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名古屋高等裁判所 平成17年(ネ)113号 判決 2005年11月09日

愛知県<以下省略>

控訴人兼被控訴人(1審原告)

(以下「1審原告」という。)

上記訴訟代理人弁護士

城野雄博

東京都中央区<以下省略>

控訴人兼被控訴人(1審被告)

株式会社コーワフューチャーズ

(以下「1審被告」という。)

上記代表者代表取締役

上記訴訟代理人弁護士

山下幸雄

主文

1  1審原告の本件控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。

(1)  1審被告は,1審原告に対し,1830万9010円及びこれに対する平成12年2月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)  1審原告のその余の請求を棄却する。

2  1審被告の本件控訴を棄却する。

3  訴訟費用は,第1,2審を通じ,これを2分し,その1を1審被告の負担とし,その余は1審原告の負担とする。

4  この判決は,主文1項(1)に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  1審原告

(1)  原判決(ただし,債務不存在確認請求を棄却した部分を除く。)を次のとおり変更する。

(2)  1審被告は,1審原告に対し,3514万8350円及びこれに対する平成12年2月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも1審被告の負担とする。

(4)  仮執行宣言

2  1審被告

(1)  原判決中,1審被告敗訴部分を取り消す。

(2)  1審原告の請求を棄却する。

(3)  訴訟費用は,第1,2審とも1審原告の負担とする。

第2事案の概要

1(1)  本件は,1審被告に商品先物取引を委託した1審原告が,

ア 1審被告の勧誘・取引行為には違法があったとして,1審被告に対し,不法行為に基づく損害賠償として,差し入れた金員と返戻金との差額(2784万8350円)並びに慰謝料(280万円)及び弁護士費用(450万円)の合計3514万8350円及びこれに対する取引の最終日である平成12年2月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める(以下「本件損害賠償請求」という。)とともに,

イ 1審原告と1審被告との間の平成12年2月4日付け債務確認並びに弁済契約に基づく1審原告の1審被告に対する113万7015円の商品先物取引帳尻損金支払義務の存在しないことの確認を求めた(以下「本件債務不存在確認請求」という。)事案である。

(2)  原審は,

ア 本件損害賠償請求については,1審被告の勧誘・取引行為の違法に関する1審原告の主張は一部理由があり,これにより1審原告が被った取引による損害は,未払帳尻損金を加えた2898万5365円であるところ,1審原告の過失は5割であるから,5割を減じた1449万2683円であるとし,慰謝料についてはこれを認めず,弁護士費用については150万円の限度で認容し,上記合計額1599万2683円から未払帳尻損金を差し引いた1485万5668円及びこれに対する平成12年2月3日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を命じる限度で認容し,その余の請求は棄却し,

イ 本件債務不存在確認請求については,1審原告と1審被告との間の平成12年2月4日付け債務確認並びに弁済契約には,未払帳尻損金債務の確認に関する要素の錯誤があるとはいえないから理由がないとして,棄却した。

(3)  原判決に対し,1審原告及び1審被告が,本件損害賠償請求の各敗訴部分についてそれぞれ不服があるとして控訴した。

したがって,当審における審理の対象は,本件損害賠償請求の当否である。

3  前提となる事実,主な争点及び当事者の主張は,以下のとおり,原判決を付加訂正するほか,原判決の「第2 事案の概要」欄の1,2の(1),(2)及び3の(1),(2)に記載のとおりであるから,これを引用する。

4  原判決の付加訂正

(1)  原判決3頁19行目冒頭から同頁22行目末尾までを,以下のとおり改める。

「エ 証拠金規制違反の有無及びその違法性

オ 新規委託者保護義務違反の有無

カ 実質的一任売買と手数料稼ぎ(不当な両建勧誘,無意味な反復売買)の有無

キ 向かい玉取引の違法性の有無

ク 返金拒否の有無」

(2)  原判決4頁9行目の「とおりの経歴で」から同頁14行目末尾までを,以下のとおり改める。

「とおり,本件各取引当時無職であり,退職金(約600万円)や失業保険で生計を立てていたもので,口座設定申込書(乙2)に「流動資産500万円未満」と記入し,1審被告の顧客カード(甲5)にも「預貯金500万円」と記載されていた。

それにもかかわらず,1審原告の預託金額は,取引開始からわずか約1か月後(9月22日)で1620万6500円,43日後(9月30日)には2103万8350円にものぼっており,1審原告が2000万円を超える金員を1審被告に預託する状態に陥っても,1審被告の従業員らは,資金の出所を確認したり,取引を中止・縮小することもなく,1審原告が母親に借金をして預託額が2654万8350円にのぼるまで,取引を拡大・継続させている。

1審原告のような新規委託者は,商品先物取引の仕組みや危険性等について,単に口頭での説明を聞いたり,資料を見せられたり,自分で読んだりするだけで,これらを全て理解できるとは通常考えられないのであるから,新規委託者が,損失が生じても過大にならない程度の取引量(甲33号証の「商品先物取引の委託者の保護に関するガイドライン(案)」によれば,顧客が申告した投資可能資金額の3分の1となる水準。)で実際の取引をすることを通じて,商品先物取引の制度を実際に体得し,対象商品ごとの取引の複雑さ,予測の困難性,投機性をそれなりに理解するための習熟期間を設け,制度の理解不足や取引の性質の理解不足により新規委託者が予想外の損失を被ることを防止し,その保護を図る必要がある。

