大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 平成16年(行コ)25号 判決 2005年10月26日

主文

1  原判決主文3項及び6項中,本件差戻しに係る部分をいずれも取り消す。

2  被控訴人らの請求(ただし,上記本件差戻しに係る部分)をいずれも棄却する。

3  本件差戻しに係る部分の訴訟費用及び参加により生じた費用(いずれも第1審,差戻前の第2審,上告審及び差戻後の第2審のものを含む。)は,すべて被控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  控訴人ら

主文と同旨

2  被控訴人ら

(1)  本件控訴をいずれも棄却する。

(2)  本件差戻しに係る部分の訴訟費用(第1審,差戻前の第2審,上告審及び差戻後の第2審の訴訟費用)は,すべて控訴人らの負担とする。

第2事案の概要

1  本件は,名古屋市の住民である被控訴人らが,名古屋市は控訴人A1協会から世界デザイン博覧会(以下「デザイン博」という。)で使用された施設及び物品を違法に買い受けたなどと主張して,地方自治法(平成14年法律第4号による改正前のもの。以下「法」という。)242条の2第1項4号に基づき,名古屋市に代位して,

(1)(「当該職員」に対する損害賠償請求)

市長の職にあった控訴人A2,助役の職にあったC及び収入役の職にあったDに対し,各自,第1審判決別紙(一)契約一覧表の各契約金額欄の合計額に相当する10億3631万9324円(及び不法行為の結果発生後である各訴状送達日の翌日以降の遅延損害金)の損害賠償金を名古屋市に支払うよう求め,

(2)(当該行為の相手方に対する損害賠償請求又は不当利得返還請求)

控訴人A1協会に対し,10億3631万9324円(及び不法行為の結果発生後である訴状送達日の翌日以降の遅延損害金)の損害賠償金あるいは不当利得金を名古屋市に支払う(返還する)よう求めた住民訴訟である。

2  第1審判決

第1審判決の内容は,次のとおりであった。

(1)  控訴人A2に対する請求については,

ア 本件訴えのうち,第1審判決別紙(一)契約一覧表<49>(契約金額738万0403円。なお,第1審判決別紙(一)契約一覧表に記載の契約をまとめて「本件各契約」といい,そのうちの個々の契約を個別に特定して論ずる場合には,同表の番号を付して「本件契約<49>」のように表記する。)の契約に係る損害賠償請求の訴えの部分を却下し,

イ 名古屋市に対する10億2893万8921円(本件各契約の契約金額の合計額から本件契約<49>のそれを控除した残額に相当する額)及び平成2年9月7日以降の年5分の割合による遅延損害金の支払を命じた。

(2)  Cに対する請求については,

ア 本件訴えのうち,本件契約<49>の契約に係る損害賠償請求の訴えの部分を却下し,

イ 名古屋市に対する3530万5629円(本件契約⑱の契約金額に相当する額)及び平成2年9月8日以降の年5分の割合による遅延損害金の支払を命じ,

ウ その余の請求は棄却した。

(3)  Dに対する請求については,

ア 本件訴えのうち,本件契約⑲ないし<23>及び<49>(以上契約金額合計798万3159円)の各契約に係る損害賠償請求の訴えの部分を却下し,

イ 名古屋市に対する10億2833万6165円(本件各契約の契約金額の合計額から本件契約⑲ないし<23>及び<49>のそれを控除した残額に相当する額)及び平成2年9月16日以降の年5分の割合による遅延損害金の支払を命じた。

(4)  控訴人A1協会に対する請求については,

ア 名古屋市に対する10億3631万9324円の支払を命じ,

イ その余の請求(遅延損害金の支払請求部分)を棄却した。

3  第1審判決に対し,控訴人ら及びCは,いずれも,その敗訴部分の取消し,被控訴人らの請求の棄却を求め,Dは,敗訴部分の取消し,主位的には被控訴人らの訴えの却下を求め,予備的に被控訴人らの請求の棄却を求めて控訴した。

4  差戻前の第2審判決

差戻前の第2審判決は,Dの控訴のうち,被控訴人らの訴えの却下を求める部分は棄却したものの,控訴人ら,C及びDの第1審敗訴部分を,次のとおり変更した。

(1)  控訴人A2に対する請求について,本件契約<26>から<34>までの契約に係る部分は棄却し,その余の本件各契約(本件契約<49>を除く。)に係る部分についても損害額の認定を改め,結局,名古屋市に対して支払うよう命じた金額を,10億2893万8921円及び平成2年9月7日以降の年5分の割合による遅延損害金,から2億1000万円及び平成2年9月7日以降の年5分の割合による遅延損害金に変更した。

(2)  Cに対する請求はこれを棄却した。

(3)  Dに対する請求はこれを棄却した。

(4)  控訴人A1協会に対する損害賠償請求について,本件契約<26>から<34>までの契約に係る部分は棄却し,その余の本件各契約に係る部分についても損害額の認定を改め,結局,名古屋市に対して支払うよう命じた金額を,10億3631万9324円から2億1000万円に変更し,さらに不当利得の返還請求は全部棄却した。

5  差戻前の第2審判決に対し,被控訴人ら及び控訴人らがそれぞれ上告及び上告受理の申立てをした。

最高裁判所は,被控訴人ら及び控訴人らの各上告をいずれも決定により棄却した。

また,被控訴人ら及び控訴人らの各上告受理申立てについては,いずれも上告審として受理するとともに,理由中の一部を排除する旨決定した。

6  上告審判決

(1)  控訴人A2に対する請求については,被控訴人ら敗訴部分のうち,本件各契約のうち本件契約<26>から<34>まで(差戻前の第2審判決において請求棄却),及び本件契約<49>(第1審判決において却下)に係る部分を除く部分と,控訴人A2の敗訴部分をいずれも破棄して,名古屋高等裁判所に差し戻した。そして,被控訴人らのその余の上告を棄却した。

したがって,控訴人A2に対する請求については,本件各契約のうち本件契約<26>から<34>まで及び<49>に係る部分を除く部分が差戻後の第2審である当審での審理の対象となる。

(2)  Cに対する請求については,同人は法242条の2第1項4号にいう「当該職員」に該当しないから,Cに対する訴えは不適法であると判断し,まず,本件契約⑱に係る請求部分については,その請求を棄却した差戻前の第2審判決を破棄し,そのうえで本件各契約のうち本件契約<49>に係る部分を除く部分(第1審で請求が認容された本件契約⑱の部分と,第1審で請求棄却とされた本件契約①から⑰,⑲から<48>及び<50>の各部分)につき,第1審判決を取り消してその請求に係る訴えを却下した。

以上により,Cに対する訴えはいずれも却下で終了した。

(3)  Dに対する請求については,被控訴人らの上告を棄却した。

以上により,Dに対する本件契約⑲ないし<23>及び<49>に係る部分の訴えは却下により,本件各契約のうちその余の部分(本件契約①から⑱,<24>から<48>及び<50>)に係る請求は請求棄却により終了した。

(4)  控訴人A1協会に対する請求(遅延損害金の支払請求を除く。)については,被控訴人らの敗訴部分のうち,本件各契約のうち本件契約<26>から<34>まで(差戻前の第2審判決において請求棄却)に係る部分を除く部分と,控訴人A1協会の敗訴部分をいずれも破棄して,名古屋高等裁判所に差し戻した。そして,被控訴人らのその余の上告を棄却した。

したがって,控訴人A1協会に対する請求(遅延損害金の支払請求を除く。)については,本件各契約のうち本件契約<26>から<34>に係る部分を除く部分が,差戻後の第2審である当審における審理の対象となる。

7  前提となる事実

争いのない事実,証拠(甲3,4,11ないし15,16の1ないし9,17,18,20,22,24,29ないし33,乙1の1,2,2ないし11,12の1,13ないし18,26及び27の各1,30及び31の各1,2,32ないし34の各1,35ないし37,39ないし45,47,49,51ないし307,313,316ないし319,321,丙2,5,7,8の1ないし4,9,10,13ないし71,第1審証人E,同F,同G,同H,同I,同J,同K,同L,同M,控訴人A2,第1審におけるC,同D)と弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  名古屋市と控訴人A1協会との関係

ア 名古屋市は,市制百周年の記念事業としてデザイン博を開催することとし,名古屋市議会に設置された市制百周年記念事業促進特別委員会等を通じて検討を重ね,昭和61年12月26日,デザイン博の準備及び開催運営を行うことを目的とし,存続期間を昭和65年(平成2年)3月31日までとして控訴人A1協会が設立された。

イ 控訴人A1協会の会長(理事)には市長である控訴人A2が,副会長(理事)には助役であるCが,監事には収入役であるDが,専務理事及び常務理事には市幹部職員がそれぞれ就任し,事務局も市職員を中心に構成された。

控訴人A1協会の寄附行為によると,控訴人A2が会長として控訴人A1協会を代表する権限を有し,控訴人A1協会の運営に関する重要な事項は理事会において決することとされていた。また,愛知県や経済団体等の協賛を得る等の目的からこれらの団体の参加を得て設立段階の基本財産2250万円を確保し,うち名古屋市が1000万円を拠出した。

ウ デザイン博は,平成元年7月15日から同年11月26日まで開催されたが,控訴人A1協会の収入は後記の本件各契約の代金を含めると265億3500万円,支出は263億2500万円であり,差額2億1000万円の残余金が生じた。控訴人A1協会は,平成2年3月28日,理事会において上記残余金を名古屋市に寄付する旨決議し,同月31日に解散した。

(2)  本件各契約締結に至る経緯

ア 控訴人A1協会が残余財産を有償譲渡することは当初予定されていなかったが,平成元年9月頃,全会期中のデザイン博の入場者数総計が当初見込んでいた数に達しない状況となり,入場料収入等だけではデザイン博の開催運営経費を賄いきれないことが判明したため,控訴人A1協会は,収支が赤字となることを回避するために施設及び物品を転用することの検討を開始し,転用する施設等の確定,転用先の調整,転用条件の設定などを行い,同月中旬から下旬にかけて,控訴人A1協会の基本財産の出資者である名古屋市,愛知県,N管理組合,O会議所及びP連合会に対して,転用可能施設一覧表を示して購入を依頼した。

