名古屋高等裁判所 平成16年(行コ)32号 判決 2006年6月21日
主文
1 原判決を取り消す。
2 本件を名古屋地方裁判所に差し戻す。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1 控訴人
主文と同旨
2 被控訴人
(1) 本件控訴を棄却する。
(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1 本件は,被控訴人が,イラン・イスラム共和国(以下「イラン」と略記する。)国籍を有する控訴人に対し,同国を送還先とする退去強制令書の発付処分(以下「本件処分」という。)を行ったところ,控訴人が,同処分は難民の地位に関する条約(以下「難民条約」といい,難民の地位に関する議定書を併せて「難民条約等」という。)33条1項のノン・ルフルマン原則に反する違法なものであると主張して,その取消しを求めた抗告訴訟である。
2 原判決は,控訴人の請求には理由がないとしてこれを棄却したところ,控訴人が控訴した。
3 前提事実,争点,争点に関する当事者の主張は,次のとおり,原判決に付加訂正をするほか,原判決「第2 事案の概要」欄1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。
4 原判決の付加訂正
(1) 原判決2頁14行目の「(以下」を「(ただし,平成16年法律第73号による改正前のもの。以下」と改める。
(2) 原判決3頁5行目末尾に「。」を付加し,同頁6行目を削除する。
(3) 原判決6頁21行目と同頁22行目の間に,次のとおり挿入する。
「エ 主任審査官は,退去強制令書を発付するに際し,その必要的記載事項の1つとして(法51条,出入国管理及び難民認定法施行規則45条),送還先を法53条に基づき指定する。ところで,法53条3項は,ノン・ルフルマン原則(難民条約33条1項)を国内法化した規定であるから,主任審査官は,本国政府が迫害主体である難民と認定されるべき者を当該本国政府に送還することは許されず,送還先が法53条3項に適合しているか否かについて審査のうえ送還先を指定することになる。
そして,イランにおいてはクルド人であること,イスラム教スンニ派教徒であることのみをもって迫害を受ける事情はなく,控訴人の個別事情を検討しても,控訴人がイランにおいて迫害を受けるおそれがあるとは客観的に認められない。したがって,控訴人については難民と認められず,イランは法53条3項にいう難民条約33条1項に規定する国には含まれないから,控訴人について,法53条1項によりその送還先をイランと指定した本件退去強制令書発付処分が適法なことは明らかである。」
第3当裁判所の判断
1 当裁判所は,原判決を取り消して,本件を名古屋地方裁判所へ差し戻すべきものと判断するが,その理由は,以下のとおりである。
2(1) 原判決は,退去強制手続の手続過程において,主任審査官の難民該当性に関する判断権限について,以下のとおり判断する。
ア 退去強制手続のある段階で,実体上の難民該当性の有無を判断し,その結果を退去強制手続に反映させることが可能となる解釈を採るべきである。
イ ところで,難民に該当するか否かの判断は,高度な専門的知見を要すると考えられることから,法はその認定主体を法務大臣と定めている(法61条の2第1項)。そうすると,退去強制手続の過程で実体上の難民該当性の有無を考慮する主体としても,法務大臣(あるいは法務大臣から権限の委任を受けた者)以外には考え難く,したがって,その判断は,法49条3項に定める特別審理官の判定に対する異議手続において,法務大臣(あるいは法69条の2,法施行規則61条の2第10号に基づいて権限の委任を受けた地方入国管理局長)が法50条1項3号の在留特別許可を与えるか否かを検討する中でなされるべきものと考えられる。
ウ 入官難民法は,容疑者が法24条各号の一に該当するとの入国審査官の認定(若しくは特別審理官の判定)に服したとき等の場合,主任審査官は,当該容疑者に対し,すみやかに退去強制令書を発付しなければならないと規定し(法47条4項,48条8項,49条5項),主任審査官が発付の可否について何らかの実質的判断権限を有することをうかがわせる文言は存在しない。そうすると,主任審査官の権限は,せいぜい,手続が入官難民法に従って履践されたことを確認する形式的審査権を有するに過ぎず,これが満たされている場合に,その発付を拒否することは許されないと解すべきである。