ところが,1審被告は,1審原告の投資可能金額を顧ることなく,商品先物取引経験のない1審原告に対し,取引開始直後から投資額を激増させ,両建勧誘,証拠金規制違反,断定的判断の提供,特定売買,向かい玉という行為を行った。

したがって,1審被告のかかる行為は,適合性原則に違反することは明らかである。」

(3)  原判決5頁6行目の「委託者」から同頁7行目の「課されているが」までを,以下のとおり改める。

「委託者に対し,受託契約に先立ち,取引単位や倍率,損益計算の方法を含む商品先物取引の仕組みやリスク,証拠金(これを預託すべき義務の発生する仕組みや預託及び返還時期),委託手数料(その額や徴収時期),両建勧誘の禁止等について十分理解できるよう説明すべき義務があるというべきである。しかし」

(4)  原判決7頁2行目と同3行目の間に以下のとおり付加する。

「エ 証拠金規制違反の有無及びその違法性

(1審原告の主張)

(ア) 受託者(商品取引員)は,取引の受託について,委託者から委託本証拠金の預託を受けなければならず(受託契約準則7条1項1号),その預託時期は,原則として「取引の委託をするとき」(同準則9条2項本文)である。なお,「資力・経験等を有する委託者(新規の委託者を除く。)から書面により委託本証拠金の預託に係る申出があった者」等で受託会員が必要と認めた者にあっては,当該委託に係る取引が成立した日の翌営業日正午まで」(同項但書)という例外が認められるが,少なくとも新規委託者である1審原告には,この例外規定を適用する余地はない。

また,毎日の取引終了時に行う委託証拠金の過不足の計算において,預り証拠金(委託者の書面による指示がある場合においては,預り証拠金に差引損益金通算額の益金を加えた額)が預託必要額に不足することになったときは,委託者は受託会員からの請求により,当該不足が生じた日の翌営業日正午までに当該不足額を預託する(同準則9条7項本文)。

委託証拠金を預託しないで商品先物取引をすれば,その時点で新たな負担を伴わないため過当取引に陥るおそれが高く,また,商品取引員が手数料稼ぎに走る危険があることから,委託証拠金は,商品取引員の債権の担保であるのみならず,副次的には過当取引を防止する機能を有しており,商品取引員がその預託を受けずに玉を維持し,又は新規に建玉した場合には,違法性を帯びるというほかない。

(イ) 1審原告の平成11年中の取引のうち,8月20日(東京とうもろこし買建玉40枚),8月23日(東京とうもろこし買建玉40枚),9月9日(東京とうもろこし買建玉60枚),9月14日(東京とうもろこし売建玉30枚),9月17日(東京とうもろこし売建玉20枚),9月22日(東京とうもろこし売建玉55枚),9月24日(東京とうもろこし売建玉60枚),11月5日(福岡ブロイラー売建玉16枚),11月15日(東京とうもろこし売建玉600枚),12月6日(東京とうもろこし買建玉70枚。ただし,増玉20枚分)については,受託契約準則7条1項1号に違反する取引(無敷・薄敷)である。

また,平成12年2月1日,委託追証拠金3261万2500円のため,預託必要額に160万4900円の不足が生じ,翌営業日までに不足額が預託されなかった。これは同準則9条7項本文に違反する。

(ウ) 上記のとおり,1審原告が本件各取引を開始した平成11年8月20日から同年9月30日までの42日間に行われた東京とうもろこしの取引13回のうち,原判決別紙売買取引一覧表(1)記載の建玉番号2,3,4,8-1~3,9-1・2,10,12,13の合計8回が無敷・薄敷の取引である。

また,同期間のうち,無敷・薄敷の状態は,以下のとおり21日間であり,上記期間の半分にあたる。

a 8月20日

b 8月23日~8月24日

c 9月9日~9月17日

d 9月22日~9月30日

(エ) その後,平成11年10月に入ってからは無敷・薄敷がないが,これは,1審原告がBに対し,これ以上出す金はないと話したため,無理に建玉を先行させても,それまでのように事後に証拠金の預託を受けられない事態が発生することを1審被告が懸念したに過ぎない。

(オ) 平成11年11月以降の取引のうち,無敷・薄敷の取引は上記のとおりである。そして,1審原告の預り証拠金残高は,同年11月12日から同年12月12日までの間の5710万円がピークであるところ,そのうち実際に1審原告が支払った額は2153万8350円にとどまり,その差額である3556万1650円は,差引益金(帳尻益金)から振替えられたものである。

建玉を仕切っても,委託者に利益金を返還せずに証拠金に振替え,新たな取引の証拠金に充当すること(利乗せ取引)は,委託者の手許に余裕資金を残さないように仕向けるのであるから,相場動向が逆転した場合にたちまち適切な対応に窮する結果となって,委託者に大きな損害を与えるおそれがあり,その違法性は極めて大きい。

(カ) 平成11年12月6日から1審原告が取引を終了した平成12年2月3日までは,委託追証拠金が継続して発生,拡大しており,証拠金必要額に不足が生じないように建玉の整理(損切)・縮小に終始している。

(キ) 以上の経緯によれば,1審被告は,1審原告から有り金を拠出させる手段として,あえて証拠金規制に違反して,無敷・薄敷のまま取引を行わせたことは容易に推認される。したがって,1審被告のかかる行為は違法である。

(1審被告の主張)

(ア) 1審原告主張(ア)について

1審原告主張の規定があることは認め,その余は争う。証拠金は,商品取引員に対する担保であり,商品取引員がこれを徴収するのは権利であって義務ではないから,証拠金未徴収でも委託契約は有効である(最高裁昭和42年9月29日判決,同昭和43年2月20日判決,同44年10月28日判決等)。