名古屋市においても控訴人A1協会の収支が赤字となることを回避する目的で同月から各局において具体的な購入物件の検討を開始したが,各局から購入希望の出された物件の数が少なかったため,同年10月16日に開かれた幹部会において,各局に対して購入物件を増やすよう要請がされた。

イ 名古屋市と控訴人A1協会との間で,購入物件の価格について協議された結果,建築物で移設を要するものについては,控訴人A1協会が取得価格を基に評価して提示した転用評価額に0.5を乗じた価格で,それ以外のものについては転用評価額に0.9を乗じた価格で,それぞれ名古屋市が買い受けることとなった。さらに,名古屋市は,控訴人A1協会の要請により,撤去,運搬に要する経費を代金に加算して支払うこととした。

ウ 名古屋市は,平成元年11月27日から平成2年2月15日にかけて,控訴人A1協会から,同控訴人がデザイン博で使用した施設及び物品を代金総額10億3631万9324円で買い受けた。上記買受けに際して締結された契約は50件あり,各契約につき市の担当部局,契約年月日,契約金額及び目的物は,第1審判決別紙(一)契約一覧表のとおりであった。

(3)  本件各契約の行為者等

ア 名古屋市において,本件各契約を締結する旨の意思決定は,第1審判決別紙(二)のとおり,本件契約⑯,<36>及び<39>については控訴人A2が行ったが,他の契約(本件契約<49>を除く。)については助役以下代決規程(昭和39年達第51号。以下「本件代決規程」という。)等に基づき代決により行われ,本件契約⑱についてはCが代決により行った。また,本件各契約(本件契約<49>を除く。)の締結は,第1審判決別紙(三)のとおり,いずれも本件代決規程等に基づき代決により行われた。

イ 控訴人A1協会において,本件各契約の締結は,本件契約⑩,⑯,⑰,<34>,<36>及び<45>については控訴人A2により行われたが,その他の契約の締結は,処務規程に基づき控訴人A2に代わって決裁する権限を有する者により行われた。

ウ 本件各契約(本件契約⑲から<23>まで及び<49>を除く。)の支出負担行為に関する確認は,第1審判決別紙(五)のとおり,Dあるいは収入役室副収入役以下代決規程(昭和41年収入役達第1号)に基づき副収入役及び審査課長により行われた。

エ 本件契約<49>は,地方公営企業である水道事業の業務に係るものであり,名古屋市を代表する権限を有する管理者である水道局長が名古屋市を代表して締結したものであり,その業務に関する出納を行う権限も管理者が有している(地方公営企業法8条1項,27条)。

また,本件契約⑲から<23>までは,地方公営企業である病院事業の業務に係るものであり,管理者の権限は出納に関するものを含め当該地方公共団体の長が行うものとされている(同法34条の2,27条)。

オ 本件各契約(本件契約<49>を除く。)のうち契約金額が200万円を超えるものについてのみ契約書が作成され,いずれも控訴人A2が名古屋市長として市を代表するとともに同時に控訴人A1協会の会長として同控訴人を代表して契約を締結する旨記載されている。

(4)  本件各契約締結後の市議会及び控訴人A1協会の行為

ア 平成2年3月22日に開催された名古屋市議会の市制百周年記念事業促進特別委員会において,本件各契約に関する議論がされた後,同委員会に付議された事件の審査を終了することが議決され,同月26日に開かれた本会議においても,その旨議決された。

イ 名古屋市議会における平成2年度一般会計予算の審議に際して,同予算には本件各契約によって名古屋市が取得した物品の活用のための予算が含まれていたが,平成2年3月15日に開かれた名古屋市議会の総務民生委員会において,本件各契約に関する質疑がされた後,同予算のうち同委員会関係部分を可決する旨の議決がされ,同月20日開かれた本会議において,同予算が可決された。

ウ 名古屋市議会の一般会計等決算特別委員会において,平成元年度の決算を認定することが議決され,平成2年12月18日に開かれた本会議において,同決算が認定された。

エ 平成2年3月29日に開かれた控訴人A1協会の第13回理事会において,本件各契約による収入を含む平成元年度の収支決算書が議題とされ,同収支決算書が承認された。

(5)  本件各契約の目的物

ア 本件契約<26>から<34>までの目的物は,白鳥公園に設置された造形物,噴水等であり,名古屋市が控訴人A1協会から購入した後もそのまま公園施設として利用されている。

イ 本件契約⑯の目的物は,デザイン博開催期間中,名古屋城会場に設置された音響効果を考慮した仮設建築物である本丸ステージである。その建設工事費総額1億4487万1000円のうち建築物自体の材料費は5000万円程度である。本丸ステージは,本件契約⑯の締結後,新たに9000万円の追加費用をかけて東山公園内に休憩所及び倉庫として再築されたが,再築までの間,解体された材料が野積みで放置され,再築後の屋根の材質は従前のものと異なっている。

ウ 本件各契約の目的物の中には,上記以外の建造物として,車庫,鉄骨造平屋,便所,休憩所,営業施設等があるが,これらは,特段そのデザインが優れているとはいえないものや,デザイン都市を創造する等の名古屋市の施策の推進に大きな効果があるとまでは認められないものである。また,これらの中には,移設に当たり相当額の設置工事,建設工事を要すると見られるものがあり。これらの建造物の購入価格は,控訴人A1協会が設定した建築工事費用等を含む価格の65%相当額のものが大半を占め,中には80%を超えるもの,さらには購入価格が控訴人A1協会が設定した価格を超えるものもみられる。

エ 本件各契約の目的物の中には,上記以外の品として,放送用機器,ベンチ,大型電光表示板,電話交換機,クーラー,樹木,投光器,フラッグポール,交通サイン,ごみ箱,すいがら入れ等があるが,これらは,特段そのデザインが優れているとはいえないものや,デザイン都市を創造する等名古屋市の施策の推進に大きな効果があるとまでは認められないものである。これらの物品の購入価格は,控訴人A1協会が設定した価格の95%から98%相当額のものが大半を占め,中には購入価格が控訴人A1協会が設定した価格を超えるものもみられる。

8  差戻前の第2審判決の内容と,破棄差戻しの理由

上告審において取り上げられた上告理由のうち,控訴人ら及び被控訴人らに関係する部分は以下の3点であった。

(1)  双方代理と民法108条,116条の類推適用について

ア 差戻前の第2審判決は,被控訴人らの主張していた双方代理の禁止違反について,本件各契約(本件契約<49>を除く。)は,控訴人A2が,名古屋市長として名古屋市を代表し,控訴人A1協会の会長として同控訴人を代表して契約を締結したものであるところ,利益相反の関係が認められるから,本件各契約(本件契約<49>を除く。)の効力は直ちに名古屋市に帰属しないが,本人にあたる地方公共団体(名古屋市。この場合,追認すべき機関は名古屋市議会となる。)がその行為を追認したものと認められるから,本件各契約(本件契約<49>を除く。)の効果は名古屋市に帰属するに至ったものと認めた。

イ 上告審判決は,被控訴人らの上告理由の1つとされた,双方代理と民法108条,116条の類推適用について,次のとおり判断した。

a 普通地方公共団体の長が当該普通地方公共団体を代表して行う契約締結行為であっても,長が相手方を代表又は代理することにより,私人間における双方代理行為等による契約と同様に,当該普通地方公共団体の利益が害されるおそれがある場合がある。そうすると,普通地方公共団体の長が当該普通地方公共団体を代表して行う契約の締結には,民法108条が類推適用されると解するのが相当である。そして,普通地方公共団体の長が当該普通地方公共団体を代表するとともに相手方を代理ないし代表して契約を締結した場合であっても同法116条が類推適用され,議会が長による上記双方代理行為を追認したときには,同条の類推適用により,議会の意思に沿って本人である普通地方公共団体に法律効果が帰属するものと解するのが相当である。

b そして,本件各契約(本件契約<49>を除く。)は,控訴人A2の双方代理行為により締結されたものであるが,名古屋市議会は,控訴人A2を会長とする控訴人A1協会との間で本件各契約(本件契約<49>を除く。)が締結されたことを十分認識して,審査や議決をしたということができるから,本件各契約(本件契約<49>を除く。)を追認したということができるし,控訴人A1協会においても,同様に追認があったということができ,この点に関する差戻前の第2審判決の判断は是認できる。

(2)  本件各契約の締結についての裁量権の逸脱,濫用について

ア 差戻前の第2審判決は,本件各契約(本件契約<26>から<34>までを除く。)の締結について,赤字回避の目的に基づき,必要性に欠けたり,価格の相当性に欠けたりした建造物,物品等を購入したもので,実質的には補助金を正規の手続を経ずに支払うことと同一の行為と評価できるから,裁量権の逸脱,濫用があったものと認めた。

イ 上告審判決は,控訴人らの上告理由の1つとされた,本件各契約の締結における裁量権の逸脱,濫用について,次のとおり判断した。

a 名古屋市は,市制百周年の記念事業としてデザイン博を開催することとし,市議会に設置された市制百周年記念事業促進特別委員会等を通じて検討を重ね,愛知県や経済団体等の協賛を得る等の目的からこれらの団体の参加を得て設立段階の基本財産2250万円を確保し,デザイン博の準備及び開催運営を行わせることを唯一の目的として期間を限って控訴人A1協会を設立したのであり,控訴人A1協会の運営も市職員を中心として行われたのであって,控訴人A1協会において上記検討を受けてデザイン博の実際の運営を行ったところ,入場者数が想定していた数字を下回る見込みとなり,デザイン博の入場料収入等だけではデザイン博の開催運営経費を賄いきれないことが判明し,控訴人A1協会の赤字を回避する目的で本件各契約が締結された。

b 上記事実関係に基づいて考えると,デザイン博は名古屋市の事業として行われたのであって,名古屋市は,控訴人A1協会の設立に際し,控訴人A1協会に名古屋市の基本的な計画の下でデザイン博の具体的な準備及び開催運営を行うことをゆだねたものと解することも可能であり,両者の間には実質的にみて準委任的な関係が存したものと解する余地がある。そうであるとすれば,名古屋市が,控訴人A1協会に対し,同控訴人がデザイン博の準備及び開催運営のために支出した費用のうち,名古屋市が控訴人A1協会にゆだねた範囲の事務を処理するために必要なものであって基本財産と入場料収入等だけでは賄いきれないものを補てんすることは不合理ではなく,名古屋市にその法的義務が存するものと解する余地も否定することができない。そして,上記の点は,本件各契約の締結に裁量権の逸脱,濫用があったか否かを判断するうえで,重要な考慮要素となるというべきである。

c そうすると,デザイン博の準備及び開催運営に関する名古屋市と控訴人A1協会との関係の実質,控訴人A1協会が行ったデザイン博の準備及び開催運営の内容並びにこれに関して支出された費用の内訳を検討しなければ,本件各契約の締結について裁量権の逸脱,濫用があったかどうかを判断することはできない。

d しかるに,差戻前の第2審は,上記の点を確定しないまま前記のとおり判断しているのであって,その判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

