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名古屋高等裁判所 平成16年(行コ)1号 判決 2004年7月15日

控訴人 甲

訴訟代理人弁護士 竹下重人

被控訴人津税務署長 新貝照雄

指定代理人 篠原淳一

同 羽土征治

同 松島一秋

同 寺澤寿

主文

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第1  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が、控訴人に対し、平成12年7月4日付けでした次の処分を、いずれも取り消す。

(1)  平成10年分の贈与税につき、課税価格5392万2000円、納付すべき贈与税額2914万9300円、無申告加算税の額157万5000円、重加算税の額745万6000円とする贈与税の決定処分及び加算税の賦課決定処分

(2)  平成11年分の贈与税につき、課税価格3370万円、納付すべき贈与税額1632万円、無申告加算税の額244万8000円とする贈与税の決定処分及び加算税の賦課決定処分

3  訴訟費用は、第1、2審とも被控訴人の負担とする。

第2  事案の概要

1  本件は、被控訴人が、控訴人の家族からの金銭受領が贈与であるとして、贈与税の決定処分、無申告加算税及び重加算税の賦課決定処分をしたことに対し、控訴人は金銭授受は贈与ではなく金銭消費貸借によるものであるとして、これらの処分の取消しを求めた事案である。

2  原審は、上記金銭受領は金銭消費貸借ではなく、贈与であるとして控訴人の請求を棄却したため、これを不服とした控訴人が控訴した。

3  争いのない事実等及び当事者双方の主張は、4において、当審における控訴人の主張を付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1ないし3に記載するとおりであるから、これを引用する。ただし、原判決7頁24行目の「相続税法1条の2」を、「相続税法1条の2(ただし、平成15年3月法律8号による改正前のもの、以下同じ)」と改める。

4  当審における控訴人の主張

(1)  控訴の理由1

原判決は、Dと控訴人との資金融通につき、控訴人が友人に控訴人の口座への送金を依頼した4000万円中に、Dが控訴人に手渡した3400万円全額が含まれているのか、それとも3000万円のみが含まれているのか明確にしていない。

(2)  控訴の理由2

丙と控訴人との資金融通につき、丙は、控訴人の依頼のあった都度、その資金の必要性を確かめたうえ、預金通帳と使用印鑑を控訴人に手渡しており、控訴人が自由に費消することを黙認していたわけではない。

また、控訴人は、丙死亡による相続税の申告に際し、被相続人である丙から相続開始前3年以後に合計3430万円の贈与を受けた旨記載したが、原処分に反する内容の申告をすることで、税務署長との間で争いを生ずることとなるため、本件訴訟の結果いかんにより、修正申告をするつもりであったもので、上記金額の贈与を受けたことを自認したものではない。

(3)  控訴の理由3

相続税基本通達9-10は、仮装行為であれば法律上の実質にしたがった課税をすべきことを定めたにすぎず、本件のような無利息での消費貸借を実質的に贈与とみなして、その元本に対して課税することを許容したものではない。

また、本件取引に対する課税処分の当否を判断するについては、本件取引の実質が贈与であるのか、無利息かつ長期の消費貸借であるのか明確に認定すべきであり、控訴人の資金移動の一部に不適切な操作があったことを捉えて、金銭移動の全部が租税回避のための行為とするべきではなく、本件のような無利息かつ長期の消費貸借においては、利息相当額を贈与により取得したものと解すべきである。

(4)  控訴の理由4

原判決は、控訴人が贈与税の課税処分を受けることを恐れて、D及びCに返還しないでいること自体が、控訴人が金銭を返還するかどうかは、控訴人の自由であることを意味し、資金提供の性質が贈与であることを裏付けるとするが、弁済期及び利息の定めがないからといって、返還義務がないとはいえず、本件のような場合、控訴人の弁済により、再度贈与税が課せられる可能性が高く、これを争って救済を得ることは極めて困難であることからして、控訴人が代物弁済をすることや、DやCが控訴人からの代物弁済を受領することを躊躇するのも無理はないというべきである。

(5)  控訴の理由5

原判決は、知人からの送金及び公正証書の作成につき、いずれも取引の実態を殊更に糊塗しようとしたものと判断したが、これらの仮装行為は、契約証書がなく、無利息・無期限の親族間の金銭貸付が金銭の贈与と認定されることを熟知した税理士の指導を信頼して行ったもので、控訴人が本件取引を贈与と自認したことを示すとはいえない。