(イ) 1審原告主張(イ)について

平成11年8月20日,9月17日の各取引が無敷・薄敷であることは否認し,その余は概ね認める。

(ウ) 1審原告主張(ウ)について

1審原告が無敷・薄敷と主張するaないしdのうち,平成11年8月23日,9月9日,9月10日,9月14日,9月22日,9月24日,9月27日から同月29日の営業日が無敷・薄敷であることは認め,その余は否認する。

平成11年8月20日から同年9月30日までの営業日(土・日・祝日を除く日)は,28日であるところ,無敷・薄敷状態であったのは,上記のとおり9営業日にすぎない。

(エ) 1審原告の主張(エ)ないし(キ)について

争う。1審原告は,平成11年10月以降の無敷・薄敷状態,1審原告の預り証拠金残高が差引益金(帳尻益金)から振替えられていることなどを主張する。しかし,平成11年11月11日現在では,1審原告は,返還予定額5460万8100円から預託した証拠金総額2153万1850円を差し引いた3307万6250円の利益を出していたのである。したがって,その時点でみる限りでは,1審原告には何らの損害を生じていないのであり,損害が生じていない以上,不法行為は成立しない。」

(5)  原判決7頁3行目冒頭から同頁25行目末尾までを以下のとおり改める。

「オ 新規委託者保護義務違反の有無

(1審原告の主張)

上記エのとおり,本件各取引については,証拠金規制に違反した取引が継続して行われている。そして,その結果,1審原告からの預託金の額は,取引開始から約1か月後の平成11年9月22日で1620万6500円,同月30日で2103万8350円にのぼっている。かかる受託取引は,取引未経験者からの新規受託取引を原則2か月間で1500万円までとした1審被告の受託業務管理規則(なお,同額自体,極めて緩くて不当である。)をも大きく逸脱している。

1審被告が,新規委託者である1審原告に対し,証拠金規制に違反して無敷・薄敷のまま取引を行わせ,上記のとおり2000万円を超える預託金が必要な取引を受託したことは,新規委託者保護義務に違反するものである。

(1審被告の主張)

争う。証拠金規制違反については,上記エの1審被告の主張のとおりである。」

(6)  原判決8頁5行目冒頭の「オ」を「カ」と,同9頁16行目冒頭の「カ」を「キ」とそれぞれ改める。

(7)  原判決9頁18行目の冒頭に「(ア)」を付加する。

(8)  原判決10頁3行目の「9月限」を「9月限月」と改める。

(9)  原判決10頁14行目と15行目の間に以下のとおり付加する。

「(イ) 商品取引員が,委託玉の売りと買いとが同数の部分は,委託者相互の売買を成立させ,対当するものがなかった売り又は買いの部分(差玉)と同量もしくは近似の対当する商品取引員の自己玉の取引を行えば(差玉向かい玉),商品取引所に付け出す売買の枚数は同数(もしくは近似)となり,委託玉と自己玉を通算すると,商品取引員と商品取引所との間では差益が事実上相殺されて帳入差金の授受がなくなり(もしくはわずかな額となる。),商品取引員と複数の委託者との間だけで差損益金の決済をすれば足りることになる。

この場合,複数の委託者全体の総益金と総損金の差額が商品取引員の益(損)と同額になり,一方に利益が生じるなら他方に損失が生ずるという関係にあるから,商品取引員と委託者とは利害相反関係があることになる。

本件各取引のうち,東京とうもろこしについては,自己玉と委託玉を合算した売りと買いの総取組高は,ほぼ完全に一致(平均一致率99.88パーセント)しているし,福岡ブロイラーについても,ほぼ完全に一致(平均一致率99.92パーセント)している。

1審被告が,東京とうもろこし及び福岡ブロイラーにかかる1審原告の取引について,1審原告を含む委託者総体の建玉と対当させて自己玉を建てた行為(差玉向かい玉)は,上記利益相反関係を意図的に発生させたものであり,委託者保護に欠け,社会的相当性を逸脱する違法なものである。

また,商品取引員による差玉向かい玉が上記のとおり利益相反関係を発生させるということは,委託者にとって重要な情報であるから,商品取引員は予め委託者に対し自己による差玉向かい玉の取引をすること及び取引の都度その情報を委託者に説明すべき信義則上の義務があるというべきである。したがって,1審被告が,1審原告に対し,上記説明をしていないことは違法である。」

(10)  原判決10頁16行目の「争う」を「(ア) 1審原告の主張(ア)は争う。」と改める。

(11)  原判決11頁7行目と8行目の間に以下のとおり付加する。

「(イ) 1審原告の主張(イ)のうち,商品取引員の差玉向かい玉により利益相反関係が生じることは概ね認め,その余は争う。

利益相反の関係にあるとしても,委託玉に利益が出て,自己玉に損失が生じる場合も確率的には50パーセントの割合で存在するから,差玉向かい玉が違法となるためには,ほぼ確実に委託玉に損失が生じ,自己玉に利益が生じていることを主張・立証する必要がある。

しかし,東京とうもろこしと福岡ブロイラーの取引に関する1審原告の主張は,委託玉と自己玉が利益相反の関係にあるという主張の域を出ていない。」

(12)  原判決11頁8行目冒頭の「キ」を「ク」と改める。

第3当裁判所の判断

当裁判所は,1審原告の請求(ただし,本件損害賠償請求に関する部分)は,1審被告に対し,1830万9010円及びこれに対する平成12年2月3日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し,その余は棄却すべきものと判断するが,その理由は,以下のとおりである。