(3)  損害の算定方法について

ア 差戻前の第2審判決は,損害の算定方法について,違法な売買契約の結果生じたであろう地方公共団体の財産状態と,かかる売買契約がなかった場合に地方公共団体に生じたであろう財産状態とを対比してその差額をもって損害と解すべきであるところ,控訴人A1協会の残余財産2億1000万円は本件各契約に基づき違法(実質的には補助金を正規の手続を経ずに支払うことと同一の行為と評価できる。)に名古屋市から逸出したまま名古屋市に返還されておらず,本件各契約が締結されなくても交付せざるを得ないことになった補助金の額は明らかではないから,この2億1000万円に相当する額ついては損害にあたるものと認めた。

イ 上告審判決は,損害の算定方法について,次のとおり判断した。

a 仮に,本件各契約(本件契約<26>から<34>までのを除く。)の締結について,裁量権の逸脱,濫用があったものとすれば,これらにより名古屋市に生じた損害は,名古屋市が支払った代金額と同市が取得した財産の価額との差額により算定すべきである。

また,名古屋市が控訴人A1協会に対して補助金を交付するには,公益上の必要があり(法232条の2),かつ,予算に計上して議会の議決を経なければならないことからすれば,差戻前の第2審のいう補助金交付の蓋然性のみでは本件各契約により名古屋市に損害が生じたことと同市が控訴人A1協会に対する補助金の支出を免れたこととの間に相当因果関係があると認めることはできない。

b そうすると,本件各契約により名古屋市に2億1000万円の限度で損害が生じたものとする差戻前の第2審の上記判断は,損害額の算定の方法を誤り,さらに十分な根拠なく補助金の支出を免れたとするものであり,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

c 他方,名古屋市は,本件各契約により施設及び物品を取得しており,これらの施設及び物品の客観的価値は損害の算定にあたり考慮されるべきである。上記の物件がいずれも無価値であるとの事実は確定されておらず,むしろ記録によれば上記目的物の中には一定の客観的価値を有するものが含まれていることが窺われる。そうすると差戻前の第2審の上記判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

9  当審における主要な争点

(1)  以上を前提にすると当審においては,本件各契約(本件契約<26>から<34>までを除く。)の締結に裁量権の逸脱,濫用があったと認められるかが第1の争点となる。具体的には,以下のとおりである。

ア デザイン博の準備及び開催運営に関する名古屋市と控訴人A1協会との関係の実質において,準委任的な関係が認められるか否か。

イ 控訴人A1協会が行ったデザイン博の準備及び開催運営の内容とこれに関して支出された費用が,名古屋市が控訴人A1協会にゆだねた範囲の事務を処理するために必要なものであったか否か。

ウ 以上の判断を踏まえたうえで,本件各契約(本件契約<26>から<34>までを除く。)の締結に裁量権の逸脱,濫用があったと認められるか否か。

(2)  本件各契約(本件契約<26>から<34>までを除く。)の締結に裁量権の逸脱,濫用があったと認められる場合には,名古屋市が支払った代金額と同市が取得した財産の価額との差額を算定することによって算出する損害額が幾らかになるかが第2の争点となる。

10  上記主要な争点に関する当事者の主張は,別紙1のとおりである。

第3当裁判所の判断

1  当裁判所は,本件各契約(本件契約<26>から<34>までを除く。)の締結について,裁量権の逸脱,濫用があったものとは認められず,被控訴人らが主張するその他の違法事由も認められないから,被控訴人らの控訴人A2に対する請求(本件各契約のうち本件契約<26>から<34>まで及び<49>に係る部分を除く部分),控訴人A1協会に対する遅延損害金の支払請求を除く請求(本件各契約のうち本件契約<26>から<34>までに係る部分を除く部分)はいずれも棄却すべきものと判断するが,その理由は以下のとおりである。

2  上記前提となる事実,証拠(乙317,丙76ないし80,82,83の1ないし3,84の1及び2,85,86の1ないし4)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

(1)  控訴人A1協会設立までの経緯

ア 名古屋市は,昭和57年度から市制百周年記念事業の準備を始動させ,昭和58年6月1日には,名古屋市制百周年記念事業連絡会議(以下「連絡会議」という。)を設置し,昭和61年までに13回の幹事会が開催され,その後,同年11月4日に発足した市制百周年記念事業推進本部(助役であったCが本部長)が設置されたことから,連絡会議は発展的に解消した(丙76)。

また,名古屋市は,昭和58年10月31日施行の要綱に基づき,名古屋市制百周年記念事業懇談会(市長が委嘱した学識者など各界各層の代表である28名で構成されていた。以下「懇談会」という。)を設置し,同懇談会は,昭和59年8月6日,基本構想案を了承し,同日,名古屋市長に対して「名古屋市制100周年事業にかかる基本的な構想について」という見だしで報告をした。そして,この基本構想案における記念事業の大綱のなかには「文化,産業など多様な要素を包含し,名古屋の個性と伝統,明日への可能性をみつけ,国際的な広がりを持ったふれあいの中で新しい世紀にむけての夢と勇気を育む壮大な催し(例えば,特色ある博覧会)を,メイン・イベントとして開催するとともに,催しにちなんだ施設を残す。」として,特色ある博覧会をメイン・イベントとして開催することが盛り込まれていた(丙76)。

イ 名古屋市は,昭和59年9月から10月にかけて市民討議を行い,既になされていた市民提案,懇談会の基本構想案,市民討議を基に,市制百周年記念事業の内容の検討を進め,昭和60年11月には,事務局案を集約し,昭和61年1月には,関係局長による会議に提案をして大筋了解が得られたことから,名古屋市議会に設置された市制百周年記念事業促進特別委員会(昭和60年10月9日設置,以下「特別委員会」という。)において,記念事業の公表をした(丙76)。

この公表された事務局案においても,「博覧会の開催(メイン・イベント)」として「生活・文化・産業の各面にわたって,国際的に発信力を持ちうる博覧会を開催する。具体的内容は,協議会B(仮称)において検討する。」と記され,特色ある博覧会をメイン・イベントとして開催することが盛り込まれていた(丙76)。

ウ そして,博覧会の主題を何にすべきかの検討における検討項目として,①市民の生活文化の向上に貢献できるもの,②産業・経済の発展に寄与できるもの,③国際化の推進に寄与できるもの,④将来の名古屋のまちづくりに貢献できるもの,⑤先進性があり前例のないもの,等が掲げられていたところ,その間の昭和60年8月26日にICSIDワシントン会議において,世界デザイン会議を1989年(平成元年)に名古屋市で開催することが内定したことを承けて名古屋市議会の特別委員会や,名古屋市内部の連絡会議等が協議のうえ,名古屋市は,昭和61年4月22日,名古屋市の市制百周年記念事業のメイン・イベントとして世界デザイン博覧会を開催することとし,その構想を報告・公表した(丙80)。

エ 「協議会B」は,昭和61年4月1日に設立された任意団体で,「昭和64年に名古屋市制100周年を迎えるのを契機に,未来への夢と勇気をはぐくみ,新しい名古屋を築きあげてゆくためのイベント等の取り組みを,市民,団体,行政機関等多様な実施主体によって多彩に展開する運動の企画・推進を図ることを目的」とし,事務所は名古屋市役所庁舎内(名古屋市a区bc丁目d番e号)に置かれ,役員として会長には名古屋市長が,副会長には名古屋市助役,その他各種団体の代表者4名が,監事には名古屋市収入役と愛知県出納長が充てられ,事務局職員は名古屋市からの出向職員で構成される団体であった(丙78,79)。

協議会Bは,昭和61年4月23日,「世界デザイン博覧会(仮称)」計画委員会(構成員は合計24名の学識経験者)を発足させ,名古屋市が明らかにしたデザイン博の構想(丙76〔p40〕)をもとに,博覧会の名称,テーマ,基本理念,会場計画等を検討し,昭和61年8月26日付けで「世界デザイン博覧会基本計画」を作成した(丙77)。

「世界デザイン博覧会基本計画」の骨子は,以下のとおりであった。

①名称    「世界デザイン博覧会」

②テーマ   「ひと・夢・デザイン-都市が奏でるシンフォニー」

③基本理念  <時代はデザインの力を求めている>,<世界に発信するデザインの役割>及び<都市が奏でるシンフォニー>と題して,それぞれ「デザイン」の人類史的な意義と社会的な役割の重要性等が述べられている。

④会期    昭和64年7月から同年11月(120日間程度)

⑤会場計画  博覧会自体を一つのデザイン表現として位置づけ,白鳥会場,名古屋城会場,及び名古屋港会場の三会場を各々異なった特色を持つ空間構成と造形イメージの博覧会場とすること。

⑥その他   演出計画・催事計画・広報計画等の分野別に,視覚的なプレゼンテーションシステム,情報提供,交通システム等の整備,「デザイン」等を意識したイベントの展開,「デザイン」を活かした生活文化の提案に向けた広報活動の展開等々

(2)  名古屋市と控訴人A1協会等との関係,控訴人A1協会の活動等

ア 控訴人A1協会は,昭和61年12月26日,デザイン博の準備及び開催運営を行うことを目的とし,存続期間を昭和65年(平成2年)3月31日までとして設立された。

控訴人A1協会の会長(理事)には市長である控訴人A2が,副会長(理事)には助役であるCが,監事には収入役であるDが,専務理事及び常務理事には市幹部職員がそれぞれ就任し,事務局も市職員を中心に構成された。