丙、C、Dに資金の融通を頼んだ時点では、控訴人は、W以外にも、L銀行、X、Y、K銀行、M銀行などとも交渉中であって、建築資金を余裕をもって借り入れられると考えていたが、その後、金融事情が厳しくなり、W以外からの借入が不可能となったもので、Dらが、国税不服審判所に対する申告書等において、借入当時の返済方法の予定につき触れなかったのは、審査請求の頃には、上記銀行借入が実現不能であることがはっきりしていたからである。

また、丁らは、津市から支払われる買収資金の額を知っていたが、D分につき、これが、銀行の定期預金に入金されたり、Pの一時払い保険契約に転化されたことを知らなかったため、控訴人はこの事実を秘匿したかったものである。

(6)  控訴の理由6

相続税法9条は、民法上の贈与契約が存在する場合及び法律によって相続、贈与による財産の取得とみなされる場合を除いて、無償または著しく低い対価で財産的利益(物の使用料、金銭貸借の利子など)を受けた場合を主要な対象とするものであって、本件のような無利息貸付の元本は含まれないことは明らかである。

(7)  控訴の理由7

原判決は、被控訴人の主張をそのまま引用して、親族間で財産的利益の付与がされた場合には、特別の事情が存在しない限り、贈与と認めるのが相当であると判示して、本件取引を贈与と認めたが、相続税法1条の2に基づく課税であれば、当事者間に贈与契約が成立したことを認定しなければならず、同法9条に基づく課税であれば、納税者が受けた財産的利益を計算しなければならない。

第3  当裁判所の判断

1  当裁判所も、本件課税処分に違法事由はなく、控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断するが、その理由は、2において原判決の付加訂正をし、3において当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほか、原判決の「事実及び理由」欄の「第3争点に対する判断」に説示すると同じであるから、これを引用する。

2  原判決の付加訂正

(1)  原判決14頁25行目の「定期預金」を、「定期預金の通帳及び印鑑」と改め、同行の末尾に「なお、この際、丙と控訴人の間で、丙が提供すべき金額の上限等について話し合われたことはなかった。」を加える。

(2)  原判決15頁23行目の「預金通帳」を、「預金通帳及び印鑑」と改める。

(3)  原判決18頁4行目から19頁21行目までを次のとおり改める。

「2ア 平成10年の金銭受領について

相続税法1条の2に定める贈与税の課税原因となる贈与は、贈与者の贈与の意思表示に対して受贈者がこれを受諾することによって成立する契約であるが、一般に妻子等自己と極めて親密な身分関係にある者の間で財貨の移動があった場合、これが租税回避の手段としてされることが少なくない。そのため、贈与税の課税に当たっては実質課税の原則に則り、実質に着目して行われるべきである。したがって、親族間で財産的利益の付与がされた場合には、後にその利益と同等の価値が現実に返還されるか又は将来返還されることが極めて確実である等(若しくは、名義上の利益付与等)特別の事情が存在しない限り、相続税法1条の2の贈与であると認めるのが相当である。

この特別事情につき、控訴人は、①金融機関から借りるマンション建物の建築資金の一部を返済に充てられる見込みがあり、控訴人はDらにその旨を説明し、融資を受けた後直ちに返済することで了解済みであった、②控訴人は、D及びCに返済することは可能であるが、これをしないのは、再度贈与税の課税処分を受けるおそれがあるためであるなどと主張する。

しかし、証拠(甲6及び乙20)によれば、控訴人のWに対する借入希望額は7億5620万円であり、仮にこの全額が融資されたとしても、マンション建設には少なくとも7億5300万円が必要であり、多額の返済に回せる資金はなかったことが認められるし、Dらが不服審査請求の際に作成した甲第3ないし5号証には、そのような返済見込みについて何ら触れられていないから、上記控訴人の主張①は採用できない。

なお、控訴人は、当審において、控訴の理由5のとおり、W以外とも交渉していたなどと主張するが、控訴人は、審査請求の際には、公正証書にかかる借入金については、マンションからの賃料収入によって返済することとしていた旨主張したが、Wあるいは、これ以外の金融機関から借り入れるマンションの建築資金の余剰分で返済する予定であった旨の主張は何らしていなかったもので(甲2の2)、審査請求の際に、Dらがこの点につき説明しなかった理由も合理性があるとはいえず、控訴人がW以外の金融機関とも交渉しており、返済の見込みがあったとの控訴人の主張は採用することができない。