1  本件の経緯等について

本件の経緯等は,原判決の「第3 当裁判所の判断」欄の1に記載のとおりであるから,これを引用する。

2  適合性原則違反の有無(争点(1)のア)について

当裁判所は,適合性原則違反があった旨の1審原告の主張は理由がないと判断するが,その理由は,原判決の「第3 当裁判所の判断」欄の2の(5)のアに記載のとおりであるから,これを引用する。

なお,1審原告は,1審被告が1審原告の投資可能金額を顧ることなく,商品先物取引経験のない1審原告に対し,取引開始直後から投資額を激増させ,両建勧誘,証拠金規制違反,断定的判断の提供,特定売買,向かい玉という行為を行ったことは,適合性原則に違反する旨主張するが,1審原告が問題視する上記行為は,1審原告が商品先物取引を勧誘する対象者として適当であったかという適合性の問題とは直接関連しないので,以下のとおり,適合性原則違反とは別個の問題として判断する。

3  説明義務違反の有無(争点(1)のイ)について

上記(引用にかかる原判決)1の(1)認定のとおり,Cは,本件各取引の開始に当たって,1審原告に対し,商品先物取引が証拠金を預託してする委託取引であること,損が出た場合に追証を預託しなければならない場合があることを説明したほか,値幅制限等の商品先物取引全般の仕組み,委託手数料及び具体的に取引をした場合の損益の計算方法についても説明した上,最終的な判断は1審原告において判断する必要があること等を話したことが認められる。

そして,上記(引用にかかる原判決)1の(2)認定のとおり,1審原告は,取引初日にDが枚数拡大を勧誘したのに対し,追証の懸念を示していたことからすると,1審原告は,Cの上記説明により,商品先物取引に関する一般的な知識は有していたものと認めるのが相当である。そうすると,Cに説明義務違反があったということはできない。

なお,1審原告は,両建勧誘の禁止等の説明義務違反があった旨主張するが,そのような説明をすべき義務があるということはできない。

したがって,説明義務違反があった旨の1審原告の主張は理由がない。

4  断定的判断の提供,不実告知の有無(争点(1)のウ)について

(1)  上記(引用にかかる原判決)1の(9)認定のとおり,Eは,平成11年12月9日,1審原告に対し,ロシアがプラチナを大量輸出するとの極秘情報が入ったとして白金の売建玉の取引を勧めたことが認められる。

上記説明は,一般人であれば,ロシアがプラチナを大量輸出するという情報は未だ極秘であり,今の段階で白金の売建玉の取引をすれば,利益を生じることが確実であると誤解させるものであるから,実質的に平成16年法律第43号による改正前の商品取引所法136条の18第1号によって禁止された断定的判断の提供に該当するというべきである。

(2)  また,上記(引用にかかる原判決)1の(10)認定のとおり,縄本は,平成12年1月21日,1審原告に対し,ロシアがプラチナを大量に輸出するとの情報が入ったとして白金の取引(売建玉)を勧めたことが認められる。

上記説明がなされた当時は,ロシアからの白金の供給が懸念されニューヨークの商品取引所において白金が値上がりしていたという状況であった(甲20の2)ということを考慮すると,上記の説明は,一般人であれば,近々ロシアがプラチナを大量に輸出するという情報は極秘であり,今の段階で白金の売建玉の取引をすれば,利益が生じることが確実であると誤解させるものであるから,実質的に断定的判断の提供に該当するというべきである。

(3)  1審原告は,1審被告の外務員らは,「追証の心配はありません」と説明したことは,断定的判断の提供に該当する旨主張する。

上記(引用にかかる原判決)1の(2)認定のとおり,Dは,平成11年8月20日,1審原告から「追証でも掛かったらどうするのか」と聞かれ,「今は追証の心配はないので,思い切っていきましょう」と話したことが認められる。

しかし,上記発言は,Dの見解の表明にとどまり,利益を生じることが確実であるとの誤信を生じさせる断定的判断の提供に該当するとはいえない。

(4)  1審原告は,DやBが,平成11年8月30日に「アメリカのとうもろこし産地にハリケーンが来るから,とうもろこしは今後値上がる。」と話したこと,同年10月末に「福岡でブロイラーが新規上場する。ガソリンや灯油も,新規上場後の最初の1週間は,連日続騰でした。皆が買いに回るので,必ず値上がりします。」と話したことは,断定的判断の提供に該当する旨主張し,1審原告の陳述書(甲14)及び原審における供述にはこれに沿う部分がある。

しかし,DやBは,ハリケーンが来るということからとうもろこしが上昇すると思われるとか,新規上場した商品は高騰したという過去の事例からブロイラーも高騰するのではないかという推測を述べ,これを受けて1審原告が上記(引用にかかる原判決)1認定の取引を行ったにすぎないということも十分考えられ,他にこれを裏付ける具体的な証拠がないことを考慮すると,1審原告の上記陳述書や供述部分は採用できない。

(5)  1審原告は,その他にも「損を取り戻せます」等と断定的判断の提供があった旨をるる主張し,1審原告の陳述書(甲14)や原審における供述にはこれに沿う部分があるが,他にこれを裏付ける具体的な証拠がないから,上記陳述書や供述部分は採用できない。