控訴人A1協会の寄附行為によると,控訴人A2が会長として控訴人A1協会を代表する権限を有し,控訴人A1協会の運営に関する重要な事項は理事会において決することとされていた。また,愛知県や経済団体等の協賛を得る等の目的からこれらの団体の参加を得て設立段階の基本財産2250万円を確保し,うち名古屋市が1000万円を拠出した。

控訴人A1協会は,協議会Bが作成した「世界デザイン博覧会基本計画」,「世界デザイン博覧会事業計画策定調査報告書」をもとに,昭和62年12月,「会場計画の基本方針」「名古屋城会場計画」「白鳥会場計画」「名古屋港会場計画」「資料」から構成される「世界デザイン博覧会会場基本設計報告書」をまとめた(丙80)。

イ デザイン博は,平成元年7月15日から同年11月26日まで開催されたが,その準備及び開催運営の具体的内容は,「世界デザイン博覧会公式記録」(丙80)及び「市制百周年記念事業活動記録-名古屋市-」(丙76)に記載のとおりであった。

そして,控訴人A1協会の会長であった控訴人A2は,平成2年3月26日(審査終了日)までの間,名古屋市議会に設置された特別委員会において,デザイン博の準備・開催状況について定期的に報告をしていた(乙317,丙76)。

ウ 協議会B,控訴人A1協会の収支と名古屋市の負担

a 名古屋市は,デザイン博の実施に当たっては,控訴人A1協会のほか,任意団体として協議会Bを設立して,両者の連携のもとにデザイン博を準備・実施したが,両組織の収支の概要は,別紙2のとおりであった(丙83の1ないし3,84の1及び2,85,86の1ないし4)。

b 名古屋市から協議会Bに出向した職員は,デザイン博の準備・運営に関わる業務に従事するとともに,その多くは控訴人A1協会からその協会組織上の役職・職名も与えられていたが,同人らに対する給与は,控訴人A1協会からは全く支給されず,専ら,協議会Bから同協議会の名で各職員宛に支給されていた(丙82)。

そして,協議会Bに対しては,上記人件費の全額(22億6644万0846円)に加え,多額の補助金が名古屋市から交付され,その総額は,昭和61年度から平成元年度までを通じて,別紙2のとおり,合計32億円余に上った。

c 名古屋市は,控訴人A1協会を設立するために貸付金というかたちで1億円を拠出し,控訴人A1協会設立準備会を設立した。同準備会を構成していた者の多くは名古屋市の職員であり,同準備会は主に控訴人A1協会の設立準備手続を行い,控訴人A1協会の成立(昭和61年12月26日)とともにその業務を終えて,その後解散した(丙85)。

名古屋市は,昭和61年度から平成元年度までの4年度において,別紙2のとおり,控訴人A1協会へ約26億4000万円の補助金を交付した。

なお,デザイン博事業の準備・運営の中心的業務・職務を担当していたのは協議会Bの職員であり,上記のとおり,その人件費(約22億6000万円)はその全部を名古屋市が負担しており,控訴人A1協会固有職員のために支出された人件費の総額(平成2年3月31日まで)は,2億0129万1070円であった。

d 控訴人A1協会の収支については,同控訴人の監事Q(当時・愛知県出納長)及び同R(当時・S銀行代表取締役会長)らの監査報告書(丙86の1),同T(当時・愛知県出納長)及び同U(当時・S銀行代表取締役)らの監査報告書(丙86の2ないし4)において,「事業報告及び収支決算について監査したところ,その内容は適正なものと認めます」とされていた。

エ 控訴人A1協会の収入は本件各契約の代金を含めると265億3500万円,支出は263億2500万円であり,差額2億1000万円の残余金が生じた。控訴人A1協会は,平成2年3月28日,理事会において上記残余金を名古屋市に寄付する旨決議し,同月31日に解散した。

なお,上記寄付については,「通商産業大臣の許可」を得る必要があったが(寄附行為36条。丙3),本件に係る住民監査請求の申立てがなされ,当時,通産省商務室の博覧会専門官からは,控訴人A1協会の債権債務が確定しないままでの上記寄付の許可は困難との見解が示されたため,その許可申請は留保したままとなった(弁論の全趣旨)。

3  争点に対する判断

(1)  争点(1)アについて

ア 名古屋市と控訴人A1協会との関係について

a 名古屋市は,昭和57年度から市制百周年記念事業の準備を始動させ,市民からの提案,懇談会からの報告(基本構想案),市民討議などを踏まえて記念事業の内容を集約したが,その中に特色ある博覧会をメイン・イベントとして開催することが盛り込まれていた。その後,平成元年に名古屋市で世界デザイン会議が開催されることが内定したことを承けて,名古屋市は,昭和61年4月22日,名古屋市の市制百周年記念事業のメイン・イベントとして世界デザイン博覧会を開催することとし,協議会Bを設置して「世界デザイン博覧会基本計画」を作成した。そしてこの経緯を踏まえ,上記基本計画を具体化してデザイン博の準備と開催運営をするという目的のもと,昭和61年12月26日,期間を平成2年3月31日までと限って控訴人A1協会が設立された。同控訴人は,上記基本計画をもとに「世界デザイン博覧会会場基本設計報告書」を作成し,デザイン博の準備・開催運営をしたが,その具体的内容は「世界デザイン博覧会公式記録」(丙80)及び「市制百周年記念事業活動記録-名古屋市-」(丙76)に記載のとおりであった。

b また,控訴人A1協会は,その役員に控訴人A2(会長),助役C(副会長),収入役D(監事)ら市幹部職員が就任し,事務局職員も市職員を中心に構成されており,控訴人A1協会の会長であった控訴人A2は,平成2年3月26日(審査終了日)までの間,名古屋市議会の特別委員会において,デザイン博の準備・開催状況について定期的に報告をしていた。さらに,名古屋市は,控訴人A1協会に対し,出向した市職員の給与約2億円を含む補助金等として約26億円を交付し,同控訴人とともにデザイン博事業の準備・運営の中心的業務を行っていた協議会Bに対しても出向した市職員の給与約22億6000万円を含む補助金等として約32億円を交付するなどしており,デザイン博の準備・開催運営に対し,人的にも物的にもこれを全面的に支えていた。

c したがって,控訴人A1協会は,名古屋市から,市制百周年記念事業のメイン・イベントであるデザイン博につき,名古屋市の基本的な計画の下でその具体的な準備及び開催運営を行うという事務を委託され,その委託の本旨に従ってこれを継続的・統一的に実行したものということができ,しかも入場料収入等では不足する費用についてはその大半を名古屋市からの補助金等で賄っていたという両者の関係に照らせば,その間には実質的にみて準委任的な関係があったものと認められる。

イa 被控訴人らは,名古屋市と控訴人A1協会との関係は,請負的な関係と解すべきである旨主張する。すなわち,協議会Bの作成した「世界デザイン博覧会基本計画」は,名称・テーマ・会期・目標入場者数等が抽象的概括的に決められていただけであり,名古屋市は,控訴人A1協会に対し,デザイン博というイベント(=仕事)の完成を依頼したのであり,それを承けて控訴人A1協会は,具体的な事業計画の策定から準備・開催運営までの全てを行い,また,それによる利益も同控訴人に帰属するとされていたのであるから,名古屋市と控訴人A1協会との関係は請負的な関係にあったと解すべきであるというのである。

b しかしながら,名古屋市は,控訴人A1協会に対し,名古屋市の基本的な計画のもとで,デザイン博の具体的な事業計画の策定を含む準備や開催運営という統一的な事務処理を委託し,かつ,同控訴人を人的にも物的にも支えていたという実態や,さらに控訴人A1協会に対して報酬,あるいはそれに見合うものを与えることを予定していないこと(そもそも,控訴人A1協会は存続期間が定められているうえ,残余財産については,本財団と類似の目的を持つ他の法人又は団体に寄付することとされている。)に照らすと,被控訴人らが主張するように,名古屋市と控訴人A1協会の関係を,控訴人A1協会の計算のもとで仕事を完成させるという請負的な関係と見るのは相当ではない。被控訴人らの上記主張は採用することができない。

(2)  争点(1)イについて

ア 上記のとおり,デザイン博は,名古屋市において構想し,協議会Bを設置して作成した基本計画が基礎になっており,これが委託の本旨に相当するものと解されるところ,控訴人A1協会は,その基本計画をもとに「世界デザイン博覧会会場基本設計報告書」をまとめて,デザイン博の具体的な準備・開催運営を行ったのであり(その内容は「世界デザイン博覧会公式記録」及び「市制百周年記念事業活動記録-名古屋市-」に記載のとおりであった。),それは委託の本旨に従ったものであったと認められ,この認定を左右するに足りる具体的な主張・立証はない。

イ そして,控訴人A1協会の収支については,同控訴人の監事Q(当時・愛知県出納長)及び同R(当時・S銀行代表取締役会長)らの監査報告書(丙86の1),同T(当時・愛知県出納長)及び同U(当時・S銀行代表取締役)らの監査報告書(丙86の2ないし4)において,「事業報告及び収支決算について監査したところ,その内容は適正なものと認めます」とされており,これらによればその支出についても適正なものであったと推定されるところ,これに疑問を抱かせるような具体的な主張・立証はない。

ウ したがって,名古屋市と控訴人A1協会との間に,実質的にみて準委任的な関係があり,控訴人A1協会の行った事務処理はその委託の本旨に従ったもので,それに伴う支出についても適正なものであったと認められるのであるから,委託者の費用償還義務(民法650条1項,2項)の規定に照らせば,控訴人A1協会が基本財産と入場料収入等だけでは賄いきれない費用については名古屋市において負担すべき義務があったものと解するのが相当である。

(3)  争点(1)ウについて

以上を前提に本件各契約(本件契約<26>から<34>を除く。)の締結に裁量権の逸脱,濫用があったか否かについて検討する。

まず,上記のとおり,控訴人A1協会が基本財産と入場料収入等だけでは賄いきれない費用については名古屋市において負担すべき義務があったものと解するのが相当であるから,本件各契約の締結が控訴人A1協会の赤字回避のためであったことをもって,直ちに違法なものであったと評価することはできない。

