手続によらないで担保権の行使を可能としている(同条二項)ことから、再生債務者の事業の継続に不可欠な財産について担保権が実行されると、事業の継続が不可能となるところ、担保権不可分の原則や順位昇進の原則から、担保不動産の価値が下落していても、被担保債権総額の弁済をしないと担保権の実行を防ぐことができず、結果として事業の継続が不可能となることがあり得る。そこで、同項は、このような事態を回避するため、「当該財産が再生債務者の事業の継続に欠くことができないものであるとき」は、裁判所に対し、当該財産の価額に相当する金銭を裁判所に納付して当該財産上に存在するすべての担保権を消滅させることについての許可の申立てをすることができると規定して、一担保権者の意思のみによって、再生に適し、また、これが可能な事業の継続が事実上断たれる事態を避ける制度を設けている。そして、この制度は、上記したとおり、民事再生手続において、担保権者には別除権を認め、再生手続によらないでそれを行使できることを制限するものであり、その例外をなすものである。同法一四八条一項は、「当該財産」が「再生債務者の事業の継続に欠くことができないものであるとき」と定めており、文理上は、当該財産そのものが、今後、再生債務者が事業を継続していく上において使用する必要があるなど欠くことができないときと解されないではないが、上記のとおり、本条が、例外的とはいえ別除権行使の自由を制限してまで企業の再生を優先させる制度を設けている趣旨及び目的にかんがみると、そのように限定するものと解するのは相当でなく、当該財産を売却するなどの処分をすることが、事業の継続のため必要不可欠であり、かつ、その再生のため最も有効な最後の手段であると考えられるようなときは、処分される当該財産も再生債務者の事業の継続に欠くことができないものであるときに該当するものと解すべきである。

そこで、本件についてこれをみると、上記のとおり、本件不動産は、本件再生手続の再生計画において処分の対象とされているように、それ自体は相手方の今後の事業の継続に必要不可欠な財産とはいえないものであることが明らかである。しかし、同再生計画においては、C川ビルのうち、区分所有とされた駐車場部分の賃貸事業のみの管理業務を残して事業を継続し、再生を図っていくものとされており、上記駐車場部分は、まさに、事業の継続に欠くことができない唯一の財産である。そして、同再生計画では、本件不動産の売却代金は、C川ビル全体(本件不動産と駐車場部分を合わせたもの)につき、第一及び第二順位の根抵当権を有する名古屋銀行との間で相手方が締結した本件別除権協定に基づく弁済資金に充てることを予定しているものであり、本件不動産の売却ができない場合には、当然のこととして、同協定に従った弁済は不可能であり、履行遅滞等により、同協定は白紙撤回され、名古屋銀行による担保権の実行がなされる可能性が生じるものといえる。そうすると、上記のとおり、事業の継続に欠くことができない唯一の財産である駐車場部分も併せて当然に担保権の実行の対象となり、再生計画に従った事業の継続は完全に不可能な状態となるというべきである。これは、既に再生計画が認可されて確定し、第一及び第二順位の根抵当権を有する名古屋銀行がこれに同意していることなども考慮すると、まさに、一担保権者(抗告人、なお、抗告人が別除権を行使しても、抗告人自体は配当を受けられないことは上記のとおりである。)の意思のみによって、事業の継続が事実上断たれる結果となることにほかならない。したがって、本件不動産を売却することは、相手方の事業の継続にとって必要不可欠であり、かつ、相手方の事業の再生のため最も有効な最後の手段であると認められ、本件不動産は、民事再生法一四八条一項の「当該財産が再生債務者の事業の継続に欠くことができないものであるとき」に該当するというべきである。

第四結論

以上によれば、本件不動産は、民事再生法一四八条一項の「当該財産が再生債務者の事業の継続に欠くことができないものであるとき」に該当するから、相手方の本件担保権消滅申請は理由があり、これを認容した原決定は相当であるから、本件抗告を棄却することとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 田中由子 裁判官 佐藤真弘 山崎秀尚)

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