(6)  以上のとおり,断定的判断の提供があった旨の1審原告の主張は,上記(1),(2)の限度で理由がある。

5  証拠金規制違反の有無及びその違法性(争点(1)のエ)について

(1)  上記(引用にかかる原判決)1認定事実,証拠(甲2,14,乙15の6・7,原審証人D)及び弁論の全趣旨によれば,

ア 1審原告の平成11年中の取引のうち,8月20日,8月23日,9月9日,9月14日,9月17日,9月22日,9月24日,11月5日,11月15日,12月6日の各取引が,委託本証拠金がないか不足する取引であったこと,

イ 平成12年2月1日に委託追証拠金に不足の状態が生じたこと,

ウ 平成11年8月20日,9月17日の取引分は当日中に,同年8月23日,9月14日,11月5日,12月6日の取引分は1営業日後に,同年9月9日,9月22日,11月15日の取引分は,2営業日後に,同年9月24日の取引分は4営業日後に,無敷ないし薄敷の状態が解消されたこと

が認められる。

(2)  無敷・薄敷が禁止されるのは,第1次的には商品取引員の委託者に対する債権を担保するためであり,これにより委託者の過大な取引を防止させるという機能を有することになることは否定できないが,それはあくまで副次的な効果に止まるから,委託証拠金を徴収しない旨の約束のもとに受託したとか,長期間委託証拠金を徴収しないまま,継続的に取引を受託したという場合はともかく,委託証拠金の徴収なく,あるいは不足のまま行った取引が直ちに委託者との関係で違法なものとなるとはいえない。

本件において,委託証拠金を徴収しない旨の話をして取引を勧誘したことは窺えないし,無敷・薄敷となった取引及び解消するまでの日数は,上記のとおりであり,その期間が長期であるとはいえない。したがって,上記無敷・薄敷の状態で,1審被告が取引を受託したことが,委託者の過大な取引を防止させるという無敷の禁止の副次的な趣旨を逸脱するようなものであるとまではいえない。

また,平成12年2月1日以降の証拠金不足の状態は,上記(引用にかかる原判決)1認定のとおり,1審原告は同年2月3日に手仕舞いし,その間取引をしていないことを考慮すると,1審原告に対する関係で不法行為に該当する違法なものであるとはいえない。

したがって,証拠金規制違反を理由に本件各取引の違法をいう1審原告の主張は理由がない。

(3)  1審原告は,平成11年11月12日から12月12日までの間の預り証拠金残高は5710万円がピークであるが,実際に1審原告が支払った額は2153万8350円であり,その差額である3556万1650円は,差引益金(帳尻益金)から振替えられたものであるところ,このように,委託者に仕切り後の利益金を返還せずに,新たな取引の証拠金に充当すること(利乗せ取引)は,相場動向が逆転した場合,手持ちに余裕資金のない委託者に大きな損害を与えるおそれがあるから違法である旨主張する。

上記(引用にかかる原判決)1認定事実及び弁論の全趣旨によれば,1審原告主張の事実が認められる。

しかし,上記(引用にかかる原判決)1認定の取引経緯を考慮すると,差引益金を新たな取引の証拠金に充当したことは,取引建玉数を増やし,さらに利益を得ようという目的ないし動機に基づくものと認めるのが相当である。上記のような方法は,相場が予想と違った場合,委託者が被る損失が大きくなるという危険性を有するものではあるが,1審原告は1審被告の担当者から当初受けた説明や平成11年8月以降の取引経験により,上記の危険性は認識していたものと認められる。

そうすると,差引益金を新たな取引の証拠金に充当するということが直ちに不合理なものということはできないし,かかる取引にともなう危険性を1審原告は認識した上で,承諾していたものと認められる以上,1審被告が差引益金を証拠金に振り替えたことが違法であるということはできない。

したがって,1審原告の上記主張は理由がない。

6  新規委託者保護義務違反の有無(争点(1)のオ)について

上記(引用にかかる原判決)1の(2)ないし(4)認定のとおり,1審原告の最初の取引日である平成11年8月20日から同年9月19日までの1か月間の1審原告の取引は,買建玉が合計70枚,売建玉が150枚の合計220枚であり,上記9月19日の段階で保有していた建玉は170枚(買建玉が60枚,売建玉が110枚)であったこと,上記期間中に1審原告が支払った預託金は合計1360万円であったことが認められる。

また,上記(引用にかかる原判決)1の(4)認定のとおり,平成11年9月20日から同月30日までの間の1審原告の取引は,買建玉が60枚,売建玉が115枚であり,上記9月30日の段階で保有していた建玉は290枚(買建玉が120枚,売建玉が170枚)であったこと,上記期間中に1審原告が支払った預託金は合計743万8350円(返戻金49万3500円を控除した後の残額)であったことが認められる。

上記(引用にかかる原判決)1の(1)認定のとおり,1審原告が当時無職であることを1審被告の担当者は知っていたこと,また,1審原告の口座設定申込書の流動資産の欄には500万円未満と記載されていたこと(乙2)が認められる。

このような1審原告の職業・流動資産の状態を考慮すると,1審被告が,1審原告に対し,最初の取引日から1か月以内の期間中に建玉数にして合計220枚,そのための預託金として合計1360万円の支払を要する取引の勧誘をしたことは,新規委託者保護義務に違反する違法なものであるというべきである。このことは,最初の取引日から9月30日までの間の1審原告からの預託金の額は,合計2103万8350円であり,取引未経験者からの新規受託取引を原則2か月間で1500万円までとした1審被告の受託業務管理規則6条の規定(甲4。なお,同規則に規定する金額自体,新規委託者保護の観点からすると問題があるといわざるを得ない。)をも逸脱していることからも明らかである。