そして,控訴人A1協会には存続期間が平成2年3月31日までと時間的な制約があるところ,本件各契約の目的物については,前提となる事実記載のとおり,直ちに利用方法を見出すことが困難なもの,再利用に相当の費用を要するもの,通常一般においても取得可能なものなども含まれていたという特殊性があり,さらにその量にも鑑みれば,第三者への売却には相当な困難が伴うことが予想された。他方,売却できなかった場合でも,名古屋市は不足する費用を負担すべきことに変わりはないうえ,当事者間の実質的な関係からすれば,それらの施設及び物品は名古屋市に移転することになるものとも考えられ(民法646条2項),これらを勘案すると,目的物の必要性,価格等の点を,本件各契約の締結における裁量権の逸脱,濫用を判断するうえで重視することはできない。

さらに,当事者間の実質的な関係からすれば,名古屋市が本件各契約に基づき支払った代金は,委託者の費用償還義務の履行に相当し,過分であった2億1000万円については,最終的に控訴人A1協会に帰属するのではなく,同控訴人が名古屋市に対して返還すべき義務を負担することになるものと解されるうえ(民法646条1項),既に控訴人A1協会は,平成2年3月28日にこの2億1000万円を名古屋市に寄付することを決議しているのであるから,上記2億1000万円が過分であったことも,本件各契約の締結における裁量権の逸脱,濫用を判断するうえで重視することはできない。

したがって,以上を総合すると本件各契約(本件契約<26>から<34>を除く。)の締結に裁量権の逸脱,濫用があったとは認められない。

(4)  被控訴人らの予備的な主張について

被控訴人らは,名古屋市と控訴人A1協会との間に準委任的な関係が認められたとしても,本件各契約の締結には裁量権の逸脱,濫用が認められるとしてるる主張するので,以下検討する。

ア 被控訴人らは,名古屋市と控訴人A1協会との間の契約は行政契約であるから,地方自治法138条の2,同法2条14項,地方財政法4条1項の各規定に照らすと,デザイン博が赤字となった場合,無条件に赤字補てんが許されることにはならないのであって,その合理性を支える根拠が示される必要があると主張する。

しかしながら,上記で認定判断のとおり,控訴人A1協会は,名古屋市からの委託を受けて,デザイン博の準備及び開催運営を行い,その準備及び開催運営は名古屋市の委託の本旨に従ったものであり,また,それに伴い支出された費用も適正なものだったのであるから,結果として基本財産と入場料収入等だけでは賄いきれない費用を名古屋市が負担することは,実質的には準委任契約における費用償還義務の履行にほかならず,そこには十分な合理性が認められるのであって,被控訴人らの上記主張は理由がない。

イ 被控訴人らは,デザイン博の赤字の発生は,控訴人A1協会の債務不履行によるものであるから,その損害は受託者である控訴人A1協会の責任と計算で補てんすべきもので,名古屋市にその赤字を補てんする義務はない旨主張する。

しかしながら,名古屋市と控訴人A1協会との間に,実質的にみて準委任的な関係が存し,控訴人A1協会が名古屋市に対して善管注意義務を負担していたとしても,委任を受けて行ったデザイン博の準備及び開催運営においては,上記の認定判断のとおり,その内容は委託の本旨に従うものであり,その支出に不適正なものがあったとは認められないのであるから,結果として収支が赤字になったからといって控訴人A1協会に債務不履行があったとは認められない。したがって,被控訴人らの上記主張は採用できない。

ウ 被控訴人らは,仮に,赤字が不可避的であり,それを名古屋市が最終的に負担しなければならなかったとしても,控訴人A1協会としては,委託者である名古屋市の支出をできる限り防ぐため,施設及び物品をまず名古屋市以外の第三者に対して売却することを検討すべきであったにもかかわらず,同控訴人はこれを怠り,他方,名古屋市としても,第三者に売却されていれば購入する必要がなかった施設及び物品を漫然と購入したのであるから,そこには裁量権の逸脱,濫用が認められると主張する。

しかしながら,上記のとおり,そもそも名古屋市としては控訴人A1協会に対し,基本財産と入場料収入等だけでは賄いきれない費用を補てんする義務があったものと解されるうえ,控訴人A1協会には存続期間が定められており早期に対処する必要があり,他方,本件各契約の目的物については,前提となる事実記載のとおり,直ちに利用方法を見出すことが困難なもの,再利用に相当の費用を要するもの,通常一般においても取得可能なものなども含まれていたという特殊性に鑑みれば,名古屋市において,控訴人A1協会に対し,第三者への売却の努力を求めず,価格設定について厳密な査定をしないまま契約の締結に及んだとしても,本件各契約(本件契約<26>から<34>までを除く。)の締結に裁量権の逸脱,濫用があったということはできない。被控訴人らの上記主張は採用できない。

エ 被控訴人らは,名古屋市は,控訴人A1協会の赤字を解消するに必要かつ十分な金額で施設及び物品を購入すれば足りたにもかかわらず,通常の取引価格を無視した異常な価格で施設及び物品を購入して,控訴人A1協会に2億1000万円もの剰余を生じさせたのであって,このような本件各契約の締結には裁量権の逸脱,濫用があったことは明らかである旨主張する。

しかしながら,上記で認定判断のとおり,名古屋市と控訴人A1協会との間には,実質的にみて準委任的な関係が認められ,名古屋市が本件各契約に基づき支払った代金は,実質的には委託者の費用償還義務の履行に相当するのであるから,過分であった上記2億1000万円については,最終的に控訴人A1協会に帰属するのではなく,同控訴人が名古屋市に対して返還すべき義務を負担することになるものと解されるうえ(民法646条1項),既に控訴人A1協会は,平成2年3月28日にこの2億1000万円を名古屋市に寄付する旨決議しているのであるから,控訴人A1協会に2億1000万円の剰余が生じたことを前提とする被控訴人らの上記主張はその前提において採用できない。

(5)  被控訴人らのその余の主張について

ア 目的の不法について

被控訴人らは,本件各契約の締結について,目的の不法を主張する。

確かに,前提となる事実記載のとおり,本件各契約は控訴人A1協会の収支が赤字となることを回避するためになされたものと認められるが,この点を踏まえ検討しても,本件各契約(本件契約<26>から<34>までを除く。)の締結について裁量権の逸脱,濫用は認められないことは上記判断のとおりであって,被控訴人らの主張は理由がない。

イ 随意契約による違法について

被控訴人らは,本件各契約を随意契約によって締結したことの違法性を主張する。しかし,前提となる事実記載のとおり,本件各契約の目的物の特徴,売り手側の存続期間に制限のあったこと等の事情を考慮すると,名古屋市がこれらをまとめて,競争の方法によって購入するのが困難なものとして随意契約によったことは裁量の範囲内のことであり違法とは認められない。

ウ 議会の議決を経なかった違法について

a 被控訴人らは,次のとおり主張する。

名古屋市においては予定価格8000万円以上の動産の買入れをしようとするときは,議会の議決を経なければならない(議会の議決に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例3条)。本件各契約は,すべてデザイン博に使用された施設等を目的とした売買契約であるから,名古屋市は,議会の議決を経たうえで一括して一個の売買契約で,仮に,しからずとも,本件契約⑩ないし⑰,本件契約<35>ないし<38>,本件契約<39>ないし<48>は,それぞれまとめて1つのものとして契約締結をすべきであった。しかるに名古屋市はこの議会の議決を経るという手続を回避するために50個の契約に分割して売買契約を締結した。したがって,本件各契約は条例上必要な議会の議決を経ていないから,違法,無効なものである。

b しかしながら,本件各契約の目的物は多種多様なものであり,利用形態,利用目的,設置場所等が異なっているのであるから(乙1〔枝番を含む。以下も同様とする。〕ないし307,丙7,8),これらを一括して一個の売買契約を締結すべきものとまでは認められないし,本件契約⑩ないし⑰,本件契約<35>ないし<38>,本件契約<39>ないし<48>について,各部局でまとめて1つのものとして契約締結をすべきものとも認められない。

また,名古屋市において,議会の議決を回避するために分割して売買契約を締結したということを認めるに足りる証拠はなく,名古屋市議会は,控訴人A1協会との間で本件各契約が締結されたことを十分認識して,前提となる事実(4)ア,イ記載のとおり審査や議決をしたのであるから,本件各契約の締結を追認したということもできる。

c したがって,被控訴人らの上記主張は理由がない。

エ 代決権限を有しない者が代決した違法について

a 被控訴人らは,次のとおり主張する。

本件契約⑩,⑮,⑰,<41>,<43>及び<45>には,契約の目的物に「工事用材料」に当たるものは含まれておらず,契約の目的物は全て「物品」に当たるから,本件契約⑩,⑰,<43>及び<45>については市長が,本件契約⑮及び<41>については助役が,それぞれ購入の意思決定をすべきであった。

しかるに,購入の意思決定は原判決別紙(二)名古屋市行為者一覧表(1)記載の者(本件契約⑩,⑰,<45>は助役,本件契約<43>は助役・教育長,本件契約⑮は担当部局の局長,本件契約<41>は教育長・施設課長)によってなされている。したがって,これらの各契約は違法,無効なものである。

b ところで,本件代決規程別表第1の規定によれば,「1件4000万円以下の物品の買入れの決定に関すること」,「1件6000万円以下の工事用材料の買入れの決定に関すること」はいずれも助役の代決権限事項とされ,「1件1200万円以下の物品の買入れの決定に関すること」,「1件2000万円以下の工事用材料の買入れの決定に関すること」はいずれも局長の代決権限事項とされている(乙308)。また,上記別表第1の規定中,局長の代決権限事項は教育長について準用されている。さらに,教育次長以下代決規程7条7項によれば,「1件120万円以下の物品の購入の決定に関すること」は課長の代決権限事項とされている(乙311)。

そして,「工事用材料」とは,「物品」のうち,工事により新しい属性が付加されて生産物又は製造物若しくは施設設備の構成部分となる材料をいうものと解される(弁論の全趣旨)。

c 本件契約⑩の契約金額は5834万3938円である。その目的物のうち「縁台」,シェルター付きの「ベンチ」及び「レストコンプレックス」(価格合計3770万3500円)は,若宮大通公園,松葉公園,吹上公園の各公園内等に設置固定され,各施設の一部として使用されていることに照らすと,これらは工事用材料に当たるものと認められ,その余の物品の価格は2064万0438円となる(乙10,81,83,84)。したがって,いずれも助役において購入の意思決定をすることが許されるものと認められる。