(2) 上記のとおり,原判決は,主任審査官には実体上の難民該当性についての判断権限がないとする。
しかしながら,被控訴人も,法53条3項はノン・ルフルマン原則(難民条約33条1項)を国内法化した規定であり,主任審査官は,本国政府を迫害主体とする難民と認定されるべき者を当該本国に送還することは許されず,送還先が法53条3項に適合しているか否かについて審査のうえ送還先を指定することになると主張するところであり,退去強制手続における送還先は,主任審査官によって,当該外国人が難民に該当するかについての実質判断がなされた上で指定される手続になっているものと解するのが相当である。
したがって,退去強制手続において送還先が法53条3項に適合しているか否かの判断においても,主任審査官には実質的審査権限を有しないとする原判決の判断は是認できず,その見解を前提とする原判決は取り消すべきものである。
3(1) 以上を前提にすると,主任審査官による退去強制令書発付処分の違法事由として,難民性の判断の誤りを主張することも許されることになる。
(2) しかるに,原審においては,以下のとおり,被控訴人が本件処分において控訴人の送還先をイランと指定したことに関連して,控訴人の難民性についての審理はなされていない。
ア 控訴人は,原審第2回口頭弁論期日までに,準備書面(2)(平成16年6月15日付け)において,送還先の指定を誤った本件処分は法53条3項に反し無効であるなどと主張していたが,被控訴人はこの主張に焦点を合わせての反論はしないままであった。また,控訴人の立証活動は,控訴人を被告人とする出入国管理及び難民認定法違反被告事件の判決書謄本(写し)と控訴人の難民認定申請受理票(写し)を提出していたに止まっていた。原審裁判所は,以上のような状況にあった第2回口頭弁論期日で弁論を終結した。
イ 控訴人は,口頭弁論終結後に,別件において法務大臣は次のとおり主張しているとして,すなわち主任審査官のした法53条3項に反する送還先の指定は,少なくとも退去強制令書発付処分のうち当該指定部分に関して違法であり,送還先の記載部分を取り消すべきことを認めている,などと主張し,疎明資料(別件における法務大臣ほか1名の準備書面の写し〔抜粋〕)を添付して弁論再開の申立てをした。
しかし,原審裁判所は,控訴人の弁論再開の申立てに対して職権発動することなく,そのまま判決を言い渡した。
ウ 控訴人は,当審においても上記主張を維持し,他方,被控訴人も上記(引用にかかる原判決,付加訂正後のもの)のとおり,主任審査官は,本国政府を迫害主体とする難民と認定されるべき者を当該本国に送還することは許されず,送還先が法53条3項に適合しているか否かについて審査のうえ送還先を指定することになると主張するに至り,当裁判所も,その見解を採用すべきものと判断していることは上記のとおりである。
エ そうすると,控訴人に対する本件処分において送還先が法53条3項に適合しているか否かについての審理もなされる必要のあるところ,上記のとおり,原審ではこの点に関する審理は行われていない。
(3) そして,退去強制処分を受けるか否かと,退去強制処分を受けるにしてもその送還先がいかなる国あるいは地域となるかは,控訴人にとって事柄の重要性に軽重はなく,いずれも重大な問題であることは明らかである。
(4) 以上のとおり,控訴人に対する本件処分において送還先が法53条3項に適合しているか否かについて,原審では審理されておらず,審理されなかったことについて控訴人に非難されるべき点はなく(むしろ弁論再開の申立てまで行い,その審理を求めたにもかかわらず適わなかった。),上記争点に対する判断は控訴人にとっては極めて重要な事柄であって,このまま当審において上記争点の判断をすることは控訴人の審級の利益を奪う結果となる。
したがって,当審において,当事者双方から上記争点に関する主張・立証はなされたものの,控訴人の審級の利益を保護するためには,なお,本件を名古屋地方裁判所に差し戻すのが相当である。
第4結論
よって,原判決を取り消し,本件を名古屋地方裁判所に差し戻すこととし,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 青山邦夫 裁判官 坪井宣幸 裁判官 田邊浩典)