したがって,新規委託者保護義務違反をいう1審原告の主張は,理由がある。

7  実質的一任売買と手数料稼ぎ(不当な両建勧誘,無意味な反復売買)の有無(争点(1)のカ)について

(1)  不当な両建勧誘の有無について

ア 両建は,既存の建玉に値洗い損が生じた場合において,決済するか相場の好転を期待して建玉を維持するかどうかの判断に迷うときに,反対の建玉を行うことにより,損失を一時的に固定し,しばらくの間相場の動向を見守り,相場の見通しが立つようになったときに一方の建玉を決済し,他方の有利と考える玉によって投機を行う目的で行われるものであって,また,損失の清算を先送りにし,両建玉をそれぞれ適時に決済することによって,上記損失の清算金額を減少させることも期待できるため,商品先物取引において時に応じて取られる手法の一つであり,両建それ自体は,委託者にとって全く益のない取引方法であるとまでは認められない。

しかし,両建は,これをせずに既存の建玉を決済した場合と比べて,既存建玉と新規建玉の双方に委託証拠金を必要とする上,新規建玉分の手数料が必要となる。また,両建をして,両建時の損失を減少させるには,相場の変動を見極め,それぞれの玉を各限月までに適時に決済しなければならず,これを誤ると損失を拡大しかねないものであって,先物取引に関する高度の知識,相場観が要求される。さらに,このような両建の機能及び不利益を十分に理解していない委託者に両建をさせると,委託者に損得勘定を誤らせるおそれがあり,また,取引を手仕舞いして損の拡大を防ぐ機会を奪うことにもなりやすい。

したがって,商品取引員が,委託者に対して両建を勧誘することが許されるのは,委託者が取引経験を相当程度有している場合であって,かつ委託者に対し,その習熟度や理解度に応じて,両建の意味や機能,必要証拠金等の差異等の不利益,他に取りうる対処方法を十分に説明した場合に限るというべきである。そして,取引経験を相当程度有する委託者が,これらの説明を受け,その不利益を承知しながら,あえて自ら両建を選択した場合には,両建を違法とすることはできないが,商品取引員が,取引経験に乏しい委託者に対し両建を勧誘し,それについて合理性が認められない場合はもちろんのこと,取引経験を相当程度有する委託者についても,これらの説明を尽くさずに両建を勧め,委託者が両建の意味や機能,必要証拠金等の不利益を十分に理解しないままこれを行わさせたという場合には,違法となるというべきである。

イ まず,上記(引用にかかる原判決)1の(3)認定のとおり,平成11年8月23日の両建について,Dは,追証の対処方法として,決済する方法,追証を入れる方法,両建する方法等を説明しながら,両建がよいのではないかと述べたことが認められる。

しかし,1審原告は,同月20日に最初の取引を開始したばかりであるから,控訴人の商品先物取引の経験はほとんどないに等しく,確たる相場観も判断力もなかったと認められる。したがって,商品先物取引の経験がほとんどなく,確たる相場観も判断力もない控訴人が,どの段階でいずれの建玉を仕切って両建を解消するかという複雑な判断をすることは困難であり,両建をしてまで,建玉を維持する合理性があったとは認めることはできない。

上記平成11年8月23日の上記取引は,取引経験が乏しい控訴人がFの示唆ないし勧めに不用意に応じてしまったことによるものと認めるのが相当である。

ウ また,上記(引用にかかる原判決)1の(4)認定のとおり,平成11年9月9日及び同月22日にも両建になっているが,1審原告が取引を開始してからまだ1か月も経過していないから,1審原告の商品先物取引の経験はいまだ十分なものであったということはできない(上記のとおり相当数の枚数の取引をしているが,これは1審被告が新規委託者保護義務違反に該当する違法な過当勧誘を行ったためであるから,これをもって1審原告の経験が豊富なものであったとすることはできない。)。

したがって,取引経験が十分とはいえない1審原告にとっては,60枚ないし55枚という少なからぬ数の建玉をしてまで,建玉を維持する合理性があったと認めることはできない。

上記各両建は,1審被告の過当勧誘により買玉を買い増ししていった1審原告が,損失発生が現実化することをおそれ,あるいは動揺して,1審被告の担当者の示唆ないし勧めに不用意に応じてしまったことによるものと認めるのが相当である。

エ さらに,上記(引用にかかる原判決)1の(6)認定のとおり,平成11年11月1日に東京とうもろこしの取引が両建になったことが認められる。

その当時には,取引開始後2か月が経過していることや,(1審被告による過当勧誘によるものとはいえ)相当程度取引を行っていることからすれば,1審原告が全くの新規取引者ということはできない。しかし,上記(引用にかかる原判決)1の(4),(6)認定のとおり,1審原告は,平成11年9月9日の両建後に2回売増しの取引を行い,同月22日の両建後も1回売増しの取引を行い,上記11月1日の両建後の11月9日にも売増しの取引を行っていることが認められる。

このように,1審原告が両建を解消しないまま売増しの取引を行っていることは,1審原告は,未だ確たる相場観を有せず,決済する時機を誤ると損失を拡大しかねないという両建の問題点を十分認識していなかったためであると推認することができる。このことは,Dが,1審原告に対し,最初の両建を勧誘した際に,両建取引は早期に解消すべきものであり,解消する際にも一時的に損が出る可能性がある等のことを説明した形跡が窺えないことからも裏付けられているというべきである。

したがって,上記平成11年11月1日当時,未だ確たる相場観を有せず,かつ,両建の意味や機能,必要証拠金等の不利益を十分に理解していない1審原告に対し,両建を勧誘したことは,違法であるというべきである。