本件契約⑮の契約金額は1484万8480円である。その目的物のうち「シェルター」(価格合計393万1200円)は,Wセンターに設置固定され,同センター施設の一部として使用されていることに照らすと,これらは工事用材料に当たるものと認められ,その余の物品の価格は1091万7280円となる(乙15,117)。したがって,いずれも局長において購入の意思決定をすることが許されるものと認められる。

本件契約⑰の契約金額は5838万7584円である。その目的物のうち「シェルター」,「サテライト」,「警備ボックス」及び「休憩所」(価格合計3520万5300円)は,東山公園内に設置固定され,来園者休憩施設,作業員休憩所,駐車場整理員詰所として使用されていることに照らすと,これらは工事用材料に当たるものと認められ,その余の物品の価格は2318万2284円となる(乙17,125,126,130,131)。したがって,いずれも助役において購入の意思決定をすることが許されるものと認められる。

本件契約<41>の契約金額は1863万7561円である。その目的物のうちシェルター付きの「ベンチ」(価格合計1756万1600円)は,X小学校等に設置固定され,各施設の一部として使用されていることに照らすと,これらは工事用材料に当たるものと認められ,その余の物品の価格は107万5961円となる(乙41,266)。したがって,前者については教育長において,後者については施設課長においてそれぞれ購入の意思決定をすることが許されるものと認められる。。

本件契約<43>の契約金額は4966万0935円である。その目的物のうち「シェルター」(価格合計1108万2500円)は,Yスポーツセンター等に設置固定され,同センター利用者の休憩用施設等,各施設の一部として利用されていることに照らすと,これは工事用材料に当たるものと認められ,その余の物品の価格は3857万8435円となる(乙43,276)。したがって,前者については教育長において,後者については助役においてそれぞれ購入の意思決定をすることが許されるものと認められる。

本件契約<45>の契約金額は5315万8300円である。その目的物「シェルター」,「便所」及び「営業施設」は,いずれもZセンターに設置固定され,同センターの施設(休憩施設,便所,工作室)として利用されており,これらは工事用材料に当たるものと認められる(乙45,289ないし291)。したがって,助役において購入の意思決定をすることが許されるものと認められる。

したがって,被控訴人らの上記主張は理由がない。

(6)  以上のとおり,本件各契約(本件契約<26>から<34>までを除く。)の締結について裁量権の逸脱,濫用があったとは認められず,被控訴人らが主張するその他の違法事由も認められないのであるから,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人らの控訴人A2に対する本件各契約(本件契約<26>から<34>まで及び<49>を除く。)に係る請求には理由がない。また,同様に控訴人A1協会に対する本件各契約(本件契約<26>から<34>までを除く。)に係る請求(遅延損害金の支払請求を除く。)には理由がない。

第4結論

よって,以上と結論を異にする原判決を変更することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青山邦夫 裁判官 坪井宣幸 裁判官 田邊浩典)

別紙1主要な争点に関する当事者の主張

(控訴人ら及び参加人の主張)

1 争点(1)アについて

(1) デザイン博の準備及び開催運営に関する名古屋市と控訴人A1協会との関係の実質は,「準委任的な関係」,即ち,「デザイン博は名古屋市の事業として行われたものであって,同市は,控訴人A1協会の設立に際し,同控訴人に名古屋市の基本的な計画の下でデザイン博の具体的な準備及び開催を行うことをゆだねた」という関係にある。

名古屋市と控訴人A1協会とは,準委任関係を直接明示する書類は取り交わしていないが,以下のとおり,控訴人A1協会が行ったデザイン博の準備及び開催運営は全て,委託者たる名古屋市のために,同市の委託の本旨に相当する「市の基本的な計画」に基づいて実施されたものであり,両者の間に,準委任関係に準ずる実質関係があったことは明らかである。

(2) 準委任の本旨

ア 市制百周年記念事業のメイン・イベントとしての世界デザイン博覧会

a デザイン博の基本計画は,名古屋市の発意に基づいている。名古屋市における市制百周年記念事業は,名古屋市が企画した記念事業である。

名古屋市は,昭和57年度から市制百周年記念事業の準備を始動させ(丙76),昭和58年6月1日には,連絡会議を設置し,昭和61年までに13回の幹事会が開催された。

また,名古屋市は,昭和58年10月31日施行の要綱に基づき,名古屋市制百周年記念懇談会(市長が委嘱した学識者など各界各層の代表である28名で構成されていた。)が設置され,同懇談会は,昭和59年8月6日,基本構想を了承したが,この基本構想の中には特色ある博覧会をメイン・イベントとして開催することが盛り込まれていた。

b 名古屋市は,昭和59年9月から10月にかけて市民討議を行い,既になされていた市民提案,上記懇談会の基本構想案,市民討議を基に,市制百周年記念事業の内容の検討を進め,昭和60年11月には,事務局案を集約した。この事務局案においても,特色ある博覧会をメイン・イベントとして開催することが盛り込まれていた。

これと並行して昭和60年10月には,名古屋市議会に特別委員会が設置されて討議検討が重ねられた。

その後,昭和61年1月には,上記事務局案が関係局長による会議に提案されて大筋了解が得られたことから,特別委員会において,記念事業の公表をした。この発表された内容にも,メイン・イベントとして博覧会の開催が位置づけられていた。

そして,昭和61年4月,名古屋市は,市制百周年記念事業のメイン・イベントとして,デザイン博を開催することを決定した。

c 以上のとおり,デザイン博は,平成元年に名古屋市が市制100周年を迎えることを記念する事業のメイン・イベントとして,名古屋市において計画されたことは明らかである。

イ 協議会B等における計画の具体化

a そして,デザイン博事業は,任意団体である協議会Bが定立した「世界デザイン博覧会基本計画」(昭和61年8月26日,丙77)に基づき実施されている。

協議会Bは,名古屋市の市制百周年記念事業に関連したイベント等の企画・推進を目的として名古屋市が組織した団体であるが(丙78),その中心的な任務は「世界デザイン博覧会基本計画」の定立にあった。この団体の構成員のうち,役員は,会長は名古屋市長,副会長については各種団体の代表者等となっているが,その事務局職員は全て名古屋市の出向職員であり(丙79),その事務所も名古屋市役所庁舎内に設置されていた。

したがって,協議会Bの作成した「世界デザイン博覧会基本計画」は,実質的には,名古屋市が作成したデザイン博の基本計画であることは自明であり,この内容こそが名古屋市のデザイン博事業にかかる準委任の本旨である。

b この「世界デザイン博覧会基本計画」(準委任の本旨)を承けて,それを基に,控訴人A1協会は昭和62年12月に「世界デザイン博覧会会場基本設計報告書」をまとめた(丙80)。

(3) 独立法人設立の趣旨

控訴人A1協会は,デザイン博の準備及び開催運営を行わせることを唯一の目的として期間を限って,名古屋市が設立した財団法人である。名古屋市としては,当初より,デザイン博事業の準備・開催運営については,名古屋市から独立した財団法人を設立し,実質的にはその財団法人を受託者として,準委任業務であるデザイン博事業を委託する方針であり,その趣旨については市議会等でも説明し,事実上の承諾を得ていた(丙81には,「昭和62年春『世界デザイン博覧会(仮称)』を財団法人として発足させる」とある。)。

その趣旨は,デザイン博事業への参加・協力を広く得るためにであり,デザイン博開催に伴って見込まれる巨額の入場料,施設参加料などの収入を,税金,使用料等の通常の市の収入と区分するためであった。

(4) デザイン博事業が委託者たる名古屋市の意に沿っておこなわれたこと

後記のとおり。

(5) その他

ア 控訴人A2は,昭和61年12月26日,控訴人A1協会が設立されて以降,名古屋市長と控訴人A1協会の理事長を兼務していた。そして,平成2年3月26日(審査終了議決日)までの間,合計20回にわたり,定期的に開催された特別委員会の席上で,ほとんど毎回,控訴人A1協会によるデザイン博の準備・開催運営状況を報告していた(乙317)。

これは,受託者である控訴人A1協会から,名古屋市及び特別委員会を通して名古屋市議会に対して,デザイン博という受託事務の処理の状況報告(民法645条)をするという趣旨を含むものであり,名古屋市と控訴人A1協会との間に「実質的にみて準委任的な関係」が存在することを裏付けるものである。

イ 控訴人A1協会は,デザイン博の準備・開催運営にあたり名古屋市からの財政的支援に大きく依存していた。

名古屋市は,デザイン博事業に係る費用として,控訴人A1協会が設立された時に確保した基本財産2250万円のうち1000万円を拠出しているほか,市・県・民の負担金合計20億円のうち10億円を負担し,さらにデザイン博の博覧会施設整備費補助金等として,デザイン博事業の基盤整備のために各種補助金を随時交付していた。

これらの名古屋市が負担した各種費用,補助金等の金員は,デザイン博という委任事務の委託費用を負担する(民法650条)という趣旨のもので,これら財政的支援の事実も,名古屋市と控訴人A1協会との間に「準委任的な関係」が存在したことを裏付けるものである。

これらの費用負担は,名古屋市がその全てを負担しているものではないが,愛知県等その他の団体の負担割合に比べれば名古屋市の負担が突出していることは明らかである。

ウ 控訴人A1協会は,平成2年3月28日,理事会において,残余財産2億1000万円を名古屋市に寄付することを決議した。これは,委任者としての実質をもつ名古屋市に対し,デザイン博に際して控訴人A1協会が受け取った物を名古屋市に引き渡すということであり,これは名古屋市と控訴人A1協会との間に,受取物の引渡義務(民法646条)に準ずる関係があったことを当然の前提としている。