また、控訴人が贈与税の課税処分を受けることをおそれて、D及びCに返済ないし代物弁済を行わないこと自体が、控訴人がD及びCに対して法的な返還義務を負担していないことを示すものといえ、控訴人の主張②も採用することができない。

以上のとおりであって、平成10年の金銭受領につき、前記特別事情があるとは認められず、平成10年の金銭受領は贈与であると解するのが相当である。

イ 平成11年の金銭受領について

相続税法9条は「第4条から前条までに規定する場合を除くほか、対価を支払わないで、又は著しく低い価額の対価で利益を受けた場合においては、当該利益を受けた時において、当該利益を受けた者が、当該利益を受けた時における当該利益の価額に相当する金額(対価の支払があった場合には、その価額を控除した金額)を当該利益を受けさせた者から贈与(当該行為が遺言によりなされた場合には、遺贈)により取得したものとみなす。」と定めている。

控訴人は、丙から交付を受けた定期預金の通帳及び印鑑を用いて、平成11年中に原判決別紙1記載のとおり、頻繁に資金移動を繰り返し、最終的に3430万円が控訴人の口座に残ったことは前記1(4)アで認定したとおりである。

この定期預金は丙が乙から相続したものであること、控訴人と丙との間で、丙が提供すべき金額の上限等については話し合いがされていなかったこと、これらの手続はすべて控訴人が行っていること、控訴人が平成11年9月初めから同年末までの約4か月の間に、入出金合計1億円を超える資金移動をしていることからして、丙と控訴人の間で、丙が乙から相続した定期預金については、控訴人が自由に利用できる旨の合意があったものと解するのが相当である。

したがって、上記資金移動の結果、控訴人の口座に残った3430万円については、控訴人が丙から対価を支払うことなく利益を受けたものと解すべきであって、相続税法9条により、控訴人は同額の贈与を受けたものとみなされる。」

3  当審における控訴人の主張に対する判断

(1)  控訴の理由1について

本件課税処分の対象となったのは、控訴人が知人であるF及びGから貸金を仮装して控訴人の口座に送金された4000万円から、控訴人の自己資金1000万円を控除した3000万円であり、本件課税処分においては、控訴人とDとの資金移動のうち、3000万円のみが対象とされたものであるから、その適法性を判断するためには、これを超える金額につき判断する必要はないというべきである。

(2)  控訴の理由2について

丙と控訴人の間では、丙が乙から相続した定期預金につき、控訴人が自由に処分しうる旨の合意があったものと解すべきことは前示(2(3))のとおりである。

(3)  控訴の理由3について

本件取引の実質が消費貸借ではなく贈与、あるいは贈与とみなすべきものであることは、前示(2(3))のとおりである。

(4)  控訴の理由4について

控訴人が贈与税の課税処分をおそれてD及びCに返済しないこと自体が、控訴人が法的な返還義務を負担していないことを示すものと解すべきことは前示(2(3))のとおりである。

(5)  控訴の理由5について

W以外の金融機関との交渉に関する主張について、これを採用することができないこと、また、本件取引は贈与あるいは贈与とみなすべきことは前示(2(3))のとおりであって、控訴人は、贈与あるいは贈与とみなすべき行為について課税処分を免れるために仮装行為を行ったものと解すべきである。

(6)  控訴の理由6について

本件取引の実質が消費貸借ではなく贈与、あるいは贈与とみなすべき行為であることは、前示(2(3))のとおりであって、本件取引が消費貸借であることを前提とする控訴人の主張は採用することができない。

(7)  控訴の理由7について

本件取引のうち、平成10年の金銭受領は、相続税法1条の2に定める贈与であり、平成11年の金銭受領は、同法9条に定める対価を支払わないで利益を受けた場合であり、控訴人が3430万円の財産的利益を受けたもので、控訴人は同額の贈与を受けたものとみなすべきことは前示(2(3))のとおりである。

以上のとおりであって、当審における控訴人の主張はいずれも理由がなく、本件課税処分に違法事由はないとして、控訴人の請求を棄却した原判決は相当である。

4  よって、本件控訴は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小川克介 裁判官 丸地明子 裁判官 濱口浩)

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