オ また,上記(引用にかかる原判決)1の(7)認定のとおり,平成11年11月15日に福岡ブロイラーが両建になったことが認められる。

1審原告は,同年8月20日から商品先物取引を開始したものであるが,ブロイラーの取引は,同年11月1日から始めたものであるから,1審原告はブロイラーの商品先物取引に関する経験はほとんど有していなかったと認められる(このことは,両建の対象となった買玉600枚について,最終的に約3786万円の売買損金を出したことからも明らかである。)。

上記取引は,その前後の経緯からすると,1審被告の担当者による勧誘を受けてのものであると認められる。したがって,未だブロイラーの商品先物取引について確たる相場観を有しない1審原告に対し両建を勧誘した1審被告の行為は違法であったというべきである。

カ さらに,上記(引用にかかる原判決)1の(9)認定のとおり,東京とうもろこしに関し,平成11年12月6日に買建玉50枚が仕切られ(損切り),同日,70枚が売り建てられ両建(途転による両建)となったこと,同月8日には残買建玉全数70枚が仕切られ(損切り)たこと,一方,福岡ブロイラーに関しては,平成11年12月6日に買建玉200枚が仕切られ(損切り),同日,200枚が売り建てられ両建(途転による両建)となったこと,翌7日には買建玉350枚が仕切られ(損切り)たことが認められる。

両建は,上記のとおり危険性を有する手法であるから,合理性のない両建を勧めることは違法というべきであるところ,上記平成11年12月6日の各両建は途転による両建であり,かかる両建をする必要性があったのか極めて疑問があり,現に翌日あるいは2日後には買建玉が仕切られているということを考慮すると,上記両建はいずれも合理性を欠くものであったというべきである。

上記各両建は,その手法からすると,1審被告の担当者の勧誘によるものと認められる。したがって,かかる不合理な両建を勧誘した1審被告の行為は違法というべきである。

キ 以上のとおり,1審被告による1審原告に対する上記両建の勧誘はいずれも違法であると認められる。

(2)  実質的一任売買の有無について

1審原告は,本件各取引は実質的一任売買であったと主張し,1審原告の陳述書及び原審における供述には,同主張に沿う部分がある。

上記(引用にかかる原判決)1認定のとおり,1審原告は,商品先物取引の経験がなかったから,とうもろこし,ブロイラー,白金に関する取引は,1審被告の担当者のアドバイスを参考にして行われたものと認められる。もっとも,1審原告もインターネットを活用した情報収集も行っていたことからすると,1審原告の取引は,1審被告の担当者の言いなりのもとに行われたというよりは,1審被告の提供する情報やアドバイスを参考にした上(なお,断定的判断が一部あり,過当な勧誘や違法な両建勧誘があったことは上記認定のとおりである。),1審原告自身の判断のもとに行われたものと認めるのが相当である。1審原告の陳述書及び原審供述のうち,上記認定に反する部分は採用できない。

そして,他に実質的一任売買であったという1審原告の主張を認めるに足りる証拠はない。

したがって,1審原告の上記主張は理由がない。

(3)  無意味な反復売買の有無について

1審原告は,本件各取引における特定売買比率は60.98パーセント,売買回転率は18.39回,手数料化率は92.2パーセントであること等を根拠に,1審被告は手数料稼ぎを目的とした無意味な反復売買を行った旨主張する。

上記認定のとおり,1審被告には,断定的判断の提供,新規委託者保護義務違反,違法な両建勧誘があったことが認められる。しかしながら,上記認定のとおり,1審原告は,1審被告の提供する情報やアドバイスを参考にした上,1審原告自身の判断のもとに本件各取引を行ったものであるから,上記のような違法な行為があったことや1審原告主張の数値をもって,直ちに,1審被告の本件各取引全体に関する勧誘ないしアドバイスが,手数料稼ぎを目的に行われたもので,無意味な反復売買であったということはできない。

そして,他に1審原告の主張を認めるに足りる証拠はない。

したがって,1審原告の上記主張は理由がない。

8  向かい玉取引の違法性の有無(争点(1)のキ)について

(1)  1審原告は,平成11年8月20日から同月23日の東京とうもころしの取引について,1審被告は,当時,値下げ基調にあると認識していながら,「客殺し」として1審原告に対し買建玉を勧めた旨主張する。

しかし,1審被告が明確に値下がりの見通しを持っていたとすれば,買建ての自己玉は全て仕切っておくのが自然であるところ,1審被告が買建ての自己玉を仕切ったのは,ストップ安の生じた同月23日になってからである(乙30の1)ことを考慮すると,1審被告が,同月20日の時点で値下がりの見込みであると明確に認識していたとは認め難い。

そして,他に,1審原告の主張を認めるに足りる証拠はないから,1審原告の上記主張は理由がない。

(2)  1審原告は,1審被告が取組高における委託玉の売り買いの枚数の差に対して,取組高における自己玉の売り買いの数を調整して入れることを通じて,その日の当該商品の取組高における売り買いの数をなるべく近くすることを行っていたことは違法である旨主張する。

しかし,1審被告自身も商品先物取引を行うことができることを考慮すると,いわゆる向かい玉が直ちに違法であるということはできないのであって,それが顧客に損害を与える意図であるのにその意図を隠して向かい玉をしている場合に例外的に違法となるというべきである。