(6) 以上のとおり,名古屋市と控訴人A1協会との間には,「実質的にみて準委任的な関係」があったことは明らかである。

2 争点(1)イについて

(1) デザイン博の準備及び開催運営の内容について

ア デザイン博の準備及び開催運営の具体的内容は,「公式記録」及び「活動記録」に記載のとおりである。

イa 市制百周年記念事業のメイン・イベントとして博覧会を開催することは昭和59年に名古屋市においてすでに構想されていた。そして,その内容がデザイン博となった経緯は,昭和60年8月26日,ICSIDワシントン会議において,世界デザイン会議を1989年(平成元年)に名古屋市で開催することが内定されたことを承けて,昭和60年10月9日に名古屋市議会内に設置された特別委員会や,名古屋市内部の連絡協議会等が協議のうえ,昭和61年4月22日,名古屋市の市制百周年記念事業のメイン・イベントとして世界デザイン博覧会を開催することを報告・公表したことに始まる。(丙1,2)

b 博覧会の具体的内容は,協議会B(丙78参照)において検討されたが,デザイン博の具体的内容については,既に,名古屋市議会の特別委員会で公表されて方向性が定められており(活動記録40P),協議会Bもその意を基に,デザイン博の具体的計画を検討した。

c 協議会Bにおいて,デザイン博の基本計画の策定にあたったのは,合計24名の学識経験者で構成される「世界デザイン博覧会(仮称)」計画委員会である(丙10参照)。同委員会における3回の委員会と7回の専門部会を経て,協議会Bに対してなされた答申をもとに決定された基本計画が「世界デザイン博覧会基本計画」(丙10)である。そしてこの基本計画の内容こそが,名古屋市ないし名古屋市議会の企図を集大成したもので,控訴人A1協会との関係では「準委任事務の本旨」に当たるものである。

ウ 「世界デザイン博覧会基本計画」の骨子(丙77)

①名称   「世界デザイン博覧会」

②テーマ  「ひと・夢・デザイン-都市が奏でるシンフォニー」

③基本理念 <時代はデザインの力を求めている>,<世界に発信するデザインの役割>及び<都市が奏でるシンフォニー>と題して,それぞれ「デザイン」の人類史的な意義と社会的な役割の重要性等が述べられている。

④会期   昭和64年7月から同年11月(120日間程度)

⑤会場計画 博覧会自体を一つのデザイン表現として位置づけ,白鳥会場,名古屋城会場,及び名古屋港会場の三会場を各々異なった特色を持つ空間構成と造形イメージの博覧会場とすること。

⑥その他  演出計画・催事計画・広報計画等の分野別に,視覚的なプレゼンテーションシステム,情報提供,交通システム等の整備,「デザイン」等を意識したイベントの展開,「デザイン」を活かした生活文化の提案に向けた広報活動の展開等々

エ 上記基本計画をもとに,当該博覧会の開催の事業主体として,昭和61年12月26日,控訴人A1協会が設立され,デザイン博事業が準備・開幕に至った。そして,デザイン博事業が,全て準委任者的地位にある名古屋市及び名古屋市議会の意を承けて誠実に実施されたことは,名称・テーマ・会期・会場等が全て概ね基本計画どおりに行われていること等からも自明である。

オ 以上のとおり,控訴人A1協会は,デザイン博の準備及び開催運営を実施するにあたり,全ての面において,実質的な委託者である名古屋市の準委任の本旨にしたがって,誠実にデザイン博事業を実施したのである。

(2) 控訴人A1協会の支出費用の内訳について

ア 名古屋市は,デザイン博の実施に当たっては,控訴人A1協会のほか,任意団体として協議会Bを設立して,両者の連携のもとにデザイン博を準備・実施した。

a 両組織とその収支の概要は,別紙2のとおりである。

b 名古屋市は,昭和61年4月,協議会Bを設立し,デザイン博にかかるマスタープランの検討をすすめ,昭和61年8月26日,「世界デザイン博覧会基本計画」を決定した(丙77)。

名古屋市は,協議会Bに部長級1名,課長級2名,係長級3名の6名を当初参加(出向)させているが,その後も職員を増員すべく順次出向させ,その職員数は下記のとおりであった。

昭和61年度 18人(全職員数22人)

昭和62年度 36人(同   38人)

昭和63年度 82人(同   84人)

平成元年度 164人(同  166人)デザイン博開催年度

上記職員は,協議会Bにおいて,デザイン博の準備・運営に関わる業務に専念していた。そして,その多くは控訴人A1協会からその協会組織上の役職・職名を与えられていたが,給与は控訴人A1協会からは全く支給されず,専ら,協議会Bから同協議会の名で各職員宛に支給されていた(丙82)。

c 協議会Bには,名古屋市から出向している職員の人件費の全額に加え,多額の補助金が名古屋市から交付されている。その総額は,昭和61年度から平成元年度までを通じて,別紙2のとおり合計32億円余に上る。

名古屋市は,補助金・負担金のかたちで,協議会Bに出向した職員の給与の全額及び管理費用を支出,負担した。同協議会の職員は,名古屋市から出向し,デザイン博の準備・運営業務に専念していたものであるから,名古屋市がその費用を負担したのも当然である。

d 協議会Bは,名古屋市からの出向職員で構成され,控訴人A1協会とともにデザイン博の準備・運営を行っていたものであり,そのためデザイン博終了後の平成2年度まで存続していたが,その間の昭和61年度から平成2年度までの収支決算等は丙83号証の1ないし3,丙84号証の1及び2のとおりである。名古屋市が同協議会に対して支出した金額は平成元年度までで合計32億円余であった。

イ 控訴人A1協会

a 名古屋市は,控訴人A1協会を設立するために貸付金というかたちで1億円を拠出し,控訴人A1協会設立準備会を設立した。同準備会を構成していたのは全て市職員であり,その運営も全て市職員によって行われており,同準備会は主に控訴人A1協会の設立準備手続を行った。

同準備会が作成した基本計画は控訴人A1協会に引き継がれ,昭和61年12月26日に控訴人A1協会が設立されたことに伴い,上記準備会は昭和62年4月10日にその業務を終了させた。その収支は丙85のとおりであり,名古屋市が同準備会に対して支払った額は上記貸付金1億円のみである。

b 控訴人A1協会の収支は,昭和61年度から平成2年度までの収支は,別紙2のとおりである。

控訴人A1協会は,公益法人であるが,駐車場収入,シンボルマーク使用料収入,乗船料収入などの収益事業を有し,控訴人A1協会の会計には一般会計と収益事業特別会計があった。

デザイン博事業の準備・運営の中心的業務職務を担当していたのは,協議会Bの職員であり,その人件費は全部を名古屋市が支弁していた。

控訴人A1協会が自己の固有職員のために支出した人件費の総額(2億0129万1070円)と,名古屋市が協議会Bに出向した市職員のために支出した人件費の総額(22億6891万8547円)とを比較すれば,10倍を超える大きな差があり,デザイン博事業に係る人件費の大半は協議会Bを通じて名古屋市が負担していたことは明らかである。

(3) 控訴人A1協会の決算収支について

アa 昭和62年度は,控訴人A1協会に事業収入がないので,主な収入は,名古屋市からの補助金4億円(他に愛知県からの補助金2億円),旧V銀行からの借入金4億円であった。

b 昭和63年度は,前売入場券の売上金62億円余に加え,出展料5億6000万円余などの収入があったが,他方,諸経費不足のため市から6億9000万円(愛知県から1億5000万円)の補助金を受けた。

c 平成元年度は,デザイン博開催の年で,控訴人A1協会は,70億円の入場料収入を始め,施設参加収入30億円弱その他で120億円を超える事業収入があったが,この年度においても,名古屋市から15億5000万円(愛知県から1億5000万円)の補助金を受けている。

なお,控訴人A1協会はデザイン博に直接関わるものとして,デザイン博関連施設の建設,会場運営などに約191億円を支出している。

イ 結局,名古屋市は,昭和61年度から平成元年度までの4年度において,別紙2のとおり,協議会Bを通じて控訴人A1協会に支出した人件費相当の32億円に加え,控訴人A1協会へ26億4000万円もの補助金を交付している。

これは,控訴人A1協会の財政計画は,協議会Bが担った巨額の人件費を除外して収支が均衡するかたちで策定されていたということができる。控訴人A1協会は,名古屋市=協議会Bが下支えをする組織であり,同協議会に人的・財政的な不足を生じる場合は,名古屋市の補助金・負担金によって補てんされることが予定されていたことは明らかである。

したがって,仮に控訴人A1協会の収入に不足が生ずれば,名古屋市はそれを補てんすべき立場にあったことは上記補助金交付の経緯に照らして明らかである。

(4) 控訴人A1協会の収支が適切になされていること

控訴人A1協会の収支は,デザイン博事業の準備・運営のために適切になされていることは,控訴人A1協会の監事T(当時・愛知県出納長)及び同U(当時・S銀行代表取締役)らの監査報告書(丙86の1ないし4)において,控訴人A1協会の収支が適正であることを確認してこれを明らかにしている。

3 争点(1)ウについて

(1) 名古屋市と控訴人A1協会との間に,デザイン博事業の準備及び開催運営を準委任事務とする「準委任的な関係」があったことを前提とすれば,デザイン博事業の終了後,控訴人A1協会の収支計算上,赤字が発生した場合,その原因が控訴人A1協会において「委任事務を処理するにつき必要と認むべき費用」を支出した結果であると認められる限り,名古屋市が当該赤字を補てんすることは,準委任者的地位に伴う当然の法的義務に基づくものであったというべきであり,デザイン博終了時点でなお控訴人A1協会が第三者に返済・負担すべき債務が残っていた場合においても,実質的には準委任者的地位にある名古屋市において弁済する義務(民法650条2項)が存していたものというべきである。

(2) そして,「平成元年9月頃,全会期中のデザイン博の入場者数総計が当初見込んでいた数に達しない状況となり,入場料収入等だけではデザイン博の開催運営経費を賄いきれないことが判明した」が,控訴人A1協会の収支における赤字の発生原因はもとより全てデザイン博の開催運営費として,控訴人A1協会が「準委任事務を処理するにつき必要と認むべき費用」を支出した結果であり,その準委任事務処理上の必要性については,控訴人A1協会の監事であるT,同Uらの会計監査等に基づく,監査報告書においても承認されている。

