名古屋高等裁判所 平成17年(う)728号 判決 2006年4月25日
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中80日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人内田実提出の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官澤田正史提出の答弁書に記載のとおりであるから、これらを引用する。
論旨は、原判示第1ないし第4の各窃盗に関して原審で採用された証拠は必ずしも証明力が十分とはいえないものばかりで、被告人が各犯行に及んだことを示す直接の証拠はなく、他方、窃盗被害品とされる物品はいずれも被告人の所有物であるとの被告人の弁解には一定の合理性が認められる以上、被告人を犯人と認定するには合理的疑いが残ると解され、被告人はいずれについても無罪であるから、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があるというのである。
しかし、原判決の挙示する関係各証拠によれば、原判示の各事実はいずれも優に認定することができ、原判決が「事実認定の補足説明」として説示する部分も概ね相当として是認することができる。以下、所論にかんがみ、補足して説明する。
1 原判示第1の窃盗について
原判決挙示の関係各証拠によれば、被告人は、かねて金銭に窮した折り、実兄の同級生で近隣に住むA方に自宅とする倉庫内にあった造園道具を持ち込み、その都度、同人から小遣い銭程度の現金を受け取っていたところ、平成17年3月ころから、被告人はA方に大工道具を持ち込むようになったこと、Bは、建築業を自営する者で、原判示第1記載の作業場に各種大工道具を保管していたところ、同年3月中旬ないし4月中旬ころ、近隣に居住するCは、早朝に被告人が上記作業場付近を往来しており、行きには手ぶらであったのに帰りには段ボール箱を所持していたのを目撃し、Bに盗まれた物がないかを確認するよう申し向けたこと、また、同年4月中旬の早朝、Dは、被告人がBの作業場方面から重そうな機械(原判決添付の「被害品一覧表」番号21の穴掘り機と特徴が一致する。)を抱えて被告人の自宅である倉庫に運び入れるのを見たこと、BはCに注意されて作業場を確認した折りには盗まれた物があることに気づかなかったが、同月27日になって大工道具がなくなっていることに気づき、被告人方及びA方を調べたところ、多数の大工道具が見つかり、このうち原判示第1記載の27点についてBが自己の所有物であると確認したこと、このうちの数点には「B」、「野田建築」等と記名されていることが認められる。
これによれば、被告人は、同年3月中旬から4月27日までの間に、数回にわたってBの作業場から少なからぬ大工道具を窃取し、自宅やA方に持ち込んでいたもので、上記の27点の大工道具はいずれもこの窃盗の被害品であると認めることができる。これに対して、被告人は、捜査段階から一貫して、被告人方あるいはA方で見つかった大工道具類はいずれも自分が他所で購入したものであると弁解するが、裏付ける資料もない上、一部の道具に被害者を示す記名があった事実に照らしても全く信用できない。なお、これらの窃盗は、その被害品の量やDの目撃状況に照らすと、上記の期間内に複数回にわたって実行されたものと考えられるが、結局、本件に表れた関係証拠だけでは、その正確な回数や日時は明らかにならないため、被告人に最も利益となるよう包括一罪になると解するのが相当である。
所論は、原判決は、Bの検察官調書(原審甲87)等に依拠して、上記の大工道具を窃盗被害品であると認定したのであるが、同人は高齢で供述当時体調が不良であったこと等によれば信用性は低いというべきであるという。関係証拠によれば、同人が供述当時71歳で、平成17年6月ころに脳梗塞で入院し、その後退院したとはいえ、めまい等の症状が続いていたことがうかがえるが、そうであるからといって入院前である同年3月ないし4月ころの出来事について認知や記憶に障害が存したということはできず、その供述内容等に照らして原審が上記検察官調書の信用性が高いと判断したことは相当と考えられる(なお、上記検察官調書の体裁からすると、B本人の自署押印はなく、取調べに立ち会った同人の二男がBの署名押印を代筆したことが認められるが、供述調書が作成された同年9月7日当時、Bは自宅療養中で、自宅内で検察官からの事情聴取を受けたものの、病状から起立や自署ができない状況であり、そのためにやむなく取調べに立ち会った二男が署名押印を代行したというのであって、そのような場合、立会人の代行署名及び押印をもって供述者本人の自署押印と同一視し得ると解される。したがって、所定の証拠調べを経た上で上記検察官調書を刑訴法321条1項2号前段により採用した原審の訴訟手続には法令違反は存しない。)。
そして、他に原判決の証拠評価について所論がるる述べるところはいずれも採用できず、一件記録を精査しても上記認定を左右すべき事情は見当たらない。
2 原判示第2の窃盗について