弁論の全趣旨によれば,1審被告の取組高における売り買いが同一に近いものになっていることが認められ,右の事実からは顧客の総体との間において対抗関係(利益相反関係)にあることは認められるが,この向かい玉の建て方自体から,1審被告が,1審原告に対し,損害を与える意図を持って上記取引を行ったと認めることはできず,また,他にこれを認めるに足りる証拠はない。

また,1審原告は,商品取引員は向かい玉を行う場合にはその旨を説明すべき注意義務があるのに1審被告がこれを怠ったことは違法である旨主張する。

しかし,1審被告自身も商品先物取引を行うことができること,顧客の総体との間において対抗関係(利益相反関係)を生じるとしても,直ちに特定の顧客個人との間において具体的な対抗関係が生じるものではないことを考慮すると,信義則上1審原告が主張する説明義務があるとまではいえない。

したがって,1審原告の主張は理由がない。

9  返金拒否の有無(争点(1)のク)について

(1)  当裁判所は,返金拒否の違法をいう1審原告の主張は,返金可能額に関する説明義務違反が実質的に返金拒否に等しいという趣旨をいうものという限度で理由があると判断するが,その理由は,以下のとおり原判決を付加訂正するほか,原判決の「第3 当裁判所の判断」欄の2の(3)に記載のとおりであるから,これを引用する。

(2)  原判決の付加訂正

ア 原判決29頁17行目冒頭から同19行目の「この点,」までを,以下のとおり改める。

「 上記1の(8)認定のとおり,1審原告は,平成11年11月22日,Bに対して160万円の返還を求めたことが認められる。」

イ 原判決30頁8行目末尾に以下のとおり付加する。

「なお,1審原告は,11月22日の返還可能額は1234万8500円であった旨主張する。1審原告が主張する上記返還可能額は,同日の後場における東京とうもろこし及び福岡ブロイラーに関する取引後の金額であるところ,上記1の(8)認定のとおり,1審原告は11月19日金曜日に母が入院したこともあって,同月22日に160万円の返還を求めたことを考慮すると,上記取引前に160万円の返還を求めたと認めるのが相当である。」

10  本件各取引により1審原告に生じた損害と1審被告の勧誘・取引行為との相当因果関係の有無(争点(2))について

(1)  不法行為の成否について

上記認定のとおり,1審被告担当者には断定的判断の提供,新規取引者保護違反,違法な両建の勧誘,返金拒否といった行為が認められるところ,これらは一連の行為として,本件各取引全体を通じて1審原告に対する不法行為を構成するというべきである。

そして,1審被告担当者の一連の不法行為が,1審被告の事業の執行につきされたことは明白であるから,1審被告は民法715条に基づき,本件取引によって1審原告が被った損害を賠償する責任を負う。

なお,1審被告は,1審原告が本件各取引により一時利益を上げていたことから,それ以前の1審被告の担当者の行為と最終的に1審原告に生じた損害との間には相当因果関係がない旨主張する。

しかし,1審原告が十分な額の値洗い益を上げていた時点において,1審被告の担当者において1審原告に完全な手仕舞いを勧めていたというのであればともかく,上記(引用にかかる原判決)1の(8)認定のとおり,その後も1審被告の担当者らは,1審原告からの返金要求を実質的に無視し,建玉数減少の要望をも押さえ,取引の継続を勧誘していたことが認められる以上,たまたま1審原告に一時的に値洗い益の出たことをもって,相当因果関係が遮断されたとする1審被告の主張は,信義に反するものというべきである。

(2)  過失相殺について

商品先物取引は極めて投機性の高い取引行為であるところ,上記認定のとおり,1審原告は通常の社会人としての理解力や判断能力を有しており,1審被告にも説明義務違反がないのであるから,1審原告は商品先物取引の危険性については理解していたと考えられること,実質的一任売買の事実は認められず,本件各取引のうち1審原告の判断でなされたものも多いと認められること,1審原告は取引の状況(損益の状況・返金可能額)について十分認識でき,損害の発生及び拡大を防ぐことも可能であったことが認められる。

これらの点を考慮すると,損害の発生及び拡大については1審原告にも過失があったものといわなければならず,当事者双方の衡平を図るためには,1審原告の過失を4割として,損害額から控除するのが相当である。

(3)  損害について

ア 取引による損害について

1審原告が,本件取引において合計2834万1850円を預託し又は支払い,49万3500円の返還を受けたことは当事者間に争いがない。

したがって,1審原告は,上記預託又は支払金額から返還金額を控除した2784万8350円の損害を被っているところ,同損害は,1審被告の不法行為と相当因果関係のある損害と認められる。

イ 慰謝料について

一般に財産的損害について金銭賠償により損害のてん補がされた場合には,特段の事情がない限り,損害賠償によって慰謝すべき精神的苦痛は発生しないと考えられるところ,上記のとおり1審原告にも本件取引につき慎重さを欠くところがあったと認められることを考慮すると,本件においては,1審原告の慰謝料請求を認容するまでの事情があると認めることはできない。

ウ 過失相殺後の損害額について

上記のとおり,1審原告が本件取引により被った損害は2784万8350円であるところ,同損害額から1審原告の過失4割を控除すべきものである。

したがって,1審原告が請求できる損害額は,1670万9010円となる。

エ 弁護士費用について

本件事案の概要,損害認定額等諸般の事情を考慮すると,本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は,160万円とするのが相当である。

オ まとめ

以上によれば,1審原告が1審被告に対して請求できる損害額は1830万9010円及びこれに対する平成12年2月3日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金となる。

第4結論

よって,以上と結論を異にする原判決を変更することとし,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 青山邦夫 裁判官 坪井宣幸 裁判官 田邊浩典)

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