(3) したがって,名古屋市が控訴人A1協会の収支が赤字になることを回避する目的で補助金交付という手続をとらず,デザイン博の記念として,そこで使用された施設及び物品を購入するといった方法を選択したとしても,当該行為は,実質的にはデザイン博事業を実施する上での準委任者的地位に伴う上記法的義務に基づいて,デザイン博の開催運営経費を補てんしたという本質には何ら変わりがないのであるから,本件各契約の締結について,控訴人A2に,裁量権の逸脱・濫用があったとは到底言えないし,当該補てん行為が法的義務に基づくものである限り,本件各契約締結の結果,名古屋市に損害が発生しないことも自明のことである。

(4) 名古屋市においては,購入すべき施設及び物品を慎重に選別し,購入価格についても慎重な査定評価を経て,本件各契約に至ったものであり,かつ,当該契約締結行為については,名古屋市議会からも承認(追認)を受けているものであるが,仮に本件各契約の目的物のなかに,特段そのデザインが優れているとは言えないものがあったり,物品の購入価格に控訴人A1協会が設定した価格を超えるものがあったとしても,名古屋市に法的な補てん義務がある以上,本件各契約によって名古屋市に損害が発生することはない。

(5) したがって,名古屋市と控訴人A1協会との準委任的な関係が証拠に基づいて確定される限り,本件各契約における価格設定の当否,損害額を論じるまでもなく,被控訴人らの損害主張に理由はない。

(被控訴人らの主張)

1(1) 最高裁は,名古屋市と控訴人A1協会とが別個独立の法人であることを前提に,両者の関係について,準委任的な関係である可能性を示唆している。しかし,他人の労務の利用を目的とする契約としては,委任のほかに雇用,請負があるところ,本件では準委任的なものではなく,請負的なものであると考えるべきである。

(2) 雇用は,労務それ自体の給付を目的とし,かつそこでの労務給付は使用者の指揮命令のもとに行われるものであり,請負は,労務の成果の給付(仕事の完成)を目的とするものであり,委任は,労務それ自体を目的とするが,受任者は自己の裁量で所定の事務を処理するものである。

そして,請負的な関係であれば,請負人側に自己の計算で仕事を完成する義務があり,注文者側に費用の償還ないし補てんを求めることはできないことになる。

名古屋市は,控訴人A1協会に対し,デザイン博というイベント=仕事の完成を依頼したものであって,名古屋市と控訴人A1協会との関係は請負的な関係とみるべきである。

(3) 昭和61年8月26日,協議会Bの答申に基づいて定立された「世界デザイン博覧会基本計画」においては,名称・テーマ・会期・会場・目標入場者数が抽象的概括的に決められていただけであった。

昭和61年10月31日,控訴人A1協会の設立発起人会が結成され,同年12月26日には控訴人A1協会が設立された。その後,デザイン博が開幕する平成元年7月までの2年半,控訴人A1協会は具体的な事業計画の策定から開催準備までの全てを行い,デザイン博開催期間中は控訴人A1協会が主催者としてその運営を行った。

デザイン博終了後,控訴人A1協会は清算に入ったが,本件各契約により名目上黒字になった約2億円は,当然に名古屋市に返還されたのではない。控訴人A1協会の寄附行為36条には「本財団の解散の場合の残余財産は,……本財団と類似の目的を持つ他の法人又は団体に寄付するものとする。」と定められているように,上記の約2億円は控訴人A1協会に帰属する金銭であり,それを前提に控訴人A1協会(その理事会には,名古屋市の職員や市長以外の人も多数含まれている。)から名古屋市へ寄付の手続が取られたのであって,控訴人らが主張するように残余財産の名古屋市への返還が既定の方針とされていたわけではない。

(4) このようにデザイン博については,名古屋市が行うべき事業の一部の事務処理が控訴人A1協会にゆだねられたというよりは,具体的計画の策定から開催運営までの全てを控訴人A1協会にゆだね,それによる利益を控訴人A1協会に帰属するとされていたことからすれば,名古屋市と控訴人A1協会との関係は,請負的な関係であるとみるべきである。

名古屋市と控訴人A1協会との関係は請負的なものだったのであるから,名古屋市には控訴人A1協会がデザイン博の準備・開催運営のために支出した費用で基本財産と入場料収入だけでは賄いきれないものを補てんする法的義務が存するとは言えない。したがって,控訴人A1協会が行った準備・開催運営の内容及びこれに関して支出された費用の内訳を検討するまでもなく,本件各契約の締結には裁量権の逸脱・濫用があったということができる。

2 被控訴人らの予備的主張

(1) 仮に,名古屋市と控訴人A1協会との間に準委任的な関係があったとしても,「収支が赤字になることを回避する」目的でデザイン博の記念としてそこで使用された施設及び物品を購入するという方法は,控訴人A2の裁量権の逸脱・濫用にあたる。

(2) 控訴人A1協会は受託業務であるデザイン博の実施について善良なる管理者の注意をもって事務を管理する義務を有していた。デザイン博が赤字にならないことはデザイン博の成否にかかる重大な事項であるから,控訴人A1協会としては,デザイン博の実施について赤字を発生させないように運営する義務があったことも明らかである。

そして,実際に赤字となっている以上,控訴人A1協会において,善良なる管理者の注意義務を尽くしたこと,赤字発生が不可避的であり,控訴人A1協会に準委任契約を履行するうえでの落ち度がなかったことの主張・立証をすべきであり,この主張・立証がない以上は,本件赤字は控訴人A1協会の準委任契約の債務不履行により発生したものと言わざるを得ない。

受託者の受託義務の債務不履行によって生じた損害はもっぱら受託者の責任と計算で補てんすべきものであるから,名古屋市には,控訴人A1協会の債務不履行によって生じたデザイン博の赤字を補てんする法的義務はない。控訴人A1協会において,まず資産を処分し,それでも赤字の補てんができない場合には自己破産の申立てをすることで対応すべきである。

したがって,「収支が赤字になることを回避する」目的でデザイン博の記念としてそこで使用された施設及び物品を購入することで,赤字の補てんをした控訴人A2の行為は,本来行う義務のない行為によって,名古屋市に損害を被らせたのであって,明らかに裁量権を逸脱し,違法である。

(3) 仮に,デザイン博の赤字発生が不可避的であり,名古屋市に最終的な赤字負担の必要があったとしても,控訴人A1協会は名古屋市から事業の委託を受けている以上,委託者である名古屋市の支出をできる限り防ぐため,施設及び物品を名古屋市以外の第三者に対して売却することをまず検討すべきであり,それによっても補てんされない部分についてのみ名古屋市への売却や補助金の交付を求めることで対応できると解すべきである。

しかるに控訴人A1協会は,デザイン博で使用された施設や物品について,名古屋市以外の第三者への売却に向けた具体的な努力をすることなく,漫然と名古屋市との間でそれらの売買契約を締結し,売買代金額相当の支出をさせた。真実,その施設や物品にデザイン博の記念として価値があるならば,名古屋市に売却したのと同様の価格で,第三者に対しても売却することが可能だったはずである。

したがって,本件における施設及び物品の買い受けは,本来,名古屋市が行う必要のなかったものであり,これについて漫然と売買契約を締結した控訴人A2の行為には,その裁量権を逸脱した違法があることは免れない。

(4) 仮に,名古屋市と控訴人A1協会との間に準委任的な関係が存したとしても,当然に費用償還請求権の行使として本件売買による赤字補てんが許されることにはならない。名古屋市と控訴人A1協会との契約は,行政契約であるところ,本件のように100周年記念事業という公共事業を目的として締結される契約は「公法契約」として,通常の民事上の契約とは異なる規律に服するとされることが一般的であった。現在は,公法契約という概念だけで全てを説明する手法は採られないにしても,行政主体が公的目的で締結する契約について無条件に民法上の規定が全面適用されるという見解はない。控訴人らは,名古屋市と控訴人A1協会との間に契約書が存在しないにもかかわらず,準委任契約関係が全面適用されることを前提とする点において,行政上の契約の本質を看過した誤りがある。

行政契約においては,「行政腐敗の温床となりやすいので,組織法上の行政契約の一種として位置づけ,その特徴を考慮した法理を確立して適切な運用をはからなければならない。具体的には契約締結手続の公正,厳格化を期す」「契約中にこうした明示の条項がない場合でも,契約の性質にふさわしい解釈,運用がはからなければならない」とされている。

そして,地方自治法138条の2,同法2条14項,地方財政法4条1項の各規定を前提とすれば,名古屋市と控訴人A1協会との関係が準委任であったとしても,デザイン博が赤字になった場合に無条件に赤字補てんのために行政財産の支出を許容する法理は存在しない。最高裁もこれらの点を前提として,赤字補てんの合理性を支える根拠を提示するよう控訴人らに求めたものである。

控訴人らにおいて,本件赤字補てんの合理性を支える根拠の提示ができていない以上,仮に,両者の関係が準委任関係またはこれに類する関係であったとしても,控訴人らの主張には合理性はない。

(5) 仮に,赤字補てんが許されるとしても,地方自治法,地方財政法の規定からみて,約2億1000万円もの剰余を生み出す金額で名古屋市が控訴人A1協会から諸施設や物品を購入した点は問題である。

準委任契約における受任者的な地位にある控訴人A1協会としても,委任者たる名古屋市に対し,不必要な経費を負担させないよう善良な管理者としての注意をもって,控訴人A1協会に生じる赤字を解消するに必要かつ十分な金額で名古屋市に諸施設及び物品を売却するべきであることは,地方自治法,地方財政法の規定からみれば当然であるし,民法の受任者の注意義務からしても当然だからである。

控訴人らは,控訴人A1協会の行った準備,開催運営の内容及びこれに関して支出された費用の内訳を具体的に検討することなく,支出分は全て適正な支出であって無駄遣いはなかったことを前提に主張している。わざわざデザイン博を黒字とするために名古屋市から公金が支出される必要は全くないし,かかる権限までも控訴人A1協会にゆだねたとする根拠は全くない。

控訴人A1協会の収支決算を前提としても,名古屋市に対して通常の取引価格を無視した異常な価格で購入させることにより,控訴人A1協会に約2億1000万円もの剰余がでるような高額での売買契約の締結は,控訴人A2の裁量権の逸脱,濫用があったことは明らかである。

したがって,控訴人A1協会に赤字補てんのための売買をする権限があったとの前提にたつとしても,差戻前の控訴審判決が認定したとおり,少なくとも控訴人A2に2億1000万円の範囲内で賠償責任があるとの結論は維持されるべきである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例