原判決の挙示する関係各証拠によれば、Eは、丸京建設の屋号で建設業を営み、原判示第2の倉庫に所有する道具を保管していたところ、平成17年5月初旬、倉庫内に保管していたはずの鉄筋切断機及びはしごが紛失しているのに気づいたこと、同月10日、被告人が窃盗で検挙された旨の報道に接した東は、自分も窃盗被害に遭ったと警察に申告し、捜査の結果被告人方から発見された原判示第2の鉄筋切断機がその傷の形状、位置等から自己の所有物であると確認したことが認められる。これによれば、被告人は、原判示第2の期間のころ、上記倉庫から鉄筋切断機を窃取したものと優に認定することができる。
所論は、鉄筋切断機は量産品であって、被告人がたまたま同種の物を入手していた可能性は否定できない、というが、被告人方にあった鉄筋切断機は、被告人が他所から購入したものであるとの弁解が信用できないことは、前項で述べたのと同様であり、前記鉄筋切断機が特殊な機械であって、被告人にとっていかなる理由があって購入したか極めて疑問でもあり、所論の述べるような可能性はないものというべきである。他に上記認定を左右する事情は見当たらず、所論は採用できない。
3 原判示第3の窃盗について
原判決の挙示する関係各証拠によれば、Fは、楠丑商店の屋号で製材業を営み、原判示第3の工場にその所有する道具を保管していたところ、平成17年3月25日、同月中旬ころにその所在を確認したチェーンソー等の道具類が工場からなくなっていることに気づいて窃盗の被害届出をしたこと、その後、友人のGから、A方の庭先にFの所有するチェーンソーと酷似した物が置いてあると聞かされ、雇用している作業員に確認させたこと、作業員は確認の結果、A方に置かれていた道具類のうち、原判示第3記載のはしご等7点がFの所有する物であると特定したこと、このうちのチップソーには上記屋号を示す「クスウシ」の刻印が存することなどが認められ、これらによれば、原判示第3の期間内に被告人が上記工場から上記はしご等7点を窃取してA方に持ち込んだものと認定することができる。この事実に関しても被告人の弁解を採用できないことは前同様である。
なお、この事実についても、原判示第1の事実同様、その被害品の量に照らして複数回にわたって窃取が実行されたものと考えられるが、その回数や日時を特定できない以上、最も被告人に有利に包括一罪と認定するのが相当である。
所論は、上記7点の道具が窃盗被害に遭ったという原審証人Fは、既に高齢でその供述内容にもあやふやな部分が存するから、証言の信用性は低いというが、所論の述べるあやふやな点とは時間の経過によって当然に生じる記憶の減退の域を出るものではなく、全体としてみれば供述内容は極めて自然かつ合理的で、十分な信用性を認めることができる。そして、原判決の認定を論難する他の所論も採用できず、上記認定を左右する事情は見当たらない。よって、この事実についての所論も採用できない。
4 原判示第4の窃盗について
原判決の挙示する関係各証拠によれば、Hは、原判示第4の有限会社北村木材店を経営し、同事実に記載された工場に道具類を保管していたところ、平成17年4月ころに親族にチェーンソーを貸すため、道具類を見渡した際には格別の異常はなかったのに、同年5月9日午前9時30分ころに工場を確認したところチェーンソーが見当たらなかったため、窃盗の被害届出をしたこと、捜査の結果、Hは、被告人方から発見された道具類のうち、原判示第4のチェーンソー2台を原判示の特徴等から自己の所有物であると確認したことを認めることができる。これによれば、被告人は、原判示第4の期間内に上記工場から上記チェーンソー2台を窃取したものと認定できる。この事実に関する被告人の弁解が信用できないことも従前述べたとおりである。また、関係証拠からは、上記チェーンソー2台が同時に窃取されたものであるか、別の機会に窃取されたかは判然としないが、最も被告人に有利に包括一罪と認定するのが相当である。
所論は、原審は、原審証人Hが公判での証言を差し控えたために刑訴法321条1項2号により同人の検察官調書(原審甲88)を採用したのであるが、同人は自分の供述に自信が持てないために証言を差し控えたと解すべきであり、そうすると上記検察官調書の信用性も乏しいという。確かに、Hは、原審証人として出廷した際、詳細な供述をすることを拒んだのであるが、その理由として同人が述べたところは、「被告人の父と自分の父が仲が良かったので証言したくない。事実関係は検察庁で説明したとおりである。」というものであって、同人の説明が果たして真意であるのか、あるいは被告人がいつかは近隣に戻ってくることを予想し、後難を恐れて証言を拒んだものであるかは判然としないものの、いずれにせよ所論の述べるように窃盗被害に遭ったとの確信がなかったから証言を控えたわけではなく、検察官調書の内容はそのとおりであるが、あえて証言をしないという態度を選択したと解される。このような場合、刑訴法321条1項2号によって同人の検察官調書に証拠能力が付与されることは同法の解釈上当然のことであり、また、その内容等に照らしてこれに信用性があることもまた肯定できる。よって、この点の所論も採用できない。
以上の次第で、刑訴法396条により、本件控訴を棄却することとし、刑法21条を適用して当審における未決勾留日数中80日を原判決の刑に算入し、当審における訴訟費用は刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。